第五百五十二話
どこかで誰かが私とカナタがあまあまできない分だけ、あまあまに浸っている予感する!?
「エンジェぅ、どうしたの?」
「あ、えっと。ごめん、なんでもない」
獣耳を澄ませてもそういう声が聞こえないくらい防音設備がしっかりしているのは、とてもありがたいなあと思います。
気まずいし。
うるさくなっちゃうし。
生理的な部分でもあるからなあ。たとえば寮のユニットバスの通風口は繋がっているので、どうしたってトイレを流す音は聞こえちゃう。女子トイレとか男子トイレもないではないけれど、お部屋にあるならそっち使っちゃうよね。
女子生徒の要望で音楽鳴らす設備をトイレにつけてっていうお願いもあるんだけど、設備設置に対する費用を考えると、無理めだよね……。
だから気にしてる子は女子トイレに行くわけで。
音を気にするカップルはアルバイトしたりして学外デート中にあまあまも満喫するみたい。
私もカナタもメディアに露出しちゃってる時点で、それはかなりハードルが高くなっちゃってる。ハスハス事件のときのように写真を撮られるのはいやだなあって思うのです。そうなると必然的に私は――……って、私の話はいいんだよ。
「ゆるめのワードを繰り返すとかがいいかなあ」
「うんと、それもありかもだけど。耳に残るワードがいい、かな、と。恋とか、愛にまつわる単語」
「……あまあま?」
「でもいいと思う」
にっこり笑ってくれるツバキちゃんにほっとする。
江戸時代にいる間にお歌を作っちゃおぜプロジェクトはゆるやかに進行中。ゆるやかすぎて間に合うのかどうかわからないんだけどね。
いっそカナタがいてくれたらなあ。私も満喫しながらあまあまな気分にひたれるのに。
カップル風呂組はどんな感じなんだろう。私もカナタと入れるかな? コナちゃん先輩にばれたら成敗されちゃうんじゃないかな。気になってしょうがないよ!
◆
立沢理華、ルイを無理矢理おいだすように風呂場へ直行させました。脱いでいる間は背中を向いた私の姿勢をみれば、だいたい想像がつくんじゃないでしょうか。
めっちゃ後悔しています。でも引っぱってきちゃった以上、逃げられないんですよね。
刀鍛冶の女子の先輩たちが作ってくれる下着は見せられないし、そもそも現代で気を入れてつけた下着はルイに見せるために着ているものじゃなくて私がしゃんとするために着ているものなので見せたくないし。水着があればいいんだけど、さすがに目的は単純すぎるカップル風呂だけに期待できないので、入るとしたら――……。
「やっぱタオルしかねえな」
横目で風呂を見る。ガラス度は湯気でくもっていて向こう側がよく見えない。だとしてもルイが目をこらしていたら丸見えですよ。それは困る。ここまできておいて、しかも自分で引っぱってきておいてなんだけど、裸はやっぱり早い。
姫ちゃんの速度は光に近いよね。あるいは音? ちょっぱやだよ。私には無理だ。
見られたくないかどうかっていうよりも、男子に……それも恋人になりたての好きな人に見せられる準備はしてきてない。いや、いちおう普段から気をつけているから、油断はしていないはずなんだけど。それと気持ちの準備と納得度の高さはまったくの別物っていうか。
いや、いまさら気にしてもしょうがない? どうせいつかは見られるんだし。しみじみ私の隠し撮りでにやにやしちゃうルイなら目に焼き付けてくれるに違いない。
だからこそ困るんだろ!
右往左往する思考でてんぱるけど、きっと中のルイもてんぱっているに違いない。
つれてきたのは私。責任を取るべきなのも私。だけどリードしてくれって願っているのも私。
はああ……しょうがねえ。いまさら悩んでもいられないな。
こういう未経験の事態に対処できるようになるためにいろんな人たちにいろんなことを教えてもらってきたんだ。やることはいつもと変わらない。よし。
でもタオルを羽織るぞ。絶対に。
「――……見てるかどうか」
いや、確認はよそう。ちらっと見て目が合おうものなら心がくじける。それは困る。
タオルで隠しながら脱ぐか。それくらいなら余裕だ。手っ取り早く済ませてしまおう。
扉に手を掛ける。さあ、戦いの時だ。さくっと誘惑するだけして逃げるべ!
もしルイがその気になってのしかかってきたら?
ひとまず大事なところを蹴りつけて逃げるとするよ。
それでももし、素敵なアプローチをしてきたのなら?
ううん――……そのときは、マドカちゃんに謝らなきゃいけないかな。ひとまずそんな方向で!
◆
どっどっどっど、どうすれば。
いやまて。日高ルイ、落ち着け。時雨や姉さんたちにしごかれてきたじゃないか。頭領は怒るからこっそりとだけど、女性へのあれこれを教え込まれてきただろう? 時雨や姉さんたちが部屋ですっぽんぽんとか余裕でやまほどあったし。いまさら裸ごときでうろたえるな! 画像でやまほど見てきただろう!?
猛烈に悲しくなってきた……別に自慢でもなんでもないっすね。
身内にひとりいて、しかも仲間にもたくさんいて、さんざんいじめられ……もとい、いじられ……いやそれもどうなんだ。鍛えられてきた……これだな! そう、鍛えられてきたから、動揺している場合などではないのだ。
「る、ルイ。あの、どこですか?」
湯気の向こう側からきこえた彼女の声に思わず湯船の中で正座した自分、哀れ。
「ふふふふふ、風呂っすけど」
「あー。温度どうです?」
「あ、あ、あつあつ、ですかね」
むしろ温度なんてちっとも感じません。強いて言えば頭と下半身に熱が集まって死にそうです。
「そっか。ちょっと待ってくださいね?」
シャワーの栓を緩める音がして、ふうと色っぽいため息がきこえた。
どきどきする。頭はくらくらするし、わりとびんびんです。
いや待て。落ち着け。キスしたばかりなのに、いきなり次のステップに踏みこみすぎだろう。
理華だってその気はさすがにないはず。ない……かな? ないのかな? ワンチャンありなのでは?
「よし……失礼します」
ちゃぷ、ときこえて視線を向けたら――……濡れたバスタオルを羽織った彼女を見て、一瞬でなにを示しているのかよくわからない脳内メーターが振り切れたのと同時に、冷静に判断した。
理華にはその気がないとみた。結び目をがっつり手で掴んでいるし、裾が捲れないようにめちゃめちゃ気を遣っているし、なんなら抑えている手がちょっと震えているし。
緊張している。そう気づくと高まるばかりだけど、同時に時雨をはじめとするくノ一の姉さんたちのお叱りが脳内に響き渡る。
『『『 口を割らせて落とすべき諜報活動の相手っていうわけじゃなければ、なおさら緊張している女子には紳士に振る舞えよ! 』』』
へーへー。わかってますよ。
「なんか、意外っすね」
「タオルとかの話ですか?」
うわー。めっちゃ警戒されてるやん。
気づけば気づくほど、変だし面白い。立沢理華を意識すればするほど、彼女が自分の心の住処を広げていくような気がする。だって可愛いって思うだけで、満たされていくのだから。
時雨たちの訓練もばかにできない。あれがなかったら、いかにしてふたりきりをえっちな意味で満喫する流れにもっていこうかだけで頭がいっぱいになっていたはずだ。いまだってわりと自制している方だから。
「そうじゃなくて。出会った頃はわりとケンカしてた感じなのに、入学して江戸時代に来て、そして俺ら付き合ってるんです。しかも、ふたりきりでお風呂っすよ? 面白くないっすか?」
「ああ……うん、まあ、そうかもしれないですね」
言い終えた途端に彼女が呟いた「私の意気地なし」という声はもちろんばっちりきこえたけど、突っ込んだりしない。
「近づく速度が速いと、それだけ飽きも早いって……うちの姉貴が愚痴ってたことがあって」
「それ……遠回しに牽制されてます?」
「そうじゃなくて。俺はむしろ、その逆だよなあって思うんですよ」
理華が興味を持ってくれたようだ。自分のように正座して、前のめりになってこちらを見つめてくる。おかげで胸元とか鎖骨とか肩とか肌色と凹凸が見えて、めちゃめちゃ気になるけど我慢。いまは欲望に任せるターンじゃない。
「近づくのが早いほど、心が近づくから。距離感はそれに任せて、あとはゆっくり、しっかり、絆を深める時間の猶予がむしろ増えるだけなんじゃないかなって」
「――……距離を近づける時間の分だけ、余裕ができるっていうことです?」
「そうそう。別にどっちでもいいと思うんですけど。だって、同時進行だってできると思うんで。とはいえ、早く近づいたならそのぶんだけ姫と七原も、理華と俺も絆を深める時間をたっぷりもてるんじゃないかなと。相性がいいから近くなるのも早いと思うんです」
「……なるほど」
頷いてくれた。よしよし。
深呼吸をした理華の肩から力が抜けている。
考え事をするとリラックスする性分なのか。だとしたら、彼女の資質は恐ろしいレベルにあるのではないか。
頭領に命じられた時雨が理華をさらに深く調べた。立沢理華の絆は実に多岐にわたる。鷲頭組直系傘下の組の若頭になる予定の人間や、彼が経営している風俗店などで働く大勢の人々のみならず、企業の重役や町外れの居酒屋のマスターに、冴えない大学生まで。およそ十代とは思えないほどの人脈の広さ。
それを作りだすのは彼女の行動力と好奇心の異常なまでの強さだけではなく、情報に対する分析と理解力ではないかと時雨は結論づけていた。
けれど時雨は情報を最後に付け足した。年よりも大人びたところに目がいきがちだけれど、彼女のメンタル自体は年頃の女の子らしい一面も確かに持ち合わせていることを忘れてはならないとね。
俺も頭領も話を聞いたときにはちっともぴんとこなかった。女子は男子よりも現実的で、しかも大人びているところがあるというのが頭領とよくくだらない話をするときの話題のひとつ。それくらい、仲間の女性陣は手強いのだ。その筆頭格でもある時雨が大人びていると評する理由はなんぞや。
今回の江戸探訪で感じた彼女の大人びたところはいくつかある。もちろんある。それはたとえば彼女が教師役を任された瞬間であり、先輩たちを翻弄してみせた場面でもあり。
けれど目の前で自分を意識して緊張してくれる彼女はやっぱり、自分とたいして違いのない女の子なのだなあとしみじみ感じる。それはわりと素直に愛しさに直結するし、穏やかな気持ちが広まるたんびに「やっぱり今どうこうってタイミングじゃねえっす」と感じるのだ。
むしろそういうことするよりも、まずは抱き締めてみたい。キスをしたい。ふたりでくだらない話をして笑ったり、将来のことを無責任に語りあって、未来に思いを馳せながら笑って何気なく話せるだけで幸せなんだろうなあって思う。
そういう気持ちの先に、えっちとかがあれば言うことねえのかなあとふと思って、しみじみと「やっぱり今すぐどうにかしなきゃっていうんじゃねえな。したいって素直に思えるまでまつべ」と納得するばかりだった。
『先送りにすると、がっついてる肉食系にもってかれんぞ』
う、うるさいっすねえ! 時雨の声が聞こえた気がして頭を振る。気のせいだ。でもあいつの声が幻とはいえきこえちゃうくらい、あれこれ躾けられているとも言える。
しょうがないっすねえ。
「理華」
「……なんですか?」
すこしだけ身構えられてショック。
「俺は理華と、そりゃあしたいことやまほどあります。けどどれも同じくらい大事だし、なにより理華が好きだからしたいことなんすよ」
「私の隠し撮り写真を見てにやにやしているくらいですもんね……嘘です。そんなにしょぼくれないでください。嬉しいしきもいってだけです」
「嬉しいときもいって、それ同居するんですかね!?」
「冗談です。前もって言ってくれたら、別にルイならいいよってだけですよ」
なんですと!?
「――……ち、ちなみに」
「裸とか恥ずかしい台詞みたいな、将来的に拡散すると困る類いは全部NGですよ?」
「デスヨネ」
残念! でもまあ当然の話だ。
世の中には初体験すら動画に撮る奴もいるというけど、よくよく考えて欲しいっすね。
結婚して死ぬまで添い遂げるって考えるのもいいし、そう思いたがるのもわからないでもないっすけど。男子が撮るならそれってもはやセクシー動画だし、お互いが初体験ないし彼女が初体験なら素敵な思い出にすることはあっても断じて女優にはするなよって思うわけで。
写真も動画も一緒で、お互いの了解あればこそ。ああ。我が身の未熟に恥じ入るばかり。あと理華が時雨に会ったら絶対に隠し撮りの話は伝わるし、そしたら俺はしばかれるんだろうなあ。
いまから覚悟しておこう。
「と、とにかく。そんな身構えなくても。理華がいやなら無理矢理しないっすから。俺も正直かなりびびってたくらいなんで。ふたりで進められる速度でいかないっすか?」
「悪くないけど……それって、具体的にどれくらいの速度です?」
ええと?
「ぐ、具体的にといいますと?」
「理華たちは真空の中における光の速さのように進んでいけそうですか? それとも光の速さだとしても海底に沈んでいて遅くなっちゃうレベルです?」
いやほんと、手強い。頭領の「日高、勉強ちゃんとやれよ」っていう顔が思いだされる。
苦手なんすよ、まじで。
「ええと、俺なりに言うと……」
ああくそ。わりと恥ずかしいんだけども。姉さん連中が「一生に一度の恋だと思ったら絶対に言え」と俺に命じた、自分なりの告白を実行する。
「月下美人が散るよりも早くて、ひまわりの熱が届くくらい……ですかね」
「わお! 花言葉で攻めてきましたか!」
なんですぐにわかるんすか! 普通、ぴんとこなくて何いってんだこいつってなるところじゃないんですかね!? 言っておいてなんですけど! 謎めいた男を演出して終わりにしようと思ったのに!
「なるほどねー。ひまわりから攻めてみるとしたら、俺はあなただけを見つめている。その熱が届くくらいの速度。けれどそれは、月下美人の……そうだなあ。この場合はさしずめ、儚い恋や秘めた情熱、強い意志が散ってしまうよりも早く……私を愛してくれるのだということです?」
「……ま、まあ」
やばい。言ってすぐにすべて暴かれるなんて思わなかった。
まじで恥ずかしい……。
「ふうん? へええ? 忍びは花もたしなむんですねえ?」
嬉しそうに笑いながら近づいてくる。
目の前に正座して、俺の手を取って包みこむように握ってきた。
「いいですね、それ」
「……えと?」
「響いたって言っているんです。嘘じゃないですよ?」
蕩けるような笑顔で、それも柔らかい声で言われて高まる! やばい!
「そ、そ、そ、その!」
「いきなり残念なルイにもどった。でも……まあ、抱き締めるくらいならいいですよ? なんなら、さっきの言葉はよかったんでその先だって許しちゃうレベルなんですけど」
「その先まで!?」
「でも無理かな」
「な、なんで!?」
露骨にがっかりする俺を笑いながら見て、理華が俺の鼻の下をそっと指先で拭って見せてきた。
「鼻血でてますよ? のぼせちゃう前に出た方がいいかな」
くっ……ここでチャンスを逃すとか、俺のばか!
でもめまいがしてきたので、理華に迷惑をかける前にそそくさと出るしかないのでした。
ハグは鼻血がとまってからでもいいですかって聞いたら、笑って「もちろんです」と答えてくれた理華を見て、彼女に惚れて本当によかったと心の底から思ったのでした。
◆
マドカはいまごろうまくやっているのかなあと思いながら、彼氏を見つめる。
「そ、その。待って、キラリ。おかしいな……」
天使キラリのブラを着物の布地越しに外すのに、非常に手こずっている。
現代でつけた仕事用兼、帰宅時にリョータがいたら見られても困らない奴なんだけど。
「だから、フロントホックだってば。触ればなんとなくわかるだろ。外せる何かがあるか?」
「ご、ごめん……それ、どういう意味なの?」
まじかよ、と思いながらリョータの手をホックにうつしてみせる。
「こっち」
「あ、ああ、そっか……え、こっち!?」
露骨に恥ずかしそうな顔をするな。こっちのほうが恥ずかしくなるだろ。ばか!
批難するように見つめるあたしに気づいて、リョータは赤面しながら俯いて、指を動かすたびに着物の襟元がくつろいであらわになっていくあたしの胸元をなるべく見ないようにしながらホックを苦労して外した。
「あのさ。胸までは触るようになってきたんだから、いい加減慣れてくれない?」
「で、でも……俺にとっては、その。キラリの身体って、神々しくて」
「神々しいってなに。あたしはなんなんだ」
「と、とうとい?」
「意味わかんない」
春灯に教えてもらった脱がしあいっこでもしたら、優しくて奥手なリョータにもスイッチが入って、素直になれない奥手なあたしに踏みこんでくれると期待したんだ。
けど、それはどうやら期待外れに終わりそう。リョータのテンションは上がっている。その点でいけば大成功。でもあたしの気持ちはさがってる。大失敗としかいいようがない。
「別に先に進むのもいいよって、この前の喫茶店の一件も許すからって言ったのに。リョータがあたしを求めない理由はなに!?」
「い、いや、そんなことないよ! 俺はきみを求めてる!」
「……じゃあゴムを渡した意味くらい、わかってくれているんだよね?」
「そ、それは……もちろん、だけど。お風呂だよ?」
ああ……。
「や、やっぱり、素敵なベッドとか、音楽とか、サプライズとか、そういうのがいるのかなって」
「それを待っていたら高校卒業してそう。ついでにあたしは仕事で別の人とキスしてそう」
「そ、そんな!」
「それがいやならこだわらないで考えて。いい? これはユニスに聞いた話だけど」
奥の手を出すしかなさそうだ。
「あいつが魔術師協会にたまに行くようになって、向こうの初体験事情を仕入れてくれたんだけど。日本は世界一レスなんだって。世界基準だと初体験は十七才だったかな」
「……えと?」
「愛の国フランスではしないだけで離婚の理由になる。欧州では性教育が進んでいるとか、身体と心両方で恋愛感情と相手への好意を示すのが当たり前なんだって」
「……ほう」
リョータが身構える。なんだかんだいって勉強好きな奴だし真面目だから、この手の話はわりと素直に聞いてくれる。よしよし、予定通りだ。
「人のやり方とか、タイミングがいつであるべきかなんて関係ないし、心に国境はないと思う。文化の違いはあってもね。レスな日本じゃそっち方面に関しちゃ草食系女子が増えていて、三十路でも未経験な人が増えているっていうくらいで。なのに性方面での満足度もすっごく低いっていうの。性教育も遅れてる。これっておかしくない?」
「――……それと、場所はどうつながるのかな」
「日本にカップルホテルがあるのは世界的にはびっくりな事実なんだってさ。彼氏か自分のベッド、ないし早く免許が取れるからこその車とか、学校とか。人によるらしい」
「く、車か……なるほど。それで?」
「あたしはさ。リョータとできるなら、よほどひどい場所じゃなければ別にどこでもいいかなって思う。どうするのかが大事だと思うから」
「で、でも初めてって、特別にしたいものじゃない?」
「冷静に考えるとね? 初回で最高ってわけじゃなさそうだと思うの。進んでる連中おおいから、よく話を聞くけど。相手への愛情を強く感じられるようになるまで、それから……気持ちよくなるまで? 時間と回数がいるって。あと! お互いに楽しむことが大事なんだって」
「それ……キラリのよく読んでる女性誌に書いてあった気がする」
「読んだの?」
「だって、キラリってたまにネットショッピングに夢中なときがあるだろ? 俺もそういうときはのんびり過ごすって決めてるし、問題ないと思っていたのですが……ま、まずかった?」
「別に。むしろ……えっち特集号を読んでここまで奥手なリョータにジト目」
半目でじーっと睨むと、リョータが苦笑いを浮かべた。
「わかった。了解。つまり、キラリは先に進みたい気持ちのほうが強いんだね? 俺が躊躇って待たせちゃったから」
「別にそれは、リョータのせいだけじゃない。あたしだって、もっと……積極的になれたはずだから」
でもさ。
「それでも……ハグして、撫でてくれたりするようになって。進んで欲しいって思っても、気遣ってくれる感じでお預けされて。いい加減、限界」
深呼吸をしてから、上目遣いで見つめる。
「もうそろそろ、ごほうびくれてもよくない?」
「――……むしろ俺に対するごほうび感が強い」
「しないのにもうごほうびだってわかるの?」
「だってキラリに触れられるんだ。それだけでごほうびなんだ」
は、はあ、そうですか。
はにかみながらすごく嬉しいことを言ってくれて感謝しかないし。だったらさっさと手を出せよとも思うわけで。
「それじゃあ……その。ほら」
これ以上もうあたしに言わせないでくれ。
「ごめん、そうだね。風呂場に行こう……お姫さま抱っこは、こないだの夜中に日高くんが立沢さんにしたからアウトかな?」
「あたしは好きだから問題なし」
「よかった」
笑ってあたしを抱き上げてくれた。
視線が絡み合う。思わず顔を寄せてキスをした。額を重ねて、ふたり同時に笑い出す。
「早くこうすればよかった」
「あたしも。早く……素直に言えばよかった」
ふたりで息を吐いてから、扉の向こう側へ移動する。
やっと……やっと、お楽しみの時間だ。あたしたちの現在位置はどれくらいだろうか。別に思ったより微妙でも、思ったより最高でも、どっちでもいい。
春灯やマドカや佳村や仲間の話を聞いていると、どこにいてもいろいろと問題が起きるみたいだし、それを乗りこえるたびに愛が深まっていくみたいだ。
あたしはそれをしてみたいんだ。えっちにもそりゃあ興味があるしな。みんながよく「いいって思えるあまあまを過ごせたら、最高に幸せな気持ちになれる」って言うし。
そもそも、素敵なあまあまを過ごしている奴は素直に綺麗になっていくからな。春灯を見ているとよくわかる。あいつは天井知らずで先に進んでいく。どんどん綺麗になっていく。抱き締めると気持ちのいい身体は、それだけあいつが真摯に愛して愛されているから作られている。
あたしだってそうなりたい。ママとパパみたいに、いちゃいちゃラブラブに憧れる気持ちだって実はめちゃめちゃ強い。最初はね。いやいや表だって認められはしないっていうか、誰にも言えないよねって思っていたけど。
春灯もマドカも、コマチも! あいつもそいつもどいつもこいつものろけまくるから! 白状するよ! めちゃめちゃ羨ましい! あたしにだって彼氏がいるのに! いったいいつまで足踏みしなきゃいけないんだ! もうごめんだ! 早送りボタン連打しまくりなんだ!
やっと。やっとだ。
さあ――……楽しむぞ。
素敵な時間になるかどうかはわからない。期待しているし、けれど裏切られても別にどうってことはない。世界がすべて一気に変わるとも思ってないし、最初から最高に気持ちがいいとも思わない。
それでも問題ない。
大事な一歩を踏む。これから。やっと。
それだけで、あたしは満たされるのだ。そこから先は、今後の努力目標ということで!
――……さすがにここからは、扉を閉めさせてもらう。
そうだな。先が気になるなら、コマチとユニスがそれぞれどうなるか想像してみて。
きっと、どっちも男子が苦労しているに違いないから。
とはいえ大事な仲間だから念押ししておくけどな。トラジもミナトも本当に大事なところは外さないから。期待していいと思う。
ってことで、またね?
つづく!




