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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第六章 侍と刀鍛冶

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第五十四話

 



『カナタ、きゃつは刑務所だと言っておったぞ!』


 彼女に触れたからこそ、その霊子に触れたことがあるからこそ……それを通じて緋迎カナタの魂に聞こえてくる。

 玉藻の前の悲痛な声が、確かに。


禍津日神(まがつひのかみ)だと言っていた。あの刀は……村正とは根本的に禍々しさが異なる。嫌な予感がする』


 十兵衞の声だってそうだ。

 だからタクシーを見つけて呼び止めて、向かう。

 このへんで刑務所だと言えば府中か東京の拘置所か。

 携帯で調べてみる。

 極悪人が入った、などのニュースはない。

 ここ最近でテレビを特別騒がすほどの犯罪者は聞いた覚えがない。

 だが……どうだ。考えろ。ヤツは何をしようとしている?


『禍津日神とハルを使って実験するとかぬかしておった! 嫌な予感がするのじゃ!』


 わかっている。わかっているから黙っていろ。

 落ち着け……禍津日神。欲や罪から産まれる邪を生み出す、あの刀に違いない。

 それを使って、刑務所で?

 待て。


「欲や罪から産まれる邪を生み出す?」


 呟いてみて、加速度的に思考が繋がっていく。

 罪を犯した人のいる刑務所で、もし。もし。彼らの罪を邪に変えられる刀を柄ったら、どうなる。或いは……その欲や罪を傾けて、彼らが戻ってこられなくなる状態に変えることが出来たなら?

 それだけの実験をしようとしているとしたら?

 いや待て、考えすぎだ。材料を与えられて飛躍していく思考に深呼吸する。

 自身への問いかけは完結に。


「あいつは一体どれだけの事に関わっている?」


 現代最強の侍、そして卓越した刀鍛冶。

 一人で完結した男の狙いとは、なんだ。わからない。わかるわけがない。

 警察で働く侍の顔が相手なのだから。

 鳥肌が立つ。ただの高校生が立ち向かうレベルを遥かに超えている。

 それほどの何かを兄がしでかそうとしているのかもしれない。

 わからない。わからないことは考えても意味がない。

 今必要な情報は……ハルが兄に操られていること。禍津日神と名付けられた刀をハルから引きはがす必要があること。そして、その舞台は刑務所である……その三点だ。


「どうする」


 戦力は乏しい。兄が相手では自分の力がどこまで通用するのか疑わしい。

 とはいえ悠長に構えてはいられない。

 深夜零時を待たずに兄はハルをあちら側へと連れて行くだろう。

 そして実験とやらを確かめた後に、真夜中に邪を退治して学校に戻す。

 それで終わりにする……本当に? わからない。

 ともすれば退治する邪とやらはハルと禍津日神を使って兄が作り出そうとしているかも――……


「考えすぎだ」


 答えはわからない。今は何を考えても推測しか出来ない。

 大事なことを整理しろ。

 まず、ハルを奪われた。

 兄の目的に活用された後の無事は一切保証されないこと。助け出すなら……早いほうがいいこと。それだけだ。

 膨れ上がって頭を過ぎる情報を追い払って、電話を掛ける。三コール目で出た相手に告げる。


「……ラビか? 頼みがある」


 ◆


 どちらの刑務所に行っても兄のリムジンは見つけられなかった。

 一年生たちは新入生代表が四人だから特別だと感じているようだが、舐められては困る。二年も三年も、一年生に負けじと粒ぞろいだ。だから、


「……もしもし? 監視カメラの映像は無事ハッキングできたか? ああ……そうか。やはりそうきたか」

『彼女の姿を捉えた映像が残っていた。恐らく真夜中、ここで仕掛けられるだろう』


 電話から聞こえたラビの声に頷いて、確信と共に二本の刀を抱えて見上げた。

 新宿新都心。

 妹が消えた眠らない街。

 その欲望が渦巻く街のただ中で、息を吐く。

 外れて欲しい予想だった。

 これではまるで妹が消えた全ての事象もまた、兄の実験のようではないか――……


『カナタ?』

「いや、すまない。増援は? 三年女子は出動して無理か……一年生だけとか言うなよ?」

『怒らず前を見ろ』


 電話の声に視線を向けると電話を手に笑うラビがいた。その隣にユリアがいた。

 知った顔が何人もいる。二年生の侍の中でも指折りの連中が。

 その中には仲間や沢城をはじめ一年生が五人も混じっているのが気にくわないが……まあいい。

 合流するなり俺はラビに尋ねた。


「先生方は?」

「ああ、カナタの見立て通り――妙な術をかけられていた。一種の認識を疎外する術で、信じ従っていたよ」

「やはりか」


 プロにスカウトされて出動するケースは零じゃない。

 ただし一年生の侍候補生を、となるとそれは異例どころの騒ぎではない。

 学校側は生徒の安全を預かっている以上、たとえシュウがプロで警察の顔になるほどの地位があろうとも当然、容易に許諾しない。

 その無理を通すだけの何かをしたのだ。ハルの様子からしても、シュウは人を操る力を持っていたとして、不思議はない。


「なんとか抜け出せたのはこれだけだ。けど三年女子をはじめ、救援要請は出してある」

「すまん」


 ラビに頷く俺にユリアが半目で睨んでくる。


「あなたたち二人はいつもそう。みんなに説明しなさい、わかりやすくね」


 きょとんとしている連中の顔を見渡してから唸る。


「生徒会副会長、君の出番だ」

「……その称号は敢えて喧伝するつもりもないんだが」


 ラビの言葉に苦笑いしつつ見ると一年生が驚いている。だが無理もない。

 始業式などの舞台へ出たこともなければ、喧伝したつもりもないからな。

 まあいい。


「兄がこの新宿で俺の侍を使って何かをしようとしている。どれほどの悪事か、そも悪事なのかもわからんが……俺たちの仲間が、その意志を奪われてふざけた刀を押しつけられて苦しんでいる。だから助ける」


 説明するならば、この程度で十分だった。

 それ以外の情報など、俺と兄の確執に繋がるものでしかない。


「一年生の仲間さん、代表四人には断りを入れておくと……ここの夜は手強い。覚悟を決めて」


 ラビの言葉にそれぞれに頷く一年生たち。


「ひとまず肉体の置き場所はカラオケでいい? それとも漫画喫茶にする?」

「いや、どちらも高校生では深夜に追い出されるだろう。それは具合が悪い」


 ユリアの問い掛けに首を振る。駆けつけてくれた連中も俺も制服だから未成年だと丸わかりだった。


「失礼、意見をいっても?」


 住良木が手を挙げた。一年生で企業グループの御曹司が言うのだ。


「ホテルを取ればいいのでは? もしよければ手配しますが」


 一瞬この世の理とは? などと考えはしたが、頭を振って思考を追い払ってから言った。


「早くしろ後輩」

「そうよ、早くして。ロイヤルスイートでね」

「出来ればルームサービスがいいところがいいな」


 俺、ユリア、ラビをはじめとする二年生のあらゆる無茶ぶりに住良木は笑顔でスマートにお辞儀をしたのだった。


 ◆


 本当にホテルのロイヤルスイートとはな。

 全員がそれぞれに部屋を与えられていたにもかかわらず、全員で集まって俺たちはテレビを見ていた。


『ええ、現在ですが……過去に空港で毒ガスを巻いた死刑囚が脱獄したとのニュースが入っております』


 テレビは重大ニュースで持ちきりだった。


「死刑間際の男の脱獄の手口は、なぜか脱獄間近にもかかわらずテレビで報道されている、か」


 ラビの呟きに誰も口を開けずにいる。


「まるで誰かに演出されているかのようね」


 ユリアの言葉にラビは「だとして、僕らにはどうもできないけれど」と答えていた。

 実際その通りだ。ネットと照らし合わせて出てくる情報、それは。


「新宿に来ている……か」


 兄の暗躍を疑わずにはいられず、けれど同時に疑わしいにも程がある。

 法治国家で犯罪者を、それも死刑囚を脱獄させるなどあってはならないことだ。

 そんなことを容易く出来るはずもない。仮にしたとして、見つからないはずがない。


「よりにもよって、顔が割れてるやばいクラスの犯罪者がこんな大都市に来るかな? ボクには正直疑わしいんだけど」


 ノートパソコンを向いてかたかたと打ち込んでいるのは二年生女子だ。尾張シオリ。青澄が新宿に明らかにした名うてのハッカーでもある。

 今は詳しく紹介する暇が惜しいので省くが。


「監視カメラが山ほどあって、警察の懐みたいなところなのに」

「ありすぎるからこそ隠れられるのかも?」


 二年生達が口々に喋っている中、


『ええ、続報が入りました。脱獄を手助けしたとみられる犯罪者集団が逮捕された模様です』


 テレビで緊急報道番組のアナウンサーが緊張した顔で読みあげる。


『なお、一部情報によれば既に警察は犯人を包囲しており、逮捕は確実という見方もありますが――』


 コメンテーターに話題を振るアナウンサーから視線を外して、窓際へ歩み寄る。

 見下ろすと道路にパトカーが停まっているのが見える。一台や二台といった生やさしい数ではない。あちこち赤色灯だらけだ。


「そろそろ、零時ね」


 ユリアが呟いた。


「特別な御珠を持ってきた。カナタ」


 ラビから受け取った御珠をかざして、全員を見る。

 誰もが俺を見て頷いていた。


「行くぞ」


 力を発動する。

 その瞬間、新宿は魔界と化した。


 ◆


 切り込みはラビとユリア。それから沢城と仲間の四人。

 殿は二年生の腕利きと狛火野に委ねて、ホテルを抜け出す。

 眠りにつく人々のいるホテルよりも、その出口からして異常な状態だった。


「なんだよ、これ……」


 二年生の侍の呟きに誰も答えられなかった。

 赤色灯が照らす魔界都市。電話を手にして声高に奇声をあげる得たいのしれない邪ども。

 隙間なく道路を覆う奴らを相手にする余裕なんて一切ない。こちらの戦力は限られているのだから。

 けれど、それでも行かねばならない理由があった。


「ちっ」


 沢城が舌打ちをしながら睨む先……都庁。現実では無事にそびえたつその建物の足下に龍がいた。その背に刀を突き刺して跨がっているのは――……ハルだった。


「あんなものをやれってのかよ」


 誰かの弱気が広がりそうな瞬間だった。


「道は作ります」


 真っ先に矢面に立ったのは仲間だった。仲間トモ。ハルの友人だ。その手に握る刀は唯一無二の雷を宿していた。


「龍退治と、陣地の死守。二班体制かな?」

「そうだな」


 ラビの問いに頷いて、二本の刀を強く握りしめる。


「頼む、仲間」

「はい!」


 覚悟を決した仲間が構える。


「仲間トモ。雷切丸……友達を助けるため、いきます!」


 閃光と共に、俺たちは駆け出す。大事な仲間であり、友を助けるために。


 ◆


 損害を出さずに進めるのは、三年生に扱かれた二年生の手腕もさることながら、


「はらわた煮えくりかえってんだ、邪魔すんな!」

「まだ……始まってもいないんだ。ここで止まってはいられない!」


 沢城や狛火野の力であり、的確に敵戦力を見極めて指示を飛ばす住良木の分析力や、八本もの刀を操り防衛戦を敷く月見島の機転のおかげもあった。

 中でも異様な突破力を見せるのが仲間だ。霊子を吸い上げて力を振るう仲間の技は強力に過ぎた。だからこそラビが息切れしはじめた彼女を制する。


「おさえないと、すぐにガス欠になるよ」

「は、はい!」


 励まし合いながら俺たちは進み……辿り着いた。

 龍はその口から塊のように、邪を吐き出し続ける。

 力の源はハルの刀だ。彼女の握る刀から黒い闇が放たれて龍の身体に染み込み、それが吐き出されて漂う人の霊子に触れるそばから邪となっていく。


「ハル……!」


 悲痛な仲間の叫びに彼女は反応しない。


「カナタ」

「ああ……」


 ラビに呼びかけられて頷く。

 霊子を操る術を自覚的に持つ者ほど感じ取れるだろう。

 刀から放たれる御霊がハルの心を蝕み、ハルの霊子を端から黒いモヤに変換して龍に注いでいるのだ。放っておけばハルの霊子は尽きて消えてしまう。そうなれば現実の彼女がどうなるか……答えは明白だ。


「使い潰す気か? ……どこまでも」


 こみあげてくる怒りは今は余計だ。

 沢城が飛んだ。狛火野が、仲間が続く。

 ラビとユリアは二年と住良木、月見島に指示を出して陣地を敷いた。

 戦いがはじまったのだ。

 龍はその身を捩り、頭を振るい迎撃する。

 モヤを浴びた三人が叫び、必死で逃げた。

 当然だ。浴びせた霊子を邪に変えるような毒なのだ。


「あれを浴びるな!」

「無茶いいやがって! ハルはそのただ中にいるんだぞ!」


 ラビの指示に火傷したような傷を負った沢城がそれでも怒鳴る。


「早く助けなきゃ死んじまう!」


 仲間が死力を尽くしてモヤを祓う。

 その中を沢城が突き進んでいく。割って入る邪を狛火野が切り裂いて、道を作っていく。


『妾達も助けに入るのじゃ!』

『抜け、俺たちを!』


 当然、応える。

 抜いて構える。けれど抜いてしまうと、もうそれは俺には重すぎる。とても持ち上げられない。

 手に握りしめる刀は、俺ではその重さを正しく受け止めきれない。

 刀は真実、それを選んだ侍にのみ正しく力を授けるものだ。

 その理を歪めれば今のハルのように――……待つのは悲惨な結末のみ。

 やはり、俺では――……


『挫けるな! ハルの刀鍛冶じゃろう! 面をあげんか!』

『俺たちを受け入れろ。あいつの契約を受け入れたように……お前なら出来るはずだ』


 二人の呼び声に息を吐いた。

 みんなが戦っている。龍を生み出した邪の元は恐らく逃げた死刑囚だろう。それを一目見ようと、その欲望に突き動かされた邪が集まってくる。無垢な人の霊子にしても龍が邪に変える。

 絶望的な状況だ。いかにもあの男が好みそうな演出じゃないか。

 それに屈するなんてごめんだ。ああ、確かに俯いている場合じゃない。


『妾の名は時に玉藻の前、時に妲己とうたわれてきた。じゃがのう、いいかえ?』


 玉藻の前の刀のありようが怒りと共に伝わってくる。

 霊子の使い方に長けたこの俺が、


『妾は妖狐じゃ! ハルのようにこじらせたお主なら、扱いたいと思わんのか!』


 理解出来ない道理はない! そうとも、ああ認めよう。ハルを見て羨ましいと思ったことを!

 そう思った時には、


「う、」


 眩暈と共によろめく。ハルが何食わぬ顔で受け入れ、受け止めていた魂の圧倒的な霊子の量が流れ込んでくる。だめだ、俺では受け止めきれない――……!


「難しく考えるな」


 肩に触れたのはラビだ。


「侍は真実、刀を振るいたいという力への渇望と共になるものだ」


 ならば、ならば。


「もう君は、その力を手にしている」

『そなたの魂に寄り添う妾の名を呼べ! 緋迎カナタ!』

「ああ! 玉藻の前!」


 叫びと共に振るい上げた刀から光が放たれた。

 全身にみなぎる力が九つの尻尾となって吐き出される。

 確かにこの胸に今、玉藻の前が入った。ならば。


「今のあなたなら、その重みを持ち上げられるはず」


 寄り添うように隣に立つユリアが、空いている肩に手を置いた。


「刀を振るう無類の剣豪の魂を」

『立ち向かう意志が既にあるのだ――……今こそ俺の名を呼べ』

「わかっているとも、十兵衞!」


 手が上がる。あれほど重たかった二本の刀を振るえる。

 手の中の霊子が丸ごと俺の中に入ってくる。

 こんな力がこの世にあるのなら。

 もし俺だけの刀を手にできたら、どうなるのか。

 広がって満ちていく力に剥き出しにされる、渇望。

 双子の兄と妹が前に出て、俺の懐から御珠を取り出した。


「「さあ、今こそお前だけの刀を手にしろ!」」


 手をかざし、龍を――……ハルの手にする刀を睨む。

 龍が俺たちに気づいて、そのアギトを向けた。

 兄への反発も。過去に抱いて叶わなかった願望もいらない。

 ただ、彼女を救う力が欲しい。

 今こそ、ただ一人になっても味方でいてくれると言ってくれたあの子を救う力が欲しい!


「邪を祓う力を――……今こそ俺にくれ、」


 掴み、引き抜いて、


「大典太光世!」


 振るった。

 確かな感触が吐き出された霧のような黒い毒を一瞬のうちに斬り祓った。


『待たせすぎだ。籠から出してくれるのを、ずっと待っていた……』


 機嫌の悪そうな女の声に苦笑いを浮かべる。

 彼女が手にした刀の助力あればこそか、聞こえる声に思うところはある。

 悪い。

 けど……十兵衞と玉藻の前の霊子がなければたどり着けなかった。

 手の中にある熱と重さはそれほど鮮烈なものだった。


『悪しきものを祓うのが最初なのはちょっと引っかかるが、まあいい。お前に与えよう、尽きぬ力の源泉を――お前好みの言い方をするならば、そう。この世界における王の力を!』


 頷き、進む。

 ブレスをやたらに吐き続ける中をただ、前へ。

「先輩!」と一年生の誰かが呼びかける。けれど答える必要は無い。


「そうだ」

「進め」


 双子の声に嗤う。ああ、そうだ。俺たちはこういう展開が大好きだ。

 だから往くさ。ただ前へ。勝利を掴む、そのために。


「哀れなるは龍。それを生み出す刀は児戯の塊」


 左手を右目にかざし、振るう。


「その身を掴む女はお前にもったいない。なぜならこの俺の契約者だからな、返してもらうぞ! 今すぐに!」


 食らいつこうとするその頭を斬り、モヤが形成する身体を祓う。

 そうして地面に落ちて「――」奇声をあげる彼女の身体に住み着いた、歪な刀のすべてを切り裂いた。

 倒れる彼女の身体を受け止めて、その身へと。


「帰還の時だ!」

『うむ!』『目を覚ませ、ハル――!』


 俺の中で混ざって支えてくれる二つの魂を還す。

 黒く淀んだ彼女の中心から淡く、けれど確かに金色の光が産まれて広がっていく。

 花が咲くように金色に染まった彼女から一本の尻尾が生えた。

 黒から金に染まった髪の隙間から愛らしい耳が生える。

 元の彼女に戻った。

 どこにも兄の姿はない。だが、それもある意味……想定の範囲内だ。

 底の知れないあいつがいないのなら、これで幕引きに違いないのだから。


「う……ん、あれ……」


 目を開けた彼女の瞳は真紅に染まっていた。けれど……今は。


「起きたか? ……痛むところはないか?」

「だいじょうぶ……でも、なんだか、すごくつかれたの……」


 弱々しい息をしているけれど、彼女の霊子にもう余計なものは混ざっていなかった。


「ああ……休め」

「うん……」


 頷いて、淡く微笑んで言うんだ。「ありがとう」って。

 龍が消えて進行がおさまったせいか、みんなしてハルの言葉を聞いた。


「おやすみ……」


 のんきか、と涙ぐみながら仲間が駆け寄ってきたから、彼女にハルを預ける。


「ラビ」

「わかってる。彼女の肉体だろ? そっちはほら」


 懐から電話を出したラビに画面を見せられた。

 三人の三年生女子がハルの肉体を確保したメールが画像付きで届いていた。


「僕らのようにホテルの一室に寝かされてたってさ。けど残念ながら、あの禍々しい刀はなかったそうだ」

「そうか……無事ならいい」


 大典太光世を握りしめて呟く。


「この借りはいずれ必ず返してもらうぞ、シュウ」




 つづく。

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これでまだ2000話以上ある作品の50話くらいってマジ?
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