第五百三十八話
スマホで撮影した短い動画を連続再生する。
聖歌と美華と私の三人の寝姿とか、江戸の街を練り歩くみんなとか。
七原くんと姫ちゃんのふたりがかんざし屋さんで濃密な時間を過ごしている瞬間もだし、スバルが聖歌にアタックしはじめた瞬間も、ほっぺたにキスされた瞬間もばっちり収めた。
キサブロウが精神鍛錬だといって座禅を組んでいる横で、同じように座禅を組んだ岡田くんがじっとしていられなくてワトソンくんに棒を肩に当てられていたりとか。
あー、やべえ。超楽しい。この経験だけで士道誠心に入って満足できる価値がある。
不安はないのかって? ないない。欠片もね。別にそれは誰かがなんとかしてくれるだろうって思っているんじゃなくて、理華が自ら率先してあちこちに絡んで、大丈夫だと信じるに足りる行動を把握しているからだし、手助けできる限り手助けしているからだ。
行動が未来を切り開く。どんな人生であろうとも。もしそうならいいけど、そんなことはない。うまくいかないことだってたくさんある。
大事なのは継続だね。そして切り開くための思考と分析。
今回において、一年生のキーパーソンはふたり。ひとりは言わずもがな、姫ちゃんだ。美華が信奉する明坂ミコによれば、姫ちゃんが鍵。
となればもうひとりは必然的に、美華。明坂ミコがどれほどのものなのかを把握しているはずだし、もっといえば美華の力はもしかしたら明坂ミコに繋がる何かが秘められているのかもしれない。
しかし美華のガードは異様に堅くて、明坂ミコについても美華の力についても、どれだけ聞こうと答えてくれないから困りもの。
風呂のときにでも背中を見てやろうと思ったんですけどねえ。その風呂が実は問題なのでした。
「えー。みなさんにお知らせです。水を確保できない現状では、我々が入浴するためには湯屋に行かないといけません。ですが、先日お伝えしたとおり湯屋は混浴です」
生徒全員を庭に集めて生徒会長が言った単語に男女どちらもウンザリ気味の顔をしている。
そりゃあそうだ。そういえばそうだった。ペリーも日本の混浴文化に驚いたっていうね。
しかも女子の背中を流す男や、男子の背中を流したり性的なサービスをしたりする女もいる。
もっというとお湯の温度がとびきりあついし、さらにいうと湯があまり変えられていないので衛生的にもどうなのって話なんですよね。
それに作法もいろいろとあるんだとか。声がけをしながら入ったり、すけべ野郎から身を守るために怒鳴ったり、ケンカに巻き込まれたりもするらしい。
現代っ子の私たちが入っていけるような空間じゃありません。間違いないね。
「しかも髪を洗うのは御法度です」
女子を中心にため息がこぼれる。
ついた頃は疲れていたからそれどころじゃなかったけど、そろそろ心の底からお風呂を楽しみたいっていう声があがりはじめている中で、生徒会長のお知らせはまさに痛恨の一撃だった。
「混浴を期待して、本日抜けだした男子がいました。でも、我々のお風呂は、与えられた邸宅の地下から海沿いへ地下鉄特急で移動。たどりついた先にある海中風呂です。今日も同じアナウンスで申し訳ないけれど、一度に全員が入れるわけではないので、例によって縦割り一組から入浴とします」
七組から九組にかけてブーイングが、一組から三組にかけては歓声があがった。
「静かに! 明日は反対からやるし、そもそも明日は移動を開始する日です。リラックスして、戻ってきたら早めに寝るように! よろしい!?」
「「「 はいっ 」」」
全員の返事に満足げに頷く生徒会長の横に、生徒会のメンバーが出てきて声をあげる。
「それじゃあ一組から三組までのメンバーはこちらへ!」
「ほかのクラスは入浴準備して待っててね? 外出は禁止! どうしても外に出たい人は声をかけること!」
きびきびと動く生徒会の人たちと、春灯ちゃんを含めた有志の先輩たちによって誘導が始まる。スバルがぼやくように「部屋で花札やろうぜ」って言って、一年九組みんなが歩きだすなか、私はそっと美華に歩みよった。
「ねえ、美華。背中流してもいいですか?」
「……なに。どういう魂胆?」
「えー。そこで疑います? 善意ですって!」
「あなたの善意には裏が存在することくらいわかってるの。なにが目的?」
嫌われてんなあ。いつも寝ているときはくっついてんのに。まだまだ心の距離を感じる。
「お近づきになりたいだけですけど」
「まだお姉さまの話、諦めてないの?」
ばれてんなあ。
「気になるんで。美華という人間を知るためには、欠かせないでしょ?」
「物はいいよう……でも話せることはなにもない。そもそも言うことができないんだから」
「ふうん。まるで秘匿事項のような扱いですね。契約でもかわしているとか?」
「――……あなたとこの話はもう二度としない」
やっべ。ナチュラルに核心ついちゃった。姫ちゃんのときといい、ついついやらかしちゃうな。さじ加減が難しい。中学時代は猫かぶっていたからなあ。学外じゃ暴れまくりでしたけど!
契約ないし秘密にしなければならない枷があるのなら、これ以上つついても仕方ない。
「じゃあ別の話をしましょうよ。どうして明坂ミコと出会い、どんな仕事をしてきたのかとか。美華の仕事っぷり、知りたいなあ?」
「ネットで検索して、動画でも見たら?」
「ああん、つれない! そんなこと言わず、教えてくれません? 仲良くなりたいなあ?」
「……それ、尻尾を消してから言って」
むすっとした顔で後ろを睨まれてふり返ると、あれまあ。尻尾が飛び出てご機嫌そうに揺れていた。睨みつけたら一瞬で引っ込んだけれど、ひとめで悪魔のそれとわかる尻尾は都合が悪い。
「ねえ、理華。聖歌みたいに本音を語れなんて無茶は言わない。私には無理だし、誰にでもできることじゃないと思っているから。でも、あなたの語る好意が本物だと、最低限錯覚させて。じゃなきゃ心は開けない」
「……正論ですね」
手強いなー。春灯ちゃんたち金光星の三人組みたいに、聖歌と美華と一緒に行動できたらなって思いはある。素直にふたりと一緒にいるのが楽しいと思えるから。
でも聖歌ほど剥き出しに生きられない美華も私も、お互いの腹を探ってしまう。
春灯ちゃんたちのことは参考になるよ。春灯ちゃんは聖歌みたいに、素直に生きている。マドカちゃんも基本的には素直だけど、実は腹の底を見せない一面もあると最近気づいた。
生徒会長と防衛シフトを組んでいるときの学生ひとりひとりの戦力分析と冷静かつ客観的な評価はどれも容赦がなくて、だからこそ生徒会長はマドカちゃんを頼りにしていたんだ。決して生徒ひとりひとりに評価を明かさず、無邪気に接しているけれど。あの人は器用だと思う。
キラリちゃんはもうね。まんまツン猫。美華にすごく似てる。でも美華とちがうのは、ぶっきらぼうだけど面倒見がすごくよくて、率先して誰かの世話を見ているところ。
別に美華を非難したり批判しているわけじゃない。一年生、入学したてでキラリちゃんみたいに振る舞えたら、そいつはかなりの行動派かつ真性のお人好しだと思う。いまどき、そんな人間めったにいないもんだ。特に十五、六才にはね。
二年生のように、そのさきの三年生や卒業生や大人たちのように。私たちらしい絆を結んでみたいと素直に思ってる。けどそれは、聖歌や美華たちクラスメイトに見せたことのない私の一面だ。率直に伝えて届くとも思えない。
でもまあ、言葉にしないと伝わらねえんだよな! わかってますよー、それくらい。
「見ていて羨ましくなりません? あれ」
ぴっと指差してみせる。
すこし離れたところで、春灯ちゃんがマドカちゃんとキラリちゃんと三人で話しあって、楽しそうに笑っていた。
「……私、マドカちゃんはまだしも春灯ちゃんもキラリちゃんも嫌いだし」
「うっそだー。こないだの深夜のカラオケ合戦以降、ちょいちょい春灯ちゃんの歌くちずさんでいるのはどこのだれかなー? マドカちゃんのトーク力はもちろん、キラリちゃんの雑誌について男子がエロ目線で語っていたら熱くダメだししていましたよねー」
「し、しらないし」
「春灯ちゃんの歌に至っては、春灯ちゃん作詞の歌とか、渋谷のゲリラライブでたった一度流されただけの曲なし大熱唱の歌の割合がめっちゃ高いんですよねえ?」
「ああもう! 三人とも本当は好きですよ! これで満足!?」
そんなにすぐ怒らなくても。恥ずかしがるポイントがよくわからないぞ!
「まあまあ落ちついて。たとえば聖歌と私たち三人で、あんな風になれたら素敵だなあって思いません?」
「――……私、仲間は明坂に既にいるし」
「そんな悲しくてさみしいこと言わないで! 士道誠心でマブつくろうぜ!」
「あのね。この時代でマブとかいうと」
「わかってますって、冗談ですってば。とにかく、姫ちゃんに詩保にツバキちゃんも含めて、もっと深いお友達になりません? 理華はなりたいなあ。まずは特別な三人に。どうです?」
「理華と私は相性が悪いと思う」
かたくなかよ。
「あなたは私の中ではライバルだから」
「ライバルだからって憎み合ってケンカしなきゃいけない理由もないでしょ?」
「――……やっぱり、相性悪い」
むすっとする美華を見て笑う。図星つかれたでしょ、いま。
「仲良くしようぜ! してくれなきゃ、岡田くんばりのハイテンションで絡みつづけんぞ!」
「絶対やめて」
即答かよ! 岡田くんがかわいそうだろ!
「美華は岡田くん苦手です?」
「昔の仕事でめちゃめちゃ絡んできた芸人さんにハイテンションぶりがそっくりで、ちょっと苦手」
「ふうん? じゃあじゃあ、好みの男子のタイプは?」
「そもそも男子にあまり興味を持てない」
「おーぅ」
ゆっくりと歩きながら屋敷に入りつつ、周囲に視線を向けた。
別の部屋に入ったり離れていく男子たちが一斉に視線を逸らす。実はなにげに私たちふたり、見られてる。美華への視線の比率は高い。
九組女子への男子内評価は高いようだ。去年は春灯ちゃんと茨先輩だけしか九組に女子はいなかったようだから、去年以前の評価は大して参考にならねえな。一組から八組にかけても可愛い子だらけだし、男子の見る目はまだまだ成長中のようだけど。
美華は美人というだけじゃなく、芸能人パワーという強力な要素を秘めているからなあ。東京や関東近郊育ちの男子はそうでもないけど、地方から来てる男子にはまだまだ効果覿面のようだ。
一年女子の中でも高嶺の花扱いである。ちなみに同じポジションにいた姫ちゃんは七原くんとの噂により陥落。手の届かない人に落ちついている。結果的に、お近づきになりたいフリーの女子では美華が憧れの的におさまりつつある。
その美華が男子にあまり興味を持てないっていうのは、残念なお知らせって感じ。
「男嫌い? それとも女子好き?」
「恋愛嗜好を問われても、まだよくわからないかな。お姉さまは別格なんだよ? けど、そうじゃなくてさ。そもそも、自分の嗜好を突き詰めて把握している人間なんて、十代にどれほどいるの?」
「なかなか日本人にしては珍しい意見なのでは。いや、概ね賛成ですけどね」
十代は特に迷いやすいとかなんとかいいますよねー。恋愛経験の数からみても、多い人ならいざしらず、そうでなければわからないだろうし。別に批判しているんじゃなく。
「男の子のやらしい視線とか、下心は嫌い」
ばっさりだなあ。
「美華は性的なことはシャットアウト派です?」
「必要がなければ知りたくないし、触れたくもない。だって、欲望のはけ口でしかないじゃない」
「あー……」
聖歌と美華だと見ている世界が丸ごとちがいそうだなあ。どちらも実は同じ世界に住んでいるし、捉え方の問題でしかないけれど。察してしまうのは、美華がそう考えるに至る経緯に関わった男連中はろくでもなさそうだということだけ。それだけで十分でもある。
「そういう男子だけじゃないのはわかってる。姫と七原くんとか……スバルと聖歌みてるとね。恋も悪くなさそうだって思うけど。信じられる男の子と出会えるとも思えないの」
私とルイの名前があがらないのは、ルイがそのへん残念男子だからかなー。あいつの下心はわりと素直に顔にでるからなー。だからこそ、顔に出なかった「抱き締めたい」発言はかなりの衝撃だったんだけど。
「身体を消せない限り精神的な結びつきだけで完結しないし、精神的な結びつきを重視していても身体の距離を否定しきれるわけでもない。性的な関係がなくなったとき、それは離婚における条件として立証されれば認められることもあるそうです」
「ちょっと。夜に授業?」
「いいから聞いてくださいよ。世間的に見て肉体的な関係は否定したり拒絶しきれるものじゃないって話です。逆に言えば、それをお互いに納得してできる相手であればいいってことじゃないですかね」
「姫ほど前向きならまだしも。したくない人間はどうしたらいいの?」
「自分に触れたいと思わない相手を選ぶ、かな。子供は作れませんけどね」
「養子をとればいい」
「養子の制度を利用するためにはいろんな条件を満たす必要がありますし、養子になるに至った子供の心身のケアを、人に触れることをためらう人がどれほどできるのかって考えると、難しい問題です」
「――……ほんと、やなことばかり言うのね」
「現実的って言ってもらえれば」
にっこりしながら伝えると、美華は深いため息をついて腰を下ろした。
すこし離れたところでスバルがルイやワトソンくんたち男子連中で花札をしているし、姫ちゃんは詩保とツバキちゃんと真面目な顔をして何か話しあっている。おおかた姫ちゃんの七原くんアプローチ作戦じゃないかな。
聖歌は春灯ちゃんにくっついて、二年生のお姉さんたちに可愛がられていた。素直だし甘えん坊だし人なつっこいから、聖歌はよく先輩たちに可愛がられている。
そこいくと私と美華はポーズを取りがちだ。美華のポーズは、触れずに済ませるために理由を作ろうとするポーズ。
「別に美華の気持ちを否定する気はないんですよね。私もルイに抱き締めたいって言われて断ったんで」
「え、と。衝撃的すぎて戸惑うんだけど……それは、なんで? あなた、傍から見てもルイを気に入っているじゃない」
「いや、そうなんですけど。自分に触れる相手の感情が下心とか、その場の勢いとか、そういうんじゃなくて。もっとちゃんと、真摯に、愛情から求めてほしいって思うんですよ」
「――……それなら、わかるかも」
「ね? 結局、えっちな気持ちで求められてもね。そういうのの相手してやんぜっていう状態だったり、そういう仕事すんぜって決めていたならまだしも。こちとら、恋愛するなら満喫したい女子なので、そういう相手が欲しけりゃよそで探すか成人してからお金を払ってお店でどうぞって感じです」
「そう、そうなの――……まさに、それ。仕事していて、うんざりする気持ちにさせられることがあるの」
ぽつりとこぼした美華の言葉で、だいたい想像がついてきた。
活動を中止していたと男子たちの噂で聞いたよ。突然アイドル活動を休んだ美華のうんざり気分って、背景を考えると闇しか感じませんねえ。
「美華は好きな気持ちじゃなくて、行為から下心や欲望を感じちゃうから、ヘイトがたまっちゃうんじゃないんですかね? 男子が大勢みてきても、頭の中でどんなめにあってるんだろうかと思うと辟易しちゃう、みたいな」
「多くの男子はやらしいもの」
言いきる美華、辛辣!
「いや、そればかりじゃないと思いますけども。純粋に綺麗だなあ、かっこいいなあとか、素敵だなあ、かわいいなあって思っている純な男子もいると思いますけども」
「でもやらしいこと考えてる人はいるもの」
かたくな!
極端すぎるけど、でもそう思うに至るだけの事件に遭ったのかもしれないと思うと、簡単に否定もできない。
たとえば私を抱き締めたいって言ったルイから今まで一度も下心を感じたことがないわけじゃなかったしなあ。
愛情は真心。恋心は下心とはよくいったものですねえ。
自分に向けられている感情が正しくどちらなのか判定する術なんて、恋愛経験を積み重ねないとまーわからないだろうし。鼻の下が伸びてればアウトとか、そういうわかりやすい判定機能があったらいいけど。
ああ、だからわかりやすいステータスでジャッジしたりするのかな。それはそれで個人的には短絡的にも程があると思いますけどねー。
たとえばお金持ち男子たちは言いよってくる女子がいて、彼女たちが綺麗なのはもはや当たり前だから、お金目当ての女子ははなから相手にしていなくて、女子の能力や性格を判定する材料にしたりするんだとか言いますよね。結局ハイソな男子と女子は同じくらいの人間を相手にするっていう。
闇しか感じねえな。あーやだやだ。そういう話をしたいんじゃないんですよね。
「たとえば、ワトソンくんが真剣に告ってきて、しかも美華を真剣に愛するための一環として、美華がいやがらないような形、範囲で下心を向けてきたらどうです?」
「イケメンだからなんでも許すっていう風潮は個人的にはどうかと思うんだけど。イケメンだろうとクソ野郎は大勢いるし」
「ま、まあまあ」
芸能界で働いていた美華にイケメンを例に出すのは失敗でしたね!
「でも許せる下心があるかもしれないというのは悪くない着眼点かも」
「ほら。子犬みたいな顔で見つめられるとつい許しちゃうみたいな、そういうのあるらしいですし」
「聖歌にじっと見つめられると、私はついなんでも許しちゃう」
「それはたしかに」
ふたりで思わず笑ってしまった。
足音が近づいてきて「なんの話?」と春灯ちゃんたちが声を掛けてくれたの。聖歌が春灯ちゃんの腕にぎゅっと抱きついて、私たちをじっと見つめている。噂をされていたなんて気づいていないだろうなあ。
ひたすら可愛くてしょうがない。
「聖歌のじっと見つめる視線には弱いって話です。あと……」
言いながら見た。春灯ちゃんのそばにキラリちゃんもマドカちゃんもいて、茨先輩もいる。
四人とも彼氏持ちだったはず。となれば、ちょうどいいかもしれない。
「片思いとか、それ以前に、男子の下心に対してどう心構えをするべきか、みたいな?」
「先輩たちは、彼氏の下心にうんざりしたりしませんか?」
美華はずばっと聞きすぎじゃないだろうか。けれど、三人の先輩が揃って春灯ちゃんを見つめるの。どうしてなのだろうと思ったときには、春灯ちゃんが居心地悪そうに身体を丸める。
「えっとう……そもそも、自分が彼氏に下心を向けることもあるので。お互い様なのでは?」
なんと。自分の下心か!
美華も私もそれは考えつかなかったぞ。
「相手が好きで、したいなあって思う気持ちが自分の中にあるから。相手も同じ気持ちを抱いているときにはできるだけ応えるし、応えたいし。お互い無理なら変にケンカしたくないし、無茶はしない……よね?」
恐る恐る三人の先輩に尋ねる春灯ちゃんに、最初にマドカちゃんが肩を竦めた。
「手を繋いだり、ハグしたりキスしたり。それをしてお互いに解決できる瞬間ってたしかにあるもんね。誰に対してもできるわけじゃないから、それをするっていう許しの感覚が必要なとき、お互いに躊躇わないほうがいいと個人的には思うかな」
「あんたはちょっとは躊躇った方がいいと思うけどな。春灯とは違う意味で」
「キラリぃいい!」
「ええい、抱きつくな!」
しがみつくマドカちゃんの頭にげんこつを当ててから、キラリちゃんがむすっとしながら尻尾を揺らす。
「デートとか、片思い中とか、それ以前の段階でも、相手を知るために話したり、一緒に遊んだりするだろ? そしたら、お互いに相手に求める気持ちや行為に至るきっかけが生まれてくる。それがあればやればいいし、なければそれまでってことなんじゃないか?」
「キラリは冷めているのでは?」
「そんなことない。ただ、しなきゃとか、したくないって思っている段階は、もしかしたら恋愛以前の状態でしかなくて。ああ、こいつとしたいんだなあって思えるかどうかなんじゃないかってことだ」
「「「 おおお…… 」」」
先輩たちが三人そろってキラリちゃんの言葉に感激していた。ちなみに私も美華もだし、離れて話していた姫ちゃんたちすら気になったのか近づいてきたよ。こっそり小声で経緯と会話の内容を伝えたら、羨望の眼差しがキラリちゃんに集まる。
「そ、そんな目でみんな」
「キラリの言うことわかるなあ。そうだよねえ……」
春灯ちゃんが視線を遠くに投げた。そこには二年生でめちゃ強いと噂になっている沢城ギンさんがいて、そばに彼にいつもくっついている女子の先輩が寄り添っている。
「結局、相手を求める気持ちが自然に答えを出すんじゃないかな? キスも、手を繋ぐのも、ハグも、えっちも、したいなあって思えたらすればいいし、そういう関係になるわけで。無理だなあって思うなら、無理だし。基本的に、恋人がいればそれだけでいいやって思える相手と付き合えるかどうかでしかないのかもね」
暗に浮気や二股以上の関係に対するアンサーさえ出す春灯ちゃんに、みんなでしみじみと頷いた。聖歌が春灯ちゃんに身体を預けながら、ため息をこぼすように言うのだ。
「特別な人……その人がいれば、その人とならなんでもできちゃうって信じられるような……特別な恋。見つかるのかな」
視線が花札をして盛り上がっている男子の中で笑うスバルに向かう。
「恋は落ちるもの? それともするもの?」
その問いにみんなで唸る。
気づけばどんどん、二年生や三年生の女子まで気にして集まってきた。男子がこちらを気にしてちらちら視線を送ってくるけれど、あまりの女子比率の高さに尻込みしているようです。
「うーん。私は両方あり派かな。落ちても自発的に好きって近づいても、結果的に幸せに進められればいいじゃんって思う」
「春灯らしい答えだな。けどあたしは……どちらかといえば、落ちるものだと思う。自発的に好きって思ってる時点で、恋に落ちているんじゃないか?」
「哲学的な話してもしょうがないんじゃない? こう……心と体が、気がついたら相手を求めちゃっている。そういう瞬間が恋なんじゃない?」
金光星の三人の定義に、みんながそれぞれ悩み始めた。
それはつまり。
「答えは人それぞれにあるみたいですけど。相手を気がついたら目で追いかけていたり、気にしている時点で恋という状態になっているって感じですかね?」
私のまとめにみんな複雑そうな顔で頷く。
最初にしみじみと春灯ちゃんが呟いた。
「最初は、この人には私がいなきゃだめだなあっていう……そんな感じかなあ」
緋迎先輩って、真面目だし運動めちゃめちゃできるし、きれい好きだし清潔だしかっこいいけど。生徒会にいてきびきび働いているけれど。春灯ちゃんからみたら、そんなことないんだなあ。なんかいいな。自分しか知らない相手の一面を捉えて、それを大事にしている感じ。
「あたしは……こいつは気がついたらあたしのそばにいて、絶対に助けてくれるんだっていう安心感が強かったかな」
キラリちゃんの語る恋もいいな。小さい頃に夢見る、男の子への理想観が強いけれど。だからこそ普遍的な魅力があると思う。
面白いのは、性格的に背中合わせに見える春灯ちゃんとキラリちゃんの恋への姿勢もまた、背中合わせに見えるところ。
「ふたりはいいなあ。私はどちらかといったら……自分を好きになってくれて、認めてくれる男の子がいてくれる、そんな幸せからだもん」
マドカちゃんの恋もとても素敵だと個人的には思う。だって誰しも自分の居場所をくれる相手をどこかで求めてしまう。それは時には親や友達や教師かもしれないし、仕事仲間とかだったりするかもしれないけれど。
恋人や伴侶がそういう精神的な居場所をくれるのって、望外の許しだと思うんだ。十分、それだけで愛情になると思える。
あはは、と笑い声をあげて茨先輩が、
「結局さー。こいつがいると俺は幸せなんだなーっていう、それに尽きるんじゃね?」
なにげなく言った言葉がなにより的確に真理をついていた。
ああ、とみんなで頷く。
「だからさー。そういう相手になら、下心だって向くし、向けられても、別にどうってことなくてさー。そういう相手がみつかりゃあいいよな。それか、そういう距離感になれるように、ふたりで近づけるといいっつうか」
さらに重ねられる真理に上級生よりも一年生で、それぞれに考え込んでしまった。
姫ちゃんも、ツバキちゃんも、聖歌も。
詩保も美華も、もちろん私も。
考えるのはもちろん、ルイとの関係だ。
ルイの下心を許せるだろうか。そもそも私はルイに下心を持てるのだろうか。
わっかんね! つうか、恥ずかしすぎて認めるのが難しすぎるな!
ルイに抱き締めてもらいたいか。ルイにキスしてほしいか。ルイなら……そのさきをしてみたいと思えるかどうか。
うっわ。やばい。これはやばいぞ! めちゃめちゃ恥ずかしいぞ!
「春灯は年中無休でストレートに生きてるよな」
「キラリはむしろ虹野くんに気を持たせすぎなのでは?」
「マドカやあんたと違って、うちはゆっくりペースなの! ほっとけ!」
むすっとするキラリちゃんに、二年生のほかの女子の先輩が笑う。金髪の女の子とちっちゃな女の子だ。たしか二年九組の先輩だったと思う。
みんな悩んでるんだ。彼氏と彼女の関係になっても、気楽に迷わず進めるわけじゃないのかもしれない。考えてみれば当然だ。人と人のことだから、そのときどきの気分や状況でいくらでも変わる。繊細で難しいもの。友達同士ですらそうなんだから、もっと精神的にも肉体的にも距離が近づきやすい恋人同士や、一緒に暮らしたり生活をする夫婦間なら、より長期的かつ複雑な困難がいくらでも待っているのだろう。
それでも、一緒にいると幸せなんだよなあって思える相手かあ。いたらいいよな。そういう関係になれたらいいよな。
それはルイ? ルイなら、私の下心も受け止めてくれる? たとえば……好きって素直にストレートに告白してくれたりする? 愛してくれているんだって感じさせてくれる?
わっかんねえな。わっかんねえけど。
ルイがそれをしてくれたらいいのにって思うのは、私の下心であり、恋心なのかも。
あまあまで生きるのなら、素直にアピールしてねだって求める。可愛く、あざとくね。それはそれでいいと思うんだ。たとえば春灯ちゃんは、その道を全力で、しかも幸せマックスで進んでいる。心の底から素直に羨ましいなあって思う。
姫ちゃんだって、なんなら聖歌だって、彼氏さんが大人だというツバキちゃんさえ、その道をいくんだろうなあって横で見ていて思うし、ふたりに対しても羨ましいと思うばかりだ。彼氏に素直になれる女子はやっぱさ、可愛いよ。傍から見ていても。巻き込まれるのはごめんだけど、そうじゃなければ素直に祝福するもん。
でも私は春灯ちゃんほど素直でもなければ、照れちゃうし、恥ずかしがりまくっていじわるさえしてしまう。お預けだって余裕で食らわせたし!
あまあまに、ちょっと塩を振ってひと味きかせてしまう。きっと私、天の邪鬼なんだよ。
好きだって言われたら「私は大嫌いですよ-。うそ!」って照れかくししちゃうんだ。
たぶん美華も詩保も、私と同じタイプだと思う。キラリちゃんもね。
違いがある相手を羨んでも、妬んでも、自分を下げても上げても意味がない。
ただ自分がどういうタイプなのかを把握して、恋に挑むくらいはしてもいいかもね。
「大好きって言葉を使わずに、どう伝えます?」
みんなが私の問題提起に顔を見あわせた。
「理華ならきっと……そばで目を見つめちゃうかな。なにげない瞬間に会いたいって思うから、声を掛けるし。こっそり待ち伏せだってしちゃいます」
「待ち伏せって」
「偶然を装って会う流れを作ったり、うんざりされてでも困らせたりもしてみたいし。無茶なお願いしてみたり、構ってもらうためになんだってしちゃうかな」
男子だらけでこちらを気にしつつ花札を続ける背中を見つめて。
「それくらい……本気になったら、人生を重ねたいなあって伝えます。好きな人の人生が、理華で埋めつくされたらいいのになあって。あ、もちろん、自立してもらうのは当然だし、働いてもらわないと困るんですけど!」
春灯ちゃんがなぜか「愛が重い」って呟くの謎。
「それは、つまり……理華はそれくらい、相手に自分の人生に入ってきてほしいわけ?」
「だって愛が真心なら、理華が相手の心の真ん中にいなきゃいやじゃないですか」
ああ、とみんなしてしみじみ言うの何故。
それぞれにさらに悩み、考えごとに耽り始めた時だった。
生徒会長が部屋に顔を覗かせて「七組から九組、入浴準備してね」と言ってきたから恋愛談義はお開きになったんだけどね。
「下心から真心へ。欲とか理想とか、そういう感覚的なものから落ちて、気づけば真ん中にいる相手。見つけたら私も幸せになるのかな」
「私は……なれると思うな。クラスのみんな、既に心の真ん中にいるし。彼が中心にいて、とびきりぽかぽかするもん」
美華の呟きに姫ちゃんが夢見がちに言っているの、可愛すぎて尊すぎた。
「恋ね……恋かあ」
「詩保にも、素敵な人、くるよ」
「ありがと」
ツバキちゃんと笑い合う詩保のふたりもね。
聖歌はじーっとスバルを見つめていたから、横に並んで私もルイを見つめてみる。
よくわからないところもたくさんある。
恋は別にすべてを知ってから始まるわけじゃない。きっかけは些細かもしれないし、ドラマチックかもしれない。
正解を探しても、たぶんそれは見つからないもの。
むしろ自分の中で納得しちゃうか、腑に落ちちゃうか。それか……悩まされながらも、既に相手が心の中に住んでいるのかもしれない。
もっと知りたいなあ。ルイのこと。それと、愛情を求めます。もっとたくさん、っていうか少なくともまずちゃんと告白してくれ。好きだよって言ってくれ。
私はずっと待ってるんだぞ。
ばーか!
つづく!




