表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十四章 はるやすみ。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

494/2932

第四百九十四話

 



 とりあえずお鍋を放っておけないので、聖歌ちゃんのお母さんの荷物を寮に預けていただいてから、ご一緒にかまくらに移動したの。

 かまくらの中にいるマドカがふたりをもてなしてくれていて、こっちに気づいて振ったんだけどね。顔を出した聖歌ちゃんの顔のこわばりようといったら、ちょっと見ていて申し訳なくなるレベルのものだった。

 どうしよう、と迷う私やキラリ、ついてきてくれたお姉ちゃんが制止できない間にお母さんは聖歌ちゃんに詰めより、思いきり手を振り上げた。

 やばい、と思った。止められない、とも思った。ご家庭のことだから。教育に関わることかもしれなくて、それは他人が口出しするべきことじゃないのかもしれない、とさえ思った。

 けどね。けど、理華ちゃんが聖歌ちゃんの頭をぎゅっと抱いて庇おうとしたの。それだけじゃない。


「まあまあまあ! 積もる話もあるでしょうけど、いきなりケンカ腰だと揉めちゃいますから! ね? ビンタしに駆けつけたわけでもないでしょーし!」


 振り上げた手のやり場よりずっと、抱え込んでいた怒りや衝動のやり場に困っていたはずで。それを浴びせられることを、もしかしたらなにより恐れていたのかもしれない聖歌ちゃんは理華ちゃんの腕の中で震えていたの。怖くてたまらなくて。

 わかっているから理華ちゃんは守ろうとしているんだろうし、守ってくれるって感じたから聖歌ちゃんは理華ちゃんに抱きついているのかもしれない。

 きわどいバランス。きっとのんきに生きていたら目にすることのない修羅場。対応しちゃう理華ちゃんはすごいけれど、でも、こじれにこじれているようにしか見えない聖歌ちゃんと彼女のお母さんの仲を取り持つ妙案は出てこないみたい。

 だからなのかなあ。すっと立ってマドカが呼びかけるの。


「とりあえず! お鍋が冷めちゃうんで、かまくらに入りません? お鍋もありますし! それとも、ちゃんとしたお部屋に移動なされます?」

「鍋って……」


 手こそ下ろしたものの、もちろん、当たり前のようにお母さんは難色を示す。

 構わずにマドカはゆっくりと、やんわりと伝えるの。


「娘さんの希望なんです。みんなで楽しくご飯が食べたいって。楽しいことをしたいって望んでいます」

「この子は! 家出して親に心配かけるだけじゃなくて!」

「待って。憤りはもっともなんですが……その先って、この場で大声で言わなきゃいけないことですか? 言う前にせめて、周囲を見渡してみてください」


 マドカが努めて穏やかに声をかけ続けると、お母さんは荒ぶる呼吸を繰り返しながら周囲を見渡した。みんなが見てる。雪像を作っている人たちも、雪合戦をしている人たちも。


「それって、どうしてもこの場で大声で怒鳴らなきゃいけないことですか? ……違いますよね? なら、深呼吸して。怒らずにはいられないかもしれないけど、どうか……どうか、深呼吸して、まずは一緒にお話しませんか?」


 言われるままに深呼吸を繰り返すお母さん。寒さが沸騰しかける頭の熱を冷ますのか、それどころじゃないという気持ちにさせるのか。それでも歪む目元で聖歌ちゃんを見たの。理華ちゃんに抱きついて震えている、自分の娘さんを。

 私の手からそっとお鍋を取って、キラリが運んでいく。


「お腹にいれましょう。腹一杯になったら気持ちも落ちつくんで。おいしんですよ? うちの飯」


 いつもと変わらない調子で話すキラリの流れにのっかるように、マドカがお母さんをかまくらに誘う。理華ちゃんが小声で聖歌ちゃんをなだめてかまくらに連れていくの。

 ざく、ざく、と足音を立ててお姉ちゃんが横に並んだ。ぽつりと呟く。


「親が子を叱るのは当然だろ」

「……んと」


 お姉ちゃんは納得がいかないみたいだけど。


「親子だからこそ、叩いちゃいけないんだよ。責めてなんになるの? 怖がらせて、頑なにさせちゃうだけじゃない。なにより……怖がっていたり、震えちゃう子を叩いちゃだめだよ」

「……ふん」


 鼻息を出して、お姉ちゃんはクウキさんに「部屋の確認を頼む」と伝えてかまくらに向かっていくの。あれは絶対、納得してないとみたね。

 むすっとする私にクウキさんが顔を近づけて小声で呼びかけてきた。


「申し訳ございません。我が姫の教育が足らず」

「……それはその。別にいいのですが」


 理華ちゃんが努めて明るい空気を作ろうと、お姉ちゃんを招き寄せる。マドカとキラリがそれに乗っかってお姉ちゃんに話しかけているんだけど。

 なんだかなあ。お姉ちゃんもいろいろと抱えていそうだ。どうしたらいいのかな?

 持ってきたたくさんのお椀とお箸を使って岡島くんのお鍋をつついていたら、匂いに引きよせられた食いしん坊たちが入れ替わり立ち替わり混ざってかまくらは大賑わい。

 聖歌ちゃんは理華ちゃんにおもてなしされて、硬かった表情が徐々に柔らかくなっていった。それでもたまに、お母さんを気にしている。お母さんはお母さんで、マドカがおもてなししているから、それに気を取られて聖歌ちゃんに話しかけてない。

 ぎこちない親子の距離感は埋まらず、けれど聖歌ちゃんが気づいていないところでお母さんは何度も聖歌ちゃんを見ていた。片思いじゃない。たしかに何かがあるのかもしれない。いいものでありますよう。

 今日のお祭りで何かができたらいいな。

 そう思ったら、気合いが入るばかりだったの。

 お鍋をつつきながら考えていたときだった。

 お話したいのだけど。そう、お母さんが切り出したときの空気のぎこちなさはやばかった。

 ニナ先生やライオン先生が顔を出してくれて、大人が混じってほっとした、まさにその瞬間の提案に私たち子供は戸惑い、ライオン先生とニナ先生は迷わなかった。


「もし部屋が必要なようでしたら、ご用意いたします」

「お前たち」


 お母さんに持ちかけるニナ先生の横で、ライオン先生が問答無用の「出ていくべき」という空気を作りだす。一年間の教育を経て私たちはすっかり抗う気持ちがなくなるけれど、理華ちゃんだけは別だった。


「じゃあ理華は一緒にいますんで、先輩たちはどうぞお気兼ねなく」


 キラリが一言いおうとしたけど、


「聖歌……」


 お母さんが聖歌ちゃんに呼びかけるほうがずっと早かったし、聖歌ちゃんは返事をする代わりに理華ちゃんの手をぎゅうって握ったの。それを見て、お母さんはため息を吐いた。


「それじゃあ、その。彼女と聖歌と、もしよろしかったら先生方に来ていただけますか? 学校の過ごし方についてもお伺いしたいので」

「もちろん構いませんよ。では、こちらへどうぞ」


 ニナ先生が朗らかに誘導して、聖歌ちゃんと理華ちゃんとお母さんを連れていっちゃうの。当然のようにライオン先生もついていく。残された私は、思わず呟いたよ。


「話って、それ?」


 すかさずキラリが唸る。


「いや、方便だろ。マドカが止めてあのちびっこが守った娘さんと具体的な話をしたいけど」

「ふたりきりじゃ揉めちゃうって実感したから、大人と娘の友達についていてもらおうっていう考えだよね! 思っていたより理性的かも」


 キラリの話を途中で引き取るマドカを、キラリが半目で睨む。けどマドカがこれくらいでへこたれるわけないのは共通認識なのかな。ふうって息を吐いてから、キラリは空になった鍋を見た。


「うまかったし気持ちもほぐれたし、なにより千客万来状態だったけど。すこしだけ……やな予感がする」

「……どういうこと?」

「今日はオフだから、刀を振るう予定はなかったけど。どうやらそうもいかなそうだって話だよ」


 キラリは私の頭をくしゃくしゃっと撫でて、手をぱんと叩いてあわせる。


「準備するぞ。春灯を狙った野郎ほどやばくないからこそ、乗りこえるべきだ」


 まだよくわかってない私に、笑顔を向ける。


「娘を思いうまくどうにかしたい母親の願いを叶える気は?」

「あるよ!」


 迷わず頷いたの。

 教授のときはうまくできなかったからこそ……乗りこえたい。

 なにより聖歌ちゃんとお母さんがふたりで抱き合えたらいいなって思ったから――……決意は高まるばかりだった。

 そんな私たちを冷めた目で見守るお姉ちゃんには何か思いがありそうだったけど、聞いても教えてくれなかったの。

 やってきたクウキさんと一緒に出ていっちゃった。なにか気に障ること、あったのかなあ?


 ◆


 カナタに作戦を持ちかけていたら、病み上がりのコナちゃん先輩に見つけられて洗いざらい白状させられた末に、私たち一同はハリセンの餌食になりました。なにゆえ!


「あのね……いたた。ハリセンだしたらお腹が痛い。ああでもそんなに心配しなくていいから」


 咳払いをして、脇腹を押さえてからコナちゃん先輩は私たちを睨む。


「天使は新入生になる夏海か、彼女の母親に邪があると見ているということ?」

「……まあ。夏海はまだ、刀を手にしてないみたいだし。母親は警察の関係者じゃなさそうなんで」

「邪をだす条件は満たしている、と。邪を倒せば問題解決?」

「そのつもりですけど」

「あのねえ! ――……いたたた。邪は欲望の塊であって、退治しても人の本質は変わらないの。問題が解決するわけじゃなくて、対処療法でしかないのよ」

「……根本的な問題提起」

「やかましい! それよりも山吹、天使、それに春灯! あなたたち三名がいるんなら、邪を倒す以外の形でなんとかしてみなさい!」

「「「 えええ…… 」」」

「それができるようになるからこそ、今後の力になるの! やりなさい!」


 ぶんぶんハリセンを振り回されると抗えない私たち、調教済みなのでは!

 まあいいや。コナちゃん先輩の言葉もわかる。

 もし仮にキラリの狙いが聖歌ちゃんのお母さんの邪討伐で、その邪の欲望を形作るのが「娘を大事にしたい」というものだとしたら?

 それって退治しなきゃいけないものなのかな。

 もちろん気持ちの表現方法が聖歌ちゃんを傷つけないものになればと願うばかり。

 退治するべきなのかな。せずに救う道があるのなら、迷わず選びたい。

 いたたた、とお腹を押さえるコナちゃん先輩をラビ先輩が背負って「霊子体が傷ついていることには違いないんだから、無茶をしちゃだめだよ」とたしなめながら寮に向かっていくの。

 見送ってからキラリを横目で見たよ。


「大変なことになりましたけど」

「うるさい黙れ」


 図星つかれたらすぐそれなんだからなあ、もう。


「それで、実際どうするの?」

「欲望を生み出す根っこに触れて星に変えたら、どうにかなる……はず。たぶん」


 キラリが大ざっぱなことを言うので、思わずじーっと見ていたらほっぺたをばちんと両手で挟まれて横にぐきって顔を向けられました。どや顔とマドカと目が合ったよね。


「まあまあ。キラリの案も悪くないけど、いつだったか三人で乗り切った要領ならもっと確実じゃない? もっと言うと、ハルが金色で相手を照らして、露わになった相手の願いを私が捉えて、キラリが星に変えるの」

「「 あー 」」


 マドカの意見はなるほど、たしかによさげだ。

 でもなあ。ううん。


「もうちょっとこう、連携がうまくいくやり方はないかなあ。私の金色で暴くのって効率的じゃない気がします」

「ここへきて新技開発とか、やってる場合かよ」

「まあまあ! キラリ、そう言わないで! ハルの提案はもっともだし、夏海親子の話し合いには時間がかかるはず! なので、これを機会に何か考えてみようよ」


 マドカに渋々うなずいて、キラリが腕を組む。

 三人でううん、と唸った。

 結局私たちでまとまっているから、カナタたちは雪像に戻っちゃってる。

 みんなして雪を運んで、それを願い通りの形に変えて、はめ込むの。

 ぼんやり眺めながら、尻尾をぱたぱたと振って雪を払う。


「ねえ、邪ってやっぱり、御霊の刀みたいに霊子の塊なのかなあ」

「……じゃないのか?」


 キラリの不安げな返事に尻尾を揺らしながら考える。


「現世に生きる人の霊子体から生み出された霊子の塊。でもきっと、生み出した人からしても理想通りじゃないもの。望み通りじゃない、けどきっと今の人たちに寄り添うもの」


 なんだろう。なにかが引っかかる。


「もし、それを……生み出した人の願いどおりに変えられたら? 自分や自分の大事な人を傷つけちゃう形を、癒やせる形に変えられたら?」


 私の問いかけにマドカが尻尾を揺らしながら呟く。


「たぶん、それこそキラリがやってる必殺技の正体っぽいよね」

「……まあな」


 マドカの言葉にキラリが頷いた。だとしたら……もしかしたら。


「本人や、その邪から引き出せたら? 本当はどうしたいのか、その気持ちを……もし引き出せたら、邪のありようを変えられるのかな」


 そこから先が思いつかなくて、もどかしい気持ちでふたりを見た。

 すぐに反応したのはマドカだったの。


「邪自体を変えるのは、黒い御珠のときのように途方もなく大変な気がする。たくさんの条件を満たして初めて起こせる奇跡だと思う。けど」


 迷いながら。


「もし本人や本人に近しい人と一緒に立ち向かえたのなら、邪を生み出す心の何かを照らして、癒やせるかもしれない。ひとりぼっちじゃなく、みんなでなら……もしかしたら、できるかも」


 キラリを見たの。


「キラリ、相馬くんの家のこと話してくれたよね? あのとき、相馬くんのお姉さんが一緒だったって?」

「……あ、ああ。まあ、あとは飲みこまれたトラジの親父さんも一緒だった」

「ならやっぱり、私たちみんなで、条件が噛み合えばいけるかも」


 マドカの表情に確信に至る自信が満ちていく。

 それを見て、思わず問いかけた。


「じゃあ……いけそう?」

「こないだの一件で痛感したよ。ハルには私たちがいなきゃね」


 任せて! そう言って、マドカは胸を張ったの。


 ◆


 話し合いは概ね順調に進行していた。立沢理華がついてくる必要はなかった?

 そんなことねーな。聖歌は私の手をぎゅっと握って離そうとしないから。

 それだけ不安なんだろうなー。親御さんと揉めて家出状態になって、不信を抱え込んでいる。だからこそふたりきりにしたくなかったから、無茶でも無理矢理くっついていたんだけどさ。

 母親が聖歌の事情を、さしさわりのない内容で伝えようとして、獅子王ニナって名乗った着物の先生に「ご事情は伺っております」と先手を打たれてた。まあ、話を聞く限り、元々入学に際しての面談で聞いていたみたいなんだけどね。母親もぎこちなく、そうでした、と返してる。

 寮生活についてあれこれと聞いて、聖歌が悪い遊びをしないかどうかを確かめる母親に聖歌の心はますます強ばっていく。

 自己評価の低さや自己肯定感のなさ、どこか崖っぷちで生きている感じは家庭からきているんだろうなー。他人の家庭環境についてあれこれいうことほど無慈悲でひどいことはないと思いつつ、でもねー。放っておけないとも思う。

 さんざん話して自分の不安を解消してから、やっと。やっと、母親が勇気を振り絞った顔で聖歌を見た。個人的には遅すぎるくらいだ。

 最初に「だいじょうぶだよ」って言ってあげられないのかな。最初に「あなたが生きているだけで愛しいんだよ」って抱き締めてあげられないのかな。

 聖歌はなによりそれを望んでる。そんなの傍目で見てすぐわかるのに。

 子供を抱き締めるのに理由がいるのかよ。

 ――……やばい。だいぶいらいらしてきた。


「聖歌」

「――……なに」

「その……」


 かける言葉さえわからないなんて。

 ただ一言、今日はどうだった? とか。そういうなにげないことでいいじゃんか。

 ああだめだ。無理だ。耐えきれそうにない。責めたい気持ちが膨らんでいく。でも、聖歌がそれを望んでいない。望んでいようがいまいがするべきじゃない。

 頭の中が沸騰しそうだったから、私は蚊帳の外にいることを決め込みながら深呼吸をした。


「――……なんで、こんなことをするの?」


 撃鉄が起こされる。やばい。お腹の底から湧き上がってくる衝動を必死に堪える。

 けど聖歌は堪えきれなかったみたいだ。


「……私はいらない子だから」


 そんなこと、子供にいわせんなよ! と怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪える。

 落ち着け。落ち着け。だめだ。


「なんで……なんで、そんな悲しいことを言うの? 未来がいなくなったから?」


 そうじゃねえだろ。

 姉がいようがいまいが、姉がどれだけ素晴らしかろうがそうでなかろうが、それと聖歌を愛することとはなんの関係もねえだろ。いらねえだろ。

 暴れたがる私の怒りに呼応して指輪が熱を持ち始める。必死に深呼吸をして自制に努める。


「私のこと、汚いものをみるような目で見たお母さんにはわからないよ」


 頑なに鎧を纏う聖歌に母親の顔が歪む。

 歪な空気。

 そりゃあね。聖歌は子供だと思う。でもいいじゃん。母親の前で子供でいてなにがわるいの?

 わかってくれよ、と子供は言う。大人にとってそれは時に無茶苦茶かもしれないけど、気持ちの話をしているときほど気持ちを見つめてくれさえすれば、一発でわかると思う。

 なのに、子供の気持ちもわからない?

 親ならわかっていろよ、っていうのは無茶ぶりだと思う。子供も伝える努力をしたほうがいい。

 でも、聖歌がこうなっているのはいろんなことの積み重ねの末。昨日今日、ちょっとやそっとのことが起きたくらいじゃあ、性愛でも構わないから愛を求めて百人と寝るようになるわけじゃない。

 お姉さんが亡くなった経緯は悲劇にまみれているけど、きっかけになっただろうけど。

 むしろ鮮明になるのは、聖歌が本当の意味でちゃんと愛されていたって感じるような環境になっていなかったっていう……悲しい現実だけじゃないか。

 自分を真摯に強く愛してくれたお姉さんがいなくなって、世界の終わりに追いやられた気持ちになった聖歌を責めることは、少なくとも私にはできないな。同じことはできなくても、聖歌の孤独に思いを馳せることはできる。相手を思い、相手の気持ちをわかって歩みよるのが優しさなら、聖歌のお姉さん以外が聖歌にどれほどの優しさを示したのか。

 正直、かなり疑問だ。だからこそ、優しくしたくてたまらなくなる。

 聖歌がそんなに無茶なことをしなくても、私は大事にするよって伝えたくなるんだ。

 だからね。親と子ってどうしたって凄い特別な関係だから、願わくばよりよい形であってくれと思うわけ。世にひどい親子関係なんてやまほどあるだろうけど、そんなの関係ない。今この関係をよりよくするために、邪魔にしかならない。

 大事にしてくれよ。私は大事にしてるんだぞ。たった一日しか経ってないけど、それでも友達として愛したいなって思ってるんだぞ。

 なのに母親のあんたがそれでどうするんだよ。

 そう言いたくてたまらなくて――……それじゃあどうにもならないってことくらい、わかってた。正しさじゃ、世界は心地よく回らないんだぜ。知ってるよ、それくらい。

 迷う母親、戸惑う大人ふたり。私だって迷いの最中。聖歌はどんどん心に膜を作ろうとしている。先に進めないこの現状で、不意にノックの音がした。


「あの、失礼します」


 そっと扉を開けて顔を覗かせたのは、春灯ちゃんだった。

 たてがみおじさんがそっと尋ねる。


「なんだ」

「もしよろしかったら、士道誠心の雪祭りの催しに参加していただけないかなあ、と。重たい空気なので、こういうときこそぱっと明るく! ……なんて、だめですかね」

「……すみません、夏海さん。ですが、どうでしょう。ここでにらみ合っても仕方ありますまい」


 お? おじさん、まさかのまさか、春灯ちゃんの提案を呑むのか?

 母親も母親で額に手を当てて深呼吸をする。聖歌と向きあうだけで相当緊張しているみたいだ。或いはそれこそ、本質的な聖歌と母親の距離なのかもしれない。

 寄り添えよと暴力的に言うよりもっとずっと、長期的にふたりの仲がよくなる道を選ぶべきだ。別れたいんじゃないのなら。

 着物のお姉さんが母親に囁きかける。それを見て、私も聖歌に耳打ちした。


「もしかしたら、春灯ちゃんたちがなんとかしてくれるかも」

「……なんで」


 出会ったばかりのころの触れたものみな傷つけかねない険しい声にもめげずに伝える。


「だってほら。どや顔でアピールしてるから。大事な話してるのわかっているのに、わざと中断させにきたりしないって。ね? 賭けてみない?」

「――……でも」

「理華がそばにいるって。それじゃだめ?」

「……まあ」


 我慢する、みたいな、ちょっとだけ後ろ向きな決意を固めた聖歌に笑う。

 そして願う。もし……もし、この状況を変えられるだけの可能性があるのなら。

 ぎこちないふたりの親子を救ってはくれないか。

 聖歌の笑顔を見てみたいんだ。救われた顔を見たいと思わずにはいられないんだ。

 そして……それが見られたら、私が天使になる道が見えるかもしれない。

 みんなを救って。お願い、金色。




 つづく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ