第五百四十二話
食事会は和やかに進んでくれるかと思いきや、ミコさんとコナちゃん先輩の睨みあいで始まりました。いただきます、と小声で言う私に一年生たちが続いてくれるんだけど、カナタをはじめ、二年生から卒業生にかけては全員がミコさんを警戒しているの。
しょうがないと思う理由を強いてひとつあげるとすれば、それは以前、ミコさんのお宅にコナちゃん先輩たちとお邪魔して牽制された一件が尾をひいている可能性があります。
私としては、素直に甘えたいかな。
教授に連れ去られた事件のときも、いつでも助けられるように見に来てくれたし。テレビ局の人が隔離世に撮影に来たとき、窮地に陥った私たちを助けてくれたし。
ミコさんは自分が認めた相手をとことん甘やかすし、厳しく襟を正すように叱ってもくれるし、どちらもミコさんがとびきり優しいからしてくれることだって気づいているの。
だからね? 頼っちゃう。
やっぱりお助けキャラって基本的に頼れる素敵な人だもんね。ひとつなぎの財宝を手に入れようとする男の子の兄貴分みたいにさ。かっこよくていけてる人だから、お助けも似合うっていうか! だから全員一致でミコさんの力を借りようって結論を出したんだけどね。
自立心を尊ぶコナちゃん先輩や、舵を切るのは自分たちでという気持ちの強いユウヤ先輩やミツハ先輩は正直あまり納得していないみたい。
ミコさんはそういう先輩たちの気持ちを当然のように理解して、微笑みながら言うの。
「別に手助けが必要ないのなら、私も見守るつもりだけど。そのほうが楽だし? けれど、美華を通じて繋がった私を追い出さない時点で、その態度はどうかと思うの。いかが?」
刺激してくる!
そばにいるお姉ちゃんは気に入らないっていう顔してるし、キラリもマドカも出方を窺っているだけ。カゲくんとかギンはにやにや笑っているけどね。鷲頭くんもトラジくんもか。
戦いたがりは前のめり。向きあっているだけなのに、ミコさんの底力を感じてその気なのかな。はらはらしている私の後ろで咳払いをした人がいた。
「失礼。では僕からいいでしょうか?」
シロくんだ!
「お呼び立てしたのは他でもない、僕たちが現代に戻るための手助けをしていただきたいからです。その手段を伺っても?」
先輩たちは止めたりしない。シロくんに任せてくれるんだ。
すごくどきどきした。マドカが活躍すればするほど、シロくんは引っ込むことが多くなってきていたけれど。
そもそも去年の一年九組の参謀役で、みんなの知恵役だったんだ。テストの成績は常に上位。作戦を立てていつだって私たちを盛りたててくれた。
私と同じで運動が苦手なのに剣道部に入って、幼なじみのギンに追いつこうと必死でがんばっているシロくんの行動に胸が熱くなるの。
「あなたの――……そうね。恋人とあなたの実力の違いは何か。定義を語れる?」
「――……それは」
ふり返ると、ちょうどシロくんがトモを横目で見ていた。
トモは私を助けるために、それこそ雷のような早さで行動する術を身につけた。どんどん強くなっていくトモと同じような御霊を宿しながら、しかしシロくんはまだ足踏みしている。
むしろトモが早すぎるだけだと私は思うんだけどね。シロくんは気にしているみたいだった。言葉を探そうとして、けれど何も言えずに俯く。トモも一瞬、シロくんに手を伸ばそうとしたけれど、結局膝に手を戻した。
黙り込むふたりの横で、ギンがつまらなそうに鼻息を出した。
「簡単だろ。どう生きたいのか決めているかどうかでしかねえよ。迷うのが人だ。そうそう答えられるかっつうんだ。いじわるな質問しやがって」
幼なじみのプライドを刺激するような話をしたミコさんを威嚇するように睨みつける。ノンちゃんがあわててギンの着物の布地を摘まんで、くいくいって引っぱる。
「たしかにあなたの言うとおり。どうやらこちらのみなさんは私が思うよりも余裕のある時代に生きているみたいね? けれど、誰もが享受できるわけでもない、と」
ミコさんが姫ちゃんとお姉ちゃんを一瞥して、それから聖歌ちゃんをちらっと見て目を伏せる。
「結城白。迷いながら周囲を見渡して探している内は見つからないの。それはあなたの中にしかない答えであり、己の中を覗くというのは苦痛を伴うもの。それでも求めるのなら、正座をして瞑想するか、窮地に陥ってごらんなさい」
「は、はあ」
極端なふたつの手段を提案されて戸惑うシロくん、あっさり飲まれてる……!
それにしても、前にお宅を訪ねたときみたいに、ミコさんが誰かの名前を呼ぶときって、なぜか心がくすぐられる。私たちの知る呼び方じゃない呼び方をしているような、そんな感覚がある。
お姉ちゃんや、それかタマちゃんたちと話せる状態だったら、それがなぜなのかわかるのかな。それとも教えてもらえない特別なことだったりするのかな? わかんないや。
「手段を問われたからには答えます。いくつか修行の案はあるのだけど、現代っ子……と呼ぶのね? ひ弱なあなたたちが乗りこえられるかどうかは別の話ね」
はんって鼻で笑うミコさんにコナちゃん先輩がイライラし始めているけれど、あくまで口を開くつもりはないみたい。
「じゃあ、どうやるんです?」
「――……ああ、あなたが抱き締めてくれたら上機嫌で話せるのだけど」
流し目を送られましたけど!
「え、えと。そ、それは後ほど、ご飯のあとで」
「それもそうね。ところで年少の者以外はお箸が進んでいないのは関心しないわね。私が食べにくい」
ふん、と鼻息を出してミツハ先輩が「いただきます」と声を上げた。先輩の声をきっかけに、二年生から上の世代はやっと食事を始める。
岡島くん渾身の江戸料理。江戸時代にタイムスリップした料理人は基本的に現代の調理法を元に創作料理を作ったりして、その時代の人をあっと驚かせたりするけれどね。私たちはむしろ江戸時代の料理に馴染みがないからさ。できる限り江戸時代の料理を作る方向性みたい。
今回は深川めしとどじょうのお鍋! 冷めちゃうと残念だよね。もそもそと食べて、気がついたら夢中になって箸を進めていたよ。いつだって岡島くんは私たちを胃袋を通じて幸せに導いてくれる。士道誠心の胃袋担当が板についてきているなあ。
ちなみに五日市に向かったチームにも、岡島くんと在学中は料理対決をよくしていたという卒業生がいるの。三つ星の腕前を持っているんだって! 腕を振るって食事を作ってくれるから、心配はいらないのです。
お腹が満たされて、剣呑とした空気がだいぶ和らいだ。ミコさんが微笑みながら手を合わせてごちそうさまといい、料理を作った岡島くんを見つめるの。
「普段は昼は冷や飯でね。あたたかいご飯は幸せなのだわ、正直な話をするとね。本当に、ごちそうさま」
「お粗末様です」
「酒呑童子の御霊持ちが料理上手というのは、なかなか悪くない」
にこりと笑いながらしれっと私たちが明かしていない事実を口にするミコさんに、コナちゃん先輩をはじめとする先輩陣に再び緊張が走る。
ご飯を食べて苛々成分が落ちついたのか、お姉ちゃんが呆れたように言うの。
「いちいち反応するな。そこの女は規格外の化け物だ。理を越えて長生きする吸血鬼め……さっさと仕事をしろ」
「それもそうね」
美華ちゃんがお姉ちゃんを睨んだり、ミコさんを蕩け顔で見たりと忙しない。とうのミコさんもお姉ちゃんも、もはや動じてない。というかミコさんは一度も動揺してないし、する素振りもない。ミコさんの意表をつくなんて、私たちにできるのかっていう気すらしてくるなあ。
だからこそ、頼りがいがあるんだけどね。
「この時代の侍候補生や刀鍛冶と、あなたたちの違いが何かおわかり? 未来の緋迎、あなたは雷神の娘と閻魔の姫と共に目撃したのではなくて?」
「ああ……村正のことだな」
カナタが深く頷く。
「刀打ちの技法からして、何かが違った。霊子の扱い方も。己のありかたの活かし方さえ、あいつは心得ていた」
「なんだ。我らを苦しめた下手人と接触し、術を盗めとでも言うつもりか? それはずいぶんな手抜きだな」
お姉ちゃんがミコさんを責めながら刺激しようと試みる。
けれどミコさんはその程度で怯むような人じゃない。
「あなたのそういうところをお父上は懸念しているの。妹との違いはまさにそこにある。おわかり?」
「――……ふん」
たった一撃でお姉ちゃんを黙らせちゃうんだから、ミコさん半端ない。
「この時代は己の霊子――……魂の声を聞かなければ、そもそもあなたたちの言う隔離世で生存することができない。なぜかおわかり?」
誰も答えられない。
隔離世に試しにいった生徒はみな「霊子が濃すぎて無理だ」って悲鳴をあげるようにダッシュで戻ってきた。私は試してすらいない。
「技術が進み、生と死の距離が変わる。不確かなことの多さ、少なさ、あるいはその認知の度合いによって、あり得ると思える事象が変化する。理解した、ないし誰かが理解していると把握すればするほど、幻は消えていく。それすら幻であると気づかずに」
不思議な話だ。ミコさんは何かを語ってくれている。それは現代と江戸時代の価値観の違い? それとも、もっと特別な――……世界の話?
「人の中身すら知らない者が多いこの時代において、人は何を寄る辺にして生きるの? 現代と呼ぶあなたたちの時代において、人は現実と夢のどちらを当たり前のように感じられるの?」
問いかけられても、誰も答えられなかった。
「自分たちにできること、それを叶える術はなに? 科学的でなければならない? 社会――……あなたたちの言い方をするなら、コミュニリティに受け入れてもらえる必要がある? その縛りは現実的でなければならない? なにが必要なのか、理解している?」
ためらう。
トシさんたちの言葉が浮かんできた。歌えよ、春灯って。
去年の生徒会長選挙で自然と振る舞えたときのように。それから何度だって乗りこえてきたように。私にとっては、別に難しい話じゃない。
なら、言っちゃおうか。
「私は自分を伝えて生きていきたいです」
まさしくそうだと言わんばかりに、ミコさんは頷いてくれたんだ。
「気持ちが大事。絆や能力や手段はすべて、副次的なものに過ぎない。まずはなにより、気持ちが大事。自分がどうありたいのか。だからこそ――……結城くん?」
「自分の中にある答えを見つけることが、必要?」
「その通り。よくできました」
褒めてくれるミコさんにシロくんがもじもじして立てる衣擦れの音が聞こえた。
「あなたたちの時代の私も、今の私もさして難しいことはしていないの。ただ、時代に翻弄されて生き方もわからない子たちを積極的に引き取って、彼女たちが生きたい道を全力で応援しているだけ」
たしか、いまの時代のミコさんは吉原でお店を経営しているんだった。
現代のミコさんは明坂29の不動のセンターアイドルであり、明坂グループの隠れた経営者でもある。
「茶屋にうなぎ、ご飯処や着物など。いろんなお店をやって、生きたいと思える彼女たちが輝ける道を与えている。自分で選ぶからこそ責任が生まれるし、人生が懸かっていると思えば手も抜かない。理想論だけれどね……この時代の人に、怠惰でいる余裕はあまりないの」
暗に私たちの時代は違うと言われているような気がして、どきっとした。
否定はできない。社会的な政策が江戸時代よりも、そりゃあ進んでいる部分がたくさんあると思うの。生きる力がなくなって稼げなくなっても生活を保証する制度もある。ギャンブルに使う人がいるからっていう理由だけでバッシングされることも多いけど。そこまでいかなくても、学校をさぼってバイト三昧とか、就職しんどいからフリーターとか、いろんな道がある。
どっこいなんとか生きていける。売り買いされたり、お風呂で病気をもらったりすることもない。蛇口をひねれば水が出る。トイレは基本的に水洗だし。無料の温泉だってある。ボランティア団体がご飯を提供してくれたりするし。上ばかり見ていると気づかなかったり、知らずにいるけれど、いくらでもやりようがある。それが最適だとも、楽勝だとも言わないけどね。
「男に抱かれる道を選んで稼ぐだけ稼いで、いよいよ年貢の納め時がきたら茶屋にうつって看板娘として働く。そんな子もいるし、私が管理している店を仕切ってくれるくらい成長してくれる頼もしい子もいる。それは、自分らしく生きたいと願うからこそできるもの」
流されているだけでは、達成できないこと。
「自分がどう生きたいのか……どんな風に生きてみたいのか、それを探して、答えを得る。実は難しい話じゃないの。己の霊子の使い方は、己のありようを見抜けば自然と洗練されていくのだから」
歌をきっかけに、自然と生き方が絞られていった私のように?
そう思ったときにはもう、目を開けたミコさんの瞳に見つめられていた。
「その通り。したいことよりももっと、根源的な――……己のなすべきこと、神さまからの贈り物が人にはあるの。自然発生的に見つけられるとも限らない。あるいは己を研ぎ澄まして、そうなっていく者もいるのだから」
私からカナタに視線を移して、すぐに深呼吸をする。
「――……ふう。どちらがよりいいか、ということではない。大事なのは、どこまで己が納得できる境地まで昇華できるのかに尽きる。それは例えるなら、人生を棒に振ってでもせずにいられないかどうか、という問いかけでわかるもの。ねえ、春灯」
「は、はい」
「刀と歌に、あなたは人生を捧げられる? 成功しなくても、いつか成功するまでやり続けてしまう?」
みんなの視線が集まってきて戸惑う。
「え、えと……」
尻尾がむずむずした。怖いんじゃないし、答えがわからないわけでもない。
「成功するとかしないとか、そういうことじゃなくて。私はそれをせずにはいられないんです。だから、歌手でいたいと思うし、侍でいたいと思います」
「そう――……やはり、あなたはそうよね」
嬉しそうに屈託なく笑われて、どきどきするばかりだよ。
ナチュさんが聞いていたら「前途多難だ」って言いそうだし、カックンさんは「別にいいじゃないっすか」って言ってくれそうだし、トシさんは「そうこなくちゃな」と笑ってくれそうだ。バンドメンバーや高城さんや社長がいない代わりに、ツバキちゃんがいる。胸を張って私を見つめてくれる。だからいまは、それで十分なの。
「何が正解かなんていうのは、後をふり返ってからどう思うかでしかない。社会的な成功を手にしても、どう? いまの将軍さまは幸せに見えて?」
「――……それは」
「生まれながらにして徳川の将軍たれと育てられたという話もあるの。けれど、彼が人生に苦しんでいるのは、もう見てきたはず。ひとつの成功くらいじゃ、人生はたやすく幸せに染まってくれはしない。結局、それに満足できるかどうかは人によるの」
ありきたりで、けれど揺るぎない真実だと思って頷く。
「であればこそ、己のありかたで成功できればいいと思うし、成功は幸せに近づきやすい結果だと思うけどね。ひとりでできることには限度がある……さて、話を戻すと」
ついてこれなくなりつつある一年生たちにミコさんが手をかざした。
「あなたたちは集団で人に影響を与え、与えられながら己のありように気づく。そういうわけで、隔離世で一週間を過ごしてきなさい」
ぱちん、と指を鳴らした瞬間、一年生たちの姿がかき消える。
「ちょ、な、なにをしたの!?」
動揺するコナちゃん先輩に手のひらを向けて、ミコさんは余裕を崩さずに答えた。
「言ったでしょう? 隔離世に送ったの。身体ごとね」
「そ、そんなことできるはずが」
「そもそも身体と魂が分かれるようになったのはいつかおわかり?」
ミコさんの切り返しにみんなして戸惑う。
私たちにとって、隔離世に行くということは、身体と魂が分かれることを意味する。
それが当たり前だった。イレギュラーな目には何度か遭ったけれど、それがなぜかはよくわからずにいたし、そもそもろくに考えてもこなかった。
「ユニス・スチュワート、答えて。過去の魔女たちは、魔法使いたちはどのようにして隔離世で過ごしていた?」
「――……そもそも、肉体ごと隔離世の魔法学校や街にて暮らしていた」
「そういうこと。なのに、あなたたちにとっては身体と魂が分かれるのが当たり前になっている。それはなぜ?」
誰もその問いに答えられなかった。
「あなたたちの知恵と経験を探る術のある私に言えること。それは……よほどの地獄をあなたたちの先祖が過ごさなくてはならず、己を守る術として隔離世への行き方を変えたのではないか、という問題提起くらいね」
ミツハ先輩とユウヤ先輩がふたりして顔を見あわせる。
気づいているはずなのに、ミコさんは何も言わなかった。言う必要なんかそもそもないかと言わんばかりに。すっと立ち上がって、私たちを見渡して言うの。
「朝、昼と夜。隔離世の彼らに食事を運んであげて? それ以外は私が面倒を見てあげる。隔離世への移動の術すら己なりのやり方が見つからないのなら、そうね……不思議の国の少女とその兄が元気になったのなら、話を聞いてみるといいかもしれない」
それじゃあね、と呟いて、身体をくるりと回した。ふっと姿が消えてしまう。隔離世に行ったのだろうと思いながら、けれど私たちはぽかんと見送ることしかできなかった。
「つくづく……規格外」
コナちゃん先輩の呟いた言葉に集約される。
明坂ミコは一年九組を鍛えてくれるだろう。たしかな結果さえ出してくれるに違いない。
けれど、今までのときと同様、すべては教えてくれない。
私たちの生き方や、それに向けた行動のあり方も、なにもかも。
自分で見つけ出すことに意義があるとわかっているんだ。
歌や刀にさえ囚われない、私自身の生きる道は見つかっているのかと聞かれたら、それはまだまだ見つかってないよ。
歌っちゃうし、刀を大事にせずにはいられない。もはやどちらも手放せるものじゃない。
じゃあ、それはなぜ?
答えは見つからない。自分の中にしかないもの。
急に、去年の夏休みを思い出したんだ。ソウイチさんがよく私とカナタとコバトちゃんにやらせた座禅をしたいなあって思ったの。
自分と対話する。自分の知らない自分を見つけて、あなたを好きでよかったって思えたらいいな。そのための時間を、思えば最近はちっとも作れてない。
「さげちゃうね」
食事を片付け始める岡島くんのお手伝いをしようと立ち上がろうとしたときだった。
からからから、と扉を開く音がして、
「ごめん。誰かいるか?」
十兵衞の声がしたんだ。あわてて小走りで駆けていくと、あきさんに村正さんさえも連れて十兵衞が玄関で待っていたの。
「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも。柳生の教えを請いたいと申したのは、お前だろう」
「あっ!」
そ、そうだった。
「あきも村正殿も暇を持てあましているのでな。指南役にはもってこいだと思い、連れてきた」
「どうもー」
「ふん……俺は小僧の刀を見に来ただけだ」
つんつんしている村正さんの横で、あきさんが朗らかに笑っている。
「あがっても?」
「も、もちろん! どうぞどうぞ!」
喜んで受け入れながら、しみじみ実感した。
将軍さまのお相手は勝負ごとだけど、でもでも。
これはまさしく、修行パートに違いないぞ! と。
タマちゃんとお話したいし、十兵衞にあれこれ教えてもらいたい。
村正さんがいたら、ギンはもちろん、カナタたち刀鍛冶にとっても素敵な機会になるに違いない。
ようし、がんばるぞう!
それにしても――……理華ちゃんたちは、大丈夫かな?
◆
事前に相談もなく、指先ひとつで身体が妙な感覚に襲われて、気がついたら妙な空間にいた。
美華も聖歌も女子たちも、ルイやスバルたち男子たちもみんないる。いないのは先輩たち。
美華とワトソンくんとルイが顔を歪めて、口元を手で覆う。
「こ、これは」
「想像よりも……かなり」
「や、やばいっすね……酔うな」
気持ち悪そうに身悶え始める。けれど私も聖歌も、詩保も姫ちゃんも、残りの男子もきょとんとするしかない。たしかに何かを感じる。むしろ力がみなぎってくるような、不思議な感覚さえある。
しばらくして明坂ミコが目の前に現われた。どうやってかはさっぱりわからない。
周囲にはぼんやりとした人型サイズの光の塊がうようよしている。強いて言えばそれはさっきまで食事をしていた空間に違いなかったのに、妙だと思わずにはいられないのは、ふわふわといろんな色の光が浮いて見えるところにある。
「さて、あなたたちの力の覚醒をなすために、春灯が将軍さまの逢瀬を九度過ごすには最低限かかるであろう一週間はここにいてもらうわよ」
ぴんとこない私たちよりも、気持ち悪がっている三人のほうが露骨に反応した。
「そ、それって、つまり」
「この時代の邪を相手に」
「生き延びろってことっすか」
まさしくそうだとミコさんが頷く。
邪ってなんだっけ? そう思ったときだった。ずしん、ずしんと身体が揺れるくらいの地響きがしたのだ。
「さっそく最初の相手が来たみたい。そっと戸を開けて外をご覧なさい」
ミコさんに言われて岡田くんが足を踏み出そうとして、ワトソンくんに止められた。人差し指を口の前に立てた彼に静かにしているよう促されて、私たちは恐る恐る物音を立てないように縁側の方へ。戸を開けて、外を眺めた。ルイが口を塞がなかったら、大声を出していたに違いない。
ビル三階分はありそうな巨人がいた。肌が赤い。角が生えている。一つ目だ。いかにも赤鬼。手にぶら下げた棍棒で叩かれたら、瞬時にミンチにされそうだ。
ふん、ふんふんと鼻を鳴らした鬼がこちらを見る。
「にく……にくの匂いがするぞう」
鳥肌が立った。
ふり返る。ミコさんは笑って言うのだ。
「さて。それじゃあ最初は鬼ごっこといきましょうか――……鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!」
拍手して知らせるとか、冗談でしょ!
鬼が気づいて、駆け寄ってくる。
嘘だろ!? こんなのから逃げろって!?
「みんな走れ!」
ワトソンくんが吠えて、ルイが聖歌をスバルにぽいっと投げて、私を片腕で抱き上げた。そして岡田くんの手を取って、走りだす。キサブロウは迷わない。詩保も姫ちゃんの手を取っているし、ツバキちゃんもひとりで走りだしている。スバルが舌打ちしながら聖歌を抱いて走り、美華がしんがりをつとめてる。
屋敷が破壊される。構わず鬼は手を伸ばし、棍棒を振るって私たちを食べようとする。
捕まったら死ぬ鬼ごっことか、勘弁してくれませんか!?
つづく!




