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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第六章 侍と刀鍛冶

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第五十三話

 



「私だけで特別課外活動、ですか?」


 固い声になるのを自覚する。

 それでも聞かずにはいられなかった。

 向かい合うのは威風堂々とした校長先生とシュウさん。

 対するは私だけ。ライオン先生はいてくれようとしたけど、校長先生に下がれって言われちゃったの。「扉の前で乱入者を止めろ」という言葉の意味は……明白。

 惜しむらくは上下関係。まさに私いま孤立無援です。


「そうだ。こちらの学校の……国崎先生の話を思い出してね。君には刀の声が聞こえるんだって?」


 ゆったりと座って手を組み合わせるシュウさんの意図が……わからない。

 だからなんて答えるべきかすごく悩む。はい、なんて言いたくない。


「君の才能、学生として眠らせておくには惜しいと思ってね」


 本気とも嘘ともつかない声だった。


「あ、あの……聞こえるなんて私自身は言ってないです、けど」


 精一杯虚勢を張ってみた。私なりの抵抗のつもりだった。

 けど言い終えた頃には宙を舞って、カナタが欲したあの小刀が私の手元へ落ちてきた。

 受け止めた瞬間だったの。


『さむい……いたい……いや。おにいさま……どこ……』


 子供の声だった。

 弟が高熱を出した時のような苦しくてたまらなそうな声だった。

 だから、


「いい顔をするね」


 シュウさんの言葉に鳥肌が立った。


「聞こえたね?」

「……それ、は」


 否定したくてもできなかった。今も手の内にある小刀から女の子の声が聞こえるの。

 泣きそうな声が心を揺さぶり続ける。こんなの、反応しないわけにはいかなかった。


「君にあげてもいい」

「え――……」

「私に手を貸すのならね。カナタの侍なら聞いたのだろう? その刀の価値を」


 物扱いだった。頭に血がのぼって……すぐに冷める。

 小刀から聞こえる女の子の声に、冷めてしまう。

 どこまでも低く……凍り付いていく。


「君からカナタに渡してやればいい。弟も喜ぶだろう」


 怒らなきゃいけない。ばかにしてる。弄び過ぎている。

 けど十兵衞も、タマちゃんさえも……シュウさんの言葉は真実本音だと訴えてきている。

 だから怒らなきゃいけない。けど怒るわけにはいかない。

 私の一時の感情だけで、カナタの目的を奪えない。

 だから……悪意だ。

 優しい言葉で、わかる人にだけクリティカルに心を蝕む悪意を……向けられている。

 私はただの通過点。シュウさんの悪意の先にはただカナタがいる。

 わからない。わからないよ。どうしたらいいのかなんて。こんな、急に……ひどいよ。

 喘ぐように息をする私に微笑みかけて、シュウさんは宣告した。


「これでも暇じゃないんでね、今すぐ答えをくれ。僕に手を貸すかい? それとも……断るかい?」

「そ、れは――……」

「断るのならその小刀はいらないな。折ってしまおう」

「え――……」

「ただの刀だ。生徒が引き抜く一本と何ら価値がかわらない。なら……折れても仕方ない」


 悪意の矛先がゆるやかに……けれど確実に私に向けられる。


「さあ、返して。ひびが入り君の気持ちが傾くのなら、私は躊躇わない」


 差し伸べられた手は、黒い手袋に包まれたそれは、私を突き落とす。


「――……やります」


 言う通りにするしかない、その結末へ。


「よかった。分け身とは言え持ってきて役立った」

「え――……」


 ぱちん、と指が鳴らされた時、私の手の中にあった小刀は弾けて……粒子になるの。きらきら、きらきら。舞い散る雪のように。


「あ、え、なんで――」


 泣きそうになりながら、必死で集めようとする私の耳に笑い声が聞こえる。


「はは……優しい子だ。校長、連れて行っても?」

「ええ。あなたのような方のお求めならば、きっといい結果に繋がるでしょうからな」


 私の肘を掴んで、引っ張る。

 ぼう然とする私の耳に唇を寄せてシュウさんは囁くの。


「弟のように君は愚かだ。けれど……弟よりも有用であることを望むよ」


 その懐には、私にほうり投げられたはずのあの小刀があった。

 ――騙された。

 頭に血がのぼる。振り払おうとするのに――……身体が思う通りに動かない。

 引っ張られるまま扉を抜けて廊下へ。

 ライオン先生が私を見て何かを言おうとする。

 私も叫びたかった。助けて、って。けど、私の口から出たのは、


「特別課外活動にいってきます。学外からの要請をいただけるなんて光栄なので」


 私の声なのに、私の意志とはかけ離れたものだった。

 錯乱しそうになる心をタマちゃんがなだめてくれて……だから、感じ取ることが出来た。

 シュウさんが掴んだところから染みのような気持ちの悪い感覚が広がっていく。

 それは私の頭に届いて、心を、思考を塗りつぶそうとしてくる。

 抗い方がわからない。

 涙さえ浮かばない私は最も抗わなきゃいけない人に連れられて校舎の外へ出て行く。


「待て――……なぜ貴様がここにいる」


 立ちふさがってくれたのは、カナタ。

 けど、だから。


「カナタ、ごめん。私、この人といくの。特別に選ばれたの、この人の力になれるんだよ。すばらしいことなの……だから笑顔で見送ってくれるよね」


 口から出た言葉はシュウさんによる演出。悪意しかない、演出。


「な――」

「さよなら」


 ちがう、ちがうの。そう叫びたいのに何も出来なかった。


「失礼するよ」


 笑顔のシュウさんに連れられて……カナタの横を通り抜けた。

 ふり返りたいのに……出来ない。

 連れ去られるままに、シュウさんの乗り込むリムジンの中へと入る。


『――……つ、あ――……ん!』


 タマちゃんの叫ぶ声が聞こえる。

 染みに抵抗するように、それは緩やかに、けれど確実に私の内から染みを外へと押し出そうとしていた。ずっと、ずっと抗ってくれていたんだと思う。

 けれど、


「君にあげたいものがあるんだ。その二振りはこちらで預かろう――……」


 私の胸に指を触れて、カナタがそうしたように二つの魂を引き抜いた。

 引き裂かれる痛みに喘ぐ心に構わず、私のベルトを外して刀を奪う。

 もはや――……がらんどう。

 そんな私の手に、


「何を隠そう、実験がしたかったんだ」


 彼は自身の刀を握らせた。あの、禍々しい刀を。


禍津日神(まがつひのかみ)。人の欲を集めたような御霊……私の刀だ」


 染み込んでくる。シュウさんの染みの比じゃない。

 奔流。怒りや嘆き、欲望。声が多すぎて一つとして理解出来ない。

 一つのことを言っているようで、そうじゃない。

 軋むなんて生やさしいレベルを通り越して、私を違うものへ染め上げていく。

 金色の髪の毛が落ちた。

 それは黒に染まり、白に転じて……燃え尽きる。

 ――……一瞬で、燃やされて、上書きされて、すべてなかったことにされてしまう。

 誰かの顔が浮かんだ気がした。


 ◆


 青澄春灯 → ?




「聞こう。君の名は?」


 尻尾は金色と共に燃え尽きて、黒に染まった彼女の口から出たのは。


『禍津日神』


 彼女のものとは思えぬ禍々しき誰かの声だった。


「……何か、言いたいことは?」

『…………』

「……そうか。いいだろう。夜を待つことはない。さっそく試してみよう、君の力がどれほどのものか」


 満足して頷くと、シュウは運転席への窓を開いた。


「刑務所へ」


 何かが起きるのだろう。

 けれど力を失い、すべてを奪われた少女の魂はもはやそこになく。


「これはもう……いらないな」


 窓から放り捨てられた二本の刀は、悪意に抗うことすら出来なかった。

 彼と彼女は渇望した。自身を握る人の存在を。

 共に戦う誰かの存在を。

 その願いに応えられたのは、そう。


「――……ッ、は、はあ……くそ」


 たった一人の少年だった。

 兄を憎む以上に少女を、ささやかな契約を信じた一人の少年だった。

 二本の刀を拾い上げる。


「――……ああ」


 二つの魂の呼びかけに頷いて、少年は走りだす。

 すぐには追いつけなくても、必ず少女を救い出すと心に誓って。




 つづく。

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