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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十章 大江戸化狐、葵澄空天女帳

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第五百六十四話

 



 お姉ちゃんが右手を思いきりタマちゃんへと伸ばした。タマちゃんの周囲に黒い炎が噴きだして、包み込もうとするの。一切の容赦なし。初手で決めちゃおうとするお姉ちゃんは、やっぱり激しいしすごく攻撃的だ。


「タマちゃん!」


 思わず悲鳴をあげる私の獣耳にはっきりと聞こえたの。


「東に青龍、西に白虎――……」


 タマちゃんの囁き声に重なる鈴の音、しゃんしゃんと。


「北に玄武、南に朱雀――……」


 鳴り響く音など物ともせずに炎が迫る。神であろうと容赦なく裁く地獄の黒が。


「この身に黄龍宿らば即ち五行! 地獄より来たりし黒炎は転じて金となせ! 金は水へと変えてみせようぞ!」


 ぱんぱん、と二拍手。直ちに黒い炎が水へと化して、内に閉じ込めたはずのタマちゃんが腰掛けるソファーを押し上げていく。寝そべり優雅に微笑むタマちゃんがお姉ちゃんを見おろして、笑うのだ。


「いやあ、熱い熱い。熱すぎてねむたくなってきた……ふわあ」


 わざとらしい煽りにお姉ちゃんの顔が笑みに歪む。

 けれど怒りすぎてこめかみも唇の端もひくひくと引きつっていたよ。


「ほ、ほおおお? そうか、我の炎はたき火代わりと申すか?」

「暖炉にくべれば、冬の風物詩になりましょう」


 くふ、と笑うタマちゃんの煽りにぶちって音が聞こえた気がしたよね。

 それくらい、お姉ちゃんの怒りが闘気に変わって燃え上がるの。


「なら直接ぶん殴ってやる!」


 ニチアサはニチアサでも少年漫画枠でご長寿……いやどっちもご長寿か。とびきりご長寿の漫画の勢いでしゅばっと飛んでいく。思いきり突きだしたお姉ちゃんの拳を見て、


「おいでませ、玄天上帝」


 タマちゃんが囁いた。瞬間、自ら顔を出した大きな手がお姉ちゃんの拳を受け止めた。

 すっと顔を出す黒布に身を纏ったお兄さんは、背中越しにタマちゃんへと不平をこぼす。


「濡れてしまったではないか」

「乾かせばよい。それ、目の前におる女子の炎がちょうどよいたき火になろう」


 タマちゃん、さらに煽る煽る! はらはらするよ!


「くっ――……ふふふ、お前は絶対ぶちのめす!」


 ぶわっと噴き出た闘気を浴びて、お兄さんが笑った。


「なるほどたしかに、一瞬で乾いた」


 タマちゃんの乗るソファを持ち上げる水の勢いが和らいでいく。

 構わずお兄さんはお姉ちゃんの拳を持ち上げて、振り回して、思いきり投げつけた。

 私を投げ飛ばしたときよりも激しい勢いとかなりの速度にも関わらず、お姉ちゃんは空中に手を当てたの。なにかが擦れ合うような音と共に、見る見る間に減速していく。

 どんなやり方なんだ! 隔離世に漂う霊子を掴んでいるのかな。


「そなたはさがれ」

「早すぎる。これでは退屈だ。島国の言葉を覚えて呼ばれてきてみれば、一瞬で終いか?」

「妾の幼子が使役できればよいのじゃが――……」


 タマちゃんがこちらを見て意味ありげに微笑んだ。

 扇子を手にして口元を隠して、お兄さんの背中に視線を戻す。


「気長に待て」

「……仕方ない」


 タマちゃんがソファから降りて一瞥しただけで、お兄さんは影に吸われて消えていくんだ。


「さて、姫はもちろん……この場にいるみなに言う。己が強くなければならぬ。そう思う者は多かろう。ならば強さとはなんじゃ?」


 己の力の一端を刀鍛冶たちに引き出されて盛りあがりながらも、二年生たちはタマちゃんを見つめた。二年生だけじゃない。一年生も、三年生も、卒業生も。

 もちろん、私も。真っ先に答えたよ。


「優しさ?」

「それもありじゃな」


 頷くタマちゃんにギンが言うの。


「必ず斬る覚悟だろ」

「それもありじゃ」

「窮地を凌ぐために知恵を絞り続ける覚悟は?」

「それもありじゃな」


 シロくんが声を上げて、それにすらタマちゃんは頷く。


「手をあげぬ、というのも強さじゃろうし。必ず倒すというのもまた、強さじゃろう。あらゆる強さがこの世には存在する――……のう、あき。久々に会うた妾にそなたの強さを教えてくれんかのう?」

「いじわる」


 話を振られたあきさんが困ったように微笑んでから「出ておいで」と囁く。

 指先で九字を切った瞬間、あきさんの眼前の空間に黒い渦が生じて吐きだされていくの。この時代のタマちゃんも含め、ありとあらゆる魑魅魍魎と神々、それに幽霊たちが。

 茨木童子も酒呑童子さえもいる。圧倒的な輝きを放つ女神がイヌに乗って歩いていたり、水に濡れた女神がいたり。言い出せばきりがないくらい大勢。


「お友達の多さですかね」


 朗らかにしれっと仰るあきさんに苦笑いを浮かべちゃうね。

 私のご先祖さまはずいぶんと破格の力の持ち主のようだ。


「さあさ、戻って。未来の自分なんてすぐに忘れる夢であれど、直視するものじゃないですよ」


 あきさんがぱんぱんと手を叩くと、みんなが「え、出番これだけ?」って顔をしながら、タマちゃんがお兄さんを消したときのように足から地面に吸われて消えていくの。

 あきさんのタマちゃんが、私のタマちゃんを一瞥する。それから一度だけ私を見たの。冷たい視線には、かすかな変化が見えた。けれどそれがなにかを確かめる前に、彼女は消えてしまったんだ。

 カナタたち修行した組を除いた私たちみんなして、あっけに取られていた。

 なにあれ。なにあれ! すごすぎるんですけど!

 大勢の御霊を同時に宿して使役する能力なんて、あまりにも無茶苦茶すぎる!


「あらゆるありようがあるじゃろう。誰かの決めた強さに己を当てはめる必要さえない。お主たちが願った力ならば、ほれ。目の前にあるじゃろう?」


 優雅に微笑みながら、タマちゃんが屈んで地面に印を描いた。


「さっさとでませい。妾に恋した男たちよ」


 足で思いきり踏みつけた瞬間、タマちゃんの影から大勢の男たちが吐きだされていく。

 それぞれがそれぞれに優雅な格好をしているの。


「くっ」「またしても我らをこのように!」「妖狐め!」


 口汚く罵ろうとする男たちににこってタマちゃんが笑いかけると、それだけで彼らは骨抜きになったみたいにでれでれの顔をしてお姉ちゃんを睨むんだ。パブロフの犬……。


「そら。財をみせい。権力を示せ。仕事をした者は妾が愛してやろう」

「「「 くっ……抗えない! 」」」


 おばかだらけなのかな!

 男たちが吠えて叫ぶ。みんなが口々にいろいろと叫ぶからなにを言っているのかよくわからない。ただね? もう今日だけで見慣れた仲間召喚がまたしても行なわれたの。

 玉藻の前。あるいは、妲己。九尾として人々を惑わせたという伝承に従い、傾国の美女とうたわれた彼女に骨抜きにされた男たちは――……すべからく、並々ならぬ立場のモノ達。

 当然のように彼らが手を振りかざせば、彼らに仕える者が大勢あらわれるのだ。これ見覚えあるなあ、と思うけれど。

 台風のときに降り注ぐ豪雨のように矢がお姉ちゃんへと降り注ぐ。剣や太刀を手に、少数は馬に乗って大勢が駆けていく。空に浮かんでいるお姉ちゃんへと。

 いやでも、矢の雨が落ちついてからでもいいのでは? そう思うのだけど、それさえ無駄な思考だった。


「クウキ」

「は」


 お姉ちゃんが名前を呼んだ瞬間、黒い旋風がお姉ちゃんの周囲を駆け巡って矢の雨から防ぎきるの。それだけじゃない。多くの軍勢をたったひとりで追い払うんだ。

 鬼の中でも格別な存在。彼の前に立てば人など敵ですらないのかもしれない。


「凡夫ではな」


 今度こそ勝ち誇った顔をするお姉ちゃんに、しかしタマちゃんも余裕を崩さない。


「想定通りじゃな。そら、戻れ」

「ま、待て! 玉藻、余には――……」

「戻れというておる」


 手で振り払うだけで、男たちも軍勢も消えちゃうんだ。


「さてと。ならば妾もとっておきを出さねば。そら――……晴明、出ておいで」


 思わず耳を疑ったよ。

 嘘だ。まさか。いやいや。だって、玉藻の前が狐だと暴いた人って、別の人なのでは?


「――……ええい! 出てこぬか! 葛の葉との契りに基づき妾の前に姿を現せ!」


 だんだん、とタマちゃんが苛立たしげに地面をつま先で叩くと、しぶしぶと言わんばかりに地面から手が生えてきた。ぬっと顔を出した若いお兄さんは――……驚くほど、ユウジンくんにそっくりだったの。

 彼はタマちゃんを見上げて、目をぎゅっと細めて睨んだ。


「なぜ?」

「手を貸せ。凡夫ばかりと侮られてはさすがに看過できぬ。妾の知るおのこで強者といえばお主よ」

「そう言われはってもなあ……めんどいわあ」


 声も、口調も、なにもかもが彼にそっくり!


「俗世のくびきはとうに断たれた。悪縁はあの世で既に清算した。ならば手を貸せ」

「いま天国の偉人を集めて天国版わらったら失格のお笑いバトル中。それよりつまらんなら、無理やね」

「うぐ」


 た、タマちゃん!?


「あははははは! いいねえ、天国の知りあいは薄情なようだ! いやあ、凡夫ではないが……残念だなあ!?」


 どやるお姉ちゃんを一瞥して、タマちゃんが深いため息を吐く。


「もうよい。戻れ」

「貸しにしておくわ」


 にこって笑う顔すらユウジンくんにそっくり。

 すっと消える晴明さんにため息を吐いて、タマちゃんが何故だか十兵衞を見つめ、そしてアゴに扇子の先をあてる。ちらりと私を見つめて悩ましげに眉を寄せた。


「さすがにこれより先は早いか。自分で見つけ出さねば意味がない。ひとつは見せたしのう」

「え……と?」

「そら、おぬしたち。絆もまた力じゃとわかったろう? まあ、幾分不発気味ではあったが。己の内に宿った御霊相手とあらば、もうすこし勝手もちがかろう」


 まとめに入ったタマちゃんは、お姉ちゃんを一瞥した。


「姫。鬼を従え暴れるというのであれば、妾もあきのようにより強固な絆を示さねばならぬ」

「望むところだ! とっととこい!」

「しかし、妾が呼び寄せる手順はすべて姫さまの書類による事後の決済が必要だと手配済みであるゆえ――……」

「――……なんですと?」


 闘気がみるみるうちに萎んでいくお姉ちゃん。顔がどんどん青ざめていくの。


「現代に戻ったら、さぞ大変でしょうなあ……」

「ま、待て! 脅す気か!」

「春灯に、なにやらげえむを買ってもらうんだとか。遊ぶ暇など、なくなってしまうかもしれまあせぬなあ?」

「よせ! やめてくれ! 負けを認めるから! それだけは! それだけはご勘弁を!」

「ほほ。このような話もまた、力」


 満足げに笑って勝敗をつけると、タマちゃんは私の元へと歩いてくるの。


「よいか、春灯」


 そっと手を差し伸べて、座っている私を立たせるとね?


「願う心が力になる。妾をここまで強め、清めたのはお主じゃ。忘れるな」

「――……うん」

「ひねくれるな。へこたれるな。青く澄んだ空のように、凍った大地を癒やす春の灯火のように……清らかな志を忘れるな」


 くれる言葉は、


「世は変わる。常に変わる。吉ばかりではあるまい。凶に見舞われることもあろう。じゃがのう?」


 私のために、


「苦難に見舞われても心を見失うな。さすれば、お主の心には妾たちが宿る。なによりもかけがえのない力と強さが宿る。己の月を、その影すら含めたすべてを捉えて、天衣無縫に至ろう」


 考えてくれた言葉に違いなかった。


「妾は示した。次は――……お主の番」


 頬に触れて優しく抱き締めてくれた。

 夢に見たこともある。何度か抱き合ったこともある。

 けれどいました抱擁はそれらとは別の、だけど同じ――……特別な瞬間に違いなかった。


 ◆


 それぞれにアドバイスをしていく三人の江戸時代の人々の中で、私に話しかけてくれたのはね? ある意味では当然のように、ご先祖さまのあきさんだった。


「いかがですか」


 タマちゃんとふたりでいる私に尋ねられても、戸惑う。


「えと。いかが、といいますと?」

「内に宿る玉藻の前とは違う。いまのあなたは、あなたの心だけで既に妖狐へ至った者」


 あちらの方よりも進んでいる、と示された先には二尾のカナタがいた。

 キャリアが違うからね! 私は一年とちょっとの間、妖狐でいるからさ。尻尾の数には差があるよ。


「妖力の使い方、見えましたか?」

「たとえばあきさんみたいになれる道が見えているかっていう問いかけなら、ちっとも無理そうです」

「無理だと思うからこそ見えぬのでございます」


 笑顔でしれっと仰られても。


「それって、だって……望外の願いなのでは? 私は、そこまでお友達たくさん作れる気がしないというか、そんなに大勢、内に宿せる自信なんかないっていうか」

「己を信じられぬことほどつらく悲しいこともございませんよ?」


 う……。

 正論だし、図星を突かれたし、なにより私自身が自分に対して足りないと思う考え方だった。


「あなたにはもう既に大勢の仲間がいらっしゃる。それに――……気づいているのでしょう?」


 予感がした。


「あなたの尻尾はもう、四つの魂と繋がっているのだと」


 言語化しきれていないだけで、明らかな事実を暴かれる。そんな予感は的中した。


「そこから始めようと思っていらっしゃるのでは?」

「――……それは、そう、なんですけど」


 迷い、惑いながら一年生たちに視線を移す。

 ミツハ先輩が自分たちの力と向きあおうとしているギンたちを示しながら解説していた。理華ちゃんたちは真剣に話を聞いている。

 これまでに江戸時代で起きた戦いとミコさんのスパルタ形式の修行は、彼らを己の力に対して真面目に取り組ませるだけの刺激を与えたに違いない。

 視線が留まる。理華ちゃん、聖歌ちゃん、詩保ちゃん、姫ちゃん。

 私から霊子を引き出して指輪を手にした少女たち。

 でも、彼女たち四人を見ていると――……あの子を見ずにはいられなかった。

 ツバキちゃん。私を何度も何度も助けてくれた、とても大事な子。


「もっと増えたらいいなと……思うんです」

「無理だと思われますか?」

「やり方がわからないんです。歌も、刀の振るい方も。私なりの戦い方も、気持ちの向け方も――……与え方も」


 そばにいるタマちゃんには見透かされている気がした。

 歌えばどうにかなるんじゃないかっていう甘えとか、本当に危なくなったら斬るしかないと思っている自分への苛立ちとか、ぜんぶ。

 深いため息をこぼそうとした私の背中がぽんと叩かれた。

 ふり返るとね? 十兵衞がいるの。あきさんを迎えに来たのかなって思ったけど。


「答えなどない。自分で決めるだけだからな」

「――……選択と行動こそ、未来へ至る道?」

「うむ。故に、ため息はよせ。何かをした気になるし、それは勘違いでしかない。そうせずにいられぬのであれば、尚更な。そも、お主は気持ちが沈んでいるような状態ではあるまい?」

「――……十兵衞」


 江戸時代の十兵衞とはそれほど縁が深まっていないのに、なんでだろう。

 なんでそこまで、私のことがわかるんだろう。


「そんな顔をするな。女子の機微には疎い。それよりも笑っていろ。短い付きあいだが、どうやらお主にはそれが一番似合っている」


 どきっとするようなこと言って! もう……。


「ん、ありがと」

「うむ。さて、そろそろ戻るようだ。不可思議な場も興味深いが、遠くで妙な気配ばかりする。これならまだ忍びだらけの江戸のほうがましだ」


 しれっと言って笑う十兵衞に気持ちが緩んでいくの。

 タマちゃんが私を抱き締めて――……中に戻ってくる。

 いろんな感覚が繋がっていく。タマちゃんがみんなを呼び出したときの感覚も。

 なにより、どんなことを願ってみんなを呼び出したのかも。

 単純だ。

 言葉の通りだ。

 お姉ちゃんを懲らしめようとか、勝たなきゃいけないとかそういうことじゃなくて。

 私に見せてくれたんだ。見せたいって願って、その通りにしてくれた。それだけ。

 願うだけでは何かをし損じる。

 うまくいかない瞬間に、理解できていないことに追いつめられることもある。

 教授がまさにそういう存在だった。

 将軍さまに対しても同じことを感じる。

 なんとかしたいって思うだけじゃだめで。教授や将軍さまがなにを願っているのか、どうしてそのように振る舞うのか理解できていないと対処しきれない。

 シュウさんのときだって、アダムのときだってそうだった。

 だからカナタやコナちゃん先輩やマドカたちはなるべく考えて、可能な限り理解し、予防策をいくつも取って対処していくんだろう。

 私はいつだって、その場その場の体当たり。そりゃあばかばかおばかってコナちゃん先輩によく叱られちゃうよね。

 でも十兵衞もタマちゃんも、私に関わってくれる人みんなが「ばかでいい。そのまま突き進め」って言ってくれる。ま、まあ……ナチュさんたちは「きみには成長してもらわなきゃ困る」ってよく言うけど! そ、それも期待からだと信じているので、ひとまずおいておくとして。

 現世に戻ってすぐに刀に触れた。

 タマちゃんの刀。それに――……十兵衞の刀。

 自分を理解するために、歌や金色を手にして――……それより前に、自分を殺す殺意の軌跡を捉える右目を手に入れた。

 ずっと遠ざけていたもの。

 十兵衞のこと。

 ううん、ちがう。

 斬る。守る。生かす。そして殺す。

 そういう選択肢を、たとえ私自身がなるべく取らずに済めばいいと願っていようとも。

 一度は理解しなければならないのかもしれない。

 私の知る柳生十兵衞三厳は人斬りではない。幕末や戦国時代の侍たちとは、江戸時代の侍はいろいろと違う。それに信じてもいる。優しくて懐の大きい、素敵な男を。

 けれど宗矩さんと接して、江戸時代で狙われて思い返さずにはいられなかった。

 教授に狙われたときのこと。コナちゃん先輩が傷つけられた瞬間の恐怖。黒い御珠に襲われたときや、囚われて醜く変化していくアダムや――……シュウさんが暴走して肉が満ちていった駅前の光景を。

 生きている限り、死はつきもの。

 考えたくない。

 悪意も、誰かの命を脅かす力も。

 理解したくないし、遠ざけたい。

 けれど、それは考えずにいるから成立するわけじゃない。

 カナタたちのように、私もきちんと向きあわなきゃいけないのかも。

 自分の中に眠っている、力の可能性のすべてを。

 そのうえで選ぶべきなのかな。

 いったい私がなにを望むのか。

 気持ちや衝動を理解することが、私なりの生き方の模索の仕方なのかもしれない。

 傷つくのはいや。傷つけるのはもっといや。

 だってそれは残るから。顔を曇らせ、人生を苦しませ、歪ませて、未来を奪うだけ。

 そんなことに意味もなければ価値もないと思う。けれど――……。


「三池典太」


 引き抜いてみた十兵衞の刀の美しさは本物だった。

 不思議だな。

 なんでこの時代に刀があるのだろう。

 一揆が起きたときの治安維持? 藩が反旗を翻したときの鎮圧のため?

 江戸時代には鉄砲はとっくのとうに伝来していたはず。

 隔離世のため?

 ううん、あきさんは刀を持っていない。村正さんくらいだ。しかし彼でさえ、常に帯刀しているわけじゃない。

 気になる。現代でもライオン先生やニナ先生たち教師陣から教わったことがない。

 どうやって隔離世の刀が変遷を辿ってきたのかなんて。

 江戸時代に来た先輩たちの授業で聞いたこともない。

 不思議がいっぱいだ。どうせ時間跳躍ができるなら、自発的にできるようになって、時代の移り変わりを見られたらいいのにね!

 そんな願いなら生まれるのになあ。自分のことは難しい。

 ただ――……考える。

 ねえ、タマちゃん。


『なんじゃ?』


 私たちの時代の十兵衞は、この刀を血に濡らしたいと思っているかな?


『――……さて。あれは強いが、しかし血に飢えてなどおらぬじゃろ』


 ――……そうなんだけど。


『おぬしがいまより幼き頃に憧れた血を吸う鬼とて、いたずらに人を殺す姿であったか?』


 ううん。私の夢見る妄想彼氏といちゃつくためだけの力ですよ。

 あとなんていうか、ろまん? かっこいいか美人の二択で、不死で、血を操るとか。

 ぞくぞくしちゃうよ!

 でも絶対に人は殺さないよ。むしろ守るの。正義のヒロインだよ!


『そんなあほうに夢見るそなたに宿った妾とあやつ故に。人を斬り、祟り、殺すことなど望まんよ』


 あほうってひどい!

 でも……まあ、うん。そうだよね。

 じゃあ、この刀の美しさは私の何を示しているんだろうね?

 自衛のための力。それって矛盾しているようで、けれど現実にはたくさん存在しているもの。

 私を守るための決意とかかな?


『いい刺激を得たようじゃな。妾もさあびすした甲斐があった……と、そう思わせてくれるよう励め』


 はあい!

 タマちゃんにできるんなら、私だって――……たとえばユウジンくんたちや、ユイちゃんたちや、ライオン先生たち学校の先生たちに、社長やトシさんたちを呼べたらいいのに。

 指先をタマちゃんが切った印を真似て動かして、呟いてみる。


「おいでませ、ユウジンくん」


 さすがに時間跳躍までは無理かなあ。姫ちゃんの指輪の力を辿ればいけるかな?

 あのときみたいに尻尾を通じて念じてみたの。その瞬間だった。

 ばちばち、と火花が散って印が現われようとしたけれど――……それはぱちんと弾けて消えちゃった。


『まだまだじゃのう?』


 わ、わかってるよ!

 ううん。コツがいるのかも。

 でも――……でももし、呼び出せるのなら。

 逆に言えば、私が姫ちゃんに力を渡せるかもしれない。

 それに、誰かの願いの力を理解すればするほど――……誰かの願いに寄り添える指輪を出せるのかもしれない。

 へこたれて俯くよりも、それを考えて願って行動するほうがずっと気が楽だし、前向きだ。

 うん! なんかめっちゃ元気でてきた!

 がんばるぞう! とはいえ。


「お昼、食べたくなってきた」


 お腹がぐううううって盛大に鳴って、お部屋で興奮していたはずのみんなにばっちり聞かれて笑われてしまいました。

 なんてこった!




 つづく!

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