第五話
髪が獅子みたいなたてがみっぽい先生が手を叩くと、壇上にあの四人が出てきたの。
舞台袖で待っていたのかな。律儀かな。
「通例なら一年生の刀を手にした侍候補生と我の試合を行う」
模範として戦ってくれるってことかな。
「その光景を目にした諸君に刀の本質を説明し、諸君らの発憤を促すところであるが……せっかく一年生代表が今年は偶数人もいるのだ。彼ら同士の手合わせを見せてもらおうではないか」
「おおっ」
盛り上がる男の子達。その中にはギラギラした目で見る男の子もいれば、なんだか痛みをこらえるような顔をしているシロくんもいた。
……ん? シロくん?
どうしたんだろう。壇上に立っているだけでキラキラして見えるあの四人の刀をずっと見つめている。つらそうな顔をして見ているあたり、何かを抱えていそう。
でも理解出来ない。何も聞いていないから、シロくんの表情の意味がわからないの……。
「その前に……さて、青澄」
先生がもったいぶるような口ぶりで私の名前を呼んだよ。
思わず背筋を正して、私は先生の顔を上目で見上げたの。
「我が模範演舞をするゆえ、相手役となってもらおう」
獣そのもの、といった獰猛な笑顔だった。
歯が妙にギザギザしている。噛まれたら大けが必至です。
違う、そうじゃない。
「わっと」
「なに。立っていればよい。我は斬るだけだ」
「えええええっ」
男の子達がまたしても「おおお!」と声を上げて、壇上から私に視線を戻した。
壇上の四人も興味深そうに私を見てくるのですが……待って、待ってくだしあ。
「わわわ私! ななな何も経験がないのですがっ」
「立っていればよいと言った」
ぱんぱんと膨らんだ硬そうな胸筋、きゅっと締まった腰……漫画みたいな体型をした先生は、
「姓は獅子王、名はライ。推して参る」
名乗りを上げるやいなや腰から刀を抜き去った。(体型と顔や髪に目が行きすぎて刀の存在感がっ)
って、そうじゃないぞ。青澄春灯!
刀だよ。
本物を目の当たりにしたのはこれが初めてだった。
白木の柄から伸びる刀身はまるで穢れを知らない雪のようだった。
白銀。あまり反っていないし、波紋に浮かぶ紋様はイメージと違って、雪の結晶をあしらっている。
「六華――」
先生が囁いた瞬間、刀身が光を帯びた。
そう認識した時にはもう、眼前に先生のドアップと振り下ろされる刀身が――!
目を閉じるよりも早く、白木の鞘に先生の刀が納められた。
確かに刀は私の身体を切り裂く軌道を描いていた。
にも関わらず、私の身体に異変はなく、だから先生も何事もなかったような顔で言う。
「青澄。お前の学生生活の目標はなんだ」
「え? それは――」
小中と――
「学校でうまくいかず、にも関わらずついたあだ名は青春女。どうせそんなあだ名がつくくらいなら青春謳歌したいよ! 無理でしたけどね!」
なんでだろう。みんながざわざわし始める。けど構わず考えちゃう。
「だからなんとか素敵な高校生活を送りたいわけです。頑張ってこの辺じゃ有名で、制服も可愛くて、部活動も盛んで、何か特別だって噂のこの学院に入ったわけです」
特別……その単語に中二病アンテナが凄いレベルで反応したの。
「私の魂が囁いたの。いくべきだって」
みんなが私を見てる。なんでだろう?
「いやいや、過去の話だよ? 中二病は過去の話。中二病が何かわからないって? それならわからないままでいてほしいです。思春期特有の痛い言動をしている人を見たら怪しいなって思えばいいよ」
それにしても考えてみると、どんどん思い出しちゃう。中学時代の私とか、特に。
「占い師とか予言者とか、或いは眼帯とか……それならまだまし。よりにもよって吸血鬼だよ吸血鬼。付け歯に留まらず、マントを装着。にも関わらず十字架アイテムを身に付けまくり。お前吸血鬼ちゃうんか、浄化されて灰になるやん」
誰かが吹き出した。なんでかな。
「ぶれぶれにもほどがあるよね! ……ちゃうねん。キャラ付けしたら取っつきやすくなるのかなって思っただけやねん。決めぜりふはあるよ、あなたの首をいただくわ! このクレイジーエンジェぅがね! ……ってね。吸血鬼なの? 天使なの? 私的には堕天使なんだけど、吸血鬼はどこへいったの?」
そうそう。そんなことを言っていた時期もありましたっけ。ああ、思い出すと死ぬほど恥ずかしいなあ。
「しね! しんでしまえ過去の私! いやいや。落ち着くのよ、私。もう脱却したの。終わった話。そうですよ、私は晴れてめでたく素敵な学校に入れたわけです。にもかかわらず朝から痴漢にあうわ――」
はあ。改めて考えるとあれだよね。中学時代もどたばたしてたんですが、高校も大変なことになりそうです。なんていったって、
「助けてもらう人は片っ端から刀をもってるし、クラスに女子はいないし、シロくんはなんかすっごい顔してるし。先輩に着付けてもらったはいいけど下着姿は見られてなんだかもーって感じだし、先生はおっかないし……」
ぷっ、と誰かが吹き出す声がして我に返る。
「……あれ?」
瞬きしてから、そーっと先生を見上げた。
「強面ですまん」
男の子達の何人かが撃沈した。吹き出して笑っている。
え。待って。ねえ、待って。
「あ、あのう……私、喋って……ました?」
男の子達が一斉に頷いたから、さぁっと血の気が引きました。
「え、え、え」
「我の刀が斬るは明かせば恐怖が伴う真実の心を隠す弱さなり。一時的に口が滑りやすくなるのだ。教師にこれ以上似合いの刀もあるまい」
「そ、そんなああああ!」
思わず声をあげる私に「遅刻の罰だ」と涼しい顔の先生。
「普通そういうこと先に言いません? セクハラですよ、セクハラ! 一歩間違えたら、もっとどえらい秘密を喋って黒歴史になっちゃうじゃないですかー! どうするんですか! 恥ずかしくて死んじゃぐぬーっ!」
口を開けばどんどん思っていたことが出て行っちゃう。
我慢しようとしてもだめで、だから両手で口を塞ぐしかなかった。
ああもう! 考えちゃだめだよ、だめだめ。絶対だめ。
だっていうのに、
「だ、だいじょうぶか?」
声を掛けてくれたシロくんを見て、
「首筋がおいし――ふむーっ!」
身を捩りながらこらえようとするけど無理。
「いっ、一身上の都合により青澄春灯、早退しますー!」
泣きながら走りだそうとしたら、首根っこを先生に掴みあげられた。
ひょいって。
そんな、猫じゃないんだから。
「許さん。どうしてもというのなら、隅っこで見学していろ」
「うう、先生……恨みますよ」
「我に脅しはきかんぞ。それに効果は三分程度だ。すぐに消えよう」
「ひどい。ライオン先生って呼んでやる」
「……好きにしろ」
いいんだ。ちょっと口元笑ってるし、尻尾が生えていたら振っているんじゃ――ふむむ!
「口をおさえずとも、もう何も喋っておらんぞ」
「おお……」
ライオン先生に言われてぱっとした思いつきを考えてみたの。
シロくんってどう見ても弱腰で運動が苦手そ……うっうん!
よし、誰も反応しなかった。
よかった。もう喋らずに済んだみたいだ。
ライオン先生の頭を撫でたらどういう反応するのかなって考えただけです。念のため。
つづく。




