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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第六章 侍と刀鍛冶

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第五十二話

 



「面あり! そこまで!」


 竹刀を手に私は肺の中の息を一斉に吐き出した。

 向かい合うのはカゲくん。ここは道場の中。

 今は体育の授業中で、私の竹刀は確かにカゲくんの面を打ち据えていた。

 体育を受け持つライオン先生の号令は、どれだけ試合を続けたくてもその気持ちごと区切らせるくらい強いもの。

 だから開始地点に戻って、号令に従って礼をする。


「青澄、いいんだな?」

「負け抜けでお願いします」


 ライオン先生の問い掛けに強く頷いた。

 深く息をする。獣耳のせいでつけられない面を装着した男の子が、カゲくんと交代した。


「それでは……次だ」


 深く礼をしてから竹刀を構え、屈む。


「はじめ!」


 立ち上がり構える。剣道のそれで向かい合う相手と違って、私は十兵衞のそれを模倣する。

 ライオン先生は怒らず何も言わずに見守るだけ。

 最初はざわついたこの構えも、私が一人勝ち二人勝ち、積み重ねて十人に勝ったところで何も言われなくなった。

 代わりに……みんなの闘争心を煽った。それも狙いの一つ。

 竹刀が上下するフェイント。

 足踏み、気迫……息づかい。

 けれど動じない。

 伝わってくる念が柳の枝のように受け流す。

 耐えきれなくなった男の子の打ち込みの隙を、捉え。


「ッ、たぁ!」


 銅を強く打ち据えて抜ける。


「胴あり! 一本!」


 ライオン先生の号令に離れる私と男の子。

 離れるときには緩んであがる息を隠せない。

 なのに開始地点に戻って再び立ち会う時にはもう、鎮まる。

 そうして――……勝ちを積み重ねれば積み重ねるほど絶望する。

 十兵衞が伝えてくれる念が実は私に合わせた、優しい難度であることに気づく。

 それすらたどれなくなった頃になって、私はシロくんの面を思い切り食らって試合どころじゃなくなりました。


 ◆


「いたたたた」


 道場の隅で頭をおさえていたらシロくんが冷やしたタオルを持ってきてくれた。


「おさえて……っていうか、すまない」

「ありがと。いいよ、面つけないの私が勝手にしたことだし、いま痛いのは自業自得なの」


 それにしても痛いけど、たんこぶにはなってないみたい。ふう……。


「よりにもよって僕に負けるなんて……まったく無茶をするな。きみは一体、何を焦ってるんだ?」


 面を外して髪をまとめる手ぬぐいを外して、シロくんが隣に腰掛ける。

 今はカゲくんが勝ち抜けていて、犬6による怒濤の挑戦が続いていた。


「別に……その。強くなりたいなって」


 タオルを打たれたところに当てながら呟くと、十兵衞が頭の中で苦笑したの。


『容易く得る強さを求めるな……落ち着け。鍛錬の積み重ねで至る境地もあるぞ』


 そうはいうけどさ。未熟を知るのって、悔しいよ。


『気づけば直せる。直せば一段積み重ねが増える。それの繰り返しよ』


 ……じゃあ未熟を知ることばかりなの?


『それが人生ぞ』


 ……ううん。


「どうした、難しい顔をして」

「ゲームとかでさ、レベルがあがるとぱっと強くなるじゃない? 現実はああいう風にはいかないんだなあって」


 そう言ったらシロくんに笑われたよ。


「あるとき、雲が晴れたように理解できる瞬間がある」

「え……」

「あくまで僕の場合はだけど……どうしても理解できない難問を前にして、間違え続ける」


 犬6の最後、子犬Fの刀の持ち主である男の子の渾身の引き籠手を食らってカゲくんが負けた。痛みよりも悔しがるカゲくんを見ながらシロくんは言うの。


「何がいけないんだ、何が足りないんだって必死に考えて考えて……考えるのをやめて、離れて」


 汗に濡れた髪を入り口から吹き込む風になびかせて、シロくんは笑った。


「それでも悔しくてまた考えてたら……ある日、ふっと理解する。なんだ、こんな簡単なこともわからなかったのかって」


 手ぬぐいを再び髪に巻き付けながら、


「強さも同じじゃないか。簡単にわかる答えは、その簡単さと同じくらいの重さしかないんだ……山ほど負けてでもいいから、僕はその先にある僕だけの勝利を、強さを掴みたい」


 そう言うと、手早く面をつけていく。犬6を妙にライバル視している残念3がそれぞれに戦っていく中で「休憩は? いらない、か。いいだろう、次」とライオン先生が声を上げた。

 シロくんは運動が苦手だけど、走れば変なモーションになるけど。剣道だって黒星の数の方が圧倒的に多いけど、でも挙手して戦いの場へ向かっていく。

 その背中は正直見とれるくらいかっこよかった。


『いいことを言うのう』


 うん、そうだね……。

 がんばったけど、十兵衞の念を追い掛けて足りないと思いながら積み重ねた連勝は私の中でそれほど大きなものじゃない。十兵衞なら出来て当然だと思っているもの。

 それは一体、シロくんみたいに情けなくても立ち向かって勝ち取った一勝と、どれほど意味に差があるだろう。

 私だけの……強さ。私だけの勝利。それはなんだろう。


「よう、大丈夫か?」


 面を外してペットボトルの水を飲んだカゲくんは、力尽きたように私の隣で尻餅をついている。


「……ふあー。限界だわ」

「カゲくんは運動神経いいよね」

「そーでもないぜー。別に運動の特待で入れるほどなにかが得意ってわけじゃねーし」


 けどさあ。


「楽しいよなあ、こういうの」

「楽しい……?」

「見ろよ、シロのやつ」


 カゲくんが指差した先で、旦那を恨んで刺し殺した町娘を引き当てた男の子とシロくんが竹刀を重ねて牽制し合っていた。


「簡単な動作だけ教えてあとは実践あるのみ、なんて無茶なカリキュラムでさ。あいつはほんと剣道なんて覚えがねえやつなのに……今は勝機を窺って、次の手を考えてる」


 押されたら引いて、引いたら押さえて……今の間合いを必死に保ってる。


「普段なら注意されておかしくねえけど、ライオン先生も見守ってんだよなあ」


 結局焦れた残念3の男の子がぱっと引いて面を狙った。

 なんとか竹刀で受けて流したシロくんが、飛び退りながら相手の籠手を打とうとした。

 竹刀の振り方がなじんでないから空振りだったけど、すごく……すごく惜しかった。


「あいつ……見てたな、さっきの」

「あ……」


 子犬Fの刀を引いた男の子の技だった。

 そう気づいた時になんだか……すごく、目がじわってきた。


「……ハル?」

「だめだ、さいきん……涙もろいよ」


 目元を拭って深呼吸をした。

 結局次の手がなかったシロくんはあっさり面をもらって二本ともとられて負けちゃったけど。

 シロくんの姿勢はすごくすごく……私にはかっこよく輝いて見えたよ。


「次、いくね」


 竹刀を手にシロくんと入れ替わる。

 しょぼくれてる肩に触れて「ありがとう」って伝えて……試合。


「時間的にこれが最後だ……礼」


 ライオン先生の言葉に頷いてお辞儀をする。

 開始地点に立って、竹刀を手に屈み……開始の合図に立ち上がる。

 構えは――……中段。五行のそれだ。

 ざわつくみんな。相手も警戒している。

 それも込みでわざと……今度は脇構えへ。

 挑発のつもりだった。そしてそれは私の狙い通りの効果をもたらした。


「――めぇん!」


 勢いをつけて放たれた面を右目で捉える。

 軌跡は――……掴んだ。

 半身をずらす、という念が伝わってくる。

 けど、それでも敢えて踏み込む。

 狙うは胴。手応えは――浅い。

 ライオン先生の声はない。

 だから慌ててふり返ったし、私だけの力じゃそれが限界だった。

 振り下ろされた竹刀が頭に当たる寸前でぴたりと止まる。


「……おぅ」


 負けた、と思った私にこつんと竹刀が当たる。

 ライオン先生が咳払いをした。


「今日はここまでにしよう。各自、着替えて教室へ。汗はきちんと拭いておけ」


 と言われて試合は終わっちゃった。


「さっき打たれたところに当たってないか? 大丈夫?」


 そう心配してくれる相手に「だいじょぶ、ありがと」と笑って答えてからひと息吐いた。


『どうしたんじゃ?』


 なんかすっきりしたかも。

 目的も曖昧に強くなるだけじゃだめだなあってわかったというか。


『剣豪への道は一日にしてならずじゃな』


 タマちゃんの言う通りだね。


 ◆


 私が教室で着替える番だったから胴着を脱いだ、その瞬間でした。


「入るぞ」


 がらっと躊躇なく扉を開けてカナタが入ってきたよね。


「あ、あの」


 胴着を抱き寄せて身体を隠す私のそばにきて、すぐに頭に手を伸ばすの。


「聞いたぞ、面もつけずに額を打たれたって?」

「地獄耳すぎる」

「冗談を言っている場合か。竹刀で打たれて大けがをすることがあるというのに、君は」


 髪をかき分けて怪我はないか確かめられる。心配性だ。


「頭悪くなってないか?」

「言い方」

「冗談だ。けど着替えたら保健室へ行くぞ」

「心配しすぎだよ」


 笑っていったら、痛むところを指でふにっておされました。ふにって。なのに、


「いたたた」


 マジで痛いのなんで。


「もう少し頭を冷やした方がいい」

「だから言い方……っていうか、違う。着替え中ですよ!」

「扉の窓越しに丸見えだぞ、今更だろう」

「そ、そういう問題じゃ……っていうか見すぎだよ!?」


 ほっぺたをぐいいって押そうとしたんだけど、その手を取られて抱き寄せられた。


「何人かが覗いていた」

「えっ」

「冗談だ……けど気をつけろ。トイレで着替えた方がいい。じゃないと」

「カナタに見られちゃう? ……あいたっ」

「お徳用下着を卒業して上下を揃えてから言え。廊下で待っている」


 おでこをこつんってやると、カナタは出て行った。

 着替えて廊下に出たら本当に待ってるんだから律儀。それに間違いなく心配性だ。

 ちゃんと行くからって言っても聞かないし。もー。

 保健室でアイスノンをもらって貼ったら、やっと納得してくれた。

 教室に戻ったらシロくんが謝ってくるし。

 もちろん「私が面つけなかったのがだめなの」と言ったよ。

 そしたらカゲくんが「あれは無謀だろ」って言うの。まあおでこの痛みからしてその通りなんだけど。


「この獣耳つきでつけれるお面とかないのかな」

「まあ……この学院なら案外、購買で探せばありそうだな」


 シロくんに言われてそういえば、と思い出した。

 あれだけ充実したカタログのある購買だし、探せばあるかも。洋服とか下着ももっと揃えたいし今度行こう……それはいいんだけど。授業で使うんなら学校の備品で置いてくれればいいのになあ。贅沢言いすぎかな。


「それはそうと……」


 授業が始まる間際なのに、なんでかみんなが私の後ろにいるの。


「なにしてるの?」


 ふり返って尋ねたらカゲくんを含めみんなして視線をそらして「いや、別に」とか言うし。

 ……なんだろ?


「まったく……見損なったぞ、お前達。いいか青澄さん、こいつらは――」


 男の子達が一斉に「わあああ!」と声を上げてシロくんに群がった。

 そして口を塞ぐの。密集具合がひどい。


「シロばか。ばっかおまえこの野郎!」「いいか、これは俺らのクラスの紳士協定だ」「一度でいいから見てみたい」

『ばかばっかじゃな』


 タマちゃん、なにかわかるの?


『いや……なに。いつの時代も男子は可愛いばかばかりじゃのう、と』


 さっぱりわからないんだけど。なんでそんなに呆れてるのに楽しそうな声なの?

 国語の先生が入ってきて授業になって散らばるみんな、変なの。


 ◆


 放課後前のホームルームでライオン先生が終わりの挨拶をしようとした時、ふと私を見た。


「青澄、お前に客が来ている」

「え」

「終わったら職員室へ」

「あ……はい」


 いいですけど、と呟いてお別れの挨拶。みんなが楽しげな声をあげて散らばっていく中で、私は荷物を手にライオン先生の後ろを歩いて行く。


「お客さんって誰ですか? 弟が心配してきたとか? あいつ心配性だし」

「残念ながら違う。言うな、と言われていてな……すまん」

「いえ、べつにいいですけど」


 大きな身体をしているのに私にあわせて歩いてくれるライオン先生と二人で職員室へ行った。そしたら他の先生が「校長室でお待ちです」っていうの。

 校長室?

 よくわからない気持ちでライオン先生に案内されて、校長室の扉を開けました。


「失礼しま……す」


 中を見て、私は固まった。

 そこには――


「やあ……待つのは嫌いでね。君に会いに来たよ」


 シュウさんが笑顔で立っていた。

 綺麗なのに、だからこそ邪悪な笑顔を向けて……私を待っていたんだ。




 つづく。

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