第四百九十三話
暗号化された情報の解析、解析できた情報の分析、まとめたレポートの作成。
青澄春灯の解析と分析、結果は正直たいしたことない。身長、体重、体型の詳細なデータ。そして霊子を測定する機械とやらが『解析不能』と結論を出した膨大なただのゼロ配列。
一通り目を通した結論は「よくわかんないということがよくわかった」というだけのもの。
立体的なデータまで取ってるし、血のサンプル、遺伝子データなどなど。
これを個人情報と呼ばずしてなんと呼ぶ。とくに遺伝子情報はまずいよね。
連中の根城は敵を倒したあと、探してみたけれど跡形もなくなっていた。だからわからないけど、相当の機材を持ち込んだ可能性がある。
これ、あれだよなー。絶対よそにだせないどころか、この場で消したほうがいいんじゃないだろうか。
コナに報告。コナは即断即決で緋迎シュウに報告するべきだと判断、連絡してくれた。
データをひとまとめにして、早朝にやってきた警察関係者と緋迎シュウに渡した。一応念のため、身分証明を確認させてもらったけど問題なし。
それにしても、雪が降っているのにご苦労なことだ。ものがものだけに仕方ないか。
軽く一眠りして目を覚ます。
外から激しい喧噪が聞こえてきた。
カーテンを開けてみると、八葉がやんちゃでわんぱくな連中と一緒に雪合戦をしていた。白熱している。ぎゃあぎゃあ騒いでまあうるさい。
「よくやるなあ……ほんと、今日さむい」
半纏を手にすぐに纏って、コタツに入る。
自分に惚れ込んだとかいう監督の映画の脚本は読み込んである。撮影はもうすぐ始まる。
憂鬱だけど、乗り切るだけだ。
VRカメラをつけて自動追尾モードにしたアバターの視点でガイドを行なう。
吹田コウキのガイドはここ最近の楽しみであり、苦しみでもある時間。
コウキ自身は気に入った。それが問題だった。
あいつはどんどん、それこそラノベの主人公みたいに一癖も二癖もあるけどいけてる仲間を増やしている。そうして、ヒーローになりたがる罰する者たちに追われながら、なんだかんだでやりきっている。
そこにはもう、ボク自身の居場所なんてないんじゃないかと思うくらいに。
「ボクってほら、仕事が忙しいから?」
ひとりごとも空しい。
尾張シオリ、めっちゃ仕事してる。やればやるほど孤独になっている気がする。
でもハルちゃんたちがやっているお祭りに出る予定なし。
もともとボクってほら、インドア派だし。たいして遊ぶ気はないっていうか、いままさに遊んでいる最中っていうか、そういう気分じゃないっていうか――……。
カメラを外して画面を眺める。ボクのサイトの今後のゲームの行く末について語ったコラムに、まさかのプロのゲームプログラマーから英文のメッセージがきていた。
キミの考えには賛成できないね、だって現実はさ、という内容がくどくどと書いてある。さんざんボクに反証して、なんなら人格的攻撃もセットで記載した上で最後に直接話したかったらこちらへって通話アプリのアカウントが書いてある。アマチュアのキミにその勇気があるならね、という但し書きつきだ。
ふん。誰がかけるかっての。どうせケンカをふっかけてくるだけだろ? やだやだ。ごめんだね。
鼻息をだして、カメラを元に戻そうと思ったところで通知に気づいた。
ボクらのチームのクソ野郎で中心人物たる桐野からのメッセージだ。
『キティ。面白いデータを持っているって聞いたんだけど。警察だけじゃなく、こちらにも回してもらえないかな? チームの情報はチームで共有するべき財産だ』
「――……」
鳥肌が立って周囲を見渡した。
あわてて機材をかき集めて調べる。端末も、服も。
するといつかあいつとコウキに会いに行ったときに着たジャケットに小さな盗聴器と付箋が。「やっと気づいたのかい?」というふざけたメッセージつきだ。
くそ、と呟いたとき、画面にさらなる通知が。
桐野からのビデオ通話だ。取る気はなかったけど、ひとこと文句を言ってやらないと気が済まない。
「なんだよ、盗聴クソ野郎。発信型となると、近くにいるんだろ? 顔をだせよ」
『いやいや、学生が楽しく遊んでいる学舎に入るのはハードルが高くてね。ぜひともこのままでいきたい。それよりも個人的なクライアントが欲しがっているんだ。奪われたものを取り返したいってね』
ああ、もう。ほんと最悪。
「宣戦布告かなにか?」
『いいや。選択してもらおうと思っただけさ。我々にとって価値があるのはキミか、それともクライアントか……キミはチームのメンバーだから、優先的に交渉する権利を与えようという話だよ。長年、我々に貢献してくれたキミにはその権利がある』
ひどい言い方だ。最悪だと言っていい。
要するにみんなから見放されて金の供給源を絶たれたくなければ協力するか、桐野のクライアントを切っても問題ない理由を示せというのだ。どちらの選択肢もボクにとっては苦しく、きびしいもの。いやいや、チームの仲間なのはそっちも同じなんだから、ボクに手を貸せよ、ということだって言えるはずなのに。そもそもそんな甘い選択を許すつもりはないのだろう。
知ったことか。
「そっちが手を貸すべきじゃない? 身内に盗聴器を仕掛ける暇があったら、ボクを守るために最大限の力を貸せよ」
『だめだ、だめ。キティ? これはビジネスの話なんだ。大人の社会の会話だよ? そういう口の利き方は通用しないな。言い直しなさい』
「――……」
くそ。
「桐野、お願い。みんなの力を貸して。日本の高校を襲撃するような連中が相手なんだ。国外に追い出せたけど、二度と戻ってきて欲しくない……情報だって渡せない」
『キミを守ったときのチームの利益は?』
「――……それは」
『なきゃ成立しないんだ。仲良しクラブをやっているんじゃないからね。お互いの利益があるから、我々は手を組んでいる。金とかいうなよ? 唸るほどあるんだから』
――……やっぱり、こいつは大嫌いだ。
「データは渡さない。正確に言えば、渡せないんだ」
『奪いに行くこともできる』
「その必要もない。どうせ見ていたんだろうから言うけど、警察にぜんぶ渡した。もう手元に残ってないんだから、そもそも奪うデータがないのさ」
『キミがバックアップを残していないはずがない』
「やばいデータなんて保存しないよ。永遠に消す」
『らしくないな』
「身内の個人情報なんて抱え込むほうがどうかしてる。リテラシーの問題だ」
『――……本当にないのかな?』
「桐野ならボクの端末を探ることくらいわけないだろ。防御もしない。探せばいい。なんなら持っていってやろうか?」
『……つまり?』
「国民の義務を果たして犯罪に繋がる情報を警察に提供した。これは個人の利益を超えた事態だから、ボクも素直に従ったよ。キミと違って世界を飛び回る人間じゃないからね。利益を出す前に通さなきゃいけない筋を通した。なにせほら、吹田コウキの件では警察と一緒に仕事をしているだろう? だったら揉めるのはまずいはずさ」
『ふむ』
「何か問題あるかな?」
笑いながらこちらを見ている。
きっとどちらでもいいのだろう。核ミサイルの発射ボタンと、ホットなピザが入った電子レンジのあたため開始のボタンさえ、桐野にとっては同価値だろう。
いや……これはあまりにブラックすぎるな。反省。ひどい連中に関わっていると自分も慣れてひどくなる。連中が悪いんじゃない。影響されやすい自分が問題。
切りかえていくか。
「ねえ桐野。きみのクライアントにデータが渡ると、間違いなく世の中がちょっとだけクソに近づく。ボクらは人生を楽しく生きるのがモットーのはずだ。どっちがボクらの利益に繋がるかは明白じゃない?」
『なぜそう思う?』
「断言する。キミのクライアントって日本の高校を襲撃するような連中だぜ?」
『刺激のない人生は退屈じゃないかな』
「その刺激はエンタメで。ボクらの合い言葉じゃないの?」
『それを言われると弱い。そうだな、今回の一件はけが人も出たという。世の中の底辺を底上げするのは我々の使命だ。よろしい! うまくごまかしておくよ。骨が折れそうだが』
「どうも」
通話が切れそうだ、と安心してからカメラを睨みつける。
「ほかに盗聴ないし盗撮の類いは?」
『キミが調べたすべてが答えさ。キミの戸惑いが代金だ。じゃあね』
「ちょ、まっ――……待つわけないか。くそ、結局どれだけあるのかわからないじゃないか」
調べるしかなさそうだ。まったく……。
ため息を吐いて全力で探して、見つけ出した機器のすべてを破壊する。
いったいいつの間に仕掛けたんだか。マンションも一度家捜ししておいたほうがよさそうだ。まったくもう。
疲れ果てた気持ちでコタツに戻ったときだった。コウキの声がVRカメラから聞こえる。あわててつけた。
「なに?」
『ユキ? 今日のテストなんだけどさ』
「あー待った。多いとはいえないが、仲間が増えてきたんだから自分でどうにかできない? ……もう、ボクみたいなお目付役はそんなに必要ないだろ」
『俺はきみと一緒に冒険がしたいんだ』
……まったく。
人生はクソだと思うことがたびたび起きて、ボクらの人生を試すけど。
誰かとの絆があっさりそれを塗りかえるのかもしれない。
「あのなあ……それって。まあいいや。まあいい。いいから、こっちみんな!」
アバターを操作してコウキのアバターを蹴り上げて、ゲームに勤しむ。
休日バンザイ!
◆
男子のはしゃぎっぷりといったら、ちょっとなかった。
雪の塊を投げて投げて、氷を中に入れるのは反則だとぎゃあぎゃあ騒ぐの。泉くんが雪を集めて刀鍛冶の力で発射装置を作ったところで男子の盛りあがりは最高潮に。刀鍛冶の子たちが「雪なら思ったより簡単かも」と遊び始めて、単純な雪合戦がなんだか別物に。
私たちはというと、卒業した響ジロウ先輩や日下部さん、柊さんと藤岡先輩の刀鍛冶のみなさんに力を借りてかまくらを作ったの。
手袋をしても濡れて水っぽくなって指先がかじかむ状況下でキラリがぼやいたよ。
「刀鍛冶があんな風に現世のものも好き放題できるなら、これもぱぱっとできないんですかね」
「いいじゃん、汗を流して楽しいし!」
まあまあとなだめる私をキラリが半目で睨むの。ほっぺは真っ赤。めちゃめちゃ防寒着を着込んでもこもこしてる。寒いの苦手そうです。
見つめあう私たちに響先輩が笑って言うの。
「現世のものを変えることはできても、それは形でしかないんだよね。雪の形を変えるくらいなら、わけはないけど。たとえば泉くんがやっている、あの雪玉発射装置。機械として精密に作られているわけじゃないんだ」
私もキラリも、かまくらの中に真っ先に入ってはふはふしていたマドカもきょとんとする。刀鍛冶のみんなはむしろ、なんでわからないんだろうっていう顔だ。
代表して響先輩が説明してくれたの。
「そもそも僕らの力は見た目や形を変えるというか、霊子を理想に近づける行為でしかないんだよ。万物に宿る霊子に、お願いだから僕のイメージに形を変えてくれませんか? って伝えるんだ」
たとえばこんな風にね、と笑う彼が手のひらに落ちた大きな雪の粒を一瞬で氷のバラに変えてみせたの。
あんまりに綺麗すぎて女子みんなで歓声をあげちゃった。
けど先輩は悲しそうに肩を竦めて、息を吹きかける。一瞬で吹き飛ぶの。
「元々の素材を変えられるわけでもない。こんな形に変えることはできても、この花は元々雪の粒でしかないから……儚いものでしかないんだ」
キラリが恐る恐る問いかける。
「じゃあ、雪をかまくらに変えたら?」
「霊子は気まぐれだから、彼らの気持ちが逸れたら……かまくらは一瞬で壊れちゃうだろうね」
「楽はできないわけか」
頬を膨らませるキラリの肘を引きよせて、かまくらを見た。
マドカにくっついている聖歌ちゃんと理華ちゃんは、よくわかんないけどこのかまくら最高って顔してる。鍋はまだかなあっていう顔だ。
「それじゃあ、お鍋もってこよっか。岡島くんにお願いしてあるんだ」
「「 待ってました! 」」
「春灯、あたしが付き合う」
歓喜の顔をする女の子ふたりに微笑んで、キラリとふたりで雪をざくざく踏みながら寮に戻る。
その途中でグラウンドを見たの。
札幌雪祭りに挑戦だ、と言わんばかりの雪像を先輩たちが作っている。
ミツハ先輩とカナタ、それにかまくらを手伝ってくれたみんなも、それにノンちゃんたちもいる。いろんな企業のマスコットとか、人工音声のマスコットキャラとか、いろいろだ。
楽しそうだなあ。みんな夢中になって雪と戯れてるの。まあずっと手前でカゲくんたち、やんちゃ組が雪合戦ではもはやなくなっている戦いに汗を流していて、そこにギンが混ざって大騒ぎになってるの、ちょっと盛りあがりすぎだけどね。
ミナトくんに手を引かれて入ったユニスさんとか、十組の面々もとっくの昔に溶け込んでいて、ただただ楽しい空間でしかなかった。それが最高だし、ずっと続きますようにって思わずにはいられなかったよ。
「学生らしい時間が必要だろ?」
「キラリ……」
「あんたの提案は渡りに船だった」
私の肘をぐいっと取って歩くキラリはね? 尻尾をぴんと立てて、ご機嫌の顔してたの。
「笑顔が見たくて、そのためならなんでもできる。うちの彼氏はさ、まあそんな奴なんだけど」
虹野くんのことだとわかるし、納得もしちゃう。
彼ってひとめ見てわかっちゃうくらい、すごくいい人だから。
「つらいとき、苦しいときほど忘れがちだろ? あんたもあたしも、もっと暢気にやっていきたいはずなんだ」
「……そうだね。雪が降ったら雪合戦したり、寒くてこたつでぬくぬくしちゃったり。もっと自分が生きたいように、生きていいのかも」
「つきあう相手のことを考えないと、ひとりよがりで生きていけなくなるけどさ。お互いきっと、これからもたくさん失敗するんだろうけど」
寮の扉を開けて、あったかい空気に包まれながらキラリが呟く。
「別にいいんだ。あんたと一緒なら、いくらでも先へ行けるから」
思わずキラリの顔を見たの。そしたらね?
「あんたを大好きだって、愛してるぞって思ってる奴がいるんだ。忘れるなよ?」
さらっと、けど本気の言葉を伝えてくれたの。
「……うん」
「今度はもう、絶対にひとりにしないからな! ……あたしからは、それだけだ」
思わず目元が歪んじゃいそうだった。泣きそうで。
「つらいときこそ、ひとりじゃないって思いだしてくれ」
嬉しすぎて、だめだ。
「マドカも、みんなも……きっと同じ気持ちだ。ほんと、忘れないでくれよ? ……呼べよ、やばいときこそ、あたしらを。今度は絶対に、ひとりにしないからさ」
「――……うん!」
思わずぎゅって抱きついちゃった。そうせずにはいられなかったの。
ふたりでぎゅうってしあっていたら、咳払いが聞こえたの。
あわてて見たら、岡島くんや料理部の子たちが「どう声をかけたものか」と戸惑っていらっしゃいました。鍋とか料理ののったカートを手にして。
「いいかな? あの。鍋、できたけど。持ってきたんだけど」
あの岡島くんがてんぱって言葉に詰まってる!
キラリとふたりで笑っちゃった。
大事なときはいつも、一緒に過ごしたい。みんなと過ごしたい。
つらいときこそひとりじゃだめ。みんなで乗り切るんだ。そのためにも。
「お鍋まってました! どんなお鍋?」
キラリから離れて駆け寄る。お鍋の蓋を手に、岡島くんが涼しい顔で説明をしてくれるの。料理部の子たちも「私の料理はねー」とか「俺のはな!」とか言って話してくれる。
思わずにはいられなかった。
去年の十二月は本当にいろいろ大変だったけど、もしかしたらこういう時間こそ必要だったのかも。
三ヶ月遅れたサンタに扮装したけれど。
三ヶ月遅れたメリークリスマスをお祝いするように、みんなで笑っていたい。
理華ちゃんが聖歌ちゃんを連れてきてくれてよかった。
まだまだたくさん用意するし、食堂に順次、料理を運ぶから、お鍋を食べたら戻っておいでって言われたの。
キラリと楽しみだねって笑いながら寮の外に出たところで、ばったり出くわしたよ!
「なんだか、ずいぶん賑やかじゃないか」
クウキさんを従えたお姉ちゃんだ!
それにコナちゃん先輩とトモもいる。みんなバスで来たのかな?
話しかけようかと思ったときだった。おおきなカートを手にして不安げなひとりの女性が私に駆け寄ってきたの。
「あ、あの! あの……うちの聖歌は?」
「え、と……」
戸惑う私に、女性はすぐに自己紹介してくれたよ。
「すみません、私ったら……夏海です。青澄春灯さん、ですよね?」
ええ、と頷きながらふり返る。キラリと目が合った。
お鍋を持ってきたところなんだけど、どうしよっか?
つづく!




