第五百五十一話
キラリとマドカが帰ってきたよーって声を掛けてきたけど、それでも私はライブに夢中だった。
タマちゃんとふたりで過ごす夜は素敵。十兵衞がいてくれたらもっといい! カナタがいてくれたらもう言うことなしだし、お姉ちゃんがいてくれたら楽しいのになって思う。まあ、お姉ちゃんはすぐそばにいるけどね。爆睡中で朝まで絶対おきないけどね!
お姉ちゃんが寝たらクウキさんも地獄に帰るかと思いきや、お姉ちゃんに異変が起きたら対処したいとかいって屋敷から離れない。それじゃあ困るし、止めなきゃお部屋に入ってこようとする。
鬼の中でもカナタ曰くシガラキさんとふたり合わせて二強かつイケメンとかいう話もあるくらいなんですが、落ちつかないよね。実家ならまあ、お姉ちゃんのいい人って思えばそれほどびっくりしないけど、女子だらけの女子部屋にイケメンはだめだよ。それはよくないよ。
気の抜いた寝顔を見せるのはカナタまでと決めているのです。きっとロケバスとかでトシさんたちにがっつり見られてると思うけど、それはそれ! 仕事仲間だから別問題! ……ということにしているんだけど、たまにカナタがむすっとするんです。
嫉妬してるんだってさ!
お前の寝顔を見るのは俺だけでいいのに、みたいなこと言うの。
うれしいけど現実的には難しいよね。
これからきっと移動時間の長いお仕事も入るだろうしさ。
だいたい嫉妬方面の話題なら、そもそもコナちゃん先輩とのキスシーンを演じておいてなにいってんの? という感じでもあるのですよ。
私はできるだけ流してみせたけど、逆の立場になったらカナタは相当荒れそうだよね。実際、家光さんとデート九回の時点で相当いらいらしてたし。
なにしても私の中のカナタへの気持ちは変わらないから、信用してほしいんだけどなあ。私の気持ちは信用できても私に言いよる相手は信用できないって正論を言われちゃうから、頭を抱えちゃう。
逆に言えば、トシさんたちのことはカナタなりに信用しているのかな。一応ほら、私の仕事仲間だし。たまにふたりで帰ったりするんだけど、ちゃんと報告する分には露骨に嫉妬したりしない。気にはしているみたいなんだけどね。慣れなきゃなあって言ってくれているから、わりと甘えちゃっている。
カナタだって仕事先からキスシーンをやったコナちゃん先輩とふたりきりで帰ってきたり、女性のマネージャーさんである山岡さんの車で送ってもらうこともあるもの。わりとお互い様なところがあるよ。だいたい役者をして、それも男子でイケメン枠ならこれからもラブシーン撮ると思うんだよね。いちいち反応してたらきりがないよ。
ちなみに前にマドカになにげなく話したら「ハルはすごくさばさばしているところもあるんだね」なんて感慨深い声で言われました。そうかなあ。
だんだん付きあいたての頃から変化したことがある。それはたとえばカナタにゴムの購入をお任せするのを辞めたこととか、カナタの独り寝の頻度が激減したこととか、もうちょっと生々しいことを言うといい意味で気を遣わなくなってきたところ。相手を気にしすぎたり自分のことを気にしすぎて言わないようにしようっていうのをやめてる。
かっこつけのカナタはシュウさんに負けたくないっていう気持ちが完全になくなったわけじゃないのか、カグヤさんとのらぶらぶ写真をたまに送ってくるシュウさんに闘争本能を刺激されているの。非常にめんどくさいので、話半分で流しながら機嫌のいいときだけ付き合っています。だってシュウさんとカグヤさんよりもいちゃいちゃ感のある写真を送らなきゃだめとかいうんだよ?
たまに男子ってめんどくさいよねっていう話をすると、女子のみんなで盛り上がれちゃう。みんないろいろ付き合っているんだなあってしみじみするね。
最初は楽しいかなあって思ってたんだけど、収録続きでへこたれて帰ってきた夜に「愛が伝わる写真を撮るぞ」だけならまだしも「春灯、お前の笑顔に愛を感じないぞ? 俺のほうが重たい感じがする」って言われると「うん?」って聞き返しながら笑顔になると同時に怒りがふわっと燃えるの。
結局いつも、しょうがねえな! って言いながら全力で乗っかって素敵な写真を毎回撮っているんで許してくだしい。
付き合っているとタイミングが合わないこともよくある。けどそれすらも楽しんだほうがお得だよねえってふたりで結論を出しているからいいの。むかっときたらあとで仕返ししちゃうし。
たとえばあまあまのときに「私よりも重たく見えちゃう愛をたっぷりくださいな」って甘えるだけで、カナタはついついその気になってサービスしてくるので問題なし!
ちなみにノンちゃんもトモもマドカもキラリも、この話をすると「げきあまのろけ話かよ!」と突っ込んでくる。いいじゃん。みんなだってのろけるんだし、私のターンがあってもって言い返すと、だいたい誰かがのろけ話か愚痴を始めるので、私たちのグループはうまく回っている気がします。
だいぶ横道にそれちゃった。
ふたりで歌を歌っていると、マドカが声を上げるの。おふろだよーって。
ふり返るとキラリが寝ている子たちの様子を見ている。
教授が連れてきた女の子たちはそろってかなり体力を消耗しているのか、熟睡しているよ。逆に一年九組の子たちは重たそうに身体を起こしている。
「そろそろ頃合いかの」
「だね」
頷く私をタマちゃんがぎゅうって抱き締めてくれたの。すごく落ちついたんだ。そして自然に私の中に戻ってきてくれた。深呼吸をしてから立ち上がる。
尻尾は九本。身体に満ちる霊力は増すばかり。この時代に生きていたなら、もっともっとできることが多くなった気がする。けど私の居場所はここじゃない。現代に戻って同じように生きられる道を探す方がよっぽど正道だと思う――……そう考えた瞬間、全身に鳥肌が立った。
「っ!?」
思わず周囲を見渡すけれど、そばにいたのは私に近づいてきたツバキちゃんだけ。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない――……んだけど」
身体に触れる。びっくりするくらい、冷や汗がにじんでいる。
なんでだろう。わからないけれど、この鳥肌は気のせいじゃない。
いけないことを考えたから? ううん、同じようなことは前にも考えたはず。
じゃあ、なんで?
「ねえ……ツバキちゃん。私、おかしくなってない?」
「いつものエンジェぅだよ? 顔色は、わるそう」
「ね……そうなんだよ。どこかに誰かいたりするかな?」
「お兄ちゃんに鍛えてもらったボクが見た感じ、どこにもいないけど……美華とか、沢城先輩を呼んでくる?」
「んー」
獣耳を立てて音を探る。けれど怪しいと感じる音はない。右目に意識を集中するけれど、死線も見えない。気配だって特におかしなものは感じない。とはいえ、気になる。
「ぎーん!」
「――……んだよ」
「ふわ!?」
屋根の上から飛び降りてきたよ!? び、びっくりするなあ、もう! 相変わらず身軽すぎるんだから!
「なにか変な気配感じたりしない? 変な悪寒がしたの」
「さてな。屋敷を見ている連中はいるけど、連中に脅威は感じねえし。それより強い奴ってんなら、わかんねえな。明坂ミコクラスなら、紛れることもできそうだし」
「でもギンならわかるんじゃない?」
私がそう言うと、妙に驚いた顔をしてから笑うの。変なの!
「はっ。そいつはありがてえけどな。さすがに俺も、人の中の闇まで見抜けるほど修行できてねえよ。シンやアカネたちとか、この時代の村正ならできそうだけどな」
「ううん……なんとかならない?」
「残念ながらな。妙な考えでも浮かんでぞっとしたとかじゃねえの?」
「――……そうかなあ」
小首を傾げる私の頭を雑に手のひらで撫でて「とっとと風呂いくぞ」って言って歩いていっちゃう。相変わらずボディタッチ多めだなあ。ノンちゃん以外には控えていたのに。変なの。ギンも案外たまっているとかなのかな?
それとも私の丸顔が愉快すぎて思わず撫でたくなったとか? マドカやキラリによくやられるんだよね。学校での話をしたらトシさんたちまでやるようになってさ!
ますます丸くなるのでは? ってカナタに愚痴ったらお腹を抱えて笑われたんですけど。たいへん不本意です!
そんな話じゃなかったね。
「沢城先輩が気づかないなら、ボクもわからないかも」
「んー。案外ギンの言うとおり、私が変なことを考えたのが……怖くなっちゃったのかなあ」
「なにか、感じたの?」
「そうなのかも」
ううん。なにかなあ。
なんだったかなあ。最近は頭がいっぱいいっぱいで働かないや。
こういうときは素直に相談だ!
◆
電車の移動中に春灯から「ねえねえ、マドカ!」って呼びかけられて聞いた話で、真っ先に思いついたのはクロリンネの目的だ。
この世に混沌を、なんていかにもフィクションの悪役じみているけれど、並木先輩から共有してもらった情報を踏まえて想像するに、連中の狙いは現代の現世に霊子を満ちさせて、奇跡を行えるように変化させることにある。
だから春灯が何気なく考えていた「江戸時代くらい霊子が現代にも満ちればいいのに」っていうのは、そのままクロリンネの狙いと重なっているようにも見える。それってつまり敵に対する共感になるし、そもそも現代の変革を人殺しや犯罪行為のために起こすんじゃなければ私たちでさえ否定する根拠を持たない。強いて言えば、クロリンネがどうかわからないし、ほかにも世界中の誰かがよからぬことをしたときに致命的な結果になるかもしれないから、止めた方がいいって話もあるんだけど。
隔離世に行けない人からしたらね。自分たちで独占してんじゃねえよっていう話にもなるから、難しい問題でもある。世界中にイエスとノーがあふれる問題提起だからこそ、その先を感覚的に捉えて「あ、これ以上だめかも」って思って鳥肌が立ったとかかな。
ほんと、春灯は感性で生きてるよなあ……たまに羨ましくなる。
感覚的に物事を捉えて、それを素直に行えるって、なかなか難しい。
基本的に私は失敗したくないから、そうしないためにやまほど考えるし。それは春灯も一緒だと思うんだけど。
これまでみんながどうしていたから、とか。思い描く行動心理学の方向性から攻めてみたりするけれど。
春灯は「私がしたいと思うからする」で貫いちゃう。
人のことを気にするから、独善的にならないように精一杯気を遣う。だから春灯は迷いやすいし傷つきやすいけどね。そういうところを私とキラリで補佐しようって思っているわけで。
「たぶん、誰かが見ているとかじゃないと思う。欲とか願いがある人がいたのなら、私とキラリが気づいているし。そうじゃないってことは……よほど遠くにいる誰かか、あるいは沢城くんの言うとおり、春灯が考えたことに不安になったからじゃない?」
「そっかあ。変なこと考えちゃったのかなあ」
うんうん唸っている春灯は目元がすこししょぼしょぼしている。邸宅に戻ってから聞いた話だと、玉藻の前とふたりでずっと歌っていたらしい。息をするように歌う。
けど一年生の頃からスタミナには大いに問題を抱えている。っていうよりきっと、春灯は自分の願いがあまりにも大きすぎて、身体が追いついていかないんだと思う。中学時代まではずっと体育が苦手だったというし、基礎的な体力は正直御霊頼りなところが強い。
センスも才能も万能的で抜群だ。私たちの世代でも最強だといってもいいレベルだろう。
けれど春灯にはたくさん足りないものがある。たとえば沢城くんのような戦闘センスであったり、トモの戦闘センスだけじゃなく抜群の技を開発するセンスであったり、御霊が覚醒してからの岡島くんと茨さんのような途方もない戦闘に特化した能力であったりね。
もちろん、春灯は十分すぎるくらいの能力を持っている。
右目の危険な攻撃と悪意を見抜く力、左目の見つめた相手の魂を魅惑する力に加えて、玉藻の前の妖狐や大神狐としての能力と、柳生十兵衞の戦闘技術とセンスと経験。
けれどそれを差し引いたら、素直で優しくて、どこか抜けていて残念なところもある愛すべき私たちの友達であり仲間でしかないんだよね。
そんな春灯の特別な力といえば間違いなく歌だ。そして――……未だ覚醒していない可能性のひとつに、私は期待と不安を抱いている。
柳生十兵衞を宿し、玉藻の前を宿した女の子が――……もし、仮に悪意に心を奪われたら? 彼女がそれをするような現実があり得たのなら?
いまの春灯とはまさしく百八十度違う暴れ方をしたに違いない。男といわず老若男女を左目で狂わせ、従えて。遊び半分に人さえ殺す。どれほど強い相手だろうと勝利して、血に塗れていく妖狐として可能性――……時を超えることができるのなら、クロリンネの首謀者はもしかして?
「マドカ? どうしたの?」
「あ――……ううん、考えすぎかな」
笑って流してみせる。けれどその可能性を消しはしない。
もし私の考えたとおりだとしたら――……正直、過去最強の敵かもしれない。
備えておかないと。
漆黒に染まった青澄春灯がもし敵になったとしたら、かなり厳しい相手になるに違いないから。
考えすぎであってくれたらいい。だとしたら、クロリンネの頂点に立つ存在はどんな奴なのかちっともわからなくなるけれど。それならそれでなんとでもするだけだ。
さてと――……そろそろ到着するな。光を通じて電車を操作して、止める。
「到着したので、みなさんに伝達事項があります!」
なんぞ、とみんながこちらを見つめてくるけれど、構わず続ける。
「えー。実はカップルが多いんで。ですよね?」
春灯や沢城くんは相手が隔離世で修行中だからなのか、むすっとしているけれど。
構わず続ける。
「やっぱりほら。ユウヤ先輩じゃないですけど、息抜きしたいですよね?」
私の煽りに一部が露骨に素直に表情を変えた。
「なので、個室風呂をなんとか作ってみました。刀鍛冶じゃないので出来は正直まだまだなんですが! 入りたいカップルは!?」
はいはいはいって手を挙げる中瀬古さん愛しい。かわいい。恋人のトラジくんはお風呂の混浴事件でこってり絞られた後なので戦々恐々としている。
意外にもユニスさんも手を挙げた。わりと素直にえっちな鷲頭くんが警戒しているけれど、きみの場合はわりと自業自得な気がするかな。
キラリも虹野くんの足を蹴って、手を挙げさせている。ちょっと手癖足癖わるくなるときがあるけどね。それすらキラリが好きな私や虹野くんにとっちゃかわいげだったりするので、虹野くんも素直に手を挙げた。
一年生たちは互いを牽制するように見ている。まだそこまで欲望解放できないよね。わかるわかる。
「別に友達同士でっていうんでもいいよ。もちろん男湯女湯も解放してあるから、好きなところに入ってね? ――……あと!」
並木先輩が敢えて作らず流した理由は察して余りあるので、一応警告しておこう。
「えっちなことするなとは言わないけど、やるなら避妊を! 避妊できないなら我慢すること! いいですか?」
一年生が露骨な単語に身構えているけれど、二年生ズは基本的に先生たちからもばっちり教育されているし、気をつけている組だらけなので「わかってます」っていう顔しかしてない。
だからこそ私も用意するんだけど。むしろ要注意なのは一年生なんだけど。
「一年生、返事は?」
「「「 は、はあ…… 」」」
戸惑いながらも返事をしてくれたから、よしとしよう。
ユウに視線を送る。目と目が合った。どうする? って唇を動かしてくるから、いこうって返す。頷く顔に決意がみなぎっていた。
ニナ先生に本能について教えられたキラリから聞いた話じゃ、理性とか決意とか覚悟くらいじゃ乗り切れそうにないからね。ひとまずキラリがくれたものを活用するとしよう!
「さあさあ、移動して! あんまりのんびりして、待機班を待たせないこと!」
はあい、と返事をしてぞろぞろと出ていく。
一年生たちの動向を見守るべく、私はユウに目配せしてから電車のそばで待機。
春灯と沢城くんは素直に男湯と女湯へそれぞれ向かっていった。ユウヤ先輩とシオリ先輩も同様だ。逆に元一年十組の一同はそれぞれのカップル別に分かれていく。
暁先輩とアリスちゃんが復活してたら、ふたりで兄弟風呂だったのかな? 高校二年生の妹と十九か二十歳くらいの兄の風呂は、ありやなしや? まあ人それぞれか。トモはお兄ちゃんがたくさんいるみたいだけど、一緒の風呂はあり得ないって言っていたな。ルミナは親の連れ子だったフブキくんと一緒に風呂に入るくらいわけないって顔してた。
やっぱり人それぞれだな。それはそれとして。
「ルイ、ふたりで入ります?」
「ば、ば、ば、ばっ」
「どうせ混浴いけるんならいってみたいなあ系男子でしょ? ほかの女子に目移りするくらいなら、理華が落としてみせますよ? どうします?」
「……む、む、むりっていうか、はやすぎるっていうか、風呂つかるどころじゃないっていうか」
赤面して鼻をおさえている日高くんは可愛いけど、理華ちゃんは攻めるね。すごい。感動だ。あの積極性は見習いたい。
「聖歌、いちおう聞くだけ聞くけどな。どうだ?」
「……えっちするの?」
「いやだから、しねえよ。それ目的じゃねえ」
「え……じゃあなんで入るの? 裸が見たいの?」
「そいつはすごく難しい問題だな。見たいか見たくないかで言えば見たい」
「見たら我慢ができなくなるのが男じゃないの? 私のことが好きなら余計そうなるんじゃないの?」
「や、まあ……そうなんだけど」
「目的わかんないと、どう答えればいいかわかんない。入りたいか入りたくないかでいったら、半々」
「半分はありなのかよ、まじか……今日のお前はとびきり手強いな」
いろいろとけんかっ早くて言葉もきついスバルくんが聖歌ちゃんに翻弄されているのはとても面白い光景だった。右手で目元を覆って、大きな身体を小さく丸めてずいぶんと頼りない。
青いなあ。青い。
「七原くん……」
「姫はどうしたい?」
「ふたりきりがいい……」
「わかった」
七原くんと姫ちゃんカップルはむしろ円熟している可能性すらあるな。春灯が推しているカップルのひと組なんだけど、それよりも体力限界気味な姫ちゃんをお姫さま抱っこしている七原くんは強い。でも地味に顔が赤いところを見ると、どきどきしているのをごまかしきれていないね。それはそれで可愛い。
「美華、詩保、ツバキ。スバルがよくわかんないから、一緒にはいろ」
項垂れているスバルくんから離れて、てててっと駆けてくる聖歌ちゃん。残念、今夜までに絆を深めきれていなかったようだ。混浴OKになるまではハードルをいくつも乗りこえなきゃいけないから、しょうがないかなー。私の探った限りじゃ、スバルくんが本気だしてからまだちっとも時間が経っていないし。聖歌ちゃんもまだ恋愛スイッチが入っているようには見えないもの。
がんばれ、少年。一年生の男子諸君がにやにやしながら手招きしているぞ。
「ちっ、しょうがねえ。ここで急いでも欲しかみえないわな」
後頭部を手のひらで撫でつけながら、スバルくんは切りかえて男湯へ。
となると気になるのが立沢・日高ペアなのだけど。
「それで? ルイはどうします? 女子が誘っているんです。勇気を振り絞ってね? なのに逃げるんですか?」
「に、逃げないっすけど! や、だって、ねえ!? こ、こここ、混浴って! 裸ですよ!?」
「みたくないですか?」
「そりゃみたいにきまって――……いや、いまのはマジで忘れてください」
「ええええ? 忘れて欲しいのは、見たくてたまらないってことですかあ?」
「そそそそ、そこまでいったら俺がどすけべみたいになるじゃないっすか!」
「そういう反応するからそういう風に見えるだけですよ。カップルでお風呂に行った男の先輩たちや七原くんを見習ったらどうですか?」
「いやいやいや! 男の先輩たちのうち三人は項垂れてましたから!」
「混浴目当てで抜け出す不埒野郎だからですよ」
理華ちゃん、わりと容赦ない。鷲頭くんは自業自得なところあるけど、トラジくんと虹野くんは流されただけだと思う。だからといってふたりの恋人は許さないと思うけど!
「ルイだって私が首輪つけとかないと、湯上がり女子をえっちな目で見るに決まっているので。っていうか、江戸旅行で何度か見てきたんで。いい加減、いらいらしてるんですよね」
「え、えっと?」
「私に恋しているんなら、私だけ見てください。おったてるんなら、それも私を理由にすること。ひとりで遊ぶっていうなら、そのときも私を思い浮かべること! いいですね?」
「な、な、なにいってるのかわかってんすか!? 女子がそういうこと言っちゃだめっすよ!」
「いや、わりとよくあるカップルにおける女子の要望のひとつですよ。別に私はルイがえっちな画像をため込んでいようと、マニアックな道具を持っていようと批難はしませんけどね」
「道具なんて持ってないっす! だだだ、だいたい、が、画像なんてそんな!」
「前者は信じても後者は絶対ダウト」
すっと着物の胸元からスマホを取りだした理華ちゃんが、パスを解除して画像を表示して見せた。布団に入ってスマホを見てでれでれしている日高くんの隠し撮り画像だ。いつの間に撮ったんだか。
「深夜に会いに行ったら、みんなが寝ている中にやにやしちゃって! 忍びなのに私にも気づかないで、いったいなにをみていたのかなー?」
もぞもぞと理華ちゃんのお尻が動いて、足下からひょっこりと尻尾があらわれた。小悪魔の揺さぶりに日高くん、たじたじだ。
「う、そ、それはあ、その……」
「猫画像だってごまかしてもだめ。スライドしたらどんな画像か見える角度で撮った写真がありますよ。みます?」
「――……すみません。えっちな画像を見ていました」
「よろしい!」
どや顔をする理華ちゃん、強すぎるなあ……!
「で、でもまって! 俺が長めに見てた画像はきっとそれじゃなくて!」
「……なんです? ちょっと、妙なこと言わないでくださいよ? ビンタしますから」
「そ、そうじゃなくて! こ、これだって!」
急いでスマホを出して日高くんが画面を見せた瞬間、理華ちゃんの顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、な、なんで私の昨日の湯上がり写真持ってるんですか! だ、だいたいそれを出すのがどれほどきもいか理解してますか!?」
「いやだから、そういうことしてたんじゃなくて! かわいいなあって思って……す、好きな人の隠し撮りなら理華だってやってるじゃないっすか! さっきのは俺を隠し撮りしてたっす!」
「私のは断罪用だからいいんです!」
「そんなご無体な!」
こればかりは日高くんの肩をもっちゃうかなあ。
「じゃあ、ええ? ううん……わかった! 妥協します! それみてえっちな気分になったとか言います?」
「そ、それは……いやでも誓ってこの写真では!」
「くっそ。理華の恋愛経験値が低すぎて、この場合おこったほうがいいのかどうなのか判断つかねえ。どうせ使うなら私のにしろよ、という妙なプライドが邪魔をする……しかし私の写真を使われてもそれはそれで、ルイの衝動がどういうものなのか理解してないからわからない……待てよ?」
「お、俺、男湯に」
「そうはさせません。強制的に移動します。ひとまず……ふたりきりになって話しますよ。いい加減、マドカちゃんの視線が痛いんで。もう十分だと思いますし?」
あははは。さすがに気になるよね。それに気づいていたか。日高くんと理華ちゃんがおかしなことをしないかどうか見ていたの。
理華ちゃんからは『ルイの真ん中に居座るためにできることなんでもしてやる。あとどうせだから私をどきどきさせてくれ』っていう欲望を感じるし、日高くんからは『もももももしや、これは一気に大人の階段をのぼってしまうのでは!? それってありやなしや!? いや、据え膳食わぬはっていうし、がんばるしか!』っていう欲望を感じる。
理華ちゃん、しっかりしているから心配ないだろうけど、欲望の声を真正直に受けとったら、いかにも間違いが起きそう。
「理華ちゃん、ほどほどにね?」
「流されたいかどうかでいえば流されたいですけど、最後はしません! まだそのタイミングじゃないので!」
しっかり答えてくれたからよしとしよう。カップル風呂に入っていくふたりを見送ってため息をつく。
七原くんと姫ちゃんの円熟ぶりを考えると、ふたりももちろん危うげだけど。姫ちゃんがへばりきっているこのタイミングで、紳士だし女子に優しい七原くんは無茶をするまい。王子さま役を買って出てくれてまっとうしてくれた彼なら信じられる。すくなくとも、いけるならいっちゃうのもありじゃない? って興奮している日高くんよりはね。
まあ、日高くんの気持ちもわかるから批難はしないけど。私だって、そういう気持ちがあるからユウに目配せしたんだし。
首根っこを掴んでぐいぐいと進んでいく理華ちゃんのようにぐいぐいいきたいなあ。私は理華ちゃんじゃないから、私なりにいくだけだ。
「あの子、すごいね。面白いし」
「ね?」
ユウの言葉に笑って頷く。
本人的にはすごい常識人って思っていそうだよね。
でもでも二年生から上のメンバー全員の総評としてはとんでもなく行動力があって、知恵をめぐらせるけれど、面白すぎるくらい変な子!
分析能力も勘の鋭さもすごい。それに対応力がある。なにより年下とは思えないほど博識だ。
けれどだからこそなのか、ちょっと頭でっかちなところがある。そこに私はシンパシーを感じずにはいられない。それにたまにその年でなんでそんなこと知ってるの? と思うような昔はやった言葉とかもしれっというし。指摘されると恥じらうところが可愛いと二年生の間で話題になっているのは、ここだけの話。
「それで、マドカ。その、今日呼んでくれたのって……どういう?」
落ちつかない顔をして頬を指先で掻いているユウを見ているだけで、身体中がイエスと叫び出す。きゅんとくるし可愛いなあって思うし抱き締めたくなるし、それじゃ済まない。尻尾は素直にぱたぱた揺れ始める。
「……これ、ひとつだけ見つけたの」
そっと見せたの。キラリからもらっていたものを。
ユウが私を見て落ちつかなさそうな顔をして、不安げに聞くんだ。
「この前、ひどかったから……もういやじゃない? こわくない? だいじょうぶ?」
春灯から入学した日にユウに助けてもらったときのことを聞いて、ずっといいなあって思っていたけど。もう私のほうが知っている。何度も見ている。ユウの素直で優しいところを、いっぱいね。
そう思ったらますます私の心も体も盛り上がっちゃうから困る。
「うん。ユウならいいよ。もちろん、みんなに言ったように私たちも気をつけるならって前提つくけど」
「そ、それはもちろんだよ! マドカに万が一があったら悲しいし……タイミングの話ならわかっているから」
「なら、やっぱりいいんだよ。ね、いこ?」
あなたと愛しあうために。みんなもそうしたいだろうから、個室風呂をこっそり作ったんだもの。並木先輩のハリセン乱舞を覚悟でね!
ふたりで手を繋ぐ。それだけで尻尾が暴れ出す。はしゃぎたくてたまらなくなるし、それはユウも同じだった。どんどん早歩きになって、空いている個室風呂に飛び込んで脱衣所で抱き合った。何度だってキスをしたし、その途中でお互いに服を脱がせあった。
そりゃあもう。久々だもの。テンションはあがるばかりだ。
ユウがしきりに首に口づけてくる。気づいたら獣耳と尻尾がユウにも生えていた。そうなると、もう止まらない。キスは甘噛みに。そして噛みつきに変わる。背中に回ってぎゅうって抱き締めてくるの。私も本能的に尻尾を横に倒して身体を預ける。
どんどん盛り上がっちゃうこの状況で、残っている理性の叫びに従ってゴムを取りだした。
「ゆ、ユウ、まって……待って、つけるから」
「う、うん」
そうだった、と我に返る。尻尾をぱたぱたと揺らす彼氏にきゅんきゅんきながら視線を下ろして――……苦笑いしかできなかった。
「たぶん、それはこのゴムじゃあ無理」
「え……」
絶望する彼氏の顔を見ながら、内心でひとまずキラリに返せそうだと間抜けなことを考えた。
春灯から遠回しに先輩のそれがお姉さんの御霊を宿してからでかくなってるって話を聞いたことがあるけれど、いやあ、しかし。まさか私の彼氏もそうなるとは。
「それ、蜂に刺されたとかじゃなくて?」
「……家系で。つがいというか、恋人を深く愛する狛火野の男は、その……血が強くあらわれて、こうなるというか……こうなると、もう、キミ以外には何も感じないというか」
「はあ」
初耳だし、だからって間抜けな声が出過ぎだった。
そっかあ。そっかあ……。
尻尾ぱたぱた振ってるしなあ……。子犬みたいな顔して、きゅうんって鳴きそうな顔して見てるしなあ。
ここで生殺しは可哀想だしなあ……。
めちゃめちゃ期待していた私も可哀想だしなあ。
しょうがない。ちょっとがんばるか。
「だいじょうぶ、なんとかするからお風呂はいろ?」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとほんと。いいから私に任せてみてよ!」
「たのもしすぎる」
ふたりきりになるとどんどん、本来のイヌっぽいところを見せてくれる。
ユウが好きだから、こういうところも含めて受け入れるだけだ。
とはいえ、これからの準備を思うとわりとどきどきものだけど。
まあいっか。もう浮気できない身体になってくれたと思えば、ありだね!
いや待て、いまのは我ながらひどすぎじゃない?
いっかな? いいか。いいのか?
「ねえ、ユウ。私への思いはどんな形してる?」
「そりゃあ……魂が決めた伴侶って形かな」
いいや! 上等だ! 私もそうなってみせようじゃないか!
ふたりで尻尾をぱたぱた揺らしながら、お風呂に入る。別に重なるだけが楽しみ方じゃない。
それをいくらでもふたりで楽しむとするよ。ほかのみんなも楽しんでくれていたらいいけど!
つづく!




