第五百二十九話
夜の庭を眺めていたら、なんだか無性に泣けてきそうだった。
でも、どうしてか涙は出ない。父親は脅迫の道具に捕らえられ、母親は殺された。教授によって、あるいは教授の息のかかった者によって。
時任姫は両親の命を助けるために、与えられた時計を使った。そうして士道誠心高等部の生徒と南隔離世株式会社の面々を江戸時代に丸ごと飛ばしてしまった。
立沢理華に暴かれて恐慌を来し、結果的に青澄春灯に抱き締められた。
けれどあの瞬間、理華の首を絞めた自分の暴力性と限界を思い知らされた。
理華も春灯ちゃんも言わないでいてくれている。生徒会のみなさんも。
でも忘れられない。責められても仕方ないだけのことをした。たとえ追いつめられたとしても、緊張を強いられて寝られずに過ごしていたとしても。それでも、それでも――……。
「ふう……」
ふり返って襖を眺める。向こう側で布団を並べて学校のみんなが寝ている。
女子部屋に男子が潜入しないように、定期的に夜警を買って出て下さっている卒業生で南隔離世株式会社の面々が灯籠を手に歩き回っている。
何度か見つかって呼びかけられたけど、眠れなくてと伝えると放っておいてくれた。
膝を抱える。修道服に変えてもらったのは成功だったし失敗だった。生地が薄くて、すこし肌寒い。けれど布団に戻る気がどうしても起きない。
詩保もクラスメイトのみんなも……理華さえも、すごくよくしてくれる。
ぷちちゃんがいつもそばにいてくれるのも、地味に助かっている。脳天気に明るいことを言ってくれると、自分の居場所を錯覚しそうになる。
罪を犯した。それは間違いない。理華が許してくれたとしても、自分を責めない理由にはならない。
苦しいのに。そうせずにはいられない。煉獄の業火で燃やされてしまうのだろうか。自分は天国に行けず、神に許されずに生きるしかないのだろうか。
左手をかざす。指輪が三つ煌めいている。その意味さえわからないまま、ただ綺麗な指輪はなんだか自分にはもったいないくらい輝いて見えて、何度もはずそうとした。けれど、びくともしないんだ。外せない。詩保も理華も聖歌も、三人とも自由につけたり外したりしているのに。
なら、これは罰なのか。
背中から不意に熱が覆い被さってきた。重さと感触はここ数日の滞在で親しみを覚えるまでになった掛け布団で、ふり返ると七原くんが立っていた。
隣に腰を下ろして、なにも言わずに自分と同じように手を夜空へと掲げてみせる。
主張してこない彼の距離感が居心地がよくて、星を眺めた。
江戸は現代で言えば東京にあたる場所にある。なのに、現代の東京とは比べものにならないほどの数の星が見れる。
さっきまではなんの意味も持たなかった星に、彼がそばにいるたったそれだけのことで意味が生まれた気がして、自分は浅ましくてみにくく思えてならない。なのに気持ちの高まりを無視できずにいる。
恋をしたい。もっと好きになりたい。無邪気に学生生活を送りたいし、そのために必要なことがあるのならなんでもしたい。
でも、そのきっかけがわからない。
『未熟は未来の自分が手にする資質』
美華がお姉さまと慕う美しい女性は言っていた。時任姫こそ鍵なのだと。時を超える力を手にすることができるのだと。
可能性は、兆しは見えた。与えられた。けれど、それをするだけで自分を許せるのかどうか、わからなかった。
「七原くん……あの」
なんて声を掛ければいいのかさえわからないのに、口を開いてすぐに後悔する。
なんでもないって言うより早く、彼は笑った。
「姫。世界中から憎まれ、恨まれて。それでも人は生きることができる。なぜかわかるか?」
「――……ううん」
彼の言葉に心が軋みそうだった。その状況はまさに自分のいまいる状況そのものだったし、それすら生ぬるいくらいの非難を彼は浴びたのだろう。
小学生が両親を殺害した事件は、犯行を行なったとされる小学生の無罪が確定するまで実に何年もを要した。無実だとわかってからの報道よりもずっと、有罪だと見なされていたころのバッシングのほうがきつかったはず。祖父母から聞かされてもいた。日々、テレビやネットを賑わす容疑者たちの扱いを見ていれば、無実だった彼がどのような悪意に晒されたのか容易に想像がつく。
それでも彼は生きた。きっと文字通り、世界の違う場所で。自分の犯していない罪を償わされてきた。両親の死がどれほどつらいのか、身に染みている自分がその状況になったのなら……耐えきれなかったはずだ。現に今、とても苦しんでいるのだから。
それでも七原くんは自分のすぐそばにいて、心を曇らせることなく強く生きている。
知りたかった。聞けなかった。怖くて。傷つけてしまいそうで。露骨に求めて自分の醜さを見つけられて、嫌われるような気がして。
けれど彼は自分の不安など笑って飛び越えて、言うのだ。
「生きたいからだ。望まれていると思ったからな。日本の死生観っていうのは、いいな。死んでもそばにいてくれるっていう、あの教えを聞いて……負けられないって思ったんだ」
「……負けられない?」
「自分を苦しめる自分に負けたくなかった。自分を楽しませたい自分に笑ってみせて、言ってやりたかった。お前が正しい! って」
すごく哲学的なようで、そうじゃない。もっとシンプルな、感情面での心構えの話だ。
「俺は自分を責めたよ。何度だって。俺がもうすこししっかりしていたら、戦えていたら、強かったら? 両親を手に掛けた奴に好き勝手にはしなかった。守っていたし、立ち向かったはずだ。まあ……そしたら、ここにはいられなかったかもしれないけどな」
膝を抱えて吐きだした彼の息がすこしだけ震えていたから、掛けてもらった布団を持ち上げて、厚かましいかもしれないけど思いきって彼にくっついて、一緒に布団にくるまってみた。
恥ずかしそうにはにかんでから、彼は私のように膝を抱えて夜空を見上げる。
「でも、そんなことを考えていると、どんどんつらくなるんだ。それでがんばろうとは思えなかった。会う奴みんなに責められる。そうして押しつけられた敵意はやがて消え去る……俺の傷と敵意は消えないままだ」
「――……うん」
理華を苦しめた自分の手と敵意は消えない傷になって残っているし、教授につけられた傷も同じ。
「笑えないだろ、それじゃあ。世界は常に俺たちを試している。なら、俺はせめて笑って生きてやるって思ったら……急にわかったんだ」
「急に?」
「ああ……まさしく目から鱗だった。俺が笑って生きるために必要なことは、俺みたいな目にあったことなく、一般的な人生を過ごしている連中に比べたら数多い。けれど、同時に……俺自身を責めることは、必要じゃない」
「……責めずには、いられなくても?」
「そうとも。いやでも他人がやってくるんだ。そいつらに任せればいい。むしろ自分は、自分と、そして自分に関わってくれる人を大事にし、優しくすることだけで精一杯だって気づかされた。自己肯定感って奴だ」
難しい。そんな力があるのなら、たしかに手に入れてみたいとは思う。同時にいまの自分にはまったくないとも思う。
未熟は未来の自分が手にする資質……本当にそうかもしれない。
いまの自分に足りないものこそ、未来の自分が手に入れられる力なのかもしれない。
ないなら、手にすればいい。そのためにできることを全力でやる。
シンプルだ。シンプルはベストで、ベストってことはこれ以上ないっていうことで。
そう気づいてみると、彼の言うとおり、たしかに責めてもなにも始まらないのだと気づかされる。
「ねえ……どうしたら、自分を好きになれるのかな」
「みんなそれに悩んでいるんじゃないか? あるいは、答えを出した連中にとってはくだらないかもしれない、そんな些細な気持ちの持ちようでしかないのかもしれない。ただ……」
「ただ?」
彼に顔を向けたら、目と目が合った。
「俺は俺を好きでいたい。日本中の連中に嫌いだと言われても構わない。俺は俺を変わらず好きでいる。理解されないのはつらいから、片手で余ってもいい。ひとりだけでもいい。好きでいてくれる誰かと出会いたいと思っている」
優しい笑顔のようで、どこか緊張してもいるようで。
入学してから気になって目で追って、いまではクラスの誰よりもそばで彼をよく見ているから気づいている。
きっといま、すごく照れている。
持って回った言い回しをよくするし、女の子を全力で褒める人だけど。
今はストレートに、自分に好意を示してくれている。そう思うのは、自分の勘違い?
「姫、俺はお前の中に月を見た気がするんだ。お前自身の気持ちか、それとも俺の気持ちか、はたまたその両方か。どうでもいい……欠けた月が丸くなるように、俺はお前のそばにいたいと思っている」
「――……ぇ」
夢見ていたし、そうなればいいと思っていた。でもそのときの妄想よりもっとずっと強く、彼の好意は自分を揺さぶった。
だからって、我ながら間抜けな声をだしたものだと内心で苦しみ悶えずにはいられないのだけど。
「その……すまない。一般的な告白の作法がわからないのだが。間違えていたか?」
途端に不安げに眉根を寄せて言われても困る。
嬉しいけれど。とびきり嬉しいけれど。現代だったら部屋に寝転がってごろごろごろごろ転がってからベッドのうえではしゃいでアメリカのポップスターの歌を大熱唱するレベルの一大事件だけど。間違えてないけど!
「う、う、うれしいんだけど……どうして、告白してくれたの?」
そう。そこだ。なによりそこが肝心だ。ちょろそうだとか、いまならいけるんじゃないかとか、そういう理由だったら心が砕ける。あるいは過去の自分を見ているようで放っておけないとかでも困る。同情で告白されても喜べない。ああ、なんてことだ。しまった。いま聞くべきじゃなかったんじゃないか。いやでも、しかし。
迷う自分に気づいて、彼はすごく不思議そうに首を傾げた。
「なんだ、そんなことか」
すごくおかしそうに、ほっとしたように笑ってから、彼はすぐに教えてくれた。
「いつも俺のそばにきてくれて、笑ってくれるきみに惹かれていた。そんなきみを気にしている俺はさ。こんな星空を眺めている美しいきみを見たら、素直にならずにはいられなかったんだ」
いかにも彼らしい言い方で、それは彼がすべての女の子に対する態度と同じで。
言葉自体はすごく嬉しいんだけど、そうじゃない。私だけの特別な何かが欲しい。そう思ってしまうから、自分の心は特別わがままだと痛感する。
「――……私じゃなくて、別の誰かがそばにきていたら、その人に恋をしてた?」
ああ、なんてかわいくない。自分を責めて、追いつめる言葉を言ってしまう自分が大嫌い。
「それはないな」
「どうして?」
「――……これは姫にしか言わない秘密だぞ?」
耳元に唇を寄せて囁かれて、どきどきした。頷く自分に、彼は秘密を打ち明けるように教えてくれたの。
「女子はたしかに生きているだけで素晴らしく美しいと思う。けれど……心動かされたのは、姫だけだ。俺は君を笑顔にしてみたいんだよ」
吐息と囁きが耳に当たってたまらなくくすぐったくて、心地よくて、甘美で。
すこし離れた彼が恥ずかしそうに呟く。
「俺のそばで素敵な笑顔でいてくれるのに、ひとりになるとつらそうなんだ。俺はきみの笑顔をもっと見ていたい。きみがきみを責めるなら、俺がそのたびに大丈夫だ、俺が好きでいるからって言いたくなった」
「……七原、くん」
「夜空でいい。きみがそう望んでくれるなら」
彼が布団の内側からそっと手を伸ばす。
つられて見上げたの。
「流れ星だって降らせてみせるさ」
まさに、そのとき――……星が落ちたんだ。
「ほ、本当に落ちるとはな」
そこで驚いちゃうの? 締まらない。でもそれがおかしくて、思わず吹き出す。
そしたら気持ちが驚くほど軽くなって、でも笑い声は止まらなくて。
気がついたらそれは涙になっていた。抑えきれない気持ちを彼がぎゅっと抱き締めて癒やしてくれるんだ。
「姫――……だいじょうぶだ。俺がいる」
「――……ずるいよ、こんなの」
しがみついて、泣きじゃくって、それでも彼は私から離れずそばにいてくれたんだ。
目と目が合って、気がついたら自然に唇を重ねていた。
そうして――……ふたりでくっついて、ずうっと夜空を眺めたの。
今日、私が目にした星たちは彼の名前のように心に深く刻まれる――……。
すっかり気持ちが落ちついた頃になって、そっと尋ねた。
「それはそれとして……どうして、布団を持ってきてくれたの?」
「厠に席を離れたら姫が見えたから、これは勝負のときが来たと思ってな」
悪戯を告白するように教えてくれた理由にきゅんときちゃうんだから、やっぱり私は彼が本当に好きなんだと思ったんだ。
◆
朝の食事を終えてひと息ついた頃だった。
私は一年生たちの様子が気になっていたよ。女の子たちが揃いも揃って寝不足みたいな顔をして、にやにやしながら姫ちゃんを弄っていたの。私はマドカにぎゅってされて、キラリにぎゅっとしてぽかぽかの中、熟睡していたので気づかなかったけど、昨夜は姫ちゃんの恋路に何か変化を与えたようです。
いいなあ。いいなあ! 素敵だなあ。羨ましいよ! 私はカナタとのあまあまをお姉ちゃんのお叱りによって中断されたので、もやもやしているよ! お姉ちゃんの判断は正しいけどね! 心を傾ける気がないとはいえ将軍さまとはいえひとりの男性から言いよられている最中だし、みんなが過ごすお部屋で、いつ戻ってくるかもわからないのに……ね? できないよね?
現代に戻らねば! あまあまのために! あとコンサートとかお仕事とか、考え出すとめちゃめちゃ胃が痛いですし。戻った時間が飛んだ時間よりも離れていたら、いきなり仕事がなくなってもおかしくないし、きっとめちゃめちゃ怒られるだろうし。
はああ。早くなんとかせねば!
ひとりで尻尾を膨らませていたときだったの。足音を立てて生徒会メンバーが入ってきたんだ。
「九組一同、聞いてくれるかしら」
コナちゃん先輩がみんなの顔を見渡した。
「明日の正午より、一部の生徒を残して全員、この時代に飛んできた場所へと移動を開始します。さすがにだいだらぼっちで移動するわけにはいかないから、長時間歩くことになります」
うんざりした顔をする人が大勢いましたよ!
「そんな顔をしてもだめなものはだめ。諦めてちょうだい。それから、到着する頃には住居ができているように大工さんを手配してくれているみたい。食事もあるし、移動中の食事も宿泊も可能なようお金の手配もしてあるので、滞在に関しては心配しないでね」
一日でそこまで進めてあるんだ! すごい!
みんながほっとする中、マドカが私とキラリの獣耳でしか捉えられないくらい小声で呟く。
「見栄はってるけど、昨夜の宗矩さんの態度をみるに要するに早くでてけってせっつかれているんじゃないかな。お金は工面している最中とみたね」
水面上の優雅な白鳥さんの水面下は足がばたばたしていて必死みたいな、悲しい現実があるのね……。
言えないよね。ただでさえみんな、不満をためているんだもの。
「ひとまず移動するメンバーを選抜している最中です。夜には報告できると思うから、各自今日はゆっくり休んでね。以上!」
ぱん、と手を強く叩いて、コナちゃん先輩は生徒会のメンバーを引き連れて部屋を離れていった。これから会議なのかなあ。呼び出されなかったっていうことは、私たちを呼ぶ必要のない話なのかも。それこそ、誰を連れていき、誰を残すかみたいなね。
のほほんと考えている私と違って、マドカはすっと立ち上がってシロくんやカゲくん、ミナトくんにレオくんを呼んで、迷わず生徒会を追いかけていく。放っておけないんだろうなあ。一年生にも同じように、理華ちゃんが美華ちゃんを引っ張り、くっついてくる聖歌ちゃんを連れて急いで追いかけている。理華ちゃんも前のめりに生きてるなあ。よしよし。
そう頷いていたら、ツバキちゃんが近づいてきたの。用事は考えるまでもないけれど、
「どうしたの?」
念のため尋ねる。お仕事しか繋がりがないっていうわけじゃないんだもの。大事な大事なツバキちゃんの面倒を、最近はよく茨ちゃんが見ているんだけど。私だって気にしているんだよ?
「あ、あのね……か、片思いの歌を作ってみたいんだけど、どうかなあ」
意外な提案だった!
「それは、お仕事の外の話?」
「う、うん。せっかくだし……江戸時代の楽器つかって、遊べないかなって。ボクと、ふたりで。トシさんたちへの、お土産。あるといいかなって」
「あ――……お土産!?」
そ、そうか! そうだよね!
せっかく江戸時代に来ているんだもの! 今に近づくほどタイムトラベルものの縛りは増えていて、道具は持ち越せないものがちらほらありますけども。私たちが体験しているこれがそうだという原則があるかどうかもわからないし。
知識や経験がばっちり跳躍後に引きつがれるんなら、これ以上ないお土産になるはず!
「いいね! ちなみにちなみに、ナチュさんへの思いを歌うの?」
「そ、そうじゃなくて! そうなんだけど……お、お兄ちゃんには言わないでね?」
赤面しながら必死に両手を振ってごまかそうとするツバキちゃん、やばい。にやにやするよ!
「うちのクラスの、姫ちゃんが……その。昨夜、両思いになってて。でも、両思いになりたてって、片思いと片思いが繋がったばかりみたいな、そういう繊細なところがあるでしょ?」
「――……まあ、そう、かも」
去年の私とカナタを思い返してみると、頷くばかり。今の私たちだって、なんでもわかりあっているっていうよりは、まだまだ手探りな部分もたくさんある。ましてや思いが通じたばかりなんて、手探りだらけだよね。
「繊細な気持ち、歌えたら。それって、いじらしくて可愛い歌にならないかなって……思って」
てれてれしながら言うツバキちゃんを見ているとほっこりするばかりだし、それは私の隣にいたキラリも、その向こう側でのんびりしていたユニスさんやコマチちゃんも同じみたい。
マドカの向こう側に座っていたトモが腕組みしながら、ツバキちゃんをじーっと見つめていたよ。茨ちゃんはトモにくっついて、にやにやしてる。
思わず言っちゃった。
「どや、私の後輩。かわいいやろ!」
「いや、あんただけの後輩じゃないから」
キラリにすぐにダメだしされちゃいました! それな!
ところで見渡してみて気づいたんだ。お姉ちゃんがいない。クウキさんとふたりでどこかでのんびりしているのか、それとも既に生徒会メンバーと絡んでいるのかな?
わかんないや。まあいいよ。お姉ちゃんなら万が一ってこともないだろうし! クウキさんもついているし!
ひとまず片思いの歌に思いを馳せる。
両思いだけど片思い同士。なんだかそれってすごく繊細でどきどきする距離感だ。
多くの人が「付き合う期間が長くなればいいことだけじゃ済まなくなる」って冷めたことを言い始めるけど、別にそれだけが現実じゃないよなーって思うんだ。うちの両親を見ているとね!
だから、できるなら、素敵なふたりになれるように背中を押せるメッセージをこめられたらいいなあ。だとしたら、あげる曲調になるのかな? 太鼓の音で鼓動を表現してみたりとか?
あ、これ楽しい! 考えてみると、いろいろとやってみたいことが膨らんでいく。軽音楽部の先輩たちに手伝ってもらったら、もっと捗るだろうし。
ツバキちゃんと片思いの話ができるなら――……それは、素敵な時間になるに違いない。
姫ちゃんを見つめてみる。
ぷちをお膝に抱いて、残った九組のメンバーと楽しそうに笑っている。そしてたまに、隣にいる七原くんを見るの。そのときにはね? 頬がぽっと染まっていてさ。ああ、恋してるんだなあってわかっちゃうんだ。
かわいいなあ。かわいい。恋をするあなたはとびきり素敵で、それはきっとこれまでとこれからの壁をぶちこわして、別のものを飛び越える道に変わっていくんだ。
ふたりが手を繋いで、一緒に歩いていけるように――……笑って背中を押して、応援してさ? 祈ることだけしていたいなあ。
がんばれ。だいじょうぶだよって。でも無理はしないでねって。自分の素直な気持ちを大事にしてほしいなあって思わずにはいられない。
こんな窮地でも、恋は前に進んでいく。それってなんだか、とっても無敵じゃない?
いいな! 元気が出てきたぞ! なんでもこいだ!
そう意気込んだ私なのですが、足音を立ててやってきた宗矩さんに「狐殿、お呼び出しでございます」と言われてしまいました。
「あのう。呼び出しといいますと、将軍さまですか?」
「いえ。将軍さまのお母さまより、直接顔を合わせて話したいとのことです」
めまいがしたぜ! くらっときたぜ!
本人に口説かれる前に、お母さま登場ですか! なんてこった! どんな話をされるのかな……?
つづく!




