第五百話
いろいろと先送りになっていたけれど、先日ご連絡を受けて高城さんたちと一緒に以前、私に襲いかかったおじさんの子供さんのお墓参りをしたの。
私のお願いで事務所は起訴しない方向でまとまってくれた。
だからかなあ。いつか私を事務所前で怒鳴りつけたときのような険がすっかりとれたおじさんは、今やとびきりいい人。或いは邪が膨らんでいたのかもしれないね。
でももう、だいじょうぶ。
お墓に手を合わせた。
邪討伐で命を失った人。きっとかつての侍が辿った悲しい道を行ってしまった人。
思いはやまほどある。仲間がいなかったら……友達ができなかったら、きっと私もお墓の中にいたと思う。
悲劇は繰り返しちゃいけない。絶対に。
瞼を伏せて思いを馳せてから、目を開けた。
綺麗に水をかけられて、お花を飾られた墓前。綺麗に整えられているお墓。
あなたの供養をしっかりがんばっている結果なんだろうね。どうか心安らかに――……。
「厚かましいお願いだとは思うんですが……青澄さん。うちの子に、光を分けてはいただけませんか?」
「もちろん!」
頷いて、手のひらに浮かべる。
きっと見守っていてくれるよね? もう大丈夫だから。笑顔で生きているよ、あなたのご家族。それが少しでもあなたの心をお助けしますように。
金色をそっとお墓に手向ける。目元を押さえるご家族の気持ちがおさまるまで、思いを馳せた。もうだいじょうぶです、と謝罪しながら伝えてくるおじさんたちに、どうか気にしないでって伝えたの。
よし。すっと立ち上がる。学生だから制服で来たんだけど、歌手活動を続けていくなら喪服もあったほうがいいかもしれない、と思った。
お墓から離れて、大きな古い木造家屋の一軒家へ。軽い近況報告と、亡くなった人のお話をお伺いして、深いお詫びとお礼を伝えられて出てきた。
高城さんの運転する車で膝を抱えながら、ぼんやりと硝子越しに空を眺める。
「春灯……落ち込むくらいなら、本当に行かなくてもよかったんだよ?」
「……ううん。いつか行かなきゃとは思っていたから。お墓にゆっくりお参りする時間がいるよなあって思ってたし」
それは問題ないの。ほんとに。むしろ問題なのは、これからのこと。
ぽやっと考え事していたら、高城さんがラジオをつけた。
『――……ということで、青澄春灯さんの金光星でした。青澄春灯さんといえば士道誠心、士道誠心といえば、少年犯罪を犯したひとりの少年の無実が確定、明日の入学を控えているとのことですが――……』
高城さんがあわててチャンネルを変えるけど、だいじょうぶだよって笑う。
「高城さん、気にしすぎ」
「そうは言ってもね。いろいろと注目を集めるこの時期に、春灯の学校は刺激的なことをしすぎだよ」
「まあまあ。無罪だとわかってるんだから、いいじゃないですか」
「昨日はドラマの撮影が開始されたし、新曲の収録も始まった。デリケートな時期なんだ……学校、休まなきゃいけないときも出てくるよ? “例の話”、考えてくれてる?」
「……うん」
高城さんから持ちかけられた言葉に俯く。
膝をぎゅうって抱いて、思いを馳せたの。
それは――……あの日。雪祭りの翌日のこと。
ナチュさんが新曲のデモを聞かせてくれて、二曲とも一発で気に入ったんだ。六曲組みのミニアルバムを出すという方向性で話を進めることになって、残り四曲のデモをどや顔でトシさんとカックンさんが流してくれたし、コンサートの具体的なイメージボードを見せてもらってテンションマックス状態になったんだけどね。
そこへ社長が来たの。高城さんが渋い顔をしたけど、社長に命じられてパソコンの画面をスクリーンに出してもらった。
映し出されたのは、アメリカ人の音楽プロデューサーからのメッセージ。
日本だけじゃなく、世界でも歌の展開をしてみないか、というお誘い。日本の展開は日本のチームに任せ、世界の展開を我々に任せてみないかというもの。
アメリカのセレブが集まるパーティーで実力を示した私への市場の関心は高く、ネットストアを通じて日本のアルバムの売れ行きも好調だけれど、それはあくまで日本盤としての話。
がっつり海外向けの展開をすればがっつり売れて国際的なセレブになってみないか、という望外のお誘いだったの。でもその誘いを受けたら日本にいられないのでは? そう不安になる私を見越して、極力日本で活動しながらできる道を模索してくれるという。それもまた、やはり望外のお誘い。
かなりの予算を割いて世界的なミュージックビデオ制作チームをつけて撮ってくれる用意もあると伝えてからの熱烈なラブコールで締めくくられて、メッセージはお終い。
社長は私に言ったの。稼ぐなら……スターになるなら、受ける以外の道はない。どうする? って。
これ以上いそがしくなるのはいやだなあ、という素直な気持ちがある反面、もっと稼げるなら……できることが増えるかもしれない、という気持ちもあった。
運転を続ける高城さんに尋ねる。
「もしアメリカで楽曲制作して、売れたら……たとえば、学校がないところに学校を作ったりとか、身寄りのない人が生活できる避難所とか、作れたりするのかなあ」
「――……そう、だね。まさか春灯の口からそれが最初に出てくるとは思わなかったけど。ある有名な女優さんが言った言葉がある」
なんだろうって思ってみたら、高城さんはラジオの音量を落として言った。
「チャンスはそうたびたびめぐってくるものではない。だから、いざめぐってきたら、とにかく自分のものにすること。インポッシブル……不可能なものなんてない。その言葉自体が言っているもの。アイムポッシブル……私は可能だって」
「――……ん」
尻尾が膨らんだ。
「うちの嫁さんが敬愛するアメリカの女優さんでね。ボランティア活動も精力的にしていた方なんだけどさ――……そうだな。あとは、こんな言葉もある」
もうこの時点で期待していたの。
「私にとって最高の勝利は、ありのまま生きられるようになったこと。自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。いまの春灯なら響くんじゃないか?」
高城さんの言葉の通りだった。
聖歌ちゃんが選んだ結論とその言葉は重なりすぎていて、すとんと落ちたの。
「なにより笑うことが好き。きっと春灯もそうだと思っていてさ。どうかな。もし悩むなら考えてみて? 今回の挑戦に取り組んだら、きみは笑顔になれるだろうか?」
「――……ん」
まだ見えない未来の先に――……けれどもし、今よりたくさんの笑顔と会える可能性があるのなら。シンプルに考えたら、答えなんて出てた。
「やるよ。どんなことでも全力で。私の手はきっと、自分自身をお助けするだけじゃなく、誰かにも差し出せるものだと思うんだ」
だからやってみる。思いのままに。
教授が見せた現実を拒絶するより、そういうものがあるんだと受け入れて――……それでも構わず、私にできることをやるために。
「わかった」
微笑み頷く高城さんに「ラジオ、音おっきくして」とおねだりして、スマホを出した。
今日はテレビの収録がある。そして明日はいよいよ入学式。
生徒会は準備に大忙しみたい。テレビや映画、お芝居の仕事が入っているからっていうのもある。メイ先輩たちは大学や専門学校への進学とか会社のお仕事でかなり忙しなくしていて、お手伝いどころじゃないみたいだし、卒業生に在校生の学生生活にそこまでお任せするのはどうなんだって見方もあるみたい。
士道誠心高等部は全体的に慌ただしい空気になっていた。
大丈夫かなあ、と不安になる。お任せするより、お助けしたい。
コナちゃん先輩にそれとなくメッセージを送って、お手伝いできないか探ってみたけどね?
『どんと任せてごらんなさい!』
という頼もしすぎるメッセージが返ってきたの。
強いなあ。コナちゃん先輩、相変わらず強い。
無理して言っているのなら、いやいやなんでもやりますよって伝えるところだけどね。
この人に限ってはそんなことないだろうなあって思っちゃう。
だからこそ、いつでも言ってくださいねって返すんだけど。
お仕事なかったら顔を出すくらいできるのになー。やっぱり忙しいのはちょっと大変です。
でもまあ、待ったなしだ。
四月はくる。っていうか、もうきてる。
私は年を一つ取った。十六歳になったの。どや、結婚できる年齢やぞ!
カナタの誕生日を待って高校生でゴールインとか? ……考えたことがないと言ったら嘘になるけど、でも、今じゃないよね。
お姉ちゃんの助言を受けて実家に顔をだしたよ。何度も。そのたびに、お母さんから言われるの。
その時だって心が感じたとき、動きなさい。理性でやろうとすると、まー面倒なことに心がやられてくたびれるから、そんなの吹き飛ばすくらい心が結婚するぞって叫んでるときにやりなさい。筋を通して、謙虚に。けれど悔いなく。どうせあとでふり返ったら「ああしておけばよかったかな」って思うもんなんだから。理想通りにしようとするんじゃなくて、どう笑って乗りこえられるかどうか。だからこそ――……その時だって心が感じたときに、動きなさい。
誕生日をデートでお祝いしてくれたカナタと手を繋ぎながら、満たされていたけど今じゃなきゃって感じはなかったの。
いつかくるのかな。くるのかも。今から楽しみでならないんだ。
待ち遠しい。
指輪を眺めるの。
「高城さんは、結婚っていつするべきだと思う?」
「べきっていう考え方なら、永遠にないかなっていうのが俺の考えだね」
「なんと」
「強いて言えば、したいと思ったときがタイミングかな。それは長年連れ添って惰性になって、このままじゃだめだと思ったときかもしれないし、或いはふたりで何気なくデートをしていて相手の人生と自分の人生が重なったらいいのになあって思ったときかもしれない。あるいは、ひとりぼっちのクリスマスに飽きた瞬間かもしれない」
「――……むつかしい?」
「理想を言い出すときりがないんだ」
深いため息のような言葉だった。
「雑誌もメディアもドラマも映画も、基本的には理想の結婚、その一路線を目立たせているけど、実際にはもっと生々しくて現実的なものだ。式をやるなら式場や招待客について揉めたり、理想のドレスのためにダイエットを強いられて意地とプライドから無理をするも苛々したり、ささやかな式にしようと思ったら新婦の親が豪華な式じゃなきゃいやだって泣きだしたり」
なんてこった、すごい現実的な話!
「ケースバイケースで、本当にたくさんのことが起きる。式をやらないにしても、婚姻届の時点で日取りとか役所とか……そこまでいかなくてもね。そもそも親に納得してもらうところからだと、たとえばご家庭によっては興信所を通じて身辺調査をするところもあったりして」
「えっ。そんなことするの?」
「春灯とカナタみたいに高校生同士のカップルならいざ知らず、大人同士で出会ったカップルなら、自己申告していない過去があれこれあるのもざらだ。前に付き合っていた恋人との間に子供がいたり、上司と不倫してたり、若い頃にバカやっていたり、前科があったりね……そんな過去が明るみになる瞬間がくるかもしれない」
「うっぷす……」
胸焼けしそうです。へこたれ気味の私に高城さんが苦笑いをしたの。
「理想やその場の勢い、どちらか一方だけじゃ乗りこえられない気がしてきただろ?」
「……悔しいけどね」
「でも、そんなことさえ乗りこえられないようじゃだめなんだ。一生を一緒に過ごすっていうのは、家族になるっていうのはね。相手の欠点も、もちろん自分の欠点も、受け入れられるようにならないとね。愛しあうっていうことは、まず、理解しあうことから成立するものだっていう名言もある」
「なるほどなあ」
深い、と思いながら呟く。
「自分と恋人だけじゃなく、その周囲の人たちもそういう風に受け入れられるようになってないと、乗りこえられない?」
「なにもひとりでどうにかする必要はないんだ。ふたりで愛と誠意を示し続けることだよ。俺はそうやって、嫁さんとふたりで……会社や嫁さんのご家族に納得してもらった。大事なものを見失わない、見失ってもまた取り戻せる力が必要なんじゃないかな。それが……愛情ってことだと思うよ」
「……そっかあ」
愛と誠意を示し続けること。
理解しあうことから成立する……それは恋人同士に限らない。親子、或いは義理の親子関係を望む相手にも言えることだし、友達同士とかにもいえることなのかも。
深いなあ。やっぱり、深い。
人生で生き様を示し続けた人の言葉かあ。私も、それを伝えるお仕事になってる。
刺激し続けていこう。私なりの言葉と生き様で見せられるように。伝えられるようになっていこう。これからもっとずっとね!
そう決意して、その日のたくさんのお仕事をこなして寮に戻ったの。
「ただいまー」
「ああ……おかえり」
ソファに腰掛けたカナタが眼鏡をかけて難しい顔をして書類とにらめっこしてた。
「なによんでるの?」
「ラビが提案した新入生を驚かせる百通りの方法だ……生徒会の目下の悩みの種とも言う」
「……大変そうだね」
ため息まじりに頷くカナタの隣に腰掛けた。当たり前のように私に顔を向けてくれるから、キスをしたの。肩に頭をのっけて、カナタの手の中にある書類に目を通す。
『ラビ・バイルシュタインが提案する、ラストチャンスの今年こそ実現したい始業式の入場迷路案』
既にろくでもない!
「遊びたがるあいつをみんなでなだめないと、どうやってか学院の悪戯好きの連中をけしかけて実現するから……必死であいつが納得できる理由を作っているんだ」
「たいへんだね……」
「卒業式のときはこれの十倍あった」
「……苦労してるね」
「なんだかんだで楽しんでいるけどな。これなんか普通に傑作だぞ?」
どれどれ? って言いながら、書類を見る。
『一年生の指導役を決める。縦割りの繋がりの強化を促進し、小規模のチームを多数結成することで、今後起きうるであろう事態に迅速かつ的確に対処できるようにする』
そのためにも御霊の獲得ないし素質をなるべくはやく明らかにする、かあ。なるほど。すごくいいと思う!
「まあその後が問題なんだけどな」
「え? えっと――……ということで、入学式が終わった一年生を上級生で襲うどっきりさぷらいず。って、これは」
刺激的なサプライズすぎるのでは!
「初日にそんなことをやったら、登校拒否されるんじゃないかってシオリが言うんだ」
「ううん……そうなるよねえ」
「でもコナはわりと乗り気なんだ。去年度の騒乱を思えば、多少刺激的でもやるべきじゃないかって」
「んー」
去年度かあ。
わりと早めに授業を受けた気がするなあ。
でも学年全体っていう意味だと、一年生全体が素質に目覚めたのは九月だもんね。それじゃあ遅いっていう見方もあるかも。
そもそも早く御霊を手にするなり、刀鍛冶として目覚めたとしても、それですぐに実戦に参加するわけにはいかないと思うんだけどなあ。
早めに経験値をつめるようにしたほうが、それだけ早く実戦にも参加できるっていうこと?
『戦いばかりではあるまい。お祭り騒ぎにも早めに参加できるようになる、ということではあるまいか?』
十兵衞が言うなら、そうなのかも。
なるほどなあ。でも、やっぱりだめだよ。
「さすがに初日はやりすぎだよ。がんばって登校してきて、それだけでもうくたびれちゃうんだよ? そういう日なのに」
「だからこそ、気を張り詰めた初日ならば、獲得しやすいんじゃないかというんだ」
「そ、れは――……たしかに、一理あるかもしれないけどさ」
そんなに厳しくしちゃったら、心がくたびれちゃうんじゃないかなあ。
「ちなみにこれ」
束から一枚とりだして、カナタが渡してくるの。
なになに? えーっと……当日の襲撃予定表。デモンストレーションがあると言って新一年生を特別体育館へ移動。その後、新三年生が突如反乱を起こして、新二年生が新一年生を守りながら神社に誘導するも、新三年生にやられそうになる振り?
「いくらなんでもこれはちょっと」
「ユリアまで乗り気なんだ。シオリもコナに説得されている最中」
「つまり、カナタが最終防衛ラインなんだね」
「最終防衛……まあ、そうだ」
「戦いの中でしか、素質って目覚めないものなのかなあ」
「……なに?」
「もっと、こう。前向きなことで目覚めさせることはできないのかな? たとえばさ。自分がどうしたいのか、それが明らかになると目覚める傾向があるでしょ?」
「……そうだな」
「だから、私たちみんなでわいわい騒いで一緒に参加したいっていう気持ちにさせて、明らかにできないかなあって」
「極限状況であるほど目覚めやすい。平穏の中で、それを達成するのは正直かなり困難だと言わざるを得ないな……なあ、春灯、お前の気持ちはわかる」
書類の束をテーブルに置いて、カナタが私に身体を向けた。
やった、ひゃっほう! はぐのタイミングだ! 来ました、待ってました! 私も紙をテーブルに置いて迷わず飛び込む。足の上に跨がって、向かい合うようにして見つめるの。キスはまだですか!
「期待を顔に出しすぎだ……可愛いからよせ。出会った頃から変わらないよ、お前は」
「どやー!」
「はいはい……お前を愛しいと思うよ。でもな? 祭りで極限状況に心を近づけるのはかなり無茶な気が――……」
「じゃあそのあたりを直接プレゼンするところを見せてしんぜよー」
スマホを取って、ぺたぺたタップする。
「……見えちゃうから、言うんだが。俺の誕生日だよな、春灯のスマホのパスコード」
「カナタは私の誕生日でしょー。去年、夏休み前くらいはコバトちゃんの誕生日だったと見てるね、私は」
「む……」
てんぱるカナタをよそに、もしもしって言うコナちゃん先輩に電話する。
「もしもし!」
『なあに、夜中に。どうしたの?』
「あのう。戦いじゃなくてお祭りで一年生をお迎えすることってできません?」
『お祭りで? それは、どうして?』
「こないだの事件、報道されて不安になっていると思うんです。なのに戦う形でってなったら、ついてこれる子はいいけど、そうじゃない子はこの一年、苦しんじゃいます。きっと、高校デビューだって張り切ってる子だって、いるとおもうんです!」
私みたいに!
「だから、できる限り……そういう子たちが幸せな形で力を手にできないかなって。鬼ごっことかならまだしも、ラビ先輩のどっきり襲撃はちょっと」
『……窮地だからこそちょうどいいのかと思ったのだけど』
「できれば、優しくしてあげられませんか? 私たちがそうして欲しかったように……すごい不安の中、勇気を振り絞ってきてくれる。始業式の一年生って、そんな感じだと思うんです」
迷うような呼吸のあとで「わかった」って小さな声が聞こえたの。
「たとえば三日三晩、飲みまくりながら神輿を担いで歩き回るお祭りとか、神輿を担いで走り回るお祭りがありますよね。ほかにも、年男になるためにかけっこしたり」
『……まあ、そうね』
「世界を見渡せば、牛に追われたりとか、トマトやオレンジをぶつけあったりとか。あれもかなりの極限状況になると思いません?」
『ふむ……続けて』
「高等部に入れるっていうことは普通の人よりも霊力があるっていうこと。だから、新一年生に神水を飲ませて昂揚させて、まずはユリア先輩のオロチと追いかけっこをしてもらうっていうのはどうでしょう!」
どや顔で言った途端、カナタの肩がずっこけた!
『の、のっけから飛ばすじゃない。そばにいたら迷わずハリセンを振るっていたし、あなたの優しさについていろいろと議論したくなってきたけど、いいわ、続けて……それで? その次は?』
「一番に逃げ延びた人にはさらに神水をあげます。でもって、それまでに神輿を用意して、みんなで担ぎながら神水をとにかくみんなに浴びせるんです! お祭り騒ぎをしながらわっしょいするんです!」
カナタが正気か? って顔をしてきた。
『神水を浴びせるだなんて、あなた正気?』
「わいわい盛り上がっていたら、いろいろタガが外れて極限状態になりますよ!」
『そして全生徒が潰れて翌日は学級閉鎖、先生たちからは大目玉、父兄はかんかんになって学校がお終いになります! このおばか! 愛すべきおばか! 大好きだけど!』
「うっぷす!」
『そもそも! そんな簡単に神水の使用を許してもらえるわけないの。正当な理由がないと許可なんてでないんだから。それに、あれは表向きには学院長先生しか持ってないことになってるの』
「ええ……カナタは持ってるようですけど?」
横目でカナタを睨みながら言うと、咳払いして顔を背けられました。むう。
『むしろ刀鍛冶は全員作ってるわよ。それが伝統だし、ミツハ先輩が積極的に広めたもの』
「なんてこった!」
『でもだめなの。先生に見つかったらみんなおしおきされちゃう。そもそもね? 素質に目覚めていない生徒に使っても、私たちほどの効果はないの』
くぬぬ! やばい、どうしよう。このままいったら新一年生が襲われちゃう!
「でもでも……士道誠心で事件が起きたことは報道されています。なのに戦いでってなったら、新入生のみんなは不安になりませんか?」
『そこは……たしかにあなたの言う通りなのよね。でも肝心要の祭り騒ぎのアイディアは、ちょっといただけないかな』
「ううっ……でもでも、今だからこそ、雪祭りのときのようにお祭りが必要なのでは!」
『それには同意する。ねえ、春灯。あなたの気持ちはわかったわ。それこそ、戦いで極限状況にするくらい、わかりやすく何かを望ませるだけの仕掛けができればいいわけでしょう――……なるほど、そうか』
「……コナちゃん先輩?」
どんどんどん、と扉がノックされたの。
「緋迎くん! 緊急生徒会会議を行ないます! 直ちに出てきなさい!」
コナちゃん先輩!? 電話しながら歩いてきてたの?
すぐにカナタが深いため息を吐く。
「今夜はたぶん、ラビの部屋で夜を明かすことになりそうだ」
「な、なんかごめん」
「春灯の言うとおり、祭りで目覚めさせられるんなら、それも悪くないさ……愛してるよ。いってくる」
「カナタしゃん……っ!」
私の頬にキスをして、カナタは出ていったの。
コナちゃん先輩とふたりで話し合いながら、仲間を呼びにいく。それで終わり? やだな。一年生の頃ならきっとそれでよかったんだけど、もう変わるんだよ?
なんだかいてもたってもいられないから、深呼吸して私のスマホを操作した。
「もしもし、マドカ? ……うん。明日のこと。二年生が――……っていうか、三年生がね? そうそう! それで、私たちにできることはないかなって……考えてある? さっすがマドカ! じゃあ一年生、もとい! 二年生の会議を招集しようよ! 私たちにできること、探してみよう!」
お任せするだけの一年生はもうお終い。明日になれば私たちは二年生!
気合いを入れていくぞう!
つづく!




