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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十一章 大江戸化狐、時女神青色帳

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第五百六十九話

 



 シオリ先輩の霊子モニターに浮かびだされた時計の画像データとユラナスさんたちの分析。

 なによりもまず目を引くのは――……。


「運命を司る三女神の時計……ですか?」

「名前も気になるけど、もっと気になるところがある――……説明文を読んで」


 親指の爪を噛んで、シオリ先輩の肩が強ばっていた。

 あわてて視線を移す。


『アーティファクト、オーパーツ、果実、あらゆる名称が世の中に存在するが、我々の教団が認識している限り名言できるのは、力を持つ道具にはソウルが宿っている』


 ソウル――……つまり、御霊のことかな。


『この時計に関していえば、推定されるソウルは運命の女神たるノルニルの三名。ヴェルダンディ、ウルド、スクルドの三姉妹である。しかしこの時計に関して特筆すべきなのは、むしろ彼女たちの残滓を感じとることはあれど、ソウルは消えてしまっている事実だろう』


 ソウルが消えたオーパーツ。それって、じゃあ。


『使えないはずだ。この時計にはもう、なんの力もない。にも関わらず、同胞ランスロ・ワトソンの盟友になるであろう聖剣の保持者の信念をパスワードにするくらい重要視した理由はただひとつ』


 使えないのに、重要視される理由なんて、なにか。

 想像さえできない。だからこそ、


『この世の霊子ではない』


 その一文に鳥肌が立った。


『これは東洋の死生観における観念的な世界や、あらゆる宗教の終末に類する話ではない。およそ、そういう世界にいこうとも――……恐らく時計を形作る霊子はどこにも存在しないのだ』


 どういう、ことだろう。


『それ故に、その事実を知覚できる者はいまい。我々とて、クロリンネと戦い、あらゆるオーパーツを解析して導きだした推測でしかない。だが、ソウルの宿ったオーパーツを手にしたことも何度もあればこそ、もはや使えぬことだけは明らかであり、ソウルを知覚することが可能だという事実も掴んでいる』


 あまりの情報量に、欠片も理解が追いつかない。


『しかしもし、仮に、ソウルの失われたオーパーツを使用できる者がいたとしたら? 推測される可能性はいくつもあるが、我々が警告できることはすくない』


 脳裏に浮かぶ。姫ちゃんの笑顔たち。酷いことになってしまった身体。奇跡の復活。どこにも彼女の悪意はなかった。そもそも存在しないものから悪意を生み出すのはもう、見ている側の心根にしかない。

 じゃあ、なら……姫ちゃんと時計を結びつけた存在って、なに? その意図は、なに?


『恐らくは我々が知覚できない世界から来たかもしれない。時計の逸話はこうだ。正しく使える者に時を超える術をもつ運命を授ける――……SFは正直映画くらいしか覚えがないが、これはいわゆる並行世界の地球からきた時計なのではないか。であれば、その使用者とは――……並行世界のソウルを使いこなせる者と同じ存在になるのではないか』

「トモカちゃんの能力を見たからこそぴんときた。なるほどね」

「シオリ先輩?」

「これは日本のフィクションっていうより、これはアメコミ――……を軸にしたドラマの感じかな。よし、だいたいわかった。コナに報告しにいかないと」


 ぴんときたみたいで、シオリ先輩はキーボードから手を離した。霊子の放出が終わって、キーボードもディスプレイも消えていく。だから最後に時計の画像を見た。

 三人の女神が上に、そして下の左右に配置されているの。

 こんな形だったんだろうか。姫ちゃんが持っていた時計は、ほんとうにこれなんだろうか。

 あの子はシンプルな時計だと言っていなかったか?

 だとしたら、あの子が時計を手にした時点で、あるいは使った時点で時計の残滓たる女神の名残すら、彼女の中に溶け込んだということ?

 わからない。シオリ先輩と違って、私にはなにも――……。


「そんな顔しないで。ボクたちの後輩も、ボクたちもだいじょうぶ。絶対に現代に戻れる」

「せんぱい……」

「姫ちゃんの時計と、恐らくは姫ちゃんの指輪三つの由来が明らかになった。それだけで大きな成果だ。前向きに捉えていこう。ね?」


 私の頬を冷たくて優しい手でそっと撫でてくれたんだ。だから素直に頷けたんだと思う。


「はい! 姫ちゃんとみんなでなんとかやりきってみます!」

「そうこなくちゃ。それじゃあボクはいくよ。ハルちゃんは、カナタにあまあま補給してもらってきたら? ユウヤ先輩の話も、たぶんそろそろ終わるだろうし」


 一瞬すごく舞い上がったけど、すぐに首を捻る。


「えと。なんで終わるってわかるのです?」

「先生たちの会議はそろそろ終わる予定だし、ふたりはマドカちゃんが作ったカップル風呂を先生たちにどう言い訳しようか話しているだけだから」

「えええ……」


 なんか一気にしょぼんとなったのですが!


「先生たちの間で、どうせなら五日市まで穴を掘って、会合が終わった瞬間に穴を埋めながら五日市に行って現代に戻ればいいっていう話になって」

「すごくマッチョな手段!」

「体育会系の先生、獅子王先生だけじゃないからね。地質学を大学時代にかじっていた先生と一緒になって、楽しそうに穴掘りしてるよ」

「お、おう……本人が納得していて、楽しいならいいんですけど」


 それにしたって、生徒だけじゃそこまで無茶は思いつかない。

 さすが先生っていうか。


「先生たちも士道誠心の卒業生なんです?」

「そ。つまりノリと勢いは先生たちの十八番でもある」

「な、なるほど……」


 やっている作業が穴掘りっていうかトンネル掘りなだけに、脳筋の気配しか感じないです! 言えないけども!


「となればユウヤ先輩は愛しのルミナちゃんと会えるし。かといって江戸残留組はカップル風呂でよろしくやっていたなんて知られたら、ほかの生徒にバッシングされる可能性あるわけで」

「あー……」


 たしかに。たくさんの生徒が五日市に行ったけど、みんなが海風呂を満喫していたのは事実だし。いろいろ我慢していたに違いなく、その中にはあまあまも含まれるはずなので。


「保身のためにですか」

「そういうと聞こえが悪いかな。どっちかっていえば、楽しめる人みんなが楽しめる場所を残しておこうよっていう線かな」


 物は言い様ともとれるけど、そんなひねくれた見方して幸せになれるわけでもなし。

 たしかにみんながあまあまできるほうがいいもんね。さすがに恋人になってない人同士だとハードル高すぎるだろうけれども。


「とはいえ相手は大人だからさ。現代の理屈と道徳観でいえば、正直ハードル高いどころの騒ぎじゃない。っていうかまず怒られるだろうし」

「で、ですよね……」

「あのふたりが率先して対処するって決めたわけで。任せておけばいいよ。ハルちゃんだって昨夜お楽しみだったみたいだけど、怒られたくないでしょ?」


 むしろ誰も怒られたくないと思います!


「ま、まあ……さすがに気乗りはしないかな、と。かといってふたりに全部まかせちゃうのも、どうかと思うのですが」

「いいのいいの。怒られると決まれば、使った組も、それを止めなかった組もみんなどうせお説教タイムだし」


 デスヨネ! 逃げ場なんか期待した私がばかでした!


「攻め筋はせいぜい、気晴らししないと精神的なケアができないってとこくらいかなー。侍候補生と刀鍛冶がどうのっていっても、先生たち相手だと分が悪いし」


 いやでも、精神的なケアって言われましても。


「どちらにせよ無理筋なのでは?」

「そゆこと。カナタもへこたれて出てくるだろうから、ハグには絶好の機会じゃない?」


 さばさばしてる!


「そ、そうですね……いってきてみます」

「うん、それがいいよ。途中まで一緒にいこう」


 タブレットをそっと拾い上げて、お部屋を出るシオリ先輩の後をついていきながら考えたの。

 いつか見た夢。私にしか見えない、けれど真っ黒な彼女は、もしかして――……。

 鳥肌が立った気がして、あわてて首を振る。

 さすがにないよね。ないほうがいい。

 怖くてたまらない。漆黒に染まった自分と戦うなんて。そんなの、私にできるのだろうか。


「ふう」


 いまから怯えていてもしょうがないか。

 怯えてもやれることが増えるわけじゃない。

 どう対処しようか考えて、準備するから増えるんだ。

 よし! 切りかえていこう!

 それにしてもね?

 さっきコナちゃん先輩を訪ねていったお部屋の襖が開かれていて、先生たちが神水を飲みながら決起集会をしている後ろで、


「「 ――……はあ 」」


 頭におっきなたんこぶつくって項垂れているカナタとユウヤ先輩がいたの。

 呆れた顔をしているコナちゃん先輩は、敢えてフォローする気もない様子。

 シオリ先輩と離れて、カナタに歩みよる。


「だいじょうぶ?」


 私が尋ねた瞬間、ユウヤ先輩はカナタの肩を手で叩いてから離れていった。

 背中が煤けているよ……!


「通風口ならぬ、壁の上を解放する処置を実施。声がよく通るようにしたうえで、脱衣所に水着設置。水着着用せぬ者は入れぬ仕掛けを作るそうだ」

「え、えっと?」

「水着が脱げるような行為をしたらお湯が溢れて外に追い出されるよう結界も江戸時代のみなぎる霊子なら張れそうだと、日頃は伝統を前に男女同室などに辛酸をなめることの多い風紀委員の担当をしていらっしゃる年配の先生が喜んでいてな」

「お、おう……」


 つまり、あれですか。

 えっちなことは許しませんよ、ということですか。


「いちおう、ニナ先生やクウ先生や、理解のある先生方は避妊具を作ればいいというご提案をしてくださったのだが」

「おー!」


 むしろそのほうが助かるのですが!


「現代なら学外での行動は方向性を促すことはできても最後は自己責任に任せるしかないという道もあれど、江戸時代となると学校責任の領域がより一層、世間的には高まるに違いないから、万が一にも妊娠は困る! などと仰られてしまうと、さすがに誰も異論は挟めない」

「――……そりゃあね」


 盛り上がっちゃって、ゴムなんかつけてられっかいっていう感じになったり、流されちゃったり、そもそもどちらかないしお互いにちゃんと性教育を受けてなくて意識が根付いてなかったりすると、避妊に失敗しちゃうし。

 つけかた気をつけないと、防げる確率かわっちゃうし。

 妊娠検査薬を使って死ぬような思いをして、さすがにこないと困るよ! なんて恐怖と戦うのは、そうそう体験したくもないしなあ……。

 ちなみに私はまだ一度もないです。ちゃんと気をつけたほうがいいと思うし、むしろそういう授業をしてくれたいいのになーって思います。特に男子はきゃっきゃとはしゃいでいるみたいで、それもなんだかなーって感じ。


「江戸時代に感化されても困るとまで言われると、もう打つ手なしだ。そしてたんこぶに至る」


 なんて悲しい道なのか。


「ただ、朗報もある」

「お風呂で?」

「ああ。いっそスパリゾートを作ればいいんじゃないかって、ニナ先生が言ってな」

「……なにゆえ?」

「鬱屈するし、いちゃつけないから困るわけで。カップルで遊べて、こちらも監視ができる場を用意すれば、ある程度の抑制にはなるし、ストレス解消にもなるだろうと仰ってな」

「あー……」


 なるほど。昨日まで使えたカップル風呂だと、どこまでもあまあまできるけど。でもカップルとか、それつかっちゃおうぜーっていう人にしか利点がない。

 なら本来の目的であるストレス解消といちゃついたり楽しめたらいいのにっていう方向性を叶えるために、リゾート施設にしちゃいましょう! とすれば、同性の友達同士ですら楽しめるわけで。ひとりでも楽しめるくらい癒やしのお湯とかがあれば、言うことなしなのでは!

 となると。


「あまあまは現代までお預けかな?」

「ふたりでいちゃつく分には問題ないんだぞ?」


 拗ねたように言うから笑っちゃった。

 ほんと、だいぶ甘えてくれるようになってさ。それが私には嬉しいんだ。

 強いところも頼もしいところも知っているから。この距離感が嬉しい。

 ひとまずは手を繋ごうよ。


「今日のお風呂も楽しみだね?」

「ああ」


 ふたりでにこーってしてさ。そういう幸せが増えたら、単純にそれだけで笑顔が増えるの。

 怖いことや不安なことが目白押しだけど、関係なく存在する幸せの数を数えよう。笑顔になれる道を増やすために生きていこう。

 それでいっかな! ただね?


「時を超える準備に本格的に入るか……ラビたちが来れるようになったら、もっと確実になりそうね」

「ジロウ先輩にも来てほしいよね」

「それは……ノーコメント」


 苦笑いを浮かべているコナちゃん先輩には、わりと早急にリラックスタイムが必要そうですよ!


 ◆


 先生たちが使用禁止を言い渡したため、カップル風呂は利用禁止。

 仕方ないとも思う。日本に来て、理華と美華の話を聞いたり、詩保の男子に対するうんざり話を聞くたびに、文化の違いを感じる。それはたとえば、


「理華。真実か挑戦か」

「姫ちゃんの振りとあれば真実一択で!」


 私の振りに迷わず答えてくれる彼女に質問を投げてからの反応の先に見えるもの。


「日高くんがもし早漏だったらどうする?」


 その単語や話題だけで詩保や美華は身構えたり眉をひそめるのだ。ツバキはたいして気にせず、お湯にぷかって浮かびながら考え事をしているけれど。


「そうですね。いろんな対処があるって聞きましたね。せがれいじり好きは遅くなるって話とか、いわゆる挿入で長持ちしない彼氏にはまず口で一発の後がいいとか」

「「 も、もういい! 生々しすぎる! 」」


 詩保と美華が真っ赤な顔をして制止を呼びかけた。


「ちょっと、理華! 嘘ついたりごまかせばいいでしょ!」

「いや、それしたらゲームの意味がないんで。これは真実を答えるからこそ盛り上がるし楽しいゲームですよ? わかってないなー」


 にこにこする理華はむしろ日本じゃ珍しいほうか。それとも、コミュニティによって差があるだけ? どちらにせよ、理華はとても開放的だ。

 対して美華と詩保は保守的に見える。


「知らないと対処できないから、勉強したほうが彼氏と長い目でみて素敵な生活を送れると思うの。そんなに悪いこと?」

「「 や、でも……ねえ? 」」


 こういうときほど美華と詩保は一致団結するんだけど。


「若い頃に鍛えないと、年取ってから早いと薬頼みになって、逆にこっちの体力もたないって思う。薬きいてると、抜けるまで元気だし。元の体力があると、もーやばい」


 ツバキの横にぷかぷか浮いている聖歌が言う内容って、真理を感じる瞬間が多い。

 もしかしたら私よりも知識があって、さらにもしかすると経験も豊富なのかもしれない。すごく羨ましい。


「ぶっちゃけどう対処するんですかねえ」

「回数こなしていくしか。男は相手を真剣に真摯に接して愛した数だけうまくなると思うし、女は真剣に愛される数だけ心がますます感じるようになるとも思う。体感的なものは別として」

「「 おおおお…… 」」


 含蓄があるように感じて、思わず理華とふたりでしみじみ唸ってしまった。


「ち、ちなみに体感的なものはどう鍛えればいいんです?」

「ひとりあそび」

「「 もう限界! 」」


 詩保も美華も耳まで真っ赤になって、逃げるように出ていってしまった。

 シャワーを浴びて、必死に髪を洗うようにして逃避してる。

 不思議だ。ママもパパも、なんならスクールで差別したり弄ってくる子たちもみんな、日本人ってやつはどうしてこうも奥ゆかしくて自己主張しないんだ? とか言う。

 ひどい奴にいたっては、日本人の言う海外の男に憧れがある女は騙しやすいみたいなことを言っていた。思いきり握り拳で殴ってやったけど。ついでに股間に膝を入れてやったけど。

 不思議だなあと思う。ただただ不思議。

 夢見たって初体験は別に気持ちよくならないし、してくれるとも限らない。相手が経験豊富で、心から愛してくれているなら可能性はゼロじゃないけど。経験豊富な相手は初体験を迎える自分よりも絶対的に人間に対する経験値が抱負そうだ。すくなくとも可能性は高い。そうなると、相手が本気かどうかさえ初体験の自分は判定できない。

 初体験をありがたがるよりも、むしろどういう経験を積んでどれくらいの恋愛やセックスができるようになるかが肝心。

 フランスあたりじゃ「キミがいまほど素敵になるために積んできた経験でしょ? なら、すべて尊いと思う」なんて言うらしい。けど真理はそこにあるのだと思う。処女信仰よりももっと大事な愛し方があると思う。

 人を愛するって、人の過去も受け入れるか整理つけて距離を取りつつ愛するってことだと思うし、そういう感覚はわりと世界共通なのかなって思ったけど、それはどうやら私の思い違いのようだ。

 理華は私と近い感覚だと思う。けど美華も詩保も違うんだ。

 男子ってめんどくさいとか、えろいとか、そういう不満を言う詩保は、けど実はすごく意識していると思う。汚いとか、拒絶感があるみたいに話す美華だって、拒絶せずにはいられないくらい意識してもいる。

 あっちのスクールじゃ性的嗜好の曖昧さや違いにわりと接する機会があったけど、こっちじゃ全然ない。

 みんな一緒とか、みんな同じとか、こうでなきゃいけないっていう考えにすっごく縛られていて、しかもそれをありがたがっていて。なのに窮屈そうな顔をしている。

 日本人って不思議だ。よくわからない。へんてこだ。私だって、両親はアメリカ暮らしをしていて、ビザをもっているってことで、だけど生まれは日本なわけで。血筋も日本人だから、理華の言葉を借りるなら主語を大きくして雑に語れはしないと思うけど。

 シンプルに疑問。

 そんな生き方していて、現実がだめだったり、だめになっちゃったときにどうするんだろう?

 どれほど予防しても不意の事故は起きる。事件に巻き込まれることもある。

 治安がいいといわれている日本すら、常に自分が安全でいられるとは限らない。

 仕事になればトラブルもあるだろう。学校生活を送れば十分理解できるはずだ。

 なのにどうして、こうでなければならぬ、そうでなくなった者は落伍者で、責めるべし! なんて堅苦しくて狭苦しい生き方をするのだろう。

 いままでの人生、みんなこれでよかったって思えているのだろうか。それほどすごい国なのか? でもそうでなきゃ説明がつかない。

 いつ自分が負けても不思議はない。むしろ負けることも必要な場面だってある。

 なのに勝ちしか許さなくて、負けた瞬間にその後の人生のすべてが価値のないものになるなんて生き方をしていて、みんなそれでハッピーなんだろうか? そんなに日本って狭い社会なのか? マンガ、アニメじゃあんなに奔放なのに。

 本当に不思議だ。

 この国には勝者しかいないのだろうか? 勝者しか認めない風潮ばかり感じるけれど、私にはむしろ敗者のほうが多く見える。この違いはどこからくるの? さっぱりわからない。

 現実に出かけてみれば、もっとずっと暖かくて優しい人にも大勢出会える。居場所もたくさんあるのに。ネットを見ると、アメリカの頃よりもネガティブな話にまみれているように見える。

 シンプルに考えて、死ぬために生きているようにしか見えないし、とても後ろ向きに見える。

 テレビをつけたら私よりも日本的によっぽど外国人(この言葉が心底嫌いだ)らしい顔をした人たちが現われては、日本を礼賛して去っていくけれど。

 放送されなかった人たちの中には私のように感じている人も大勢いると思う。実際私はスクールでうんざりするくらいからかわれた。

 それとも、勝利はひとつしかないとして、常に生死と隣り合わせの綱渡りをするのが現代の侍こと日本人というやつなのだろうか?

 春灯ちゃんも、先輩たちも、とてもそんな生き方をしているようには見えない。私の目には立派な侍に見える彼女たちは、私が夢を見られるくらい、幸せと、そして乗りこえられる不幸の幅が広くて、太く強く輝く生き方をしているように見える。

 そこに憧れる。

 私もずっと求めていた。

 アメリカのスクール生活のすべてが幸せだったわけじゃない。

 いじられたり、いじめられることもあった。

 心ない彼らもまた、さっきまで語った窮屈な捉え方をしている人だらけ。

 けれど外に出てみれば優しかったり、人を受け入れる人はね? 幸福はもちろん、乗りこえられる不幸の幅がやっぱり広い子たちだらけだった。

 物心がついたころにはWebがあって、多種多様な言葉が飛び交う世界にはいいことも悪いこともあふれていて、それはとても社会に寄り添って見えたけど。

 私が見て素敵な日本語を使って世界に語りかけている人は、正直すごくすくなく見えてしまう。

 なんでかな。

 後ろ向きな人と、そうでない人に差があるのは自然なことだ。

 じゃあ、両者の心のなにが差を生むのだろう。

 そこに違いがあるのは確かだ。私は不幸さえも幸福に繋げられるようにエネルギーに変換して自分の力に変えたい。


「それじゃあ、姫ちゃん。真実か挑戦か」

「真実」

「じゃあねー。素敵な夜を過ごせるようになりたいのは、お互い一緒だと思うんですけど! どんな夜がいいと思いますか?」

「ううん。難しい質問だね」


 ぷかぷか漂うのをやめた聖歌が理華に抱きついている。

 ふたりを見つめながら、思いついたの。


「そうだな。彼とふたりきりの部屋。部屋を照らす明かりはキャンドルだけ。でもね、いっぱいあるの」

「ムードたっぷりですね!」

「海沿いの一軒家。でも田舎すぎてはだめ。電波が届くところね?」

「それはなんでです?」

「ふたりで、ネットの動画配信アプリを使って映画をみるの。彼に背中から抱き締めてもらって、毛布をかけて。彼の腕の中で、優しく抱き締めてもらいながら」

「――……ああ、いいですねえ」


 顔を緩ませる理華に機嫌がどんどんよくなっちゃう。


「コメディを見てふたりの笑いどころの違いにあれこれ言ったり、ホラーで怖がる可愛い彼を見たり。アクション映画で興奮する彼に若干うんざりしながらも、役者のたくましい胸とかわいいお尻を褒めて、彼の嫉妬をくすぐって。愛情アピールされて」

「たのしそう」


 聖歌も乗っかってきた。もう止まらない。


「最後はミュージカルかな。それか恋愛映画。最高のムードでキスをして――……窓から風が吹いて、キャンドルの火が揺れるの。毛布を顔まであげたら――……あとは、おたのしみ!」

「「 おお…… 」」

「おしまい!」


 きゃっきゃとはしゃぐ理華と聖歌に誘われて、もやもやした顔で詩保と美華が戻ってきた。

 出たり入ったりを繰り返しすぎるとふやけちゃうと思うけど。


「そういう話にしてよ……それなら聞けるのに」

「あまり刺激的なのは勘弁」


 ふたりのむすっとした顔に笑いながら「ごめんね」って伝えて、膝を抱える。

 難しいこといろいろ考えても、結局は人それぞれにペースがあるだけで。

 美華にとっても詩保にとっても、男子の生理的現象も踏まえて将来のことを話すタイミングじゃないだけなのかもしれない。

 そう考えるんなら、進んでるとか遅れてるとかじゃないし、主語を大きくしてみた日本がどうこうとか、世界がどうこうってことでもない。

 私自身が幅を狭めてる。

 広げたいな。どこまでも。可能性を無限大に。

 すべては輝く未来のために。というわけで。


「真実か挑戦か。詩保」

「……真実」

「みんな真実えらびますねえ」

「挑戦を選んで無茶ぶりされたくないもん」


 理華のツッコミに言い返す詩保を見つめながら、私は仕掛けてみることにした。


「詩保は恋してみたい? 或いは恋をしている?」

「――……してみたいけど、まだ」

「じゃあね、じゃあね。どんな恋がしたい?」

「質問はひとつだけ」


 美華ならつんと澄ますところだろうけど、詩保はむしろ悪戯っぽく笑って返す。


「じゃあ私が聞きます!」

「理華?」

「いいじゃんかよう。クラスメイトだろう? 仲良くしましょうよ。別に男子にも他のクラスの女子にもばらしやしませんて! これぞ同調圧力ってやつですが!」

「理華に知られるのがそもそも弱み感」


 わかる、と美華が速攻で乗っかって、理華がちょっと! と不満げに声を上げた。

 ああ、おかしい……!

 笑っていたらさ。笑い声が落ちついた瞬間に詩保がしれっと言うの。


「面食いだから、現状ならワトソンくんみたいな人がタイプ。絵になる彼と写真デートがしてみたい。けど――……岡田くんみたいに、気がついたら笑わせられて。そういう彼となにげない日常を過ごすのも、それはそれで幸せそうだなーって思う」

「「「 おお…… 」」」


 意外と、どころか、とてもありな話をされてみんなして前のめりになっちゃった。

 ちょうどよく女性の先生が顔を出して「そろそろあがりなさーい」って言うから、残念ながらお開きになっちゃったけどね。

 帰りの電車で美華に一応理華たちと仕掛けてみたら「身体目当てじゃない人」って言ってむすっとされちゃった。


「そんなに意固地にならないで! 美華のコイバナ知りたいなあ。昨日の夜、変な夢をみたんですよね。気晴らししたいし、なにより気になるんですよ。ね? ぜひぜひ! お願い! ワンフレーズだけでもいいから!」

「知らない! そんなのないってば!」


 まだまだ一年九組が仲良くなるまでには時間がかかりそうだ。

 窓縁に左肘をかけて、頬に手を当てたときだった。


『――……め』


 誰かに何かを言われた気がして周囲を見て固まった。

 みんな、動きを止めていた。笑っている理華、むすっとしている美華、前髪を弄っている詩保。通路を隔ててツバキの腕を抱き締めようとしている聖歌。歩いている先生。

 みんな、ぴたりと動きを止めている。


「――……はっ」


 気づいたら、震えるような息が出ていた。

 恐る恐る理華に触れるけれど、熱を感じない。

 周囲を見渡す。ルイも七原くんも、スバルやキサブロウや、ワトソンくんに岡田くんも。同行してくれてる先輩や先生たちも、動きを止めていた。

 窓の外は暗い。


「はっ――……はっ……」


 肺が収縮するような、強烈な息苦しさを感じて胸に手を当てる。


『――……め、ひめ――……姫!』


 誰かが呼んでいる。誰だ。どこにいるのか。なんだ。これは。

 いや、ちがう。頭が真っ白だ。それでも深呼吸しろ。落ちついて。落ちついて――……。


「オーケー。だいじょうぶ。私は、だいじょうぶ」


 必死に言い聞かせてから、思いきって声を上げた。


「どこ!? どこにいるの!?」

『こっち――……こっちだ――……びらを――……けて』


 男の子の声だった。知っている声だ。なのに知らない印象が強い。

 奇妙な感覚に思考停止状態だけど、それでも恐る恐る通路に出て、先生の横を通り抜けて――……声の聞こえる扉を開く。


『姫!』


 闇が広がっていた。その中心に渦巻く青い光の渦の先から声が聞こえるんだ。


「――……七原、くん、なの?」


 言ってからぞっとした。ふり返ればたしかに、私が知る七原くんがいる。なのに。


『よかった! やっと繋がった! だが一瞬だ! 覚えておいてくれ!』


 渦の向こうから聞こえる声もまた、彼のものなんだ。

 わけがわからない。けれど彼の声が逼迫しているのも理解した。


「なに!? なにを覚えればいいの!?」

『こっちのきみはもういない! だからきみがやれ! あいつをこっちに送り返すんだ! 魔法はひとつ! 自分を信じろ、姫ならできる――……』

「七原くん!? 七原くん!」


 叫ぶ。渦に手を伸ばそうとさえしたけれど、一瞬で渦は中心に向かって収縮して消えてしまい、闇さえ明かりに照らされて消えてしまった。


「――……だいたいなんでもかんでも恋、恋、恋! 誰にでも恋ができると思わないでよ。私には……まだ無理なの。だからもうよして」

「ああ、その……悩んでいるのに弄りすぎてごめんなさい」

「――……こっちも、最初に言えばよかったから。ごめん」

「理華と美華が和解したから、私に悩みを教えればいい」

「「 聖歌、それは急すぎる 」」


 話し声が聞こえているけれど、私は立ちつくしていた。

 いまの一瞬のできごとがなんなのか、欠片も理解できなくて。

 わかったのはただ、私の手の届かないところにいる七原くんの横に私はいなくて、私は彼に何かを託されたっていう事実だけ。


「どうかしたの?」


 優しそうな先生に声を掛けられて、あわてて頭を振った。


「あれ? 姫ちゃん、隣にいませんでした?」


 すっと立ち上がって理華が心配そうな顔をして見つめてくる。

 あわてて「ちょっと技の練習してみただけ」とごまかして、席に戻る。

 報告しなきゃいけないけれど、整理してからじゃないと無理だ。

 彼は何かの危機? あるいはそれに影響するなにか、だれかかな。そいつに対する警告とお願いをされた気がする。

 送り返すってなんだろう。

 わからないけど。私にやってってことは、すくなくとも私は誰かを送り返す必要があるらしい。どこへ? 渦の向こうへ? それはどこ? あの渦はどうやって出すの?

 わからないことだらけだ。電車の中で必死に整理しながら、既に心の中で決めていた。

 生徒会長さんたちに話そう。

 もう、ふさぎ込んで怯えて黙っている私じゃない。そんな自分でいるのはもうやめたから。

 そのためにもしっかりと整理しよう。さっきの一瞬のことを。

 なにげなく左手を右手で包むように握ろうとして、とっさに手を離した。


「ど、どうしました?」

「あ……の、技を使って、指輪が熱くなったみたい?」

「疑問形です? 理華が触ります? つけてる姫ちゃんにわからないなら」

「え、と……だい、じょうぶ」

「なにかあったら、気にせず話してください。理華でも七原くんでも、先輩や先生でも。誰でもいいので。みんな、いますからね?」

「――……ありがと」


 頼もしい言葉だ。そうだね。私はひとりじゃない。だから救われる。助けられる気がする。

 渦の向こうの彼には仲間がいるのだろうか。

 ひとりじゃなければいい。そう祈らずにはいられなかった――……。





 つづく!

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