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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第六章 侍と刀鍛冶

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第五十一話

 



 カナタの特訓は一時間だけ。

 明日も学校があるんだよ? なのに徹夜も辞さないカナタを放っておけなくて。

 ちゃんと休んだ方が能率上がるといったの。

 そしたら納得してくれた。何せ肩に乗ってるぷち十兵衞、ずっと寝てたもん。

 ユニットバスで済ませるというカナタに送り出されて私は大浴場へ。

 扉を開けると意外な人と出くわしたの。

 ノンちゃんだ。


「あ」「ど、ども」


 お互い裸で顔を合わせるの気まずい。

 出ようとするノンちゃんに道を譲って入ろうと想ったんだけど。


「ま、待って下さい」


 まさかノンちゃんに呼び止められるなんて想わなかった。

 だってどちらかといえばライバル視というか、あんまりよくない方へ意識されていると想ったから。なのに。


「一つ、聞きたいことがあって」


 もじもじとするノンちゃんの顔には敵意なんてなかった。


「えっと……お風呂、つかる?」

「あ……はい」


 立ち話もなんだし、くらいの冗談のつもりだったし、なんなら「あたし出るとこですよ、ぷんすこ!」みたいなのを期待してたんだけど、ノンちゃんは素直に頷くの。

 どうしたんだろう。

 手早く身体を流して湯船に浸かると、そばにノンちゃんがきた。


「手、にぎってもいいですか?」


 ……うん?


「ちょ、ちょっと試したいことがあるんです!」

「別に良いけど」


 手を湯船から出したら、ちょこんと握り拳をのせられました。

 ……お手?


「……なにもかんじない」

「ノンちゃん、どうしたの?」

「あの時は、あんなに」

「ノンちゃーん?」


 心ここにあらず、というノンちゃんの顔の前で手を振ってみた。

 けど気づく気配なし。

 むしろ握った手を開いて私の手をぺたぺた触ったり、握ってみたりして……唸ってる。「ううん」

 どうしたんだろう。


「ノンちゃん?」

「あ……あの!」

「ふぇ!?」


 ばしゃああ! といきなり勢いよく立つノンちゃん。その湯を浴びる私。


「ぶあ。ど、どうしたの?」

「青澄さん! ……そのう」


 勢いよく立ったんだから、その勢いのまま言えばいいのに……もにょもにょ唸ってる。

 これは……あれだ。既視感があるの。

 弟がすっごく言いにくいことをなんとか言おうとしてるんだけど言えないから姉ちゃん助けてモードだ。きっとノンちゃんも同じモードに入ってるんだろう。いや同い年だけども。

 うーん。しょうがない。


「なあに?」


 弟にするように手を握って、なんでも言っていいんだよーと友好度全力アピールの笑顔を向ける。すると、何度か息を吐いたノンちゃんはやっとの思いで口にした。


「刀の気持ちがわかるって、どんなですか?」


 意外な質問だった。もっとこう……違う問題っていうか。ギンの話題かな? みたいな。

 あるじゃん。そういうの。ないのかな。どうなの。

 思わず首を傾げてしまう。


「え、と……どういうこと?」

「ぷち青澄さんを刀にした時、伝わってきたんです。あなたの……いろんなもの」


 いろんなものとは。


「過去とか、思いとか、ぜんぶ」

「……そ、そうなんだ」


 嫌な汗が出てくるんですけど。


「闇の聖書とか」

「そこまで!?」


 なんてこった!


「……で、あなたの刀とあなたが気持ちを通じ合わせていることも伝わってきて。あたしは、それだけで……その」


 俯いて唇をむにーってする。

 本当に子供みたいな顔するなあ。可愛い。


「困っちゃった?」

「生々しくて、鮮烈で……すごい、刺激で」


 私の顔をちらっと見たノンちゃんが呟く。


「……ゅう学までぼっち……のも、いっしょで」

「え?」


 微妙に聞き取れなかった。


「な、なんでもないです! それで、どうなんですか!」


 そ、そんないきなり大声だすことないのに。んー……といわれてもなあ。


「こうしてノンちゃんと話しているみたいな感じだよ。わかるってことは、時々つらいけど……でも」

「でも?」


 縋るような顔をするノンちゃんに笑って言うの。


「好きになる理由が増えるだけだと思えばいいかなって思う」

「……好きになる、理由が増える」


 は、反芻されると恥ずかしいね!


「えっと。タマちゃんも十兵衞も好きだから、二人が教えてくれる限りのことは知りたいから……みたいな感じ」

「ずるい」


 な、なにが?


「……あんまり考えてないみたいで、大事なことわかってるみたいな……あなたのそういうところ、あたし大嫌いです」


 今にも泣きそうな顔で俯くノンちゃんの気持ちが私にはわからなかった。


「でも……それも含めて、ちょっとは仲良くしてもいいかなって思いました」

「……ノンちゃん」


 ちょっとじんときてる私に恥ずかしくなったのか「じゃ、じゃあ先に上がります!」とノンちゃんは出て行ってしまった。

 ……なんか、私だけかな。すごい可愛いなあって思うの。


 ◆


 油断して湯船に浸かったのが間違いでした。

 尻尾対策してなかったから乾かすのにすごい時間かかっちゃったよ。

 私ってほんとばか。

 中途半端にすると頭の中でタマちゃんが大騒ぎするし、生えてる私も気持ち悪いしでおざなりにできないんだよね。困ったなあ。がんばって尻尾を消せるくらい強くならないと。

 乾かし終えた頃には悲しいくらい湯冷めした足で、購買に寄ってあったかいお茶でも買おうと思ったんだけど。


「……よう」


 脱衣所を出たところでギンが待ってたの。

 ジャージ姿で濡れた髪。どうしたんだろう、って思って。

 私を待っててくれたのかなって思って……それってどういうことなんだろうって。

 考えが巡る中でふと浮かぶのは、今日の勝負だ。

 よそ見をしてギンを怒らせた……私の意志で、怒らせた。

 どうしようって思った時にはでこぴんされてた。


「いたっ……な、なんででこぴんするの?」


 泣きそうな顔になる私をギンは笑って見つめるの。


「ばか。んな顔すんな……わかってるよ」

「え……」

「あの時はキレちまったけど、でも……刀になったお前に触れて、どんなヤツか前より理解できたから」


 頭に手を乗せて……撫でてくれる。


「あの緋迎の野郎を助けようとしたんだろ」

「……ごめん」

「お人好しだよな」


 わしゃわしゃーって。乱暴にされたから思わず上目遣いで見たら、


「あんま……誰でもなんでも許すなよ。そうしねえとお前が傷つく」

「え――」

「それに……勘違いするんだ。お前が――……いや、なんでもねえ。ただの弱さだ」


 頭を振って、深く息を吐き出された。


「今度ガチで戦うぞ。それでちゃらだ」

「た、戦うのは変わらないんだ」

「たりめえだろ。お前より弱いなんて、俺の気が済まねえ」

「……なんでなの?」


 じっと見ていたら、ギンは私の目を見つめてきた。

 狂おしい情熱。怒り。悲しみ。切実な何か。複雑な色の瞳……。

 わからなかった。そんな目をさせた理由が、わからなかったの。

 そんな私だったから。きっとそのせいなんだ。


「お前の部屋に行くのはもう、なしだ」


 やっとギンが言った言葉の理由はきっと……。

 私が何かを言おうとする唇を、頭に触れていたその手の人差し指で止められる。


「強いライバルばっかり増えていきやがる。放っておけねえチビもいるし……お前を振るってみて、まだまだ足りねえって思い知らされた。力も、思いも、その行く先も……すべてな」


 だから、と。耳元に唇を寄せたギンが囁くの。


「俺が勝つまで、もう負けるなよ」


 返事をするよりも早く、ちゅ、と。

 耳に何かが触れてすぐ、ギンは立ち去ってしまった。


「それまで、さよならだ」


 手を振る背中は寂しげだった。

 追いかけてくるなと語る背中で、胸が締め付けられる。

 見送る私は、しばらくその場から動けなかったの。

 ……今のは、だって。

 勝負がつくまでお別れする……そんな挨拶に違いなかったから。


 ◆


 お部屋に戻ると、Tシャツとジャージ下姿のカナタが壁際で毛布を纏ってうとうとしてたの。肩にのったぷち十兵衞もずっと寝たままなんだけど。


『男共はだめじゃのう』

「……そうだね。あはは、そうだ。うん……そうだ」


 私を励ますようなタマちゃんの声に、なんとか笑った。


『すまん……無理はせんでええんじゃ。さっきのことで頭がいっぱいなのじゃろ?』


 うん……。

 ギンの言葉には私に向けた好意があった。

 やっとわかったの。

 けど、でも……勝負の決着がつくまではどうするのか含めてぜんぶ封印する。

 耳へのキスは別れを告げていた。

 ギンが私に勝つまでは……元に戻ることはないんだ。

 封印された想いはじゃあ、どこへいくの? 私はどうすればいいの?

 負けて元に戻ればいい?

 ……無理だ。私ももう、負けられない。

 カナタと誓った。契約は私にとってかけがえのないものだ。

 悲しくて……痛くて。

 私には何かが欠けていた。そのせいで間違いなくギンを傷つけたの。

 わからない。わからないことが悔しくて、つらくて、痛いの。それでも……負けられないの。


『つらくても、そなたは……侍なのじゃろう』


 タマちゃんの言葉になんて答えればいいかわからないの。

 本当に色々とありすぎた。頭がいっぱいで、心もいっぱいで。身体はくたくたなの。


「だっていうのに」

『こやつら、こないだのやりとりを覚えておらんのう』

「まったくだよ」


 ぶすっとする元気があるだけ、我ながら少しほっとしたよ。

 屈んで、カナタの肩に手を置いて揺さぶった。ぷち十兵衞が落ちないくらいの力加減でね。


「おきて、カナタ……ちゃんとベッドで寝よう?」

「……ん、ん……ん」


 喉を鳴らして苦しげな顔をしてから……微かに目を開けて私を見た。


「……コバト?」


 私じゃない名前を口にしてから、頭を振って……私を見た。


「ハルか……あんまり優しい声だったから、君を妹と間違えた」


 胸がぎゅううってなったの。

 痛いのか、つらいのか。切ないのか、なんなのか。

 もう考えるのも無理だった。


「寝るの」

「え……お、おい、そんなに乱暴に引っ張るな」

「いいから」


 泣きそうだった。カナタが私を妹と間違えるくらい心を許してくれたんだ、と。そう思うのに。

 それは嬉しいはずなのに。

 間違えられたことでもう……限界で。


「寝るの!」


 怒ったように言うしか出来ない私を見て、カナタが私を抱き締めたの。


「すまない」

「……っ」


 やめて。謝らないで。やめて。

 いやいや、と頭を振る私の後頭部に手を添えて、胸に引き寄せられた。


「……間違えて、すまない」

「~~っ」


 声にならない私はカナタの背中を叩いて、それでは足りなくてしがみついて。


「……本当に、ごめん」

「ずるいよ……っ」


 愛しく抱き締めてくれる腕の中で、私は泣き続けた。

 悔しい。悲しい。なにもできなかった。私は、何もできなかったの。なんにもわかってないばかだったの。


「うん」


 ただ受け止めてくれるだけの優しい相槌に気持ちが溢れて止まらないよ……。


「わたし、ばかで。理解してなくて」

「うん」

「傷つけたの。わたしがなんにもわかってなかったから」


 絞り出すように、


「……ギンも」


 名前を口にした。


「カナタもタマちゃんもみんな、わたしが傷つけたの」

「……それでも、俺はお前の味方だ」

「わたし、さいていだ」

「それでも」

「恋の意味も知らなった」

「それでも」

「無邪気に受け止めて、許して、そんなの、流されてただけだ」

「……それでも」

「強くなりたい」


 一度口に出したらもうだめだった。


「強くなりたい! 強く、なりたいよ……」


 願うのは、人としての強さ。ううん、違う……。


「ちゃんと、わかることができる強さが欲しいよ……」

「ああ……」

「もっと知りたいよ、ちゃんと知りたいよ……」


 狛火野くんのあの果たし状は、好意を……運命を確かめるためのものだった。

 ギンはずっと確かめようとして私の部屋に来てくれてたんだ。私に触れたのは全部、特別を確かめるためだった。

 シロくんだって、見守っていて欲しいっていうのは……強くなれたら見える想いがあるかもしれなくて。

 私を確かめたくて、タツくんはおにぎりを、レオくんはお茶を。

 私が気づかないだけで、求められてた。手を差し伸べられてたんだ。

 なのに無邪気に楽しんで、笑って……ほんと、ばかだ。

 ただ受け止めるだけしか出来ず、その意味もわかってない大バカものだ。

 そこまで泣きながら言った私の頭を撫でて。


「それでも君は俺に手を差し伸べてくれた」


 空いていた二人の手が繋がり、絡まる。


「ここに確かな運命が一つ残ってる。ハルが望めば他の運命だって光り輝くよ」


 初めて繋いだ時と同じ、何かを感じる熱。


「カナタ……」


 囁く顔を縋るように見上げた。


「……そんな顔をするな」


 まただ。また……あの目だ。ギンと同じ目。

 だけど口元は笑って、指先でそっと目元を拭うの。


「今日の君は疲れている。そばにいるから……離さないから。ゆっくりおやすみ……」


 その手で私の後頭部を引き寄せるの。


「今の私にこんなの、だめだよ……」

「いいんだ」

「最低なのに」

「自分を傷つけなくていい」

「ひどいことしたの」


 つらくて悔しくて涙が止まらなくて。

 自分を傷つけずにはいられないの。


「お前がしてくれたように、優しくしたいんだ」

「なんで?」

「救われたから」

「……それだけ?」


 言葉にならない私の問いかけにカナタの息遣いが聞こえる。

 顔は見えなかった。カナタの手が許してくれなかった。


「忘れたのか。俺は君の相棒で、共犯者だから」


 いいんだ、と囁く。

 聞こえてくるカナタの鼓動は高鳴るばかり。

 カナタは嘘が下手だ。ばればれだよ……。

 こんなにすぐそばに、私に向かって光る想いが……運命が確かにあるんだ。

 大事にしたい。大事にしなきゃ。なのに私はその方法が一つもわからないの。


「君が救ってくれた。だから、俺は」


 溢れてくる涙がどんどんカナタのTシャツを濡らす。

 それに気づいたのか、カナタの手から暖かい何かが広がって、どんどん眠くなってくの。


「何度だって君を救うよ……おやすみ」


 何を言ってもおかしくない口はカナタの名前を呼んで、そのまま寝息を吐き出したの……。




 つづく。

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