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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十八章 大江戸化狐、片恋欠月帳

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第五百三十五話

 



 マドカが鼻をくんくんさせながら歩いていく。ふり返れば大捕物の成果がずらりと並んでいた。逃げ出した男子生徒、残りはあと一名。それもすぐに捕まるだろう。

 ふん、と鼻息をだしたところで、捕獲隊のリョータと目が合う。すぐに逸らした。

 尻尾が揺れる。ひゅん、ひゅん。マドカがふり返らずに唸る。


「キラリ、今日は特別機嫌が悪いね。どうかしたの?」

「別に」

「ハルが――……春灯がたいへんだから?」

「さあね」

「あ、わかった。後輩が自分よりも恋を進めてるからとか?」


 背中を強めに平手で叩く。


「どうでもいいから、さっさと仕事しろ」

「おお怖い――……あ、いた。あそこでナンパしてるよ。トラジくん!」


 マドカが呼んで、トラジが物陰から目当ての生徒に近づいて、手首を掴みあげた。

 悲鳴を上げる男子をよそに、口説かれていた娘さんがトラジを見て頬を染める。捕まえた連中の面倒を見ているコマチから不機嫌そうな気配がして、トラジは直ちに別れを告げて私たちの元へきた。


「これで最後だね。屋敷に戻ろうか! おしおきはそのときにやるからねー」


 声を上げるマドカに連行される生徒たちがげんなりとした顔をする。

 おしおきと言いつつ、江戸観光を楽しむほかの生徒たちと隔離されて反省文を書かされるくらいのものなのだが。因果応報、ご愁傷さまだな。

 おろおろしているリョータがちらちらと見つめてくるが、構ったりしない。構ってやるもんか。尻尾をひゅんひゅん振り回す私にリョータは諦めて項垂れる。それに気づいたミナトがさっそくリョータのフォローをする。

 ミナトの女房役のユニスが見かねて私のそばに歩いてきた。


「それで? いつまで怒ってるつもり?」

「さあね。あんたこそ、ミナトと和解したのか?」

「……それは別の話でしょ」

「同じ。バイト先に家族連れてきて、いきなり挨拶しなきゃいけない流れを作るとか卑怯だ」


 そばで聞いていたマドカが合点したとばかりに頷く。


「ああ、それで怒ってるんだ。でもそれ、入学式の前でしょ?」

「そうなの。キラリは三月末のことでずっと怒っているのよ」

「ユニスだってミナトの家に行ったら撮影されたっていうじゃないか」

「だってセクシービデオのノリでヤクザのみなさんが私にあれこれ指示を出すのよ? あり得ないでしょ!」


 ユニスの顔も怒りに歪む。そして私と顔を合わせて、同時にため息を吐いた。

 愉快だとばかりにマドカが笑う。


「いやあ、春灯は幸せ街道まっしぐらだけど。みんなそういうわけにはいかないよねえ。わかるわかる」

「あんただって幸せそうじゃないか」

「そうでもないよ。ユウに実家に誘われてるけど、ずっと断り続けているもん」


 意外な事実だな。


「それ、ほんとか? 狛火野の実家って、楽しそうで愉快そうで、しかも剣の稽古にもなりそうじゃないか。マドカなら断る要素なんてないだろ」

「それがさ……ユウのお姉さんに嫌われてるんだよねえ」


 またまた意外な事実だ。


「狛火野に姉がいるって?」

「卒業生にね。刀鍛冶のお姉さんがいるの。私がよく春灯に絡んでお風呂場とかでいちゃついているのが気に入らないんだってさ」

「だからいつもよせって言ってるんだ」

「キラリときゃっきゃうふふしてるのも気に入らないって」

「……ほんとにいつもよせっていってるだろ」


 今度はユニスが呆れたように笑う。


「仲がよくて結構なことね。でも、恋人と付き合うって、進展すればするほど恋人の環境とも付き合うことになるのが悩みどころっていう意味では、私たち三人の悩みは一致しているわけね。コマチも悩んでいたわ」

「なに? 聞いてないぞ」

「キラリに言ったらトラジに言っちゃうもの。あなた意外と素直だし、顔と尻尾に露骨に態度が出るからね」


 う……それは否定できない。

 春灯とマドカと三人そろって獣耳と尻尾が生えてからというもの、感情が露骨に出るようになって困っている。幸いにして発情期はもう来てないけれど、次を思うと今から頭が痛い。ただでさえホルモンという化け物を身体に飼っているのに、これ以上どうしろと。


「トラジのご家族って、山吹さんにもわかりやすく伝えると漁師の大家族なの。警察勤めで侍のお姉さんに、昔気質のお父さんと田舎の肝っ玉お母さんとたくさんの兄弟たち、親戚だらけ。たびたび泊まりにこいって誘われて行っては」

「きびしく接してくるとか?」

「いいえ。キラリは知っていると思うけど……コマチは異常なくらい可愛がられているの。愛が重たいって唸ってるのよ」


 それはそれで羨ましいな。


「あたしは思い出したくもないよ。リョータのお母さんがいちいち勉強の成績とか、家事について根掘り葉掘り聞いてくるし。モデルとか芸能活動でおかしな目にあってないかとか、ゴシップとか探ろうとしてくるし」


 正直、そうとううんざりした。お父さんはリョータにとてもよく似ていて、素朴で優しげで、けど見た目はとてもお洒落なおじさまだったのにな。緋迎カナタのお父さんでもあるマスターにとてもよく似て、かなり好みのタイプだった。

 心配性だし好奇心旺盛。リョータと付き合っていてめんどくさいなあって思う要素はすべて、お母さん譲りみたいだ。それに善意の人でもあった。リョータが見せた私の私服とアクセだけじゃなく、私の仕事を余さずチェックして、素敵なアクセを贈ってくれたのだ。

 強いて言えば、だから、つまり。不意打ちされたことについてのみ怒っているんだけど。


「リョータから話を聞いてあげないの?」

「だってすぐに許したら、今度は婚約だなんて言い出すお母さんから連絡がかかってきそうなんだ」

「……それは、かなり、きついわね」

「わかってくれてなによりだ」


 ふん、と鼻息をだしてから、空を見上げる。日が暮れ始めていた。虫の音が聞こえる。喧噪が増していく。男達は下心を隠さず嬉しそうな足取りで色町へ向かっていくし、あちこちから晩飯の匂いもする。足早に家路を走る人間もたくさんいた。

 いつの世も、文化は違えど人の本質は変わらないのかもしれない。だからリョータのお母さんの気持ちも、わからないでもないんだけどな。


「春灯が羨ましい。いっそ夏休みに、春灯みたいに相手の家に一週間とか二週間とか滞在すれば、ちょっとは気持ちが変わるのかな」

「私はいやよ。撮影は断れたけど、次に何が待っているのか考えると頭が痛いもの」

「あはは……そうだねえ。距離感を掴むための努力はしたほうがいいのかもね。相手への気持ちが変わらないのならさ」


 マドカは大人だな。


「春灯だって苦労したと思うよ? 前に聞いたことあるんだけどさ。っていうかキラリも聞いたことあると思うけど。家事のほとんどをやったって」

「言ってたな。ご飯なんかは、気がついたらほとんどやってたって。そして、母親が戻ってきたら追い出された」

「いや追い出すっていうより、帰らせるでしょ。よそさまの娘さんに家事を押しつけるなんて、普通しないもん。春灯の場合は、精神的な鍛錬とか、家事と花嫁修行を兼ねてたつもりみたいだけどね」

「……あたしはリョータの家で家事修行なんて、胃が痛くなりそうで無理だ。あれこれよかれと思っていろいろと教えられるんだろうしなあ。男子もやれよ、マジで」

「まあまあ。ユニスさんは? 家事はどうなの?」


 私を適当になだめて、マドカがユニスに話を振ると……意外。ユニスはふてくされた顔をして、腕を組んでいる。


「それが、前にお邪魔したときにお手伝いを買って出たら、ミナトをはじめみなさんに何もするなって言われたの。私、料理は地味にこつこつ練習してるのに」


 バレンタインのときはかなり大変だったっけ。得意なイメージも、かといってとびきり下手だっていうイメージも今はないな。うちのクラスだとコマチはお母さんが料理家でもあるから、修行しているみたいだけど。


「強面でど迫力のお父さまがね? 寡黙で綺麗なお母さまを見つめて、うちの敷居の中じゃあ家事は嫁の仕事だとか言って。すっごく怖かった」

「……そうか」


 ミナトの家は、かなり特殊だ。極道、それもテレビでたまに報道されちゃうクラスのかなりのグループのトップなんだとか。


「今更ながらなんだけど、ユニスはミナトでほんとにいいのか?」

「なんで?」

「いやだって……マドカみたいに嫌われている感じじゃないけど。それにしたって、ミナトの家ってあれだろ?」

「でも、基本的にはみんないい人たちだから」


 さらりとそう言えるユニスは、もしかしたらとんでもない大物なのではないだろうか。


「妙なしのぎもしてないみたいだし。住良木と仕事をすることも多いみたいだし。なら、極道の妻も悪くないかなって」

「……あんた正気か?」

「冗談だけどね。それでも……冗談じゃなくなっても、しょうがないかなって。私の特別な聖剣を手にしたのは、ミナトなんだもの」


 本を抱えて、ふっと笑えるユニスの表情は入学してから一度だって見たことのない、どこか大人びた笑みだった。

 思わず感じ入る私とはちがって、マドカがすかさず尋ねる。


「ちなみにミナトくんが継がずに済むなら?」

「おおいに歓迎するわ。姐さん、なんて言われるの慣れそうにないもの」

「そ、そりゃあそうだよね」


 苦笑いを浮かべるマドカにユニスは肩を竦めて、トラジがフォローに失敗して不機嫌そうにしているコマチの元へと駆けていった。

 それに気づいたミナトはリョータの肩を抱いて混ざりにいく。

 やれやれ。仲がいいのか悪いのか。アリスがいたら、なにげなくしょうもないことを言って私たちの空気をいくらでもほぐしてくれるのだが。

 真中さん、助けに行ってくれないかな。いや、ねだっている場合でもないか。私にもなにかできたらいいのに。

 先輩のことだから、実はそんなに心配してない。けどアリスのことは心配だ。あいつは命を削らないとまともに戦えないみたいだから。厄介な御霊を宿したあいつが巻き込まれている事件だと思うと、不安でたまらない。

 どうやって、どこへ、どのようにして行けばいいのかもわからないからなあ。

 先輩、そのへんの情報を残してくれていたらいいのに。

 案外、動揺していたのか? それとも、実はめちゃめちゃシスコンだとか? いやあ、あの人は根っからの善人だからな。放っておけないと思ったら、迷わず動いちゃうタイプだ。だから、私も一度ストーカーから助けてもらえたわけだしな。

 頭が痛いことばかりだ。今回は江戸時代にくる目にあった。次はなんだ? 未来に飛ぶとか? それとも原始時代にタイムスリップか? あるいは、ルルコ先輩から命じられてネットの動画配信アプリで見たアメコミの最速男が迷い込んだ、別の時空の地球に迷い込むとか?

 なにが起きても不思議じゃなくなってきた。

 それでもなんとかここまでやれているのは、仲間がいるからだ。

 やっぱり、先輩とアリスを放っておくのは間違いだと思う。元通りになる前には戻るって言っていたみたいだけど、放っておくなんてあり得ないだろ。


「なあ、マドカ。冬音さんに聞いたら、先輩を助けに行けると思うか?」

「非常に混乱している状況下で、やっと落ちつく糸口が見えてきたのに。放っておけない?」

「当たり前だろ」

「そりゃあそうか。いちおう、鬼のクウキさんも含めて探りは入れてるんだけどねー」


 もはやマドカが先読み行動しているの、意外でも何でもなくなってきたな。

 一年生の立沢を見込んだマドカは、立沢以上に行動派だ。二年生の統制を取る役目を住良木、結城と三人で管理し、姫宮や月見島たちに手助けしてもらいながらこなしている。

 こっそり屋敷の守護隊の配置とか、生徒会長とよく相談しているみたいだしな。まさに屋台骨の一本だといっていい。


「それで? なんて言っていた?」

「それが口が硬くてさ。残り少ない神水を献上したけど、冬音さんは緋迎先輩のじゃなきゃだめだって言うの」

「春灯の彼氏相手なら、いくらでも頼み放題だろ」

「春灯の彼氏とは思えないくらい堅物なんだもん。いまは神水を作っている場合じゃないって言うの」

「事情を伝えるか、春灯伝いに頼めばいけるんじゃないか?」

「それやったら、春灯が緋迎先輩の事情に気づいて自分自身でお助けしにいっちゃうからさ。並木先輩からだめだって事前に言われてるんだよね」


 ああ……たしかに。春灯が知ったら放っておかないだろうな。あいつはまさにお助け部そのものって感じだから。困っている奴がいたら、基本的にはまず自分が助けられないか考えるタイプだ。それに器用じゃないし、一度なやんだらうんうん唸り続けるタイプでもあるから、将軍を相手にしなきゃいけないこの状況下で伝えるべきじゃないだろう。


「勘のいい彼女がいる彼氏を落とすのは大変だな」

「キラリ、それはいろいろと語弊が」

「わかってる。わざとだ。冗談だよ……そうだな」


 じゃあ、まあ。


「メイ先輩と元一年十組一同で、冬音さんに素直に頼んでみる。メイ先輩を口説いて、去年のクラスメイトに頼まなきゃいけないけど」

「それは楽勝じゃないかな。事前に根回ししておいたからさ」

「――……また、あんたはそういう」

「え、怒るの? キラリなら絶対、いつか放っておけなくなるだろうって思って用意しておいただけなんだけど」

「……いいよ」


 こっちのことをわかりすぎていて、頼もしすぎる仲間がいるのは素直に頼もしいときもある。めんどくさいときもあるけどな。そういうのを含めて、マドカは大事な仲間のひとりだからいいさ。


「それにしても……なあ、マドカ。あの春灯に将軍さまを口説けると思うか?」

「いやあ、どうかなあ。左目の魅了の力? あれはむやみに使うと、それこそ襲われかねないし。城に向かうときに出くわした、住良木くんみたいな力の持ち主がいることを思うとね」

「……ああ、そういえばいたな」


 江戸の街に乗り込んだときに、住良木と命令合戦をやっていた男がいた。忍びじゃないかっていうことで、いまは結論を出しているのだが。

 それこそ春灯にあの男が「将軍に抱かれろ」みたいなことを言ったり「思い人を忘れろ」みたいなことを言ったら、あっという間にやばい状況になる。

 ほかにも、同じように特殊な力を持つ連中がいてもおかしくはない。徳川サイドがこちらを本気で潰す気なら、いくらでも駒がいそうだ。

 もちろんこまる。だから春灯には常に、春灯を守れる奴がそばにいることにしてある。

 それに柳生宗矩たちが乗り込んできて、それとなく「害をなさずに立ち去れ」って言ってきたのも、どちらかといえば朗報だ。

 春灯ほど純粋に信じてはいないけどな。立ち去った先で幕府軍に取り囲まれて処罰されてもおかしくはない。

 難しいのは、春灯の行動力とその成功率は、春灯のテンションに左右されやすいのだ。あいつは基本的に感性特化型の天才肌タイプだからな。逆に言えば理性で自分を制御して、常に冷静に行動するタイプじゃない。だから、あいつの気持ちに配慮したほうが、引いては私たちの未来が安泰になる結果に繋がることを、あいつと一年生以外の全員が承知している。

 だから、幕府の動きを警戒し、自衛のための策を練るのは基本的に生徒会やメイ先輩たち卒業生、それにマドカたち二年生の知恵役と沢城や月見島たち武闘派の出番だった。

 一年生の日高ルイってのが、なかなか動ける奴みたいだ。けど一年生に頼めることは、正直あまり多くはない。入学したその日に江戸行きになってる時点で、頼むべきでもないんだ。

 私たちは細い糸の上を歩いている。いつ切れてもおかしくはない。警戒するべきことはあまりにも多く、だからこそ結束が必要だ。先輩とアリスのことも放っておくべきじゃないし、分散するにしても繋がれる形を取っておくべきだ。


「課題が山積みだな」

「でも逆に言えば、わかりやすくもある。クロリンネの刺客、現代への戻り方の調査、江戸時代での居場所を確保するべく徳川とうまく付き合う……そして暁兄妹の救助」

「四つは多い」

「まあまあ。家光さんの誘いを、宗矩さんたちが嫌がらないように気をつけて受ければ、最低限生活はできるんだから。そこがカバーされる時点で、高等部の面倒が見られるのは大きいよ」

「そうはいうけどな。春灯が酷い目に遭うのはごめんだぞ?」

「わかってるって。そのために、私たち仲間がいるんじゃない」


 そうだけどな。


「なるべく早く片付けて戻りたいよ。リョータの母親さえ恋しいんだから」

「なんだかんだ、気に入っているんじゃない?」

「リョータよりもあたしのファンなんだぞ? 嬉しくないわけがないだろ」

「ごちそうさま! いいなあ、私にもファンができればいいのに」

「あたしの場合はリョータ繋がりで、息子の彼女きっかけだ。ファンができるような仕事をするためにも、さっさと戻るぞ」

「あいあいさ」


 尻尾をぱたぱたと振るマドカに腕にくっつかれて、すぐに言ってやったよ。


「ちなみにこういうことをしてると、また狛火野の姉貴に睨まれるぞ」

「ユウは許してくれてるからいいの!」

「あんたは問題山積みだな」


 やれやれ。メイ先輩に甘えるルルコ先輩みたいに、無邪気に笑われると押し返せないだろ。


 ◆


 食事中のお姉ちゃんの不機嫌ぷりといったらなかった。

 私の隣でむすっとしながら箸を動かす。九組一同が集まって食事を取っている部屋で、一年生の抜けだした男の子たちはお姉ちゃんをちらちら見ていた。

 鉄拳制裁を考えていたお姉ちゃんを止めたのは、お姉ちゃんが帰ってきてからのこと。

 クウキさんが見ている前で、しかも年下の男の子たちを相手に迷わず武力制裁って。さすがに放っておけなかったよ。

 私が止めて、抜けだした男の子たちの筆頭格だったらしい天王寺スバルくんが「いや、罰があったほうがけじめつくんで」と言いだし、既に八組男子のおしおきを終えた羽村くんが「だったら反省文でも書いてくれ」って言ってくれたおかげでなんとか事なきを得た。

 でもそれからずっと、お姉ちゃんは不機嫌なの。クウキさんは見守るだけ。現代のクウキさんなら、いさめたりしてくれそうだけどなあ。江戸時代のクウキさんは、出会ったばかりのカナタばりに堅物みたいで見守るだけなんだ。

 しょうがない。ここは双子の妹がお節介を焼いてみましょうかね!


「ねえ、お姉ちゃん。どうしてぷりぷりしてるの?」

「……罰は与えるべきだろ。罪があるなら、裁くのが当然だ」

「ああ」


 不満なのね。げんこつ出せなかったことが。


「いやでも、不満を抱えて出ていったり、スバルくんにいたっては大事な問題を解決したくて出ていったって七原くんが言ってたよ? 罪があるから裁くんじゃなくて、どうして罪を犯したのかを聞き出して、理解を示さないと」

「現代でも罪があったら、みんなが嬉々として攻撃するじゃないか」

「それは……それは、現代の闇だね!」


 笑顔でなんとか言う。気分的にはこじらせぼっち天才博士と同居してる理論物理学者だよ。


「甘えている連中の尻を叩いてなにがわるい」

「尻を叩いても甘えている人の気持ちは直らないし、性根はこじらせるばかりじゃないかなあ。効率的じゃないっていうのかな」

「だから何度だって尻を叩くんだろうが」

「それじゃあなにも解決しないと思うけど」


 ますますお姉ちゃんの肩があがる。お怒りのようですよ。


「春灯。お前は優しすぎるし、許しすぎる。先月お前を襲った男をもう忘れたのか?」

「そりゃあ……教授の一件は、いまでも思い出すと胸が痛くなるけどさ。ぷんぷんしつづけても、別に何も変わらないでしょ?」

「そしてまた同じような男が目の前に現われたらどうする。また傷つけられるのか?」

「それは……そうならないようにするために、私は毎日がんばってるよ?」

「いっそ刀を持って、斬ればいい。邪悪を断ちきる剣があるのなら、振りかざすのが責務だろ」

「ちがうよ。剣は自分を守るために持つの。だけどそれを振りかざすことで救われることはないよ。痛みを広げるだけだもん」

「命を絶てば縁は切れる。切れた縁が増えれば、それだけ自分の理想に近づけるんじゃないか」

「それもちがうよ。切れた縁の先にある縁のすべてが、今度は自分を責めてくるだけだよ。憎しみが広がるだけ。殺されると思ったら、暴力を振りかざしてしまうのが人の業だし本能だから。理性と愛情が幸せに繋がるんだと思うからこそ、信じるからこそ、私は刀を下ろすべきだと思う」


 言い返す私が気に入らないみたい。

 お姉ちゃんが怒り心頭っていう顔で私を睨みつけて、深呼吸をした。

 耳まで真っ赤になって、それこそ絵で見る閻魔さまみたい。


「要するに……これが我とお前の違いというわけだな」

「お姉ちゃん」

「……いい。これこそが我の未熟なのだろう。連中は反省しているように見える。また同じ罪を犯すだろうがな」


 それが許せないみたい。でも、お姉ちゃんは私を責めるつもりもないみたいだ。


「その都度いさめて、非効率的じゃないか。人の失敗は、未来の失敗の可能性でしかない」

「反省する気持ちが未来の成功の可能性につなげられるかもしれないよ? 失敗にへこたれるより、なぜ失敗したのか、それを繰り返したいのかどうか……そこを捉えて、一緒に明るく笑えるようにがんばればさ? そしたら、失敗が成功に繋がるんじゃないかなあ」

「……責めても変わらないっていうのか?」

「責めて変わるのは、責めてる人の気持ちがちょっとすっきりすることでしかないと思うの」


 まあ、なかには戦闘民族みたいな人もいて、そういう人は責められるとぞくぞくしちゃうのかもしれないけど。

 みんなそうだとは思えないなあ。

 褒められたいし認められたい。いいねとか、ハートを集めたいのも、けっきょくそういう気持ちの表われでしかないと思うし。

 がんばれって気持ちや、幸せだっていう気持ちとか、素敵だねって言える気持ちが、人の背中を前に進めるんじゃないかなあって思う。


「地獄の裁きとは相反するな」

「そうかなあ……生まれ変わりがあるのなら、反省したい気持ちに応えるため……抱えてしまった業をすっきりさせるための沙汰が地獄の裁きなんじゃないの?」

「――……それは」

「お姉ちゃんにとっての裁きがどういうものなのか、もっと具体的にしたり、更新してもいいんじゃない? 私が自分の歌の意味を探しているみたいにさ」

「――……そう、だな」


 それっきり黙り込んじゃった。

 言い過ぎちゃったかなあって不安になっていたら、トモに肩を叩かれたの。お呼び出しのサインだと思って、ふたりでちょっと席を離れる。

 廊下に出て、トモがこそっと言うの。


「既成概念って、なんだと思う?」

「むつかしい話なのでは?」

「そうじゃなくて……いや、そうかも。自分がどうありたいのか、探すのって大変なんだと思うんだ。たまに塞ぎがちになる冬音の悩みってなんだろうって思ったけど、やっとわかったんだ」


 なんだろう。素直に気になる。尻尾をぶわっと膨らませる私にトモはそっと呟くんだ。


「なんで地獄にいるのか。自分はどうして閻魔の姫であるのか。どんな閻魔になりたいのか。どんな裁きをくだしたいのか。冬音はそもそも、そのすべてに迷っているんじゃないかな」

「――……そう、かも」


 トモがくれたお姉ちゃんの見方は、とてもしっくりきた。


「トモなら、どうする?」

「あたしだって自分の生き方さがしてるからさ。一緒に悩む。ハルは?」

「んー……そうだなあ。私も、トモと一緒かな。歌の意味も、なにもかも探しているところだもん」

「じゃあ、みんなで一緒に悩んでみよっか」

「うん! ……ありがとね?」


 なんでって顔をするトモに、言わずにはいられなかった。


「お姉ちゃんのことも、私のことも。いつだってトモは気にしてくれてる」

「なにいってんの。ハルとあたしは友達だし、冬音もクラスや学年のみんなも一緒だ。水くさいこと言うほっぺはこのほっぺかー?」


 私のほっぺたを両手で挟んでむにむにしながら、トモは笑った。


「天使もマドカもシロもみんなも、気にしてるよ。あんたが気にするようにね。さあ、それはなんででしょうか」

「……好きだから?」

「そういうこと。あんたが好きだよ。みんなも好きだ。それで十分でしょ?」


 晴れやかに笑えるトモはいつだって、私に元気をくれる。

 トモみたいに元気をあげられる存在でいたい。それはなぜか。

 トモが言うように、きっととても単純なことなんだ。

 好きだから、放っておけない。

 将軍さまはどうなんだろう。そういう人がいるのかな?




 つづく!

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