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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十章 大江戸化狐、葵澄空天女帳

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第五百五十三話

 



 汗だくになった身体が冷えないうちにふたりで浴槽に浸かる。

 腕の中にすっぽり収まるコマチの瞳が濁っている。


「……トラくん、もうたたなくなった? 浮気する気なくなった?」

「それやめろって言っただろ。ほんとにやばいときに気づけなくなるから」

「そ、そっか」


 澄んだ瞳にすぐに戻る。中瀬古コマチが手にした御霊は木花咲耶姫なのだが、山吹だけじゃなくてリョータが絡んでから話すようになった緋迎先輩たちから聞くところによると、御霊は荒ぶるときと和やかなときがあるんだとか。未熟な侍候補生は荒ぶらせてしまい、制御しきれず暴走させてしまって、死にかねないくらいの事件を起こしてしまうという。

 青澄の彼氏は頼れる男だった。ユニスと彼のおかげで、だいたいコマチの問題は見えてきている。

 海に連なる生物をいくらでも自発的に生み出して操れる。火の神だという説もあれば水の神だという説もある木花咲耶姫。富士に祀られた理由は彼女が水の神で噴火を鎮めるためだという説があるのだとか。コマチは水の神としての性質を受け継いでいるというのだが。

 緋迎先輩は俺に教えてくれたときに、最後にこう伝えてきた。


『相馬、いいか? 正直に言うぞ。水神に連なる御霊を宿した女性はとても気性が激しい。南ルルコ先輩、そして俺の代のユリア・バイルシュタインや尾張シオリのようにな。よくよく気をつけろ』


 リョータもミナトも俺を見ながら「知ってたよな」っていう顔をする。

 けれど改めて認識するべきだから、先輩は教えてくれたのだろう。

 コマチ。両親がひどいケンカをし、きびしい環境で生活をしてきた少女。入学当初、まともに自分の世話さえ見れなかった彼女はもういない。天使やユニスが甲斐甲斐しく世話をして、俺たちみんなで絡んで楽しいことばかりしてきた。去年の一年十組メンバーそれぞれの家を訪れてみたりしているし、それは現在も継続中。

 おかげで自然に笑えるようになったし、たどたどしいしゃべり方もだいぶ滑らかになってきた。本来の彼女はとても冗談を愛するのか、いまみたいに仮初めの振る舞いをしてみせたりもする。

 どちらかといえば好ましい。

 好ましいのだが、しかし。


「あ、またおっきくなってきた」


 最初の頃の恥じらいなんてものは一ヶ月もすればだいぶ和らぐなどとうちの姉貴はお酒に酔って笑いながらコマチに言っていたのだが。律儀にそう振る舞わなくてもいいのに、とも思う。

 実家に連れていくのはもはやマイナス要素でしかないように思えるのだけれど、自分の家族もコマチの母親もしきりに遊びに来いとアピールしてくるので現状では拒否するのは難しい。

 そうしてコマチがどんどん手強くなっていく。


「お姉さんがひとりいじりしていたときはどうこうだったみたいなことを言ってたけど、ここがいいの?」

「やめてください」


 手慣れていくのが困る。実家に連れていくイコール恥ずかしい話を家族にやまほどばらされることになるわけで。コマチは自分のことをほとんど掌握しつつある。


「私がいるから……もう、他の子なんていらないよね?」


 目が。だから目が。怖いから。きらきらしててくれ。きらきらした目で今の台詞を言われたら、それはそれで怖いけど。


「だから。ただお風呂に入りたかったというか、付きあいで行っただけで」

「……折ってもいい?」

「やめてください」


 ユニスと天使のきついときの影響をもろに受けているよな。どう考えても怒り方が似ている気がする。つるむ仲間に影響を受けるのはわかるけど、どうせ受けるならアリスのあの脳天気な空気を和ませるあの――……いや、アリスに影響を受けたコマチって想像むずかしすぎないか。


「悪かった。もう行かないから、許してくれないか」

「……毎日しぼりとったら、その気もなくなる?」


 経験前に聞いたら小躍りしていただろうな。いや、いまでも嬉しいのだけど。疲れていてもがんばっちゃうくらい愛しているのだから問題ないどころか歓迎なのだけど。それでも気になるのは、


「いや、おしおきでするのは違うんじゃないか?」

「でも、ちょっとは……下心あったんでしょ?」

「……否定しても疑われるんだろ?」

「うん。女子のみんなでこっそり……これ内緒だよ? 三月の特別授業でやった混浴、結構たのしかったよねって話してたの」

「あー」


 あったなあ。サバイバル授業と銘打ってやった奴。

 かなりしんどかった。寒いし。飯が食えるのかどうかわからないというだけでストレスだったな。巨大な魚は出るわ、先輩たちは襲ってくるわ。今年は俺たちが襲う側になるわけだが、三年生から襲われることを考えると今から憂鬱だったりする。


「どうせ混浴するなら私たちでいいじゃないって」

「それ、誰が言ったんだ?」

「ないしょ」


 笑いながら、コマチが腰を叩いてくる。それは合図だった。

 浴槽の縁に腰掛ける。上目遣いに俺を見つめてくるコマチに正直に本音を伝えた。


「ほんと、わるかった。俺はお前がいてくれりゃあ幸せだ。誰に誘われてももう行かないから」

「じゃあ……ごほうび」


 今夜は長くなりそうだと思いながら、深呼吸をして心を決める。

 興味を持って遊べるようにすらなったコマチは手強い。むしろ敵わないと思う瞬間が増えてきた。兄貴たちに言わせれば惚れた相手に掴まれる袋が増えるたびに勝てる見込みは減るらしい。

 おふくろさんとうちの母親に料理を習い、俺を巻き込んでふたりで家事を勉強し、たまにデート特集号が載っているタウン雑誌を置いていったりもする。キラリとセットってところが強いながらに事務所と契約したその日は、それとなーく同居の話を暗に匂わせてもきた。

 わかりやすいアピールだなあとしみじみ感じながら、それでも愛しいと思ってしまう時点で惚れた俺自身の感情を知るばかりだ。

 惚れたからには尽くしたいからいいさ。いいんだが。


「あの、コマチ。電車で帰る時間もあるし、限界ってものが」

「トラくんは鬼だから、まだまだいけるよ」

「……そうですね」


 彼女のやる気がすごすぎると、男は怯むのではないか?


 ◆


 ユニスの華やかに煌めく金髪と白く水気を浴びて艶めく肌に指先を這わせる。

 別にえっちなことをしているわけではない。


「あー……いい。ねえ、ミナト。私おもうんだけど、私の剣士がエステの勉強中って素敵ね」

「あの……組で世話になってる奴の経営している店で軽く聞いただけなんですけど」

「口より手を動かして」

「……うす」


 素肌を委ねてくれて嬉しいなあ。泣けてくるなあ!


「ちょっと。不愉快なものがあたってる。やめて」

「……うす」


 ほんと泣けてくるよ……。

 触れるたびにめちゃめちゃむらむらするのに。お乳もお尻もそこにあるのに。


「変なところ変な風に触ったら消し炭にするからね」

「……うす」


 禁止令が出されている。魔女さまはお怒りなのだ。

 ユニスは基本的にツンツンしている。デレ期は滅多にない。むしろデレ方を知らない可能性すらある。

 おかしい。デートを重ねてキスもして。なんならその先まで踏み込めた。ユニスは極力それを誰にも言わないようにしているから、たまに「あれ? 俺たちって恋人だったっけ?」と不安になることすらあるけれど。でもふたりきりでいると「キスはまだかなあ」みたいな顔をしてくれるときが週に一度はあって、そのたんびに「やっぱり恋人だよな」と痛感して喜んだりもする。

 まあ、それも実家の組の連中の「姉さん、初めて若の親に会ったんすよ? もっと決め顔で!」「いやそこは緊張顔だろ!」みたいな演技指導によって台無しになってしまったのだが。

 奴らに悪気はなく、ユニスもそこだけはわかってくれているみたいだから気にしていないのだが。それにしたって、いろいろと間が悪くて自分たちはなかなか先に進めずにいる気がする。

 今回のは正直ぜんぶ自分のせいだけども。そこに女体があれば気になるのが男の性っていうか。カゲはそのへんわかってくれるんだけどなー。やっぱり男子限定なのかもしれん。


「お加減はいかがですか、お嬢さま」

「悪くない。オイルからシートから、なにからなにまで至れり尽くせりね」

「まーな……」


 カップル風呂を作ったのは山吹だってことだけど。組の連中から聞かされたり、ケジメつけにいくために顔を出したホテルと同じシートを見つけたときには「やまぶきぃ……」って思わず唸ってしまった。怒れるお嬢さまはこのシートがなんのためにあるのか知らずに「エステだ」と仰ったので、俺は黙って従ったけど。

 オイルを手に垂らして、鮫塚に会わせてもらったお姉さんの指示を思いだしながらラインを指先で辿る。身体の毒素がどうたらこうたら、あとは筋肉がーとか。いろいろ言われたけれど覚えていない。人体の構造は親父に叩き込まれたけれど具体的な名前とかそういうものはどちらかといえば抜けている。感覚的なところに落ちついて久しい。

 感覚に従って彼女の背中に触れながら、ユニスの反応を伺う。こういう時間さえ無駄にしたくないと思う自分は貧乏性なのかなあと薄ら考えながら呟いた。


「ワトソンとよく話してるよな」

「へえ……嫉妬してるの?」


 なんで嬉しそうな声で言うんだよ。


「当たり前だろ。お前は俺の魔女だ。それに恋人だぞ?」

「それだけ?」


 ご不満なんですね。そうだな。


「お前の肌は俺が知るどんな宝石よりも輝いて見えるよ」

「ちなみにミナトにとっての最高の宝石って? 私以外で」


 言うね。そういうところも好きなんだが。


「最近だとあれだな。テレビでやってたろ? 宝石商が見せていたパライバトルマリンかな」

「……うそ。あれ見たの?」

「親父が母さんに買ったんだ。あのテレビほどでかくはねえけど……海を閉じ込めたような石だったな」

「ふうん? ……それよりも綺麗?」

「おう」

「そっか……そうか」


 嬉しそうに笑っている。献身的に尽くしている限り、ユニスのご機嫌はいい。それにわりとベタでストレートな褒め言葉が効果的だ。それは牧歌的な暮らしをしているユニスのご両親と、あいつの実家の部屋にある童話や恋物語を見ればだいたい想像がつく。

 逆に言えば俺にとってなじみ深い少年向けな行動はユニスにとっちゃお呼びじゃないのだろう。わかっているんだけどなー。年頃の性衝動ってのはなかなか厳しいものがあってだな。いや、それを理解しろって押しつけるのも無茶な話なのはわかってるんだ。マジで。

 ユニスのツンを解消してデレ期を増やすのが今年の目標だからな。彼女に尽くして卒業するしかねえかな。ちょっと遊んでも理解して許してもらえるほど信頼してもらっているわけでもないんだろうし。いや、この考えは危険だな。親父は今みたいな考えをよく飯の席で酒に酔って言うけど、おふくろはわりとガチギレ気味な笑顔で見ているもんな……。

 遊ぶな、危険。彼女に尽くせ、マジで。これを今年の標語にしよう。

 そんじゃまあ、尽くしてみますかね。


「ユニスの髪は世界中の金を集めても足りないくらい、煌めきに価値がある」

「――……士道誠心で金っていったら青澄じゃない?」

「俺にとっては永遠にユニスだ。ユニスの金と青澄の金はまた違うしな? なにより……」

「なにより?」

「お前の髪は美しいよ。触れるだけで女神に触れたような気持ちになる。髪を育てるのは難しい。ユニスの献身と魂のあり方の美しさの象徴だな」

「――……褒めすぎ」


 やりすぎか? だめか。


「ま、まあ……ありがたく受けとっておく」


 いや、意外とありだな。わりとよく仲間内で話すけど、ユニスはこっちが本気で伝えたらわりと素直に受けとってくれる。根っこがとびきり良い奴なのだ。


「ほかには?」


 とはいえ欲しがりでもある。

 ああ、なんて唸ろうものならご機嫌を損ねる繊細なところもある。


「そりゃあやっぱり、声かな」

「へえ? ……ふふ」

「どうした?」

「ううん。彼氏が素直に反省を示すだけじゃなく、愛情まで示してくれている。トラジの家に行ったときはお風呂を覗こうとして、しかも今回は混浴まで狙うえっちな彼氏が、私に反応しているの丸わかりなのに献身的にエステまでしてくれる」


 彼氏って言ってくれるのすげえ嬉しいんだけども、同じくらい複雑。


「ご機嫌はいかがですか、お嬢さま」

「最高。私は私を。あなたはあなたと私を幸せにする。かくして世界は廻り行く」

「ちなみにお前は俺を幸せにしてくれないの?」

「そうなるように尽くすのが、今年のあなたの目標なのでしょう? ごまかさなくてもいい、わかってるから」

「ち、ちなみに……なぜご存じで?」

「初詣のときにふたりでお祈りしたら、あなたったら横で呟いているんだもん。笑いを堪えるのに必死だった」

「……左様で」


 筒抜けとか恥ずかしすぎる!


「じゃあもっと私を褒めて? その気になったら――……電車が出る前に間に合ったら、ごほうびがあるかもよ?」

「俺めっちゃがんばるから!」

「じゃあまず私のことをとびきり褒めてくれる? 私の剣士さま」

「はいよろこんでー!」


 ついつい張り切っちゃうんだから……俺も大概ちょろいよな。

 しょうがない。彼女には敵わないのだ。


 ◆


 ツバキちゃんに提案されたメロディーを歌っていたら美華ちゃんが混じってきて、興味津々っていう顔の聖歌ちゃんと詩保ちゃんが近づいてくる。

 青澄春灯、なかなかいけてるのでは? いや、自信過剰はよくない。風呂場で人が歌っていたらそりゃあ気になるし。冷静にいこう。

 ひとしきり楽しんだら、男湯のほうから「おおい、まだ入っている気か?」というユウヤ先輩の声が聞こえてきた。

 そういえばだいぶ長湯しちゃったね。

 そろそろ戻って、待機している人たちと交代するべきかも。

 湯船からあがって尻尾を絞りながら「あがるけど時間がかかりまーす」と答える。

 シオリ先輩は既に出ちゃってる。脱衣所に顔を出してみると、タブレットを真面目な顔して操作していた。


「なにやってるんです?」

「……ああ、ハルちゃんか。なかなか面倒くさいんだよ。やばそうなアイテムほど暗号使ってる。どれも別々の暗号方式だから、解くのに手こずってるんだ」

「へえ」


 覗き込んでみたら時計の写真にセットになっている文章がすべて文字化けしていた。

 もうひとつウィンドウが開いていて、%と数字やアルファベットが組み合わされていたりして、それがウィンドウ中にずらりと並んでいたの。

 見るだけで解けるレベルのものとは思えないけど、シオリ先輩は分厚い眼鏡越しに眺めながら頭を働かせているみたいだった。コナちゃん先輩に早めにケリがつくって言っていたけれど。


「スケジュール、だいじょうぶそうですか?」

「ひとまず時計がわかればいいからね。なんとでもなるよ。ごめん、ちょっと集中したいから」

「あ、す、すみません」


 遠回しに追い払われてしまいました。

 手を忙しなく画面に当てている。目まぐるしく文字列が変わっていくけれど、意味のある文字になるまでに時間がかかりそう。たしかに集中しているに違いない。

 そっと離れて設置されているバスタオルを何枚か取って尻尾に当てた。水気を吸わせるだけじゃなくて、みんなが脱衣所にきたからお風呂場に戻ってぶるぶる尻尾を震わせる。

 それでも足りない。けれどドライヤーとかはないから、バスタオルで何度も拭って自然乾燥を待つだけ。メイ先輩とか、火の力が使える人とか、刀鍛冶の人がいたらどうにかなるのかなあと思いながらも我慢。ツバキちゃんたちが手伝ってくれたから、だいぶ捗ったよ。

 それでも男子がまだかなあって思うくらいの時間がかかっちゃったけど。外に出ると、つやつや顔をしたカップルたちと男子が待っていました。

 あまあま直後って顔をしている人もいて、かなり羨ましかったです!

 カナタは今頃どうしているのかなあ?


 ◆


 迫り来る百を超えるほどの狐火を必死に刀で切り裂いて受け流す。

 空に浮かぶ月を背に、春灯の先祖らしきあきさんの姿を見た。尻尾が九本生えている。感じる霊子は春灯を通じてなじみ深い玉藻の前のものだった。

 脅威は退けたと油断した背中に殺気を感じて振り向いて、血の気が引いた。

 百の狐火が地面の手前に留まり、すべてがあきさんの姿に化けてこちらに右手を突きつけていたのだ。狐火が浮かぶ。それだけで理解する。

 戦を選んだ玉藻の前の底力は、春灯が示す可能性よりもえげつなくて恐ろしい。


「下ばかり見ておりますと」


 頭上からきこえた声にあわてて振り向いた。

 あきさんが迫ってくる。青い閃光を纏って。額に角を生やして。

 とっさに冬音の御霊から全力で力を引き出して刀ではなく拳を突きだした。

 ぶつかる。女性のものとは思えないほどの膂力。刀で受けていたら歪められるか折られかねないほどの馬鹿力。

 緋迎カナタの限界を思い知らされる。

 いや、もっと正確に言うのなら、現代の侍候補生の限界を感じさせられた。


「いろいろとお留守になります。十兵衞さまが仰っていたでしょう? 囚われてはなりません」


 地面に百いる妖狐の脅威を感じつつも、しかし余裕は欠片もなかった。

 あきさんから感じる霊子は、岡島が宿す酒呑童子のものに相違ない。

 破格の御霊をふたつ?


「いいえ」


 気がついたら横っ腹を蹴り飛ばされていた。

 吹き飛ぶ俺に、彼女が空を駆けながら青い閃光を解いて雷光を纏う。胸から取りだした刀は仲間トモカが手にした雷切丸にしか見えなかった。

 とっさに光世を抜いて受けるけれど、彼女の剣筋はあまりにも苛烈で追いつめられるばかり。

 江戸時代にこれほどまで戦える女性がいるのか? だとしたら、それが当然だという世はどんな世なのか。それほどまでにこの時代の隔離世は恐ろしい場所なのか。

 わからない。なによりもわからないのは、彼女の中から感じる御霊は数え切れないほど多く、すべてが大きいというもの。そして、


「くっ――……!」

「久々にあがる!」


 コナやミツハ先輩が必死にあきさんの分身を相手に戦っていた。

 佳村と柊に至っては防戦一方だった。

 霊子を通じて学べというあきさんの攻撃は俺たちの予想を遥かに超えたレベルだった。

 シガラキやクウキ、冬音や明坂ミコの本気くらい恐ろしいに違いなく、だとしたら連中はみな化け物並みに強いわけで。四者ともに出自がそもそも尋常ではないからまだしも、あきさんは江戸時代の娘さんでしかないはずで。

 俺たちに強くなる道があるはずだ。あきさんに繋がる道を見つけられれば、なるほど確かに強化できるはずだろう。けれどわからない。欠片も理解できない。

 数多の御霊を宿している時点で想定の範囲外。それを成立させる条件がそもそも不明だ。不明だといえば、複数の御霊を宿す仕組みと精神性もまた疑問。

 俺が知っているのは、侍候補生が抱く夢や理想に呼応した御霊が力を貸してくれること。そして刀という形で象徴化して宿ってくれること。

 けれど現実は塗りかえられつつある。

 春灯を通じて力を手にした一年九組の四名の少女たちは、刀ではなく指輪を手にした。

 変化は何を示す? わからない。

 村正は……あの男は村正を名乗りながら、村正という御霊を宿し、己の鍛えた刀を霊子から生み出してみせる技を使う。刀を所持しているわけでもないのに。彼は刀鍛冶なのか、それとも侍なのか。

 俺たちの常識は、恐らく江戸時代では非常識。

 やまほど見てきた。生活形態の違い、文化形態の違いからくる価値観の差異。

 あきさんが伝えてくれた十兵衞の言葉を借りるのなら、いまある情報に囚われて道を見失うようじゃいけないのだろう。あらゆる可能性を模索してより自分が生き残れる道を選ぶべきだ。

 なら、そもそも――……侍候補生と刀鍛冶という区分け自体が、何かを限定する道だとする可能性は?

 どちらも霊子を扱う。けれど侍候補生は己の内に宿した御霊の力を、己の霊力を通じて発揮する。対して刀鍛冶は世界に満ちる霊子を、己の霊力を通じて変化させ、己の望む力を発揮する。

 それは、しかし……もしかしたら、確定した価値観などではなく、俺たちがそうあるべきだと決めた誰かの考えでしかないのかもしれない。

 あきさんも、村正も。どちらも自由だ。

 春灯も、天使も、山吹も仲間もそうだ。

 だいたいユニスのような魔法使いがいるんだ。立沢のような悪魔がいて、冬音の本拠地たる地獄はこの時代にはすでにあった。

 限定する必要はあるのか? こうでなければならないと思い込まされているだけじゃないか?

 天然で素直で無邪気で、けれど一途で健気な春灯は誰より素直に力の示し方に気づいた。それだけじゃないか? だから歌に可能性が広がっただけでは?

 天使も、山吹も。なんとなれば仲間だってそうだ。

 窮地に追いやられて、或いは「これができなきゃ人生に意味はない」くらいの強い衝動から行動したとき、力はもっとも素直にシンプルに発揮される。

 別離を防ぐために、みんなを引き留めるために歌を。春灯はアニメや漫画だけじゃなく、ミュージカルや、世界的に有名なネズミのキャラクターを抱える会社の映画がどれも大好きだ。彼女らしい選択だと思う。

 仲間もだ。古くからある道場の娘で男所帯育ち。剣道を嗜むが、周囲から「女なら結婚を」という、現代においては正直時代遅れになりつつある方針を押しつけられてうんざり。己の生きる道を探し、価値を求めて力を磨いていた。そんな彼女は、春灯を――……親友を助けることに価値を見出して、死地に身体を晒して新たな可能性を獲得し、まさしく彼女の魂を示してみせた。

 天使も山吹も同じだ。恐らくは明坂ミコも、村正も、あきさんもそうなのだろう。

 唯一、ミツハ先輩だけがあきさんと渡り合えるようになっていく。

 まるでメイ先輩やルルコ先輩、北野先輩が心に宿っているかのように、三人の刀を自由自在に取り替えながら戦っていく。それだけじゃない。あきさんの分身が見せる御霊を掴もうとずっと霊子の糸を伸ばし続けていた。相手を理解するだけじゃなく、自分のものにしようとしているんだ。

 コナも、佳村も、柊も、もちろん俺もミツハ先輩の後に続けと試しているけれど、あきさんは正直手強すぎる。手を抜いてくれているのだろうけど、それでも。


「くそっ!」


 離れていく地面から飛んでくる狐火を必死に切り払っていく。いくつか防げず被弾したけれど、痛がっている暇はない。

 あきさんが手をかざした。弾かれたはずの狐火が集まって、収束する。

 春灯が手にした玉藻の前の刀に似て非なる刀へと変わる。二刀を迷わず振るってくる。

 舞いのように洗練され、一切の無駄がない。こちらの手の内などすべてわかっている、というその振る舞いは明坂ミコに通じるものがある。

 神通力。言葉にすれば簡単だが、春灯の両目の力をより高度に研ぎ澄ましたような彼女の感覚を理解できない。

 二振りの刀を瞬時に一本に重ねて思いきり振り下ろされて、受け止めただけでは足りずに地面へと飛ばされた。必死に受け身を取るけれど、ごろごろと転がるのが関の山。

 悲鳴さえあげられずに俺の背中に誰かがぶつかってくる。それだけじゃない。どこからか飛んできて衝突した。三人でごろごろ転がっていった先に、ひとりが既に倒れていた。

 地面を滑りながらやってきたミツハ先輩に「さっさと起きろ!」と怒鳴られる。

 くらくらする頭を起こして、柔らかい何かにぶつかった。


「ああもう……いまはどうでもいいか!」


 ぐいっと頭を押しのけられて、感触が離れる。コナだ。ハリセンは既にボロボロで、彼女の着物はところどころ破けて悲惨な有様。

 彼女のことはいえない。俺もかわしきれなかった狐火で燃やされたりして酷い状況である。

 振り向いたら倒れていたのは柊で、佳村が揺り起こしているけれど、ふたりとも正直ボロボロだ。

 ミツハ先輩が見上げるところにあきさんが浮かんでいる。


「昔の人は化け物だな」

「それたぶん、時代というか時間をネタにしたハラスメント」

「……今後は控えます」


 コナの返しに苦笑いを浮かべながら、刀を鞘に戻す。


「戦い方とか、霊子の使い方……捉え方が根本的に違うのか」

「どちらかといえば物の考え方かもしれない。生き方? わからないけど」

「突き止めないと、ノンたちはぼこぼこにされるだけです」

「……柊、ここのところ働きづめなのに、さすがにそれはいやです」


 弱音を吐く俺たちをミツハ先輩がふり返って横目で睨みつけてきた。

 思わず背筋を正す俺たち四人の調教は完璧だと言わざるを得ない。ジロウ先輩、なぜ残ってくれなかったんですか……!


「お前たち」

「「「「 は、はい! 」」」」

「らしくやれ。並木、劇場モードはずいぶんご無沙汰だ。久々に見たい」

「え」


 らしくやれというミツハ先輩が一番らしくないことをしている。

 優しい。とても。なぜだ。戦慄する俺たち四人の反応がミツハ先輩の俺たち後輩刀鍛冶への態度に対する答えである。


「佳村は村正を通じて沢城を思ってきた。ずっとな。けど最初に刀鍛冶になったときの気持ちは忘れていないだろ?」

「は、はいです」

「思いだせ。次は柊」


 ほんとにらしくない。けれど真面目な話だと理解して、みんなで顔を引き締めた。

 あきさんは待っている。きっとこの会話が俺たちの強化に必要だと信じて。


「知りたいんだろ? 霊子の可能性と未来を。特別な刀を。いまがそのときだ。できるな?」

「も、もちろん。やれます!」

「よし……緋迎」


 最後か。トリか。何を言われるんだ。


「彼女がせっかく最高にイケてるばかなんだから、お前ももっとばかになれ。かっこつけは今夜はなしだ」

「……ええと」


 てんぱる俺にコナが笑う。


「あなたには一番難しい道かもね」

「たしかにそうですね。ノンも同意見です!」

「柊も賛成せざるを得ません」

「というわけだ。がんばれ」


 無茶を言うな!


「お待たせした。第二回戦といこうか!」

「どうぞ、いつでも構いませんよ」


 微笑むあきさんに四人それぞれ、決意の表情で構える。

 悩ましい。ばかになれと言われても、どうしたら?

 春灯なら今の俺になんと言うだろう。


『心のままに……感じるのです』


 いや、よくわからないから!

 有名な映画の台詞っぽく言われてもちっともぴんとこないから!

 俺にフォースはないぞ! 兄さんはあの映画が大好きだけど!


『やれば楽しいのです』


 ……はああ。

 コナが春灯を叱って、そういうのはやめようって方向になったのに。

 俺はそこから始めないといけないわけか。

 踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら、


「踊らにゃ損だな!」


 もう自棄だ! なんでもやってやろうじゃないか!




 つづく!

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