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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十章 大江戸化狐、葵澄空天女帳

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第五百五十四話

 



 四人がそれぞれに駆け出す。あきさんの分身もまた、それぞれの道の先へ。

 立ち止まる俺は見上げるだけ。

 角を消し、刀を消して九尾を生やす彼女がゆっくりと降りてくる。軽やかに着地して、しゃんと背筋を正して手を重ね、お辞儀をしてきた。


「わたくしの子孫末裔と火迎の道が重なる――……とても面白い縁でございましょう。魂は拡散し、理は人々を苦しめるばかりなれど、解き放たれたくびきによって広がる幸もあるのでございますね」


 深呼吸をする。

 明坂ミコのように何かが見えている。俺には見えない、けれど冬音ならばわかるであろう何か。

 御霊として宿していてもわからない、彼女やあきさんほど強くなって初めて知り得る真理。

 いまだ先がある。どこまでも先がある。だから、歩いていける。

 否定しても始まらない。俺の現在地点はここまででいいと、最強はこの程度でいいと怠っては至れない境地が、幸福が、興奮がやまほど俺を待ち構えている。

 春灯、お前ならどうする?

 決まっているよな。笑って尻尾を膨らませるに違いない。


「いにしえ……彼方より山を越えて海が迫って参りました。それは夜ごと娘を連れ去っていくのでございます。立ち向かうは火迎。なれど山は砕け、地は裂け、人は荒んでいくばかり」


 語られるのは、彼女の知る真実のひとつ。


「最後に残された姉妹がおりました。妹は国の至宝と呼ばれた姫であり、姉は火迎と共に戦う気高き戦乙女でございました。しかし終わらぬ戦を前に、妹は決断をくだすのでございます」


 頭の中で何かが重なっていく。最初に思いだしたのは、明坂ミコの語った過去。

 愛した少女が命を捧げ、黒い御珠の異変を収め――……士道誠心特別体育館の神社にまつられる御珠を残したという事件。


「己を捧げ、生け贄とすることで荒ぶる神を鎮めたのでございます。残された彼女の魂は、今なお人を救うために存在し続けており――……姉もまた、火迎と子を成し、死に。あの世より舞い戻り、妹の救った世を見守っていると申します」


 確信しかなかった。やはり、それは明坂ミコの話であると。


「なぜ今、俺に話してくれたんですか?」

「縁は異な物、味な物。あの子を見送ってくださったあなたの心の迷い、晴らしておかなければ万が一やりすぎて三途の川に送ってしまったとき、祟られてしまうかと思いまして」


 煽られているな……。

 春灯や冬音によく似た顔できついことを言われると、わりと素直に凹む。


「それはない。あいつの先祖を恨みはしないさ」

「わたくしがこれまで、何度も火迎を地獄に送ってきたとしても?」


 訝しんで眉間に皺を寄せる。


「どういうことですか?」

「わたくしはあなたが存じ上げている長寿の方と同じように、命を長らえているのでございます。であれば必然、戻ってこないことも多いと知りながら……何度も、何度も、あなたの先祖を死地に送ってまいりました」


 衝撃的事実などと春灯ならショックを受けるのだろうけれど、俺は笑うだけ。

 疑問を抱いたのか、彼女が尋ねてくる。


「なにか、おかしかったですか?」

「あなたがそれを笑顔でできる人だとは思いませんし、仮にひどい形で送りつけていたとしても、やはり俺には関係ない。なぜなら」


 胸に手を当てる。春灯の刀を受け入れた心臓に霊子を伸ばす。

 ミツハ先輩が示してくれた、大事な侍の刀を作りだす技。どうやっているのか考えたけれど、ばかになれというメッセージでぴんときてしまった。

 要するに、好きだからできるのだ。

 ミツハ先輩はメイ先輩、ルルコ先輩、北野先輩を愛していて、特別だと思っていて、一年生の頃からずっと彼女たちの刀の面倒を見てきたという。ルルコ先輩の決断に素直に自分の進路を重ねられる絆と信頼の深さは望外のものだといっていい。

 夢を委ねられるから。受け入れられるから。重ねられるから。心に三人の魂を宿せるのかもしれない。

 なら、春灯の刀を受け入れた俺にできない道理はない!

 解放するぞ! 狐の力を――……!


「ふん!」


 どや顔で居直った俺から生えた尻尾は一尾。足の間に逃げるように丸まってくる。


「……待ってくれ」

「ええ、どうぞ。準備なさってくださいな」


 笑顔で見守られるのも、それはそれで悲しいけれど今はそれどころではない。


「ちょ、ちょっと。おい。逃げるな。立ち向かえ!」


 ぷるぷるぷると震える尻尾は「いやいやむりっす、目の前のお姉さん化け物っす」とでも言わんばかりである。

 わかっている。それはわかっているけれど、ほら。人にはやらなきゃいけない瞬間があるだろう? 霊子の糸を自分に伸ばして尻尾をなだめようとするけれど、


『なに考えてるんですか! あれはどう考えても正真正銘の化け物ですよ! 対してこっちは閻魔姫のブースト頼りのポンコツエンジンですから! 霊力が人並み未満なんですから!』


 尻尾から伝わってくる春灯に似て非なる声に痛烈にダメだしされてしまいました。

 い、いや。待てって。冬音を宿し、光世も宿している。さらには春灯の刀を受け入れもした。

 霊力が人並み未満ってことはないんじゃないか?


『現実はこうでなければならない。法則はこうでなければならない。理屈が強い人には見えないんです! 霊力だって低くなるばかり! あなたの彼女を見習って、ばかにならなきゃ尻尾だって増やせませんよ!』


 遠回しに頭でっかちには無理って言われているような。


『そう言っているんですよ!』


 そ、そうか。

 でも、ほら。ここまでがんばって築き上げてきた個性というか、コナたち生徒会メンバーとして引けを取らないように、兄さんに比べられても胸を張れるように作ってきた俺のキャラクターというものがあってだな。


『そういうのに固執しても、あなたがそば打つのが好きな年より地味な男子である事実は変わらないのでは?』


 ――……お前、春灯じゃないよな?


『私はあなたの尻尾でございますよ。どや!』


 聞けば聞くほど春灯に重なってしょうがないんだが。


『いいから。四の五の言わないで、自信を持ってください! あなたがびびってると、こっちも元気でないんです!』


 意外な言葉を聞いた気がして目を見開く。

 ――……待て。俺に自信が足りないって?


『だってそうでしょ? ラビのような翻弄する力も、ユリアのような圧倒的な力も、シオリのような特別な能力も、コナのような強い心の力もあなたにはない。春灯のような爆発力だって!』


 尻尾の指摘はあまりにも痛すぎた。図星だからだ。心の奥底に蓋をして、意識しないようにして、代わりに修練するための意欲に変えてきたはずの気持ち。


『あなたは本当は自分で自分を責めている。兄には勝てない。春灯に似つかわしい男じゃない。冬音の力がなかったら、影に埋もれる存在だって思い込んでいるんだ』


 けれど、それがなんだ?

 既に一度は黒炎に灼かれた身じゃないか。

 枷がなんだ。あの時、シガラキに焚きつけられた部分はあれど。それでも自ら率先して飛び込んだ。あの瞬間の気持ちはまだ残っている。

 俺にだって夢がある。


『だったら久々に大声で叫んでくださいよ! シュウも春灯すらも関係ない、あなたの願いを! 緋迎カナタはどんな男なんですか!? それがわからなきゃ、尻尾はどうしようもないんです! さあ、教えて!』


 内股に逃げていた尻尾が震えながら、怯えながら、それでもぴんと立っていく。春灯がいつもそうしてみせてくれるほどの自信はないけれど。

 思えばあいつはいつだって別に自信があるわけじゃなかった。どちらかといえばない方だ。ただ確信を抱いていた。自分の思いを貫くことで見えてくる物があるはずだって信じていた。

 俺だってそうだ。間違いばかり犯してきた。正解ばかりの人生じゃなかった。

 けれど俺はあいつと出会った。契約を交わし、恋人になって、共に多くのことを乗りこえてきた。冬音と縁を繋ぎ、コナタと特別な時間を過ごして、俺なりに積み重ねてきた。

 あいつはいつだって認めてくれる。その意味を理解しているから、俺を認めることで俺の背中を押してくれている。

 俺だってそうだ。

 なのに、俺は俺に対して首を絞めることに夢中でいるべきか? いいや、ちっともそんな必要はない。欠片もないんだ。

 願いは口にする。春灯はそれを歌に変えた。仲間は加速を選び、天使は星を。山吹は光を手にした。

 さあ、緋迎カナタの選択は?


「――……ふううう」


 息を吐き出す。

 刀を抜いた。美しき銀と闇を飲みこむ漆黒。地面に突き刺して、周囲へと霊子を伸ばす。

 兄さんに訓練されたときに教え込まれた。


『いいかい、カナタ。万物に宿る不可視の核。それを操ろうなどとおこがましいことを考えるな。霊子は古来より存在し世に漂う誰かの意思の先、還元された魂が宿っていくものなんだ。たとえそれが無機物や海の水や塵芥ですらね』


 心に積み重ねてきた経験のすべてを。春灯のそれはアニメや漫画や映画や歌でできている。

 俺にも同じようなものがある。春灯の影響から緩やかに伸ばし始めた程度で、しかも現代で見ればかなり古いものも多いが。兄さんのせいだ! いや、うそ。兄さんが好きな曲や映画が俺も好きなだけなんだけど。


『だからお願いするんだ。はじめて御霊を宿すときのように、己の夢を伝えて力を貸してもらうのさ。もし仮に敵が霊子を操る人ならば?』


 変わらない。俺の夢のほうが百倍いいだろうってアピールして仲間になってもらうだけだ。


『その通りだ。だからこそ……素敵な夢の伝え方を覚えないとね。お前の恋人であり、侍たちのアイドルでもある彼女のように』


 わかっているとも!

 己の心を周囲に伝えながら、ふたりの御霊を刀へと伝える。

 冬音はすかーと寝こけていたけれど、寄り添う光世は呆れたように俺を見上げて微笑む。

 すまない。お前を血で汚す気はないんだ。

 春灯のようにマイクを手に取ろう。俺の後ろに浮かんでくるスピーカーを通じて曲を。

 俺の夢はひとつだよ。兄さんのお下がりってのは気にくわないから、いつか兄さんが結婚したら兄さんが好きなバンドだから歌ってやろうと決めて練習している歌を。春灯に歌えたらいいなと思っている歌を――……。


「――……」


 みかげいし。

 春灯のように金色を放てなくてもいい。別に構わない。

 ただいつだって、誰かを想うことで強くなれた。そんな俺が苦しんでいたときに、手を取って抱き締めて。一緒にいるよ、仲間だよって口にしてくれたお前の優しさに落ちたんだ。お前にあうために生きてきたんじゃないかなって思えるくらい、最高の瞬間だった。

 青澄春灯に恋をした。あの瞬間が、契約したあのときが――……俺にとっては救いの瞬間だった。

 兄さんにとってのカグヤさんだってそうだろうし、そもそも俺たち兄弟だけじゃなく妹で末っ子のコバトにとっても春灯はそもそも特別なんだ。おかげで黒い御珠に飲みこまれて消息をたっていた母さんだって戻ってこれた。


「――……」


 尻尾を立てて、思いを伝える。彼女はいなくても、きっと心は伝わる。

 いますぐ届かなくても問題ない。そのときは自分で直接いえばいい。できればふたりきり、リラックスしているときがいい。

 ちょっと笑いながら、意味もなくくっついて、仕事とかそういうことを考える必要のない贅沢な時間を過ごしながら言いたいんだ。

 愛してる。

 春灯を愛しているから、俺はなんだってできるんだって伝えたい。

 どこまでも彼女が進んでいくのなら? 俺もまた、全力で走るだけだ。

 置いていかれる気も置いていく気もない。ふたりでいたい。心が離れない距離でいたい。

 ときにはケンカもするけれど。お互いにうまくいかない瞬間があるけれど。

 絶対に揺るがない気持ちをふたりで共有していて、乗りこえ方も毎日みがいているから。

 やっていけるさ。つらくても。笑える日があって、泣いてしまう日があっても。

 お前の言うあまあまを過ごしてしまえば、なんだかんだでふたりして幸せになっちゃうんだから。


「――……」


 再確認して、歌いながら霊子を取り込んでいく。

 兄さんの言うとおりに、自分の夢を伝えて――……受け入れてくれた霊子たちを己の内へ。

 現代からは想像さえできないほど濃密な霊子を取り入れて、己の心の歪な弱さにそっと熱と油をさしていく。

 軸は誰かを想うことにある。

 春灯はもちろん、仲間も山吹も天使さえもそうだった。

 俺が誰を想うのかなんて、いまさら考えるまでもない。

 彼女への愛情を軸に見つめ直していく。

 力はすべて助けるために。

 誰かを殴りつけて従わせるのではなく、自ずとついていきたくなる背中の持ち主になれる力を求める。

 王になるのなら、俺は優しく強くありたい。どれほどノーと言われようと、己の軸をぶらすことなく悪意に立ち向かい、孤独に寄り添えるような自分になりたい。


「――……」


 だからな、尻尾。

 お前はもう一尾じゃないぞ。たった一尾じゃないさ。

 春灯がくれた一尾なら――……まずは!


「あら」


 あきさんが目をまん丸く見開いて俺を見た。そして微笑ましげに笑う。

 一尾は金色に染まっていく。そうしてもう一尾、黒い尻尾が生えていく。

 濃厚すぎる江戸時代の隔離世の霊子を取り入れてやっと一尾。

 初めて春灯を助けに行ったあの日、十兵衞と玉藻の前をなんとか受け入れて出した九尾には遠く及ばない。どこまでも遥か彼方へと夢を抱く春灯には、まだ。

 構わないさ。あいつだって最初から九尾だったわけじゃない。しかも俺は一尾を獲得してもしばらく封印していたくらいだ。


『春灯と同じになったら、足りない自分が露わになりますもんね』

『一尾と九尾じゃ差は明白』


 うるさい! わかっているさ!

 どうせ俺はかっこつけで、彼女に劣っている感じがひとめでわかるような状態なんて許せないって思っていましたよ!

 でも今回はそれは封印だ。

 歌いきる。

 重心に慣れないし、身体に満ちていく霊子をうまく回せない俺の霊力のさびつき具合を自覚せずにはいられなかった。

 それだけじゃない。春灯と同じ金に染まった一尾から霊子を通じてやまほど春灯のあり方が伝わってくる。それはあまりにも俺とは違うありようだった。

 当然だ。俺はあいつじゃないし、あいつは俺じゃないのだから。違って当然。

 あいつと同じようにはやれないのなら、俺は俺のやり方で育てるだけ。

 歌にしたって同じだ。春灯とそっくり同じにはできないし、またその必要もない。

 春灯が自分の歌の意味を探し続けているように、俺は俺の力の意味を探し続けるだけのこと。

 囚われず、自由に。どうありたいのかを探り続ける。

 ひとまずは、愛する彼女のため。次に、誰かを守り助けられる自分になるため。

 緋迎カナタの願いはいつだって、大事な人を助けたいというところに根ざしている。

 恐らくそれは――……ひとりぼっちにしたくないし、なりたくないという根源的な欲求から生じたものに違いない。

 兄さんに追いつきたいのも。母さんが失ってからコバトを溺愛し続けているのも。父さんの訓練でどれだけひどく痛めつけられようと逃げないのも。すべて、すべてそうだ。

 青澄春灯を放っておけなかった。それ自体が俺にとっての奇跡であり魔法なのかもしれない。

 この縁がすべて。だから縁から始めてみるのも悪くない。

 納得して構えた俺にあきさんが呼びかけてくる。


「準備はよろしいのかしら」

「ええ。ひとまずは……俺はまず、玉藻の前から理解しようと思います」

「そうこなくては」


 嬉しそうに頷いてくれるあきさんの笑顔には、俺の返事が答えに続いていると示すだけの優しさが満ちていた。


「さて……それではあなたには、こういうのはいかがでございましょうか?」


 首を傾げた彼女が右手を右横に伸ばすと、ぽんと煙が出てあきさんが現われた。しかし右隣に現われた彼女は九尾ではない。それどころか狐の尻尾ですらない。

 狸だ。明らかに。


「化けると一口に申しましても、そのやり方は様々でございます。己の力を用いて化けた相手の力を再現するなど可能でございます。無論、己の力次第でいかようにも変わりますが――……」

「たとえば、このような形にてお見せいたしましょうか」


 ふたりが両の手のひらを重ねて微笑みあい「どろん」と叫ぶ。

 瞬間、ふたりは俺のそばに控えている光世と冬音に化けてみせた。

 大典太光世、それに閻魔姫。俺のそばにいるふたりと霊子が瓜二つ。

 鳥肌が立ってただちにふたりの御霊を内に戻して身構えるけれど、気がついたときには冬音に化けた狸あきさんが俺の懐に飛び込んでいて、思いきり腹の着物の布地を掴んで空へとほうり投げたのだ。

 抗えずに必死に尻尾を伸ばして重心制御に四苦八苦するが、そんな暇なんてもちろんない。

 ようやく眼下を捉えたときには血の気が引いた。光世に化けた九尾のあきさんが刀に霊子をこめていた。


「悪霊退散――……邪なる黒を切り裂け!」


 振るわれた刀から放たれる剣閃。それは狛火野がごく稀に見せてくれる遠当ての術に他ならず。霊子を固めて瞬時に射線をずらすのだが、


「切り裂くまで逃しませぬ!」


 吠える狐あきさんの言葉に従って剣閃が俺を追いかけてくる。

 ユリアのオロチ並みのしつこさを感じて必死に空を駆けて逃げるけれど、逃げることには意味がない。直ちに対策を!


『今まさに思い浮かべた力に化けてみたら?』

『やれるよ、きっと!』


 春灯とそっくりの声で励まされると力が湧くな。自家発電感がひどいけど。


『繋いだ心の先から尻尾の出張なんだよ?』

『自家発電なんかじゃないから! はよう!』


 わかった!


「葉っぱはなくても霊子ならやまほどある! ええい、ばかになってやるさ!」


 胸一杯に息を吸いこんで、二尾を思いきり膨らませて叫ぶ。


「どろん!」


 身体中を作りかえた。霊子を変換。思い描く理想型はただひとつ。

 食いしん坊な彼女が宿した格別の御霊。其の名も――……。


「「「「「「「「 八岐大蛇! 」」」」」」」」


 って、うるさい!?

 八つの頭と尻尾を持つ大蛇。山と谷。津波のように押し寄せる暴力の化身。

 外側は取り繕えても中身はすかすか。ユリアめ、化け物じみた霊力だから成立しているんだろうけど俺には無理だぞ!


『『 否定はだめ! 』』


 二尾の声に八つの頭で頭を振る。霊子が俺から逃げようとした。一瞬でも自分や願う姿を否定したら途端に終わってしまう。

 つくづく春灯もあきさんもすごい。たしか北斗の生徒で春灯と同級生のレンという少女は金長狸を御霊に宿していたはずだが、彼女も得意なのだろう。

 もちろん狐の力を持つ安倍ユウジンさえも。

 願う心が力になる。それが霊力に繋がるし、引いては霊子を扱うためのエンジンの馬力になるのだ。

 仕組みはわかった。

 なれるかどうかとか、なったらどうなるかとかそういうことじゃない。

 構っていられない。

 ただなりたい、いや、なってやるという覚悟を持ってひたすら願い続けるだけでいい。

 つくづく思う。

 かっこつけている場合じゃない。むしろばかにならなきゃなにもできない。ここじゃあ、それがルールだ。すくなくともこの力は、夢見るばかに最高のギフトに違いない!

 そのすばらしさ、格好良さを俺は間近でずっと見てきたんじゃないか。なら、覚悟はとうにできている。憧れならずっと抱いている!

 迫ってくる剣閃めがけて己の内から溢れる渇望を吐きだした。それは瞬く間に波へと変わって飲みこんでいく。

 やったか!?


『いや』

『だめ!』


 荒ぶる神の欲望に寄った力など、穢れを断ちきる刀の敵ではないのだろう。

 切り裂かれていく。波が。このままでは俺も。

 これではだめか。活用の仕方を誤るようではだめ。

 ばかになるだけじゃだめか。春灯は感性と感覚でその場その場で臨機応変に、かつ無意識に最善手を取っていた。

 心を磨け。研ぎ澄ませ。己の願いを邪魔する利口さなどいらない。己の背中を押す利口さを。そして己の足を愚直に前に進めることのできる無謀さを手に入れろ。

 それが――……世間一般の嘲笑的な意味ではなく、士道誠心における最強へと繋がるばかの定義なのだろう。

 どうする。穢れを嫌う剣閃。同じ光世を振るえば防げるけれど、それに先はない。

 ないのなら?

 迷わず変化した。

 誰にって?


「シオリ、借りるぞ!」


 仲間のひとりに姿を変えて彼女の声で叫び、彼女の刀を構える。

 コナがシオリの担当だから俺自身はシオリの刀に触れたことはないけれど、彼女の刀の霊子なら把握しているさ。

 迷わず振るう。

 眼前にまで迫ってきていた剣閃が凍り付いた。

 霜が一瞬にして眼前に広がっていく。シオリがルルコ先輩に影響を受けてやっているように、指を鳴らしてみた。

 なんの変化もない。なにをしているのだ。


『『 あれは御霊を通じて合図してるんだよ。霊子を使わないと! 』』


 だ、だよな! わかっていたさ! ちょっとかっこいいなと思っていて、やってみたかっただけなんだ!


『『 かっこつけ禁止! 』』


 わかったから許してくれ!


「それでは次にまいりましょうか」


 狐耳を通じてきこえてきた声に嫌な予感を覚えて、とっさに霊子を全力で振るう。

 氷が広がっていくけれど、その壁の向こう側から迫ってくる。

 地獄の黒い炎が。閻魔に連なる者にしか使えない特別な炎だと冬音は自慢げに言うけれど、どう見ても冬音に化けたあきさんが振るったそれは本物にしか見えなかった。

 当然、溶かされていく。


『『 負けないって思わなきゃ燃やされちゃう! 』』


 いろいろと勝手が違うな! っていうかむしろ勝手の違うやり方を盲信し続けてきたわけか!

 ああもう!

 シオリやルルコ先輩がたまに呪文のように唱える言葉を叫ぶ。


「この氷は溶けない! 絶対に!」


 信じて壁に霊子を放つ。溶ける速度が緩まる。まさに信じる心は力になるわけか。

 自分に見あわない願い方をすると、春灯が何度も倒れたように力尽きてしまうのだろう。

 けれど、それを繰り返すことで春灯はどんどん強くなっていった。

 願う心が変えていく。日々積み重ねていくことで、たしかに何かを変えていく。

 無邪気に願うだけでは意味がないけれど、行動による変化はたしかに起きていく。

 報われるとは限らない。

 しかしそれは願わない理由にさえならないのだろう。

 あいつは少なくとも、そうやって生きている。

 これほどいい見本がそばにいるんだ。


「ああ、溶けないさ! ――……“ボク”の心を溶かす権利は、“ボク”以外の誰にもないのだから!」


 叫ぶ。彼女ならきっとそう言うだろう。

 信じるままに力を注ぐ。するとどうだ。黒い炎と氷が弾けて消え去った。

 相殺したのか。やり遂げたのか。

 化けたふたりのあきさんが、本来の姿に戻って微笑む。


「ええ、ええ。いまの方向性はとてもよろしいかと存じます」

「では次の段階に参りましょう――……」


 ふたりが手を取り合い、踊りながら歌う。


「よこせやよこせ、ういみたま。すべて飲み込み、よみがえり」


 その歌詞を聴いて今度は俺が凍りついた。

 黒い御珠が歌うそれとまったく同じだったから。


「りょうしはみな、ささげよう。ゆめにささげて、てにいれよう」


 いや、違う。

 たしか黒い御珠は霊子はみな捧げようの後に、食らい尽くして無に帰ろうだったはずだ。

 じゃあ、なんなのか。


「よこせやよこせ、ういみたま。わたしをすべて、ささげよう」


 踊るふたりのそばにふわふわとホタルの光のような玉が浮かんでくる。

 霊子を伸ばして知る。それはひとつひとつが御霊だった。

 数え切れないほど浮かんでいく。


「りょうしはみな、おともだち。ともにゆめみて、わらいあおう」


 ぞっとしたけれど、同時に見惚れた。

 こんなあり方が過去にあったなら、なぜ俺たちはつまらない縛りに苦しんでいるのだろうか。

 彼女は――……青澄あきは間違いなく、この時代における最強の御霊持ちなのだろう。望外の霊力の持ち主だ。それは明らかだった。

 けれど、同じくらい明らかな事実がある。

 心のありようさえ変われば、そして恐らくはこれだけの霊子さえ満ちているのなら……彼女のようにもなれるに違いない。

 踊るふたりが鈴を取りだしてしゃんしゃんと鳴らしていく。

 激しく回り、回転して――……ふっと飛んだ瞬間、尻尾が破裂しそうなほど強烈な霊子を浴びた。直後、次々と光る御霊が在りし日の姿を取り戻していく。

 それは幽霊であり、妖怪であり、付喪神であり、神そのものだった。


「お友達いっぱいなんです。さあ……どれかひとりでも御霊を理解できたら、あなたの修行は終了ですよ。がんばって」

「死なないように気をつけてくださいね?」


 ――……いやいや!

 さすがにこれはいろいろと難しい状況なんですけども!

 俺の知っている誰もが白旗を掲げるこの状況で化けようと思える存在はもはやたったふたりだけだった。

 父さんでも母さんでもない。

 兄さんか――……春灯か。

 ああくそ、歯がゆいけれども――……。


「どろん!」

『『 ふうん? 私になるんだ? 』』

「うるさい!」


 春灯に化けて身構える。

 これが戦いの場だというのなら、兄さんに化けてみせたところだけどな。

 九尾を越えて大神狐モードへと変わる。

 メイ先輩のアマテラスや、暁先輩のイザナギを理解できているのなら、それも選択肢に入っただろうけれど。

 愛して寄り添う春灯こそ、この場に相応しい存在だと理解して気合いを入れて頬を手で叩く。


「よし、やるぞ!」


 さあ、あとは――……挑むだけだ。

 俺にとって強い背中といえば兄さんだけど。

 誰より優しい人というのなら、それは彼女に違いないから。

 俺の愛情を捧げよう。共に夢見て笑うために! いくぞ!




 つづく!

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