第四百九十二話
瞼をこすりながら起き上がったふたりが私を見つめてくる。私はどや顔で見つめたよ。葉っぱを化かして作ったツリーを。白いふわふわの雪や玉ころ、お星様で飾りつけたツリーの足下を示しながら歌の合間に立ち上がって、ツリーのそばへ歩いていく。
ふり返って伝えるの。
「遅れちゃったけど、会いに来てくれたふたりにプレゼントでーす。開けてみて?」
輝いた顔でベッドを飛び出して真っ先にやってきたのは理華ちゃんだ。箱の上にあるメッセージカードを見て、迷わず自分の箱を手にする。開ける動作も手慣れたもの。こういう機会に恵まれてきた子なんだろうなって思った。
対してミライちゃんは戸惑いを隠せず、おろおろしている。箱と私、それに理華ちゃんを見て、途方に暮れているの。前髪を摘まんで、その色にはっとして頭を抱えて、それだけじゃ足りずに布団を必死にかぶって隠れようとする。寒いからじゃないことくらいわかるよ。
どうすればいいだろう。いろんな鎧と刃が心を苦しめているの、それだけでわかっちゃう。現実を見たくない、そんな傷ついた顔をした子にどう接すればいいのか。
答えなんてわからない。でも、どうしたいかはわかるよ。
「ミライちゃん? プレゼント、いやだった?」
お布団の中で動いて擦れる音がするけど、すっぽりかぶっちゃっているからわからない。
そっと手を伸ばす。布団の隙間から、頬に触れた。強ばって冷たいほっぺた。びくっとして、けれど払いのけられないから、ゆっくりと布団を外す。
あ、と小さい声がした。瞼をぎゅっと閉じて身体を強ばらせているミライちゃんを見て、理華ちゃんが「ふわ……」と間の抜けた感嘆をこぼす。
当然だ。
「綺麗だね、その髪」
ふるふる、と頭を振るけれど。気持ち悪いだけだと呟くけれど。
「そんなことないよ」
霊子を通じてぷちたちに伝える。カーテンが開けられる。差し込む光を浴びて、煌めく淡い色合いの髪の毛が色づく。ぴかぴか、きらきら。素直に美しいと思うから、メイ先輩にもらった手鏡をベッドの上から取って、横に並んで片腕に抱いて、顔をくっつけてふたりの顔を映して見せる。
「私は金色。あなたは桜色。きっと華やぐ香りの色」
「……桜なら、散る。私、散ってる……いろんな人に愛でられ踏みにじられる、汚い色」
きっと苦しい気持ちや体験がぎゅっと詰まった言葉なんだろうって思ったよ。
でも私の伝えたいことに変わりはない。
「そんなことないよ。花びらはね? 大地に返って、みんなに栄養を注ぐの。そうして……また花を咲かせる。何度だって咲くんだよ。だから……あなたの色は、みんなに力をあげられる色なんだ」
みて、と囁く。
恐る恐る少女の瞳が鏡に映る自分を捉える。救いと答えを求める女の子に伝えたいの。
「笑えば輝くの。それが幸せのチケットなんだ。どんな自分になりたい?」
「――……どんな、自分に?」
迷子の女の子が、それさえわからないと戸惑いを見せる。
ミライという呼び名を選んだと理華ちゃんからメッセージ伝いに聞いた。きっとこの子は自分の本当の名前を持っているはず。なのに家を飛び出し、住処もなく、愛を求めてさまよう迷子。
明日をも知らない人生。或いは中学までの私もそうだったのかもしれない。けどもっときっと、剥き出しに生きてきたんだろうなあ。
あまりに今ばかり見つめているから、きっとつらい明日しか思い描いていないから。だから明日、来月、来年、ずっと未来の自分が見えてない。見ることさえしていなかったのかもしれない。
「……きっと、醜く、誰にも、見向きもされない、自分」
「そうじゃないよ。なっちゃったらいやな自分じゃない。どんなあなたになりたい?」
「――……」
言葉が出てこない。喘ぐようにやっと、絞り出されていく。
「……未来を夢見る資格も、ないよ」
「そんなことないよ?」
「みんなみたいに生きられないの」
「そんなこと関係ない」
「……きらきらした人生を送っても、いつか急に死んじゃうかもしれない」
「そんなことだって、関係ない」
構わず伝えられたのは、決意だけ。
ひどい人と戦った。そうして私は迷い、いまの自分の未熟を思い知らされた。
構うもんか。
この子と会えてよかった。この子の悩みに触れられてよかった。
今の私だからこそ、言える。言わずにはいられない。
「あなたがきらきらしない理由にはならないよ。あなたがきらきらしたがる理由にだって、ならないの。関係ないよ――……あなたは、どんな自分になりたいの?」
「――……強く、やさしく、うつくしく」
か細く、涙とともにこぼれ落ちていく。
「どんなときでも、どんな遠くにいても……大好きな人を自分ごと守れる自分でいたい。きらきらした人を、私にたくさんのきもちを、くれる人を、まもれる――……まも――……」
特別おっきな涙の粒が浮かぶ。
「まも、れなかった、の――……おねえちゃ、ん」
何度も同じ言葉を繰り返しながら、私にぎゅってしがみついて必死に泣く。箱を膝上に抱いた理華ちゃんがためらうように私を見てきたから、手招きしたよ。
そうしてふたりまとめてぎゅって抱いた。泣き止むまで。落ちついて、しゃんとできるまで……誰かとくっついていたい、そんな時だってあるじゃない?
◆
泣きやんだミライちゃんに理華ちゃんが、彼女の箱を渡す。
中にはねー。タマちゃんお墨付きのメーカーさんのハンドクリームが入っているんだ。あとねー、入浴剤! お菓子の形をしているやつ。理華ちゃんとミライちゃん、それぞれ別のものにしたけど、同じメーカーのものだよ。
泣きべそをかきながら、それでも嬉しそうに顔を綻ばせて、箱をぎゅうって抱いてからね。ミライちゃんがぽつぽつと喋り始めたの。
ミライと名前のついたお姉さんのこと。家のこと。これまでのこと、ぜんぶ。
私とは違う、けれどひたむきに生きてきた道のり。
体温は強く、裏切らない。
熱というただ一点において、孤独を癒やしてくれる。
触れあう瞬間だけ。けれど熱は熱でしかない。素敵な人の熱なら、大好きな人の熱なら嬉しいし、苦手な人の熱ならやっぱり苦手だよね。
熱を求めずにはいられないほどの孤独ってなんだろう。
わからない。わからないけれど、進みすぎた形で裸同士での接触を求める彼女と一歩距離を開けて、それでもそばにいようと決意した理華ちゃんの決断に納得した。
私もね。カナタとあまあまを過ごすの大好きだからわかるし、きっと伝えられることもあるのかもって思ったよ。
でも、それよりきっと、本当に好きな人と出会って感じることのほうがおっきいよね。
彼氏とか将来の伴侶とかっていうんじゃない意味での熱なら、理華ちゃんや私にだってあげられるし、わかりあえるものだ。
だから寄り添うし、私たちの熱でたしかに彼女はすこしずつ自分の世界の寒さを実感したのかもしれない。
「ほんとは……ほんとの名前は、ちがうの」
呟いて、箱の中のカップケーキの形をした入浴剤を見つめて、それから私と理華ちゃんの顔を見つめてきた。決意と共に告げられる。
「夏海聖歌」
「聖歌ちゃんか」
「私……どこも聖なる感じ、ない」
「それはどうとでもなるよ」
笑って頭を撫でる。改めて自己紹介をして一息吐いた。
すっきりしたようだから、ふたりを誘って食堂に向かうよ。
ご飯を食べてもらおう。今日はお祭りをするからね! 幸せな気持ちで過ごしてもらいたいの。だけど、現実は私たちにすぐに揺さぶりをかけてくる。
聖歌ちゃんがスマホをつけた瞬間、ぴりりりり、と鳴った。あわてて電源を切ろうとする彼女から理華ちゃんがスマホをさっと取った。画面をみて言うの。
「おうちからじゃん。出なくていいの?」
「……いまさら、話せることなんてないし。私のこと、きらってるから、それを伝えたいだけ」
「かなあ? えいっ」
操作してすぐに耳にあてちゃう理華ちゃん、すごい。慌てる聖歌ちゃんから逃れながら、お話はじめちゃう。
「もしもし、娘さんの友達の立沢と申します。突然すみません、現在は士道誠心学院におりまして――……え? もちろん無事ですよー。元気にしてます。代わります? ……いい? ケンカになるだろうから? はあ。じゃあ、えっと」
普通に会話を成立させちゃうから聖歌ちゃんは慌てて必死に手を伸ばすけど、あしらい方を妙に心得ている理華ちゃんからスマホを奪えない。
「……ええ。実は街中で会いまして。意気投合してずっと一緒でした。変な遊び? いやあ、そんなのないですよ。娘さんと同じく士道誠心に通う予定で。実は有名人と知りあいでして――……そうそう! 青澄春灯さん! 代わります? それとも職員さんに連絡します? あ、はい。じゃあ」
春灯ちゃん、と呼ばれてスマホを差し出された。理華ちゃん、がっちり片腕で聖歌ちゃんをホールドするの巧み。
受けとって耳に当てたよ。
「もしもしお電話かわりました、青澄春灯です」
『うそ。テレビとおんなじ声……あ、す、すみません。夏海の母でございます。そ、その、本当に娘は士道誠心に?』
「ええ。私でご不安なようでしたら、これから私たちがいる学生寮の電話番号をお伝えいたしますので、そちらを通じて娘さんとお話されますか?」
迷う呼吸が聞こえる。なら、もっと伝えちゃおう。
「或いは、寮には宿泊届けを出してありますし、私からも念のため寮の人に伝えるので、ご確認いただくだけで聖歌さんがこちらにいることがおわかりいただけると思うのですが」
『な、ならぜひ、電話番号をお願いできますか? 確認だけさせていただきますので』
「それじゃあ――……」
電話番号を伝えて、入り口に向かいながら考えたの。
親御さんの気持ちがどこにあるのかなって。
『はい、メモをとりました。すみません、娘がご迷惑をお掛けしてないですか?』
「いえいえ。元気で素直でいい子ですよ?」
心配しかしていない。うちのお母さんと同じ、気遣う声だった。
当の聖歌ちゃんはわかっていないみたいだけど、お母さんの声を聞いてだいぶほっとしたの。
そりゃあいろいろあるかもしれないけど、でも真っ先に心配がくるならだいぶ安心したよ。
とはいえ、ね。
いろいろこじらせた末の現状ならと思うと、ね。
家出しちゃってるわけだし。
すぐにお返しするのが得策だとも思えないので、聖歌ちゃんの心をほぐしてみたい。
「――……あの、差し出がましいようですが。もし親御さんがよければ、しばらくこちらでお預かりいたしますよ?」
『……その』
迷ってる。それくらい、いろいろあったんだろうなあ。
「ご心配なようでしたら、着替えなどお持ちになって、一度いらっしゃってみては? 今日、実は学校でちょっと催しものをするので。よければ是非、ご覧になっていただいたうえでご判断いただければ」
すらすら言えるようになっちゃったなあ。マドカとラビ先輩たちのせいだ。もー。
「いかがでしょうか? 家出しちゃうの、ご心配だと思いますし。学生寮に、とのことでしたら、体験入寮みたいな感覚でもよろしいかと思いますし。逆にすぐに帰らせたいということなら、その前にすこしだけお時間をいただく形で――……」
でも問題発生。すらすら言い過ぎて迷子!
そんな私を止めるように、あの! と大きな声を挟んでから、聖歌ちゃんのお母さんは決意をこめて伝えてきたよ。
『体験入寮……なんですが、その。すみませんが、お願いできますか?』
「あっ、はい! それで、その。ご本人に電話なんですが、その」
かわりますか、が言えなかった。
できれば優しく声を掛けてもらいたいんだけど。
さっき理華ちゃんがアタックして無理だったよなあ、と思い直して凹むっていうね。いいながら躊躇う私の予想を裏切って、相手は短く息を吐いて答えてくれた。
『ええ……代わってください』
「それじゃあ……はい、これ」
あわあわしている聖歌ちゃんにそっとスマホを渡す。
さっきはひったくる勢いだったのに、今度は恐る恐るスマホを取って耳にあてる。
ぎくしゃくと強ばった身体で口を開く。
「……もしもし……うん……まあ……うん……うん……べつに……お父さんはやだ。帰りたくない」
理華ちゃんと思わず見つめあっちゃった。
「……ん……わかんないけど、いれるなら、いれるだけここにいたい、けど」
不安げに私を見てくるから笑顔でOKサインをしてみせる。
「だいじょうぶ、そう……わかってる! 迷惑そうなら……え? 外に出るなって、どっち……わかった。じゃあ、待ってる」
スマホをタップして、ジャージのポケットに突っ込んじゃう。
恐る恐る理華ちゃんが尋ねたよ?
「大丈夫そうです?」
「……まあ。うちに帰りたくないなら、せめて士道誠心にいなさいって言われた。たくさん持ってくから、外に逃げるなって……わかってるよ、そんなの」
聖歌ちゃん、ぶすっとしてる。ちょっと怒ってる。不満げだけど拒絶モードじゃないなら、いいかな。
「はいはい、じゃあいきましょっかー! 理華ねえ、ここの学食ハイレベルなの知ってるんですよねー。実はなにげに楽しみだったりして! あは! さーなにくおっかなー!」
ご機嫌なノリで理華ちゃんが引っぱっていくから、大丈夫そうだ。
――……ふう。
『お疲れかの?』
んーん。考えていただけ。
一緒に生きるっていうことはさ。相手のことを受け入れるってことで、それは相手の人生とたまに向きあう瞬間があるってことだなーって。
『抱え込む必要はないんじゃぞ?』
まあね。でも大事にしたいって思う相手なら、その気持ちのまま生きていくだけで。必要があったら乗りこえるだけでしかないのかなーって思うの。
『もっと自然に、か?』
そんな感じ!
好きなら、大事にしたいって思うならさ。繋いだ手は離さないっていう……たったそれだけ。
◆
寮の管理している窓口に顔を出して伝えてから食堂へ行くと、すでに盛りあがり始めていたの。
いつもの席にふたりを連れて腰掛けると、ずっと待っていてくれたんだろうマドカとキラリがどや顔をしてアピールしてきた。マドカはさておきキラリさえ振り待ちなんてよっぽどだ。
「それで、どうしたの?」
「「 よくぞ聞いてくれました! 」」
キラリ、ほんとうに学校に毒されてきたなあ。まあいいけど!
「先生たちにお願いしてみたら、マイクロバスを出すのは大変だっていうの!」
「だからあたしは言ったわけ。雪でも降れば学校でできるのにって」
「そしたら降るでしょ? これはもう、天が私たちに遊べと言っている証拠! なので怪力自慢隊が総出でドームの上の雪かきをして、ちょっとしたスキー場にしてくれたの! 敷地はやばいくらいおっきいからねー。面白い施設もたくさんあるし! なので、遊べる場所がたくさんだよ!」
マドカがぶわっとしゃべるの、もう慣れているけど。相変わらずのマシンガンで言うの。
「実家組も、関東近辺在住組は昼には戻ってくるってさ。だから、ぷち文化祭みたいなノリでやるよ! 生徒会がね、今年のあまった予算をみんなまるっと放出してくれるんだって! だからね、だからね!」
「岡島たちがお菓子とか出店の準備してる」
「ちょ、キラリ! 私の台詞!」
「とにかく昼から始めるから。春灯はこれ読んどいて。以上、伝達おわり」
「ああん!」
「妙な声をだすな! そんなわけで……そっちのふたり、楽しんでって」
しれっと流して理華ちゃんと聖歌ちゃんに微笑みかけるキラリ、マドカの扱いが上達してるのでは!
笑っちゃいそうだったけど、我慢がまん。
それよりキラリから渡された紙の束を見る。今日のお祭りのスケジュールと、私へのお歌の要望だ。いろんなイベントの数々は、みんながやりたかったけど実現できずにいた今年度の忘れ物なのかもしれない。
読み込む私の横で、キラリが理華ちゃんと聖歌ちゃんに食事の邪魔にならない範囲で話しかけて面倒を見てくれるの。放っておけずにうずうずしちゃうのがマドカで、率先して絡んでいくよ。
読み終えて食事をはじめながら、ちょっとだけ思ったの。
聖歌ちゃんにシンパシーを感じる私のように、マドカと理華ちゃんってちょっとにてないかなあって。よくしゃべり、物怖じせず、機知に富んだ振る舞いをして、なんでも解決しちゃう。
さっきのスマホを迷わず取ったノリと、理華ちゃんが作った流れはいま思うと感心しちゃうんだ。自分じゃ信用されないだろうって踏んで、自分よりテレビに出ていて知名度のある私に回してくるの。まあ私でも知らない人おおぜいいるだろうから、私は学校の電話を伝える流れに変えたんだけど。
やるなあ。頼もしい後輩さんですよ?
見守る間に、私に九組のみんなやレオくんたちが声を掛けてくれる。そのたびにみんなして、聖歌ちゃんに目を奪われるの。淡い髪色の美しさだけじゃない、聖歌ちゃんから香る不思議な匂いに気持ちが引っぱられちゃうのかな。
しみじみ眺めていたら「春灯」と呼ばれた。カナタだ。日高くんと一緒なの。いつもの生徒会席から来たところを見ると、もうご飯は終わったのかも。
残りのサンドイッチをひとくちで食べちゃってから、口元を拭って挨拶を返したよ。
「おはよ。そっちはだいじょうぶだった?」
理華ちゃんに近づいていって話しかける日高くん、ほっとしたりするんじゃなくて気さくに振る舞っているだけ。顔見知りに会って緊張が解けたとか、そういう感じはない。なんでかな?
「まあ、すこし緊張していたからラビと三人で稽古して、手合わせをした。汗を流して、風呂場で裸の付きあいをして、くだらないこともたくさん話したからな。問題ないさ」
しれっと言っちゃうんだからなあ。男の子ってずるい。
うらやましいなあ。私たちはきっともっとずっとこじらせていて、ただ汗を流すだけじゃそれはどうにもならないんだ。
だからこそ、わかりやすく生きたほうが楽なのかもね。笑ってさ。ばかみたいに生きていきたいよ。ずっとね!
「カナタは今日は、なにかやってくれるの?」
「ミツハ先輩にしごかれながら、雪像の作成だな」
「……それは、また」
「例年になく、かなりの大雪だそうだから。このままの勢いに乗っかれば、まあ大作が作れるだろうと思う。見てろよ?」
からっと笑って言うの。子供みたいに無邪気にね。
かっこいいし、かわいいなあって思わずにはいられなかった。胸の奥がぎゅっとして、抱き締めたくてたまらなくなるの。カナタを好きな気持ちが膨らむばかりだった。
私よりずっと素直な尻尾をなだめながら、楽しみにしてるって伝えたときだった。
駆け足が正面玄関からばたばたって聞こえてきて、雪まみれのカゲくんが食堂のみんなに言うの。
「雪合戦やる奴-っ!」
遅れて後ろから飛びつく茨ちゃんも「雪なげたいやつ!」って声をあげる。
肉体派のみんながぞろぞろと手を挙げて近づいていく。日高くんもカナタに促されて行っちゃった。
はいはいって手を挙げるマドカの首根っこをキラリがぐいっと引っぱって「あんたには祭りの仕事があるだろ」と切ないことを言う。くぅん、と鳴くマドカの尻尾が忙しなくぱたぱた揺れていて、もうね。まんまわんこ! 上目遣いにじーっと見るマドカにキラリの心が揺れてるよ。
「そんな顔してもだめだ」
「……くぅん」
「だめだって」
「……きゅううん」
「勘弁してくれ! ……――い、一時間だけだぞ!」
あ、お許しだしちゃった。
わふって言って犬まっしぐらモードのマドカを見送って、キラリがため息を吐く。
「なんでくそ寒いのに外にでなきゃいけないんだ」
思わず突っ込んじゃったよね。
「キラリは猫だからやっぱりこたつで丸くなりたいの?」
「そうそう、蜜柑があればなおよし――……って、なにを言わせるんだ、なにを」
「いたたたたた! テーブルの向かい側からのアイアンクロー反対!」
必死にタップしたら、外してもらえました。ふう。
「あのあの。春灯ちゃん、キラリちゃんの尻尾が猫なら猫じゃらしは有効ですか?」
「おお、理華ちゃん。いい質問だね! 余裕だよ? ちなみにスプーンをこうやってふりふりするだけで」
キラリの目が私の振るスプーンを追いかける。どや顔で胸を張って言いました。
「このとおり! 抗えないんだよね」
「人で遊ぶな」
「あうち!」
ぶすって容赦なく目つぶしされましたよ!
おおおお、と呻きながら悶える私の横で、理華ちゃんがうずうずし始める。悪戯っこみたい。その手にスプーンを持っているから、目的は明らかです。
気配を察したキラリが身構える。尻尾がぶんぶん揺れ始めた。迷ってる。迷ってるよ! なにに迷っているかはわからないけど!
「よせ。手が出るぞ」
「命がけですね」
「だからよせ」
「ちなみに撫でる方向は」
「気やすくあたしに触れると思うな」
ゴゴゴゴ……と音を鳴らす勢いで前傾姿勢を理華ちゃんに取るキラリに、謎の緊迫感の中で理華ちゃんも身構える。
すっ、すっとスプーンをくりだす理華ちゃんにキラリが「にゃっ!」と手を出すの。滅多に鳴かないのに。もしや私のスプーン術でキラリの獣の本能を刺激してしまったのでは!
理華ちゃんが煽りまくった結果、キラリが理華ちゃんのスプーンを両手ではっしと掴んで我に返る。赤面するキラリに理華ちゃんったらどや顔なの。すごい。キラリを翻弄するところもマドカ並みにやばい!
ふたりの謎の攻防の結果を見て、聖歌ちゃんが吹きだした。
「……面白い、とこですね」
「まあねえ」
笑って頷いてから、すこし考えて……ふと思いついた。
「聖歌ちゃん、雪遊びでやりたいことある? 一緒にやらない?」
「……えと」
「だめ?」
「いいです、けど」
「じゃあじゃあ、なにが好き? 雪合戦? スキー? それともスノボ派? あ、インドア派?」
春灯待て、落ち着け、と向かい側からキラリにたしなめられた。
ごめんねってお詫びしようとしたらね?
「あの……その」
もじもじとしながら聖歌ちゃんが頬を赤らめて呟くの。
「かまくらで、おなべ、たべてみたい」
きゅうううん、となったのは……きっと、私だけじゃなかった。
「「「 はい、よろこんで! 」」」
私とキラリと理華ちゃんのハモった返事にびくっとしてる。
ごめんごめん。でもね。私たち三人、気持ちは一緒だったと思うんだ。
楽しんでもらいたい。もちろん自分も自分たちも楽しむよ? もっとシンプルに言えば、みんなで遊びたいんだ。
いろんな遊びをやるよ。
かまくらでお鍋? 余裕だよ! どんとこいさ!
つづく!




