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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十九章 大江戸化狐、血恋新月帳

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第五百四十四話

 



 私はキラリとマドカと協力しながら、違和感を覚えていたの。

 いつもなら、私たち三人の合わせ技なら邪を消すくらいできてもおかしくない。

 なのに私たち三人の合体星に貫かれても、邪はその場を立ち去るだけ。

 欲望を満たせていないから? それとも、そもそも現代の邪と根本的に何かが違うから?

 わからない。ただ、三人でできる可能性にはまだ先があるようだし、今の私たちには足りないものがあると判断せざるを得なかった。

 星で間に合わなくても大丈夫。心配いらない。みんながいる。特に私たちに構わず暴れ回る村正さんとギンのペアや、ミツハ先輩や、なによりあきさんから刀を渡されて無双しまくる十兵衞がいるから問題ないの。

 強いて何か課題を述べるとするならば、それは一年九組を助けることに成功しすぎている点かな。彼らの成長を促すだけの仕掛けができない。去年の私たちだって、弱っちい邪を投げ渡されたくらいでしかなかったもんね。それだって、四月の末の話だし。いまの彼らに無茶ぶりはできないし、するべきじゃないし、それをミコさんにお任せしちゃった時点で私たちは大いに反省するべきだった。

 あらかた片付いたときになって、空からミコさんが降りてくるの。

 輝きまくりの笑顔が暗に私たちを責めている。ほらね? 頼ったら、こんな風になっちゃうし、それじゃあ先へは進めないよね? そんな風に言いたげですよ。

 主導権は常に自分たちで握って行動していくべきだと痛感しているから、ミコさんが何かを言うまでもなく私たちは項垂れる。


「ええ、わかってる。そんな顔しないでちょうだい」

「なら結構。さて、それじゃあ次の段階の話をしましょうか」


 コナちゃん先輩のうんざり声を軽く受け流して、一年九組ではなく――……ミツハ先輩とあきさん、それに村正さんと十兵衞を見つめるの。


「江戸時代の彼らの技を学ぶこと。霊子のあり方と使い方に至れば、己の魂の発現の仕方も自ずと見えてくる。引いては?」


 視線で促されて、コナちゃん先輩は直ちに答えた。


「後輩たちの指導にも使えると?」

「そういうことね。あなたたちが己の甘さを顧みずに来なければ私が教えていたけれど。やはり、本来ならばあなたたちが会得して伝えるのが筋ではないのかしら」

「それはごもっともなんだけど。じゃあ、あなたはいったい何しに来たの?」

「もちろん春灯を抱き締めに来たの! それが本命! 美華も甘やかしたいし、青澄の血筋に出会えたのも幸運ね! この巡り合わせを確認しにきたわ」


 さらっと本来の目的は私たちの要求と合致していないことを明かすミコさん、やっぱり昔から半端ない。


「本来、私はそちらの閻魔の姫と同様に……あまり現世で隔離世の知識を広めることができないの。おおっぴらに行動すると、あなたたちの根城で寝ている兄妹のようによからぬ連中に見つかるからね。それは本意ではない」


 根城で寝ているふたりといえば、暁先輩とアリスちゃんのことだ。

 黄泉の国の女王に目を付けられたという。ミコさんほどとんでもない人になると、異界の人たちとなにか取り決めがあるのかもしれない。


「だから、あなたたちが繋いだ絆でなんとかしてほしいというのが本音。明かせてよかった」


 しれっとめちゃくちゃなことを仰る。


「つまり私たちが甘え倒していたら、あなたは面倒を見てくれたわけよね?」

「彼らのうちの何人かが脱落し、あなたたちの元に戻した私は平然と手を切る結末になっていたけどね」

「……あくまでも私たちが行動すること前提に、一年生たちを無茶なやりかたで移動させたと言い張るつもり? 事前に相談してくれたなら、こちらだって然るべき手を打っていたのに」


 いまいち信用しきれていないところに、打ち明けられたミコさんの本意はあまりにも刺激的すぎて、言わずにはいられないみたい。コナちゃん先輩の指摘にミコさんは涼しい顔を崩さなかった。


「場当たり的だし、先の見通しが立っていなかったじゃない。私が指摘しても時間が掛かっていたはず。荒療治をすればすぐに気づくと“わかっていた”から、こうしたまで」

「ああもういい! あなたと関わるとペースを崩されるっていうのが、よくわかった。それは決してあなたのせいっていうだけじゃなくて、私たちの未熟だといいたいわけでしょ?」

「ご明察」

「……はあ。さっさとやることやって帰って。あとは自分たちでなんとかします」

「はいどうもー」


 にこにこゆるめに返事をして、とととって駆け寄ってきたミコさんが私をぎゅうって抱き締めた。現代で初めて会ったときもそうだけど、かなり気に入られているなあ。美華ちゃんが嫉妬心剥き出しにして睨んでくるので心が痛いです。


「ううん! そうそう、この感触! やっぱりあなたはこうでないと!」

「ええとう……感触という意味でいえば、あきさんも私とそっくりなので、あきさんでもいいのでは?」

「だめだめ。魂のありようが、そこの娘は――……ああ、そう。気づいていないのか。じゃあやっぱり、私が出るまでもない」


 私からすっと離れて、ミコさんが極上の笑みをあきさんに向けるの。


「後は任せても?」

「……十兵衞さまがいらっしゃいますれば、わたくしの出番など」

「だめよ。玉藻だけじゃない……あなた、何人宿しているの?」


 ミコさんの問いかけに、すごくどきっとした。

 その言い方に動揺したのは私だけじゃない。二年生以上のみんなだった。

 内に御霊を宿す私たち。その数は正直、あまり多くない。ひとつが限界っていう人のほうが多い。二刀を手にしている時点で破格。何本も持っているタツくんの凄さは刀の数にある。

 なのに、まるでミコさんの言いようだと、あきさんは内に数え切れないくらいの御霊を宿しているみたいじゃないか。


「さて。把握できておりませんので」


 しれっとあきさんがとんでもない発言をする。

 愕然とする私たちなんて構わずに、ミコさんは鼻息をふんとだして「いいからやって」と伝える。最初は断ったのに、あきさんも仕方がなさそうにうなずいていた。それさえ不思議。でももう、いっそなにが起きても不思議はないや。江戸時代に来ているんだもん。

 ショックなことが立て続けにしれっと目の前で起きて麻痺している私たちを一瞥して、ミコさんは美華ちゃんを抱き締めた。

 何も言わない。ただ、離れたときにはもう、美華ちゃんは晴れ晴れとした顔をしていた。何かを話しあった気配はない。囁きすら私とキラリとマドカの獣耳は逃さないから、ミコさんは口を開いていないのは明らかだった。不思議なことだらけだ。ほんとに、最初から最後まで。


「それじゃあ先に帰らせてもらいます。どうしても危険なときは美華に伝えて。いつでも甘やかしてあげる。でも――……その代償は高くつく。できれば自分で支払ってね? 士道誠心のみなさん?」


 お辞儀をして、影に吸われるように落ちていく。そのまま消えちゃうの。ミコさんは私たちの知らないことをいくらでもやれちゃう人だ。

 痛感するの。私たちはまだまだ知らないことばかりなんだって。

 でも関係ないね。知らないなら知っていけばいいのだし。


「あきさん、あのう。いろいろと聞きたいんですが……私たちがあるべき世界に帰るために、お力をお借りできますか?」

「そうですねえ……春灯さまは十兵衞さまに教えを請うのがよろしいかと存じますが」


 あれ!? 私いま、ご先祖さまにさらっと丸投げされました!?


「まあ、でも……そちらの女性と一日すごせば、あるいは明日には光明も見えるかと」


 ご先祖さまが期待を向けているのは、ミツハ先輩だった。

 刀鍛冶の中でも、カナタを越える人。もしかしたら、シュウさんレベルなのかな。それは考えすぎ? でも、士道誠心の中で、南隔離世株式会社の中でも屈指の実力者なのは確かな事実だ。


「可愛い女性のお誘いとあれば、私に断る理由もない。ただ、そうだね……緋迎、佳村、並木、柊。四人は私についてきてもらう。要は、霊子を知る必要があるんだろ? なら刀鍛冶の出番だ」

「「「「 え、えっと 」」」」

「返事は?」

「「「「 は、はい…… 」」」」


 強弱関係はいっそ露骨。コナちゃん先輩にとってミツハ先輩は師匠のようだし、それはノンちゃんやカナタも同じみたい。カナタはきびしくされてばかりで、若干うんざりしているみたいだけどね。柊さんも刀鍛冶として、ミツハ先輩の凄さときびしさは思い知っているのかも。


「よし。じゃあ侍候補生連中を現世に戻す。並木、いまのうちに引継ぎが必要なことは?」

「ユウヤ先輩ならすべて把握していらっしゃいますので……ですよね?」

「おう。これくらいなんとかできないようじゃ、南たちに顔向けできねえ。一日と言わず何日でも鍛えてこい。スケジュールの範囲内で、毎日報告連絡相談してくれりゃあ文句はねえよ」

「了解です。さ、さすがに何日もはかからないかと」


 引きつった顔で言うコナちゃん先輩の内心がダダ漏れだ。カナタのへこたれた顔も、ノンちゃんの青ざめた顔も。柊さんに至っては、無表情でぶるぶる震えているし。よほどミツハ先輩のしごきはきついのかもしれない。

 合掌!

 近づいてきたカナタが囁く。


「俺は死ぬかもしれない」

「なにいってるの! 元気出してがんばってきて? 私も修行がんばるからさ! 明日は二回目の逢瀬もあるだろうし、それまでに戻ってきてよ? 守ってくれるんでしょ?」

「……がんばります」


 とぼとぼと去っていく背中を見ると複雑。

 しゃきっとしているところばかり見せてくれていた去年と比べると、カナタの心がもっともっと見えてくる。あれできつい人は苦手なんだよね。映画の撮影でも結構へこたれていたし。お姉ちゃんとケンカすると、よくへこたれているんだ。実はね? 内緒だよ?

 コナちゃん先輩がレプリカを使って私たちを現世に戻してくれた。

 途端に尻尾が九本飛び出てくる。猛烈な脱力感を覚えた。濃すぎる隔離世の霊子が消えたからだ。そうと気づくと、現代の現世はほとんどゼロっていっていいくらい薄い。

 江戸時代の隔離世と現世、現代の隔離世と現世。それぞれなにがどう違うのか。

 ミコさんは教えてくれそうにないし、自分で答えを見つけるしかない。

 もしかして、その答えがわかったら――……それこそ世界さえ変えられるかもしれない。

 その必要があるかっていうと、正直微妙だけど。

 江戸時代の隔離世の居心地の良さに一度でも慣れちゃうと、現代の隔離世よりも霊子に満ちている江戸時代の現世さえ物足りなく感じる。それくらいの圧倒的な快楽のつまった居場所だった。

 見れば岡島くんも茨ちゃんも不満げな顔をしているし、キラリやマドカも、コマチちゃんやユニスちゃんたちも、二年生以上はみんなみんな落ちつかない顔をしていた。

 たった一回だけでこんなに心が囚われるのなら、この時代を過ごして現代まで生きているミコさんは何を思っているのだろう。適応して堪能して満喫して、自分なりに遊ぶように一途に生きているようだけど。

 もし――……もし、仮に、ミコさんのような長寿の人がいたのなら。そして、現代の霊子の枯渇ぶりにうんざりしていたとするのなら?


「さて、稽古に戻るとするか。春灯」


 木刀を十兵衞に投げ渡されて、あわてて気持ちを切りかえる。

 考えすぎだよね? そんな人がいたら、それこそクロリンネの首謀者だったりするのかな、なんて――……。


 ◆


 急激な脱力感に苛まれて、一年九組はルイと美華さえ含めて寝込んでいた。

 襖の向こう側で春灯ちゃんや仲間トモカ先輩たちの稽古をする声が聞こえる。かの柳生十兵衞三厳が剣の稽古をしてくれるというのだから、もちろん理華としては見ていたい。

 けどねー。身体がガチで動かない。指先ひとつさえ動かせないダウンだぜ。ああしんどい。

 詩保もツバキちゃんも聖歌も美華も姫ちゃんも爆睡中。隣の部屋から男子たちの豪快ないびきもきこえてきた。岡田くんに至っては寝言が止まらない。うるさくて枕を頭にかぶせるんだけど、だめ。

 疲れ切っているのに眠れない。心が早鐘を打ち続けている。目にした光景のあまりの凄さを忘れられない。

 死にかけた。それは間違いない。明坂ミコさんに見守られながら私たちは鬼ごっこをしたり、リンチされそうになったりした。

 美華の心酔ぶりと性格を思えば、明坂ミコが語って聞かせた刺激的な内容のいくつかはブラフでしかない。たぶん代償を支払わせる気もなければ、私たちに犠牲者を出させる気すらなかっただろう。

 生徒会長もそれくらいは見抜いていたはずだ。それでもうんざりしたのは、明坂ミコが私たちの頼り方に憤慨していて、それに気づけなかった自分たちの未熟に気づいたからだと私は推測している。

 学生は無邪気に教師に甘える。学校に甘える。これくらいしてくれて当然だと押しつける。けれど冷静に考えてみると教師も同じ人だ。となればもちろん万能じゃない。教師たちの集合体である学校だって同じだ。公立も私立も、かかるお金は違えどすべてを保証はしない。

 無意識に私たちは生徒たちの面倒をみてくれるって信じてしまうけど、ひどいニュースが出るたびに批判される学校の数を数えてみたら、限界があるって察したほうが利口だよね。

 人生設計を思えば、より必然的に見えてくる。周囲に頼ることには限界がある。自分の面倒はまず誰より自分が見るべきだ。それが当たり前の事実。そのうえで頼れる人が多いとラッキーくらいなもんだ。親とか兄弟とか親戚とか友達とか恋人とか伴侶とか。あるいは学校とか会社とか自治体とかボランティア団体とか国とか。保証してくれる人が多いほど、私たちは生きやすくなる。

 国は保証してくれている。人権も、最低限の生活も。だから世の中バッシングされがちだけど、生活保護という仕組みがあるのはすごく大事なことだ。これが企業とか学校になると、途端にうまくいかない瞬間がくる。最低限の保証と、その担保はなるべく確保したほうがいい。欲を言えばそのラインは高いほうがいい。自助努力もそりゃあ大事だけど、それだけが大事なわけでは決してない。未来の自分に何が起きるのか、誰にもわからないのだから。

 でも対個人間の話において自分のことで精一杯だったりすると、たまにうんざりしちゃうんだよね。私も絆をたくさん結んで相談にたくさん乗っているし、乗ってもらっているから痛感するよ。このタイミングでそんな雑に甘えてくんなよとかって思うこともある。誰もが万能じゃないから、常に最高のパフォーマンスで生きられるわけじゃない。そんなのは幻想だ。

 スポーツ選手がマインドセットに自分のためのパワーワードや儀式をしたりするのだって、結局最後は自分のメンタルが障害になる側面もあるってことだしな。

 しゃんとしろっていう明坂ミコのメッセージは痛烈すぎて、生徒会長もへこたれていたんだろうな。楠ミツハ先輩の苛烈さは既に噂で聞いている。先輩刀鍛冶のみなさんが「まじかよ……」って顔をしながら従っていた時点で、噂は事実だったとしか思えない。それでも生徒会長は従った。その必要があると認めたからだ。

 春灯ちゃんたちも自分を鍛えるためにがんばっている。私たち一年生は正直、ついていくのがやっと。これが経験の差だ。資質の差だと自分を責める必要はない。春灯ちゃんたちだって、ミツハ先輩にだって、慣れないであくせくしていた時期はあったはず。

 わかっている。わかっているのに。


「ああもう」


 苛々する。聖歌のように選べない。春灯ちゃんたちのように暴れられない。

 悪意を向けられると、力を振りかざしたくなる。そうしてすべてを傷つけて、台無しにしてしまう。その行為の行き着く先は孤独だ。孤独しかない。

 私は心をくすぐられる人たちと一緒に生きたい。けど私の素直な反射は可能性を閉ざすものだ。理解しているから歯がゆいし、こんな自分を変えたくて仕方ない。


「――……ん、んん」


 むずがるような声を出して、寝返りを打った聖歌が背中から抱きついてくる。その途端に寝息が健やかになって、熟睡に入っていくんだ。

 あたたかいし、やわらかいし、とんでもなくいい匂いがする。

 江戸時代にきてからずっと、聖歌に救われている。苛立つ気持ちがすっと和らいでいく。

 そんな自分がみじめで、情けない。

 先送りし続けた結果、今日はなにもできなかった。

 私の刀の意味ってなんだ? 私の指輪の意味ってなんだ?

 天使になりたい。なのにどんな天使になりたいかをまだ見つけられてない。

 春灯ちゃんのように輝きたい。聖歌のように優しい生き方をしたい。

 模倣するのは最初の手段。世間じゃぱくりは悪みたいに言われているけれど、学習は真似ることから始める。一足す一は二という法則を真似て、あらゆる計算をするように。言語を使い表現することを真似て、平仮名まみれの物語の感想を書くように。書道はお手本を真似る。絵だって同じ。音楽も。なにもかもが、真似ることから学ぶ道を示してる。

 枕をあげて聖歌を見た。無邪気な寝顔で私の背中に頬ずりしている。幸せそうな顔しやがって。

 抱き締めてみる行為を真似て、何度もしてきたように隣に寝ている美華に手を伸ばす。引きよせて抱き締めても、美華は起きない。一度寝ると、何をされても起きなくて、朝まで熟睡するタイプなんだよね。何度も顔を埋めたお乳に今日も顔を当てながら、深呼吸をする。

 人の体温って落ちつく。聖歌はそれを本能的に知っているんだ。美華の体温にも慣れた。起きても美華は私を離そうとしない。なんだかんだいって、毎日私が起きて離れるまでくっついていてくれる。一度聞いたことがあるの。いやじゃないのかって。そしたら、美華は言っていたよ。


「明坂で活動しているとき、ずっと激務だったんだ。で、メンバーの先輩たちが一緒に寝てくれたの。それだけで、なんていうか……気持ちが軽くなるって知ったから。理華なら別にいやじゃないよ」


 こいつ良い子だなあってしみじみ思ったから、よく覚えているんだ。

 聖歌のようにやってみて学んだのは、好きな人とくっつくのはありだっていうこと。シンプルだけど、すごくいい。効き目は抜群だ。

 世の中には人を抱き締めて回っている人がいるという。その人に抱き締めてもらうために、多くの人が集まるようになったとか。現代に戻れば、その日も、次の日も、その人は誰かを抱き締め続けるのだろう。それってなんだか、とってもハッピーな話だ。

 ルイと抱き締めあうのも、だから実はすごく楽しみだったりする。お姫さま抱っこはマジで最高だったけど、普通にハグするのも今から期待しているんだよね。

 そんな行為の延長線上にキスやえっちがあるのだとしたら、悪くないって思えた。

 とんでもない行為のように思っていたけどさ。実はそうでもないのかなって。大人になったら、むしろカジュアルにするっていう考え方もあるみたいだし。日本人にはなかなか根付いてないみたいだけどね。でも、大人のデートにはえっちも自然とありって感じだし。

 体験してみたら見えてくるものがある。いや、えっちな話題に限らずさ。そのために私は自分の知らない世界に生きている人と知りあって、いろんな体験をして、厄介事にも率先して首を突っ込んできたんだ。

 なら、まず体験して考えて分析して、自分のものにしていくだけじゃね?

 美華と聖歌のぬくもりに挟まれながら考えていたら、わかってきた。

 なんだ。いつも通りにやればいいだけじゃね? だとしたら、悩むだけ損じゃね? 行動あるだけじゃね?

 ルイにだって前向きに仕掛けてきたんだ。指輪のことだって、人生のことだって一緒だ。

 一度に一気に進めるときばかりじゃない。どうせ人生相手なら長期戦なんだ。短距離走になったり長距離走になったりするけれど、死ぬまで動き続けることには変わらない。

 だから私はやりたいように生きるのだ。


「なんだ」


 やっぱりへこたれすぎて前が見えなくなってただけじゃん。


「うっし」


 寝るか。美華のお乳ってことはアイドルのお乳ってことで、たとえ同性相手でもかなりの御褒美であることには違いない。美華のお許しも出ているわけだし、堪能させてもらわないとね。

 聖歌の体温もめちゃめちゃ心地いいし。気持ちの整理ができたから、すぐに寝られるだろう――……。


「――……う、うう」


 そうもいかないようだぞ?

 目を開けて、ゆっくりと体力の戻ってきた身体を起こして声の聞こえたほうを見る。


「う――……あ……ううう」


 姫ちゃんだ。詩保と手を繋いで寝ている姫ちゃんの顔が苦しげに歪んでいる。

 あまりに呻くもんだから、そばにいる詩保が目元を歪めて起きた。


「あ、れ……姫?」

「姫ちゃん、だいじょうぶ?」


 呼びかけたけど、詩保は首を振った。

 繋いだ手にどんどん力が入っていく。姫ちゃんの髪が一瞬、金色に染まった。その中の数本がぴんと立つ。それは瞬く間に赤黒い色に変容するのだ。三本が溶けて消えた。けれど残った数本がぶわっと玉のように巨大化して、破裂する。


「「 え――…… 」」


 内から何かが飛び出た。かさかさかさ、と生理的にきつい音を立てて、何かが這い回る。

 いやな予感しかない。それでも見ずにはいられなかった。


「ひっ――……」

「いやあああああ!」


 息を吸いこんだ私と違って、詩保は叫んだ。そうするべきだった。

 四つの肉の塊がいた。尻尾を生やしている。人とよぶべきかわからない。頭も身体もどろどろで、血が滴っているし、内臓が露出していた。

 襖が開く。駆けつけてきてくれたんだ。


「どうしたの!?」


 春灯ちゃんの声だ。ほっとするのは、けれど早すぎた。

 四つの肉の塊は勢いよく春灯ちゃんの横を飛び抜けて出ていった。


「な、なに!?」

「キラリ!」

「仲間!」


 マドカちゃんとキラリちゃんの叫ぶ声がする。雷が落ちるような音が続く。

 放心している場合じゃない。あわてて姫ちゃんを見た。

 気絶している。詩保があわてて揺さぶると、ぽやっとした顔で目覚めてつぶやいた。


「なんか……いやな、夢を見た気がするんだけど……なに?」


 きょとんとする姫ちゃん自身は気づいていないんだ。けど、なにかが起きた。そして、気持ちの悪いことに……戻ってきたキラリちゃんたちは、逃げられたと悔しそうに唸ったの。

 何かが動き出した。そのきっかけはなに? 万能感たっぷりな明坂ミコですら気づかないような、何かが眠っていた? だとしたら、それってどんな存在?

 考えれば考えるほど無気味だった。

 より無気味なのは、壁には血や臓物の痕跡など欠片も残っていないところだった――……。




 つづく!

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