第五百六十一話
夢見るひととき、真夜中。
小楠ちゃん先輩に誘われて真夜中のわずかひとときを過ごす。
教えてもらうのは、時代による価値観のちがい。その変遷。
江戸時代は元より、安土桃山時代、その前も男色の文化はあり。
かの有名な織田信長公でいえば、森蘭丸。
一説によれば、であって。確たる証拠はなにもない。
ただ美少年趣味があったり、小姓としてついてくる部下に手を出したりと、そういう向きはあり。
見合い、嫁ぐなどはもちろん、政略結婚も多い世の中。
人間関係におけるストレスはどのようなものか。
戦による高揚もあれば、強姦する形で屈服させて、屈辱を味合わせて主従関係にも利用してやろうという欲もあり。
武家にせよ公家にせよ、子孫繁栄、お家の存続は個の意図よりも優先される。
肌を重ねるのも責務。
単純に言って、そう気持ちのいい夜ってなかったのでは?
だけど興奮する性欲を晴らす術もないとなると、人はどうなるか。
いろいろと持てあます。その感情をなにで晴らすのか。
武芸のみ? そうはいかない。お酒? それもむずかしい。
そうなると、落ちつく先が欲しくなるというもの。
たとえば徳川家、将軍の側室であっても、お付きの人がすぐそばに控えているなかで夜伽。子作り。感覚的には動物園の檻に入れられて、そばに「こいつら子作りするぞ」とわかっている人たちがいるとわかっている状態で「いざ!」という具合。
そこで情もなにもないよね。
世継ぎ作りはお仕事。責務。成し遂げなければならないこと。
おまけに中で出して、孕むのにいい風習などをせっせと試すもの。
女性側にとっても「将軍に気に入られる」ことと「なんとしてでも子を成す」ことが欠かせない。それは特定の個人に情が、などでは決してなくて、立身出世と家のため。相手も道具に過ぎない。
そこで情もなにもないよ。
おまけに未経験女子が嫁ぐんなら、ますますもって夜の事情がかなり痛そうだ。
痛みをこらえて、我慢して、受け入れているふりをしなければならない。
そんな相手の立場くらい、将軍側も察しがつくだろうしさ。気が乗らないのでは。
「でも、そういうことって多いじゃない?」
そう問われましても。
小楠ちゃん先輩が誘ったのは私だけじゃない。
女子が何名か。
「いわゆる振りをするのは」
男子禁制というわけではないと思っていた。さっきまでは。
「どちらもあると思うの。いざっていうとき、元気が出ないとか。いかにしてノースキンに持ち込んでやろうか、とか」
「「「 ああ 」」」
ああっていうの、まずくない?
ねえ、みんな。具体名は出さないけど、十数名の集まりよ。
「準備ができないな、とか。そういう気分じゃないけど、断れそうにないし、やだなあ、とか」
「「「 ううん 」」」
赤裸々すぎじゃない!? ねえ!
「で、そういうときって、いいかっていうと。ねえ?」
「「「 ねえ 」」」
ねえ。
「向こうは向こうで悩みがいろいろあると思うんだけどね」
あれ!?
ここでは乗っからないの!? なんで!?
「そうした事情は時代の変化に影響を受ける部分もあれば、そうでない部分もある」
「こどもを作るためだけに寝る。ふたりの時間を作れない。おまけに情どころでもない。鳥肌、立っちゃうかもですね」
「鳥肌で済めばいいけどね。地域によっては夜這いの風習もあるし、女性の人数が昔は少なかったともいうし? ことばがむずかしいけど、開放的でかつ、一定の決まりがないと、村も集落も街ももたなかったんじゃないかな」
こわ。
こっわ。
「人質に取られているうちに夜伽を拒めず、憎い相手の子を妊娠した、なんてこともあったかもしれないし? だれの子かわからない、なんてこともあったんじゃないかな」
それくらいの世の中だと思うのなら、たしかに価値観はちがいそうだ。
外科手術が日本で行なわれるようになったのは、いつから?
堕胎手術が日本で行なわれるようになったのは、いつから。
堕ろせないのなら、もう、だって、産むしかない。
すごくダーティな作品で稀に聞く。男が女のお腹を殴って、堕ろそうとする、というもの。
俺の子だろ!? も。いいや、あいつの子だろ!? も。
毎度かならずなにかを選択できるわけじゃない。
その気がなくても。
望んだ相手でなくても。
やることやったら、こどもができる。
やることやるといったって、望んでしてるとは限らない。
行為がどんなものだとしても。どれほど神格化したり、陳腐化したりしても、要領は変わらない。おしべとめしべ? コウノトリ? いやいや、精子と卵子の話。生殖機能の話だから生理学の話になるのかな?
現代ではキスってすごい尊いことのようだし、セックスもそういうところある。妊娠と出産さえもね。だけど実際は行為は行為に過ぎず、行為の結果、できるときはできる。
それだけに過ぎない。
夢見るほどに、現実から視点がずれてしまう。
求めなければ。願わなければ。そもそも知らなければ?
私たちはただ、目の前にある肌に肌を重ねて行為に集中する。
きっとその流れのままに生きて、産んだ子の世話をする。いや、それさえ妥当とはいえない。こどもたちはこどもたちで集まり過ごしていた。お世話になった村では。親が子を育てる、とは限らない。口減らしのために売る、捨てる、殺す。そういうことさえ起きる時代だ。
飢饉が起きた年ではどうなったか。年貢の取り立てが過酷な地域はどうだったか。一揆が起きるような場所での暮らしがどのようなものであったのか。
「家にとっては、こどもがなにより欠かせない。それも男の子がね」
お家騒動に欠かせない。
後継者はいるのか。いすぎたら、だれがなるのか。
いなかったら、それはだれの責任か。
いや。
だれの責任に、されてきたのか。
それとは別に、どれほどの関係者がどのように改善できたのか。
そんな発想をどれほどの人たちが持てるのか、持てなかったのか。
考えようによっては共犯者たちの集団だ。いつの時代も、私たちは共犯者。
小楠ちゃん先輩は開放的で決まりがと言ったけど、明確な指標なんかなにもないよね。
厳粛な決まりだってなにもない。元になるものなんてさ。せいぜい、土地に根づいた風習くらいのものじゃないかな? あるいはお寺や神社? そういうところじゃ教材として、お経を読んだり、ありがたぁいお話をするのかな。中国から伝わってきた孔子とか老子とか、民間伝承とかさ? それにしたって、どこまで浸透していたのかわからないぞ?
だからきっと、現状が限界。
限界だから、もういい? そうはいかない。
目の前の肌に肌を重ねるしかない? それだけじゃない。
話せる。相手と。目に入る。相手の顔が。肌を重ねるよりも雄弁な声を私たちは聞くことがある。感じとる。察してしまうし? 勘違いだって、やまほどする。
なので先があると気づく。
そこを踏みにじってよいものかと悩みもするし? 自分は踏みにじられていいのかと苦しみもする。この痛みをどうにかしなくては、そのためにもあいつがどうにかするべきだといらいらしたりもする。
安土桃山、戦国時代。そこに至るまでにあるいろんな時代。源氏に平家。藤原家とか、北条とかね。先に述べた織田もあれば、徳川、豊臣。武田に上杉、伊達に真田。甲賀や伊賀。
有名どころに限った話じゃない。
それに家族一辺倒なんて、そんなの偏った見方でしかないんだけどね!
だって家族であればいいなら、だれがどう犠牲になろうが知ったこっちゃないってことじゃん。ねえ? あり得ないでしょ。そんなの。
ただねえええ!
徳川といえば、大奥という漫画がお母さんの推し。
波瀾万丈ながらも徳川の世となれば、それを守るは必定。
絶対に失ってはならない。失いたくない。ずっと保っていたい。
そう望む人がいる。ひとりやふたりじゃない。徳川に与する人たちだけでもない。
江戸城下で過ごす人たちだけともいわない。徳川憎しの人たちだけでさえない。
いろんな立場の人たちの感情が関わる。それだけの縁がある。
あるいは?
そう「思える」。
だから「理由にできる」。
自分の望みのためになら? いくらでも犠牲にできる。
男だけがかかる病で、どんどん男が死んでいく。将軍さえも、死んでしまう。
それじゃ徳川は終わってしまう。いろんな土地から徳川憎しと兵があがる。そしたら待ち受けるのはなにか。たんなる惨劇に留まらない。
それさえも「理由にできる」。
かくして選ぶ。「将軍は死んでいない」。代わりに「将軍の娘を将軍ということにしてしまえ」。しかし「女が将軍」ならば「世継ぎはどうする」。「大奥はどうなる」?
簡単だ。とても簡単。
男を集めればいい。女を集めてみせたように。
将軍の寵愛を得ようと争うのが女から男になるだけ。
そこで男色、それも強姦が出てくる。
序列。支配と抑圧。いかにだれが上に立つか。だれが気に入られるのか。
そのために気を配る。どうにかして、将軍に種を。下品で下卑た言い方かもしれないけどさ。そんなの成し遂げるのだって、一苦労だ。そもそも選ばれなきゃ意味がない。寝所に招かれても迎えられるかどうかはわからない。
男たちは着物の選び方からなにから、とにかく苦心する。
かつては男ありき。武家に男かくあるべし。けれど「長男に非ずば」なので、次男、三男たちの処遇は推して知るべし。教育のきの字も十分でなきゃ、結局、まともに扱われず。そういう人たちの負荷や負担は「弱いものはさらに弱いものを叩く」。
こうして、大奥の新人となる男はいびられる。陰湿ないじめを受けるし強姦されることさえある。そんなことさえ平気で起きる「大奥」には権力と影響力がある。むしろ、ときとしてありすぎるくらいに。
それゆえに「これはどうするか」って疑問を抱く将軍さまが登場する。
シロくんが最初に宿したと思った、徳川吉宗だ。頼もしい人。漫画の大奥なら? もちろん女性。お母さんが「強制はしない。だが予告しよう。娘よ! 無視はできないぞ、と!」なんて言っていた。いまさらそんなことを思い出すなんて!
選べる立場になってまで。
いや。
そんな立場になったなら。
こどもとか、妊娠とか、そういうの、どうなるんだろう。
そもそも、そういうのってさ。
どうして、したいんだろ。
そんな気持ち関係なくできちゃえるわけでしょ?
じゃあ、さ。
私は、なんで、こんなことしてるんだろ。
愛って、なんだろ。
男と女って、なんだろ。
満たされてたつもりが、あれ?
波が引いていくようで。冷水に自分から顔を突っ込んでいるようで。
「いずれにせよ時勢がちがうのはもういやっていうほど実感したと思うし? 私たちが十分で満足できる状態だなんて、口が裂けてもいえないけれど」
小楠ちゃん先輩は語っている。
「繰り返し伝えなきゃいけない。ここで過ごすのは、危険が伴う」
将軍さまとの邂逅をふり返ると、私はどれほどぼんやりしたおばかに見えたことだろう。
なんにも考えてなかったまであるのでは?
「ううん。こう言ったほうがいいかもしれない。ここで過ごすのは、いままで以上の危険が伴うって」
だれも十分じゃない。
不十分さしかない。
なのにこうしなきゃいけないって思いで足掻いていてさ。
その足掻きを正当化するために暴力を振るうんだ。正義のためにとか、愛があるからとか。
そうして目を背けたいだけなんじゃないかな。
あるいは「見ていない」んじゃないかな。
みんなにとっての家光さまみたいにさ。
じゃあ私はなにを「見ていない」んだろ。
なにを「考えてこなかった」んだろ?
このままでいいのかな。
まだ感触が残っている自分の手に手を重ねてふり返る。
私はカナタをどれほど見てるのかな。
そもそも私は私を見てるのかな?
「春灯。すごく際どい立場のあなたが一番かんがえなきゃいけないことだよ?」
「うう」
矛先を急に向けられても困るぅ!
ぜんぜん準備できてないから!
つづく!




