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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十九章 大江戸化狐、血恋新月帳

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第五百四十六話

 



 門を抜けた先には石組の土台に木を立てた壁に囲まれた牢獄だった。太い木の牢獄の先に行こうとして、ルイに片腕で押さえられる。彼は唇に指を立てて静かに、と示してきた。誰もが素直に従うのは、江戸のお城で一度やらかした経験あればこそ。

 ひた、ひた、ひたと足音がふたつきこえてくる。


「いやあ、旦那はいつも上物を連れてきてくださる。助かりますわ」

「なに、女衒(ぜげん)として当然の勤めだ」


 暢気な男の声に返事をした誰かに、姫ちゃんの身体が露骨に震えた。七原くんが抱き締めて抑えているけれど、それは逆効果なのでは?

 とにかく、次いで聞こえた声は教授のものに違いない。いつかの夜にどこぞの山奥へ連れていかれたときに聞いた気がする。

 それにしても女衒ね。言うまでもない人には繰り返しになってごめんね? 女衒ってのは要するに人買いのことだ。貧乏な村から果ては娘の将来に困った普通の家までいき、若い娘を買っては必要とする場所へと売り渡す。どうしても連想せずにいられないのは、娼館との結びつき。


「旦那の連れてくる娘は頭がぼけちゃいるが、淫らで従順。余計なことを一切いわない。どう教育しているんで? やっぱり、夜の技かい?」

「はは、それは言えませんな。それを言ったら、私の商売が枯れてしまう」

「またまた! 旦那の腕なら、吉原の名物女将の店にすら娘を売れるんじゃないかい? どいつもこいつもべっぴんだし、十にならないガキすらようく気をやる。常に蜜に溢れた、いい蝶揃いだってもっぱらの噂だよ?」

「はは……そいつはありがたい話だがね。かの女将さんには見つかりたくない。昔、あの神通力に懲らしめられたことがあるんだ。どうか内密に頼むよ」

「そうかい? あんたがその気なら、俺っちが紹介することもできるし。あの女将さんと組んだら、吉原と岡場所なんかあっちゅう間に自分のもんにできそうなのによ! もったいねえなあ!」

「いやいや。岡場所のみなさんにごひいきにしていただいているだけ、ありがたい」

「そう言ってくれると、こっちもむずがゆいわな」


 あははは、と暢気に笑う。

 不思議そうにしている岡田くんは意味をわかってないし、問題なさそうではと不審げにしているキサブロウは気づかなかったようだけど、歯を噛みしめて必死に怒りを抑えているスバルは気づいたみたいだ。

 十にならないガキすらようく気をやる。変換したくないなあ。十代女子としては。

 結論だけ言うと、教授はやっぱりクソ野郎。それどころかゲス野郎だ。


「それじゃあ最後に面を拝んでいきますか?」

「やめておこう。それよりも、コブ持ちはいるかい?」

「ああ……旦那くらいだよ、それを聞いてくるのは。夜鷹に落ちそうな毒持ちを引き取ろうなんて酔狂な人だねえ! 抱くと毒がうつる。あとはいつお天道様のお迎えがくるかどうかって幸のない連中だってえのに。情でもあるのかい?」

「そんな娘たちの絶望が好みでね」

「へ……」

「冗談だ。伊賀の忍びの技にコブ取りがあるっていうんでね。覚えのある忍びに売り渡しているだけよ。つまり、女衒の仕事の糧ってことさ」

「……はあああ。旦那、ほんとに女の股ぐらをうまく商売に使うねえ。俺っち、感心したよ!」

「たいした話じゃない。さて――……移動する前に、虫がいるか確かめさせてもらおう」


 ルイが素早く指を動かす。そして天井に手をかざした瞬間、なにかが私たちに覆い被さってきた。布だ。理解するけどルイの静かにポーズは続行中。動くのもまずそうだと理解して、全員に目配せをする。

 ひた、ひた、ひたと足音が近づいてきた。牢獄越しに頭がぬっと現われて、こちらを睨みつける。姫ちゃんを七原くんが強く抱き締めた。

 けど姫ちゃんどころか私さえきょとんとした。教授の顔は覚えている。姫ちゃんもそのはずだ。だいたい尾張先輩が見せてくれた映像では、教授はどの時代も同じ顔をしていた。

 なのに、見えた顔は冴えない日本人のおじさんの顔でしかなかったんだ。

 訝しげにじろじろと睨みつけて、外見がまるで違う教授がふり返る。


「ここは空きかな?」


 声は明らかに教授のものだ。なら、外見をごまかしているとか?


『その通りだ。死人の顔でも使っているのではないかな?』


 悪趣味な……。


「ああ。旦那はいつも売ってくれた娘をつがいにするだろ? ちょうどひとつ空いちまってなあ」

「それは……申し訳ない。もうふたり連れてくればよかったな」

「いいんですよ。それよりも代金は毒持ちの分だけ、いつも通りさっ引いてよろしいんで?」

「そのとおりだ」

「ではこちらへ。毒持ちがいつものようにいやだいやだって騒いでいるんですよ。大人しくさせてやってもらえます? 旦那が触れると潮を吹いて昇天するでしょ? あれがみたいなあ」

「いいだろう。ではいこうか」

「へいへい。今日買った女たちの兜外しは、例によって去り際で?」

「そのつもりだ」

「アレも見物なんだよなあ。大勢が感極まった声を聞かせてくれるんだ。惚れ惚れするね、旦那の技には!」


 そこまで話してやっと視線を外した教授がどこかへ去っていく。

 扉の開閉音がきこえてから、ルイが片手でこちらを制して布の外から出た。指先を動かして複雑な形を三つ作ってから、人差し指でどこかを示す。その瞬間、教授がいた場所から虫の悲鳴が聞こえた。ぎい、ぎい、と甲高く鳴きながら姿を虚空より現した奇妙な虫がじたばたともがいている。

 ルイはまだ片手でこちらを制していたから、黙って見つめた。

 蛆や芋虫のように肉がこんもりと盛られたフォルム。先端が尖っていて、ドリルのようなものが頭についていた。二枚の羽根が左右一対に生えている。尻尾が妙に長い。

 あー……なにに似ているかわかっちゃった。最悪な気分だ。

 燃え尽きてようやく、ルイが布から出る。まだ待てのポーズのまま。

 注意深く周囲を睨みつけて、地面に手を触れてたっぷり十秒。ふり返って「もういいっすよ」と呟く。布が一瞬で消えた。すぐに立ち上がって、燃えた虫の残骸を睨んだ。

 一応たずねる。なあ、指輪。あの虫がなにか知ってる?


『言語化したくないんだろう? ならば敢えては言わないが、寄生虫の類いだな。人に入る。男は脳に、女は腹に』


 より詳細な場所を言わないでくれてありがと。


『相棒だからな』


 はいはい。それで?


『人が蟲毒で生み出した、隔離世と連なる虫だ。人を操るために使役される。現代ではもう絶滅して久しいな』


 ふうん? ちなみにいつまで生きてたか知ってる?


『さて。大戦で使われたという噂も聞いたが……我が魅了されるほどの人はいなかったゆえ、たいして知らんな』


 ほんと微妙な叡智ですこと!


『う、うるさいな! あんなもの使わなくても、我は人を従えられるの!』


 はいはい。そうですか。

 じゃあ、ルイがあの虫について気づいていたことについて何か意見は?


『印を切っての術使用。以前語らって暴いた通り、彼は忍びだ。それにあの虫は元々、彼らの祖先……つまり戦国時代や江戸時代の忍びが使っていたものだよ。だから覚えがあったんじゃないか?』


 ふうん?

 それだけかな……。


「ねえ、ルイ。その虫のこと、知ってるの?」

「え? ……さあ、無気味な虫っすね。隔離世でたまに見ますよ。身体を見せたら突っ込んでくる。肌に先端をあてられたら最後、男は死ぬし女は狂わされるんで」


 だいたい指輪と同じ説明をしておきながら、しかしすっとぼける。

 私の彼氏なりたてほやほやさんは、私に秘密を持っていることを自覚せずに告げたわけだ。

 楽しくなってきた。ルイと仲良くなって知っていこうじゃないか! 前向きに!


「ほかに虫がいる気配は? 見てから逃げられます?」

「気配はないけど、先陣は俺が切ります」


 牢獄に触れて錠前を一瞬で外し、戸を開けるルイが歩きだす。

 私の横をスバルが苛立たしげに歩いていった。


「あの野郎、ぜってえぶっ殺す」


 激怒の呟きをこぼす彼の背中を見て、とっさに手を伸ばそうとした。けどね、聖歌が着物の布地をがしっと掴む方が早かった。


「スバル、待って」

「あ!?」

「だめ。怒ってると失敗する。潜入するときは、感情を冷たくするの。顔真っ赤なスバルはあつあつすぎる」

「――……ああくそ、これって何かの悪い冗談だって誰か言ってくれ」


 頭を振って目元を手で押さえるスバルに歩みよっていくのはキサブロウだ。

 握り拳を頭に当ててすこし押して笑ってみせる。


「確かにお前は頭に血が上っている。それはお前が性根のいい熱い男だからだ。でも聖歌の言うとおり、いまはそれを発揮するべきときじゃない」

「ねえねえ。それって温泉の温度の話?」

「「 ……ちがう 」」


 岡田くんの妙な質問に、スバルもキサブロウも揃ってふり返ってハモってる。そして、それだけでスバルは自分のペースを取り戻したようだ。


「悪かった。聖歌とキサブロウの言うとおりだ。七原と姫と詩保、それに俺とキサブロウと岡田が真ん中。ツバキは美華とワトソンと後ろで、理華はルイの後ろ。ひとまずそんな配置であの野郎を追いかけるってところでどうだ?」


 気が強い詩保も美華も、ひょっとしたら実戦経験があるかもしれないワトソンくんも異論はないみたい。ツバキちゃんはワトソンくんと美華に守らせ、私はルイに守らせる魂胆だ。真ん中は七原くんを中心にする配置。一年九組全員で動くなら、現状ではほかにぱっと思いつく配置もないな。


「いきますよ」


 ルイに促されて、みんなで歩きだそうとしたけれどうまくいかなかった。

 聖歌がぱたぱたと列から離れて隣の牢獄に顔を寄せたからだ。


「ちょ、ちょっと。なにをして――……」


 あわてて追いかけて引っぱろうとした手が止まった。

 木の牢獄の向こう側にいる。肉が絡まり合っている。裸同士の少女だと気づいたとき、全身に鳥肌がたった。声はあげない。頭を覆う妙な仮面をつけている彼女たちはただ、貪るようにお互いの身体を擦り付け合っていた。どこがどのようにかを理解して、思わず全力で聖歌を引っぱったよ。


「あ、あれ……助けた方がいいんじゃない?」


 なんで離すのか非難するような聖歌の問いかけに惑う。


『ああ、理華。きみの考えるとおりだ』


 いやだ。知覚させるな。


『いいや、知るべきだな。かの教授どのは、あの虫を寄生させた女たちを、ふたり一組にして大勢売り渡している。彼女たちは知性と理性を失い、ただ快楽だけに反応する人形だ』


 頭に熱が入る。羞恥心よりもっと怒りとか殺意とか、そういうもののせいだ。

 綺麗事かもしれなくても、太夫を目指して生きている女性たちはたしかに存在する。

 けれど、これは違う。あまりにも違う。異常な人権侵害、甚だしい。

 あの仮面はなんだ。


『別種の虫ではないかな』


 詳細はいい。もう聞きたくない。


『……さて。どうする?』


 どうにかできるのか?


『頭の虫を殺しても、理華の考えるところの、いわゆる十代女子にとっては厳しい声を聞くことになる』


 それは断じて御免だ。ほかには?


『腹の虫退治をして、頭の虫退治かな』


 彼女たちは正気に戻る?


『それはない。一度食われたら身体を変えられる。それは不可逆なものだ。それゆえに忍びは扱いに気をつけていたはずだ』


 この時代の忍びってのは、ろくなもんじゃないな。いや、むしろ戦国時代かな? それとも……今後の徳川の繁栄のためにろくなもんじゃなくなっていくのか。どっちでもいい。

 要するに、もう手遅れ?


『しかし彼女たちが虫に寄生されながら一生涯を終えることはなくなる』


 ちっ――……それを幸福と呼ぶべきか、私には判断できねえよ。


『我にも、そして彼女たちにすらも判断できまい』


 胸くそ悪い。ああいう男は――……消すべきじゃないか?


『我と同じ道を歩みたいのなら、いくらでも手段はあるが。果たしてそれは、理華の進みたい道なのか?』


 ……わかってるよ。

 正気を取り戻させる術はないのか?


『我というよりも、同行者の指輪に覚えのある力はあるが、直ちには無理だろう』


 へ?


『我にも理華にもどうすることはできん。だが?』


 促すことはできる?

 門を抜ける前に言っていた、誰かの指輪の魂が打開策を持っている……か。

 誰なのかは――……言うまでもないな。煽ればいけると思う?


『理華の記憶を見るに、やり方次第だが。覚醒を手助けするか、それとも奴を追いかけるか。どちらを先に選ぶ? あまり時間の猶予はないぞ』


 構わないよ。

 真似て学ぶ。春灯ちゃんたちがどうするか考えたら答えはひとつだ。

 私自身はスバルのようにあいつを消したくてたまらない。けれどそれが生かす道か殺す道かを考えたら、答えは明白だ。私はいかす道を選ぶ。


「ルイ、待って。みんな、牢獄を開けて中の女性を助けない?」

「ちょ、なんだよ! あいつを殴りに来たんじゃねえのか?」

「スバルの言うことももっともなんですが――……ねえ、姫ちゃん」


 私に名前を呼ばれて、姫ちゃんがびくってした。


「あいつの行く末はたぶん、放っておいても春灯ちゃんたちがどうにかしてくれるから、見られます。でも――……ここにいる人たちは?」

「え……」


 戸惑いながら、姫ちゃんが恐る恐る牢獄に近づいて中にいるふたりがどんなことになっちゃっているかを見て、思わず口を手で押さえていた。


「ルイの言葉を参考にすれば、彼女たちはすべからく教授に気持ちの悪い虫を植え付けられて、正気を失った可哀想な人たちです。ねえ、ルイ。彼女たちを助けられますか?」

「――……いや」


 私を見て、かなり悩ましげに表情を曇らせてから俯く。


「一度、虫が身体に入りこんだら終わり。もう元には戻りません」

「くそが!」


 その言葉を聞いた瞬間、スバルが思いきり壁を殴りつけた。

 岡田くんさえ、なにも言わずに痛ましげに牢獄の向こう側を見ている。


「私にも無理そう……ねえ、ワトソン。なんとかできないの?」

「美華、きみの願いなら受けたいところだけど……申し訳ないが、私にも術がない」


 深いため息がこぼれた。身体をこすりつけあう彼女たちの姿はいっそ滑稽だった。男の子たちの反応すら暗くて鈍い。スバルなんか激怒の真っ最中。それくらい――……歪で醜悪な人に狂わされた女の子たちの姿は悲劇でしかない。

 七原くんに寄り添われて、詩保に手を握られて――……姫ちゃんが歯がゆい顔をしている。悔しそうな顔も。怒りと、そして腹立たしさも。


「――……だから、姫ちゃん。あなたにお願いするんです」


 みんなが私を見つめてくる。

 けれどもう、私には――……見えている。


「けりは春灯ちゃんたちでも私たちでも、がんばればなんとかなるかもしれない。けどね? 彼女たちは――……たぶんきっと、あなたこそ、なんとかできるんじゃないかな」


 指輪が三つ。それが何を意味するのかわからないけれど――……でもね? 江戸時代に来る前に起きた事件のすべてが、あなたを指差している。


「教授によって狂わされた人たち。春灯ちゃんも含めて、大勢の人が彼によって苦しめられた。なかったことにはできないかもしれない。でも……」


 直感が指し示している。多くのことを乗りこえた私の経験値が声高に彼女の名前を呼んでいる。


「あなたはどうしたいですか? 自分のように、あるいはそれ以上に醜悪な目にあった女の子たちを放って――……あいつを殴りにいきますか?」


 苦しむのはわかる。ふたりが私を非難するより寄り添う姫ちゃんを気遣う。

 ただただ、あとはもう……彼女の選択、それだけ。


 ◆


 理華がなぜ、急に私を名指しするのか意味がわからなかった。

 本当に? 七原くんと詩保が熱をくれる。心配してくれる。でも私の気持ちは、あちこちの牢獄に囚われた女の子たちの悲しい姿にこそ囚われていた。

 傷つけるやり方は世の中にやまほどある。悲しいけれど、私はそれをあの国で何度も目撃した。世界的にもあまりにむごすぎるテロ事件の余波で、私が物心ついたときからいろんな悲しい差別があちこちで生まれていた。パパもママも、国として潔癖な場所などどこにもないとわかりながら、それでも自由の国の空気を気に入っていたけれど。

 私は見てきた。どのような差別かを口にするのもうんざりするような、心ない人々の行動を。

 けど、これは、あまりにも惨すぎる。酷すぎる。

 教授はこんな悪意を、ずっと昔からばらまいていたんだ。そう思うと、たまらなくやるせなくなるし、無性に悔しくなる。許せないとすら思うし、怒りが膨らむばかりだった。

 けど……あの人を殴るとか、そういうことよりもっとやりたいことがある。


『――……それは』『なあに?』『私たちに教えて?』


 たまにきこえる声に目をぎゅっと閉じて、祈る。両手を組み合わせる。

 己の信じる神のせいで、それを信じない、どうでもいい人たちの攻撃材料にされていやがらせをされていた近所の友達がいた。

 けれど彼女は笑顔で毎日スクールに通っていた。近所だから、何度か目撃した。いじめっこたちが彼女にちょっかいをだしにきては、ひどい言葉をぶつけたりする場面を。

 なのに彼女ははね除け続けた。それがどうしたと胸を張って、毅然と振る舞い続けていた。

 強いんだと最初は誤解していた。でも――……ひとりぼっちになって泣きだす彼女を見て気づいた。ちがうんだ。傷つけられているんだ。それでも負けないと思って、立ち向かっていただけ。

 いじわるされても仕返すんじゃなくて、生きたいように生きれる人は多くない。やられたらやり返せ。倍返しだ。ぐうの音も出ないくらい追いつめて、力関係を示せ。

 警官ですら乱暴する。不当に人を傷つける。万能なものも、完璧な世界もない。

 問われるのは、どう生きたいか。

 彼女のような人を助けたい。私は、誰かの悪意に飲まれた人の傷を、酷い目にあった瞬間を――……乗りこえられるように、変えたい。

 自分で、彼女たちが胸を張って傷つけられずに生きられるような世界に変えたい!

 七原くんとの恋を自分で掴んで進めたように。自分の思うとおりに、現実を変えたいんだ。


『過去』

『現在』

『未来』

『『『 すべてを変える鍵を手にする覚悟はある? 』』』


 三人の女の子の声に不安になったけれど。


「姫。こっちを見て」

「無理はするな。けれど……逃げる必要も無い。俺たちがいる」


 詩保がいる。七原くんがいる。


「よくわかんないけど。僕らにできることをやろう。戦いは嫌いだ。それ以上にもっと……女の子が酷い目に遭っているのは、嫌いだな」

「確かに。自ら望んで生きる花道とは、これはあまりに違いすぎる。断じて見過ごせない。同じくらい、仲間が塞いでいるのも気にくわない」


 むすっとしながらみんなを気遣う岡田くんもいて。

 スバルの背中を叩いて笑うキサブロウもいて。

 うざったそうにしながらも、スバルは壁を殴った拳をこちらに向けて笑う。


「ここまできたら一蓮托生だ。姫にできようができまいが関係ねえからな。好きにしていいぜ」

「同じく。でも、姫なら楽勝」


 ガッツポーズを見せる聖歌に笑う。


「あなたの選択に委ねる。理華に見えているものはきっと、姫にとってもっと先まで見える景色じゃないかな」

「……いま、浮かべている顔の奥底にある気持ちが答え。ボクも信じる」

「あんま時間がないんで、ちゃっちゃと決めちゃっていいっすよ。気軽にね」

「そういうことなんで、姫ちゃん」


 美華が、ツバキが、ルイが、理華が背中を押してくれる。


「「「 どうする? 」」」


 昂揚のまま、胸に手を当てた。指輪が熱を持つ。理華がかざした時から疼いていた熱だ。

 それは確かな力を感じさせてくれるんだ。未来かな? わからないけれど。

 覚悟はできたよ。みんながいてくれる。なら、私はどこまでも私らしくいられる!


『『『 今こそ盟約を交わすとき! 時任姫に時渡りの鍵を! 』』』


 胸の内から溢れてきたの。手の中に入り込んで暴れたがる。思わず掲げたら、それは大きな杖になるの。目まぐるしく形を変えて、鍵の形に変わっていくんだ。

 ほとんど無意識に目の前の牢獄にあてる。鍵穴が自然と生まれて、先が飲みこまれた。


『右は未来へ』


 回す。回すほどに、牢獄の木が朽ちていく。そして土塊に変わった。

 どきどきしながら、歩みを進める。兜をかぶらされて絡み合う女の子ふたりに鍵を向けた。鍵穴がふたつ、女の子の身体に浮かぶ。

 それらは一瞬でひとつの巨大な穴へと変わった。迷わず貫いて、


『左は過去へ』


 回す。くるくる、くるくる。不意に女の子ふたりの下腹部から糸が出てきた。回すほどに外に追い出されていく虫をルイが燃やす。さらに回すと兜が剥がれた。それは巨大な虫で、それもやはりルイが燃やしたの。

 恐怖の顔を浮かべた女の子たちが穏やかな表情になってすぐ、鍵を引き抜いた。穴は消える。

 後ろによろめいて、七原くんと詩保に受け止めてもらったの。


「――……はあ、はあ……はあ」


 遅れて、自分がすごく興奮して荒い呼吸をしていることに気づいた。

 横を駆け抜けて、理華がふたりの女の子に尋ねる。


「ふたりとも、大丈夫ですか」

「え……と、あれ。おら、売られるって聞いて……」

「わ、私、どうしてこんなところに――……あ、あああ、あああああ!」


 悲鳴をあげはじめる女の子を迷わず聖歌が抱き締めた。隣の女の子もすぐに恐慌を来すけれど、まとめて聖歌が抱き締める。だいじょうぶだよって何度も繰り返し話しかけながら、ふたりの背中を撫でるんだ。

 聖歌のはぐには不思議な力があるの。理華だけじゃなくて、私も含めたクラスの女子はみんな餌食になっているんだけど、気持ちがぽかぽかしてすごく落ちつくの。

 聖歌のマジックにやられて、女の子たちが平静を取り戻す。


「あ、あ、あの男の……おっかねえ。ありゃあ、おっかねえ」

「……死んでいるような気持ちだった。ありがとう、ありがとう」


 必死に頭を下げる女の子たちをなだめる聖歌を横目に、理華が私を見つめてくる。


「姫ちゃん、まだまだ残っています。やれますか?」


 手にした鍵を見つめる。これがどういう力なのか、まだちっとも把握してないけど。


「もちろん!」


 やる! それしかあり得ない!


「ルイ、ワトソンくん、七原くん。スバル、岡田くん、キサブロウ。そして……美華と私で、教授がいつ戻ってきてもいいように迎え撃つ準備を。ツバキちゃんと詩保は助けた娘さんたちを一箇所に集めて、いつでも逃げ出せるように!」

「「「 了解! 」」」

「私たちなりの初戦! 予想とはずいぶん違いましたけど、私たちにしかできない初戦っぽくなってきたじゃないですか! いきますよ!」

「「「 おーっ! 」」」


 みんなで拳を突き上げて、気持ちをひとつにしたの。

 助けるよ。みんなまとめて私が絶対に助けてみせるから、待っててね!




 つづく!

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