第四百九十六話
泣きじゃくる聖歌ちゃんを抱き締めながら、お母さんはライオン先生たちについていく。
見送る私たちはやり遂げた実感でいっぱいだった。
とはいえ、気がかりなこともあったの。
「佳村、こいつは大丈夫なのか?」
理華ちゃんを抱き留めて、ゆっくりと長屋の床に寝かせたキラリの問いかけは、どきっとするものだった。
ノンちゃんがすぐに理華ちゃんに触れる。ミツハ先輩も、トモの刀鍛冶のコユキ先輩もだ。
現世であろうと理華ちゃんの異変は明らかに御霊による異常だったから、刀鍛冶が探る。
そして、すぐに結論が出たみたい。
「「「 ……さあ? 」」」
いやいや! それ、自信をもって言うことじゃないよね!?
「見ていられないわね。霊力にしては馴染みがある。その子の指輪から、魔力を感じる気がするの。この予感が本物なら、私の出番よ」
見守るみんなの輪の中からユニスさんが出てきたの。
本を抱いて、理華ちゃんに手を伸ばそうとしたけど、止めた。
「ユニス?」
キラリの呼びかけにはっとしてから、恐る恐る指輪に手をかざす。
その瞬間だったの。
指輪から火花がぱちぱちと飛んで、光が炸裂した。
そして指輪から浮かび上がってきたの。ランプの精霊ならぬ、指輪の精霊が。
お兄さんだった。黒い髪、豊かなオヒゲ、ローブを纏い王冠をかぶった人。指輪を派手にたくさんつけているだけじゃなく、たくさんの装飾品を身につけて、本を手にした人。
「――……違うな」
お姉ちゃんが呟いて、口元に手を添えて、ふうっと息を吹きつける。
するとどうしたことか。お兄さんの姿に重なって見えてくるの。男とも女ともつかない、古の彫刻家が作りあげた彫像めいた美しい存在。しかし背中に生えた羽根も尻尾も、暴走した理華ちゃんに生えたそれと同じ悪魔を示すものだった。
妙なのはね? お兄さんと悪魔が重なって、透けた像がふたつに見えるところ。
ユニスさんが手を離して喘ぐように言うの。
「指輪と強大な魔力……指輪を通じて彼女に宿った御霊はソロモン王……そのはずじゃ?」
「いや、それだけではない」
お姉ちゃんがすぐさまかぶせた。
「なじみ深い顔が重なって見える。天使と呼ぶべきか、それとも堕天して長となった別名で呼ぶべきか? まあ解釈次第だが……わかりやすい名で呼ぶなら、サタン。久しぶりだな?」
狼狽するふたつの像に微笑みかけるお姉ちゃんの迫力やばし。
『く……敵地にてこのような屈辱! わすれんぞ! というか魔女! 暴くなよ! 英国女め! ゆるさんぞ!』
「ええ……そ、そんなこと言われても」
ぎゃあぎゃあと騒ぐふたつの重なった像にユニスさんが思わず引いてる。
それを見ながら、私は恐る恐る尋ねたよ。
「御霊がふたつ……ってこと?」
私のそばにいたマドカがぴくっと反応して、アゴに人差し指を当てる。
「それか……私の御霊の元になった人が光に手を貸してくれたように、ソロモン王にサタンが手を貸しているみたいな状態?」
『な!? ……んの、ことかな』
図星か! ごまかすの、へたすぎか!
露骨にてんぱる理華ちゃんの御霊に私たち全員、苦笑いです。
「ふん。恐らくは冥界で、ろくでもない奴同士が手を組んだだけの話よ。春灯が生み出した御珠を、春灯を介して通りぬけ、そこの娘に手を貸したというな……とはいえ、春灯に害をなすやもしれん。我が妹に手を出す気なら、容赦はせんぞ」
片手を肘の高さまであげて、黒い炎を浮かべるお姉ちゃんの恫喝に理華ちゃんの御霊はびくっと身を強ばらせた。
『やめてください。浄化されてしまいます』
「ふん。この国はお父さまの直轄地だ。舐めたことをする気なら、容赦はしないからな。覚えておけ!」
『くっ……ふんっ。誰が小娘の言うことなど聞くものか』
「指輪だけ燃やしてやってもいいんだぞ?」
『お前の父親に抗議するぞ!』
「親が怖くて閻魔がやれるか」
『くっ……わかった! お前の妹には手を出しません! これでいいか?』
「悪魔の言うことなど誰が信用するか」
『我にどうして欲しいんですかね!?』
やばい、途端にいつものノリだ。
考えてみるとお姉ちゃんは地獄のえらい人で、もしかしなくても理華ちゃんの御霊は冥界のめちゃめちゃやばくて世界的に有名な存在なのかもしれないので、それを考えるとスケールのおっきなコントなのでは?
『むしろスケールのでかい存在がスケールの小さすぎるコントをやっているシュールな状況じゃな』
うっぷす!
なるほど、タマちゃんの言うとおりかも。これはこれで面白いのだけど。
一言いっておかないと。
「あの! 理華ちゃんを使って、勝手に悪さするのはやめてください!」
『よせ、よるな狐娘。神気くさくてかなわぬ! 現代っ子のくせにごく当たり前のようにあやかしを越えて神に至るなど、可能性がありすぎて、いっそ恐ろしいわ!』
「……あのう」
罵倒されているのか、褒められているのか、どちらなのでしょうか。
かなり迷うけど、てれてれしておこう。
「いやあ。それほどでも」
『とにかく近寄らないでもらえます?』
それは傷つくよ!
「わ、わかったけど……そ、そうじゃなくて! 理華ちゃんを使って、悪いことしないでください!」
『さきほどの行動ならば、理華が心のどこかで望んだことだ。我はそれを叶えてやったまで』
「そっ、そんなはずない! 理華ちゃんはすごくいい子だもん!」
『性善説を振りかざすのやめてもらえますー?』
くっ……! 空中であぐらを掻いてお鼻をほじるとか、よくないと思います!
『理華は機知に富んだ賢い娘だ。大胆不敵、傲岸不遜。天使にも悪魔にもなれる、お前みたいな逸材だからな。手をくだしたほうが早いと判断すれば、ああなるのは必然』
「~~っ、で、でも!」
『結果は出しただろ? 聖歌とかいう娘たちの願いを引き抜いてやったのは、我なのだから。むしろ感謝するべ――……き?』
私たちの輪が次々と道を空ける。そうして、ラビ先輩に肩を貸してもらって歩いてきたコナちゃん先輩が懐からハリセンを取りだした。
ぽかんとした顔で見上げる理華ちゃんの御霊めがけて、迷わず振り下ろす。
すぱん!
『いった!?』
「見ていたわ。うちの敷地で黒い御珠を生み出そうとしたし、なんならそれを生み出す可能性があるものを持ち込んで! あなた、何かを企んでいたわね?」
『な、なんのことかな』
顔をそらす像の頬にハリセンを当てて、くいっと向けさせる。まさかのハリセンアゴくい。
「うちの新入生に宿った御霊だろうと、過去にどれほどの偉業をなそうと私は容赦しない。山吹が暴き、真中先輩と春灯の姉が焼いたようにね」
『――……ふん』
あ、本格的にむすっとしてる。
「何度あなたが悪さをしようとも、御霊の宿主であるそこの子を操ろうとしても……こうして目にした以上、二度とその目的を達成することはできないから。覚悟なさい?」
『現世の小娘ごときに何ができるのか――……いった! 話している最中にハリセンで叩くのはやめてもらえます!?』
「現世の小娘なめんじゃないわよ! 指輪を介して小娘を操ることでしか悪さができない、それが今のあなた! 侮る存在を操ることでしか悪さができない、それが今のあなたの限界なの!」
突きつけるのは、ハリセンを通じて見せるコナちゃん先輩の強さ。
「御霊であることを選んだのなら、宿主の望みを叶える手助けをなさい!」
『だ、だからだな、理華はたしかに望んで――……』
「嘘おっしゃい! うちの天使が救ってみせたのが、あなたの言葉を否定する根拠になる! そりゃあ、そうしたほうが手っ取り早いと思ったかもしれない。むかついたことが、もしかしたらあったかもしれない。だけどね? 天使が助けたとき、その子はほっとしていたの!」
『う、む』
「御霊になったなら、宿主を悲しませるな!」
『……わかった。わかったから! 待って、お願いします! ハリセンを掲げないで、まっ、あっ! あーっ!』
「問答無用、根性注入!」
ハリセン乱舞。すぱぱぱぱん、とうなりをあげるハリセンに像がすっかりくったりしてる。
わかる。あのハリセン、痛くはないけどなんか妙に心に打撃を感じるの。
くたびれた像がぶれて消えちゃった。そしてすぐ、理華ちゃんの瞼が開く。
「あれ――……なんか、見たかったものを見逃したような……それよりなにより、めっちゃいい匂い?」
はっとした理華ちゃんはキラリに膝枕してもらっているとすぐに気づいた。
周囲を目だけで見渡してから、別にいいやといわんばかりにキラリのお腹に顔を突っ込んだ。
「私がやらかしたことも何かあったのも重々承知ですが、それはそれとして役得を味わいたい」
「まったく……現実逃避は他の手段にしろ」
「ですよね!」
苦笑いを浮かべたキラリが握り拳を、そっと理華ちゃんの頭に下ろしたよね。
こつんって。
◆
やっと気持ちが落ちついたとき、保健室にいた。
保険医さんに見てもらったけど、問題なし。身体に違和感なんかもない。
それでもゆっくり休んでいるようにと伝えられて、寝ていた。
お母さんと先生たちの話し声がずっと続いている。
「なるほど、十年以上前にご卒業でしたか――……では、娘さんのお姉さまも?」
「ええ。もう何年か前です、こちらの高等部を卒業したのは」
……聞いたこと、ない。
身体を起こすと、そばにいたお母さんがこちらを見てきた。
「聖歌、無理をしないで……ごめんなさい。お母さんが御霊を失っていなかったら、もっとちゃんと守れたのに」
お姉ちゃんがいたときのような、優しいお母さんだった。
そう気づいたら、安心しちゃうばかりだった。
頭を振る自分に申し訳なさそうに目を伏せる。
それから決意を表情に宿らせて、自分を見つめてきた。
「さっき、とても怖かったでしょう?」
「……うん」
理華が豹変したのは、すごくびっくりしたし。
刀を投げつけられたときは、身動きさえできなかった。あまりに怖すぎて。
お母さんが守ってくれたことをはっきり覚えている。それでも理華が投げた刀がお母さんごと自分を貫いて、何かを引き出した。
自分の中に溜まっていた、いろんな気持ちを丸ごとごそっと抜いた。
それは黒い塊になって、無気味な肉の塊になったかと思ったら弾けて、子犬になった。
「お母さん……あの、子犬と犬は、なあに?」
お母さんの顔が歪む。苦しそうに、悲しそうに。
「きっと、たぶん。私とあなたのつらい気持ちの塊」
つらい、きもち……。
「突然のことで、よくわからないかもしれないけれどね? 聖歌、この世を現世としたら、重なって気持ちが心のままに露わになる、隔離世っていう不思議な世界があるの」
「……気持ちが、露わに、なるの?」
「そうよ。お母さんから引き出された犬はね? 聖歌の犬にどうやって付き合えばいいのか怖がっていた。聖歌の犬は、お母さんに近づこうとしてくれていたのにね……それって、きっとね?」
椅子から立ち上がってベッドに近づいてきたお母さんは、そのままそばに腰掛けた。
「お母さんは、未来が悲しいことになってしまってから、やっと気づいたの。聖歌のこと、ずっと未来に頼っていて、未来ほど聖歌のことをちゃんと大事にしてあげられていなかったんだなって」
「――……お母さん」
「ごめんね。怖かったの。あの犬のように」
そういわれて、思い浮かんだの。
さっき見た、二匹の犬の姿を。
子犬が近づいて思わず吠えちゃった犬。ぶるぶるぶるぶる、すごく震えていた。ただ子犬が近づいただけなのに。
でも、でもね?
春灯ちゃんが子犬に手を伸ばしたら、まるで守るように噛みついていたの。
それは、あの犬が本当は子犬を思っているからだと私は思わずにはいられなかった。
「聖歌がさみしくなって、どんどんいろんなことをしちゃうのも、どうしたら聖歌にお母さんの気持ちが伝わるかわからなかったことも……なにより、聖歌も未来みたいにどこかにいっちゃうんじゃないかっていう、それが……怖くてしょうがなかったの」
手をそっと重ねられた。いやじゃなかった。むしろきゅっと握ったの。
あの犬がもし、お母さんの気持ちを露わにしているのなら、お母さんはきっとすごく怖かったんだって気づいたから。
そう気づいたら、そばにいる以外の選択肢が浮かばなかった。触れて離さない以外の選択肢が浮かばなかったんだ。
「もっと早く言わなきゃいけなかった。聖歌、あなたのことを愛してるよって。だから……よそへいって、聖歌の身体目当ての人に愛情を求めたりしないで、お母さんのことを頼ってって……もっとずっと、早く言わなきゃいけなかった」
熱が伝わってくる。それだけじゃ足りなくて、しがみつくように抱きついた。
お母さんの匂いがする。それだけのことが、すごくすごく幸せで……なによりほっとした。
お姉ちゃんがくれた、だいじょうぶってわけもなく思える安心感がちゃんとここにもある。
ぎゅうって抱きついたら、お母さんの身体が震えた。お鼻を啜る音がする。
ごめんね、ごめんねって囁かれたから、頭を振ってささやいた。私も、ごめんなさいって。
ふたりで思いきり気持ちを寄せあえた。もう、怖くなかった。
それがわかったから、そっと離れる。
充血した目で笑って、お母さんが聞いてきたの。
「お母さんもお姉ちゃんも、ここの学校でいろんなことを教わったの。だから聖歌にもいいかなって思って勧めたの。でもね? さっきみたいな怖いこともあるから、聖歌がいやならいいんだよ? どうしたい?」
「――……ん、と」
迷う。惑う。でも、寄り添ってくれた理華とか。春灯ちゃんとか。
離れたくないなって思ったら、気持ちがすうって清らかになった。だから笑ったんだ。
「だいじょうぶ。いきたい」
「なんで? いいの? きっとたいへんなことも、たくさんあるよ? あなたのことを思ってくれた女の子ですら、悪魔みたいになっちゃうくらい、思い通りにいかないこともあるんだよ?」
「それでも、いい」
構わない。理華がくれた熱とか優しさは本物だった。なによりね。
「雪祭り、まだ途中だもん。お祭りみたいな毎日がきっと、待ってると思う。私は……それを過ごしてみたい。それに……おそば、おいしかったし」
「おそば?」
「うん!」
「そ、それじゃあ……何かあったらいうのよ?」
頷く私に戸惑いながら、けれど納得してくれたみたいだ。
離れようとしたお母さんに思わず言った。
「ねえ、お母さん。また……ぎゅってしてくれる?」
ふり返ったお母さんが思わず目元を押さえた。
それから震えるような声で言ったの。
「当たり前じゃない! いつでも、ぎゅってするよ? 愛しい娘なんだもの! ばかね! ――……ほんとうに、ばかね、私」
目元を何度も擦ってから、私をぎゅうってしてから腕を何度もぺし、ぺしと叩いて離れた。
お母さんは見守ってくれていた先生たちに今後のお話をする前に、保険医の先生に呼びかけて私の様子を確かめてくれた。
問題ないよって言われたから、ベッドを下りたの。そして駆け出した。
みんなのもとに戻りたくて。お祭りの先をもっと見たくて。春灯ちゃんの歌をもっと聴きたくて!
私は走るんだ。楽しいことが待っているから!
それに、わかったから!
私が求めていたこと! お母さんが本当はしたかったこと!
だからもう、だいじょうぶ! あとはもう、楽しむだけなんだ!
◆
お祭りを再開しようという空気にはなったものの、みんなどこか奥歯に何かが挟まったような気持ち悪さを抱えていた。
特にキラリから離れた理華ちゃんはひどかったよね。
めちゃめちゃ気にしてるんだ。聖歌ちゃんとお母さんにしちゃったこと。
一緒に来た日高くんが何度か呼びかけたけど、理華ちゃんはマドカ並みに口が回るので、あえなく撃沈。
可愛い年下の女の子だからなんだろうなあ。男子メンバーがこぞってアタックするけど、みんなも撃沈!
悲惨な討ち死に現場を見ていた女子一同、やれやれって感じです。自分たちが声を掛けてもかえって気を遣わせちゃうと見抜いたみんなはそっとしておくことを選んでる。
私はマドカとキラリにもらったプログラムに従って次のお歌の準備をしなきゃいけないんだけど、もやもやするー!
ついておいでって呼びかけて、お城に案内したんだけどなあ。話しかけてもなしのつぶて。
さあ、困ったぞ! という時だったの。
天守閣に至る急すぎる階段をのぼってきた聖歌ちゃんが、
「はあっ、はあっ、はあっ……」
真っ赤になったほっぺたで、荒い呼吸を繰り返しながら理華ちゃんを見つめるんだ。
「せ、聖歌……あ、あの、え。なんで? じゃなかった。さっきは、その……」
理華ちゃんが途切れ途切れに謝ろうとする。
けどね。息を切らせてきてくれた聖歌ちゃんのほうがずっと、気持ちが強かった。
「理華!」
「は、はい!?」
「私、あなたを抱き締めたい!」
「へっ!?」
「よいしょ、よい――……しょ! それ!」
えいっと飛びついて、理華ちゃんをぎゅうって抱き締めたの。
「あ、ああ、あの?」
露骨にてんぱる理華ちゃん。
しょうがないよね。やらかした相手の行動なんて、予測できても怒られるか冷たくされるか、そのあたりがいいところだもん。
なのに、抱き締めたい、なんて!
「せ、聖歌? これは、どういう?」
「私わかった! やっとわかったの!」
「……ごめん。わかるように説明してもらわないと」
「抱き締めて欲しかったの! それがわかったの! わかったから、抱き締めるの! 理華が寂しそうだから! 私は抱き締めるよ!」
「やばい、どうしよう。欠片も理解できねー。けど……ううん。なんだ、このやろー。はずかしいけど、悪くないじゃないか……」
「大好き! 理華、大好きだ!」
ぎゅううって抱き締める聖歌ちゃんのほっぺたは真っ赤っかなまんまで、あまりに純粋すぎる好意のアピールに理華ちゃんは動けない模様。聖歌ちゃんみたいに顔を真っ赤にして、しばらくじたばたしたけどね。すぐに観念して、聖歌ちゃんを抱き締める。
「自己管理がなってなくて……さっきはごめん」
「いーよ! だって、私!」
「はいはい、わかったっていうんだろ? でもそれは……春灯ちゃんたちみんながいてくれたからだ。後でお礼を言おう。ふたりで」
「うん!」
「あと、聖歌のお母さんに謝る」
「きっと許してくれるよ!」
「……だといいけど」
「大丈夫だよ! 朝はクリスマスだった! 去年の私にはこなかったクリスマスがきたんだよ? それなら、どんな奇跡だって起きるよ!」
「――……あのさ」
理華ちゃんの身体がぶるぶるっと震えてから、
「そういう大事な情報はもっと先に言えよ、ばか」
泣きそうな声で呟いて、ふたりはますます強く抱き締めあったんだ。
リハをしていた軽音楽部の先輩たちも、特別体育館の中での行事を取り仕切ってまとめているマドカもみんな微笑みを浮かべて見守る。
素敵な光景だった。
或いはもしかしたら、ずっと求めていた答えがそこにあったのかもしれない――……。
そっか。
「抱き締めてほしかった、かあ」
ひとりぼっちだった私が求めていた答えであり、傷つける生き方ばかりを選んできた教授ですら求めていた答えなのかもしれないね。
キラリやユイちゃんと中学時代に抱きあえていたら……それだけじゃない。カナタとシュウさんだってそうだし。今年度、たくさん迷い傷ついてきた私たちが求めていた答えなのかもしれない。
抱き締めてほしかった。
だから、抱き締めるんだ。
そう言える聖歌ちゃんの途方もない優しさを、愛おしいと思わずにはいられなかった。
先輩って、すごいね?
後輩ができて、彼らに教わることさえあるんだから。
聖歌ちゃんが今の気持ちを貫けるように、なんなら私自身も取り入れてやれるようにがんばろう。
二年生になるんだ。
実感したら、高まるばかりだった!
あなたに会うために……あなたの導きだした答えに出会うために、いろんなことを乗りこえてきたんだ。そう思えたから。
「やるぞう!」
期待が尻尾と共に膨らむの!
ライトアップしたお城でのコンサートをするからさ!
特等席で見てもらおう!
みんなにお届けする私の輝きを!
◆
聖歌が離してくれないから、聖歌にぎゅってされながら見たの。
衣装姿できらっきらに輝いて歌う春灯ちゃんを。
近所の人も集まってきているのか、天守閣の窓から見おろす城下町は人で賑わっていた。
みんなが思い思いに過ごしている。見上げて手を振っている人もたくさんいる。
聖歌は私を抱き締めながら春灯ちゃんを見ていた。
一緒になって歌っているんだ。とても澄んだ、綺麗な歌声だった。
見惚れていたら、きょとんとした顔をして私を見て、聖歌は一緒に歌おうよって誘ってきた。
変な子だ。とびきり変な子!
でもね? 根っこはとびきり純で、素直。
名前がぴったり似合う子だなって思ったの。
三ヶ月も遅れてやってきたベリーメリークリスマス。
聖なる歌の似合う子が、春灯ちゃんの歌に思いを重ねる。
一緒に歌いながら考えた。
春灯ちゃんは言っていた。花は散ってもまた開く。何度だって花は咲くんだ。そうしてみんなに元気を届けられる人になる。
聖歌はきっと、そういう人になる。
少なくとも、私はめいっぱいの元気をもらった。
聖歌とふたりで歌いながら春灯ちゃんの歌う姿を見つめる。いつまでも、いつまでも――……。
なんて、よくある締めだけど、正確にはライブが終わるまでの間だよね?
わかってますとも! 立沢理華は、ちゃんと心得ていますよ?
そんな一瞬のように過ぎる、だからこそかけがえのない時間の中で、決意した。
汗を拭って楽器を手にした先輩たちとハグをする春灯ちゃんを見つめながら、聖歌に囁きかけた。
「ねえ、聖歌。春灯ちゃんのライブチケット、じつはもうゲット済みなんだ。それもプレミア席!」
「すごい! すごいね!」
「すごいんだけど……実は、一緒に行く相手がいないんだよね。よかったら、一緒にいかね?」
「……いいの?」
「なにいってんだ! 聖歌とふたりで行きたいの。今日のお詫びは兼ねないよ? それは別。一緒に行きたいから誘ってる。あんたが好きだから! で、答えは?」
「……いく!」
ますますぎゅうって私を抱き締める聖歌を受け止めながら、視線に困っていたら――……春灯ちゃんと目が合った。
上気した顔で微笑みを浮かべてこっちを見守っていたの。
よかったね、と唇の動きで伝えてきた。
もしかしたら、聞こえていたかもしれない。
構うもんか! 聖歌も春灯ちゃんも大好きなんだ。
私は好きを声に出していく。そう決めた。
前向きなことをもっと具体化していこう。
どうやら私には、それこそ必要みたいだ。
怒りや殺意とか、そういうものよりもっとずっと、私をあげるすべてのことを形にしていこう。そうして……吹き飛ばしてやる。後ろ暗いもの、私を私のルールから逸脱させるすべてのものを吹き飛ばして幸せをやまほど掴んでやる。
みてろよ? 指輪。私の薬指に嵌まってるんなら、見届けてみろ。立沢理華がどんな人生を歩むのか。あんたの思い通りにはしない。それよりもっとずっとあがる人生を歩んでやるんだから!
なによりさ。
「理華、だいすき」
聖歌がこんなこというんだぜ? やばくね? かわいすぎじゃね?
山吹さんとかキラリちゃんとか、なにより春灯ちゃんみたいに尻尾が生えていたら、きっとぱたぱた忙しなく振っていたであろう聖歌みたいな子がいたらさ。
大事にしたくなるじゃんか!
恥ずかしいから、私とあなただけの秘密だよ?
以上、立沢理華でした! またねーっ!
つづく!




