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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十八章 大江戸化狐、片恋欠月帳

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第五百三十九話

 



 男子一同、落ちつかない気持ちは膨らむばかりだった。


「恋は――……」「好きだって――……」


 聞こえる話題は露骨なくらい、コイバナで。意識しまくっている女子一同がちらちらと自分たちを見ながら、嬉しそうに、切なそうに、たまに赤面したり怒ったりしながら歓声をあげて話しあっていたのだから。

 おかげでスバルに全敗。勝ち誇って弄ってくるかと思いきや、スバルもスバルで気もそぞろに女子たちに意識を傾けていた。

 邸宅にこっそり建設された穴を通じて地下の駅へ移動して、お風呂場へいく頃になっても、女子たちは楽しそうにずっと話しあっている。耳を傾けたり近づくと「いまは女子だけの時間なんで」と遠回しに拒絶されてしまう。

 耳はいいほうなのだが、刀鍛冶の先輩が防御膜でも張っているのか? ちっとも聞こえてこない。


「あまり詮索するものじゃないよ、ルイ」


 女子の中で圧倒的王子さまポジションに君臨しつつあるモテ王子ことワトソンの言葉に苦虫を噛み潰した顔をするしかなかった。


「だって、コイバナっすよ? 俺たちの話をしているかもしれないじゃないっすか」

「てめえはされてるだろうな。あと七原も」

「スバルだってされてるんじゃないっすか? 理華がちらちら聖歌を弄ってますし」

「うっせえな、全敗野郎」


 にらみ合う俺たちの間に顔を挟み込ませて、岡田が俺たちの肩を抱く。


「まあまあまあ! いいじゃない! それより思うんだけど、女子のきゅんって心臓で感じるのかな? 心で感じるのかな? それともえっちな意味なのかな!? 僕、それが気になってしょうがないんだ!」


 なんて話題をぶっこんでくるんだ! 恐るべし、暴走特急岡田!


「一男子としてはさ? 女子とふたりきりになったり、特別な笑顔とか、ちょっと肌が見えると股間がきゅんってなるでしょ?」

「「「 岡田! それ以上はよせ! 」」」


 スバルと七原と三人がかりで岡田の口を塞ぐ。

 離れた席にいる女子たちが露骨にヘイトをこめた視線を送ってきた。

 ああもう。女子がいるところで話すことじゃないでしょ!


「岡田は素直すぎるな。たしかに思春期の衝動からして、興奮と性的なそれは紙一重な一面もあるが」

「キサブロウまで乗っかっちゃだめでしょ!」

「いやいや、しょうがない。最初の恋人と付き合ったとき、腰をどれだけ離すべきか常に意識したものさ」

「ワトソン!?」


 経験者の発言は重みがちがうんですね、じゃないのだ。


「期待している云々とか、したいしたくないっていうのとは別の次元の話だからね。魅力を感じたら、身体は心よりも露骨に反応するのが男ってものじゃないかな」

「具体的な説明よしてもらえませんかね!? 女子がみてるでしょ!」

「ルイは理華にぴくりともこないのかい?」

「そういうことじゃないでしょ!」

「こないんだとしたら、それはそれで悲劇じゃないかな。十代の時点でそれだと、将来的に使い物にならない可能性があるよ。病院に行って治療を受けた方がいい」

「もう下の話はよしてもらえますかね!?」


 そりゃあね! 反応しちゃうけど! それが男の性ってものですけれども!

 女子には言えないじゃないですか。あなたと手をつないだり、ちょっとでも触れ合うだけで、もう辛抱たまらなくなるのです! なんて。

 絶対無理。アウトだ。

 性欲しかないんじゃね? なんて疑われようものなら、こちらがどれだけ愛情をアピールしても、身体を求めているようにしか受けとってもらえなくなる。

 そうじゃないから。ちゃんと恋人同士になって、愛情を感じあいたいって気持ちもめちゃめちゃあるから。なんなら夢みまくってるから。彼女いない歴イコール年齢としては!

 あなたのために洋服えらんでみました、とか。ふたりで遊んでいると、それだけで特別なんだね、とか。あるじゃないですか。そういう夢見がちな憧れ恋愛エピソード。


「身体の話はもうよそうぜ」

「スバル!」

「なつくな。俺としちゃ、まずは精神的な距離をつめることが必要だと思うね。股間がどうのって、結局本能レベルの話でしかねえだろ」

「結局、下の話になってる!」

「うるせえぞ、ルイ」


 あーもう。女子とは次元がやまほどちがいそうだ。間違いなく理華たちには聞かせられない。


「そりゃあな。反応するよ。けどいいと思っていたら反応する程度でしかねえの。そこで判断しちゃだめだろ」

「え……誰にでも反応するんすか?」

「普通はそうだろ。女子のみなさんの夢を打ち砕くようでなんだけど、やれるないしやりたいと身体が判断したら反応するもんだろ。それが生物的欲求ってものじゃねえの?」


 現実的すぎるし生々しすぎる。


「だから大勢の野郎がやりたい目的で女子に近づくし、種の保存がなされるんだろ。けど男の生理現象は実は繊細だからな。相手への精神的安息が確保されなかったら、たたなくなる。年とって必要を感じなくなったら、やっぱり同じで多くが薬に頼る。若けりゃ持てあますし、俺たちは結局本能の奴隷でしかねえわけだ」


 スバルは理華みたいにたくさん語り出すときがある。今がまさにそのときだった。


「だからこそ、生理的欲求に直結しない相手への願望や気持ち、愛情を重視するべきだって話もあるよな。あるいは女子とうまく付き合えるんなら、本能に従って種馬化したり、もめ事おこしまくったりするんだろうさ」

「……なんか、話の方向性が暗くて重たくなってないっすか?」

「結局、ひとりの人間とどう付き合いたいのかって話だよ。てめえの欲望優先か? それとも、人との交流を深め、相互理解に努めるか? 文明社会においては、後者のほうが尊ばれる一面もあるが。実際には欲望優先で遊べる奴ほど、若い頃には重宝されたりもする。女子にだって欲望は存在するからな」


 あーもう。あーもう! 聞きたくない!


「理華だってお前に対して欲望を抱えてるんじゃねえの?」

「ちょ、やめてください! そういうこと言うの! そういうの、ねえから!」

「お前マジで言ってんの? 男も女もやりたいときがあるんだよ。生理現象を無視できるところまで人は進化してねえの。幻想と付き合いたけりゃあ、タブレットやスマホやPC相手に自家発電してろ」


 くっ……。


「まあまあ。スバルの話は極端だけど、人には欲求があるというのは事実だね。どういう形で、どのようにして発散するかは個人差があるけれど。もしかしたら、ルイにはすでに希望を言っているかもしれないし」

「……え?」


 ワトソンの指摘に首を傾げた。


「と、とくにそんなこと言われた覚えはないっすけど」

「性的なことに限らない、とスバルが暗に伝えていただろう。ルイ、お前は理華に願いを伝えられたりしていないのか?」


 七原の指摘に思考を巡らせて、真っ先に思い出したのはあの告白の夜のこと。

 抱き締めたいって言ったら、理華はたしかに言った。まず好きだって伝えろって。

 なら、それが理華の欲望なのだろうか。

 それって、もう、結論が出ているってことだし。それは、じゃあ、つまり……自分との先を望んでいるということになるわけで。それって、それって――……。


「ごちそうさまだな。恋はいい……七原もスバルも順調のようで、なによりだ」

「そうだね、キサブロウの言うとおりだね! ああ、僕も誰かと恋したいなあ! ふたりで夜の雪降る街でデートして、かたっぽのポケットにふたりの手を突っ込んで、あったかいなあって言えたら幸せだろうなあ!」


 岡田はテンションが高すぎる。あとなにげにそのシチュエーション最高だ。頭領が聞いている昔の音楽の歌詞にあった気がするけれど。だからこその萌えシチュだ。


「そうだ。ワトソンはいま彼女いないんすか? 声かけたらすぐにできそうですけど」

「日本行きにあわせて彼女に振られたからね。傷心中だよ」

「好みのタイプ、こないだはさらっとごまかしましたけど。実際、誰かいいなあって思う女子はいないんすか?」

「恋は無理にするものじゃないからね。タイミングがすべてさ」


 う、うんちくがあるなあ。

 スバルとも七原ともちがう余裕を感じる。

 他人の余裕が気にくわないのがスバルだった。


「はっ。てめえでいくらでもタイミングを作れるようじゃなきゃ、気がつきゃぼっち街道まっしぐらだぞ?」

「スバルみたいに意識しないように意識している女の子なら、いるんだけどね」


 弄りながら、さらに話題の種をぶっ込んでくるワトソンにみんなして前のめりになった。


「え、だれっすか?」

「待て、クラスメイトじゃなくて先輩かもしれない」

「そうだな。よく二年生のユニス先輩と話しているが」

「いやいや! ユニス先輩はミナト先輩が守ってるし、そっちはないんじゃないかなあ!」

「つうかそもそもそいつは存在するのか?」


 最後になされたスバルの指摘がいちばんひどい。


「恋人がいる女性には魅力を感じないな。略奪には興味がない。むしろ興味があるのは――……」


 ワトソンが声を潜めて微笑む。


「自分が人生を捧げることで魅力的に成長する可能性がある女性だよ」

「「「 ……ほう 」」」


 それはまた、ずいぶんと業が深そうな発言ではないのだろうか。

 誰も何も言えなかった。悲しいかな、自分たちには恋愛経験が足りなすぎるようだ。

 おかげでワトソンが気になっている女子が誰なのか、誰もが尋ねることを忘れてしまったのだ。


 ◆


 風呂場で肩まで浸かりながら、一年生男子を眺める。

 女子がどうの、恋愛やセックスがどうのと盛り上がっていた。女子たちがコイバナに盛り上がっていたから、必然的な結果かもしれない。

 しかし、若いな。若すぎる。羨ましい。


「カナタ、そんなお父さんみたいな顔しなくても。彼女がいるからって、老け込むには早すぎるんじゃないのかい?」

「ラビこそ、コナとは順調なのか? シオリと三人で爛れているって噂になっているぞ」

「シオリは最近、ゲームの仕事に燃えていてね。彼女も自立のときが近いのかもしれない」

「……コナへの愛情は変わらないだろ」

「違いない。けど、なぜかな。最近の彼女、失恋しているみたいな顔をするんだ」


 思わず耳を疑った。


「なに?」

「ゲームの仕事の前後で顔がころころ変わる。それにため息が増えた。コナ曰く、夜に泣いていることもあるそうだ。江戸時代に来てから一緒にいる柊ちゃんも、何度か目撃したそうだよ」

「待て……シオリがどこかで恋をしていたっていうのか?」

「さらにいえば失恋もセットだ」

「あのシオリが……」


 ちっともそんな素振りを見抜けなかった。冬音に修行が足りないと言われるわけだ。


「僕は僕でコナちゃんが忙しいから、カナタとハルちゃんみたいにいちゃつくどころじゃないよ。それについてはカズマやユウリが羨ましいかな」

「ああ」


 ユウリは相変わらず逃げの一手のようだけど、カズマはわりと率先していちゃついているからな。クリスのあまあまあざといストレートな求愛を見ていると、うんざりしつつも羨ましくなる。

 春灯もそうだと気づいているさ。もちろんな。けど、生徒会の自分が規律を乱すのは、現在の状況からして望ましくない。


「ほんとに……羨ましいな」

「意外だな。カナタが露骨に羨むなんて」

「しょうがないだろ。夜、ふたりきりで過ごせるならいくらでも取り繕えるけどな? 団体行動しかできない現状じゃ、ろくにいちゃつけないんだ。いろいろたまりもするさ」

「へえ? ほんとにフラストレーションがたまっていそうだね?」


 楽しそうに肩を組んでくるラビを横目で睨む。


「お前だって人のことを言えないだろ」

「まあね! たまに本気でカズマとクリスを見て殺意が湧くかな。あはは! 僕がそんな気持ちになるなんて、なかなか新鮮な体験だ」


 ばしばしと叩いてくるラビの腕を払って告げる。


「だめだからな」

「え?」

「神水は作らないからな。コナとよろしくやるために作れって言うなら、他を当たれ」

「えー!? そんなこと言うなよ。僕とカナタの仲じゃないか」

「だめだ。神水を飲ませて酔わせてよろしくやろうなんて、俺が許すと思うのか?」

「コナちゃんの緊張をほぐして、ちょっとプライベートモードになってもらうだけだってば」

「それでもだめだ。彼女が飲んだら俺が作った神水だってばれる。そしたら、ラビだけじゃなく俺まで彼女に責められるだろ」

「意外と喜ぶかもしれないよ?」

「よせ。コナから、あなたのおかげでよろしくやれましたなんて報告は聞きたくない。もちろん、お前からもな」

「硬いなあ。僕の母国の人間じゃあるまいし」

「お前の母国はもはや日本だ」

「そうでした」


 ちっとも残念そうじゃない笑顔で湯船からあがっていく背中を見送って、持ち回りで刀鍛冶が浄水濾過している湯船から手を出して、顔を拭う。

 水音がそばで聞こえて、視線を向けると岡島がこちらを見ていた。


「どうした?」

「いえ。青澄は甘え上手の口説かれ上手っていうイメージですが、先輩はそれに溺れないんだな、と」

「それを言うなら、茨も愛され上手という印象があるが?」


 すぐに岡島のそばにいた羽村が笑う。


「ははは! あいつは元一年九組のアイドルのひとりですからね。彼氏の岡島が独占していましたけど」

「羽村は南先輩という超特大の高嶺の花を落とした。ほかのクラスメイトならいざ知らず、きみに言われても」

「おいおい。女子になってからの茨だってめちゃめちゃ可愛いんだぞ? 俺に話を押しつける前に、まずはのろけろって」


 肩を叩かれて、岡島が深いため息を吐いた。


「……早く現代に帰りたい」

「「 ああ…… 」」


 羽村と同時に唸ってしまった。

 羽村も岡島も、俺と同じ悩みを抱えているのだろう。


「なんだなんだ、しみったれてんなあ。先輩もお前らも、ひと目があったらいちゃつけないタイプってのは苦労が多そうですねえ!」


 沢城が絡んできた。豪快な笑い声が続く。月見島が笑っているのだ。


「ははは! いやあ、そうはいかないぞ。ギン、お前のように自由にとはいかないものさ。見回りを買って出て、こっそりよろしくしている抜け目のないお前とちがってな」

「けっ。それくらいの役得があってもいいだろ?」


 なんと。月見島の指摘が本当なら、沢城はなかなか抜け目ないな。


「だいたい、レオほど狡猾じゃねえぞ?」

「なにか?」

「涼しい顔しやがって。俺は知ってんぞ。姫宮とふたりで、偵察許可をもらって街でふたりで遊んでいるってな」

「任務をこなしながらだ。問題あるまい」

「ちっ。コマぁ! てめえはどうなんだ?」


 離れたところで背中を流していた狛火野が、うっとうしそうな顔をしてふり返る。


「マドカは忙しいんだ。俺だって、みんなを守るのに忙しい。結城くんや剣道部のみんなと警護するので精一杯だよ」

「ふん」


 なにが気に入らないのか、沢城はむすっとした顔で湯船を泳ぎ始めた。

 離れたところにいた鷲頭や八葉がはっとした表情をして、すぐに混ざり始める。相馬と虹野が苦笑いを浮かべて見守っていた。

 綺羅先輩がいたなら、怒鳴りつけていただろうな。卒業生は七組から九組までの三組のあとに入浴するから、いまはいないのだが。

 一年生がいるのだから、上級生の自覚を持って欲しい気持ちがある反面、こういうときは素直に息抜きをしてほしい気持ちもある。悩ましいが、ひどくならない限りは放っておこう。


「虹野や相馬はどうなんだ? お前たちも恋人がいただろう」

「え? いや……そうっすね。そもそも避妊具がないんで、自制せずにはいられないから。お互いにほどほどの距離を置いてます」


 相馬はいろいろと現実的だな……。


「んなもん、財布にいくつかいれときゃいいだけじゃねえか?」

「うるせえな、もう使い切ったよ。だいたいいつもは部屋に置いてあるんだ。はずかしがるから彼女に買わせたくないしな。そうなると、もう残ってねえの」

「この時代の避妊方法は、彼女にお願いできる類いのレベルじゃないね」


 住良木のしみじみとした追従に、男子一同で唸る。

 伊福部先輩の保健の授業で聞いている。男女の仲に進んでいる二年生と三年生には、具体的な方法を伝えてくれたのだ。

 和紙を噛んで、唾液を含ませて中に挿入し、行為のあとに排泄するという。使われる和紙には流行があるとかないとか聞いたのだが、あまりにも異物感がひどそうだ。経験済みの男子はえげつないと顔をしかめ、未経験の男子はますます気乗りしないという顔になった。伊福部先輩伝いに保健の授業をした真中先輩が見聞きした二年生と三年生女子の反応を聞く限り、女子たちのうんざり感は強そうだという。


「先輩、ゴムは作れないんですか?」


 岡島の問いに苦笑いを浮かべた。


「さすがに現代のレベルのものは無理だな。俺の学年の刀鍛冶が試したみたいだけど、正直ごくあつになるんだそうだ」

「「「 それじゃあ意味ないっていうか 」」」


 経験済みの男子が一様にうんざりした声を出す。

 彼女を愛し、気持ちよくなってもらうよう誰もが全力を尽くすけれど、同時に自分も気持ちよくなりたいというのが彼らの素直な願いだろう。俺にもよくわかる。


「それで、虹野はどうなんだ?」

「あ、えと……う、うちは、その。まだなので」

「「「 へえ? 」」」


 男子がそろって虹野を見た。彼の恋人は天使キラリ。二年生の中では屈指の美少女だ。知名度も抜群。一年生の後期に編入してきてからの大活躍は、二年生以上の生徒にとって記憶に新しい。それに春灯と山吹と三人でテレビの芸能活動を進めているし、彼女が下着姿で女性のファッション誌にグラビアを掲載したときには彼女の話題で持ちきりになった。

 女子だらけでもこの手の話をするのだろうか。わからないが。


「意外だな。付き合ってそれなりになるんじゃないか?」

「実は……僕が、その。踏ん切りがつかなくて」


 みんなで唸る。

 難しい問題だ、とても。気軽に乗りこえられるハードルじゃない。

 若さに任せて暴走したら、そのあとが怖い。

 彼女が望んでくれるのなら、あるいはその主張をしてくれたのなら?

 とても進みやすい。

 けれどそういかなかったら?

 タイミングを作るために、多くのことを乗りこえなくてはならない。

 そしてそれは、気軽に助言できる類いのものでもない。ふたりの問題だからな。


「そ、その。参考までに聞きたいんですけど、緋迎先輩はどうやって進んだんですか?」


 虹野の問いかけに腕を組む。沢城や岡島たち、周囲にいる全員が興味津々という顔を向けてきた。参ったな。話題が自分に向けられると困る。聞いた手前、無碍にもできないしな。


「うちは……そうだな」


 あんまり詳細に語って、それが天使をはじめとする、この場にいる連中の誰かの彼女から春灯に伝わろうものなら?

 しばらく口を利いてもらえなくなるだろうな。恥ずかしいことをみんなにばらすなって怒るだろう。目に見えるようだ。

 そしてこの手の話題は、言うなと前置きしても伝わるものなんだよな。だからあまり踏みこまなかったのだが。


「タイミングって、自然なものじゃないか? 俺も彼女も望んでいた。だから、あとはお互いに進むだけ。沢城は?」

「俺かよ。いやまあ……そんなもんじゃねえか? ふたりでいて、いきなりがっつくんじゃなくて。相手に触れ合うタイミングを、ゆっくりと作って進めていくもんじゃねえの? 相馬とかはどうだったんだよ」

「って言われてもな。タイミングがきたから、確認した。お互いの気持ちは一緒だったから、進んだ。ほかにいいようがねえよ。お前たちもそうだろ?」


 経験済みの連中がみんなして頷く。

 しみじみとした話題に切りかわってきたからなのか、興味を覚えた一年生たちが近づいてきた。俺も授業で面倒をみた、一年九組の日高が恐る恐る問いかけてくる。


「あ、あのう。えっちとか、そこまでいく前の話なんすけど。告白って、どうやってしました?」


 若い。可愛い悩みだ。けれど困る悩みだと十分わかる。愛する彼女に交際する前にした一回で済めばいいが、そうでなければ大いに悩まされるだろう。難しいことを彼女に伝えなきゃいけない瞬間もあるかもしれない。後ろ向きなことだけじゃなく、たとえばプロポーズとかもあるしな。

 泳ぐのをやめた八葉が顔を手で拭いながら笑う。


「相手の気持ちが肝心じゃねえの? 成功させたいなら、その方法は相手第一だよな」

「自分本位だと成功率がぐっと低くなるし、たとえ成功したとしても下手な告白は後で尾を引くぞー。俺がそうだからな」


 鷲頭がウンザリ気味に口にした言葉に、だれもが視線を向けた。


「ユニスに、お前の騎士になるって告白したことがあるんですけどね。今でも思うんですよねー。誰よりも愛してるとか、好きだとか、そういう内容だったら、授業でヘマしても嫌味を言われずに済んだなって」

「「「 ああ…… 」」」


 たしかに鷲頭はユニスによくダメだしをされている。手こずらされている場面ばかりみるな。


「トラジやリョータはいいよ。沢城たち去年の零組連中もな。岡島や羽村も羨ましいばかりだし、緋迎先輩はまじでその筆頭格ですし。けど、告白まだなら言っておく。あとで嫌味のネタにされるような告白はよせ! 一生いじられるぞ」


 しみじみと語る鷲頭にみんなの同情が集まるのだが、沢城が鼻で笑った。


「そんなのてめえが情けないからじゃねえか」

「ああそうですよ! けどね! ケンカの種にしやすくなるの! あとで後悔しても知らないんだから!」


 鷲頭の悲鳴にも似た返事に苦笑いしかでない。


「なに? 好きな奴がいんの?」


 八葉の問いかけに日高が恐る恐る頷く。


「素直に伝えりゃいいよ。ミナトもああだこうだ言っておきながら、ユニスにべた惚れだし。こんなの全部のろけなんだから。沢城もそれがわかってて弄ってるだけだしな」

「そ、そうなんすか?」


 日高に見つめられて、沢城が笑う。


「まあな。二年生のケンカするほど仲の良いカップルっていやあ、鷲頭とユニスだろ」


 二年生の誰もが違いないと頷くのだから、ふたりの印象は推して知るべしだ。


「素直に伝えるって、それがいっちゃん難しいんですが、それは」

「サプライズ考えてもいいし、ストレートにふたりきりのときに伝えてもいい。タイミングがどうこうとかあるけど、そんなの普段の会話とさほど変わらなくて。いまがそのタイミングかどうか、相手を思えば自然とわかるだろ?」

「ああ、よせよせ。八葉は勘所がいいからさらっというけど、誰もが真似できるもんじゃねえよ」

「そうか?」


 八葉の問いかけに鷲頭が頷く。そしてすぐに日高を見つめて説明を始めた。


「おう。ひとまず、ふたりきりだな。それが鉄板だ」

「ふ、ふたりきりっすか」

「トイレの後とか、彼女の体調が万全じゃないときはよせよ?」

「元気なときってことっすか?」

「だいたいな。風邪とか一日いやなことつづきで救いを求めているときのアプローチの方法もあるけど、初心者にはお勧めしない。とにかく、相手の自分への気持ちがどんなものか把握したうえで、言葉を選べ」

「急にむつかしくなってきました」

「勘違い男子になるかどうかは、すべてここに掛かってる! いいか? 友達のとき、顔見知りのとき、相手が実は自分を意識してないとき、それぞれで伝え方がかわってくるぞ」

「先輩、めちゃめちゃ心が折れそうです」


 ふたりの会話を聞いていると頭が痛くなってくるな。

 見かねた様子で、日高と同じクラスの天王寺が口を挟む。


「なあ、ルイ。どう見ても理華はてめえを意識してんだろうが。当たってこいよ」

「く、砕けたらどうしてくれるんすか!」

「お前がそうとうのヘマをしなけりゃ大丈夫だろ。保証はしねえけど」

「だめじゃないっすか!」

「だったら夜中に連れ出して、夜空に例えて告りゃあいいんじゃね?」

「それヨゾラと同じ流れ!」

「テンプレがあるほうがわかりやすいだろ?」

「いや、理華にそれやったら一生いじられる気がするっす!」

「じゃあ何かをアレンジしろよ」

「だからその時点で心が折れそうっす!」


 楽しそうだなあ。

 片思いのタイミングが、もしかしたら一番挑戦事項が多くて、一喜一憂しやすいのかもしれないな。両思いになったらつまらないというわけでもないのだが。

 現に俺は春灯との関係において、終始ドキドキしっぱなしだ。落ちつくと思った次の日には、落ちつかない気持ちにさせられてばかりいる。

 幸せの形は変わる。けれどどちらも充実している。

 難しいのは、欲と真心が同時に存在するところかな。

 身体と心、相手と自分。ふたりですべてを満足させるには、俺たちは恋愛を知らなすぎるのかもしれない。

 そう考えると、春灯にはずいぶんと助けられている。俺の愛情とあまあまを求めてくれるから、俺も応えやすい。逆に言えば、俺は春灯ほど求めるのがうまくない。たまにあいつから不満をかなり遠回しに伝えられることもある。もしかしたら、春灯はマドカやキラリ、仲間や佳村に愚痴っているかもしれないし、それを止められる気もしないな。俺もラビやカズマたちにはたまに相談しているし。

 恋は難しい。本当に。


「日高。お前の気持ち、立沢に喜んでもらえるといいな」

「が、がんばります」


 意気込む日高に頷いて、湯船からあがる。

 明日から忙しくなる。せめて鍛錬には余念がないようにしないとな。


 ◆


 先輩たちやスバルの助言に頭を抱えながら、お風呂から出た。先輩たちに促されるままに列車に乗り込んだら、隣に理華が座ってきた。すごく爽やかで甘い香りがしてきて、心の底からどきっとする。


「ねえ、ルイ。聞きました? 先輩たち、こっそり夜に抜けだしてるって話」

「あ、ああ……まあ。見回りとか、偵察にかこつけていちゃついてるって」

「それそれ。せっかく江戸に来たんだし、夜の街も見てみたくないです?」

「さすがに、脱走事件のあとで抜けだしたらめちゃめちゃ怒られる気がするけど」

「かたいなあ」


 肘で脇腹を突かれる。落ちつかないどころの騒ぎじゃない。

 お風呂あがりの理華からは身体のすべてが蕩けそうな香りがする。聖歌の殺人的かつ麻薬みたいな魔力はないにせよ、好きな女子の香りっていうだけで死んじゃう。挙げ句の果てに、接触まで! 殺されてしまうんじゃないだろうか。あまさで。


「ルイとふたりで遊びたいなあって思ったんですけど。私たち、江戸に残る予定ですし。夜の撤退経路の確保とかいって、出られないですかね?」

「さ、さあ?」

「ルイならできるんじゃないですか? ほら、ニンジャーですし」

「いや伸ばさなくても」

「どうじゃー?」


 可愛すぎてつらい。からかわれているのがわかりすぎるし、十分すぎるほど心がくすぐられている。むらむらするし、たまらない気持ちになる。湯上がりじゃない理由で顔が熱い。

 好きだってスイッチが入っている。間違いない。そうなるともう、彼女がそばにいると考えるだけでどうにかなりそうだった。


「じゃ、じゃあ……提案してみます?」

「ぜひ! 生徒会長に言って、お許しもらったら、ふたりで散歩しましょう」


 彼女は積極的だ。こないだはお預けを食らわせてきたのに、いったいどういう風の吹き回しなのか。理解できない。身内の時雨の気持ちさえわからないのに、賢くて暴れ回る理華の心はもっとわからない。


「デートですね」

「な、なな!?」

「待っているんですけどね。誰かさんは、いつになったら言ってくれるんですかね?」

「そそそそ、それって!?」

「あ、ちなみに今はそういうタイミングじゃないんで。ふたりきりのときにお願いしますね?」


 耳元に唇を寄せてきて、彼女が囁く。とびきり甘い声で。


「今夜、私のことを好きだって言ってくれないなら、なにかひとつ言うことを聞いてもらいますからね?」

「え!?」

「それじゃ、またあとで。まずは生徒会長にアタックしてきます」


 蕩けるような笑みを向けて、理華が離れていく。

 見送りながら、足が笑っていた。立ち上がれる気がしない。そもそも、彼女に勝てる気がしなかった。

 いっそ女子とチームを組んで自分をからかっているって見たほうがたしかな気がするくらい、積極的。

 わけがわからない。わからないけど。

 彼女が好きだ。それだけはもう、間違いない事実だった。




 つづく!

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