第四百九十八話
ああん! もう! まじで! 士道誠心の祭りの夜が気になる!
けど聖歌がお母さんと帰るとなったら、しょうがない。付き合うっきゃない。立沢理華は失点してしまったんだ。それは取り返さないといけない。
本当に、まったく。責任転嫁を全力でする方向で指輪を撫でる。お前、わかってんだろうな?
『よせ。理華が望んだことでもあるんだぞ。だから乱暴はよせ!』
ったく。そこが問題なんだよな。私が望んだことだからこそ、責任転嫁にしかならない。
聖歌のお母さんへの怒りともどかしさが発端だ。それくらいはもうわかっていた。
となるとね? 今後の私の人生、指輪を嵌めている限り、私の気持ち一つで変わる。それこそ、天使にも悪魔にもね。今のところ悪魔にだいぶ傾いてますけど!
天使になるっきゃないわけですよ。春灯ちゃんやキラリちゃんみたいに輝きたいんですよね。
『煉獄の主、悪辣の王になるのも案外わるくないぞ?』
いやいや。その集合体みたいなノートは燃やされたし。あんな目に遭いたくないっつうの。
『理華なら乗りこえられるのではないかな?』
あんたさー。私を悪魔にしたいなら、もっと本気だせよ。そんな雑な振りで誰が一生を棒に振るかっつうの!
『……まったく、かわいげのない小娘だ』
聞こえてんぞ。いつもみたいに黙ってろ、もう。
「ふう……で?」
横からぴよぴよ飛んでくる幸せオーラの主を睨む。
「ルイ、あんたさっきから箱を大事そうにしているけど、そういう性癖に目覚めたの?」
「妙な言いがかりをつけて俺の幸せ壊さないでくださいっす!」
「タクシーの後部座席だぞ。静かにしろよ」
「くっ……マジで悪魔みたいな女っすね」
唸るルイに鼻息を出す。後部座席はルイ、私、聖歌の並び。後部座席の真ん中はマジでいろんな意味で最悪の塊なんだけど、でもしょうがない。聖歌とルイをくっつけるのもね。
助手席には聖歌のお母さんが座っている。いまは寝ていたよ。ナビつきのタクシーだから、運転手さんに住所を伝えて移動中。よほど聖歌のことが心配だったのか、ろくに眠れずに夜を過ごしていたのかもしれない。一度気づいてしまえば、クマをメイクでごまかしていることにも気づけるし、色濃い疲労を押して気張っているこの人を責めることなんて私にはできなかった。
もっと早く気づけていたらなー。私もまだまだってことだな。
「いやあ……顔ちっちゃいし胸あるし、やばいくらい可愛いし、そのうえ優しくて! しかも気遣いもできるとか……理想の先輩像すぎるでしょ」
締まりのない顔で箱を抱き締めて悦に浸るルイの喜びの理由もわからないしなー。まじでまだまだだ。
「なに、誰かにもらったの?」
「青澄さんにもらったんすよー。えへへへ。ポケットに入れてたからかなー。青澄さんの匂いがする!」
ハスハスしやがって!
「やめろ、春灯ちゃんをやらしい目でみんな!」
奪い取ってタクシーの座席にでも擦り付けてやろうかと思ったんだけど、腐ってもニンジャ。全然うばいとれない。
「だ、だめっすよ! 貸さないっす、これは俺のなんですから! そ、それに……俺は別に、そういう目でなんて見てないですし?」
うっわ。こんなにわかりやすい嘘つくとか。
「嘘だな。そういう目で見てないなら、お乳の話も匂いの話もしないね」
「うっ」
「きもい」
「端的に表現しないでもらえます!?」
「そもそも春灯ちゃん、彼氏いるから」
「そ、それと憧れは別問題ですから! いいじゃないっすか、やばいくらい可愛くて素敵なお姉さんの先輩に夢見るくらい、俺の勝手っす。っていうかこれ、男子の夢の一つですから! 女子にはわからないっす!」
「あっそ……なんかほんと、ルイって丸だしだよな。いろいろと」
「暗に童貞臭いって言わないで!」
「私、女の子だもん。そんなこと思ってもいないし、言ってもいないよ?」
「くっそ、今日一の笑顔で言いやがって……!」
ふん、と鼻息を出してそっぽを向いて、箱を愛でるルイをしばらく横目で見ていたけど、飽きた。ぎゃあぎゃあ騒いだけど、聖歌のお母さんは寝息を立てている。
隣を見たら、聖歌は窓に頭を預けて同じように寝ていた。
窓は冷たそうだから、手を伸ばして引きよせる。ルイがいなかったら膝枕をオススメするところだけど、三人並んでるとちょっと難しい。だから肩を貸した。
桜色の髪は肩口まで伸びていて、今日一日の騒ぎのせいかすこしぼさぼさになっていた。指先で梳いてみると、滑らかに指を擽ってくる感触がいやに心地よかった。
聖歌ってつくづくわからない子だなあ。百人と寝て、だけどそれはただ愛情を求めていたからで……親と揉めて家出してさ。なのに仲直りできちゃって、出した答えが抱き締めて欲しかったから抱き締めたいとか。いろいろぶっ飛んでる。なのに、ううん。だからこそ、興味が湧く。この子はいったい、どんな風になっていくんだろう。士道誠心で、どんな風に変わっていくんだろう? 私自身のことと同じくらい、気になる。
気になると言えば、ルイのこともまあ、ちょっとくらいは気になってるね。別にルイの恋愛事情にはさして興味がないけど。丸だしだし。気になるのはもちろん、別のこと。
ルイ曰く、ニンジャなんだって。侍が現代にいるのなら、ニンジャもいてもいいだろって思ってツッコミ入れたら、まさかのまさか、当たりだったみたい。
ニンジャってなんだよって思ったけどね。刀を渡されて士道誠心の先輩たちと手合わせしたり、雪合戦でマシンガンのように投げられた雪玉を華麗にかわしてみせたルイを目撃してる。春灯ちゃんがお鍋とりにいっている間にね。
きっと本当なんだろう。ルイはニンジャの一員に違いない。それってなに? さっぱりわかんない! だからこそ高まる。知らないことがあるっていうことは、私の世界はもっと広がるってことだ。
燃えてなくなっちゃった大学ノートに封じられた魂だって、私の知らないことをやまほど知っていた。けど持ち歩きながら話してみて実感した。みんなが知ってどうにかすれば世界はもう少しだけマシになりそうだってことがやまほどあって、でもそれを知るストレスにそもそも耐えられるほど私たちに余裕はないんじゃないかって。
毎日のニュースを見ていてもねー。実感しちゃうね。笑っていじれること、ぷんぷん怒ってマウント取れることなら私たちは許容できて、でも毎日のように解決できないことがずーっと流されるとしんどい。それってたぶん、世界の問題は自分と地続きじゃないと思っていて、どこか別の世界のネタとして楽しむだけのつもりでしかないからじゃないかなーって。
いいとも悪いとも思わないよ? そういうもんじゃね? としか思わない。
逆にね、教室で暇なときとか、遊びに行ったときとかに声高に日本がやばいとか主張しまくられても、お前の頭はだいじょうぶか? としか思わないし。よくもわるくも、それがいまの現状なんじゃね? としか思わない。
やばいことくらいわかってるんだけどさー。言われてもさー。私らひとりにできることなんて、たかがしれてるじゃんね? と思うわけ。
まさにそういう問題のすべてを、あの大学ノートは味わい楽しんでいた。問題の渦中に入ることで。
逆にねー。国際的なセレブは地雷の除去にお金を出したり、学校を建てたり、いろんな活動をしている。自分のイメージ戦略にもなるし、困っている人も助かるし、一石二鳥。
それって偽善じゃね? とひねくれた奴は言う。けどやらない善よりやる偽善なんていうのは、もはや一般常識レベル。やる偽善の塊が私たちの生活をちょっとだけよくしてる。そういうものの積み重ねがないと、あっという間に世紀末みたいな世界がやってくるんだろうね。
社会の勉強してるとさ。思うよ。アメリカのハリウッド女優が監督をやって見せてくれたドキュメンタリー映画を観たんだけど、もー終始つらい気持ちになった。
大学ノートに宿っていた教授とやらも知っていたよ。
世界の悪意ってやつはしんどいことの塊でできていて、私たちはそういうのに飲みこまれないように偽善だろうが知ったことか、私はやるぞと立ち向かわなきゃいけない瞬間があるのかもね。案外、行動するかどうかでしかないのかも。それってきっとひとつの真理で、声高に叫んだりスピーチをするだけの人に心が惹かれないのは……ニュースとかに気持ちが引きよせられないのは、それを伝える彼らがただ伝えるだけで終わっているように見えるからなのかもしれないね。
だから、私は行動したいかな。
まさに聖歌がいい例だし、いいきっかけなんだ。
私たちは気持ち一つで悪魔にも天使にもなれる。
春灯ちゃんからのプレゼントに喜ぶルイも、聖歌の百人斬りを知ったら態度を変えるかもしれない。純な男子には特にきついよね。責める気もないけれど。
でも私に身体を寄せて寝ている聖歌はただの可愛い女の子でしかない。さみしがりやすぎて、不器用すぎる女の子でしかないんだ。
私は天使になりたい。そう思ったら、聖歌を助けずにはいられないんだ。
私のために。聖歌のために。これから先の人生が、ふたりにとって少しでも心地よくなりますように――……。
◆
聖歌の家についた頃には聖歌のお母さんは起きていて、支払いをすぐに済ませて出た。
ルイは恐縮してる。私は帰らせようとそれとなくお母さんに働きかけたけど、彼女はルイを誘うことを選んだみたいだ。
だいじょーぶかなー。
聖歌の話を聞く限りじゃあ、揉める火種にしかならないと思うんだけどな。
扉を開けて中に入る。神奈川県横浜市青葉区、あざみ野の閑静な住宅街にある一軒家の中に「お邪魔しまあす」と入る。
最初に感じたのは、線香の香りだった。
玄関口にたくさんの靴が並んでる。三人の家庭にしては多いし、靴のセンスもばらばら。くたびれた革靴や汚れたスニーカー、色鮮やかなハイヒールとか、いろいろ。
「ただいま」
聖歌のお母さんが言うと、スリッパの足音がいくつも聞こえてきた。
最初に顔を出したのは、妙に小さなおばあさんだった。
「ヒナツさん。もうみんな、いらっしゃってるわよ」
「お母さん、ごめんなさい」
「いいええ……聖歌、久しぶりねえ! さあ、おいで」
おばあさんが両手を広げると聖歌が「おばあちゃん」と呼んで飛び込む。
ふたりでぎゅうって抱きあう光景を眺めながら、なるほど孫と婆ってところか、なんてことを考えたときだった。おばあさんが鋭い目つきで私を睨んだの。すごいどきっとしたよ。
「素直になって……いいじゃないか。面倒そうな友達ができたようだね」
おいこら。面倒ってなんだ。ずいぶんじゃないか、と思いながらも聖歌のお母さんに案内されるまま、家にあがる。
リビングは大賑わいだった。三十代から四十代くらいの女性と男性が酒を飲み交わし、しんみりお話している。眼鏡を掛けた生真面目そうなシャツとスラックス姿のおじさんが、聖歌に気づいて目つきを険しくした。直感したよね、彼が聖歌のお父さんだって。それは当たりのようだった。
「……お父さん」
「……ただいまも言えないのか」
「敷居をまたがせないって、いった。私、ただ入ってきただけ」
むすっとして顔を逸らす聖歌は大層拗ねている。抱き締めるんじゃなかったのか? いや、野暮だな。私が聖歌なら国交断絶レベルだと思うよ。それくらいのことを、たとえ事実でもお父さんは聖歌に言っちゃったと思う。
「……ふん」
「ふんだ」
ふたりともむすっとしながら顔を背けあう。やばい、親子だ。顔つきも仕草もまんま一緒!
聖歌のお母さん、ヒナツさんって呼ばれていたけど、彼女は呆れたようにため息を吐いた。
なるほどね。頑固者の父と娘に打つ手なしのお母さんか。よくある構図かもね。
でも、今日は違ったみたいだ。
「あなた。聖歌が帰ってきてくれたのよ? それに、私の仕事仲間もたくさん来てくれたんだから、そんな顔しないで」
「……お前が呼んだんじゃないか。それも今日、とつぜん言ったって聞いたぞ?」
「だって、青澄さんたちは聖歌のように士道誠心に行く子供さんがいるのよ? お話、聞いてみたいじゃない。聖歌が帰ってくるなら、余計ね」
「う、む」
――……ちょっと、まじ?
いろいろツッコミ処があるんだけどさ。青澄さんたちって、え? 春灯ちゃんと冬音さんのお母さんがいんの?
あわてて見渡してみたら、いたよ。春灯ちゃんのように丸顔で顔の小さい、だけど妙に華やかな顔立ちをした綺麗な三十路のお姉さまが。
っていうか待って? 聖歌のお母さんと春灯ちゃんのお母さんって、仕事仲間なの!?
やばい。整理がつかない。急にそんな、やめてくれ。こんな不意打ち、あがりすぎる!
なによりあがるのは、きっとヒナツさんは聖歌が帰ってくると踏んで、お父さんが意固地になると不利になるこの状況を作ったってところだ。お父さんの言葉が本当なら、聖歌が帰るとわかって手を打ったってことだよね?
やばくね? やばいよ!
この人、なかなかの策士だよ!
「みんな、ごめんなさいね。うちのお母さんが料理を作ってくれたの?」
おばあさんがほほほ、と笑って答える。そして大人たちが赤い顔をしてジョッキを掲げてうぇーいとだらしない返事をした。できあがってる……!
「まあまあまあ、夏海さん! とにかく一杯のみましょう! 奥さんも娘さんも帰ってきたんだ、ね? ね? ささっ、飲んで飲んで! そうしないと、黒龍が泣きます!」
「獺祭も出羽桜もあるわよー!」
「のものも! あー! めでたい席なんだから! ね!?」
大人たちのやかましい声に飲まれて「え、ええ」と流されるお父さん。まさにヒナツさんの作戦勝ち! うやむやのうちに流して、聖歌が帰ったことを成立させる気だ。あとたぶんだけど、酒を入れて腹を割らせようという、そういう作戦とみたね。
ありがちだけど、それってありがちになるくらい有効ってことでもある。
まあ、あけすけになるけど。お父さんはヒナツさんを恨めしそうに見てから、おちょこを受けとって飲んだ。ぐいっと一気。それに大人たちが歓声をあげて、さあ次だとばかりに注ぐ。
あれは潰されるな……。
「あなたたちはお風呂に入ってきて。日高くんは、そうねえ。お姉さまがたの話を聞いてあげてもらえる?」
「は、はあ……まあ、いいっすけど」
「よし! 行動こうどう!」
私たちを押そうとするヒナツさんに、聖歌がぽそっと呟いた。
「お姉ちゃんに、挨拶してから」
その言葉にヒナツさんは、はっとした表情を見せた。すぐに微笑み、頷く。
「ああ……ええ、そうね。ただいまって伝えてからにしましょうか」
言われるままに、ルイとふたりで母と子についていく。
リビングに隣り合う和室の仏壇に、聖歌を大人にしたような綺麗なお姉さんの遺影が飾られていた。聖歌よりずっと人なつこそうで、微笑む顔に優しさが満ちあふれていた。
正座をした聖歌が線香をあげる。後ろに正座して、鐘の音にあわせて手を合わせ、黙祷を捧げた。
きっと夏海家の中心だった人。聖歌にとって世界のすべてだったと言っても過言じゃない人。でも、もう……この世にいない人。
世界の無情に立ち向かい、命を散らす。どれほどの影を夏海家に落としたのだろう。
命って重たい。それはもう世界のルールの大原則。だけど、傍若無人に振る舞う権力者はそれを忘れる。命が単位の一つになりさがったとき、当たり前のように悲劇が起きる。
大昔は、それが当然だったのか。どうかな。初めて人が人を殺したとき、どれほどの影響が生まれたのか……わからないけど、それって蛇が聖者に食べさせた禁断の果実のような、禁忌。
行為としては存在する。けど選ばないし、選ぶべきではないとされるもの。悪徳。
皮肉だなあ。
命を救うために戦地に行った人にとって、命は存在するだけでとびきり価値があるものに違いなかっただろう。
けど命を単位としてしか見ない人たちにとって、彼女のような人々の献身は邪魔でしかない。
戦地なら当たり前? 知ったことか。
戦争だから当たり前? 知ったことか。
そんなものすべて許さない、という強い気持ちが必要だ。偽善でも、やらないと私たちはしんどい目にあう。それを許容するべきじゃない。ただ、ただ、簡単な理屈だ。
同居するのは、生命の単純なルール。生きるか、死ぬか。死んだら終わり。そこまで。
『――……地獄も天国も存在するが』
だとしたら、この世でできることは終わっちゃう、かな。
聖歌のそばにいられない。家族のそばにいられない。尊いと思えるものを守れない。それってきっと、聖歌のお姉さん――……未来さんにとって、とてもつらい結末だと思う。
彼女のような人を守れる仕組みがあればいいのに。武器を取ることしかできない流れを変えるだけの力が欲しい。
『武力だろう?』
ううん。ちがうよ。経済とか、文化とか、そういう力が……流れを本当の意味で変えられるといいのになって思う。
『理華の住む国を脅かす国もまた、文化や経済の流れを活用しているが?』
だからこそさ。
なんのために使われるのか、把握して、止めるだけの力がいるよなあって思う。
言い換えたら、共通認識かな。自分の理想を叶えるために拳を握る選択肢なんかいらねえじゃんっていう、そんな認識が広がったらいいのになーって。
『暴力は否定しきれるものでもあるまい』
まあねー。法律があっても活用できないくらいやばい状況になっちゃってる人もいれば、世界を見渡すとそもそも被害者を守る法律がまともに機能してない国もあるだろうし。
殴られたら殴り返すか、黙って殴られるかっていうやばい場所もあるだろうさ。
だからこそ逃げるとか、それ以外の第三の選択肢を用意できるように、いろんな人ががんばってるわけで。そういう力が世界中に満ちたらいいのになーって思わね?
『……理想で世界は救われんぞ』
だけど理想がない世界は腐っていくだけなんだよ、きっと。
あーこのままなんとなく自分は微妙なまま死んでいくんだなーって思ったら、ほんとうにそうなっちゃうよ? いろんな人に会ってきたけど、私はそう思う。
結局、最後はさ。
『行動するか、しないか、か』
そういうこと。
未来さんは行動した。きっとリスクなんか百も承知の上で。
だから彼女は懸命に、ひたむきに生きた。それだけは揺るがない事実だ。
『――……ふむ』
意外。無駄死にとか言わないんだ?
『夏海家族に影響を与えた。それにきっと、死した彼女が出会った人々にもな。いずれ忘れ去られようと、その尊さに陰りなどない。死人を悪く言うほど、悪辣なこともあるまいよ』
ふうん?
ちょっとだけ見直した。たわし磨きの刑はやめておくよ。
『それは何よりだ』
私も傷だらけの指輪を嵌めたくないし。
『理華の照れかくしと受けとっておくよ』
……かわいくねえな。
目を開けて、未来さんを見た。
慈愛に満ちた笑顔で私たちを見守っている。きっと、ずっと遠くから――……。
◆
聖歌とふたりで風呂に入って出たら、ヒナツさんがルイを風呂に誘った。真っ赤な顔をしたルイは「や、さすがに時間がきたら帰りますんで」とか言って辞退した。何を考えているのか丸わかりだ。ほんと、ルイは年相応の男子だな。
リビングのテーブルがいくつも増設されて、端っこに座る。おばあさんやお姉さまがたがお皿を運んできてくれた。目玉は白菜のミルフィーユ鍋。まあ手軽だし美味しいよね。ほかにもステーキ丼とか、豚しゃぶサラダとか。とにかく肉尽くし。聖歌はなんの疑問もなく、箸を伸ばしてぱくぱく肉ばかり食べる。
「本当に肉好きだな」
「……くれるの?」
「どうしてそうなるの。あげないから」
私だって今日はいろいろあってお腹ぺこちゃんだぞ。
食べていたら、聖歌の隣にどかっとお父さんが腰掛けた。
据わった目つき、赤い顔をして聖歌を睨む。
「……聖歌」
けぷって直後に言わなきゃ、まだ真面目な空気でいられたかもね。
「……なに?」
「父さんはな……父さんは……お前がいないとさみしい! とても! さみしい!」
どん、と手にした日本酒の瓶をテーブルに置く。
ヒナツさんが「お父さん!」と呼びかけるが、春灯ちゃんのお母さんが片手で止めた。
「顔もわからん、くだらんゲス野郎なんかに、お前に触れてほしくない! わかるか!?」
ぶわっと大粒の涙を浮かべて、なんならすごい勢いで鼻水まで出して、
「心配だ……世の中には! 危ない奴がやまほどいるんだ! お前の家庭教師みたいに……ぐすっ」
泣きながら切々と訴える。
「父さんは……父さんは、お前を守れなくて、ひとりぼっちにさせるばかりだったんだなあ。お母さんに聞いて、父さんは……父さんは、父親失格だと思った」
俯いてからの男泣き。
理解した。要するにいろいろと強い言葉を使いがちな人なんだろう。
それにいろいろと剥き出しな人なんだろうなあ。
「ごめん……聖歌、ひどいことを言って……父さんは、父さんは」
聖歌が戸惑いながら私を見てきた。いろんな言葉が浮かんだけど、野暮だよね。
だから頷いたよ。聖歌はそれを見て、お父さんに視線を戻した。
そっと手を伸ばして、抱き締める。
「……せいかぁ」
「ひどいこと、いったの。怒ってたけど……もう、いいよ」
「せいかぁああ!」
男泣きがますますすごいことに。
娘が父親をぎゅっと抱いて慰める光景を見て、なんともいえない気持ちでいたらさ。ルイがスマホを出して確認するなり、そっと立ち上がって離れていく。親子の雪解けも気になるけど、ルイをそっと追いかけた。
玄関で靴を履いてたよ。
「もう帰るの?」
「まあ、これ以上いたら……聖歌ちゃんにくっついてる野郎マジ許すまじってな勢いで、オヤジさんに絡まれそうなんで」
「言えてる」
笑っていたら、ヒナツさんが追いかけてきた。
「日高くん、泊まっていけばいいのに」
「いやあ、すんません。実は家から呼び出しかかってて」
スマホの画面をこっちに向けてきた。
シグレという名前の人から「今日は特製丼作ってやったんだ。早く帰れ」ってメッセージが届いている。
「姉貴と二人暮らしなんですけど、さみしがりやなんすよ。それに……理華、あんたの願いは叶っただろ? だから俺は役目を終えたってことで」
「ルイ……」
守ってもらうつもりで呼んだけど、怒っているんだろうか。
そう気づいた私に、ルイは予想外の行動に出た。
「よかったじゃん! 俺もほっとしたっすよ!」
笑ったんだ。ただただ、無邪気に。
「え――……」
「じゃあな!」
素できらっと見えるくらい輝く笑顔で言うと、ルイは帰っちゃった。
っていうか。え? なんで。なんで私、どきっとしてるんだ。
「……彼、いいね?」
「は、はああ!? 別にどうでもいいですし! ご飯、鍋! 鍋さめちゃうから戻ります!」
「うふふ」
その、わかってるんですよ、みたいな笑い声やめてもらえます?
なんにもないから! くっそ、ルイのくせに生意気なんだよ!
ああああ! こういうの私のキャラじゃないからな! はい、終わり! 終了! 鍋くうぞ! なんなら春灯ちゃんのお母さんとお近づきになるんだ!
そう意気込んでリビングに顔を向けたら、ぞろぞろと大人達が出てくる。
「ヒナツ~、今日の誘い、ごちそうさま」「いやあ、お前んとこの母ちゃん、相変わらず料理がうまいのな!」「ごちごち! うまうまだにゃあ」
「じゃあ帰るわね。きっとピザを食べて、やっぱり私の料理が恋しくなってる頃だから」
え、え、え。
「みんな、ありがとう」
「「「 いーえー 」」」
ぞろぞろでていちゃった! そ、そんなばかな!
「それじゃあ理華ちゃん、ご飯たべながら聖歌のフォローお願いね?」
肩にぽんと置かれた手に絶望しつつ、ヒナツさんを見る。
「……それって、やっぱり」
「今日の貸しはこれでちゃら。がんばって?」
「……ですよねー」
くっそ。策を用意してないと、年上にはなかなか勝てねえな。しょうがねえな。
「じゃあお泊まりしていきますよ! こうなりゃもう、どんとこいだ!」
「お、いいわねえ。その意気でよろしく」
どうせ転がされるなら、踊らにゃ損ってね!
さあて、私の夜は聖歌と一緒にいることで終わりそうだけど……もし、あのまま士道誠心に残っていたら、どうなっていたのかな?
◆
どうも、青澄春灯です! まずはメイ先輩たちのお祝いをしようってことで――……寮でマドカたちと合流して、マドカのお部屋でお着替えをしたよ。
三人でお互いを見たの。
「これ、ありなのか?」
「ど、どうかなあ」
見たらわかる。やっすいサンタ服に着替えた私とキラリ。めちゃめちゃミニのワンピース。屈んだらパンツが丸見えになるので、赤いちっちゃなズボンを履いてる。正直、めちゃめちゃ寒いです。
一方、マドカはというとトナカイの着ぐるみ姿なの。赤いお鼻をつけてるよ?
「いやあ、いいでしょ! ありでしょ!」
「「 そりゃあ、ねえ 」」
マドカはいいよね。露出ないし。なんなら、はまりすぎっていうくらい似合ってるし。
「何か問題でも?」
「「 ……見えすぎじゃないかな 」」
「ふたりはビジュアル押しでいかないとね! 問題ないない、メイ先輩は笑ってくれるし、ルルコ先輩は衣装にダメだしするけど、どうにかなるなる!」
「「 気が重たい…… 」」
「ほらほら、笑顔! さぷらーいず! やるんだから、ね? あ、ラビ先輩からメールきた。いくよ!」
私たちに白くておっきな袋を持たせて、背中をぐいぐい押してくる。
こ、こんなので本当に喜んでもらえるのかなあ? 誰発案かって、私なんだけど。
どきどきしながら袋をぎゅっと握る。
ええい、どうせやるなら全力でいくよ! 結果は――……。
つづく!




