第五十五話
「体力測定のあとに侍候補生のトーナメント戦するの?」
カナタの荷物の荷ほどきを手伝ってダンボールの封を開けながら尋ねる。
運送会社さんが運び込んだものを中に入れる手伝いをして、今は中身をあちこちに収納しているんだけどね。運び込む時は大変だったの。
いちいち「大丈夫か?」だの「重たいぞ、無理はするな」と言われるので「大丈夫」と繰り返し伝えた私です。
なんとか話題を逸らそうと思って通常授業たいへんって言ったらカナタがぼそっと言ったの。体力測定はちょっとしたイベント付きだって。
「学年単位で行うデモンストレーションだ。今年はちょっとした催しを……」
ベッドの手入れをして、私の壁飾りをあらかた撤去してまとめたカナタがふり返った。その背にあるカーテンは妥協の上に妥協を重ねてやっとOKをもらった私チョイスのものです。オスカルは実家に帰りました。オスカル……。
もとい。
「催しってなあに?」
「内緒だ」
「内緒……別にいいけど。トーナメントにはカナタも出るの?」
「俺は……まあ、そうだな。今年は出るつもりだ、刀を手にした以上は戦う」
カナタは身体に装着するベルトで刀を身に付けている。
それは私を助けてくれた力なのだそうだ。
あの時の記憶は……シュウさんに刀を渡されてからは覚えてないに等しい。
覚えているのはカナタが助けてくれて、トモが泣いてて、それで……ギンが。
「それよりも、どうせ手伝ってくれているなら手早く済ませよう」
「う、うん」
頷いて我に返る。
「手早く済ませるっていうけど、そんなに荷物ないよね?」
「まあ……そうだな」
ダンボールの中身は本が多くて、それは私の本棚にもうすでにおさまってます。
服は最低限で、それも今ちょうど私の箪笥に入れ終わるところです。
ベッドはないの。運び込まれたのはソファーだよ。むしろメインはテレビデッキと大きなテレビ。それにレコーダー? とか。あとは映画がずらりです。
「テレビのセッティングも済んでいる。あとはダンボールを処分すれば終わりだ」
「ベッドは?」
「ソファーベッドだ。背もたれを倒せば寝れる」
いや、布団がないよ。布団が。全然気にしてなさそうだし、なんだかなあ。
「カナタって……本当に寝る場所に頓着ないよね」
「寝ることさえできれば、どこで寝ようと同じことだろ」
「違うよ、カナタは全然わかってない」
「そうだな……俺は全然わかってないよ、何もな」
ぶすっとする私を困ったように見つめてから、何も言わずにダンボールをまとめて持って出て行っちゃった。
言い返すか諭してくるのかな、なんて思っていたから凄く意外で落ち着かない気持ちになったの。
色々と確かめなきゃいけないことだらけだったのに、そうしなかったことを後悔する時は割とすぐに訪れました。
そう、体力測定の日です。ホームルームが終わってすぐに放送が流れたの。
「生徒会よりお知らせいたします。本日の体力測定に付随して行う本学院目玉のイベント、各学年単位で行う侍候補生のトーナメントは一対一で戦って勝ち上がり、優勝者を決めるものです。一年生の侍候補生の人数が例年よりも増加したため、今年は一週間で行います」
カナタが言っていたイベントだ。
一週間もやるんだ……審判にも人が必要だろうし、全学年でやるならしょうがないのかも?
「イベントの終わりに、今年は特別に各学年の優勝者と準優勝者、準々優勝者による九人のトーナメントを実施します」
あ、これがカナタの言ってた催しかな?
「これにより学院一の最優秀勝者を決める予定です。戦いの中で新たな力に目覚めることもあるため、大事なイベントです」
学内アナウンスで聞こえたラビ先輩に続いて、
「また、本学院の体力測定は侍でも刀鍛冶でもない生徒にとって刀を入手する貴重な機会です」
カナタが続いた。え、待って。え? なんでカナタが一緒に喋ってるの?
「今回、侍候補生となっても残念ながらトーナメントには参加できませんが、良い機会であることに違いありません。ぜひ頑張ってください」
ラビ先輩と一緒に案内してるってことはまさか、生徒会の人? そんなの私ひとことも聞いてないけど。言っといてよ!
「侍候補生のみなさんは注意を。不相応な刀を御珠に戻されてしまう可能性があります。またトーナメントであまりに振るわぬ結果を出した侍候補生は刀鍛冶とのパートナーを解除することもあり得ます」
カナタがぞっとすることをしれっと言うの。
ざわつくクラスのみんな、ううん……高等部のみんなに運命を宣告するように、ユリア先輩が結んだよ。
「学内掲示板に対戦表を掲示しました。確認の上、参加者はもちろん観覧者にとってもよいトーナメントにしましょう」
◆
廊下にある掲示板に貼られたトーナメント表を見て眩暈がした。
まず二つのブロックに分かれているの。
私のブロックには一年生代表が四人とも揃っていた。
カゲくんとシロくん、トモはもう一方のブロックにいるので、お互い最後まで勝ち抜かない限り当たらない。
むしろ……私の方が深刻かもしれない。
「一年生の初戦は俺とハルか……体力測定の後にやるにしちゃあ、いいイベントだな」
タツくんの声がした。ふり返るとみんないたよ。
一年生の侍候補生、全員が集まっていた。
みんなが緊張した顔でトーナメント表を見ている。
「第二戦は明日行う予定か。とすると……ハル、君と戦えるかもしれないんだね」
レオくんが私を意味ありげに見つめてくる。
でも答えられない。答え方がわからないの。
何度見てもトーナメント表には私対タツくんの組み合わせが書いてある。次の試合はレオくん対子犬A。そして……。
「勝ち抜ければ俺も……ハルと戦える」
決意の表情をするコマくん。彼と私が勝ち続けたら三戦目にぶつかる組み合わせなの。
目を閉じて黙っているギンの名前は……私のブロック、最後に書いてある。
勝ち続ければ、いずれはギンと。
手は抜けない。もしカナタの言葉が本当なら、刀を失ったり刀鍛冶と別れたらする羽目になる……そんなの絶対にいやだ。
十兵衞とタマちゃんとの別れも、カナタとの契約解除もいや。
なら勝たなきゃ。
それに私にとって大事な理由があるの……。
「わかってるよな」
目を開けて通りすがりざまにギンが私に向けて呟いたの。
「うん……わかってるよ」
頷いて深呼吸した。
ギンとの約束を果たしたい。
……もう一度、ちゃんとわかるために。
きちんと確かめるために。
ギンの願い通り、ギンと戦うまで負けたくない。
『闘志があって何よりだ』
『がんばるぞう、ハル! あの男の黒星なぞ、ばばっと華麗にはね除けてなかったことにしてやらんとな!』
わかってる。
だからこそ気は抜けないよ。
八本の刀の持ち主、月見島タツキ。
私は彼の刀の名前もまだ知らないのだから。
つづく。




