第五百二十八話
手を引っぱられて、私は途方に暮れながら前を歩くカナタの背中を見つめる。
やばい。やばいよ。めっちゃ怒られるよ、これは。
一年生のお部屋の襖を開けて、誰もいないことを確認するとカナタは私にふり返った。
笑顔だ。それが怖いんですけども!
「春灯?」
「は、はひ!」
「柳生を相手に回して、戦国時代を生き抜いた武将までもを相手に回した結果が」
「このざまだよ! うそ、うそです、すみません! ついノリで言っちゃったんです、許してくだしい!」
「あのな! ……まったく、お前ってやつは」
深いため息を吐いてから、カナタは私を強く抱き締めたんだ。
すごく久しぶりの抱擁だった。
いつもの優しさなんてどこかへいってしまったかのような、切実なハグ。
正直ちょっと痛いくらいなんだ。
それでカナタの気持ちが痛いくらい伝わってきたの。
「……ごめんなさい」
「たしかに、俺たちを守り、平穏無事にやり遂げるための道だと思って選んだんだろう。それはわかってる。俺はお前と契約を交わしたのだから」
それでも、
「もし失敗したら。相手がこちらの理解できない手を使ってきたら。代償はあまりにも大きすぎるんだ。俺には耐えがたい」
「……でも、耐えてくれるの?」
「要するに、これは我慢比べだ。それに……この先も、お互いにお互い以外の異性と会う機会なんてやまほどある。それを乗りこえるための試練だな」
表面的には冷静を装っているけど、抱き締める力がめちゃめちゃ強いので、本心はダダ漏れすぎますよ!
「ちなみに……本音は?」
「うんざりする」
「デスヨネ……」
わりときつめの台詞! カナタ滅多にそんなこといわないのに! なんかほんとうにごめんなさい!
顔を見たら、かつてみたことないくらい笑顔だ。去年のこじらせていたときのシュウさんにそっくり!
見れば見るほど不機嫌がダダ漏れてる……。
やばい。これはやばいよ……。
「ご、ごめんね? 別に浮気とか、そういう狙いがあるとかじゃなくて。興味があるとかでもなくて。ただ単純に、九回も機会があればいけるっしょって相手は思うだろうし、こっちはそもそも全部こ――……」
説明しようとしたら、途中で唇を奪われていた。
ただのキスじゃない。容赦なく熱が入ってくるの。全身がかぁっと熱くなって、落ちつかない気持ちになる。こんなの予想さえしていなかった。
帯に手を掛けられる。
「ま、まって」
怖い。勢いまかせで、気持ちまかせで。なんでなのかは考えるまでもなく明白で。
嫉妬してるんだ。怒ってもいるし、不安だし。
独占欲をカナタから感じる瞬間ってたまにあるけど、今日のは間違いなく最高レベル。
嬉しいけど、繰り返すと怖いし複雑。
「み、みんな戻ってくるよ?」
「その前に」
「カナタ! き、気持ちは嬉しいけど、そういうときじゃないっていうか」
断ること前提だとしても、気持ちを向けられているときにするべきじゃないっていうことくらい、わかっているつもりだった。
それがカナタの嫉妬を刺激するって気づいたのは、押し倒されたあとだったんだ。
「春灯」
そんな泣きそうな顔しないでよ。絶対だいじょうぶだよって伝えても、きっと届かないんだろうけど。
深呼吸をして、カナタの腰に腕を回して引きよせる。
頭を撫でながら、気持ちをなだめられるといいなと願う。
首元に顔が埋められてきた。すごくくすぐったいけれど、口づけてくるとかじゃなくて、ただ深呼吸されたの。匂い気になるんですけど。大丈夫なんでしょうかね。
余計なことを考えていたら、カナタがぽつりと呟いた。
「……早く現代に戻りたい」
声が首筋にあたってくすぐったいから、笑っちゃいながら頷く。
「だね」
不幸中の幸いにして、まだカナタとトモ以外は真剣を向けられる瞬間を迎えずにきている。
たとえば戦国時代に時間跳躍していたら、それこそ危険な目にやまほど遭っていたはず。
その点を踏まえると、江戸時代っていうのはいろんな意味でちょうどよかったけれど、いつまでもいられる場所じゃない。私たちはどこまでいっても異邦人でしかないんだ。時の迷い子は本来いるべき時間に戻るべきだと素直に思う。
直ちに戻れるのなら、それに超したことはないけれど、私たちはまだそのピースを見つけられていない。なにかが引っかかっているような気はするんだけど、それがなにか思い出せないんだよ。なんだったかなあ。
案外だれかがいま見つけていてくれたりしないかな?
そんなことを考えながら、すこしだけ離れたカナタの顔を見た。
「……したいなら、する?」
「気持ちは落ちついたけど、でも、できれば――……」
顔を近づけようとしたカナタの身体が離れていく。
愕然としたカナタが顔を向けた先にはね? 首根っこを片手で握って持ち上げているお姉ちゃんが立っていました。
「集団生活を過ごす場で風紀を乱すな! たやすく心を乱されおって、この愚か者!」
「待て冬音、これはその」
「問答無用! 鍛錬が足りてないみたいだな? なにもできなかった代わりに我が鍛えてやる! 妹に手を出す気持ちも起きないくらいにな!」
「そんな!?」
ずるずると引きずられていくカナタを見送って、苦笑い。
やれやれ。私も本当に現代に帰りたくなってきたよ。自由にいちゃつけないのは、やっぱり寂しいもの。
カナタを見送って、上半身を起こして着物を整えてぼーっとしていたら、足音がふたり分、近づいてきた。
お姉ちゃんがいつの間にか開けた襖からひょっこり顔を覗かせたのは、キラリとマドカだったんだ。私を見て「ここにいた」ってふたりして言うから、首を傾げる。
「どうかしたの?」
「どうしたもこうしたも。対策たてないと。それこそ明日にでも会いに来るかもしれないんだぞ?」
「ただたんに出迎えるだけじゃ、それこそ子供を生ませる道具としてしか見られないと思うんだけど。それって現代の恋愛観の敗北だと思うんだよね。癪じゃない? 昔の人に、それは余裕があるからこそできることでしかないんだよってばかにされるの。私たちだって真剣に生きてるのにさ?」
マドカのマシンガンにキラリが呆れた顔をして両手を広げて、すぐに腰に置いた。
「とにかく! 将軍さまはその気で、お付きの人たちは機会を利用する気はあるけどくっつかれたら困るんだ」
まさしくそれが将軍さまにとっての悲劇だよね。
なんらかの事情があるんじゃないかなあって思うし、私にお助けできるんなら何かしたいとは思う。好意は受け止められないけどさ。大勢の前で言われたからといっても、交換条件付きで脅されたとしても、きちんと答えるのが筋ってものだと思うの。
考え込む私に気づきながらもキラリは続けて言うんだ。
「これからもいろんな連中が会いに来るから、対処もしないと。あんたは顔役! あんたが把握してないと困るの!」
ああもう。やっぱり、いますぐ現代に戻りたいです。
いっそ十兵衞に直に鍛えてもらえるくらい、素敵なことが起きればいいんだけど。
強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん! だっけ?
求めよ、さらば与えられん。探せよ、さらば見つからん。叩けよ、さらば開かれん。
待っていても始まらない。なにもせずにいたら、それでお終い。
常に行動せよ! それこそお母さんや、青澄家のみんなが大事にしている格言。
おばあちゃんとか、しばらく会ってないなあ。去年はそれどころじゃなかったし。
会うためには現代に戻らないと。
行動せよ。くれと強請って与えられるものじゃ自分の人生は劇的に変わらない。
私は動き出す。ひとまずは――……向こうが仕掛けてくるのなら、今度はこっちの番だよね?
「キラリ、マドカ。協力してくれる?」
「……また面倒ごとの予感がするよ」
「むしろ望むところ! なになに? なにすればいい?」
つんと澄ますキラリの横でマドカが尻尾をぱたぱた振る。
頼もしくていやになっちゃうなあ。あがるばかりだよ?
◆
コナちゃん先輩たちと協議して今後の対策を練ってから、私は城の人に駕籠を出してもらってキラリ、マドカと三人で柳生家を訪れた。ただのせられるだけじゃない。戸を開いて、江戸の人たちに愛想を振りまきながらの移動です。
江戸時代のいろんな人たちに止められたけどね。左目と笑顔で押し切っちゃった!
なんでかってさ。穏便にことを収めたい、できればこっそり消えて欲しいけど、でもこっちの願いは聞いて欲しいなんて。相手は無茶を言い過ぎです。唯々諾々と従うつもりはないのです! あ、いまの私にしては賢い言い回しなのでは?
柳生の屋敷に入り、通された居間で宗矩さんの帰りを待つ。
別に時間を稼いで待たされても、来なくても構わない。私たちの行動がたとえ筒抜けだったとしても問題なし。明日も明後日も顔を出すまでです。止められたらまた別の手を考えるよ。
マドカはすんすんと鼻を鳴らして匂いを確かめているし、キラリは落ちつかない顔をして何度も正座した足を動かしている。
夜になって、灯籠を灯しにきた人が申し訳なさそうな顔をして「もうしばらくお待ちを」と言う。そのときに、彼は現われた。
「失礼、お待たせしましたかな」
宗矩さんだ。しかし、彼ひとりだけではない。十兵衞も、あきさんもいた。
心を揺さぶりにきた私たちへのカウンターとしては、これ以上ない手だった。
構わない。心は揺れたけど、その先が見えるから。
「いえ。突然お宅を訪ねる無礼、まずはお詫びいたします」
ゆっくりと頭を垂れる。キラリとマドカも続く。
相手が「顔をおあげなさい」と言うから、姿勢を戻す。ぴしっと背筋を正すよ。未来のタマちゃんが躾けてくれたとおりに胸を張る。
「それで、なにようかな?」
「三厳殿とあきさんをお連れになった時点で、ある程度は察していらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「若い娘が三人も男の家を訪ねるのだ。単刀直入に話しなさい」
手強い! 崩してくれない。公的な顔で通して話をされるから、とてもやりにくい。けど、あるいはしょうがないのかも。社長だって私にプライベートの顔を見せてくれはしないもの。
「柳生の教えを請いたいのです。九度、徳川家光さまの訪問を受け、寵愛を受けず、しかし女子の良さを教える代わりに――……まず、私は柳生に鍛えていただきたい」
盛大に眉間に皺を寄せる宗矩さんの横で、十兵衞が肩を揺らす。愉快で痛快でたまらない、という顔だ。それを諫め叱るように宗矩さんが睨みつける。すると十兵衞は人を喰ったような態度で肩を竦めてみせた。
ため息すらつかずに宗矩さんは私を睨みつける。
「条件を出せる立場ではあるまい」
「そちらこそ、たとえ将軍家のご来光を賜ろうとも私と同じく地上に生きる存在。であればこそ、対等でなければ成立はしません」
「土地をやる。人も貸す。金も出す。なにより天下の将軍さまのおそばにいる栄誉を賜る。十分ではないか」
頑なというよりも、鋭く切りつけるような声。
歌手にならなかったら、トシさんや高城さんに鍛えられなかったら、きっと怯んでしまっていたはずだけど。もう、高校に入る前の私じゃない。
「将軍さまの性根を直すには足りません」
にっこり笑顔で言い切る。
「なにを好むか、それは人の情というものです。ねじ曲げるのでは歪みが生じる。まず将軍さまの神に触れ、なぜそのような状態になったかを探り、女性を遠ざける理由がなんであるのかを突き止めなければなりません」
「いかにも」
「それが本心から望むものであれば矯正しきれるものではございません。情がなくても女は抱けるとお思いでしょうが、妾たちに無茶な願いを押しつけるあなたたちの行動が、いかに此度の依頼が困難であるかを物語っておりまする」
初めてかもしれない。
柳生宗矩が私を、それこそ十兵衞を睨みつけるくらいの強さで睨みつけてきたのは。
だからこそ、怯まない。勝ち取るために、求める。
「ですから、私に柳生の精神をお教えください。女子絡みのことは女子が解決するのが道理。将軍さまが自らをお救いになる術を探りたいのでございます。ですから、どうか。どうか」
頭を垂れる。下げて通る筋があるのなら、迷わない。
深い呼吸が聞こえた。苦しそうにも、気むずかしげにも聞こえる重たい吐息に、ただちに十兵衞が口を開く。
「よいではありませぬか。ただの女子だと侮っておられたようだが、この通り。精神は既に近しく寄り添っておられる。天女殿はなかなかに強き御仁でございますぞ?」
「三厳」
「親父殿が断るのであれば、この十兵衞。いまだ未熟な身なれど、及ばずながら手を貸そうと思いますが」
「――……お主はそちらの娘さんの相手があるだろう」
「はて。狐殿が去ったあと、俺の子を成したのちに徳川に差し出すつもりのあきの話かな?」
「三厳!」
宗矩さんが怒鳴りつけるように名前を呼ぶけれど、十兵衞は笑うだけ。
そっと顔をあげると、あきさんがふてくされた顔をして十兵衞と宗矩さんを睨んでいる。
「わたくしはまだ了承しておりませぬ。和尚さまがお許しにならないかと思いますし、天海さまは特にお怒りになるのではないかとさんざん申し上げました」
江戸時代はんぱない。とんでもない話を目の前で展開されると、さすがに気後れする。
キラリはなんでついてきたんだろうなーっていうウンザリ気味の顔をしているけど、マドカはちがった。
「失礼ながら、口を開かせていただきますけど。春灯が断ったときには、春灯によく似たあきさんを将軍さまはとても嫌うのではないでしょうか?」
宗矩さんがぎろっと睨むけど、マドカにはそういうの通用しない。
「むしろ正室の方がいらっしゃるのであれば、そちらとの仲直りをするなり。あるいは、同じ娘をあてがうよりも、将軍さまのお心を癒やせる娘を探したほうが建設的では?」
「それくらい考えている」
むすっとしながら言う宗矩さんに、十兵衞が顎を手で撫でつけながら笑う。
「であれば、あきである必要もなし、と。はて。この十兵衞、親父殿をはじめとする重鎮のみなみなさまが天女殿がおいやな理由は、素性不確かなところと、その力の怪しさにあると思っておりましたが……あき、お主も同じであろう?」
「もう! いやですよ、勝手に話されては困ります」
「なに、親父殿なら既に気づいていたであろう。俺たちを襲った忍びから聞き及んでいるはずよ」
またしてもつらそうな深呼吸を宗矩さんがする。
手こずらされているんだろうなあ、十兵衞に。思い通りにならない息子の筆頭格なのかも。
「もうよい。はるひ殿、話は他にあるか?」
なければ切り上げるし、そもそも聞きたくないっていう態度を露骨に出す宗矩さんだけど、私は構わず笑顔で言ってやりましたよ。
「もちろんございますとも!」
勘弁してくれっていう顔をされちゃいましたけど。
でもでも、大事なことなんです。
それはね?
「将軍さまに会う際にはこちらも同席者を。それから、将軍さまの同席者に関しては色恋の覚えのなき者か、あるいは妻帯者であれば妻の同伴をお願いいたします」
なにをいっているんだこいつは、という顔をされたけど、キラリに目線で促す。
仕方ないなあって顔をして、しゃべりすぎちゃうマドカと、気持ちが先走りすぎて失敗することもある私じゃなく、キラリが事情を説明する。
「もし此度の依頼が自由にならぬ恋心の暴走であれば、他人の情に触れるのも、将軍さまのお心を癒やす近道かと存じます。お心安らかに、気負わず、素直に語らえる場があれば、気持ちも休まりましょう」
「――……しかし、ふたりきりがよいと申したら?」
「最初は大勢が見守っているほうが安心だと押し通してください。こちらを化け物扱いしていただいても構いません。しかしそれではお心がお曇りになるやもしれませんので、そのときは、気心の知れた人々で仲を取り持つと説得くださいませ」
「……なるほど。わかった。取りはからおう。ほかには?」
キラリの話には理解を示してくれるんだなあ。なんだかずるい。
ああでもここまできたら、もう一押しだけしちゃお。
「美味があれば嬉しゅうございます。堅苦しい話は抜きにして、芸事を楽しみながら気さくに語らえればよいし、話の種が多ければお互いに心も安まりましょう」
「それで最後と言ってくれるな?」
「もちろんでございます。ええ、いまはね」
私の言葉に露骨にため息ついて、宗矩さんはすっと立ち上がった。
「さあ、帰りなさい。派手に動き回られては、こちらも困る」
むしろそれが狙いなんだけどね。
「むしろ派手に動き回ったほうが、江戸に来たときの騒ぎもあり人気も高い天女殿だ。賊も動きにくいだろうよ」
「三厳、お主の手引きか?」
「さてさて。そうであるかもしれんし、そうでないかもしれんよ」
愉快げにお父さんに言ってのける十兵衞、剛胆すぎる!
不満げに息を吐いて、すたすたと出ていっちゃった。これくらいのことで宗矩さんを怒らせたとも思わないけれどね。
複雑な親子関係を想像しちゃうね。仲いいのか悪いのか、私にはまだわからないや。
◆
駕籠に乗って愛想を振りまきながら屋敷に帰ったら、ユリア先輩が待ってくれていたの。
すぐに来てって言われるままに、生徒会が集まる部屋へ。
そこには生徒会だけじゃなく、メイ先輩たち卒業生の代表者に、シロくんやレオくん、トモにお姉ちゃんがずらりと勢揃いしていて、さらには理華ちゃんと美華ちゃんがふたりして正座していた。なんだろう?
とりあえず空いている座布団に腰を下ろしたら、コナちゃん先輩は口火を切った。
「それで? 明坂ミコがこの時代にいるって聞いたんだけど、本当?」
出された名前に尻尾が膨らんだ。
そうだ! そうだよ! ミコさんがいたよ! とびきり長い時間を生きてきた、夜の女王さま! 霊子のことも隔離世のことも、御珠のことさえも知り尽くしている、とびきり強い人が!
「ええ。もっとも、現代のお姉さまではなく……過去のお姉さまですが。その知恵は、今の私たちにとって必要不可欠かと思います」
美華ちゃんが胸を張って答える。
そうか、そうだよね。美華ちゃん、北海道でミコさんとふたりでいたもんね。
だとしたら、誰よりも真っ先に気づくわけだ。あー……失念してた! 霊衣をくれたミコさんのこと忘れるなんて、私はどれだけてんぱっていたのか。
素直に反省している私と違って、コナちゃん先輩は厳しい視線を美華ちゃんに向ける。
「なぜそれを最初に話してくれなかったの? わかっていたら、迷わず江戸を目指していたのに」
「それは……すみません。以前、一度だけ伺ったことがある程度だったので。高等部の生徒の命を左右してまで、するべきかどうか迷って……」
「報告、連絡、相談。あなたは芸能人なんでしょう? それは社会人でもあるということなの。基本を疎かにしてはいけない。わかるわね?」
「――……すみません」
不服なのが声に露骨にでているけど、それでも美華ちゃんは頭を下げた。
すぐに空気を切りかえるつもりなのか、理華ちゃんがぱんと手を叩く。
「ひとまず、時間跳躍に関しては手段が見つかりそうです。でも、できればこの時代にきたきっかけとなるものが何かわかるといいんだとか。そっちの方は、どうです?」
「シオリ」
コナちゃん先輩が呼んですぐに、シオリ先輩がタブレットを手に首を傾げる。
「ありがたすぎるくらいデータが膨大だから、解析させてほしいんだ。なにせ時計っていうだけでごまんと例があるんだから」
「目処は?」
「かかりきりになって、一週間もかからない。柊の手際が驚くほどいいんだスケジュールは短縮してくれていいよ、問題なし」
「よろしい! じゃあ……振り分けとか、いろいろと考える必要があるけど。ようやく、前に進めそうね。みんな、気を抜かないでね?」
集まっているみんなで声をあげる。
「周知が必要ね」
「全部知らせるかい?」
「それは段取りが組めてからにしましょう。ひとまず解決の糸口が掴めたっていうことだけにしたいのだけど――……立沢。なにか言いたそうね?」
コナちゃん先輩が呼びかけると、理華ちゃんは肩を竦めた。
「正直、周知はできる限り待って欲しいんです。できれば、五日市にいく人たちと別れてからがいいなあ。プレッシャー与えたくないんですよね」
「……どういうこと?」
「だから――……今回の事件を引き起こした張本人が、鍵なんですよ」
理華ちゃんが言った言葉に鼓動が跳ねた。
「時任姫ちゃん。彼女が理華たちを戻してくれる力を持てるかもしれない。けど、人の心は繊細だから、追いつめたくないんです……特に理華は、もう二度と傷つけたくない」
理華ちゃんは姫ちゃんを守ろうとしているんだ。
必死に抗って、がんばって生活をしている姫ちゃんを思えば、心強いし。同時に悩ましくもある。本人の強さの問題で、追いつめるべきではないし、けど期待せずにはいられないから。
「――……検討するわ。そのためには、時任姫の話も、明坂ミコの話も聞いてからじゃないとね」
コナちゃん先輩は賢明だったよ。すぐに決断せず、気持ちと情報を確かめてから決めようというんだもん。
「異論はないでーす」
「よし! じゃあ、いい加減、話し合いばかりでうんざりするけど、先生たちの代わりに会議を乗り切りましょう! 幕府に睨まれて、春灯は将軍さまにアプローチ受けてるんだもの。楽勝とはいかないんだからね? 気合い入れていくわよ!」
拳を掲げるコナちゃん先輩に思わずのっかっちゃう。
光明が見えた。きっと美華ちゃんは求めていたんだ。私も求めているし、カナタも、お姉ちゃんも、トモも――……十兵衞やあきさんや、宗矩さんに、なにより将軍さまも何かを求めているのかもしれない。
まるっとお助けする力を勝ち取りたい。
私も求め続ける。囚われず、あるがままに!
つづく!




