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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十八章 大江戸化狐、片恋欠月帳

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第五百三十七話

 



 行動の先を考える。言葉にすれば簡単だ。

 なぜその行動を取るのか考え、その行動による結果を想定し、どれが最善かを考える。

 お母さまの胎内で、或いは出産時に死なずにいたのなら……青澄冬音は想定していただろうか。

 仮定に意味はないか? まあいい。考えてみるだけ考えてみよう。時間はいくらでもある。

 たとえば……高校生にとって、目下の課題は進路だろう。特に二年生ともなれば、具体的に近づいてきている。来年は受験か就職だからな。

 受験するなら、どんな大学へいく? 就職のために名のある大学? それとも勉強のために教授や研究分野で選ぶ? あるいは国内ないし海外で権威のある学校を選択する? そうでなければ、受験戦争で燃え尽きてアルバイトや遊び放題の学生生活を夢見る? いずれは就職に必死になればいいと言い聞かせて。

 受験ではなく、専門学校や専門機関の養成所に通うという道もある。卒業生の実績や、あるいは業界とのパイプの太さで選択するのもありだし、近いかどうか、丁寧に接してもらえるかどうかで選ぶのもありだ。

 就職でもいい。いたずらに時間を消費するくらいならば、一刻も早く社会に出るというのも手だ。早い内に専門的な環境下に身を捧げて能力を高めるのも手だ。

 どの選択肢もありだろう。大勢にとってどうかというよりも、自分がどんな人生を過ごしたいのか想像し、責任を取る。それだけのことだ。

 稼ぎたいのなら、どれくらいの仕事に就くのか。そしてどのくらいの時間を捧げ、どのくらいの労力を割きたいのかを考えるべきだろうな。そのために最適な選択ないし、妥協できる選択をすればいいが、けっきょくは納得できるように自分に尽くせるかどうかでしかないかもな。

 けど、たとえば趣味に時間を捧げるために、趣味を圧迫せずに済む仕事を想定して生きるのも手だし、放浪を選び、その日暮らしをする人生を選択してもいい。

 自分の人生に納得できるかどうか。自分の選択に納得できるかどうか。想像は大事だ。先を見通すだけで対処の内容が変わるし、それが常に正解とも限らない。

 地獄に来る連中を見ていると、よくわかるよ。順風満帆だったけど、ちょっとした失敗ないし誰かを傷つけたり裏切ったことがきっかけで、因果は廻り人生が崩れて死んだ奴なんか、星の数ほどいる。

 先読みの見通しがたち、天国にいく奴もいるぞ? けどその場その場の対処で乗り切って天国にいく奴もいる。逆に地獄行きになる奴もいるさ。

 善行を積むか、それとも悪行でのし上がるのか。後者であれば、死んでからの選択肢は決して好ましいものにはならない。それがこの世の摂理だ。

 故に裁く。

 我は閻魔としての勤めを果たすために、地獄行きが決まった罪人を裁く。

 しかしそれは、なぜ裁くのかを正確に説明しきれてはいない。

 摂理だから。ルールだから。それが当たり前だから、というのは、そもそもなぜ行なうのかについての説明ではなく、状況に対する簡潔な法則を述べているだけに過ぎないからな。


「悔しいが……春灯の言うとおりだな」

「冬音、すまん……背中に、乗りながら、感慨に耽らないでもらえるか……っ!」

「カナタ、ぼやいている場合か? 腕立て伏せが足りてないぞ。ほらほら、がんばれ」

「くっ……」


 背中に腰掛ける我の体重を受け止め、腕立て伏せをするカナタを見おろしてから、両手をカナタの背に置いた。


「ふう。なあ、カナタ。人はなぜ裁かれるのだと思う?」

「この責め苦の理由を聞いているのか……っ?」

「ちがう。けど責め苦なら与える。遠回しに我の体重にけちをつけたお前にな」

「いやいやいやいや! ちょ、足をあげるな! いたたたたた!」


 悲鳴をあげるカナタに鼻息をだして、足を地面につけた。


「正確に言うと春灯より二キロはすくないが、それでもそもそも人の体重ってやつは背中にのせるには重たすぎるんだ!」

「知ってる」

「……そうですよね」

「会った頃よりも春灯化してるぞ。凜々しいお前はどこへいった」

「恋人に看過されて似通うことなんてよくあるだろ」

「我には恋人がいたことがないから、わからないなあ?」

「いたたたたた! ちょ、そういう意味じゃないから! 足! 足をつけて!」

「ふん!」


 まったく。色ぼけ妹にその恋人め。腹立たしい! ああ、腹立たしい! 我より先にゴールインする妹とか!


「むかむかする。だいたい、我の体重をどうして知っているんだ」

「春灯がぼやいてたんだ。女子たちの嘆願で作った体重計で、冬音のほうが軽いのがなぜか気になるってな」

「我は絞っていて、あいつはきつねうどんのお揚げ分だけ肥えてるんだ」

「それは……悲しい事実だな。あいつは好物の油でふっくらしているのか」

「どうせそのふっくら分がより愛しさを増すとか思っているんだろう?」

「そりゃあ……あいつは抱き締めると気持ちのいい体だからな」

「ああいやだ。妹には下ネタを言わないくせに、我には素直に言うのだから」

「だって冬音には春灯とはちがう意味で隠し事が通用しないからな」

「いかにも。我はお前の御霊でもあるのだから」


 だからっていちいち心を覗くつもりもない。特に春灯とふたりきりのときは要注意。妹がカナタと甘い時間を過ごしているときに、カナタがどう思っているのか知りたくはない。ごめんだ! トモカやクラスメイトの連中のコイバナならまだしも、春灯は双子の妹だ。身近すぎて生々しさのレベルが段違いだよ。

 気になるし。本当のところは、カナタが春灯をきらうとか許せないから、ついつい覗きがちなんだけどな……。


「ごろごろ転がってきた春灯を見て、ああ抱き締めずにはいられないくらい可愛いなあってしみじみ思ってる暇があるなら、春灯を守るための方法を考えたらどうだ?」

「……うるさいな。いいだろ別に。彼女の愛しさを心の中でしみじみ反芻する権利くらいあるはずだ」

「ああ、そうだった。家光公に口説かれて、さらには南光坊に昏倒させられたにも関わらず、暢気に家光公の悩みさえ解決しようと考えているお人好しの春灯の彼氏は、春灯同様にのんびり屋さんだったな」

「お前、たまに猛烈にきついぞ!」

「誰がお前だって?」

「いたたたた! すみません、お姉さま!」

「義理をつけろよ、かっこつけ野郎……イケメンだけど!」

「くっ……!」


 歯がみするカナタにぐいぐい体重をのせる。

 悲鳴をあげないように堪えて、我を遠ざけようともせず、修行に勤しんでいる。

 バカだな。バカだ。こいつは自分を苛めて鍛えるのが好きなんだ。

 兄との確執、父からの厳しい教えを守り、母の愛情を内心で求め、妹を愛することに溺れている。そして悲報か朗報か、我の双子の妹に心の底から惚れている!

 思い詰めがちで、余裕がない。どうせバカならもっと弾ければいいのにな。かっこつけたがりだから無理だな。似合うくらいイケメンだけどな。だからって、それで許されることっていうのには限度がある。春灯が容姿だけでなんでも許す性格ならいざ知らず、あれで意外と細かいからな……。

 ちなみに我は外見の美醜も内面の美醜も大事だと考えるが、そのあたりは人によって自由に選べる価値観の範囲内だろう。

 最低限、清潔であればいいという人間もいれば、流行をおさえて気を遣っていなければいけないという人間もいるし、容姿にある程度の方向性と嗜好性における基準を自発的に作りだし、その内と外で態度を変える人間も大勢いる。頓着しない人間もまた、たしかに存在する。

 ちなみに人を貶めて地獄行きになる奴も大勢いるので、ある程度は人に寛容であるほうが生きやすいし苦しまずに済むと我は念のため言っておく。


「カナタはもっと春灯の影響を受けたほうがいいんじゃないか?」

「なに?」

「どうせそば打ちしまくる残念野郎なんだ。間の抜けたところもどんどん見せていけばいいのにって言っているんだよ」

「俺は間が抜けていたりしない」

「そうかな。恋人の双子の姉を背中にのせて腕立て伏せをしているお前の姿は、そうとう間抜けだぞ」

「そ、そんなことないぞ。がんばって自分を鍛えているんだ。すくなくとも滑稽じゃない」

「なにをいってるんだ。春灯が口説かれていて窮地になっているから、動揺しているだけだろうが」

「――……うぐ」


 言葉に詰まったな。やれやれ。


「我に隠し事はできないんだ。素直に認めろ」

「……だって、薬を盛られて昏倒させられて襲われたら終わりじゃないか! 徳川が俺たちを人質にとったら、あいつは進んで身を捧げるにちがいないんだ」

「それを春灯に訴えて一区切りついてしまったと思い込み、自分の身体を苛めているお前は十分間抜けだ。健気だけどな? 努力の方向性を間違えている」

「……どうしろっていうんだ。実際、人質に取られているような状況下だぞ? 幕府が相手になって、俺たちは国に翻弄されているんだ」

「問題を大きく解釈して対処する術を見失うくらいなら、対処する相手をもっと縮小しろよ」

「待ってくれ……コナよりユウヤ先輩やミツハ先輩より、鋭く踏みこんでくるな。なに!? どういうことだ!?」

「ほんとに、お前はばかだな」


 まったく。世話の焼ける侍だよ。


「柳生の動き、南光坊の動きを鑑みてみれば……将軍のわがままでしかないんだ。我らは疎まれ、めんどくさがられている。さらにいえば、近日中には戻れる見込みもたちそうだ。明坂ミコと尾張シオリ、ランスロ・ワトソンの働きによってな」

「……縮小って、つまり?」

「春灯の問題は家光が発端。時代跳躍の解決は間近。なら、相手は国か?」

「家光を相手に時間をかせげれば、春灯は守れる?」

「つまり、お前がするべきなのは?」

「……家光を春灯から遠ざける?」

「それはお前の願望だ。ちがうだろ」

「まさか家光に身体を捧げろっていわないよな?」

「それは口説かれるか色目を使われてからにしろ……ほんとに春灯に影響うけてきてるな!」


 ちょっとどうかと思うレべルだぞ? まあ頑ななお前よりも好感を持てるから、我は許容するけども。

 凜々しくて限界間近、ぴりぴりしていたお前のほうがタイプだった女子生徒たちはため息まじりに「彼女ができる前だったらなあ」と失望していそうだ。

 くどいようだけど、我は好ましいと思うぞ。我もどちらかといえば余裕がないほうだからな。春灯みたいに抜けていてくれたほうが、程よく落ち着ける。とはいえ言っておかないと。


「ちがう。そうじゃない。家光公の対処をすべて春灯に丸投げする必要があるかって話だ」

「――……ああ」


 やっと伝わったか。


「つまり家光の邪を斬ればいいのか?」

「ちがう。すくなくとも、この時代の邪はお前の時代の邪よりも何倍も凶悪で手強いぞ。それは邪を斬っている村正の腕を思えば、想像がつくはずだ」

「……手も足も出なかったな。クウキですら」

「お前の時代で言う、星蘭の連中でやっと足下に及ぶかどうかといったところか。あるいは、先輩である真中たちやミツハあたりは可能性がありそうだが。死の距離によって邪の強さも変わるんだよ」

「江戸時代と現代じゃ、平均寿命がちがうという意味か?」

「さてなあ」


 やっぱり教えてくれないのかと唸るカナタに笑う。


「ねだるな。掴み取れ」

「アニメの言葉か?」

「お母さまたちが進んで見せてくるんだ。おまけに週に一度は帰ってきてアニメ鑑賞に付き合えと言ってくる。春灯が滅多に帰らないし、仕事が忙しいからな!」

「怒るなよ。冬音との時間を過ごしたいという気持ちに偽りはないだろう」

「……わかってるよ」


 深呼吸して、夜空を見上げる。


「我が裁く意味は、我が掴み取るものだな……寛容ね」


 自分で考えた単語を思い浮かべて、そっと立ち上がった。

 悩ましいな。かつて歴代閻魔の中に、とても優しい仏のような方がいた。何代前のじじさまか。しかし初代の閻魔大王であるおおじじさまはいい顔をしなかった。

 罪を裁く意味を理解していないと非難されたこともあると聞く。あまり長く続かず、じじさまは引退なさった。クウキやシガラキによれば「罪をつぐない転生しても同じ罪を犯した結果にうんざりなされたのです」とのことだった。全員が全員そうなったわけではないと聞くが、それでもお心を痛めたのだろう。

 だが同時にきびしすぎても意味がない。そもそも転生できるまであと何百年も釜ゆでされたりしている連中もいるくらいだ。ただきびしく裁いても、責め苦に自分を保てずわけがわからなくなっている奴も大勢いる。やっぱり初代閻魔大王であるおおじじさまは、いい顔をしなかった。

 地獄のお父さまは、そういう意味ではきびしくも優しい閻魔王である。おおじじさまの信任も厚い。ゆえに、お父さまに認めていただきたいと願っている。だが、お父さまが認める閻魔姫とはどういうものか、我は知らずにいる。

 優しくあれと願われているのはわかる。無意味に甘くせよと願われているわけではなさそうだということもわかっている。つまりは、そこに我が見出すべき答えが眠っている気がするのだが。

 春灯なら許すのだろう。罰はできるだけ与えないようにするかもしれない。だがそれはもはや閻魔ではない。地獄行きになったものに必要な罰を与えるのが閻魔だ。それはなぜか――……それは、来世に罪を引きずらないためだろうか。それとも、魂を清めるため? 罪との絆を断ち切るため?

 罪人にどのような罰を与えるべきか。我がこれまで指標にしたのは、過去のおおじじさまの判例だ。つまり、我の基準ではない。

 ならば我の基準とはなにか。

 決めたことがないな。一度もない。

 なるほど――……我は未熟者のようだ。


「なあ、カナタ。お前にとって士道誠心らしさとはなんだ? 三年生なんだ。方向性くらいは教えてくれるんだろうな?」

「言い方……春灯と正反対だな。まあいい。そうだな……」

「勢いとノリという答えなら既に春灯から聞いているから、別のがいい」

「俺に対してほんとにきつくないか?」

「愛する双子の妹を奪う男に優しくする理由があるか?」

「愛する双子の妹を愛する男に優しくしない理由があるのか?」

「……言うじゃないか。まあいい。とにかく、同じ答えだとしても、お前なりの思いがあるはずだ。それを聞かせろ」

「……そうだな」


 ふう、と息を吐いたカナタからそっと腰を上げて立つ。

 その場に胡座を掻いて、手ぬぐいで汗を拭いながらカナタは息を長く吐き出した。軽く吸いこんで、我を見つめる。


「自分の願いと欲望に素直に取り組み、全力を尽くす。それが自分の納得できる、もっとも単純で突破力が高く、自分に誠意のあるやり方だと信じている……かな」

「自分に誠意ね」

「仲間に対しても誠実だ」

「それが誠心の意味か?」

「俺にとってはな」


 まあ……悪くないな。


「なるほどね。それで? カナタの願いと欲望は?」

「春灯に直結する」

「お前自身はどうなんだよ。カナタ……お前はどんな侍になりたいんだ? 春灯がいようといまいと関係なく、春灯と出会ったからこそ出せる答えはないか?」

「それなら答えられる――……愛する人を守れる侍だ」

「妹と兄、そして母と父。さらには――……春灯か。お前は愛を軸に答えを出すんだな」

「悪いか?」

「いや、悪くない。ただ、やっぱりお前はかっこつけたがりだ」


 そういうところも含めて、我の御霊を委ねるに相応しい男だよ。まだ言ってやる気はないけどな。

 お互いに素直に笑えたから、今日の特訓はここまでにしようかと思ったときだった。

 視線を感じてふり返ると、屋敷の廊下からこちらを見ている連中がいた。

 天使キラリ。それに春灯の説明を参考にした言い方をすれば、去年の一年十組一同。あと真中メイだ。

 我が気づいて、真中が恐る恐る近づいてきた。


「ねえ、あの……あなたにお願いごとがあるの」


 事情は察している。連中の顔を見て、深く息を吸いこんだ。

 そして懐からえんま帳を取り出す。


「暁カイトと暁アリスの話だな。むしろ遅すぎたくらいだが……救助に行きたいというのなら、しばし待て」

「で、できるの!?」

「お前たちが言い出さない限り、率先して教えたりしない時点でいろいろと察して欲しいがね」


 キラリを中心に訝しげな顔をする。

 ユニス・スチュワート。お前は希代の魔法使いの御霊を宿しているのだから、もうすこし察しがよくてもよさそうなものだが。春灯伝いに聞いたように、すこし残念な魔女のようだ。魔力の資質は破格のようだが。


「黄泉の国に行くのは無理だ。遠いし、戻れる保証はないからな。この時代の我に連なる者と約定をかわした。故にお前たちを黄泉の国に連れていくことで混乱を巻き起こすような真似はできない。無理な理由をこれ以上説明する必要があるか?」

「――……なら、どういう手順を踏むの?」


 切り替えが早い。真中メイは、なるほど。悪くないな。


「第一に、暁アリスは内に黄泉の国の女を宿している。故に連れ出された」


 キラリたちが表情を曇らせた。なにかがあったのだろうが、いまは触れるべきタイミングではないな。おおかた、アリスが力を使って苦しめられたといったところだろう。


「第二に、暁カイトは内に女に連なる神を宿している。故に彼にしか助け出せないし……また、彼以外が今の暁アリスを見るべきでもない」


 真中メイだけは事情を察したようだ。

 イザナミとイザナギ。その関連性とふたりが過ごしている試練とは。


「黄泉の国の乙女の心を癒やすための、これはささやかな復讐なのだ。しかし女は暁カイトがアリスを救う限り、手出しはしない」


 醜さを理由に傷つける男に死を。愛情を理由に抱き締めるふたりに祝福を。

 これは単純な問題だ。

 近親者が、あるいは己の子が理想であると誰が決めた? 恋人や伴侶が最高でいつづけると誰が約束する?

 あり得ない。それでも気持ちを注げるかどうか。愛情の資質を確かめられる。より残酷に、あるいはより如実に。

 うまくできればいい。苦しめられることもあるだろう。へこたれる瞬間も。それを乗りこえることもまた、可能だ。誰にでもとはいわないし、それがたやすいとも思わない。意思と覚悟と失敗を積み重ねても諦めないかどうか、ほかにも複雑にあらゆる理由が重なってくるだろうが。

 それでもやはり、単純な問題なんだ。

 暁カイトは、暁アリスへの愛情を試されている。


「なら、先輩はやり遂げる」


 断言できる真中メイを――……初めて、現世の身近な近親者以外の誰かを誇らしく思った。


「そうとも。信じて待て、というのが我にとっては一番楽だが。しかし、声援を送るくらいの支援は許されてもいいとも思う。それに、ゴールにはやはり愛する者がいないとな?」


 ページをめくり、灼熱を浮かべて灯りを照らして読みあげる。


「――……いまは坂の上か。さて、三日や四日はかかるかな。我が道案内をすると怒りを買う。彼女は執念深い。未来まで祟られそうだから、それはごめんだ。なら?」

「ここから声援を送る?」

「それも悪くはないが、ほかにも手はある。なあ、お前たちは御霊を宿しているのだろう?」


 微笑んで、灼熱を伸ばして平面に。

 そして浮かべてみせた。暁カイトの顔を。腐者たちに群がられ、朽ちて歪み狂わされる妹を抱き締めて苦しみながらも歩き続ける男の顔を。

 今のアリスの姿は見せない。せめてもの情けだ。なんとかしてくれたのなら、話は別なんだがな?


「「「 ――…… 」」」


 それでも、連中には堪えたようだ。仕方ない。カイトの後ろに見える腐った者たちの怨嗟と渇望の声と醜い顔ぶれを眺めるのは、かなりきつい。血や蛆にまみれた肉や臓物まみれの人間など、率先して見るものでもあるまい。


「彼はお前たちが目にするよりもっと厳しいものに囲まれながら、妹を抱き締めながら移動しているのだが。お前たちがこの場にいながら助ける手段は、さあて。なにかな?」


 みなが苦しむ。真中メイは刀を、天使キラリは胸に手を当てていた。


「ふたりは正解だ。ひとつだけ、教えておいてやる。霊子は――……夢見る限り、どこまでも届く。現実の定義に惑わされるな。愛する仲間を助けるのに、お前たちはつまらない価値観を大事にして見守るだけか?」

「冬音」

「いいや、カナタ。言うべきときだ。今こそ、伝えるべきときなのさ」


 えんま帳を閉じて、真中メイを見つめた。


「天照大神を胸に宿したお前の太陽は、現世しか照らせないのか? 愛する者こそ照らしたいんじゃないのか?」

「――……言われなくても」


 決意とともに真中メイが灼熱の向こうに届くように手をかざす。


「私の気持ちは、どこにいたって先輩に届く!」


 さすがは卒業生。それに望外な霊子の持ち主だ。なにより士道誠心の体現者だな。

 決意と勢いとノリだけですっかりその気になるし……彼女の信じる御霊は文字通り、破格のものだ。黄泉の国にさえ、その光は届くさ。彼女がそう信じているのだから。

 あわい光が暁カイトを照らす。彼は微笑んだ。瞳に力がこもる。


「そういう流れなら――……先輩とアリスの願いを知らせるのが、あたしのやるべきことだな」


 キラリは両手を組み合わせて祈る。目を伏せた。けれど、それだけで十分なんだ。

 カイトの足下から数え切れないくらいの星の輝きが吹きだしてカイトを包み込んでいく。

 腐肉や汚れが吹き飛んで、怪我さえ癒えていく。ますます彼は歩みを進めた。その力は増すばかりだった。


「なるほど。そういうことなら、まずは魔法が必要ね」


 ユニス・スチュワートが前に出た。本を開く。そこにはありとあらゆる魔法が記されているようで、違う。かつての魔法使いが夢見た願いが集まった、それは童話でしかないのだ。

 だからこそ輝く。夢は炸裂して、願いを叶える力に変わる。


「ふたりの願う姿を。たとえ醜さを与えられようと変わらぬ絆を、ふたりの心が繋がる魔法を――……」


 淡い光がふたりを包み込んだ。露わになるのは、ふたりの願い。どれほど見た目を歪められようと、永遠に変わらず切れない兄と妹の強い絆と思い。


『――……おにい、ちゃん』

『久しぶりに話せて嬉しいよ』

『うん……』


 歪められていた絆はあるべき姿へ。映像を引く。既にふたりは黄泉の国へ連れていかれる前の状態へ。一瞬でアリスの姿は変わるけれど、カイトの歩みは変わらない。より一層、強く未来へと進んでいく。


「ふたりが行く道は、花の道のほうがいいよね」


 中瀬古コマチがキラリのように手を組んで祈る。

 迷路のように入り組んだ坂の先に花が咲いていく。石段や土くれ、岩だろうと構わずに。ふたりが進むべき道を知らせるように、花が咲いていく。

 だからこそ、カイトは迷わない。黄泉へと引きずり込むための迷路はもう二度と彼を迷わせることができない。


「そんじゃあ……俺たちは」

「んだな。さしずめ、邪魔をする連中を追い払って」

「ふたりを守る力を!」


 噴き出る星の輝きが三色に煌めいて、ふたりを邪魔しようと群がる腐った者たちを追い払っていく。もう誰もふたりを止められない。

 醜くあれ。嘆き、嫌い、捨てていけ。裏切れ。そう願うようにアリスの姿が何度も歪まされそうになるけれど、みなが願う。ふたりを邪魔するものから守り、ふたりを切り裂こうとする力を退けながら、ただ戻ってきてほしいと祈るのだ。

 ふたりもまた信じ続ける。お互いに向ける強い絆を。

 ここへきて露わになるのは、もはやふたりを邪魔する者の醜さのみ。

 故にか――……鳥肌が立ってふり返った。

 誰もがふたりを見ることに夢中になっている状況下で、彼女を見たのは我のみ。

 半身は腐れ落ち、けれど半身はあるべき美しさのまま、我を通してみなを睨んでいた。


『邪魔したか?』


 心を伝って気持ちを届けた。すぐに返ってくる。


『なに――……余興には十分だった。結果は見えていたよ。あの男の内に宿るあやつの心根に触れた時点でな』

『いまだに忘れられないのか?』

『……それは“今”そなたに答えるべきことではあるまい。何年後に会える?』

『さて。うまくすれば四百年くらいか。地獄に顔を出せ』

『覚えていたらな』


 諦めたように目を細めて、闇夜にまぎれて顔を出した彼女は消えた。

 視線を灼熱に戻す。暁カイトの目前に扉が現われた。迷わず彼は通り抜ける。

 そうして――……目の前に現われた同じ扉を抜けて、彼は生還した。

 目のクマはひどく、疲労は隠せない。それでも妹を誇らしげに抱き締めながら、屈託のない顔で笑うのだ。


「ありがとう……おかげでだいぶ早く戻って来れたよ」


 憔悴しきっていながらも、キラリたちと真中メイを輝く瞳で見つめるアリスをその腕に抱いたままで、万感の思いで言う。


「ただいま」


 真中メイが迷わず最初にふたりを抱き締めた。そしてかつての一年十組が後に続く。

 みなが歓喜にはしゃぐ中、我は隣で眩しそうにみなを見つめるカナタにささやく。


「こういう、信じてなんとかしちゃう勢いが……お前にも、我にも足りないのかもしれないな?」

「……奇跡を起こすのは人の願いか」

「時を超えて戻ろうというんだ。お前だからこそ起こせる奇跡を探してみたら楽しくなるかもしれないぞ?」

「春灯の歌のようにか。そば打ちで解決できたらいいのにな」

「それは楽をしすぎだ」

「……ですよね」


 やれやれ。すぐに解決するとは思えないが。

 今日という機会を忘れないようにしよう。

 望む力のすばらしさがわかるのなら。我は何を望むのか……探してみようと思えたよ。

 アリスと共に力尽きて眠りに落ちる暁カイトは悪くない……いや、最高だ。

 身を委ねて信じ抜いたアリスもいい。ふたりの絆がなにより尊い。

 そしてふたりを救ったみなの気持ちも願いもな。

 どうしたいのか。自分の気持ちを探す旅か。

 カナタのことを弄ってばかりもいられないな。

 我だって、地獄じゃアイドルをやってたんだ。いい加減、うんざり顔ばかりじゃ視聴率が下がるばかりだぞ? それはよくない。

 笑ってみよう。まずはそこから始める。喜ばせたいという気持ちを、ずいぶん久しぶりに感じた気がした。

 これは――……夜に見た輝きの話だ。

 我が思い出すべき、あるいは見つめ直すべき輝きの話なのだ――……。

 欠けた月を見上げて思う。影に隠れた部分に光を照らそう。己の輝きを見つけ出そう。

 丸い月を見つけられるように、優しく強い光を。

 自分を暗く淀ませる力を振り払うような、願いの光を与えるのだ。

 春灯が金色の光を手にした過程に納得するな。

 あいつはわかっていたんだ。

 自分の輝きを見つけ出して、それを大事にする力の強さを。

 まったく……なるほど。姉より先に恋人ができるわけだ。

 でも、我も気づいたからな! もう置いてきぼりにはさせないぞ? 待ってろよ、春灯!




 つづく!

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