表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十五章 祭りの夜に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

497/2925

第四百九十七話

 



 グラウンドに設置されたスケートリンクの主役はルルコ先輩だった。

 フィギュアスケートばりの滑りを披露しているの。ジャンプからなにから、演技がやたら本格的。カタカナで表現される技のひとつひとつをノリノリでルミナちゃんが解説する。今年話題になったアニメの楽曲を使用しての演技に会場は大盛り上がりなの。

 思わず見惚れちゃった。演技が終わって拍手喝采が広がる中、ルルコ先輩がメイ先輩のもとへ行く。頬を撫でて軽く話したメイ先輩がルルコ先輩をそっと押した。

 そしてルルコ先輩は幸せ一杯の顔をして、羽村くんのところに一直線で滑っていったの。待ち構えていた羽村くんの腕に飛びついて、でれでれなんだ。

 今夜はきっと、とびきりのあまあまが待っていそうですね! いいなあ。

 なんだかいてもたってもいられなくて、メイ先輩のところに歩いていったの。そしたらね?


「あいつ、暇なときを見つけては隔離世にいって練習してるの。彼氏に見せるんだっていうだけじゃないんだよ、あれは体型維持」


 おう、と唸る。

 ルルコ先輩はモデル活動も始めたけど、まったく違和感ないレベルのプロポーションの持ち主だ。実際のフィギュアの選手は朝、そして放課後から夜まで毎日練習してるみたい? それと比べるとさすがにルルコ先輩はそこまでじゃないだろうけど、でも隔離世で日常的に鍛えているのは間違いなさそう。

 すっごくしゅってしてるもんなあ。


『おぬしよりも狐に似合いそうじゃの』


 タマちゃんのいじわる!


『いやだと思うのなら、ほれ。しっかり運動することじゃな。最近、丸顔がますます丸くなっておるぞ?』


 そんなばかな!

 あわてて手鏡を出して自分をチェック。特に問題ないのでは?


『焦るお主の心が怠慢の証じゃ』


 むううう! タマちゃんのいじわる!


『これに懲りたら』


 わかってるよ、運動しろっていうんでしょ? してるもん!!!! カナタの修行に付き合えることは最近へってるけど! ちゃんと……してる……はず。


『語るに落ちたの』


 むう。悔しいけど言い返せない。


「メイ先輩、私って丸顔ひどくなってます?」

「……えっと。ごめん、アリスがご飯たべたいって言ってたんだよね。じゃ、じゃあまたね!」

「……おぅ」


 露骨にスルーされた! なんてこった! 毎日見ているから気づいていないだけで、私の丸顔は深刻な事態に陥っているのでは!?

 不安になるのを通り越して、ずうんと落ち込みながら歩く。

 理華ちゃんが聖歌ちゃんに寄り添われて、聖歌ちゃんのお母さんに謝っていたり。十組がみんなで雪だるまを作っていたり。日高くんがカゲくんたちに囲まれて大騒ぎしていたり。

 いろんな人のいろんな和みっぷりを横目に歩く。夜を歩く。士道誠心の夜はどこか華やいでいる。なのに私の気持ちは落ち込むばかり。なんてこった!


「お、青澄! こっちへこい!」


 呼びかけてきたのは、ミツハ先輩だ。特別ふたりきりでお話したことないけど、なんだろうか。手招きされるまま、長屋に入るとコナちゃん先輩やノンちゃん、響ジロウ先輩や日下部さんたち刀鍛冶のそうそうたる面子が頬を赤く染めて、コップを手にしていたの。

 私を招き入れたミツハ先輩は私に水の入ったコップをぐいっと押しつけた。


「まあ飲め」

「えっとぅ」

「緋迎に吐かせた。青澄は神水が気に入っているとな」

「なんと!」


 こ、ここここ、これは神水!? お酒じゃないけど霊力に応じて味わえちゃう最高のお水なのです!?


「ちなみに緋迎にゲロさせるまで飲ませて、あいつは隅っこで潰れてる」


 ミツハ先輩が指差した長屋の隅の布団の上で、カナタが青ざめた顔で横たわっていたの。


「カナタぁああああ!」

「よ、よせ……いま、大声は――……うぷ!」


 ヒーローにあるまじき顔をして口を手で押さえているの。

 でも私としては、もっと見逃せないものがある。

 カナタの背中を壁にして、お姉ちゃんが腰掛けて神水をぐびぐび飲んでるの。

 めちゃめちゃくっついてる。私だって最近そこまでくっつけてないのに!


「お姉ちゃん、何してるの!」

「クウキも帰ったからな。しばらく世話になるから、これは挨拶がわりだ。ミツハが献上する神水の出来はなかなかだぞ?」

「そ、そういうこと聞いてるんじゃなくて! カナタとくっつきすぎなのでは!」

「これは我の宿主だからな。我が好きにしていい」

「そそそそ、そんなことあるわけないよ! カナタはカナタのものだし、カナタにくっつくべきなのは恋人の私なのでは!」

「べき、とかつけないと、お前は好きな人間に寄り添うこともできないのか。難儀なことだな……ほれ、悔しいか? ほれ、ほれ」


 そう言ってお姉ちゃんがカナタにしなだれかかるの。


「あーっ!」

「ふんっ。我はお前になんか負けてないからな! クウキのやつめ、春灯を見習えなどとむかつくこと言いやがって! どうだ! 春灯! ほら! ほら! 悔しいか? 我はお前にできないことをいくらでもやるぞ!」

「ちょ、やめて! カナタにお乳おしつけないで! なんだかんだでカナタそういうの結構弱いタイプなんだから!」


 お姉ちゃんを必死に引きはがそうとゆさゆさ揺さぶっていたら、カナタが「もうやめてくれ」とか細い声で言いましたよね。

 見ていたコナちゃん先輩が、くいっとコップの中身を飲み干して「けぷっ」と息を吐いてから、呆れたように言いました。


「とりあえず、カナタが吐きだす前にやめてあげたら? 彼、死にそうよ」


 お姉ちゃんとふたりで、はっとしてカナタを見たらね?

 くるくる目を回していたの。


「なんだ、なさけない。ミツハ、もっと神水を持ってこい。迎え酒だ」

「そうこなくては。緋迎はどうも根性がない」

「まさしくそこがカナタの問題だ」

「冬音とは話があうな!」

「「 あははははは! 」」


 や、やばい。カナタが潰されちゃう! なんとかお助けしないと――……って思った私の首根っこがひょいっと持ち上げられたの。ミツハ先輩に。据わった目つきでじとっと睨まれる。


「青澄、というか春灯」

「は、はひ」

「お前の体たらくはなんだ。え? 鍛え方が足りていません! まずのめ!」

「……で、でも」

「でもはない! 大好きなんだろ、神水!」

「は、はひ!」

「じゃあのめ。まずのめ」

「……はあ」


 抗えない空気を感じてコップの中にある神水を飲む。

 カナタに飲ませてもらったよりもがつんと霊子を揺さぶる濃い力に満ちていた。

 くらりとくる。顔がぶわっと熱くなって、目がとろんとしちゃうの、自分でもよくわかったの。


「どうだ。うまいか」

「うまいれす」

「そうだろう! もう一杯飲むか?」

「のむのれす」

「ようし! そうこなくては! ジロウ!」


 はいはい、と苦笑いをしながらジロウ先輩が壁際に設置された樽の蛇口を捻ってコップに注ぐ。新しいコップを渡されて、みなさんの「のーめ! のーめ!」というコールに従い、くいっと飲んだ。


「どうだ!」

「……最高なのれす」

「ようし! いいだろう! 並木ぃい!」

「こちらに」

「春灯は預ける。あたしの神水は効くからな……予定通りだ。先生に見つからないように、もっと飲ませろ」

「はあ」


 子犬を持つような気軽さで首根っこを持ち上げられて、ひょいっとコナちゃん先輩に放られた。いつもより匂いを強く感じる。大好きな人の匂いだから、もっと味わいたくて顔を押しつけた。お腹じゃ足りなくて脇とか首に顔を擦り付ける。


「コナちゃんせんぱいいい……」

「尻尾を振りながら甘えてこないで……ああ、もう。二杯でこれじゃあ、あなたの霊力は相当ね。まあ予想の範ちゅうだけど。私の神水、のむ?」

「のむー」


 頭がふわっふわ。とろとろ。渡されたコップのお水をくいっと飲む。お酒じゃない。アルコールのいやな匂いはしない。むしろ、コナちゃん先輩が注いでくれたことのある霊子と同じ心地よさが広がる感じ。


「おいしーれす……」


 なんだかいろんなことがどうでもよくなってきた。

 コナちゃん先輩の腕の中にすっぽりおさまって、神水を代わる代わるいろんな刀鍛冶の人たちから渡されて飲むの。ノンちゃんや日下部さん、柊さん。泉くんや男の刀鍛冶の人たちのはだめだってコナちゃん先輩に言われて、女の子の刀鍛冶の神水ばかりだったけど。どれも味というか、感じる霊子が違っていて美味しかった。

 身体の骨が全部とけちゃったみたいにふらふらで、コナちゃん先輩にぎゅって抱き締められながら美味しい神水飲み放題というこの状況は天国すぎて、あまりに幸せで何度だって笑っちゃったよ。くふふふふ! って。

 ミツハ先輩やコナちゃん先輩にたびたび霊子の変化を探られて、なんなら女の子の刀鍛冶みんなに今の私がどんなか探られたの。これは刀鍛冶の訓練なのだーとかなんとか。

 よくわかんないけどいーや。飲み放題だし!


「わらわはささげものをしょもうするのじゃー」


 タマちゃんの真似っこをしながらグラスを掲げる。

 いろんな女の子からいろんな神水をもらった。ちょっとにごってるのとか、あわだっているのとか、ほのかに色づいているのとか、やまほど。

 しかし神水ってお水のはずなのに不思議と味わいがあって、それは霊子によるものなのかと思うと作った人の個性が露骨に出ることを鑑みれば、作った人の霊子を味わう行為にも似ていて趣深いなあ。えへへ。えへへへへへ!

 カナタの神水が一番おいしかったと思うの。なるほどー。男子の神水を飲むな、というのは、恋人以外の異性の神水を飲むのはいけないことなのかもしれません。やらしい! なんだかそれってとてもやらしいことなのでは?


「くふふふふ!」

「笑い上戸なのね……」

「かえりたくないのれす」

「徒歩五分もしないところに学生寮があるし、ここで寝ることもできるんだから。ばかなこと言わないの。あなたを頼ってきた子もいるんでしょ?」

「今日はぁ……コナちゃん先輩にくっついて寝るのれす!」

「おまけに絡み酒……ミツハ先輩、刀鍛冶の鍛錬はもういいでしょ? この子、どんなに飲んでも底がないみたいですよ?」


 んー? なんでかな。コナちゃん先輩は私をぎゅっと抱きながらミツハ先輩に呼びかける。


「異様な霊力の増え方をした緋迎ですら早めにダウンしたのに、春灯は底なしか。末恐ろしい娘だね、こりゃ」

「――……私の話れす?」


 なのにふたりがふたりを見つめあっているの、なんだかずるい。私も混ぜて欲しい。

 左目が疼く。魅了の魔眼――……そうだ、そうだった。これがあったっけ。


「もっと私を見るのれす!」

「ちょ、それを使うんじゃないの!」


 全力を注ごうとした瞬間、コナちゃん先輩に左目を押さえられました。


「むー!」


 じたばた暴れる私と左目。コナちゃん先輩の手を通じて侵食する。


「や、これ、ちょ――……佳村ぁ!」

「はっ、はいです!」


 あわててノンちゃんが私の胸元に手を当ててきた。霊子が伸びてくる。私の左目に伸びてきた。構うもんか。霊子ごと伝って飲みこんじゃえ。


「ひぁう!」

「ミツハ先輩!」

「しょうがないなー」


 私のほっぺに手を当ててきた。ミツハ先輩が目をくわっと見開いた瞬間、頭の中ががつんと揺さぶられる。めまいがして、ふらふらしちゃう。気づいたら霊子は拡散して、左目の疼きも消えてたの。でも神水の心地よさは変わらず。

 むしろふらふらしたので、コナちゃん先輩に全体重を預けちゃう勢いなのですよ。


「人っていうよりもはや御霊に接する要領だ。ふたりともまだまだだな」


 どや顔をするミツハ先輩にノンちゃんもコナちゃん先輩も渋い顔。

 なんだか落ち込むような空気だったので、私はコップを掲げて言うの。


「今夜はのむぞー!」


 おー、と酔っ払いたちの声があがる。

 ひっく、としゃっくりをして、なんとか止めて、ジロウ先輩が運んでくれるおかわりをちびちび飲んでいたら、据わった目つきをしたニナ先生が入ってきたの。

 即座にミツハ先輩が球ころを地面に投げつけた。ぶわっと煙が広まる。


「くっ、こほっこほっ! ええい、士道誠心隔離世候補生、規則そのひとつ! 生徒の神水作りは禁止! 生徒のみでの神水の飲用禁止! みんな……お仕置きが必要なようね! 逃がさないわよ!」


 あわてて先輩たちが走って逃げていく。コナちゃん先輩に引きずられて退散。

 悲鳴や怒号を背に、コナちゃん先輩が長屋の中に設置された隠し通路を使って逃げていく。

 床の下に穴があるなんて思わないよね。慣れた逃走手順に、きっといつもこんなことしてそうだなあと思う私ですよ。

 匍匐前進をしながら笑っちゃいそうだった。

 ばかみたいなことして、ばかみたいにわらってる。四月の頃に過ごしていた日々が戻ってきたみたいで、おかしかった。


「こら、静かに。ニナ先生、地獄耳なんだから」

「はあい」


 通路の先、天井を開けて別の長屋へ。

 安全を確認したコナちゃん先輩が煽動する形で出た。そうして恐る恐る入り口へ向かう。その途中で、


「今回の一件、そのすべての責任は私にあるんです。だから……おしおきの権利は私にある」

「どういう開き直り方なのかしら」


 ミツハ先輩とニナ先生の声が聞こえたの。


「ま、まあいいわ。楠さん……卒業したから、もう手加減はいらないわよね?」

「やだな、先生。私は在学中からずっと全力でどうぞって言ってますよ? なぜなら、ニナ先生のお乳にはまだ触れたことがないですからね!」

「どや顔でなんていうことを言うの。女の子なら――……」

「慎みをって時代でもないですよ? あればあったほうがいいですけどね。メイのお乳のように!」


 おいこら、とメイ先輩の怒号が響く。けど無視してミツハ先輩は続ける。

 どこから聞こえる声だろう。

 きょろきょろ探してみたら、お城の前、長屋のそばで決闘するかのような勢いでニナ先生とミツハ先輩がにらみ合っていた。


「楠さん。在学中からリーダーシップを取ってくれたあなたには感謝してもしきれないけれど、でも同時に刀鍛冶の生徒全員に神水作りを広めた罪は償ってもらいます!」

「やだなあ。学院長先生から製法を教えてもらったとき、好きにしていいって言われたから、素直に従っているまでですよ。私の心にね!」

「おしおき執行!」

「さあこい! 人妻のお乳! あなたのおしおきなら常時大歓迎ですよ! ひゃっほう!」


 ひどい対決だ。ひどい対決すぎる! ああでも気になる! どんな決着がつくのかな!

 先生がたと卒業した先輩たちが「いいぞー!」「やれー!」とか言っているの、なかなかぶっとんでるし、私たちらしいのかも。

 お姉ちゃんがカナタを引きずって私たちが出てきた通路からやってきた。

 隣に並んで、ぶすっとした顔で言うの。


「酒宴は終わりみたいだからな、飲み直すぞ」

「んー。あ、まって。理華ちゃんたちに今夜の話してこなきゃ」

「先にいってるからな」

「はあい」


 ケンカは引きずらない。カナタを連れていってくれるお姉ちゃんを見送って、私はコナちゃん先輩たちに「ごちそうさまでした」って伝えて理華ちゃんたちを探し始めた。

 なにせほら、私は今やお狐さんなので! 匂いを探ることくらい、わけはないのだぜ?

 どやー!


 ◆


 士道誠心が誇る料理の心、岡島くんをはじめとする調理部隊がくりだす究極と至高の味の共演はいたるところで繰り広げられていて、理華ちゃんたち一行がいたのも商業区長屋で出されていた創作和菓子店の席だった。

 お抹茶とあんこの餅、それに砂糖菓子の数々。

 理華ちゃんは聖歌ちゃんのお母さんに受け入れてもらえたみたい。三人で楽しそうにお話していたの。雪解けしたらあっという間ってこと、意外と多いよね。内心で複雑な気持ちは残っているかもしれないけれど、一緒に笑っている時間がぎこちなさをきっとほぐしていくんじゃないかな。それは夢を見すぎかな? でも夢だから見ていたいよ。

 そっと近づいて声を掛けたの。


「あのう。お話中にすみません。士道誠心はいかがですか?」


 お母さんに呼びかけたら、会ったときからは想像もできないくらい柔らかい顔で「卒業したときと変わらず素敵な場所ですね」っていってもらっちゃった。

 よかったあ。たいへんなことが起きたから……それでいやになっちゃっても、不思議はなかった。だけど大丈夫みたい。士道誠心にいたことがあって、理解があるからなのかな。それとも、危険なことがあっても乗りこえられると信じる何かがあるから?

 思わず神水でとろとろの頭で考え込んじゃったせいかな。お母さんが気を遣って言うの。


「ああ、いえ……よその学校だと、うちの聖歌を受け止めるだけの器がないと思うんです。どこにいっても、こうあるべきっていう、そういう場所ばかりでしょう?」

「……そう、ですね」

「聖歌はマイペースで、素直な子だから。危険があっても、それ以上に、心のありようのまま生きられる士道誠心がいいと思いました。今はまだ未熟だけれど、きっと素敵な力を持った友達がいてくれるみたいだし」


 理華ちゃんが照れつつ恐縮しつつ、頭をぺこりと下げる。


「あなたのような方がいらっしゃるなら、学校での聖歌を委ねてみようと思ったんです」

「私の、ような?」

「ええ。私の時代……ううん、きっとあなたが現われるまで、邪は倒すものという、それが俗説であり、共通認識でした。けどあなたは邪を癒やそうとした。私たちから引き抜かれた気持ちを、心を、助けようとしてくれました」

「……そんな。私ひとりじゃ、できませんでした」

「そう言えるあなただから、あなたが生きられる場所であり、仲間がいる今の士道誠心だから、聖歌を預けたいと思ったんです」

「――……その。恐縮です」

「青澄春灯さん。うちの聖歌を、どうかよろしくお願いいたします」


 深々とお辞儀をされたから、あわててお辞儀を返したよ。

 身体を起こしたお母さんは、でも、と付け足して笑うの。


「荷物を持って来ちゃったけれど、今日は連れて帰ります。お父さんはだいぶ悩んでいるけれど、私がなんとかするから。聖歌……一緒に、おうちに帰ってくれる?」

「……ん」


 小さく、けれど決意を持って頷く聖歌ちゃんを見て、ほっとしたの。


「それじゃあ理華も今日は帰宅ですかね。思いのほか、すんなり解決したみたいなんで!」


 嬉しそうに笑う理華ちゃんの腕を、聖歌ちゃんがぎゅって抱き締めたの。


「……今度は、うち、きて」

「えー。二日も外泊? いや、まあ、そりゃあ行きたいのは山々ですけど。聖歌のお父さんがいやがるんじゃ?」


 理華ちゃんがそれとなく確認したら、お母さんはすこしだけ考えたよね。そしてかなり早く結論を出したの。


「もしよかったら、来てくれると。うちの人も聖歌に友達がいるとわかれば安心すると思うし……ご家族がいいのなら、ぜひ」

「――……あの、それって暗に、それで今日のことは手打ちっていってます?」

「あら。そう聞こえちゃった?」


 笑顔でさらりと言い返すお母さん、まじ強い。

 あははは、とぎこちなく笑ってから理華ちゃんが項垂れる。


「わかった。わかりました。そういうことなら……掛け合ってみます。いざとなったら手を貸してくださいね?」

「ええ、もちろん」


 にっこり微笑むお母さんを横目に見て、理華ちゃんがスマホを出す。

 ここはもう大丈夫そうだ。となると、理華ちゃんが連れてきてくれた日高くんが気になる。

 探してみるかな。


「理華ちゃん、日高くんはどうするの?」

「ああ、連れていきますよ。聖歌の家まではさすがに事情が事情なんで無理ですけど、都内までは一緒に帰ります。あとで連絡するんで、どうぞお気になさらず!」

「そう? じゃあ……私はこれで。今日はどうも、いろいろとすみませんでした」

「いえいえ! 楽しいお祭りをありがとうございます」


 お母さんに会釈をして、聖歌ちゃんに手を振る。


「またね? いつでも遊びに来ていいからね? あ、来る前に連絡してくれたら確実だから、そこんところよろしく!」

「う、ん……また」


 小さく手を振り返しながら、はにかむ聖歌ちゃんマジ癒やしの塊なのでは。

 ツバキちゃんと会ったら相乗効果でたいへんなことになりそう。ああ、いまから四月が待ち遠しいよ!

 うきうきしつつその場を離れて、匂いを頼りに探していったら――……いたの。

 城のそばにある兵舎のそばの広間に、ギンやカゲくんたちと一緒になって、日高くんは模造刀を手に手合わせしてた。それもなぜか笑って、楽しそうに!

 目を見開く私にシロくんが真っ先に気づいて、手をぶんぶん振ってくれた。駆け寄って尋ねる。


「なにしてるの?」

「ああ、雪合戦でギン並みに飛んだり跳ねたりしていたから、ギンが珍しく興味を持ってさ。どうせだから腕自慢を集めて、寒気払いに手合わせしようってことになって。ルイに合わせて、みんな兵舎にあった模造刀を獲物にしてる」

「だ、だいじょうぶなの?」

「見ての通りだよ」


 シロくんが示す先ではね? 日高くんがギンとふたりでコンビを組んで、狛火野くんとタツくんと戦っていたの。乱撃ばかりの激しい切り合いが成立していた。零組の三人の実力はもはやいうまでもないことですが、それについていける日高くん、すごすぎるのでは。

 タツくんがギンを刀ごとはじき飛ばして「カゲ!」と吠える。そしたら入れ替わりでカゲくんが飛び込んでギンに追い打ちを始めた。なのにギンは笑って受け止める。

 火花があちこちで散る。見守っている中にはツバキちゃんのお兄さんの綺羅先輩や愚連隊のみなさんもいて、佐藤エマ先輩や星野カズマ先輩、那月クリス先輩たち二年生の実力者も数多く集まっていた。

 うずうずした人が模造刀を二振り手にして、相手に投げ渡す。そうしてどんどん、あちこちで競い合いが始まるの。

 汗だくになった日高くんにギンが吠える。


「ルイ、もういい! ちっと休んでろ!」

「俺はまだいけるっす!」

「いいから! 体力とっとけ! あとで俺とさしだ!」

「……そういうことなら」


 戦線から離脱した日高くんが輪から離れて歩いてくるから、手を振ってアピール。

 気づいてくれた日高くんが駆け寄ってきたの。だから、実はこっそり持ち歩いていたプレゼントの小箱がポケットの中にあることを手で確認しながら声を掛けたよ。


「お疲れさま! 心配してたけど、けっこう馴染めたみたい?」

「まあ……楽しい人、おおいんで!」


 からっとした明るい笑顔で言われて、すごくほっとした。

 よかったあ、といったらね? なぜか日高くんは顔を赤く染めて、てれてれしはじめたの。


「それになんか……その。さっきの、先輩のあれ……犬を優しく抱いたとこ。めっちゃかっこよかったですし」


 どうしたんだろ? 激しい運動しすぎたから、ほてってるのかな?


「まあ、あれくらいはね。それより、これ。理華ちゃんと聖歌ちゃんにもあげたんだけど、来年入学するきみにプレゼント。三ヶ月遅れのメリクリってことで」


 ポケットから箱を出して、渡したの。

 何度もプレゼントと私を交互に見られちゃったよね。


「え、い、いいんすか!?」

「もちろん! そんなに高いものじゃないんだけどさ」

「は、はあ……え、と」


 開けます、と呟いて、包みを解いて箱を開ける。

 中にはね? ボーダー柄のハンドタオルが入っているの。すっごく汗を吸ってくれるブランドのなんだってさ。高城さんに教えてもらって買ったんだ。


「男の子だから、こういうのあんまり持ってないかなって思って。よかったら使ってくれる?」

「――……っ、お、俺! 女子の先輩からこういうのもらうの、なにげに初めてで!」

「そ、そうなの?」


 噛みしめるように箱をぎゅっと包んだかと思うと、めちゃめちゃおっきな声でいわれたの。

 びっくりしちゃった。


「あ、ありがとうございます! 一生大事にします!」


 深く頭を下げて、逃げるように行っちゃった。

 え、えっと。


「喜んでもらえたの、かな?」


 恐る恐る呟いたらね? シロくんが私をなぜか複雑な顔して「罪作りだよ」なんていうの。

 よくわかんないんだけど。まあ、喜んでもらえたのなら、いいや。

 一度、寮に戻らないとね。

 メイ先輩たちのお祝いだってやりたいんだもん。ルルコ先輩のあの感じを見ると、今日はお流れになりそうな予感がするけどね。

 ひとまずマドカたちにメッセージを飛ばして調整しよう。夜中にふたりきりになれる時間さえ確保できれば、ルルコ先輩も顔を出してくれるかもしれないし。

 お姉ちゃんは飲み直しとか言っていたから、いかにも用事があるって感じだった。

 それにそれに、戻ってきたトモにお礼をやまほど言いたいんだ。あの日、私を守って無茶をしてくれたトモに特別のお礼をちゃんとしたい。

 ということは……夜はまだまだこれからだ!

 青澄春灯、大忙しですよ?




 つづく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ