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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十七章 大江戸化狐、花咲金色天女帳

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第五百十一話

 



 まあ、理華がどう思おうが構わず九組女子部屋は騒然としていたよ。

 当然だ。ヒメちゃんのぎゃん泣きを慰めることに春灯ちゃんは全力を注いでいる。となると事情を説明できる人間がいなくなるからさ。

 同じ部屋で寝ていた生徒会長が春灯ちゃんに声を掛けようかどうしようかで迷っているし、そうしている間にもそばにあるほかのクラスの女子部屋からなにごとだとばかりに人が集まってくる。

 しゃあねえ。まずはここからいくとするか。


「あーその。帰れるかどうかもわからない場所で怖くなっちゃったんですよね。春灯ちゃん、移動できそうです?」


 きっと張り詰め続けた糸がゆるんだばかりで自分の制御ができないでいるヒメちゃんは私を見たけれど、嗚咽しかでてこないみたい。


「あー、いいから。いまは心配すんな。理華に任せてくださいよ。ね?」


 努めて優しく伝えてから、尋ねる。


「移動できます?」


 左右に頭を振る。まあそうだわな。


「そんじゃあ、生徒会長。申し訳ないんですけど、春灯ちゃんと理華と……あとそうだな。生徒会長だけにしてもらえますかね?」


 暗に人払いをお願いしたら、生徒会長はただちに手を叩いた。


「はい、みんな移動して。寝起きでたいへんだと思うけど――……シオリ、ユリア、あとをお願い。山吹! 天使とふたりで朝の行動へ」


 指示された四人が周囲を促して部屋を出ていく。襖が閉められて――……四人と、プラスひとりとふたりがちゃっかり残りやがった。聖歌と美華はまあいいけど、メイクにがんばるすっぴん普通のシホが残ってるのは意外でしかなかった。


「あのさ」


 出てってくれないか、と伝えたつもりで声をだしたけど。


「友達だから、ほっとけない」


 なんてシホが言うし、それは聖歌と美華も同じだったみたいだから……しゃあねえ。それにふたりは私がほっぺたをつねったことをとても不満に思っているのだろう。頬を擦りながら意思表示してくる。

 へえへえ、わかりましたよ。

 とはいえ四人だけなら伝えられることもあるんだけど、そうじゃないなら言い方には気をつけないとね。


「それで……いったい、何が起きたの?」


 生徒会長の問いかけに私はヒメちゃんを見てから、言葉を選ぶ。


「春灯ちゃんがぎゅって抱いている時任姫ちゃん、朝起きたらとても不安そうにしていたので、強引にひどい形で悩みを暴いちゃって。ちょっとケンカになったんです。そしたら春灯ちゃんが助けてくれました。姫ちゃん、いろいろ限界だったんだよね?」

「あっ、うう――……わ、わ、わた、わたし」


 私を見て必死に頭を左右に振って、ちがうって言おうとしてる。勇気を振り絞ってる。当たり前だなんて責める気はさらさらなかった。

 そりゃあまあ、殺人未遂だもんな。言わなきゃって思うわな。そう思える姫ちゃんだから、守りたいって思うんだけどな。特に理華の予想通り、自分の両親の命がかかっていたらさ。助けたいとしか思わないんだ。なんで、不安くらい笑い飛ばしてやる。


「いいから。要するにこれは原因と責任の分配の話です。あなただけの責任じゃないんで、あなたの責任を責めるなら、あなたも理華の責任を指摘していいし。理華はしない。あなたもしない。理華は許す。あなたはどうする?」


 感情で話をするターンではなくて、理詰めで話をするターン。

 そうすることで、自分がどうしたいのか、自分の感情の声が露わになる。

 余裕のないヒメ――……姫ちゃんの思考と感情は、理華の想定通り余裕のない状況で選択の幅が極端に少ない。


「ごめ、なさ……」


 泣きながら謝るくらいが精一杯。

 自分を責めるのは、あとでいくらでもできるし、それが姫ちゃんを未来に進めるわけじゃねえことくらいはわかる。むしろ、姫ちゃんがこうなった過程と、それに関わった連中を把握して、現状を把握して、責任と原因を分配し、必要なことだけ立ち向かえるようにしたほうがいい。

 全部背負い込んで生きられるわけねえよ。ねえのさ。まじで。


「いいよー。そんなわけだ。シホ、聖歌と美華、春灯ちゃんと一緒についていてもらえね?」

「立沢に言われるまでもないし」


 敵意がなあ。シホは駅でおりた時にぶつかってから、妙に火花が散ってるし、そこから端を発してるっぽいけど、いまはそのケアどころじゃねえな。


「じゃあよろしく! ――……生徒会長」


 一瞥だけでこちらの意図は伝わったのだろう。上に行きましょうと告げた生徒会長とふたりで九階へ。さっぱりした顔の真中さんと南さんがいる。

 おはようございますって生徒会長が呼びかけてから、座布団に腰掛けた。すすめられるままに腰を下ろす。けどなあ。いいのか、ここで話して問題ないか?

 迷う私に生徒会長は微笑んだ。


「だいじょうぶ。ふたりなら信じてくれて構わない……大事な話なのでしょう?」

「まあ……それじゃあ、言いますけど」


 居住まいを正して、正座した膝に手を置いて切り出す。


「一年九組、時任姫。彼女が恐らく、理華たち士道誠心の生徒を江戸時代に飛ばした張本人です。けれど同時に、彼女はひどい脅迫ないし拷問を受けた状態にあるのではないかと推測しています」


 そう切り出して、そう考えるに至った経緯を伝える。

 どれもこれも状況証拠でしかないけれど、姫ちゃんが落ちついた段階でいろいろと聞き出せば明確な証拠のひとつくらいは出てくると思う。ってか、そうでないと困る。

 すべてを話し終えた私の前で、生徒会長は腕を組んで黙り込んでいた。


「なんとも……言いかねるわね。これだけの奇跡を行える少女にはとても見えなかった、というのもある。しかし……ううん」


 真中さんと南さんも考え込んでいた。

 まあ、こうなるよなあ。わかってはいたけれど、この状況を先に進めるだけの情報をもはや理華は持ち合わせていない。

 さあてどうしたもんか、と悩んでいたときだった。

 とん、とん、とん、と複数人が階段をのぼる音がしたからふり返ると、春灯ちゃんやシホに寄り添われて姫ちゃんがやってきたんだ。


「――……すべて、話します」


 喉がかれて、けれど涙はひとまず止まったみたいで、真っ赤な目元と決意に満ちた顔つきでやってきた。春灯ちゃんもシホも心配げな顔をしているけれど、姫ちゃんの決意は固い様子。

 遅れてうちのクラスメイトが顔を覗かせる。ついてきたんかい。聖歌と美華だけじゃなく、ルイや七原くん、ツバキちゃんやワトソンたちがいるけど、生徒会長ははっきりと明言した。


「時任、春灯だけ。すこし難しい話になりそうだから――……そうね、ワトソン。あなたも残って。あとは全員、下で待機なさい」


 不満げな九組を睨みつけて追い返すと、春灯ちゃんに寄り添われてやってきた姫ちゃんに視線を移す。


「それで……事情を聞かせてくれるかしら?」

「その前に、その。立沢さんに、謝らないと」

「いーっす。それはふたりきりのときにしましょうよ」

「……だめ。私、あなたの首を絞めた。殺す、ところだった」


 言わなくていいのにな、と思いつつ、それを決めるのは私じゃなくて彼女であることを理解しているから口を挟まない。

 生徒会長が選んだ人間以外は誰もいないとしても、姫ちゃんにとってその告白はとても大事で、だからこそ何より怖いことに違いなかったのに。迷わずそれをした。

 その気持ちを否定したくはなかったから、なおさら口を挟まない。


「ごめんなさい。あなたに、謝ったくらいでは許されないことをしました。私、この学校に相応しくありません」


 だからって思い詰めたときの決断ほど極端すぎるものもない。

 そしてそういう決断を下す精神状態の人に一度言ったくらいで気持ちが伝わるとも思わない。


「相応しいかどうかなんてのは卒業して役立てれば相応しいと思えるし、卒業して無駄だったと思っているうちは相応しくなかったわけで、入学二日目の理華や姫ちゃんが下せる話じゃないっすよ」

「……でも、私はみなさんの、敵で」

「それも違うかなー。そのための事情を話すターンだし。あなたが私にしたことを自分に対する呪いにするなら、理華はあなたの呪いを何度だってときますよ。あなたは苦しんだ。私は追いつめた。結果、悲劇が起きた。あれは事故みたいなもんです」

「でも!」

「責めたいのはわかります。重荷にしてもらわないと困ります。でもそれはあなたの命と、あなたが大事にしなきゃって思える命の重さでしかなくて。むしろ責めるべきは、そこまで追いつめられた状況で、なぜそうなったのか……その対象だけだし、それを的確に認識するためには責任と原因の分配が必要なんですよ」


 一気に情報でたたみかけてフリーズ状態になったところで、笑って伝える。


「だからまあ、話してください。できれば洗いざらいね。そうして明らかにしましょうよ。時任姫を苦しめ、追いつめたものを。あなたがここで胸を張って生きられるようになるために……あなたと理華がもっと仲良くなるために」

「――……っ」


 顔をくしゃくしゃにして、頭を下げる姫ちゃんにいいのにって笑い飛ばす。

 寄り添う春灯ちゃんと手をぎゅっと握ったまま、姫ちゃんはふたつの道具を差し出した。

 ひとつは歯車仕掛けの懐中時計だ。いまも時を刻んでいる、たいへんレトロな代物だけど、それ以外には見えない。けどワトソンくんにとっては違うらしい。彼は断言した。


「間違いなく、この時計こそアーティファクト。秘宝と呼ぶべきものです」


 もうひとつは、スマホの動画だった。むしろそっちで見た人物に、春灯ちゃんたち全員の怒気が爆発しそうだった。

 姫ちゃんの母親を殺し、父親の命を使って姫ちゃんを脅迫した男の悪意は、なるほどたしかにヘドが出る類いのものだった。とはいえ、


「――……ほんと、あの人、ほんとさあ……っ!」


 真っ先に怒りを露わにしたのは春灯ちゃんだったよ。とても意外だったけど。

 理華にも一応馴染みがある。指輪が大学ノートに変えた、あのおじさんだ。

 まあノートは燃やされて、もはや影も形もないんだけどさ。

 尻尾を苛立たしげに揺らす春灯ちゃんにそっとため息を吐いて、生徒会長が口を開く。


「春灯から受けた報告を踏まえると、アダム・ホワイトへの殺人教唆や人格改造、春灯への拷問の手法を鑑みても自分の手を汚すタイプには思えないのよね……まあ、それは現世に戻らないと確かめようがないから、後回しにしておきましょう」


 問題は。


「クロリンネ……“教授”のいた組織は直接的ではなく、脅迫という形で時任姫、あなたを操った。それだけとはとても思えないのだけど……あなた、何か聞いている?」

「い、いえ。メモには、一緒に入っていた懐中時計を入学式に指定の時間、指定の場所で使えって……それだけで」

「それだけ? 本当に?」

「す、スマホで一応写真も撮ってあります」


 みんなが見ているスマホを操作して、紙箱の中を晒す。

 念のためってことでスマホの履歴を確かめてみたけれど、それだけ。

 まあぶっちゃけ江戸時代に飛ばせるくらいの道具が時計なら、士道誠心を遠ざけるって意味ならこれほど完璧な道具もないと思うけど。

 生徒会長は悩ましげにため息を吐いた。


「ごめんなさい。手を握ってもいい?」

「え? は、はあ……構いませんけど」


 戸惑う姫ちゃんと手を繋ぐ。すぐにぴく、と動く姫ちゃんに生徒会長は「落ちついて」と囁く。そして程なく、手は離された。深いため息が聞こえた。


「本当にそれだけなのね……それにしても、つらかったわね」


 優しく労るような声と共に生徒会長は姫ちゃんをぎゅっと抱いて、それから自分の座布団に戻った。しかし、座らない。腕を組んで悩ましげに呟く。


「これでどうやって春灯の尻尾を奪うつもりなの? ほかにも潜伏している者がいるということ? それとも……時計が怪しい?」


 そこまで呟いてすぐに時計に触れた。

 さっきから姫ちゃんに触れたり時計に触れたり忙しないなあ。


『ふん……我の言う魔力、奴らの言うところの霊力を確かめているのだ。心を繋ぎ、記憶や感情を共有することもできるのだよ』


 ほっほう。

 んじゃあ姫ちゃんの心を繋いで姫ちゃんの記憶や感情をさっき確かめていたのか。ただの握手で。


『そういうことだ。まあ諸刃の剣で、自分の記憶と感情も相手に伝わってしまうのだが』


 ふうん……だから姫ちゃん、手を繋いでびっくりしてたのかな?


『手を触れた彼女の霊子を感じたというのもあるだろうな。そして、彼女はいま……時計を確かめている』


 そんじゃあすぐに戻れんのかね?


『さて、それはどうかな』


 は? と思ったときだった。


「――……これは、残骸だわ」


 生徒会長の悲嘆が聞こえたのは。


「なるほどたしかに、力の名残を感じる。なにかが宿っていたのでしょう。けれど、もう……それは永遠に失われた」


 宣告される。


「これはもはや、ただの時計でしかない。それに……時任。あなたを苦しめた連中はとても残酷ね――……」


 悲しみと共に呟いて、てのひらに置いた時計がさらさらと砂に変わっていくんだ。

 真中さんや南さん、春灯ちゃんも私も思わず息を呑んだ。

 ワトソンくんだけは舌打ちした。


「奴らめ、こちらの探知を予測して!」

「そういうことね。時計を探る霊子に仕掛けまで施している。たしかめたら最後、消えてしまう……私たち、このままだと」


 悔しさ、悲しみ、そして隠しきれない恐怖と共に生徒会長は項垂れる。


「現代に戻れないかもしれない」


 姫ちゃんの絶望が深まる。少数でよかった。あまりにも重たすぎる現実に喘ぐ。

 でもまあ、こういう窮地だからこそ機転を利かせる必要があるってことくらい、理華はちゃんとご存じだぜ?

 ねえ。指輪さ。時間移動、神業っつってたよな。


『……まあ、な』


 だとしたら、あの時計に宿っていたものって神さまかなんか?


『そういう見方もできなくはないな』


 ふうん――……じゃあさ。


「時計に宿っていた力ないし神さまみたいなものと繋がりができたら、戻れません?」

「――……それは、そう……たしかにそうね」


 私の言葉に生徒会長が顔をあげる。


「時計に宿っていたのは、たしかに……神格の高い何かの力だった。単純に力が眠っているというよりは、むしろ――……私たちの刀と同じもの。だとしたら、宿せるかもしれない」


 顔が綻んでいく。たたみかけておくべ。姫ちゃんを救うなら、まさにここからだ。


「だとしたら、目標ができましたね。江戸時代で生き延びつつ、時計に宿っていた力を獲得して、元の時代に戻る! 単純ですよね? へこたれている暇なんかないですよ? がっつりいきましょう!」


 私が煽るまでもなく、生徒会長は勢いをすっかり取り戻して断言する。


「そうね、方針が決まった! 結局、私たちには学校生活がなにより必要なわけね。一年生さえ含めたみんなのひとりひとりの力が、今こそまさに必要なのだわ! 時任!」

「は、はい!」

「胸を張りなさい! そして……あなたを苦しめたものは私たちの敵でもあるの! 一緒に乗りこえるわよ! だから……いい? あなたはもう、ひとりじゃないし。私たちはあなたの味方だからね?」


 苦しげに顔を歪めて、けれどそれはつらいからとかっていうよりはむしろ。


「……みなさんのこと、苦しませて、すみません」


 自分のしたことの重さに喘いでいるに違いなくて。


「なにいってるの。後輩で仲間のあなたひとりを背負えなくて、なにが生徒会長ですか」


 抱き締める春灯ちゃんのように、生徒会長は笑い飛ばした。


「めいっぱい迷惑かけていいの。春灯なんか、もう大変だったんだから!」


 その言葉に真中さんが吹き出す。


「ルルコもだし、コナちゃんもね。ここにはいないけど、マドカちゃんとか大変だったんだよ。みんな、そうだからさ」


 優しく、けれど。


「自分のしたことの責任は取らなきゃいけない。けどね? ひとりで無理なら頼っていいの。つらいときほど思いだして。仲間がいる……手を出したことが気がかりならひとりで抱え込むより、相手と一緒に悩むこと。だって、受け止めてくれるっつってんだから」


 優しいだけじゃなくて、つらいこともきびしさと共に……優しさに変えて伝える。


「無理そうなら声を掛けて。一緒に考えるから……絶対に、ひとりにならないでね?」

「――……ほんとに、すみません」

「ちがうちがう。こういうときは、ありがとうって言えばいいんだよ」


 真中さんの声にみんなを見渡して――……春灯ちゃんを、最後に私を見て、姫ちゃんは深く頭を下げた。


「ありがとう、ございます――……」


 消え入りそうな声が、朗らかに自信を持って言えるようになるために。

 ひと肌ぬぎますかね!


 ◆


 一年生のふたりを見送ってから、コナちゃん先輩は腕を組んで悩ましげに唸る。


「授業が必要だけれど、御霊の獲得が急務になったわ」

「元気のある午前に運動して、午後は座学にします?」


 やってきたマドカが問いかけるけど、コナちゃん先輩はさらに唸った。


「それ、明らかに午後寝るパターンじゃない」

「なら、先輩。たとえばマシンロボで移動するとかどうですか?」


 キラリの提案にコナちゃん先輩が「聞こうじゃない」と伝えるとね?


「あの立沢が昨日いってた、現金獲得。必要だろうし。肉と米、それに山菜だけじゃ限界ありますよね。塩とか醤油とか味噌とか油とか、あれば助かるし。服も生活用品も、圧倒的に足りないから……それを確保して。ここが湯屋をベースにしているのなら、水を温泉にするとか、なんとかして店にしちゃって、客をいれましょうよ」

「そのためにも物資の確保と、先立つお金が必要か……」

「逆に言えば現代の料理とか、物珍しいものとか、春灯を中心にした歓待のやりかたとか、いくらでも工夫できますし。飯と快適な生活ができる環境を確保できれば、ここを店にして稼げると思うんです」


 アルバイトをしてきびきび働いていたからこそなのかな。

 キラリのすごくまっとうなアイディアに、コナちゃん先輩が「なるほどね」と呟く。

 たたみかけたのはメイ先輩だったの。


「なら、授業をしている間に動ける卒業生と三年生で周囲の村を探して情報収集して、夜までに戻る流れにしよっか。空いている卒業生で三年生と二年生の授業の面倒を見る」

「ルルコたちが昨夜から考えた授業案としては、生活の準備や館のメンテナンスを家庭科、食糧確保を実学その一という形で授業として実施すれば、御霊の獲得だけじゃなく館でのみんなの生活も助けられるかなって」


 次いで発言したルルコ先輩のアイディアも、なるほど素敵なものだった。

 動き出してきたんだ。江戸時代で私たちが生き延びるための作戦が!


「わかりました。割り振りは?」

「任せて! ルルコたちで既にやってあるよ!」

「よろしい! それじゃあ太く生きてやりましょう! そして、絶対に現代に帰るんです!」


 断言するコナちゃん先輩に、九階に集まったみんなで声をあげた。

 一緒になって声をだしながら、思ったんだ。

 恋人のカナタがいるし、理華ちゃんは売らないって断言したけれど。

 もしかしたら――……私の左目は使えるかもしれないから。

 いざとなれば――……覚悟を決めよう。

 生き延びる。生きてやる。そして、現代に帰る。まさしくコナちゃん先輩の言うとおりだ。

 そのためなら……できることをなんでもする。

 もうとっくにトモはお姉ちゃんとカナタと三人で出発した。強くなるために。

 私もやるよ。できることがあるのなら。それが私たちを強く、確実に未来に戻す勢いになるのならね。

 盛り上がるみんなから離れて、廊下に出て、そっとスマホを見たの。

 コナちゃん先輩のスマホに表示された、十兵衞のお父さんの書いた書物。

 夜中のカラオケ大会で美華ちゃんがとうとう力尽きて寝てから、ひとりで没頭するほど読んだ。

 ふっと浮かぶのは、私の技。

 手に入れた技はたくさんあるけれど、それを使いこなそうとしてこられただろうか。

 自信はない。関係もない。

 これから先、どうするかどうかだ。

 庄屋さんの反応を思いだす。私の左目を止めようとした人たちのことも。

 魅了の左目。あるいはそれはタマちゃんの、傾国の美女としての力の結晶。

 この力が使えるのなら――……やっぱり、迷うべきじゃない。

 狐が化けた美女だと取られるのなら、それでお金を稼ぐ。情報を手にして……必要とあらば、なにかを手に入れるきっかけにしよう。

 去年話題になったお話で、女の子が春を売っているものがあった。

 カナタとのことを思えば、私にはとてもできないし……すごいなと思うばかり。

 でも考えてみれば、私にはこの左目がある。刀があって、死線を見抜く右目もある。


「――……どうしたの。ひとりで外に出て」

「コナちゃん先輩……あの、私、考えたんですけど……たとえば私が花街にいって花魁になったり、あるいはならず者の村にいって成敗してお金を持って帰ってくれば、元気に生きられるのでは」


 切り出したのは、生きるための道。

 みんなを守るために、私の技を使うんだ。

 すべてを伝えたら、コナちゃん先輩は私のおでこを平手で叩いた。


「このおばか」

「あうち!」

「ひとりにしないし、させないわ。あなたが命を賭けて稼いだお金でご飯を食べたいとは思わない。それをするなら全員でだし、そうして初めて胸を張ってご飯が食べられるの。わかる?」


 ほっぺたを両手でばちんと挟んで、むにむにもみながら、コナちゃん先輩は言った。


「あなたの左目は使えるでしょうね。右目も刀も。だけどもっと肝心なのは、あなたの心であり、あなたが手にした絆なの。あなたはもう――……とっくの昔に、ひとりぼっちじゃないんだから」


 じっと私を見つめて言うんだ。


「戻らないで。一緒に乗り切るの。あなたが春を売るというのなら、私も売るわよ? それにラビにも男娼をやらせる。いい? 緋迎くんもよ? これは脅しじゃない」

「――……覚悟?」

「そういうこと。二度とやろうと思わないで。次に言ったら、ハリセンじゃ済まないから」


 静かな怒りと強い愛情に震えるばかりだったの。


「――……ありがとう、ございます」

「よろしい! それよりも中に戻ってきなさい。一年生の授業、もちろんあなたも手を貸してくれるでしょ?」

「はい!」


 頷いた時にはもう、迷いはなかった。

 そして敵わないなあって強く思った。私の覚悟よりもっとずっと強い覚悟と責任を持っているし、巻き込む勢いだって私より強い。

 そりゃあラビ先輩とカナタを巻き込むなんてひどいこと言うけどさ。あのふたりなら怒りながらも迷わないってわかっちゃってるから……間違いなく、コナちゃん先輩にとって、私を止める最大の切り札に違いなかった。

 私だけじゃ済まないんだ。私の行動は、ひとりぼっちじゃなくなった時点で、誰かに影響を与えるんだ。いやおうなく――……。

 やっぱりできない。ひとりぼっちで行っていたなら、迷わなかったと思うけど。

 私のそばにはたくさんの仲間がいて――……強くなるために旅立った恋人もいるの。心が繋がった、特別な人と仲間たちがいるの。大勢の友達がいるの。

 だから、ひとりで背負い込むよりも……みんなで生き抜いてやるんだ。

 なら、決めるべき覚悟はもっとずっと、みんなで生き延びるための覚悟じゃないかって思ったんだ。

 メイ先輩たちの言う授業案に私は口を開いた。

 みんながいるなら、みんなで乗り切る。そのためにできることを話しあうんだ。




 つづく!

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