第五百四十一話
第一回、将軍さまとの逢瀬。
正座をしながら「きっと一時間どころか十分も持つまい」と内心でしみじみ考える私の背中に、カナタとトモ、それからマドカとキラリとコナちゃん先輩の厳しい視線が注がれる。
わ、わかってますよ。がんばりますってば。
目の前には将軍さまがいて、きりりとした美青年の武士さんと綺麗なお姉さんが二組いらっしゃいました。そして、トモが褒められてすごく感激していたおじちゃまも。
ホストはもちろん将軍さまだ。向かい合うように座布団に腰掛ける私たちの前には、膳が配られている。焼いた鯛、白飯、ぬか漬け、すまし汁。とても質素だけれど、事前に聞いているの。将軍さまの食事はとても気を遣われていて、食材はどれも超一級の素材ばかり使われているって。
湯気はもう立ってない。将軍さまが促してくれたから、私たちも箸をつける。どれも冷えていた。けれど味つけはどれも丁寧になされていて、おいしくてたまらない。
なのにね? 将軍さまは箸をちょっとしかつけることができず、お皿をさげられちゃうの。将軍さまの退屈そうな顔といったら、見ていて気の毒になっちゃうレベル。
将軍さまが全部を食べられないのに、私たちが気にせずばくばく食べるわけにもいかない。
予想だとね? おいしいご飯をみんなで食べたら会話が盛り上がって、楽しくてたまらない空気になるし、お互いに難しい話もしやすいかと思ったんだけど。
無理だね。絶対無理だよ。初回のスタートから既にお通夜ムードだよ!
「さて、そちらの要望に合わせて同席を許したが。これでは男女の語らいをするどころでもあるまい」
「……えと」
暗に非難されているのですが。
いやその。いろいろと言いたいことがあるんだけども。
トモとカナタはいつでも戦えるように気を張っていて、おじちゃまもそれは同じみたいで。
あちら側にいる若い男女は緊張しすぎて口を開くどころじゃないし。
マドカもキラリもサポートしてくれる気配ゼロ。もしかしたら、ろくでもない願望がこの場に渦巻いている可能性もある。屋根裏に誰かがいても驚かないしなあ。
コナちゃん先輩から視線を感じる。
窮地に陥ったときの打開策はいくつか考えてあるよ。
「なにか芸事を共に見るというのは、いかがでございましょうか?」
「さて。大勢で見ても、心の内を見せ合うことにはなるまい」
ううん。ノリが悪い。たぶん用意してもらえてもいない。
もっとこう、即物的に求められているのかな。
嫁になって子供を作らせることができればそれでいい、みたいな。そういう流れなのかな。
だとしたら、まずはそこからどうにかしないとだめなのかも。
「それでは、お付きの者はそれぞれに。家光さまと妾は庭を歩きませんか?」
「ふむ――……つまり、余とふたりで語らいたいと申すか?」
「ええ。妾の申した誘いが家光さまの願いであるならばよいのですが」
「よかろう。みなのもの、そこに待て……はるひ、ついてくるがいい」
すっと立ち上がる家光さまに続いて、私も立ち上がる。戸惑う二組の夫婦におじちゃまが囁きかけて待機させた。おじちゃまの代わりに、将軍さまが扉を開けた先に待機していた宗矩さんがただちに手配に動く。
大勢が付き従い、道を通じて将軍さまを守る陣を敷く。私たちは今もなお、警戒されているのだ。将軍さまはうっとうしそうに一瞥するけれど、文句も不満もすぐに顔から引っ込めた。
連れていかれたのは西の丸。茶屋があるんだってさ。茶人がいれば茶を、なんて話す家光さんの声も顔も、正直お仕事モードにしか見えない。
なにが困るって、本音がちっとも見えないところ。
なんで私を口説こうとしたのか、さっぱりわからないんだ。
それはふたりきりにでもならないと、教えてもらえないことなのかもしれない。
大勢が将軍さまを気にしているし、私の動向を探るべく注意している。
色っぽい話どころか、なにげない日常会話され、これじゃあできないに違いない。
コナちゃん先輩も、大奥で会ったおばさまにもそれとなく提案されたんだけど、大奥でふたりきりになるほうが手っ取り早いかもしれないなあ。
カナタが嫉妬と不安でたまらなくなるだろうし、敵の懐に入りすぎることになるからできないけどね。
だとしたら初日は不発かなあ。屋敷に移って、将軍さまをお迎えしてからが本番かな? これだけ警備されていることを考えると、屋敷でふたりになれる可能性も正直それほど高くなさそうだけどね。
これから先の時間に期待できないと思ったのは私だけじゃない。将軍さまもだ。
足を止めて、私と、そのうしろに控えている大勢を見つめて寂しげに微笑むの。
「生まれながらの徳川においては、これが余の人生よ。畜生だ、化けて出ると言われようと、お主のような外の理に生きる者に縋りたくもなる」
「――……家光さま」
「余が迎えた正室の話は聞いたか?」
その問いに頷いた。
武家と公家、ロミオとジュリエット。それこそ住む世界がちがう相手で、しかも悲劇なのは互いの間には結婚するときの打算しかないくらい破滅的な婚儀だったとのこと。
結局、お互いに関係を深める以前の問題で、抱く思いは嫌悪だけ。
早めに別れてそれっきり。恩情をかける気配も皆無。
徳川を認めない相手を受け入れることはできないのが、家光さまの判断。だとしても、冷遇っぷりは傍から見ていてあまりにもきつい、というのがコナちゃん先輩の説明だった。
お付きの人たちを手で制して、私のすぐそばに近づくとね? 将軍さまが囁くの。
「余はな? 女の欲がわからぬ」
それは告白に違いなかった。
すぐに私から離れて、腕を組んで桜の木を見上げる。
散っていく花びらを眺めながら、目を細めて言うの。
「わからぬ欲は脅威だ。家のため? 成り上がりたい? 芸を買わせ、己を買わせるか? どれでもいいが、その先にいったい何を求める?」
徳川家光。こないだは先輩たちとパワーワードを用いて弄っちゃったけど、性別はさておいて考えると、人を愛して裏切られたこともある悲しい人。部下を愛でたけれど、利用されたと気づいて罰したこともあるという。
恋愛とか、そういう次元じゃないんだなあ。信じられる感情の中に、女性への愛情がないのかも。身内という境界の外にいる女性への関心を持てない、みたいな感じかな?
「愛は信じられませんか?」
「それは己の内にあるものだ。他人の中にあるかどうかは見えぬし、感じられぬ。肌を重ねても、所詮は錯覚でしかない」
「――……」
言い返すこともできるけれど、意味はない。
将軍さまの考え、価値観、感覚を知る時間なのだから。
「裏切られると思うと、いやになりますか?」
「狐の世、天国ではちがうというのか?」
「信じるのは自分で決められること。裏切られるかどうかは、相手が決めることでございます。それはいつの世も変わりません」
「裏切られたいと思う者もいないのではないか?」
「自分に必ず利する相手など、実はいないのではないでしょうか」
将軍さまが唸る。
「ふむ……どういうことか?」
「多くは親が味方であるけれど、実はそれも万人に等しく与えられる権利はございません。自分を生んだ存在さえ、必ず愛してくれるわけではない。自分を裏切らない者など、まやかしではございませんか?」
目を細める。将軍さまのご威光が躊躇なく放たれたような錯覚を抱いた。
怯まない。
「抱いて抱かれて、寝屋を共に過ごしても心の内はわかりません。あるのは相手への情と己の考えだけでございますし、目の前にいる相手でございますれば……実は信じるかいなかは、自分の心のみで決めることではございませんか?」
ギンに、カナタに、シュウさんに。大勢の人たちと出会って、感じてきたこと。
私に会いに来てくれたツバキちゃんがずっと私にしてくれたこと。向けてくれた気持ちがきっと、愛なんだ。
「裏切るかどうかは相手の自由にございますれば……あとはもう、惚れさせるのみかと」
「惚れさせる、と?」
「ええ。惚れさせる手といえば金払いのいいことかもしれませんし、権力かもしれません。容姿かもしれませんし――……性根か、はたまた、自分を一途に思ってくれる相手の情かもしれません」
私的には本命はもちろん最後のふたつなんだけどさ。
家光さんとしては、やっぱり前者のほうが理解しやすいものだよねえ。話しているときの家光さんの表情に露骨にでていたの。なにを当たり前なって顔をしながら最初のみっつを聞いていた。
けど、ちょっとだけ面白かったのは、最後のふたつを私が口にしたとき、家光さんがすこしだけ恨めしそうな顔をしてみせてくれたこと。
「金に惚れる者は金しかみぬ。権威もな。容姿もだ。若い頃はいい。老いて醜くなればどうなる? 性根も変わる――……情さえも」
「変わらぬ情があればよいと思ったことはございませんか?」
「それはまやかしよ。はるひ、そなたの思い人への情も、余が忍びの技と天海の術をもって日夜しとねを共にすれば消えてなくなる」
そういう仕掛けはえっちな時代劇小説とかエロ同人じゃあるまいし、私は好きじゃないのですが。暗にほのめかされる最後の手段を聞いても、動揺する気はなかった。
「家光さまは妾に変わらぬ情をお求めなのではございませんか?」
「なぜそのように思う?」
「女子に自ら声をかけること、とても珍しいと伺いました。であれば、これまで目にした女子とはちがうものを妾にお求めなのではございませんか? そして、それこそは、情に惚れろという願いからくるものではないのですか?」
私がそう尋ねるとね? 口元を緩めて、大きな声で笑い出したの。
はっはっはって。とても楽しそうに、腹筋つかってさ。見守っている人たちにささやかに、けど隠しきれない動揺が広がるけれど、とうの本人は笑うのをやめて楽しそうに私に言うんだ。
「なるほど。そなたが落ちれば余は望むものを手に入れることはできず、落ちても落ちなくても意味をなさぬ。つまりは、はかりごとはそもそも試すべきではないと申すか」
「ええ。なぜならば……妾への求愛の真意とは、あなたさまの明日を変える術を知りたい、というお申し出なのではございませんか?」
「ますます気に入った! うむ、その通りよ!」
破顔する家光さんに、宗矩さんやおじちゃま以外の立派そうな武士さんたちが動揺した顔をしているけれど、別にいいや。
「しかし気に入るほどに、そなたが欲しくなるのも事実。残り八度、楽しみにしておる」
笑い声をあげながら立ち去っていくから、私は頭を下げて見送った。
楽勝とはいかない。幕府の将軍さまといえば、国の象徴めいたところがある。
戦うだけじゃなく諜報という側面も兼ねた武力と国力を有し、まとめあげる相手との語らい。
一筋縄でいくはずがなかった。
カナタが懸念していた直接的で、かつ私を落とすための全力を使われる可能性すら示唆されたし、気に入ったと言ってくれてもまだまだ心の内を明かしてはもらえていない。
なにより主導権は将軍さまにあって、私が口説くみたいな流れに持っていかれつつある一回目だった。ほんとなら口説いているのは将軍さまなんだから、逆の流れになってほしいんだけど。
いろいろと難しい。
それでも、今日の話は糸口を掴むいいきっかけになった。
相手を知らないと、なにをどうすればいいのか見えてこない。
無理矢理にでも大奥入りをさせられる流れも予想したけど、それはなかった。
将軍さまにとっても、幕府にとっても、さらには大奥にとっても、私という存在は異質でしかないのだろう。そうでなくちゃ困る。本腰いれて落としにこられても、私は現代に戻るつもりだし、そもそもカナタ以外の誰かに心を寄せるつもりはないのだし。無理矢理、貞操を奪われたい願望なんてもちろんない。あり得ない。
残っている私の護衛チームとみんなで、武士の人たちに案内されてその場を離れる。
邸宅に戻ると、みんなが慌ただしそうに荷物を準備していた。
今日、大勢が江戸を離れる。
より一層、厳しい状況下に変わっていく。それはすべて――……元の時代へ戻るため。
◆
江戸の街中にある屋敷を用意されて、駕籠に乗せられて移動しながら思いを馳せた。
私の駕籠を担ぐ人足のおにいちゃんたちの前後にトモやギンたちがいる。けど二年九組全員がいるわけじゃない。
私とお姉ちゃん、岡島くん、茨ちゃん、それにギンと狛火野くんとノンちゃん。憔悴して動けない暁アリスちゃんを含む元一年十組メンバー、トモとシロくんとカゲくん、柊さんに、マドカとキラリは江戸に残る。
けどレオくんとタツくん、姫宮さんやユリカちゃん、日下部さんや泉くん、ルミナとフブキくんは五日市へ。
一年九組は全員残留。けど三年九組はコナちゃん先輩とカナタとシオリ先輩以外はみんな五日市に移動するの。ラビ先輩もユリア先輩も行っちゃうんだ。
卒業生はといえば、ミツハ先輩とユウヤ先輩、アリスちゃんを助けに行ってくたびれちゃっている暁先輩以外はみんな五日市に行っちゃうんだ。メイ先輩たちがいないのは、地味に怖い。
江戸残留組はまさしく少数。
精鋭は分散して、大勢を守れるように基本的には五日市へ多くの人員を配置する。
江戸の主軸は二年生にあるといっていい。
ワトソンくんが運んできた情報を解析しているシオリ先輩は江戸に残る。江戸時代のミコさんに鍛えてもらう姫ちゃんたちがいる場所にいてくれたほうが、より時間跳躍に対して具体的な手が迅速に打てるかもしれないからだ。
生徒会長のコナちゃん先輩がどちらに残るべきかは、わりと揉めたみたいです。シオリ先輩と姫ちゃんのいる場所に残るべきか、生徒が大勢いる五日市にいるべきか。いまやコナちゃん先輩は士道誠心の大黒柱で、象徴でもあるから、生徒たちが集まる側にいるべきだっていう説もあれば、現代に戻るための私たちの生命線ともいえる姫ちゃんがいる側にいるべきじゃないかっていう説もあった。結局は、去年の生徒会長を勤めたラビ先輩と、その前に生徒会長をやっていたメイ先輩が五日市に行くことで決着したの。
私たちの運命を切り開けるかどうかは、江戸での行動にかかっている。
この時代の中心地で、私たちはやるべきことをやるのだ。
尻尾が膨らむね! なんだかやらねばって気持ちになってくるね! 生きねば!
「たいくつ」「せまい」「ゆれる」
尻尾がむずむずと動いて、ぷちたちが顔をにょきっとだして不満を言い始めた。
「だめ。静かにしてて」
「「「 やだ! 」」」
「……ああもう」
毛を引っぱったり、尻尾そのものをべちべち叩いたり、背中によじのぼってきて容赦なく叩くわ蹴るわと暴れたりするぷちたちをなんとか掴んで、尻尾に押しつけた。
いつか出たときには戻ってくれなかったけど、特徴を日に日に獲得していくぷちに限ってはおとなしく戻ってくれるようになってきたの。
まあ、
「おなかすいた」「おなすい」「ぺこぺこ」
すぐに顔を出すんだけどね。
「屋敷に戻ったら、岡島くんが用意してくれることになってるから。待ってて」
「「「 おやつたべたい 」」」
「はあ……あとでお姉ちゃんたちか、理華ちゃんや姫ちゃんたちと街を歩いてきたら?」
「「「 ママも一緒がいい 」」」
「私はママじゃないってば」
いつかのカナタとのお遊びで言った呼び方が気に入ったのか、たまに言うの。
けど語弊がある。分身なんだから、母親みたいに言われても。
「「「 ぶうううう! 」」」
くちびるを震わせて汚い音を鳴らして抗議をして、しゅっと尻尾に隠れた。
誰に似たんだか。もー。私もトウヤもちっちゃい頃はもっと大人しかったよ? そのはず。たぶん……。
「はあ」
ため息交じりに俯くと、いつの間にかちゃっかり者のぷちが私の膝で寝ていた。
ほんと、自由自在になってきてる。一度、カナタにちゃんと見てもらったほうがいいかもしれない。私の霊子も、ぷちの霊子も。
決して、カナタといちゃつく口実にしようだなんて考えてないからね? ちょっとだけしか、考えてないから!
◆
手配されていた食材を確認した岡島くんに言われて、コマチちゃんと私とキラリとで炊事を手伝ってご飯を作る。お姉ちゃんも混ざりたそうな顔をしていたけど、カナタに呼ばれたの。
「冬音、明坂ミコが来た。いくぞ」
「……しょうがないな」
渋々離れていったよ。うちでお母さんの手伝いをさせられていたみたいだけど、あの様子だと意外と気に入っているみたい。
料理ってがんばった分だけ、おいしいご飯が食べられるからさ。努力が実感できて楽しいもんね。自分流で楽しめるようになるまでには時間と経験がいるけど、現代に戻ればスマホでやまほどおいしいレシピが見つかるし、便利道具もたくさんあるし、手の掛かる作業もなんだかんだレジャー感覚でできるし。
努力が好物みたいなカナタにとって、おそばを打つのが好きで堪らないのも、そのへんが理由なのかも。
シェフ岡島が声を上げる。
「鍋の具合は?」
「いいよー」
「お米は?」
「炊いてる、経験、あるから、だいじょぶ」
コマチちゃんが意気込んで答える。
みんなできびきびと動いて、江戸残留組のお昼ご飯を用意しながら思いを馳せる。
ミコさんかあ。会いたい。すごく会いたいけど、昔のミコさんって思うと複雑。
別に、初めてお宅に呼ばれたときのように襲われるかもって不安に感じているわけじゃないの。ミコさんの仲間という美華ちゃんを通じて会いに来てくれたんなら、ミコさんだって無茶はしないだろうし。
そもそもミコさんは私を何度だって助けてくれた。いつだって、私を気にしてくれる。
甘えちゃう気がしてしょうがないんだよね。頼って、自分でどうにかしようっていう気持ちが薄らいじゃう気がするの。
主役が窮地のときに来てくれるお助けキャラ。万能すぎていつも出てくるわけじゃないけど、出てきたらすべてが好転するような人。お父さんやお母さんが子供の頃には、そんなキャラがたくさんいたんだって。でもそれはやがて、主人公が担うようになって、やがては仲間やチームでやるようになったりして。
スポーツ漫画だとわかりやすかったりするみたい。特別な能力と役割分担。でもそれってとっても現実的な配置なのかもね。
得意な分野や解決能力は人それぞれ違う。得意なことだけをみんながそれぞれにできるなら、とっても楽だ。お父さんはよく「なかなかそれができないから、会社だろうと個人事業主だろうと苦しいんだけどねえ」なんて愚痴っている。高城さんや会社の人を見ても、現実はそうたやすくないんだろうなあって思っちゃう。
誰かができないことは、自分が得意じゃなくてもやらざるを得ない瞬間があるんだってさ。
私もね。将軍さまのお相手なんて初体験。そもそも男子と向きあうことも、経験豊富ってわけじゃない。どちらかといえば少ない方だ。人数という意味で言えば、クラスメイトが少ないからこそ密に去年の十組仲間と交流していたキラリのほうが多い。クラスの男子の人数でいえば去年の一年九組の方が多いけどね。深く付き合った男子の数っていうと、そう多くはないんです。
岡島くんが料理を中心に、ここまで頼りになるなんて知らなかったし。
旅はいいね。帰れるようにして、江戸時代の経験をバネに現代のいろんなことに挑戦したい。
ひとまずミコさんにいつ会っても心が乱されないように気をつけよう。そのうえで、私の目の前にある問題に全力投球だ!
あったかいご飯が恋しいし! やっぱりご飯はあつあつがいいよね!
◆
台所から活気のある声が聞こえてくる中、調理班と守護班を除いた冬音さんをはじめとする先輩陣と一緒に、一年九組一同は彼女を出迎えていましたよ。
「迎えいれていただいて感謝します。未来の少年少女は、現代よりもひ弱そうね」
毒をこめて微笑まれた。なのに隣にいる美華は瞳をきらきらと輝かせながら見つめている。
明坂ミコを前にして、立沢理華としては複雑な心境だった。
私の中の“この人ぜったい面白そう”センサーと一緒に“この人ぜったいやばそう”センサーも全力で音を鳴らしている。
スバルも私と同じ考えみたいで、ずいぶんと気を張って睨んでいた。ルイも七原くんも、この場における主役になるだろう姫ちゃんさえも、のんきに「綺麗な人だなあ」みたいに見つめているけれど。詩保にいたっては美華みたいに崇拝に近い目つきで見てるし。とはいえ聖歌も岡田くんもキサブロウも、関心を払わずお腹をさすっているのはどうかと思う。
誰より最初にワトソンくんが口を開いた。
「希代の吸血鬼、世界で暴れ回ったかの女傑とこうしてお会いできる日がくるとは思いませんでした。時間跳躍をしている我々が知識を口にするのは問題がありますか?」
さらりと切り込むな。
対する彼女は鼻で笑う。
「さてね。我々にとっては時間を越えた相手の記憶なんて、夢のようなものだから。あなたが何をどれほど語ろうと、私があなたたちの霊子からどれほどの記憶を読み取ろうと、それは一時的な刺激に過ぎないの」
びんびんセンサーが反応する。知りたい。彼女という存在を。
けれどそれは、私の何かを致命的に変えかねない気がする。そう感じた瞬間、彼女に見つめられていた。
「その指輪、久しぶりに見たけれど。願うなら今の恋が満開に花開いて、あなたという存在がめぐみをもたらすものに変わればいいね」
戸惑いを隠せないし、美華が恨めしそうに睨んでくるのが謎。
春灯ちゃんの感性からくる感情を刺激してくれる言葉とはまた違う。
闇を覗いているような、あるいは太陽を見つめているような――……視線を向けると自分がどうにかなってしまいそうな不安を誘われる。
「時間がない。始めましょうか……ご飯をいただいたらね? というわけだから、地獄のお姫さま。料理の手伝いがしたいのなら、いってきたら?」
「ふん! 昔からお前はいけすかない女のようだな!」
冬音さんが鼻息をだして、すっと立ち上がって行っちゃった。
さらりと告げられた地獄のお姫さまというワードもめちゃめちゃ気になるのだけど。
あれ、もしかして――……五日市に戻るよりも、とびきり面白い何かが理華たちを待っているようですかね?
それって、前のめりに楽しまずにはいられないですね!
横目でルイを見たら、目が合った。互いに顔に熱が灯る。
昨夜のキスは最高だった。けれどお互いに先へ進もうと決めたはいいものの、それをどうやってなすべきかがちっとも想像できない。
お姉さまがたからコイバナやまほど聞いたのに。江戸時代でデートする方法なんて、理華は知らないんですよねー。現代だったらまだしも。
知らないからこそ楽しいという考え方もありだから、手探りでもいいからやってみるかな。
春灯ちゃんたちもいるし、お勉強しようと思えばいくらでもできる気がするし!
うううう! あげていくぜ、江戸時代! そして待ってろ、現代!
つづく!




