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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十章 大江戸化狐、葵澄空天女帳

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第五百五十七話

 



 大奥に連行されて囚われの身になったらどうしよう、なんて考え始めたころになって、駕籠を運んでくれる人たちの足が止まった。城の敷地に入っているのは確かだ。


『どうせ相手にとって邪魔ならば、墓場にでも連れ込んで処分したほうがよい――……それくらいは考えておくべきじゃろ』


 さすがに御霊を宿す、ないし江戸時代の隔離世の力を得ている人じゃなければ逃げ切れる自信ならあるよ?


『この時代の十兵衞に狙われたら?』


 ――……それは、むりかも。


『気をつけることじゃ。杞憂で終わるとしてもな』


 はあい!


『うむ、返事だけはいつもよいのう』


 ばかにされてる!


『明るいそなたの声は好きじゃ。さて、身だしなみがこれでは箔がつくまい。妾が変えるぞ?』


 タマちゃんがそう心に訴えてきた次の瞬間、髪はまとまりかんざしが刺さる。

 着物もみるみる内に簡素な二色模様のそれから金箔と銀糸で大輪の華を描く煌びやかな絵柄に早変わり。

 手にふわっと金色の霊子が集まって、純金の煙管になるの。

 ――……って、ちょっとまってよ! 私たばこなんて吸わないよ?


『外に大勢の気配を感じる。こちらは手勢を削がれておる。ならば圧倒してやらねばな』


 どんな勝負なんだ……っ!

 駕籠が降りて戸を開かれた。

 大勢のお侍さんたちがずらりと勢揃いしていた。

 とびきり偉そうなおじちゃん武士がそっと近づいてくる。五十代くらいかなあ。

 宗矩さんよりも将軍さまのおそばにいる人だ。顔は覚えているけれど、名前を伺ったことがない。

 ただ確実に言えることがひとつだけ。

 このおじいちゃん武士は、私のことがきらいみたい。

 見る目に剣呑な光が宿っています。それでもね。


『流されるな。流してみせよ。妾を宿した己を信じてな』


 うん! 男所帯を見渡して思う。

 ぽぉっとした顔で私を見てくれるおにいちゃんやおじちゃんたちもいる。

 おじちゃんのように「この狐の首、影にて斬れば手っ取り早いものを」って思っていそうな人もいるけれど、全員じゃない。

 だいじょうぶ。

 ぽぉっとしている人たちにも、めんどくさいから殺せばいいじゃないって思っていそうな人たちにも、にこって微笑みかける。心の揺らめきを辿って迷わず左目の力を放つ。

 動揺が広がる中、構わずしれっと言うよ。


「今日は妾をどこへ連れていかれるのでございましょうか」

『妾じゃと?』


 空気だよ。ノリと勢いっていうか、タマちゃんを無意識に頼ったの!

 そ、それにほら、一人称が私だと箔がつかないと思わない?


『ほ、ほう、そうか……ふん! まあよいじゃろ』


 ふう……よしよし。

 動揺しているおじちゃん武士に、すこしだけ若いおじちゃん武士がそっと近づいて耳打ちをするの。狐耳はもちろんばっちり捉えていた。


「土井さま。どのようになさいますか」


 目配せだけでさがらせて、土井と呼ばれたおじちゃん武士は私をきびしく睨みつけた。


「妙な奇術はお使いめされるな。性根の良さを隠すための謀りは一切無用に願う」


 ぴしゃりと言われた言葉にすごくどきっとした。

 土井さんには私の左目の力が通じなかったんだ。見た相手を魅了する能力。まだまだ極めきれていないせい?


『それもあろうが、こやつの心根が太く厚いせいじゃろうな』


 むうう! 手強いぜ、江戸時代!


「先の将軍、秀忠さまはもとより、家康さまにお仕えし、いまは家光さまの傅役(ふやく)として家光さまのおそばにおります老中、土井利勝にございます」


 宗矩さんとは似て非なる眼力の強さを浴びる。

 並べ立てられるご威光のような名前と物凄い経歴よりも、むしろ一切の虚飾を認めない強い決意と経験値の塊のような視線を浴びるのが怖くて、思わず言っちゃうの。


「あ、青澄春灯です。その……私ほんとはわりと普通の女子なんですけど、だいじょうぶです?」


 そっと尋ねたらね? 土井さんは初めて微笑んでくれたの。


「ええ。もちろんでございますよ。ささ、こちらへ」


 優しい笑顔だ。お父さんにちょっとだけ似てる。そう思ったら、迷いは晴れてた。

 手招きされるままに駕籠を出た。その瞬間、死線が見えた気がして反射的に手を伸ばす。指先で摘まんだの。どこからか飛んできたのは針だった。

 これ、あれかなあ。暗殺とかなのかなあ。


『毒でも塗っておれば完璧じゃな』


 あはは……笑えないよ!


「どうなさいましたか。その手に持っているのは――……」

「えっと、針が飛んできたんですけど」

「お借りしても?」

「え、ええ、もちろん」


 うなずいた瞬間『たわけ、証拠を敵に渡してどうする!』とタマちゃんに怒られちゃいました。けどね?


「――……宗矩」

「はっ」

「思い当たることはないか?」

「私が思いますに――……」


 宗矩さんが視線を向けた先にいたおじさん武士が、赤いのか青いのか表現に困る露骨な顔色でぶるぶると震えていたの。そんな風にひとめでわかる反応してはいけないのでは?

 土井さんがきびしく睨みつけ、さがらせた。追って沙汰をくだす、なんて言葉を聞くとは思わなかったや。宗矩さんは下手人を既に追わせる手はずを整えていた。

 土井さんに案内されたお部屋で聞かされたの。


「強烈に批難している者がおりましてな。幕府の風通しをよくするため、敢えて人を集めさせていただき、あなたの神通力を見込んで利用させていただいた」


 この時代、しかも偉い人となると簡単には謝らないのかも。

 顔にはっきり書いてあるけどね。ごめんねって。


『一気に軽い話になっておるぞ?』


 いいんだよ。結局、本質的には一緒だもん。

 だからいっそここは利用しちゃうが吉なのでは!

 私はどや顔で胸を張ってみせた。気にしないでってアピールをしながら、


「いいんです。それよりも、あのう……これって、貸しになりますか?」


 しれっと要求する。


「――……と、申しますと?」


 表情を緩めながらも、一切の油断がない。

 宗矩さんというよりも、どちらかというと十兵衞やうちの社長のような手強さを感じる。

 けど構うもんか。言っちゃえ。


「柳生宗矩さまよりお伺いした、将軍さまのせい――……」


 性癖はまずいか。とびきり偉い人を相手に、次に偉そうな人に微妙な単語を言うのは控えたほうがいいよね。うんと。だとしたら。


「将軍さまが女の子に興味を持てるよう協力してほしいというお願いを叶えるためにも、将軍さまの重荷を一時的に解いて、ふたりで過ごせるといいなあと思うのです。あっ! もちろん、いつでも守りにこれるように見守っていただきたいんですけど! それはできれば、そのう」

「家光さまに気づかれぬようにしたい、と?」

「そうなんです! 将軍としての家光さまだからこそ、できないこととか、抱え込んでいることが……引いては、お心が乱れて女の子に惹かれない理由なのではないかと思いまして」


 そこまで話しながら、そっと周囲を見渡す。

 宗矩さんがいつか屋敷に連れてきたおじさんたちしかいない。

 逆に言えば、超絶アウェー。しかもみんな私を睨んでる。殺すぞ! みたいなのじゃなくて、ふざけたことをしてくれるなよ? みたいな圧迫。

 コナちゃん先輩たちや高城さんやトシさんたちにお話するときのようなノリ。それをもっときつくしたような感じかな。


「あのう……やっぱり、無理ですかね?」


 恐る恐る尋ねるとね? しばしお待ちをって言われて、おじさんたちが出ていったの。

 宗矩さんだけが残って、私をじっと見つめてくる。

 圧迫感……。


「え、えっと。無茶なお願いすぎましたか?」

「――……」


 返事なし!


「じゅ、十兵衞にお世話になっています……」

「蟄居を命じられた不肖の息子が外に出るわけありますまい」


 うわん! 宗矩さん怖いよ! ちっとも構ってくれる気配ないし!

 十兵衞……! 早く私の中に戻ってきてくだしい……!


「あ、あの……私のこと、おきらいですか?」

「いえ。興味がないのです」


 おーう……。

 タマちゃん助けて!


『相当な堅物じゃな。ずっとふたりでいることになり、妾に落とせというのならば術もあるが。いまのお主には無理じゃろ』


 そんなあ!


『三十代、四十代、五十代。もっとうえも大勢いるが、それぞれに攻め方がちがうことくらいは理解しておろうな?』


 くっ――……ちっともわかりません!


『無理じゃろ?』


 う、ううん……無理ですね!


『これも経験じゃ。やりたいことをやってみせい』


 結局いつも通りか。


『奇抜なことなどするな。正攻法かつ王道をいく。それ即ち己なりの勝利の法則よ』


 はあい。なんかタマちゃん、十兵衞みたい。


『アホなことを抜かしておる場合か? 口を動かせ』


 了解であります!


「あのう。宗矩さんは私の案、どう思われますか?」

「――……さて」

「土井さんたちの手前、言えないこともあるのでは?」

「それは上様の話か?」

「そ、そうじゃなくて。宗矩さんの意見です」

「ご老中の意にそぐわぬ言葉は持ちませぬゆえ」


 頑な! 隙がちっともない。


「じゃ、じゃあ、ご老中の意見とは?」

「それは後ほど伺えるかと存じますれば」


 語る口など持ちませぬって言わんばかりです。

 ううん。本当に手強い。

 敵視されてる?


『さてな。この男にとってどういう存在が敵なのやら』


 ううん……じゃあ、信用されていないとか?


『それはあるじゃろうな。自分の身に置き換えて考えてみよ。見ず知らずの、いかにも怪しい女をカナタが気に入ったら、どう思う?』


 どう思うって――……心穏やかには受け入れられないよ。

 何か狙いがあるのでは? って思っちゃう。だってほら。私とカナタが恋人同士っていう事実は、学内においてはわりと露骨に広まっているし。


『学外に及んでいないところが悩ましいがのう。それはいま話すべきことでもないか』


 だね。それよりも、大事なのは宗矩さんにとって信頼できる状態にないってことか。

 私を好ましく思える状態にない。さっさと出ていって欲しいし、自分の周囲に与える影響は好ましいものだけであってくれと願う。

 それはとても自然なことだと思う。同時にきびしい環境にいるんだと理解する。

 余裕があれば優しさを示しやすい。けれど宗矩さんの立場でそれは難しいだろう。

 各地の大名に目を光らせ、情報を握り、徳川を守り、世を盤石のものにしようと邁進する人だから。

 そんな人相手に信用してくださいって言っても、通る道理がないか。ないね! ちっともない。


「で、では話を変えます。私は一体どうしたら、あなたに興味を持っていただけますか?」

「要求は既にお伝えしたかと」


 社会人の仲間入りをして仕事をしていなかったら、きっと投げ出していたよ!

 めげるもんか!


「そうではなくて。あなた個人の願いです」

「私をかどわかすおつもりか?」

「そうじゃなくて!」


 頭かたすぎるのでは! だんだん苛々してきたけど、短気は損気。強い力で刺激を与えると、その力の分だけ強く返ってくる。攻撃的な刺激なら、やはり攻撃的な刺激で返ってくる。それは防御反応だったり、怯えたり回避だったりするかもしれないけれど。悪意を向けても悪意しか返らない。

 深呼吸だ。深呼吸。橋本さんたちとする無茶ぶり仕事で鍛えてきたじゃないか。


「これは――……ひとりごとです」


 いつ誰が戻ってくるかもしれないと気を張っている相手を見つめながら、言葉を選ぶ。


「柳生十兵衞さまには特別な縁を感じているのです。別に恋心などではなく、強いて言えば師として恩情を抱いております。なのに、十兵衞のお父さまに嫌われているのでは……とても悲しいのです」

「情に訴える、と」


 やっぱり手強すぎるよ!

 なんにでも疑いをもってことにあたらなきゃいけないのかもしれないけど、そんな生き方していてつらくないのかなあ。

 私には無理だ。いいなって思えることなら飛びつくし、しんどいなあって思ったら離れちゃう。大事なものや譲れないものなら別だけど!

 ――……うん?

 あっ!


「将軍さまや徳川が大事なのはようくわかります。そのためにお心を砕いていらっしゃるあなたから見れば、恐らく私はただの小娘でしかないのでは?」


 思いつきのままに伝えると、宗矩さんの目が初めて私を本当の意味で見てくれた気がした。


「ふむ。続きは?」


 悪くない感触だ。社長が話を聞いてくれるときと同じ感じ。それはつまり、聞くだけの価値を認めてくれたってことだ。

 けど油断せずに続ける。


「同じく、将軍さまにとっても徳川と、この世が大事なのではないでしょうか。それでは女子など、そもそも世継ぎを通じて大奥に入りたいだけの俗物にしか見えぬのかと」

「それでは説明が足りぬ」


 なんについての説明かを言わない時点で、このお城では男色が禁句なのかもしれない。

 徳川の世継ぎはこのお城にとって特別な意味を持つ。当たり前だ。将軍さまの子は、次の将軍さまになるかもしれないのだ。いなきゃ困る。けどいすぎても困る。後継者問題でお家騒動なんてずっと昔から続いているありきたりな、だからこそ難しい現実のひとつだから。


「ましてや己と異なる性では理解が及びません。理解ができぬとあれば、それは空の青さや大地の冷たさと同じ。目に映るだけのものにございます」


 宗矩さんの瞳が訴えている。もっと先へ。


「なれば己に近しい者ほど情が湧くのは必定。それゆえに――……女を懐に入れる。己との距離はそう開いてはいないのだと、安堵していただくべきかと存じます」

「それがつまり、天下の将軍とふたりきりで会う理由なのだと?」

「ええ。いつ殺すか殺されるか、という空気がこの城には満ちているようなので。それでは家光さまのお心も安らぐ暇がなく、お子を儲ける以外の意味で女子に興味も湧かないのではないかと考えます」


 すべて言いきった。アドリブだ。着物の内側は冷や汗まみれ。尻尾は必死に膨らませてみせているけれど、全部が去勢。それでも私の一世一代の大芝居は宗矩さんに届いたようだ。

 ふっと微笑み、かすかに頭を下げる。


「みなさま。かように申しておりますが――……いかがなさいまするか?」

「えっ!?」


 てんぱる私がふり返ると、襖を隔ててみなさんが隣のお部屋で待機していました。

 会話している声さえ聞こえなかった。


『てんぱっておったからのう。話してはおったが、お主はそれどころではなかった』


 聞こえていたけど、思考回路で受け止めてなかったって? 雑音のように聞き流していた!?


『そういうことじゃのう』


 なんてこった……!

 土井さんが満足げに私を見つめて微笑む。


「狐とあらば人をたばかるのが世の必定かと思えば、どうやら我々が目にする狐はよほど人の情に厚いようだ。春灯どの」

「は、はい」

「春日局さまの嘆願もある。そなたには大奥に通っていただきたい」


 大奥ってつまり、将軍さまの私邸みたいなもので、それって要するに――……もしかして、やぶへびなのでは?


「え、え、えと」

「天から来たと申しておったのでな。念のため語って聞かせるが、御中臈(おちゅうろう)という役職がある。そなたには将軍さまのそばにつき、お世話をしていただきたい」

「そ、そ、それは……外に出られるのでしょうか」

「本来なら無理だ。禁じている。将軍さまのお世話係が外を出歩くようならば、それは徳川にとって隙となるのでな」


 デスヨネ。


「それゆえ表面的には、そなたには天から来た女使(じょし)という扱いにて大奥を毎夜ごとに訪ねていただきたい」

「よよよよよよ、夜ってことはつまりあの! えっ……」


 えっちじゃ伝わらないよね! えっと! えっと!


「よ、夜伽をせよと?」


 それはこまる! ぜったいに無理!


「いな。宗矩を通じてお伝えした通り……そなたたちはあまりにも素性が知れぬ。まるで天から降ってきたかのように突然あらわれたのだから」


 仰るとおり、突然タイムスリップしてきました!


「やまほど市井に広がる話を思えば、そなたたちはいずれいるべき場所へと帰るのであろう」

「え、ええと」

「よい。困った顔をせずとも、見ればわかる。銀の髪をした異人も、そなたのように金の髪をした異人も見た。五日市に出した使いの言葉によれば、見覚えのない服を着ていたともいう」


 し、調べ上げられているー!


「ここが居場所ではない。相違ないな?」

「は……はい」


 頭を垂れるしかないよ!


「であれば子を儲けてもらっては困る。天女どのの居場所次第では徳川にも天女どのにも害が及ぶだろう」


 たしかに!

 その気はちっとも、欠片もないけれど。

 現代に家光さんの子供を妊娠した状態で戻ったら、それはなんていうか……恐ろしいタイムパラドックスが起きそうだよね。繰り返すと、あり得ないけど!


「飛ぶ鳥跡を濁さず――……互いに快く終わりたい」

「じゃ、じゃあ夜伽はなしです?」

「天女どのにもわかりやすく伝えるのならば、家光さまのお心が晴れるのであればいくらでも応えるのがこの世の流儀であるが」


 ぶわっと汗がにじむ私を見て、土井さんが苦笑いを浮かべた。


「そなたが嫌がり家光さまのお心を傷つけるようでも困るのだ。腹を割って伝えよう」


 すこしだけ前屈みになった土井さんがぽそっと呟く。


「うまくごまかし通せる範囲で、煽ればよし。女子の良ささえ伝わればよい」


 前に宗矩さんが来たときに同じようなこと言われたときにも思ったけど、それってとんでもない無茶ぶりだってば!


「必要であれば抱いて、情を注いで欲しい。天女どのにできる範囲で、愛していただければよい」


 それも無茶ぶりだよ……!

 あと冷静に考えてみると、家臣が自分のいないところでこっそり恥ずかしいお願いを女子にしているって知ったら家光さん、あまりにも居たたまれないのでは?

 それってもはやぐれるしかないくらいのことなのでは?

 はらはらする。

 浮気は無理。断じてNG。それは私もカナタも同じ気持ち。これまでもこれからも変わらない。

 仕事でキスとかいろいろあるかもしれないけど。それはそれ!


『ならばこれも仕事のようなものじゃし、しょうがないんじゃないかのう』


 そういうこと言わないの!

 と、とにかく話してみないとわからないよ。


「とりあえず、お話はわかりました。こちらの願いを先読みして手配してくださったのだろうということも、春日局さまの嘆願をお受けしながらも対外的にみて問題ないよう取りはからっていただいている時点で理解しました」

「それはなにより」


 まあ穴なんてやまほどありそうだけど。

 それくらい近々の問題なのかもしれないと思って、頭を切りかえる。


「確認なのですが。夜もご一緒に眠れということでしょうか?」

「天女どのがいまの邸宅で眠りたいのであれば、駕籠を用意いたします。あくまでも、あなたは女使なのでございますれば」

「一緒に眠るようではまずいということです?」

「ええ。寝屋でしかできぬ話もございましょうが、ふたりきりのときには娘が襖の向こう側にて聞いておりますゆえ」

「それとなーく、危なくなったら助けてくれるっていうことです?」

「そのようなことを娘がしたら処罰せねばなりますまい」


 おーう。おーう!

 どれだけとんでもない場所にいかされるんだ、私は!


「そうではなく、頃合いを見計らってあなたが切り上げれば、いつでも帰れるということでございますし――……妙な語らいも無用に願う、ということでもございます」


 そ、そっか。聞き耳を立てられているんなら、話は筒抜けってことだよね。

 場合によっては、翌日にはもううわさ話のように広まっている可能性もあるかも?

 そうすると――……江戸時代の将軍さまの妾のみなさんは、そうとう大変だったんだろうなあ。心が弱いととても勤まらなかったのでは?


「今日は段取りを共有するためお呼び立てした。今宵の召喚まで、大奥にて春日局さまよりこの世の作法を伺っていただく」

「あ――……は、はい」


 それもそっか。天から来た金色天女ってことになっているし、そのために偉いおじさんである土井さんさえ私に敬意を払って話してくれるけれど。何度か気を遣って説明してくれたように、私がいろいろと知らないことに気づいているんだろう。

 私よりもむしろ、将軍さまに害が及んでは困るんだ。だから教えるというのだろう。


「わかりました。青澄春灯、謹んでお受けいたします――……」


 深々と頭を下げる。

 だいたい要求は通った。大筋っていう意味ではね。けれどすべてが狙い通りになったわけじゃない。将軍さまの寝屋という場所は私にとって危険がいっぱいに違いない。

 なにより――……今夜帰ったときのカナタのむすっとした顔を思うと、いまから憂鬱だ。

 いっそ抱えて逃げてくれたらいいのに。

 そんなわけにもいかないか。お世話になっているんだから、いやな感情を残して逃げるよりは――……立つ鳥でもいいけど。

 飛ぶ鳥跡を濁さず。この精神でいこう! 前向きにね!




 つづく!

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