第五百三十一話
城と街中がざわつくからって修道服が禁止された。妖怪の服ですって言いきればいいのになーと思いつつ、でもキリシタンが酷い目にあっている時代背景を考えると当然だよなーとも思う。
着物はお腹周りをぎゅっと締め付けるわ、歩幅に気を遣うわ、もう面倒。身体のラインやアンダーウェアのラインが出るとしても、修道服のほうが楽だと理華は思うわけです。
一部の男子からは熱い視線を送られることもあるので、それは面倒だけどね。欲望を解放できる時間が極端にない集団生活で、鬱屈した気持ちを抱えている連中の中には、劣情を催している生徒もいるみたい。
実技授業ができるときはいいけど、座学だけともなるとねー。限界あるよねー。
だからなのか、事件が起きた。
それは女子だらけでこの時代の風俗と保健の授業を受けていたときだったの。失礼するっす、というルイの声がして、私たちに講義をしてくれていた真中さんが「どうぞ」って言ってすぐに襖が開いた。
「すみません、ちょっと人を探していて。理華、スバル見なかったっすか?」
「え? や、見てないけど」
名指しで呼ばれて首を振る。
弱った顔をしてルイが首裏に手を当てた。
「参ったなあ。八組と七組の男子もちらほらいなくなってるんすよ。しかも、伊福部先輩が言うには路銀がすこしなくなったとかで」
首を傾げた。
「街に憂さ晴らしにでもいったとかじゃない?」
「かなあ……スバル、あれでも勉強できて、決してバカじゃないんで。そんな無茶しないと思ったんすけど」
「って言われてもなあ」
ううん、と唸った私の横で、八組の学級委員長を買って出た華奢でボブのホタルちゃんがすっと立ち上がる。
「びしっと取り締まるべく、私たちも街に出てみるべきではないでしょうか!」
「神崎ホタル、座りなさい」
「……はい」
真中さんの一言に大人しく従っちゃうあたりは、素直というか、上下関係に従順というか。
ホタルちゃんをきっかけにそわそわしはじめる女子たちをみて、真中さんが深いため息を吐く。
「みんな……そんなに街に出たい?」
いいんですか!? と目力をこめる女子一同を見渡して「聞いた私がバカだった」と唸るあたり、真中さんはいろんな苦労を迂闊に背負い込んでいそう。
一年七組から九組までの女子が集まる部屋に響くくらいの強さで手を叩くと、真中さんが号令を発した。
「すこし待っていて。男子の講義をしている連中と協議してくる。気楽に出られるわけでもないけど、場合によっては明日には江戸を発つからね。社会見学も最後というわけで、前向きな結果を出してくるから、我慢して待っていられる?」
「「「 はあい! 」」」
「よろしい! じゃあ待機してて。厠は自由だけど、勝手に外に出ないこと――……ったく、外回りの連中はどう見逃したんだか」
ぶつくさと文句を言いながら、真中さんが出ていく。
一転して賑やかになる部屋で、姫ちゃんが難しい顔をして俯いていた。
「どしたの、姫ちゃん」
「……その。交際記念に、なにか……江戸で、買えたらいいなって。そしたら、元気だせそうだなって、おもって」
「いいじゃん! めっちゃいい! 素敵じゃね? なにがいいかな。指輪とかはねえか。かんざしとか?」
前のめりに乗ったら、やや上半身を引いてから姫ちゃんはすごく申し訳なさそうな顔をした。
「私なんかが、浮かれて……いいのかな」
そういう姿勢、よくないぜ?
「いいんだよ。恋する女はみんな幸せじゃなきゃ。むしろ恋してなくても幸せになるべきじゃね? そのほうがみんな、ビーハッピ-って感じじゃね?」
「――……理華は、強いね」
「別にい? 理想を現実にすり合わせて生きてるだけですよ。それよりも、詩保だったら彼氏との交際記念になに買う?」
見守っているけど、内心混ざりたくてしょうがないって顔をしている詩保に話を振ったら、前のめりになったぞ。なんだなんだ?
「私、やっぱりアクセサリーは鉄板だと思うんだけど。そういうんじゃなくて、たとえば……そのとき食べられる一番のごちそうをふたりで食べるっていう習慣もありだと思うの」
意外とロマンチストか!
「来年、再来年、そのさきずっと、ケンカしたり仲違いすることもあるだろうけど、その日がきたらお互い笑顔になれるごちそうを一緒に食べる。よくない?」
しかもわりと現実的な対処も込みか。
ううん、と悩む私の横ににじりよってきた美華が混ざってくる。
「形に残るものか、ふたりだけの特別な習慣づけにするか。悪くないね。お姉さまとそういうの作れたら幸せだろうなあ」
美華はお姉さま好きすぎか。好きすぎだな。考えるまでもねえな。
「……こういうとき、えっちじゃないの?」
聖歌はもっとそれ以外の選択肢を知るべきだと思いますよ、まじで!
「いやいやいや。付きあいたてだから。大学生とか二十代以降の、Cから始まる大人恋愛とかじゃないから」
「「「 Cってなに? 」」」
くっそ、鮫塚さんめ! またしてもジェネレーションギャップ爆弾を私に仕掛けてたな!
付き合う世代が年上ばかりで、当然ながら人間ってやつはまず自分の文脈で語るものだ。理華たちで言う卍とか、そんなノリで、自分たちの世代にとって当たり前の言葉を使ったりもする。
そういうのって、通じる仲間と話すときには便利だし楽しかったりするけど、賞味期限というか、通用する相手の幅が狭まるから、日常的に使わないようにめちゃめちゃ気にしてるんだけどさ。まさかやらかしてしまうとは……。
「Cっていうのは、その……」
クラスの女子だけじゃなく、行き場所を見失ってるルイも近づいてきて――……めちゃめちゃ言いにくい。恥ずかしすぎて無理です。死ぬわ。まじで。
「えっちのことでしょ? Bはおさわり、Aはキス。野球の塁に例えたりとか、サッカーとかの得点にちなんでゴールしたって言うとかだよね」
「聖歌さん!?」
なんてこった、聖歌はご存じでしたか。必然的に聖歌が仲良しした世代が一部透けて見えてしまったのですが、それは。
赤面しまくる私は聖歌を抱き締めて肩をばしばし叩きながら、勢いで押し切ることにした。
「あーその年上が使うんですよ。だいたい今だと三十代から上ですかねえ。二十代は微妙です。と、とにかく、スキンシップは否定しないですけど、姫ちゃんはキスとかに進みたいですか?」
視線が姫ちゃんに集まった。よしよし、刺激的な話題で矛先を変えれば一時しのぎになる。
あとはそれでどれだけ盛り上がれるかだ。しかもみんなを巻き込んでしまわないといけない。ひとりでも冷静な奴がいたら、話が巻き戻るのなんてざらにあるからな。
「そうだなあ……付き合えているから、最初のデートでキス、三回目のデートでお互いにいいなって思えていたら、えっちかな」
「「「 い、意外と前向き 」」」
「え、これくらい普通じゃない? 日本だとちがうの?」
「「「 い、いや、その…… 」」」
きょとんとした顔をする姫ちゃんに聖歌以外のみんなで視線をさ迷わせる。
言わなくてもわかる。ルイは彼女、姫ちゃん以外の女子は彼氏がいたことがない模様。だからわかるわけがないのだ。
ま、まあ、いちおう? 私はいろいろな人に話を聞いているので? 知っていますよ。
「大人の恋愛だと、たとえば婚活なんかでは三回目のデートで告白だったりするそうですね」
「恋愛にテンプレがあるのって、どうなの?」
「詩保はロマンチストですねー。別にマイペースに恋愛できる人はそれでいいんじゃないかな。むしろテンプレがないと困っちゃう人向けの、まあいわゆるひとつの指針ってやつですよ」
なるほど、と不服そうに頷いている。自分はそういうのいやだなあって思っているのかも。かわいい。
「とにかく、回数を区切ってステップを進める考えはありです。じゃないと惰性になって、先に進めなかったりしますから。同棲して別れるカップルなんかも、要するに結婚に至る具体的なステップを進めるスケジュールがないからじゃないですかねえ」
「「「 ほほう…… 」」」
いやそんな、興味深いなあって顔されても困るんですが。
「制限があると、目標が具体的に見えやすいんですよね。なんでも自由だと、かえって現状維持に傾きやすかったりするんですよ。そのほうが楽だったりするので」
全部受け売りっていうか、理華が会った人たちに対する分析でしかないんですけど。
「どうしたってマイナス部分は強く見えがちなんですよね。つらいときとか、疲れているときとかは、特に。まあそれも人によるんですけど!」
思い当たって暗い表情をする姫ちゃんと、なにをいってるんだこいつはって顔をする詩保に美華。聖歌とツバキちゃんはずっとにこにこして見守っているだけ。みんな性格でてるなあ。
「恋人は先に進めることや、ふたりでいる意味を作る、ないし、維持することを疎かにし始めたら、そこから一気に惰性になっちゃうんで。結婚して先に進めても、家族になるけど惰性になって、自分と相手の関係性へのフォローを疎かにした結果の熟年離婚なんてのもよくある話ですかね」
積もり積もった不満が爆発したりとかして、大もめにもめる両親なんて見たくないよねー。
けどワイドショーなんかつけると、平然と「離婚するときはこうしたほうがお得!」みたいなコーナーをたまに見かけるから、現代の闇を感じますね。
そんなふうに結婚に対するネガティブキャンペーンばっかりして、なんになるんですかねえ? 正直疑問!
「幸の多いふたりになった姫ちゃんに言うことじゃないですね。話を戻しますけど、ステップを明快に打ち出す考えは大いに参考にすべきじゃないですかねえ」
のんきに語ってみせながら、けどちらちらとルイを見た。
「ち、ちなみに……ルイだったら、どれくらいの進行速度がいいって思います?」
「お、俺っすか!?」
よりにもよってなんで俺に振るんすか、と睨まれた。わかってるよ。半ば告白されたようなもので、繊細な距離感だっていうのは。でもほら、こういう流れでもないと……ふたりきりで聞くとか無理だし。
「いいから答えて。この場にいる唯一の男子の意見は貴重ですよねえ?」
「「「 まあねえ? 」」」
くっ。女子一同が私を意味ありげに見つめながら頷くの、まじで勘弁してほしい。
「……まあ、そうっすねえ。そりゃあ、まずはやっぱり、ハグ! じゃないですかねえ」
こいつめ!
「ハグ! ができるかどうかで、そのさきに進めるかどうかがわかるっていうか。だからまずは、ハグ! が大事じゃないですかねえ」
男子のそういう未練がましいアピールまじでうぜえ!
「いきなり言い出すのもどうかと思うし、ましてやいきなり抱き締めようものなら強姦と大して変わらないと思いますけどねえ?」
「べ、べつに俺はそんなことしてないっす!」
「誰もルイの話なんかしてないですけど」
「ぐっ……マジで性格悪いっすね!」
「はあ!? どっちが! 当てこすりみたいに単語を強調して言ってくるとか、良識を疑うっつうの!」
言葉に詰まったルイに笑顔を向けるけど、重なる視線が火花をばちばち散らす。
それを見て、美華が呆れたようにため息を吐いた。
「まあ、理華は放っておくとして」
放っておくな! 姫ちゃんの恋路は個人的にも学校的にも一大事件なんだぞ! 言えねえけど!
「あんまり進みが早いと、先にやることが減って困りそうで怖くない? 私は……男性と、そういう関係になるのも考えられないし、どう進めればいいのかすぐにわからなくなりそう」
芸能人の発言とは思えないくらい初心かよ!
「ツバキは?」
「ボク? ……ボクは、その。お忍びデート、たまに、してるよ」
「「「 なんですと? 」」」
ルイとのケンカもそっちのけに、私も詩保や姫ちゃんたちと一緒に前のめりになる。
「え、え、キスはもうしたんですか?」
「むしろその先も経験済み?」
「いやいや、ツバキってピュアに見えるから、清い交際なんじゃない?」
苦笑いを浮かべて半身を引いたツバキちゃんは恥ずかしそうに呟く。
「相手、大人で。ボク、まだ子供だから……結婚できる年齢も、十八になるし。戸籍、変えるまで時間かかる、から……そういうのは、できないの」
「「「 ああ…… 」」」
一斉に悲しい吐息を漏らす私たち。
「人、それぞれ。いろんな、ペース。ボクはどれも素敵だと思う」
正論だし極論だ。
要するに自分たちのペースが人それぞれ、カップルごとにひとつひとつあって、みんな同じ平均的な答えなんてのはないってことだ。
まーねー。こういうのが楽だよって示すバロメーターは提示できても、別に誰にでもきく伝家の宝刀になってくれたりはしない。
感じ方、考え方は自由だ。それはつまり、一定の考えが全員に同じように受け入れられるわけでは決してないことを示している。だいぶざっくり言うと、だけどね。
とはいえ、この展開は悪くない。
「私は……まあ、素肌や体温の交換は、ゆっくり進めたいですね。相手の考えとか価値観とかわかっていて、そのうえで……この人と寄り添えるんだって、幸福を感じられたら、したいかなって思います」
しれっと最初に意思表示をしてみせる。ルイがなんともいえない顔をして後頭部に手を当てて悩みに耽り始めた。よしよし。あんたへの特別なメッセージだ。考えてもらわないと困るぞ。
「美華はどうですか?」
「……そうだな。正直、男性にはいい経験がないから。そういう印象を丸ごと変えてくれるような素敵な人がいたら、案外その勢いに乗ってなんでも許しちゃうかも。だって、それこそ文字通り世界を変えてくれる人なんだもの」
恋愛観と願望を織り交ぜて語らえるこの空気は特別なものに違いない。
ツバキちゃんが羨ましそうに美華を見つめて、呟く。
「ボクも……戸惑いながら恋をしているから。相手の熱とかに委ねたいけど、それじゃだめで。いまよりもっともっと、たくさん好きになって――……その日を待ちたい」
あーもー、可愛すぎか。
でれでれする私の向かい側で、詩保が深呼吸をしてから口を開く。
「私はどっちかっていうと……やっぱり、一年くらいはなにもなしがいいなあ。思春期のそういう衝動って、特に男子のはやばいんでしょ? そんな時期だからこそ、一年禁欲! 私のために我慢ができるんなら、相手の愛情を信じられる気がする」
茨の道を強いるなあ。でもそれも選択のひとつだよね。とはいえ、詩保に思いを寄せる男性諸君のために、一応聞いておくか。
「ちなみに詩保はなにを我慢するの?」
「相手とえっちなことをしたい気持ち」
「屈折してんなあ」
「悪い?」
「べつにい?」
変な意地はらなくてよくね? とは思うけど。それもまた詩保の自由だしな。
詩保に思いを寄せる男子が現われて、詩保がなにを我慢するのか彼女から聞き出せたなら、一瞬で展開が切りかわる気がするんだ。
予言できるよ。詩保だけじゃなく、みんな思い通りにはならなくて、素敵な目にもやばい目にもたくさん遭うだろうって。それが人生ってものでしょ?
やあ、楽しいねえ!
「聖歌は?」
個人的に特大すぎて地球規模の地雷原でもある聖歌にだって、話を振るさ。気になるし。この流れなら、えっちの話題がでても乗り切れるべ、と思ったから。
「ん……優しい人と、えっちなしのデートがしてみたい、かな」
ピュアか……。
「えっちなこと、こっちが許せば、相手がよっぽど……種なしじゃないかぎり、できるし」
それはそれでいろいろと攻めた発言だな! ピュア発言のあとにくると破壊力でけえな!
「ま、まあ」「聖歌、かわいいもんね」
やっとの思いで相づちを打つ私の横で美華もなんとかフォローしてくれた。
ふう……。
「姫ちゃんは? 気持ち的にはしたいの?」
「ううん。バージンはいつでも捨てるくらいのつもりでいるけど」
ルイがどんどん小さくなっていく。顔も真っ赤だ。まあ諦めてくれ。
「地元じゃ早い子は中学で捨ててたし。さすがに高校で妊婦っていうのは、ちょっと困るけど、身体の相性は早めに知っておきたいかなあ。長く一緒に過ごすんならね。甘いキスも、情熱的なハグも、たくさん試してバリエーションをお互いに作っておきたいし」
やべえ。私たちの誰よりもスキンシップについて具体的だな。
「結局、時間を共有する形をね? 別々のふたりから、特別なふたりのものにシフトさせるのが恋愛であり、結婚生活だと思うから。キスもハグもセックスも、たくさん経験した方がいいかなって思う」
この場にいたって、誰よりも進んでる考えをしているのが姫ちゃんだ。
やべえ。やべえ。
要するに私たちとなにが違うって、キスやハグやセックスがゴールみたいに思えている私たちに対して、姫ちゃんはそんなの行為でしかなくて、その先を踏まえてどうふたりの生活に取り入れるかを真剣に考えているっぽいところ。
ますます気になってきた。そもそも文化の違いレベルの隔たりを感じる。
「さっき日本じゃ違うのかって言っていたけど、姫ちゃんって日本暮らしじゃないんでしたっけ?」
「アメリカ暮らしのほうが長いよ」
「ああ……だからか」
何か間違ったかと不安げに顔を曇らせる姫ちゃんに「いやあ、進んでんなって思ってさ。刺激受けて素直に嬉しかっただけ!」って言っておく。
なるほどねー。いつかの授業で価値観がどうのとか、神聖化がどうのって言っていたけど。自分のことは見えてないものだなあ。理華も神聖化していたかもな。ハグができない時点でお察しかも。ふむ……。
「ねえ。考えてみたんだけど、そもそもキスもハグもセックスも、どういうものだと思う?」
「私はたんなるスキンシップのひとつだと思う。でも、恋人とか、特別な相手に許すほうが自分の身を守れると思うし、だからこそ交渉に使えたりもすると思うけどね」
姫ちゃんの答えはさばさばしていて、とても現実的だ。
「素肌は素直だし、触れるくらいは生理的に無理じゃない人ならできる。でも……本当に素敵な人と触れ合うと、身体も心も、ぽかぽかになるくらい幸せになるよ?」
実体験込みで語る聖歌の言葉はストレートで、実感がこもっていた。
「特別な領域の話じゃない? たとえばクラスメイトの女子と手を繋いだりハグしたり、ほっぺにキスするくらいなら、わけないけど。男子相手は死んでも無理」
美華、それは辛辣すぎない? ルイがなんともいえない顔をしてるよ。
対して詩保はさほど気にせずに自分の考えを述べる。
「好きなら話したいし、そばにいたいし、見つめていたい。手を繋ぎたいしデートもしたいし、なんでもしてみたい。そのうちのひとつでしかないってことかな?」
「私は詩保の言葉、わかる。聖歌ちゃんの言うことは、体験してみたら……わかるのかなって。七原くんとくっつくの、すごく……幸せだったし」
姫ちゃんはでれでれすぎだ。みんなでごちそうさまって顔をせざるを得ないぜ。この幸せものめ!
「要するに相手が特別なら、行為も特別になるってことですかねえ? ルイはどう思います?」
暗にこめられたメッセージはいっそ言ってから気づいて、戸惑う。
どうせ気づかないべ、とも思ったし。どうせなら気づけよ、とも思った。
あんたとのハグはほかの誰とするハグよりも特別なんだぞ! わかってんのか!
「お、俺は……その、やっぱ、スキンシップも、ふたりで過ごす時間も、特別にしたいっていうか。だから、相手次第で行為はいくらでも特別になるってことで、つまり――……」
言っていて気づいたんだろう。私のメッセージに。
耳まで真っ赤になって俯くルイに私を除いた女子一同がごちそうさまって顔をした。今度は私の番だったわけだ。いやあ、すまないねえ!
やべえ。めっちゃ恥ずかしいです。
「よ、よく言いますよね。キスだってハグだって、なんなら言う人次第じゃセックスだって、誰とでもできるって。この反証としてよく聞くのが、好きな人とじゃなきゃできない、ですけども」
急いで話を流してしまおう。
「ほんとのところは、特別な人とする特別なスキンシップの良さを認めるや否や、なのかもしれないですねえ」
「「「 ああ…… 」」」
ちょろいなあ、お前ら! 流されてやんの! 可愛すぎか! 大好きだぞ! それでも恥ずかしいものは恥ずかしいけどね! 急いで流すべ!
「というわけで、姫ちゃんは行為と物質、どちらを選ぶんですか?」
「急に話が戻ってきた。えーと……悩むけど。スキンシップは流れに任せて、詩保の言うごちそうもチャンスがあったら狙ってみる。それにアクセサリーも欲しいかな」
「おー。全取りですか。恋する乙女はわがままですか!」
「自分の恋にわがままになれなかったら、きっとほかのことにもわがままになれないと思うんだ」
「深い!」
人によるけれど、でもきっと……姫ちゃんにとってはそうだと思うなあ。
七原くんとの夜さ? もちろん私たちはばっちり起きていた。当然、息を潜めて聞いていたよ。ふたりの恋の進展ぶりを!
つうか肉食女子つよすぎじゃね? ガツガツしすぎてないけれどアピールはずっとし続けていた姫ちゃんの勝利だったよね。
刑務所暮らしが長かっただろう七原くんにしてみれば、女子との交流なんて滅多になかっただろうし。そんな中で、綺麗どころの姫ちゃんが素直に好意を示すんだもの。
そりゃあ、一撃だわ。間違いない。
収まるべきところに収まるふたりの恋の進展は早いけど、でもまあ……そんなもんだねとも思う。フィーリングって大事だ。そういう意味でいくと。
「な、なんすか」
「べつにい?」
ルイに特別を感じたくてたまらない私は、どうしたらいいんですかね?
助けてもらったときに喜んだ。遠回しに告られてバグった。でもすげえ嬉しかった。
だからさあ。あと一押し、してもらいたいんだけどなー。私からは恥ずかしくて無理なんだ。
そのへんわかってくれよ。好きになってくれたんならさ! いいじゃん、べつに。
だめ? こんな私に恋してくれるんなら、もっと好きになってくれてもいいじゃないですか?
言えないけどね。言って欲しくてたまらないんだけどね。
私のことが好きだよって。
たぶん、たったそのひとことで――……。
「全部ゆるしちゃうんだけどなあ」
「え――……」
赤面しているルイの顔を見ているのも、わるくないって思っちゃうんだよなあ。
意外と私も惚れてるみたいだ。あーあ。江戸時代でこれを言うのもなんですけど。
そろそろひとりぼっちから先に進むべきときが来たのかも。
まさに、年貢の納め時ってやつですかね?
つづく!




