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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十七章 大江戸化狐、花咲金色天女帳

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第五百二十四話

 



 解放されたと思いきや、そんなことはなく、私はひとり連れ出されて駕籠にのせられたの。そうして物々しい行列に参加して、寛永寺へ。

 移動中の気まずさといったらなかった。足を崩せるぜ、ひゃっほい! なんて喜べるわけもない。江戸の人が頭を垂らしながら、囁いているの。金色天女がきたぞ、とか。狐だって聞いたぞ、とか。

 ひそひそ声が気に入らないのか、駕籠の前後にいるお侍さんたちがにらみを利かせる。それでも獣耳はばっちり捉えている。

 興味津々。だけどそれは私個人がどうこうっていうより、金髪と尻尾が理由なんだろうね。

 強い孤独を感じる。将軍さまもこんな気持ちだったりするのかなあ。

 立場が人を分かつ。境界線を私たちは無自覚に、ときに意識的に設ける。内と外。その違いで態度を変えたりもする。実際、私も今の自分の立場でみんなの前で現代みたいな振る舞いはしない。

 普通に考えたらね。いきなり斬られても文句は言えない状況だもんね。

 中に入ってからは最悪、左目と勢いでどうにかしちゃえって思っていたんだけど、思いのほかしっかりと迎えいれてもらっちゃっているぶん、身動きが取れない。

 将軍さまか、それともおつきの人の案なのか。どちらかわからないけれど、完全に手のひらの上で転がされてる。

 徳川安寧の世みたいに中学時代にさらっと流し気味に教わったくらいの知識しかない。どちらかといえば水戸黄門とか、多くの時代劇の舞台になっていて、泰平の世っていうイメージが強いけど、理華ちゃんの話を聞くとどうやらそうでもないみたい。

 人の売り買いとか、受け入れるしかないって思っちゃう人もいれば、つらくてたまらないっていう人もたくさんいたはず。すっごく早く参勤交代しなきゃいけない映画に出てきた女優さんの役が、まさにそれだよね。売られて、手込めにされて、宿で娼婦をやっていたんだっけ。

 そういえば……吉原には花魁さんたちがたくさんいるんだよね? 江戸にあるわけで。そうでなくても、大岡越前とか、もっと時代は後なんだろうけど、暴れん坊な将軍さまみたいな、そういう場面に出くわせたりするのかな。欲は尽きないけど、それは現代に戻れる状態になってから考えよう。それか、もう戻れないってわかってから。

 つらつらと考えていたら、駕籠の揺れがおさまった。ゆっくりと下ろされる。

 足音が近づいてきた。よそ行きモードで顔を作る。どや顔にしかならないけど、そこはお許しください! たぶん士道誠心の誰かがいたら私を見て笑うに違いないよ。いまの私はひとりぼっちだから、自分で笑うしかないけど!

 駕籠の引き戸が開けられる。幕府の人はみんな「乗り物」って言っていたけど、私にはいまいちぴんとこない。駕籠のほうがわかりやすいのでは? なにか意図があるのかも。こういうとき、勉強してないとぴんとこないんだね。カナタとコナちゃん先輩のあきれ顔が思い浮かぶよ!


「はるひさま。こちらへ」


 ちょんまげのおじさんが言ってくるので、素直に駕籠から降りる。

 案内されるままにお寺の前へ。男尊女卑の傾向が強いみたいに聞いていたから、中に入るなとか言われたりしないかなって思ったけど、普通にお寺の敷地へ通された。そりゃあそうか。連れてきて入るなっていうのも、おかしな話だもんね。

 広々とした敷地を進んで、奥のお寺へ。見渡せるくらいの面積と、坊主のみなさんの私を見る顔。どちらも落ちつかない。

 導かれるままに、お寺の中にある煌びやかな大広間へ通される。

 お経が聞こえた。開いた襖の先に、ひとりのおじちゃんがいたの。

 江戸を練り歩いたときに見たほかのどの建物よりも新品の香りのするお寺で、仏像や仁王像みたいな像が飾られた豪華な仏壇を前にすると、いまさらながらにとんでもない目にあいそう。

 だってほら。私、いちおう半ば妖怪なわけだし。

 武士のみなさんが私からすこしさがって座っている。きっと偉いだろうおじちゃんを守るためには、私の前に行かなきゃいけないはずなのに。そうしない理由って、なんだろう?

 ああもう……早くも足が痛くなってきたよ!

 もじもじし始めた頃になって、ようやくお経が終わった。そうして、おじちゃんが振り向く。

 深い皺とヒゲ、それに赤と緑の着物がいやに豪華。


「ふむ――……狙いの獣と、ちと違うようだ」


 話が見えないよ!


「いや、驚かせてすまない」

『あの世でも見たことのない、これは綺麗な娘さんだ』


 重なって聞こえた男の人の声なんか、ちっとも予期していなくて思わずぎょっとした。

 そんな私を見て、おじちゃんが前のめりになって微笑む。


「ほう、ほう……そうか。妖怪変化か、それともまこと天から降りた娘か。拙僧は天海と申す」


 目に宿る光の鋭さは宗矩さんや十兵衞に繋がるものを感じる。ただのお坊さんなんだよね? なのに、どうしてそんな目ができるのか。ううん、そもそも……どうして、御霊の声が聞こえるのか。

 後ろから視線を感じて、あわてて口を開いた。


「わ、妾は……春灯と申します」

「どこの村の出身か聞くのはこの場合、適切ではないのだろうな……姓はないのか?」


 武士のみなさんから息を呑む音がたくさん聞こえたのですが、それは。

 あと、その質問に対してコナちゃん先輩から事前に言い含められていた。だから、微笑みながら、内心は汗だくになりながらすっとぼけるよ。


「いえ、ただの春灯でございます」

「さすがに人ならざる身なれば、一筋縄にはいかぬか」


 頷いてから、天海さんは手を合わせた。そうして、唇を動かす。

 その途端、尻尾にぎゅううううって締め付けられるような痛みが走った。

 歯を噛みしめて堪えて天海さんを見たら、笑っていたの。後ろには武士が大勢。理解する。ここは敵地なんだ。

 ぐっとお腹に力を入れて、いっそ力を解放して一気に大神狐モードへ。

 尻尾が消える。痛みも消える。満ちあふれる力を誰かに振りかざしたりはせずに、いっそどや顔で天海さんに胸を張ってみせた。

 唇の動きは止まらず、しかし私はもう苦しまない。

 目を細め、手を下ろして膝に置くと彼は私の後方に目配せをしたの。


「すまんな。どうやら期待していた狐ではないようだ。しかし望外の天孤がお出でだと気づいた。茶でも飲んでいってくださらぬか」


 きっと本当に江戸を救えるのかどうか、殺すべきかどうか試されている。

 まだまだ審議は継続中だろう。なら断れるはずもなかった。

 それでも聞いておきたいことがある。


「甘い物はでますか?」

「羊羹でもよろしいかな?」


 私の問いかけに後ろからは悲鳴にも似た息づかいが聞こえたけれど、天海さんは笑ってくれましたよ!


 ◆


 さてあきと村正を連れてどこへ逃げようか、と思ったのだが、父には見抜かれていたようだ。

 密やかに小屋へと連行され、さんざん待たされてから彼は来た。


「三厳……任じたこととはずいぶん違う、愉快な顔ぶれを連れているな?」


 こわいこわい。宗矩の声が怖くてたまらない。

 あきは気にもせずに背筋をぴんと正して正座をしており、村正は腕を組んで不服そうな面構えだ。


「いやなに。柳生庄か、はたまたお命じいただいた薩摩にでも参ろうか迷っておりましたところ、不思議な縁がありまして」

「和尚から任された娘と聞いた」


 ああこわい。誰にも伝えていないのに、事情を把握している父がこわい。


「お主が連れてきた、あの狐娘。あれはただの小娘ではないか」


 さすがに見抜いていらっしゃる。


「知恵は凡庸、戦う姿勢もまた凡庸。しかし心根は非凡でございますれば、家光さまの苦難を見事打ち払ってご覧にいれるかと」

「――……無刀取り、伝えたのか?」

「はて」


 すっとぼけたわけではなく、素直に答えたのだが。

 いたく気に召さないようだ。眉間に皺を寄せて殺気を膨らませてくる。ああ、こわい。


「まあいい。泰平の世を謳歌している娘になにができるとも思わぬが、いざとなれば――……村正、お主が娘を斬れ。娘がことをなすか、失敗してもお主が斬れば此度の失敗、免じてやろう」


 息を吐く音がする。しかし答えない。懸命だ。権力も、組織を操る力も強い。この時代における力をようく理解している御仁を相手に好き勝手をするべきではない。

 囚われるなと訴えながら、しかし掌中におさめるべき人心は囚われるように仕向ける。

 こわくてこわくてたまらない。


「三厳、屋敷には戻るな。ばかげた眼帯もつけてくれるな?」

「――……は」


 頭を垂らしてみせる。そうしてやっと、父はあきを見つめた。


「見れば見るほど瓜二つ。なれば聞こう。お主は人か?」


 口元が歪む。ああ、こわい。まずそこを疑える父が恐ろしくてたまらない。


「そうでございますね――……では、人の定義とは、なんでございましょう。肉でしょうか。臓物でしょうか。それとも心根でございましょうか」


 ちっとも怯まずに言えるあきもなかなか剛胆だ。


「この柳生宗矩に人の定義を問うか!」

「見た目に囚われるならばわたくしは人でございます。あなたさまと話し、十兵衞さまとしとねを共にして、米を食べ、羊羹に微笑む心根に囚われるのならば、やはりわたくしは人でございます。臓物は裂いていただかなければみせられず、それではわたくしは死んでしまいます」

「娘ひとりの命などたやすいことよ」

「それを怖いと思うわたくしは、人でございましょうか。臓物を見ねば人かわからぬあなたの心根は、人でございましょうか」


 禅問答にしかならぬ。そう察して、父があきを睨む。


「なにゆえ、三厳と行動を共にする。好いておるのか?」

「強い心根の男の種が欲しいのでございます」


 あっけらかんと言うあきに父が思わず目を見開いた。その滑稽さといったら、久々に心から笑ってしまいそうだった。


「奇妙な娘だ。名は」

「ご存じでございましょう?」

「……まこと、奇妙な娘だ。青澄と名のつく里など知らず、あきという平凡な名には収まらぬ器とみた」

「お褒めにあずかり恐縮でございます」


 あきが微笑む。つくづく、肝が太い。


「和尚の使いか。目的は」

「十兵衞さまの子と旅でございます。富士にいきたいのですが、女人はのぼれませぬゆえ……気ままに振る舞いながらも公儀隠密として行脚する十兵衞さまに付き従おうかと」

「そこまで惚れたか」

「ええ! それはもう!」


 そこで朗らかに言ってくれるなと顔を顰めるが、あきは構わず続けた。


「それに沢庵和尚さまから、怪異にまみえることもあるだろうからと。その際には十兵衞さまの力になるよう申しつかっておりますので」


 それは初耳だ。しかし顔には出さない。

 案ずるまでもなく、父は名に心を揺らされていた。


「和尚から……そうか」


 常に何ものにも囚われることなく過ごせればそれは理想であろうし。

 それができぬから、心をひとつに留めるなと教えるのだ。

 父はすぐに顔を引き締めて尋ねる。


「此度の動乱、あきならば直ちに収められるか」

「わたくしは天海さまに嫌われておりますゆえ、率直に申しあげて難しいかと存じます。ですが、お迎えいただきました娘ならば、或いは」

「いざとなれば手を貸せるか」

「断れば怖い目にあいそうでございますね」


 街中で友と気軽に話すような声で答え、あきは頷く。


「十兵衞さまのお父さまの頼みですから、そりゃあ必要であればいくらでも。ですが今はどうか、ただの娘にお任せくださいませ。さすれば徳川の不定なる空気は消え去り、村正の命も助かりましょう」


 深い呼吸の音を残して、父が去っていく。村正が直ちに足を崩してふてくされていた。

 構わん。それよりも。


「あき、肝を冷やしたぞ」

「またまたご冗談を。それより、せっかく江戸に来たのですから、なにか食べません?」

「そうだな……饅頭なんかが、怖いかもしれんなあ」


 笑いながら立ち上がる。さて、今日の出番はあるかいなか。

 どちらでもいい。必要であれば出張るし、そうでなければ江戸を楽しむまで。

 できれば城には近づかないほうがいいだろう。表向きには、出ていくように言われた身であるのだから。

 にしても、見ず知らずの連中を相手に、己の兵のように扱うか……こわいこわい。親父殿が怖くてたまらない。


 ◆


 とってもねっとりとした羊羹と一緒に出されたお水を飲んで、頭がくらりとして――……。


「ふぁっ」


 自分の息で起きるとか、私いったい何をやっているんだろう。

 あわてて自分の身体を見る。着物に乱れはない。身体に異変も感じない。ただ、


「うぃっく」


 身体中に満ちる妙な霊気に戸惑う。

 布団に寝かされていた。ふり返ると、禿頭のお坊さんが眠っていたの。船を漕いでいたよ。うつら、うつら。

 広い和室にふたりきり。天海さんはいない。武士も。

 気配は感じる。獣耳がばっちり足音や鼓動を捉えている。

 けど私を気にするとかっていうより、今日はこれからどうするか、みたいなゆるいノリ。

 なんかちぐはぐじゃない? 柳生宗矩さんがあの手この手を使って私たちを捉えたりしているし、移動時はめちゃめちゃ気を遣われたのに、いまの武士のみなさんからは危機感を感じない。

 そもそも将軍さまはたくさんの家来を一堂に会する状況を作ってみせた、その理由ってなに? みんな動揺していたけど、あれはなんでなのかなあ。

 とってもやっばい幽霊なのかな? 気づかれたら困る、見られたら困るような幽霊?

 ――……ひとまず頭は働いているみたいだけど。でも答えがちっともわからないや。


「うーん……」


 唸っていたら「ふが!?」って私よりも激しいいびきをかいて、お坊さんが目を開けた。

 シンさんたちくらいの年に見える。垂れ目のお坊さんは目を開けて私を見つめる。ぼうっとした顔で、涎に濡れた口元を拭いもせずに凝視してから呟くの。


「起きてる」

「起きてますけど」

「俺のこと……取り殺したりしない?」

「しませんけど」

「……仏に誓える?」

「会ったことない人に誓えないかなあ」

「くそ!」


 禿頭を手で撫でつけてから、やっと口元を袖で拭ってお兄さんは立ち上がった。


「今のは忘れてください。天女に悪態とか、末代まで呪われそう」

「呪いませんけど……うぃっく」

「酔いから冷めた途端に食い殺したりしない?」


 だんだん面倒くさくなってきたの、私だけ?


「しませんから……うぃっく! 羊羹と一緒に飲まされたお水、あります?」

「お出しできないんですよ。あの水は特製の井戸からわき出る神の水だとかっていうんでね」


 袖口に手を入れて斜に構えるお坊さん、やっと質問連続モードから抜けだしたみたいだ。ほっとしたよ! 化け物扱いはやっぱりへこたれるもん。


「ならいいです。それより、私ってどれくらい寝ていました?」

「水を飲んでころりと寝て、見ているように言われて拙僧、爆睡」

「……ええと」

「わかるわけがない」


 胸を張って言われましてもね!?


「しかし時はもうそろそろ夕暮れくらいだ」

「……なぜおわかりに?」

「腹時計は正確でな」


 だから、どや顔されましても!


「それ、侍連中に起きたと知らせてくる。しとねから出ていておくれ、狐殿」

「……なにゆえ?」


 寝転がっていられるの、楽なのですが。


「天女がしとねに寝ていたとあっては、世俗にまみれた煩悩まみれの男の目に毒だ」

「……ええと?」


 よくわからないんですけど。十兵衞も殿様もみんなも、こう……言い回しが独特で。


「懸想されるぞ」

「つまり?」

「……もういい。飽きた」


 諦めないでよ! さっき諦めた私には言えないけど!


「太郎! 太郎はいるか?」

「こちらに控えております」


 襖がすっと開いて、小学生くらいのちっちゃなお坊さんが頭を垂れていたの。


「武士を呼んでこい」

「だめでございます」

「なぜだ」

「女人とふたりきりにはできないさだめでございます」

「……襖の向こうにずっといたのか?」

「中に入るな、俺は天女の寝顔を見て最高の夢を見るなどとは申しておりませんでした」

「……ああ、そ、そうだったなあ。言っていないなあ、そんなことは」


 思わず班目でそばにいる垂れ目のお坊さんを睨むよね。


「ですから襖を隔てて同じ屋根の下に待機してもおりませんでした。障子に穴をあけて覗いてもおりません。ですのでどんな寝顔であったかも、もちろんわかりませんとも」

「もういい! 呼んできて!」

「だからだめでございます」

「じゃあ俺がいく!」


 だんだんだん、と畳を苛立たしげに踏みながらお坊さんが出ていったよ。

 なんだか愉快なお寺だね。天海さんが神水を飲ませてきた意図がわからず無気味だけど、その気持ちもほぐれちゃうくらい、ふたりのお坊さんのやりとりは笑えちゃった。

 足音が近づいてきて、城に戻るって言われたの。

 天海さんにはもう会えなかったけれど、さっきのお兄さんと男の子は笑顔で見送ってくれた。

 寛永寺かあ。現代に戻れたなら、一度いってみようかな。


 ◆


 城に戻って、食事を出されたの。だけど岡島くんがまず毒味をした。お姉ちゃんの指示でだよ。毒味ってそんな大げさな、と最初はみんな引いていたけど、私のお皿の焼き魚の味がおかしいってなってからは誰も笑えなくなった。

 おかげですっかりどんよりムードです。江戸に飲まれてる!


「妖怪の狐や神さまなら毒では死なないだろう、みたいなノリなのかなあ」


 箸をつける気が起きなくて、ひとくち取られた膳を眺める。

 刀鍛冶の人たちがみんなの食事を改めたの。私の膳は全部真っ黒アウト。ほかのみんなは概ね白、セーフ。岡島くんや茨ちゃん、トラジくんやコマチちゃんみたいに派手に力を使ったり、姿形が変わっている人はだいたいアウト。キラリもマドカも死んだ魚のような目をして、膳をじーっと見てる。

 食べたいけど、食べたら死んじゃう。こういうとき、痛感するよね。私たちはやっぱり人間なのだなあって。


「ふん……おおかた欲深い誰かの仕業なんだろうが。それにしても、面倒なことだ」


 お姉ちゃんはずるい。ふんぞり返って座って目立ってみせたのに、力をひけらかしたりせず、祭りにも存在感だけしか発揮しなかったから、ご飯はオールセーフ。

 恨めしい顔で睨んだら、口にご飯を放り込まれた。思わず尻尾を膨らませてたくさん噛む。噛めば噛むほど味が出る!

 飲みこんですぐに、鯛のほぐした身を口に突っ込まれる。くうう……きつめの塩味が泣かせるよ! なによりちょっと冷めているけど、程よく火が入っていておいしい!

 飲みこんだらすぐに、私が文句を言えないように、お姉ちゃんが一品ずつ品を変えて口に突っ込んでくるの。食べちゃうよ! お腹ぺこぺこだったし! 羊羹たべたけどね! 甘いものと主食は別だよね!

 ご飯がアウトな人はみんな、それぞれお友達とか仲間にご飯を分けてもらっていた。

 見守るというより監視している武士の人たちは顔も姿勢も崩さずに、ただ見守るだけ。

 そういうのがよそよそしくて無気味で、お腹が膨れるとより一層無気味に思えるんだけど。

 食べ終えた私たちに、給仕係の人たちがやってきて膳をさげていく。そうして武士のみなさんも私たちを押し込めた建物の外に出ていった。

 落ちつかないみんなを見渡して、コナちゃん先輩がすっと立ち上がる。手を叩いてみんなの注目を集めた。


「さて、今夜はいよいよ大一番! 手元にある情報は、異変が起きています! 今日一日でなんとかしなきゃ酷い目に遭います! 以上ふたつで終了!」


 あんまりだ!


「悲しくなるくらい情報がないけれど……窮地なればこそ、ひとりひとりの力がより輝く。日高」

「うっす!」


 呼ばれたのはまさかの一年九組、新入生の日高ルイくんだ。


「春灯が外出中に探りを入れてきてくれたのよね。何か収穫は?」

「あったっすよ。何が出て、どうして困っているのか――……」


 ルイくんはすっと立ち上がり、ある方角を指差したの。


「出るんですよ、徳川家康公や、徳川に恨みある幽霊たちが……日の本を任せてはおけぬ! とね」


 突然大声を出したりして、脅かす気まんまんだ。

 語り口はもはやまんま、怪談のノリだよね……。び、びっくりしたよ!


「こぞって夜な夜な天守閣に現われては将軍様を祟ると脅している……かの家康公が三代目の将軍様を脅しているとあれば、風評被害は甚だしい。というわけで、成仏してほしがってるんす」


 シロくんがそっと手を挙げた。


「あの、いつのまに、どうやってそれを調べたんだ?」

「企業秘密っす」


 しれっと答えるルイくんに、シロくんが肩すかしを食らっているの。

 いつもなら問い詰めたり、事情を把握しているなら明かしてくれそうなコナちゃん先輩さえ、


「それじゃあ作戦をたてましょう。といっても時間に猶予はないから、大胆に、かつ簡潔にね」


 流したのにはさすがに驚いた。

 シロくんも、ほかのみんなもコナちゃん先輩がそう言うのならって思ってか、それとも流されてかはわからないけれど、黙って頷いている。

 ここまできたら一蓮托生だ。


「幽霊成仏、褒美をもらって現代に戻るまでのお金とご飯と住処を確保するわよ!」

「「「 おおおお! 」」」


 だからって欲望ダダ漏れすぎないかな、大丈夫なのかな!?




 つづく!

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