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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十七章 大江戸化狐、花咲金色天女帳

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第五百七話

 



 小坊主を連れた、どこからどう見ても町娘のあきを連れての行脚は面倒ごとばかりだった。

 夜は特にまずい。

 周囲に目を向ける。小坊主が草履を壊して痛くて歩けないなどと抜かし、あきが背負って歩いた結果、予定していた村にたどりつく前に日が暮れてしまった。

 そうして――……訪れてしまった。


「おいてけ――……おいてけ……」


 赤い月を背負って死人たちが朽ちた刀を手に、自分たちを取り囲む。

 和尚から言われてはいたが、しかし青澄に連なる娘は奇縁を呼び寄せるという噂は真実であった。


「十兵衞さま! わたくしの刀を!」

「いらんよ」


 杖を手にかかってくる者どもすべて切り伏せる。

 生と死を分ける隙間を見抜けぬのなら俺は斬れんし、見抜けるのならば俺は斬られる。

 それだけのこと。

 次から次へと現れ出る亡者を見据えて、笑う。


「大入りだ。あき、小坊主を守れるか」

「おそばにいても?」

「いてもらわなければ困る。抱きかかえろ。お前ごと抱えて逃げるぞ」

「はい!」


 肝が据わっている。頼もしいがしかし、片腕に抱いたあまりの身体の柔らかさに気が持っていかれそうになった。いかん。女に乱される者、女に死ぬのが世の常である。未熟者だな、と独りごちて駆ける。

 必要とあらば切り捨て御免。問答無用で先を急ぐ。

 明かりのある宿場に駆け込んで振り向いた。人の住まう地にはやってこぬか。

 周囲の気配を探りながら歩み、宿へ。あきを離そうとしたら、己の着物を掴んで見つめてきた。その瞳の潤い、色気にぐ、と喉が詰まる。


「……あき、そんなにしがみつくな」

「す、すみません」


 そっと離れ、腕の中で抱いた小坊主を抱えて宿主に手配をする。

 部屋へと移動して、胡座を掻いた。仕込み刀の具合を確かめる。霞でも斬ったかのような手応え。正直、薄気味が悪い。

 小坊主を寝かせたあきに尋ねる。


「お前といると怪談に出くわすな。お前か、それとも球ころのせいか?」

「両方でございます」

「両方だと申すか」


 笑うしかない。

 なるほど、たしかにいい修行になるだろうよ。

 そう思っていたら、あきが背中に回って肩に手を置いてきた。


「よせ」

「肩ぐらい、揉ませてはいただけませんか」

「思い人のいる女子に触れられることほど面倒なことはない」

「――……覚悟の旅でございます」


 穏やかではないなと感じてふり返る。

 和尚に面倒を見よ、そして見てもらえよなどとつけられた女子だが、その事情を知ろうとはしなかった。厄介事はごめんこうむると決めこんでいたが、そろそろ限界だ。


「聞こう」


 そう伝えてやっと彼女は離れた。

 そっと正座し、頭を垂らす。


「わたくしの血筋は元来、強い男を迎えて種を繋いでおりました。その理由は、十兵衞さまがご覧になった、あの怪異ゆえにでございます」


 ほらみろ。やはり厄介事ではないか。そう思いながらも尋ねる。


「思い人がいようとも、嫁ぎ先になるとは限らぬ。そのような幸福、珍しいとも申すが。しかし、それにしては生々しいことだ。俺の種が欲しいとでも言うのか?」

「春遊びはもうこりごりでございますか?」

「あき。茶化すな」

「注いでくださればよいのです。いずれ散る女の命にどれほどの価値がございましょう。子にこそ価値があるのでございます」


 覚悟は伝わってくる。


「血は長いのか?」

「古より続いてございます。しかしそれは、この世のすべての人の業かとも思われます」

「……それでも、強い血が欲しいと申すか」

「お武家さまであれば、ご理解いただけませんか?」

「素性の知れぬ女を押しつけられ、奇妙な球ころを後生大事に抱えていると思えば、次は種をよこせという! あき、俺はお前が獣憑きでも驚かんよ」

「女は獣でございますれば」

「男も獣よ。それも、よほど頭の悪い獣だ。噛みつき種を注ぐことしか知らん」


 刀をそっと下ろして、横目で小坊主を見る。


「ならば、そこの坊主はなんだ」

「火迎。やがて刀鍛冶になる子でございますれば、青澄のように血を連ねて怪異を打つ運命にある血の者でございます」

「聞いたことのない名だ。そのような者の作の刀など、見たこともない」

「彼らは心を刀にするのでございます」

「――……どうやら、本当に厄介事に巻き込まれたようだ。俺にはな、あき。お主が嘘をついているようには、なぜか思えんのだ」

「まこと、真実でございますれば」

「――……俺の種が欲しいというのも、真実か」

「はい。わたくし、十兵衞さまは素敵な殿方であると考えております」


 勘弁してくれと叫びたい気持ちを堪えて、眼帯を外した。左目を閉じたまま、あきを見つめる。


「抱けば情が湧く。情があれば決意が乱れる。女に情をやられれば、刀が鈍る」

「そのようなこと、些末なことではございませんか?」

「お前にも、お前の思い人にも恨まれる」

「ともに納得しての旅路でございます」


 そっと着物の帯を外す娘を前に、思わず手を伸ばしてしまった。


「待て。わかった。決意はわかった。だが情がない女を抱くほどつまらぬことはない。お主も、情のない男に抱かれることほどつまらぬこともあるまい?」

「ならばわたくしの壺に触れてくださいませ。真実がおわかりになるかと思います」


 心の底から女に頭を下げたくなったのは、これが初めてか?


「わかった。しかし今宵は勘弁してくれ。ゆっくり寝たい」

「そう仰らず」


 迷わず足を開き、晒される。その足がかすかに震えていることを見逃す己ではない。

 けれどなるほど、身体は反応している。迷いが生まれる自分の未熟を恥じながら、告げる。


「よせ。はしたない」

「――……あなたの種が欲しいのでございます、十兵衞さま。わたくしをお助けくださった、あなたさまの強さに愛しさを感じます」


 声にまで緊張が出てくるではないか。


「どうか。どうか。後生です。情けをくださいませんか」

「小僧が寝ているそばでか」

「寝ていればわかりはしません。どうか」


 覚悟の奥に、本当に情があるのかどうか。

 見抜けぬ自分の眼力に呆れながら、しかしそこまで恥を晒させて放っておける己でもない。


「こちらへ。おい、そんなにほっとした顔をするな。今宵は俺の枕になれ。俺もお前の枕になろう。急くな。ゆっくりだ。できれば運命、できなければ、それもまた運命だ。風の吹くままに任せてみようではないか」


 安堵と不安が入り混じる複雑な顔を見せるあきを抱きながら、考える。

 これはなるべく早く、妙な妖怪連中にでも会って流れを変えなければ旅が途中で終わりかねんな。子を孕んだ若い娘を抱えて全国行脚をするなど、血の通った人のすることではないから。

 とはいえ。


「十兵衞さま……やはり、たくましい胸をなさっていますね」


 柔らかい肉と女の香りの誘惑を前に、気が沈む。

 刀を手にしているほうがまだ、気が休まるのではないだろうか。


「じゅ、十兵衞さまの刀に触れてもよいですか? な、なんて……だめですかね」


 間違いない。切った張ったのほうが、まだましだ。


「あき、そのような冗談は二度と言うな」

「も、申し訳ございません」


 ……まったく。

 どこか抜けているし、残念な娘だ。器量はいいし人当たりはいいのだが。

 あきの子孫が続いたとしたら、さぞや阿呆に育っているにちがいない。まあ、愛らしい阿呆であるにはちがいなく、それは言い換えれば愛嬌があるということに違いないのだが。


 ◆


 思いきりくしゃみが出たよね。

 小山にふんして体育座りをした、だいだらぼっちマシンロボのお腹から突き出た露天風呂の浴槽に腰掛けてお鼻を啜る。


「誰かが噂してるのかな」

「ハルがおどかした欲深おやじじゃない? ハル、かなり妖怪ぶりが堂に入ってたってルルコ先輩が笑ってたよ」

「あ、あはは。なんでだろう。褒められているのに、複雑な気持ちです」


 マドカの指摘に苦笑い。いや、まあ、ねえ。ちょっと悪ふざけしただけなんだけど。

 どう答えようか迷っていたらね? 室内風呂に続く扉がからからと開いた。

 ツバキちゃんなの。顔を真っ赤にして目をぎゅっと閉じていて、寄り添っているのが茨ちゃんっていうのは、ちょっとした宿命を感じるね。元男子繋がり的な意味で。


「や、や、やっぱり、これは、ちょっと、むり」

「だいじょうぶだって。もはや女子だし。男子に戻ることないだろうし。戻るんなら役得だし? 気にすんなって! 正真正銘、泣く子も黙る女っぷりだ。もっと胸を張れって!」


 ばしばし背中を叩いている茨ちゃんを見る私たちの目が異様に優しいのは、茨木童子の御霊が覚醒して女子になりたてだったころの茨ちゃんがめちゃめちゃ苦労していたことを知っているからです。

 でも、まあ。必死に両手で隠しているけど、見事に変わったなあ。

 お乳でてるし、なんていうか、あれがなくなってるし?


「で、でも……」

「俺がついてるからさ。ほら、行こうぜ? いやあ、風がきもちいいなあ! 露天風呂、きもちいいだろうなあ? ほらいくぞ」


 もじもじしているツバキちゃんの手を取って引っぱる茨ちゃん。

 なんだかふたりがとうとく見えるのは、私だけなのでしょうか。


「あ、こっちこっち!」


 ばしゃあ、と音を立てて端っこで美華ちゃんとにらみ合っていた理華ちゃんが立ち上がる。ぶんぶんと手を振ってツバキちゃんを迷わず呼んでいた。

 ふわ、とてんぱるツバキちゃんを裸で手招きしてる。茨ちゃんが連れていったら、迷わずぎゅって抱いて、笑ってるの。クラスメイト、おら集まれよ! なんて呼びかけてるし。

 キラリがぼやくように呟く。


「あいつ、あらゆる意味で強いな」


 だね。うなずく以外の選択肢が見つからないや。


「コミュ力おばけ?」

「かもな。そういう意味では、ちょっとだけ近いところがあるアリスが心配だよ」


 湯船の中で膝を抱えるキラリになんて声をかければいいかわからなかった。

 暁アリスちゃんは、メイ先輩の説明によれば霊界かどこかへ連れていかれたんじゃないかって話だ。お兄さんの暁カイトさんの御霊はイザナギで、アリスちゃんの御霊はイザナミだというから、なんかねー。不安を誘うよね。

 妹のように接してきたアリスちゃんと恋人のカイト先輩のふたりが同時に離れてしまったせいで、メイ先輩はすっかり落ち込んでる。だからこそルルコ先輩と北野先輩が絡んでるんだろうし、それでメイ先輩に笑顔が戻ってきたからほっとした。そっとしておいてほしいとき、そうじゃないときをちゃんとわかっている仲間って素敵だなあって思う。本当の意味で孤独にはしない、そんな絆の強さをしみじみ感じるの。

 ぼやって考えていたら、室内風呂を開けてお姉ちゃんがトモとふたりで歩いてきた。

 心の中で身構える。どうしよう。どうやってきりだそう。そう思ったんだけどね?


「ああ、春灯。こんなところにいたのか。悪いけど、明日よりすこしここを離れるぞ。生徒会長には伝えてある。クウキとカナタを連れて修行してくるよ。心配するな、異変が起きる前には戻るさ」

「えっ」

「あたしもそれについていく」

「えええ!?」


 そ、そんなのってないよ! 大事な話をしようと思ったのに、肩すかしなんてやめてよ!


「ま、まって。私、大事な話がふたりにあるんだけど」


 そう言ったらね? ふたりは顔を見あわせて笑っているの。

 ちょ、ちょっと待って!? なんでいつの間にか、気心が知れてるみたいな空気感になってるの!? おかしくない!?


「なあ、トモカ。我の言った通りだろう」

「だね。ごめん、春灯。高校に入ってからの付きあいだけど、お互い気心が知れてると思うからさ」


 ちょっとごめんね、と私のそばに腰掛けて言うんだ。


「ずばり言うけど。チーム解消したいんでしょ?」

「な、なぜそれを!」


 くく、と笑ったお姉ちゃんを睨む。


「そう怒るな。双子の妹の考えは“どういうわけか”、まるで“互いの魂が繋がっているかのよう”に筒抜けでなあ。双子だからかなあ」


 うそだ! カナタとふたりで互いの刀を心にいれたから、御霊とつながりができたからじゃない! そ、そりゃあさ? そんなことしなくても、お姉ちゃんと心が繋がっていると思うけど。でもでもだからって、すっとぼけてよく言うよ!

 ぐぬぬ、と唸る私に勝ち誇った顔をするお姉ちゃん、まじ許すまじ! 先手を打ってくるなんて! ……言いにくい話をさせないように、私を甘やかしてくるなんて。


「まあそう怒るな。トモカに話してやったのさ。この時代、現世に満ちる霊子は現代のそれとは比べものにならぬ。ならば御霊に縁のある地で雷と対峙すれば、今の力が先へ進むやもしれぬとな」


 めまいがした。

 それは、なるほど。誰より素早く技を身につけ、常に己の鍛錬をかかさないトモにとっては望外の誘いに違いないけれど。


「じゃ、じゃあ……トモは私から離れるの?」

「勘違いしないでね。ハルの護衛任務を誰かに渡す気はないの。でも、それこそまたマシンガンで撃たれたりとか。あるいは星蘭の安倍や立浪みたいな化け物みたいな連中がやってきたら、いまのあたしひとりじゃ守り切れないからさ」


 ポニーテールを頭の上にまとめてタオルで包んでいるトモが湯船に浸かって、キラリを見たの。マドカでもほかの誰でもなく、なぜかキラリを。


「寄り添う仲間が多いハルに、ちょっとだけ暇をもらって……強くなって帰ってきたいの」


 キラリもキラリで、なぜかトモをじっと見つめ返す。

 ふたりは視線を合わせて、それからそろって息を吐いた。

 キラリはそっぽを向いて、トモは笑う。いったいふたりの間にどんな葛藤があったのか、わからないまま、私はトモに言われちゃった。


「それにさ、化学変化だっけ」


 思わずお姉ちゃんを睨んだ。素知らぬ顔をされてしまいましたけどね!


「冬音から聞いたの。ハルが考えているだろうっていうこと。もしかしたら、あたしたちみんながそれぞれにらしく強くなるための道って、是が非でもくっついていなきゃいけないとか、そういうことじゃないんじゃないかって思った」

「トモ……」

「あんたの友達だからわかるよ。ハル、それにマドカ……それから、キラリ」


 呼ばれたキラリは尻尾を揺らした。ぱしゃ、と湯が跳ねて波紋が浮かぶ。ゆらりゆられて。


「三人がどうなるのか、それもまた見てみたいなって思ってる。だからさ、教えて。ハルはどうしたいの?」


 ほんと、ずるい。優しすぎてずるい。それを言わせちゃう私はもっとずるいし、それでもそう仕向けちゃうくらい私に甘くて優しすぎるお姉ちゃんもずるい。みんな、ずるい。

 大好きでたまらないし、だからこそ自分らしくあることをみんなが求めているんだと理解するの。

 トモは強くなりたいんだ。それは出会ったころから変わらなかったよね。

 私も、自分らしく青春を謳歌したいし、楽しく生きたいよ。そこに嘘だけはつけなかった。嘘をついたら、それこそトモは許してくれないし、本気で怒ると思ったの。


「私たち、番組で一緒になったけど。それだけじゃない、何かができるかもって思ってるんだ。でも、もっといい刺激を与え合える何かがあるかもしれない。これが答えかどうかだって、わからない。でもね?」


 素直に伝える。求めてくれるラインは、私らしくあること。ただそれだけ。

 だからこそ絶対に嘘はつけない。ついちゃだめだ。


「私はキラリとマドカと三人で、何かすごいことができるんじゃないかって思ってるの。この時代でできるかわからないし、現代に戻ってできるかもわからないよ? ただ……私は、そのわからない何かを探してみたいし、やってみたいんだ」

「だよね。あたしも見てみたいよ!」


 朗らかに笑ってくれるトモに、いつだって泣かされるの。

 大好きすぎてやばかった。


「もっとちゃんと、考えてみたい。一年のあの子が見せてくれたように、きっといろんな変化がこれからのあたしたちを待ってる。きっと見つかると思うんだ。いま見えないなにかが」


 そういうわけでと言って、トモがキラリを見つめる。


「ハルの友達つながりっていうよりもっと素直に、あなたとも友達になりたいの。天使の星。キラリ。あなたとね」

「……眩しい奴だな、あんたって」

「刀を手に戦ったり、雑誌で大活躍しているあなたほどじゃない」

「そういう、表面的なことじゃなくて。生き方っていうか、心が眩しいって言ってるんだ」

「それは友達になってくれるっていう意思表示?」

「……別に。断る理由もない。ただ、友達の友達ってちょっと繊細というか、厄介というか、面倒なだけだ」

「お互いが友達になれるなら、それでいいし。無理ならそこまで。人付き合いってシンプルなほうが楽だと思うの」

「――……まあ、その考えには賛成だな。じゃあ、気楽な感じで」

「よろしくね!」


 ふたりして握手してる。

 はやい! キラリは元々、私より人に囲まれているイメージ強いから、やっぱりはやい! 私はびくびくしてたらトモに声を掛けてもらったような、そんなノリなので、ひたすらうらやましいですよ! ぐぬぬ!

 恨めしい顔で見ている横で、マドカがしみじみと湯船に浸かるお姉ちゃんを見つめる。


「それより冬音さんだっけ。ハルと本当に瓜二つだね……どれ、お乳のほうは」

「さわるな、不敬者!」

「ごほっ!」


 見事な肘を食らってマドカが湯船に沈んだ。

 まあ、よくあることですよ。

 ぷんと澄ましたお姉ちゃんはキラリばかりに猫に向いてそうです。触ったら威嚇する系のにゃんこさま。地獄の姫が猫って、それもどうなのよって感じかな?

 私はありだと思うんだけど。だめっすか!


 ◆


 湯船での話が尽きない理華ちゃんたちに見送られて、私たちは一度お風呂をあがったの。メイ先輩たちの姿はいつしか見えなくて、考えてみたらコナちゃん先輩たち三年女子とか見なくて。

 キラリとマドカとそんなことを話していたら、キラリが「そういえば」と呟く。


「ユニスもいないな」

「並木生徒会長たちと一緒なんじゃない? 魔女だし、今回の事態の調査をしているとかかも。大がかりな魔法でも使われて転移させられたとか、ありそうじゃない?」


 マドカの指摘に唸る。


「たとえばそんな奇跡がほいほい使えたら、敵の……えっと。隔離世と現世を重ねるっていう、まさにこの時代、私たちがやっているこの奇跡を現代でも簡単に起こせそうだけど」


 だってほら。時代を超えてる時点で奇跡だし。


「んー。あんがい、ほいほい使用できないとか。制限があるんじゃないかな」


 マドカの指摘に唸る。


「ううん……そうかなあ。そんな制限がある方法を私たち相手に使う意味なんて、なくない?」

「んー。そこなんだよねー。ハルを狙ってるし、なにか繋がりとかあるのかなーって思ったんだけど。覚え、ある?」

「あるわけないよ。教授に縁があるような身内とか! 私の知らなかった身内なんてお姉ちゃんで十分だし。だいたい、私たちを襲ったアダムさえ教授が狂わせたみたいなんだよ? やだよ、そんなやばい人たちとの繋がりが実はあったなんて」


 むすっとする。抱き締めちゃえばいいという聖歌ちゃんの言葉はそれこそ、きんぴかな金言だけどね。まだまだ私はそこまで至れてないのです。それが目下のところ、私の課題なのですが。


「まあ、そうだよな。たとえば春灯の小学校時代の友達とかが暴れてるとか?」

「アメリカでがんばってるお友達とか、中国の張さんたち海外の隔離世の治安を守っている人たちと戦ってる幼なじみに覚えはないかなあ……」


 だいたい、あの時代も私は六年間だいたいぼっちだもん。ないない。それはない。


「ううん。ハルに因縁があればなー。わかりやすいんだけど」

「すくなくともいまはわからないだろ」

「キラリは冷めてるねえ」

「現実的なだけだ」


 腕を組んで悩むマドカの背を押して、キラリが「ひとまず生徒会長たちの様子でも見に行くぞ」って言うの。なんだかんだでお助け部の活動を大事にしているのは、私よりマドカよりずっとキラリだった。

 お腹部分から、学生寮を再現した胸部分をあがって、頭にある会議室フロアに顔をだしたときだったの。


「――……さあ、吐きなさい。あなたの所属、そして目的を!」


 厳しいコナちゃん先輩の声に、私たち三人はあわててフロアを覗き込んだ。


「まいったな……言い逃れできる状況じゃなさそうだ」


 新生一年九組の金髪の男の子が、コナちゃん先輩をはじめとする生徒会だけじゃなく、メイ先輩たち卒業生の実力者に刀や拳を、ユニスさんに右手を、寄り添うミナトくんに聖剣を突きつけられていた。


「でも、ちょうどよかった。彼女が来たなら、この異常事態です。なるべく秘匿せよと厳守したうちのマスターもお許しくださるでしょう」


 彼は余裕を崩さずにふり返る。

 そして私を見て言ったの。


「青澄春灯さん、あなたに危機が迫っています。あなたの力の象徴たる尻尾が狙われているのです――……」


 彼ははっきりと、そう宣告したのだった。




 つづく!

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