第五十六話
体力測定は集中できなかったよ。
みんなで測定結果を話し合って「わーすごーい」「それないわー」みたいに話す明るい空気は皆無です。
もうね。意識がトーナメントに向いちゃってるの。
そんな風になってるの、一年だと私のクラスだけだけどね。
トモを含めたトモのクラスの人とすれ違ったんだけどね。
「仲間さん頑張ってね!」「測定ですごい結果だしてるし、いけるよー」「刀鍛冶二人とかないかなー。あたし二人目になりたい」
なんて具合に、きゃっきゃとはしゃいでました。
他にもね。一年生代表の四人の姿も見たけど……彼らのクラスは四人しかいなかった。
みんな涼しい顔で体力測定のプログラムをこなしていた。ギンは素直に反復横跳びする気なくて曲芸師みたいに飛んで跳ねてを繰り返してて、なのに素早くて。そっちの方が疲れるよね、と思ったくらいです。
トモのクラスは女子が多いみたい。みんなして歓声をあげてみてる。
四人ともかっこいいし、ギンはひねくれてるけど特別派手だし。王子さまオーラ全開のレオくんがきらきらした背景を背負って動いている絵面はレアだししょうがないのかも。
けどトモだけは私と同じで、もの憂げな顔してた。私の視線に気づいて笑顔で手を振ってくれたので、私も笑って振り返すよ。
気持ちを切り替えて元気だしていこう。
そう思って歩き出そうとした時でした。何かにぶつかっちゃったのは。
「わぷっ」
つぶれたような声を出して後退ったのはノンちゃんだった。
「ご、ごめん、だいじょうぶ?」
「す、すみません。前方不注意で……って、あなたですか」
露骨に警戒した顔されるとちょっと凹む私です。
「なんですか。トーナメントに夢中ですか。そうですよね、あなたの刀の力なら勝利を意識して昂揚するのも無理はないかもしれません」
ぶすっとしながらも、以前ならにじんでいた敵意は瞳になくて。
私を真っ直ぐ捉えてきらきら輝いていたよ。
「けど気をつけることです。月見島さんの刀の真価は――」
「おぉーい! 佳村ぁー!」
相変わらずの口調に割って入るように遠くで声を掛けてくる男の子の声がして、ノンちゃんは途端に私に向けたものとは比べられないくらいに渋い顔になった。
呼びかけてきたのは――……グラウンドの隅に座る小さな男の子。タツくんの刀鍛冶っぽい子だった。
「……まったくもう。先輩が呼んでるのでいきます」
「い、いやそうだね」
「鍛冶のやり方を教えるとかなんとか、なんだか妙になれなれしいのです。非常にめんどくさいですが……先輩からのお誘いですから、なかなか断りにくくて。逃げたら追っかけてくるので、行くしかないです」
はあ、とため息を吐くノンちゃん。
対する男の子はきらきらした顔で、ほっぺたもちょっと赤くして、少しでもノンちゃんがためらえば駆けてきそうな勢いです。
好かれてるんだろうなあ。ノンちゃん可愛いし、刀鍛冶になれた一年生は今のところまだノンちゃんだけだもんね。厳密には侍と一緒で学生のうちは候補生なんだろうけど、それはそれ。
「月見島くん……彼の刀はいわば組織です。気をつけて」
「え?」
「私の特別にあたるまで、負けないでくださいね!」
それじゃあ、と頭を下げるとノンちゃんは立ち去ってしまった。
組織って……刀が? どういうことなんだろう。
結局答えを出すことが出来ないまま、私はトーナメントを迎えることになってしまった。
◆
「今週は午後の授業を特別に変更して、毎日トーナメントを行います。霊子に対する才能がある生徒だけが入学出来るこの学舎で、その素質を磨く貴重な場です。観覧だけでも決して腐らずに楽しんでいきましょう」
マイクを手に挨拶したのはユリア先輩だ。にこにこ笑顔で見守っているニナ先生は幸せそうだし、闘志を燃やしている私たちを見てライオン先生も楽しそう。
カナタから聞いた話だと、シュウさんに私同様、悪い術をかけられたみたい。だけど私よりも軽度で認識がずれる程度の浅いもので、だから特別後遺症とか悪い影響はないそうだ。
シュウさん相手に悪だくみを暴こうと指摘しても、相手の立場が立場だから疑い自体が夢物語だと笑い飛ばされかねないので、真実はすべて私を助けに来てくれたみんなと私だけの秘密になっている。
その方がいい。ライオン先生やニナ先生を困らせたくないもの。でも、じゃあ……いざとなったら?
「それでは第一試合よりはじめたいと思います。選手である侍候補生は陣地へ」
我に返った時にはもう、開始の挨拶は終わっていたよ。
あわてて三つ作られた四角い陣の一つ、一年生用のそれに入る。
一つの陣はだいたい幅二十メートルほど。
審判として立ち会うのはライオン先生だった。
「選手は前へ……礼」
白線で敷かれた陣の中、同じように白線で示された線で立ち止まってお辞儀をする。
深呼吸をした。
Tシャツとジャージ下、ラフな格好だからか余計に肩と腰で装着するベルトが強調される。そのベルトに留めた鞘は二つ。
顔を上げて向かう先を見つめた。
月見島タツキ。
腰だけで身に付けるベルトに差した刀は左に四本、右に四本。
合計八本。
犬歯をみせつけるように嗤うの。獰猛に、獣みたいに。
「二本先取。有効打、場外で一本とする……では、はじめ!」
腕を組むタツくん。
ライオン先生の合図に刀を抜くことはしない。
それでも、
『ぬう』
十兵衞が唸った。当然だ。ただタツくん一人を相手にしているはずなのに、圧迫感が一人の比じゃないの。
「一番、前へ」
タツくんが呟くと、ひとりでに彼の刀が一本鞘からすっと抜けていく。
それは私の眼前にひゅんと飛んできた。
「展開せよ」
彼の命令に刀が――
「え……」
増えていく。一本、また一本と。合計十本前後、同じようで違う形をした力の結晶が瞬く間に私を取り囲んだ。ただ取り囲むだけじゃない。一本一本がまるで一人の侍に握られているかのような存在感を放っているの。十兵衞が伝えてくる。油断したらすぐに斬られるって。
なのに私は飛んできた最初の刀に目を奪われていた。
あの刀から感じる力は飛び抜けて――……美しい。
「一番組組長……沖田、俺に力を」
悠然と歩いてくるタツくんが手をかざす。その手に、増える刀の元となった一本が吸い寄せられて……握りしめられた。
「まだまだ本数は足りんが、俺の武力は手強いぞ」
そうして構えるタツくん。周囲の刀はいつ私に斬りかかってきてもおかしくない。
なのに絶望的包囲よりもよっぽど、タツくんとその刀が放つ闘気の方が恐ろしい。
『誠の字、手強いぞ』
『どうするのじゃ、ハル』
呼びかけに応える余裕はなかった。
額にいつしか浮かんでいた汗が落ちた。
その瞬間、タツくんの刀が迫っていた。
咄嗟に抜いた刀を真実、三回の衝撃が襲う。
間違いなく一呼吸。一度の突きにしか見えなかった。
右目を通してもわからなかった。
それほどに息を呑むほど美しい突きだった。
「ほう、受けたか」
抜いた刀が剣豪で、そしてあやかしだから。
その経験が咄嗟に背中を押して、かろうじて防げた攻撃。
けれどもう、私はタツくんの間合いにいる。
いいや違う。
取り囲まれた私は彼の籠の鳥に過ぎない。
下がろうとすれば背から刀が襲いかかる気配がして、咄嗟にタマちゃんを抜いた。
けれど衝撃はこなかった。
「背中は斬らん。この籠は陣。逃げず、立ち向かう覚悟を決めさせるためのものだ」
構えるタツくんに隙はない。
「お前の力は隣に立つものか、ただ護るべきものなのかどうか……試すぞ」
この状況ではじめて――……タツくんから笑顔が消えた。
いつも優しいタツくん。
笑って面倒を見てくれて、ご飯を食べる私に世話を焼いてくれて。
入学式に乗っていた白馬が大事なあのタツくんはもう。
「構えろ、ハル」
そこにはいなかった。
『鬼と対峙するかのような迫力じゃ、気を引き締めよ』
タマちゃんの言葉に頷くかわりに、柄を握りしめて構える。
「総司、ギアをあげるぞ」
タツくんが呟いた時にはもう、私の右目に切っ先が届いていた。
反応する余裕なんてなく、一度にして至高の三度。
確かに私の頭は貫かれていたの。
悔いるよりも見惚れるほどの攻撃だった。
「一本! 月見島タツキ! 選手は開始地点へ」
私を取り囲む刀はタツくんのそれに吸われて消えた。
「あっさり負けてくれるなよ」
そう告げて戻るタツくんに遅れて、いまさら全身に冷たい汗が滲む。
勉強が苦手で歴史も不得手な私でも知っている名前。
新撰組一番組、組長……沖田総司。
喉を鳴らす。
タツくんはあんな力をあと七本も持っている。
いいや、ただの七本じゃない。
一番、前へとタツくんは言った。
私の記憶が確かなら、新撰組は九か十は組があって……足りないとタツくんは言ったけど、でも。
『参ったな……これはなかなかに滾る挑戦状だ』
十兵衞の楽しそうな声に応えられない。
私が対峙したあの一本は間違いなく……一つの魂じゃない。
一本がそのまま一つの魂を共有した男達そのものだ。
タツくんが本気を出したなら、私は瞬きをする間もなく負けてしまう。
このままじゃ、このままじゃあ……
『なにを惚けておるか。気を張れ、ハル』
タマちゃん?
『――わっ!?』
抵抗する間もなく身体の自由を奪われました。
「さて、十兵衞。闘志を燃やしておるところ悪いが……妾がゆくぞ」
そう言って刀をおさめると、タマちゃんは開始地点に優雅に歩いて戻るの。
『な、なにか策があるの?』
「策もなにも」
ライオン先生が号令を発してお辞儀をすると、頭をあげたタマちゃんは笑って言ったんだ。
「妖怪が人に負けてはおれんじゃろ」
そ、それだけ!? 激しく不安なんだけどー!
つづく。




