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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十章 大江戸化狐、葵澄空天女帳

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第五百六十五話

 



 食事をいただく間も神水を飲むことを義務づけられる二年生一同。

 おいしいし、冷えているからついつい盃が進んじゃう。

 でもね? おかげで二年生一同、酔っ払いです。いや、訂正するね。青ざめたり紫色になっている一部の人を除いて酔っ払いです。

 私もお姉ちゃんも、トモもキラリもマドカもノンちゃんも。私のいる女子グループはみんなほどよく酔っ払い。ユニスさんは色っぽく頬が上気しているし、コマチちゃんも同じ。起きてきたアリスちゃんはがばがば飲んでは、顔色がどんどんよくなっていくばかり。

 対してシロくんは青ざめている。


「……う」

「もうよせって、シロ。無理して飲むもんじゃねえよ」

「きみたちが飲んでるのに、僕だけ――……うっぷ!」

「ああよせって! 落ち着け。深呼吸、な?」


 カゲくんに背中をさすられて、深呼吸をしているの。

 悪い酔い方をしたときのお父さんにそっくりだ。

 神水はお酒じゃないと、特にそれを作っている刀鍛冶のみんなは意識的に言うけれど。

 ねえ? これって……ねえ?

 ためらう私の前を横切って、柊さんが駆け寄るの。

 シロくんに触れて語りかける。


「待っていてください。深呼吸して、柊の霊子に意識を傾けてください」

「あ、ああ……」


 いまにも吐きそうなシロくんは涙目で頷いた。

 うずくまるシロくんの背中を撫でながら、柊さんが目を閉じた。

 きっといま、カナタが私にしてくれるように霊子を心に繋いでいるんだ。


「神水は霊力に応じて反応します。強ければ強いほど馴染むし、覚醒していない力は悪酔いを誘います。神水を捧げられた御霊が、日頃の鬱憤を晴らすかのように――……」


 見ればミナトくんもリョータくんもトラジくんも、ノンちゃんやコナちゃん先輩やユニスさんに寄り添われている。

 なんだかんだでカナタも顔色わるいの。自分で作っておいて、どうしたの!


「だいじょうぶ?」

「――……思ったよりも出来がいいから、がつんとくるな」

「もう。膝に頭のっける?」

「さすがに、十兵衞たちや後輩が見ている前でそれは……」

「かっこつけるよりも、つらいなら横になったら?」

「……その」


 戸惑うカナタに「いいじゃないか、寝れば?」と声を掛けるのがまさかのミツハ先輩。

 威圧感やばいよ! カナタも戸惑ってる。

 ジロウ先輩がいてくれたらと唸るカナタにミツハ先輩が瓶をひょいっと投げたの。

 避けようとするけれど、カナタは神水がきいているのかうまくいかない。よろける彼をあわてて引きよせたら、まあ。なんということでしょう! 膝枕の完成です!

 って、なんでだよ! と突っ込むほどの元気はないかなあ。上機嫌だけど!


「よしよし。寝てるといいよ」

「むう……」


 唸っているカナタの頭を片手で撫でながら、お姉ちゃんが渡してくれる盃をくいっと傾ける。

 あー、ほんっっとおいしい!

 成人したら、神水みたいにお酒を楽しめるようになりたいかな。それまで我慢、我慢と!


「――……だいぶ、マシになってきたから、もう」

「だめです。結城さんは仲間さんからお伺いした通り、抑制が強い傾向がありますね。緋迎先輩と一緒です」

「「 えっ 」」


 シロくんが名前を呼ばれたカナタとふたりしてハモってる!

 やばい。それだけで笑っちゃいそう。っていうか笑う。酔っ払いだし!


「さきほど、結城さんは何を引き出されましたか?」

「き、きみだって見ていただろう」

「ご自分で仰ってください」


 背中をさすられながら、シロくんが恥ずかしそうに俯いたの。


「ちっちゃな……動物だ」

「雷獣ですね。けれど赤ちゃんみたいな雷獣です――……それ、おいで」


 柊さんがそっと手を離すと、背中から飛び出るようにちっちゃな雷獣が出てきたの。

 手のひらサイズの獣はすこしだけハクビシンに似てる。

 え? ハクビシンなんてなんで知っているのかって? ほらほら、帝都テレビの日曜夜にやっているアイドルが島を開拓したり新宿の大学の屋上に庭園を作ったりする番組で見たことあってさ。

 それを見た岡島くんが「ほら」とちっちゃな豆を投げたの。雷獣は甲高く鳴いて、飛んで食べた。茨ちゃんがはしゃいで手を叩く。


「いいねいいね! 芸ができそうじゃん! ねえ、岡島。いま、なに投げたの?」

「小豆。仲間さんの雷切が立花道雪の千鳥なら、結城くんの雷切は上杉謙信が望んで手に入れた小豆兼光――……またの名を、鉄砲切り兼光や、一両筒。でももっと素直に呼ぶならこうだ」


 岡島くんは小豆をぽいぽい赤ちゃん雷獣に投げながら言うの。


「竹俣兼光――……雷神を二度斬ったというその刀は、仲間さんが自らを雷神と変えるのとはまたちがう力を持っていると見ている」

「い、言われなくても! 僕の刀だ、それくらい承知の上さ」


 むすっとしながら赤ちゃん雷獣を背中から下ろすシロくん。

 居場所に戸惑い周囲をきょろきょろ見渡してから、シロくんをじぃいいいっと上目遣いで見つめる赤ちゃん雷獣の視線に、シロくんは堪らず白旗を振る。


「よ、よしてくれ。そんな顔して僕を見ないでくれ……罪悪感が湧くじゃないか」

「結城くん」

「え? うわっ!?」


 きゅい、と鳴く雷獣を見て、岡島くんが小豆の入った小さな袋をシロくんに投げ渡した。


「とっと……な、なんだ、岡島。小豆が入っているが、これは食事用なんじゃないのか?」

「そのちびにあげるくらいの量を袋に詰めてあげただけ。それより、名前つけないの?」

「……名前、だと?」


 きゅい? と首を傾げる赤ちゃん雷獣を見つめて、汗だくになるシロくん。

 もしかしたら、いたいけな小動物には弱いのかもしれません。かあいい!


「名前、なまえ……ネーム、真名」

「シロ。最後に春灯が混ざってる」

「カゲくん、ひどい!」


 カゲくんのツッコミに思わず言うけど、二年のみんなして大爆笑なの、なにゆえ?


「あー、えっと。と、トモ。なにか妙案は?」

「愛する彼女さま、助けてくださいって言ってくれたら素敵な名前を言っちゃう」

「「「 ふうううう! 」」」


 一斉に盛り上がる私たち一同、酔っ払い。ただし飲んでいるのは神水であって、お酒ではありません。未成年の飲酒は法律によって固く禁じられています。決まりは守ろうね!

 村正さんとぎゃはぎゃは楽しそうに笑っていたギンが、シロくんに視線を向けて言うの。


「おら! どうするんだ、シロ。名前なしじゃ可哀想だろ?」

「そ、そう言われても……」

「ねえ、シロ……あたしのこと、嫌いなの? 言ってくれないの?」

「「「 ふうううううう! 」」」

「ああもう! あちこちうるさい!」


 思わず吠えるシロくんとはしゃぐ私たちを見て、姫ちゃんがぼそっと言ったの。


「二年生、思ったより……楽しそう」

「っていうか完全に酔っ払いじゃない? あれ」

「神水っておいしいんですかねえ。どれ、ひとくちどうにかして飲めないか試してみますか」

「やめとけ」


 美華ちゃんに理華ちゃんに、スバルくんまで遠巻きにしている。

 理華ちゃんは神水に興味津々のようだ。私だって、一年生の頃に早くに知っていたら毎晩飲みたがっていたに違いない。

 だからこそ、カナタ曰く「のんべえにはしたくないから知らせない」のだそうだけど。

 別にいいじゃんねえ。おいしいから大丈夫だよ。

 いっそ私があげようかなあって思ったときだったの。


「一年生は午後の訓練でひとくちやるから、それまで我慢。霊力がまともに目覚めていない頃に飲んだら、百パー悪酔いするぞ。そこで彼女の膝枕に眠そうになってる、神水を作った奴のようにな」


 ミツハ先輩がうとうとしているカナタを指差して一年生に注意を促した。

 やれやれ。がんばっているのに弄られちゃったね。

 かっこつけるよりも、気楽に過ごせるほうがカナタには心地いいんじゃないかなって思ったりします。

 ミツハ先輩のハードルもすっごく高そうだね。言葉でわかりやすく伝えてくれるなら、まだましだと思うけども。表面的には優しく言いながら、それでも厳しいことを思っていたり隠していたりする人も多い。

 無茶ぶり番組の仲間たちとか、特にそれ。

 最初の頃は私なんて客寄せパンダ状態というか、そんな扱いだったし。

 結局、誰がどう思っていようと、自分なりにがんばることしかできないし、楽しむことしかできない。そうじゃなきゃ続かないんだよなあって思う。

 家族はもちろん、カナタたちがいて、認めてくれるトシさんたちや社長がいて、マドカやキラリがいて……トモやツバキちゃんや、カゲくんやシロくんや――……タマちゃんや十兵衞たち、みんなのおかげで私は生きている。

 開けた道に出てひとりで強く進めるようになるまで、一緒にがんばっていこうね? その先だって、ひとりにしないからさ。

 カナタは私の特別な人だもん。シュウさんにカグヤさんがいて、クラスのそれぞれの人たちに恋人や親友ができて、絆がどんどん広がっていく。

 けれど、誰よりそばにカナタがいるの。

 必ず味方でいようと契約したのは、だって――……好きだから。

 あなたを好きでいることが、私にとっての特別なんだよ。

 でもね。


「うう……なにか、噂……してないか」


 うとうとしているカナタの獣耳をそっとてのひらで押して「なんでもないよー」って流しちゃう。悪酔いするのが目に見えてるもん。

 午後の時間まで寝ているほうがいいよ。たっぷり休んで、次に備えるの。追いつめられるような言葉に真摯に向き合う必要さえない。期待の裏返しだと気づいて力に変えられるまでお預けでいい。そのときがこないなら、私がそのぶん追加で応援するよ。

 だからいまはちょっとだけ、おやすみなさい。


 ◆


 お食事の片付けを引き受けてくれた岡島くんと茨ちゃんに甘えて、居眠りモードに突入したカナタの髪を指先で弄りながら神水をちびちびやっていたら、十兵衞たちが帰っていった。

 ユウヤ先輩が送ってくれたから、私はただ手を振って見送るだけ。

 コナちゃん先輩が神水を瓶に詰めて、一年生たちと一緒に隔離世へ行く準備を始めたから、カナタをゆさゆさ揺らして起こす。

 寝ぼけながらも目元を擦って起き上がると、とろんとした瞳でコナちゃん先輩の手伝いをし始めた。ちょっとだけ不安だけど、私よりもしっかりした人だからだいじょうぶだと信じておこう。

 一年生が隔離世に飛んでいく。やっぱり身体は残したまま、眠るように横になって――……魂だけで向かっていくの。

 いびきを掻いて爆睡しているアリスちゃんをキラリが抱き上げて、女子部屋の布団に運んでいった。

 キラリと岡島くんたちが戻ってきたところで、ミツハ先輩が手を叩く。


「さて、二年生諸君。私が諸君に提示できるトレーニング内容の選択肢は次の通りだ。一番目、過酷。二番目、スパルタ。その三、容赦のないしごき」

「「「 あの、先輩。どれも同じなのでは? 」」」


 思わずみんなで声をあげたし、しかも内容がハモっちゃったよね。


「何を言う。過酷なのもスパルタなのも愛あればこそ。だが容赦のないしごきはその上をいく」

「「「 違いがよくわからないのですが 」」」

「獅子王先生にしごかれているにしては、ずいぶんあまっちょろいことを言うな。一年の三月のサバイバルでニナ先生にやられた連中、立て」

「「「 立ったらしばかれませんか? 」」」

「しないから。立て」


 ミツハ先輩のきつい視線を浴びて、恐る恐る立ち上がる。

 キラリたちも、岡島くんたちもだ。


「よし。では次に、ニナ先生の犬神に霊子をごっそり食われた連中は立ったまま。そうでない奴は座れ」


 何人かが座るけれど、だいたいは立ちっぱなし。


「それじゃあ……代表して、青澄。犬神に霊子を食われたときの経験を語ってみせろ」

「え? えっと……もう何ヶ月も前みたいな錯覚があるのですが」

「いいから」

「そうですね。たくさんのわんちゃんがわーって私に群がって、わーって思っているうちにへばってました」

「お前、本当に高校生か? まあいい――……頭が痛くなる解説をどうも」


 あ、あれ? めちゃめちゃ呆れられているのですが、なにゆえ!


「全員すわれ」


 恐る恐る座ると、ミツハ先輩は両手を重ねてみせた。

 そして左右に開いたときには、ちっちゃなワンちゃんがいたの。まさしく、私がやられたときに見たワンちゃんだ!


「己の霊力が、己から生じる霊子や周囲から取り込む霊子を変換し、放出する。この流れを理解することはもちろん、どのように変換されるかを理解することが大事だ」


 真面目な講義だ。しかも霊子に踏みこんだ話とあれば、全員が前のめりになるの。

 まさにそれを期待していたかのように満足げに頷いたミツハ先輩が断言する。


「私は霊力のありようを侍ないし侍候補生のお乳に触れることによって掴んでいる」

「「「 ……ほう? 」」」

「「「 えええ…… 」」」


 男子と女子で反応が二分されましたよね。

 しょうがないよね。しょうがない。


「つまり私が面倒みるのは女子オンリーだ。男子は佳村と柊に任せる」

「「「 ……ええと 」」」


 今度は男子一同が戸惑う番だった。


「だがこれからする話は男女に関係なく共通して言えることだから、よく聞け」


 お乳インパクトが強すぎて私たちはいったいどうしたら。聞けってか。聞くしかないか。ないの? ないかあ……。


「四人の刀鍛冶に作らせた神水には、四人の霊子が宿っている。刀鍛冶の霊子をもっとも純粋に宿らせる手段だ。我々はあきさんとの修行で己の霊子を具体的に把握し、昇華する術を学んだ」


 胸を張るミツハ先輩の言葉はかっこいい。ただしお乳インパクトの余韻が抜けない。助けて!


「それゆえに作られた神水はこれまでの物よりも出来がいいのみならず、神水に宿った霊子を辿って、お前たちがどのように霊子を変換するのかわかりやすくするための道具にもなる」

「そ、それはつまり。神水を通じて彼らの霊子がどのように変化するのかを探れば、僕らの変換フィルターがどんなものかを理解できるということですか?」

「大ざっぱにいえば、結城の指摘の通りだ」


 頷くミツハ先輩を見て、マドカが決め顔で言うの。


「つまり女子はミツハ先輩にお乳を触られながら確認されるということでしょうか」

「「「 いや、それ敢えて確認しなくても 」」」


 私もキラリもほかの女子もみんな揃って辟易とした顔でツッコミを入れたよね。入れざるを得なかったよね。


「霊力を理解するためならそうするけど、悪いがお前たちのお乳に興味はない」

「「「 それはそれで納得がいかない…… 」」」


 めんどくさ、という顔をする男子には敢えてツッコミませんので、あしからず。


「うちの代の三人娘くらいになってからにしてくれ」


 そう言われちゃうとしょうがない。

 さすがにメイ先輩たちクラスに比べられると、私たちはまだまだだもん。キャリアだって二年の差があるし、努力と積み重ねた経験値の差がどれほどのものかは体感している。たとえばそれは一年生と私たちの差にも見える違い。

 当たり前だけど同じ伸び方をする限り、レベル1じゃレベル50には勝てないし、レベル50じゃレベル99には勝てない。だからこそ、それを逆転するお話に爽快感があったりするんだけど、悲しいかな現実はそうはいかない。


「補足する。今回の修行のあとにはきっと、三人の背中がよりはっきりと見えるはず。メイは二年のときに、真打ちを手にして――……太陽を操る術を会得したんだからな」


 その煽りには、思わず乗っからずにはいられなかった。

 メイ先輩のあの技に私たちの学年は、何度も助けられてきた。

 コナちゃん先輩はそれを必死にほどいてみせたけれど、メイ先輩が文字通り殺す気で放っていたらいまコナちゃん先輩は病床についていて、江戸時代にさえこなかっただろうし、生徒会長でもいられなかったはずだった。

 まさしく私たちにとっての最強技。

 あれくらいの力を手に入れられるのなら、あるいは……その兆しを見いだせるというのなら、その気にならずにはいられなかった。

 私たちみんなの顔色が変わったことに気づいて、ミツハ先輩が満足げに頷く。


「よろしい。さて、チームを分けよう。これからどう分けるのかを発表する。聞き漏らすなよ?」


 みんなの集中が途切れることのないように、先輩は声を大きくした。


「まず最初に佳村のチーム。沢城、結城――……は柊に変えよう。訂正する。沢城、八葉。以上の二名だ」


 ふたりだけなんて、意外とすくないのでは?


「次に霊子の扱いに長けるユニスのチーム。鷲頭、虹野、中瀬古と……狛火野」


 意外な選抜! 元一年十組のメンバーがユニスさんを含めて合計四人も集まるチームにまさかの狛火野くん参戦とは!


「続いて柊のチーム。結城、仲間、岡島、茨、相馬」


 雷獣の赤ちゃんを抱くシロくんに、雷神と化すトモ。それに鬼の三人組かあ。


「最後に私が面倒を見るのは――……青澄姉妹、天使、山吹の四名だ」


 お姉ちゃんが鼻息をふんすと出している。意外とやる気なのかもしれない。

 閻魔の姫で私たちよりもよっぽど博識で、なんならミコさんばりの知恵と力を持っていそうなのに、あくなき向上心を持っているのかもしれない。


「何か質問は?」

「あの、私たちはおち――……」

「もうそれはいいから」


 マドカの口をキラリで手で塞いで黙らせた。ふう、キラリがやってなかったら私がやっていたよ。あぶない、あぶない。

 すっと手を挙げたのはシロくんだった。ミツハ先輩が頷いてみせると、シロくんは手を下ろして発言するの。


「選抜の具体的な理由は?」

「佳村のチームは、そもそも沢城は佳村以外の制御が通用しないというのがある。しかし、佳村は繊細な霊子の操作技術に長けているからな。潜在能力は高そうだが、まだまだ目覚めたての八葉の面倒を見てもらう。このふたりで正直手一杯だろう」


 みんなして納得しちゃう。

 ギンの村正はまさしく私たちの代の特別なひとふりに数えられるだろう。

 トモの必殺技を真っ向からたたっ切ってみせたあの技は、いま思いだしても鳥肌がたつほど凄まじいものだった。

 反面、危うい妖気が刀から漂っていて、いつギンを食い殺してしまうか怪しいくらいだ。

 となればあまり余裕はなさそう。


「ユニスに関していえば、なによりも英国の魔女たちのいる協会よりお墨付きの現代一の実力者だからな。それに彼女は幻想から生まれた力の探り方が上手だ」


 ユニスさんがどや顔で本をぎゅっと抱き締めていた。それを見つめるミナトくんの顔が誇らしげなの、愛情かんじてにやにやします。


「彼女に天性の素質があるのは、あきさんの修行を受ける必要がない点を見ても明らかだからな。彼女の去年のクラスメイト一部はもちろん、狛火野の村雨丸の昇華にも適していると判断した」


 ちゃんと理由があるし、聞けば納得しちゃう。


「柊に関しても、佳村の影に隠れがちだがマシンロボの根幹になったり設計・機動を担うなどの点から見ても素質は抜群に高いからな。強い霊子さえ制御できるタフなところを買って、鬼三名はもちろん、結城と仲間の面倒を見てもらうことにした」


 ここまできたら――……最後は私たちだ。どんなことを言われるんだろう。


「最後に私だが……じゃじゃ馬ぞろいで、霊力も規格外の連中だ。四名以外がこの四名と自分を比べる必要などない、とはっきり言っておく。そして、こうまとめようか」


 ど、どきどき。どきどき!


「変換が普通の侍や侍候補生とちがって、異様に癖のある連中なんだ。ここで誰よりも刀鍛冶の経験のある私がやるのが一番いいだろう。以上だ」


 って、あれ!? なんかめんどくさい枠なのでは!?


「そら。きりきり動け。隔離世に行く必要があるのならご自由に」


 ノンちゃんやユニスさん、柊さんがみんなを誘導して、お部屋から離れていくの。

 あとに残された不安顔のキラリと、なぜかどや顔のマドカ。それにいつでもやる気満々っていう顔のお姉ちゃんを見て、私は恐る恐る先輩に尋ねました。


「それで、あのう。ミツハ先輩、私たちはいったいどのような修行をするんです?」

「座禅だ」

「えっ」

「だいじょうぶ。棒ならある」


 右手を掲げただけで、コナちゃん先輩がハリセンを取り出すように木の棒を作りだすの。


「そ、そ、そ、それって、もしかして、あの」

「雑念を抱けば叩く」

「いや、あの、でも」

「強めに叩く」

「ぼ、暴力はあまりよくないのでは」

「痺れるまで叩く」


 だんだんひどくなってるよ!


「お、おとなしくします」

「よろしい。座布団を用意しろ。座禅の組み方は知っているか?」


 座り方を指導してくる先輩に従って、マドカもキラリもお姉ちゃんさえも素直に姿勢を正していく。片足を反対側の足のももに乗っける簡単な座り方だ。手を組み合わせて、目を閉じる。


「さて、ゆっくり息を吸って――……吐いて――……あとは自然に呼吸を続けて」


 ミツハ先輩に言われるまま、素直に従う。


「それではまず――……余計な音を奪う」


 ミツハ先輩がそう言った瞬間に、雑音の一切が消えた。

 けれど足音は聞こえる。並んで座る私たちの後ろを歩く、先輩の足音。とん、とん、とん。


「次に、己の外にある霊子を感じ取れるよう、お前たち全員の感覚を塗りかえる。心穏やかに呼吸を続けろ――……いくぞ」


 端からゆっくりと歩いてきて、私の後ろにやってきたときだった。

 肩に棒が当たる。その瞬間、身体中の毛穴が開いたかのような錯覚を抱いた。

 それだけじゃないの。

 全身が猛烈に敏感になったような、いてもたってもいられないくすぐったさを感じた。

 それにね?


『今日も金色天女はでてこないなあ』

『顔だけでも見たいが、妙に目つきの悪いお侍さんが門の前にいるんじゃなあ』

『いやあ……格好いいねえ、男前だねえ』


 身体中にあたる何かから心の中に染み込んでくるように、聞こえてくる。

 それはきっと霊子の声。この屋敷のそばにいる人の心の声ないし、欲望の声に違いない。

 最初は気持ちが乱れて殺気を背中に感じたけれど、深呼吸したら遠のいた。

 隣でばしって音がしてキラリが軽く悲鳴をあげる。


「落ち着け。心を開き、感じて、受け止めろ」


 続いて叩く音がしたのと同時にマドカが「いった!?」と悲鳴をあげた。


「怖がるな。いいか、世界をどう感じとるのか――……外の念を通じて己のありかたを知れ」


 とん、とん、とん。

 足音に混じるように、お姉ちゃんの呼吸が聞こえる。

 尻尾から伝わってくるの。退屈。くすぐったい。きもちいい。きもちわるい。ざわざわとする尻尾を必死になだめようとするけど、


「あうち!」


 びしって木の棒でやられてしまいました。

 普段、一撃を食らうときよりも身体の芯に響くの。

 まるで足つぼマッサージの板の上を歩くくらい、無視できない痛み……いや、私は痛くないけども。お父さんやお母さんは温泉地に旅行にいくと必ず試してふたりして悲鳴をひいひいあげてる。きっとたぶん、あんな感じかな。

 ううう。

 尻尾をなだめながら呼吸する。

 黒い邪や、江戸時代の隔離世で霊子が集まってきたときの感覚を思いだして、必死に受け止める。

 落ち着け。落ち着け。だいじょうぶ。こわくない。

 こういう気持ちを私なりに受け止めて、お返しできるものを返すんだ。

 いままでしてきたように。これからもずっと。

 そう思ったら、自然とくすぐったさが消えていった。それどころか、一気に身体がぽかぽかしてきたの。熱い。あっつい!

 肩に手を置かれたの。


「やはりお前が一番はやいか。青澄、深呼吸しろ」


 言われるままに、素直に従う私の中に、ミツハ先輩の強い霊子が流れ込んでくる。

 熱と魂とを繋げるように、霊子が身体の内と外を引っぱるの。

 繋がった、そう思った瞬間、今度は尻尾がばたばたと暴れ始めた。


「だいじょうぶだ。だいじょうぶ。私の霊子を通じて感じる、高い熱に集中しろ」


 必死に深呼吸を繰り返し、自分に言い聞かせながら念じるの。

 だいじょうぶ。だいじょうぶ。熱を感じとればいい。それなら、渋谷のゲリラライブのときに感じた昂揚を思いだせば繋がるはず。


『ハルちゃん』


 メイ先輩の声が、なぜだか聞こえた気がした。

 次の瞬間、暴走する尻尾のすべてと私の中の熱が繋がった気がした。


「目を開けろ」


 言われるままに目を開けたときに驚いた。

 私の身体から金色の霊子が噴き出て溢れているの。

 自分でしているわけじゃないし、霊力は欠片もくたびれないし、霊子が減っていく感覚すらない。むしろ増していくばかりだった。

 あまりの快楽に気が狂いそうなほど! これってまるで、コナちゃん先輩に体育館に押し込められて星蘭の人たちと鬼ごっこをしたとき以来の気持ちよさかも!


「合格だ。休んでいろ――……恐らく、神水が一気に効いてくるぞ?」


 そう言われた瞬間、胃がぎゅううって狭くなって喉がきゅって窄まり、次いで気持ち悪さがこみあげてきた。


「うう、ううううっ」

「感覚が広がった。予想通り、お前は既に変換の術を身につけていたな。問題なのは、緋迎のようにそれを素直に発揮しようと思えない弱さだ」


 必死に嘔吐感と戦う私に水をくれたの。そして背中をさすってくれた。おかげでずいぶん気持ち悪さが緩和されるけど、でもまだまだ気持ち悪いです……。


「さっき感じた心地よさを忘れるな。もうお前は座禅を組む前のお前じゃない。だから、そのギャップと未熟に神水が効いてくるのさ。ほら、寝てろ」


 言われるままに横になる。

 頭ががんがんするし、心がずきずきする。

 けど、深呼吸してみるとね? 霊子を肌で感じるし、それがどんな願いを秘めているのかさえ聞こえるんだ。あまりに多すぎて受け止めきれないけれど、関係ない。私はそれを照らしていたい。そう思う分だけ、金色が私の内から溢れていくの。

 まるで、欲望であろうと、どんな願いであろうと、そう思える命の力自体が輝いているかのように。

 不思議だった。循環していく道になっているかのようで、それが不思議と心地いい。

 気持ち悪さがゆっくりと抜けていく。

 ミツハ先輩が三人の修行を続けるのを横になって眺めながら、考えたの。

 ねえ、タマちゃん。


『なんじゃ?』


 世の中はたしかに真っ黒にしか見えなかったり、つらくてたまらない瞬間があったりするけどさ。


『……うむ』


 それがいつかみんなにとっての金色になる道があったらいいなって、思わずにはいられないんだ。


『どのように変換し生きるのか、それは個人の自由じゃが。お主の願いを妾は尊いと思う』


 ――……うん。

 私はきっと、誰かの輝く顔が見たいし。みんなと明るく楽しく笑いたい。

 そのための変換をしていきたい。

 利用されちゃうと悲しいけれど。

 力を貸してくれる社長や高城さんやトシさんたちがいて。

 おたがいに居場所がそばにあるって自然に安心できる大事なお友達や仲間が大勢いて。

 愛情をかわしあえるカナタがいて。

 だから、私はみんながくれる気持ちの分だけ精一杯背伸びをして、変換し続けていきたい。

 未来を願うの。どんな過去も、現在がどれほどつらくなっても、明るく笑える未来に変えちゃう変換を、これまでも、これからも、ずっと続けていきたい。

 これが私の霊力なんだ。

 そう思ったら、不思議となんでもやれそうな気持ちになってきたんだ――……。




 つづく!

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