第四百九十一話
明日の退院に向かって暇を持てあましていた。
霊力と身体の治療は既に終わり、仲間と同室のベッドでただ寝るだけ。
駆け抜けた毎日、訪れた春休み、そして緩やかな戦いの終わり。
いつまでも平穏無事ではいられないだろうな、と思いながら病衣を捲り上げる。
腹部を打たれた。内臓が集中しているそこは致命傷になる箇所で、実際撃たれたときには死を覚悟した。でも――……感触が妙だった。
並木コナは己の身体に霊子を伸ばして探った。たしかに灼熱が広がり、激痛が走っていた。けれど己を貫いた弾丸は己の霊力に削られて消えていった。ぎりぎり貫通してくれたが、内部に留まられたらもっと厄介なことになっていたはずだ。自動的に修復される傷。しかし霊力がごっそりと削られ、それは心の力が削られることを意味し、引いては生きる力を削られたに等しいもの。
「ニナ先生たちには感謝ね」
囁く。もう復調しているのだが、周囲を納得させるためにもすこしは大人しくしていないといけない。
とはいえ――……とうとう来たか、とも思った。
学院長先生やルルコ先輩と相談していた。あの子が――……青澄春灯が雑誌社にプライベートを盗み撮られたあの日から。芸能人であろうと自宅ないし自宅に類する施設にいながら盗撮される行為も、それをもとに貶める記事を販売する行為も重大な侵害行為である。
問題なのは、それでも己に利があると行動してしまう者が現われた時の対処だ。
件の雑誌社には芸能会社から直接的にあらゆる形で抗議がなされた。けれど、それだけでは足りない。
外敵はきっとまた現われる。次は本物の銃器かもしれない。或いは現世の刀かもしれない。本格的な武力を行使される可能性があることくらいは認識していた。
青澄春灯――……あの子の手にした可能性を思えば、むしろ遅すぎたくらいだ。
だからこそ特別授業を経て、厳しい訓練を行なった。あれでもかなり優しくしたのだが。
足りなかった。どうしても、時間が足りなすぎた。
寮を外部にという話が出て協議をした末に、学生寮は継続。むしろ警備体制を盤石なものにする方向性でまとめ、配備を実施した――……まさにその日に襲われるとは、人生とは皮肉なものだ。
もっと訓練を。もっと準備を。そう思っているうちに襲われるなんて、我ながら脇腹が甘すぎた。こちらが構えていないときこそ、こちらを狙う存在にとっての好機。忘れていたわけではないが、どこかで慢心していたのかもしれない。
気をつけないと。
襟を正す気持ちで深呼吸をしてから考える。
内部に今回の敵の内通者がいる? 考えにくい。シオリの目は学校内外を問わず常に注意深く全員を見ている。万能ではないし完璧でもないが、他校に比べたなら、監視の水準は高いはず。
むしろ完璧だと言えるのは、学内で御霊を掴んだものたちの心のありようだ。人はどれほど成長しようと未熟なものだし、ときに過ちを犯すもの。けれど見つめる先は同じくして、共に命を賭けて戦い続けてきた同胞たち。
スパイ映画や国際的な事件を題材にする映画なら、まあ……いてもおかしくないどころか、いないと話の種が減る。だがそれはあくまで、舞台が国際的な規模に至る諜報機関や巨大な権力を持つ組織が題材になったときのこと。
日本の、それも四校しかないとはいえ高校にスパイ?
まさか。ないない。ない――……と思いたいんだけど。
「ラビとユリアがいるのよね」
スマホを手にして電源をつける。
待ち受けにした生徒会メンバーでの自撮り写真。銀髪の美貌の双子が自分の横に顔を並べている。ロシアからきて、任務から離れて保護されたという若人ふたり。彼らがいるのなら、ほかにも? いや……海外の血の入った人間はあのふたり以外いない。
偽装している? いや、ミツハ先輩が神水の盃を通じて刀鍛冶たちを鍛える過程で調べ抜いている。そして侍候補生たちを探り続けている。彼らの心に寄り添う形で。だから、それはない。
「内部でないとすると、外部。それが最も単純な答え」
誰かいるのか? 私たちでないなら……私たちに関わる縁の持ち主が、私たちを見ている?
そうなると、怪しい人間はやまほど出てきそうだ。特にシオリは、妙な繋がりを外部に持っている。個人的にはあまり歓迎できない集団だ。ラビは「役に立つ」と言って放置を決め込んでいるけれど、企業や国際機関のネットワークに侵入して情報を盗み見る集団なんてトラブルを抱えているようなもの。
正直、距離を取ったほうがいいと個人的には思う。
シオリにとっては大事な仲間のようだから、強くは言えないが。
「はあ……」
苦労ばかり背負い込むなあ。自分のおへそを眺めてなにをやっているのやら。
「……私のおへそ、可愛いわよね」
肩を竦めて呟いてから病衣を離す。
視線を感じて隣のベッドを見ると、仲間が呆れた顔をしてこちらを見ていた。
「先輩、無防備すぎません? 看護師には男性もいるのに」
「そこまで上げてないし問題ないでしょ」
「まあ、それならそれでいいんですが……刀鍛冶は侍候補生ほど筋肉質って感じじゃなくて羨ましいです。目の毒ですよ」
「私のお腹に見惚れた?」
「今は華奢が美の条件になってますからね」
「あら、そうでもないわよ? 日本も世界もまだまだ痩身が目立つけれど、世界的に見れば先進国だけじゃなく途上国でも肥満化は進むばかり。むしろ貧困が加速している日本は全力で痩身に傾いている、その理由を考えると不思議よね。十六億人は過体重なんですってよ?」
「あの……まさか社会の授業になります?」
「なりません。それより、あなたは大丈夫なの?」
「まあ」
身体を起こして立ち上がる。仲間も十分華奢な方だったと思うのだが、それにしても――……どういうことか。
「あなた、変わった?」
「せっかくつけた筋肉もいくらか落ちた気がするんですよね。胸が小さくならなかったのは幸いですけど……余計なものが落ちた感じ」
いつふにってもおかしくない私の身体と違って、仲間の身体はそぎ落とされていた。胸以外……正直かなり羨ましい。
羨ましいのだが。
「ねえ、仲間。目にちかちか光が走っているように見えるのだけど」
え、と口にした仲間が一瞬煌めいて、見えなくなった。隔離世で仲間がするように煌めいて、
「――……だからつまり私は普通ですよ!」
と聞こえたのは、私の後ろ。一瞬にして移動したの?
「……つまり、何が普通?」
「あ、あれ?」
みるみるうちに顔色が悪くなって、肌が黒ずんだ。ふらっとして倒れ込んでくる身体を思わず抱き留めて――……。
「あっつ! ちょ、ちょっと、だいじょうぶ!?」
あわてて霊子を繋ぐ。心までは伸ばさず、その手前。身体の表面を探ると、予想通り。心を纏う外皮が焦げ付いていた。急いで霊子を注いで仲間の心を癒やすと、みるみる内に肌の色が元に戻っていく。熱も――……冷めていく。
「――……はあ、はあっ……はああ……だめなんです。急になんていうか、その。加速しちゃって」
「そのようね……調子は?」
「ハルみたいに動けたらいいんですけど。心が追いつかないっていうか」
案外、そこがあなたの問題なのかもしれないわね……と、言うべきか迷う。
誰かのためなら……友達や仲間のためならどこまでも強くなれる。
あの子は歌を手に入れた。そして仲間は速度を手に入れた。
だとしても、あの子が初めて己の輝きを手に入れた、その兆しとなるトーナメントのときに力を解放して倒れてしまったときのように、仲間も身体に馴染むまでの間は苦しむことになりそうだ。
そもそも、力が確実なものになるまでには苦難の道のりがありそう。
仲間の刀鍛冶のコユキにはきちんと連携しておかないとな。
いずれにせよ仲間の速度は可能性を切り開く力になる。力には責任が伴い、責任の重さに相応して人生もまた変化するだろうけど。是非とも前向きに乗りこえてもらいたいものだ。
ならばこそ。
「無理はしないように。寝ていなさい」
「あの……どうせなら、走ったりして訓練したいんですが」
「だめ。あの子みたいに何度も入院騒ぎを起こしたいなら別だけれどね。ご実家のお兄様がた、あなたが寝ている間にたくさんいらっしゃっていたわよ?」
「……最悪」
寝ていた間の見舞いについて伝えると、渋い顔で唸られた。だがまあ、察する。
仲間のベッドを見た。日常的によくトモと呼ばれているが、彼女の名前はトモカ。彼女を慈しむ大勢の兄と愛情深い父親によって、ベッドはぬいぐるみとフラワーアレンジメントにまみれている。
ちょっとやりすぎだ、と思うくらいにディスプレイされていた。
寝ている彼女に変わって軽くお話させてもらったけど、実家の犬や剣道の道場の門下生も全員連れてこようとしたらしい。
常識的な彼女の母によって阻止されたようだが、本当によかった。同室の見舞客に溢れて居心地の悪い思いをせずに済んだことを感謝しよう。
ありがとう!
この気持ちのまま伝えておこう。
「あなたのお母さまが明日、お見舞いがてら片付けにくるそうよ」
「はあ……それはなによりの知らせです。ちょっと……寝ます」
渋々ベッドに戻って、とびきり大きな犬のぬいぐるみを抱くと瞼を伏せてすぐに寝入った。
切り替えが早くて清々しいし、ぬいぐるみをなんだかんだ大事にするなんて可愛いところがあるじゃない。
とはいえ、心に身体が追いついていないのだろう。ばて気味の身体は彼女の休息と進化を求めているようだ。
あの子は内に宿した玉藻の前に近づいているという。そこまでの変化に向かうあの子の心を支える要因はやまほど考えられるが、柳生十兵衞の存在がなければどうなっていたかはわからない。
だからこそ、繊細な心の行方を見守らなければ。
今回の敵は私たちにとって危険な存在だった。あの子が歌ではなく刀を手にして斬った、その決断こそ……私たちにとって、敗北を意味する結果だったのかもしれない。
勝負して、戦いには勝った。
けれど青澄春灯にとって最大の勝利だったとは……とてもじゃないが、言えない。あの子はきっと、考えないようにしているだろうけど。無理もない。あまりに時間が少なすぎるから。
時間が必要だ。成長も必要だ。ありとあらゆるものが。
そばにいたいけれど……そばにいって、どうするべきか。
今回の敵がどんな存在かは、ハリセンでしばき倒して掴んだ。霊子を通じて、どのような悪辣を過ごしてきたかは理解している。
同じ大地の上に過ごしながら、まったく別の世界で生きているような人間。そんなの大勢いるけれど、私たちを襲った人間は私たちとは違いすぎる人生を歩いてきた。
どうすればよかったかって?
いくつか答えはある。
けれどそれは“私の答え”であって“あの子の答え”ではない。心の底から強く浮かぶ気持ちのまま、貫き通せるようでなければ乗りこえられない。だから教えるつもりもない。自分で気づいて選び続けることにこそ、意義がある。
なのだけど、心配だし不安だ。
あの日、私はハリセンを手に示したつもりだけれど、あの子は敵の悪意に飲まれてしまったから。
ひとりきりじゃ乗り切れない。誰かがそばで強く「そんなのに負けるな、あなたはだいじょうぶ」って言わないと。そうしないと立ち向かえない瞬間なんて、きっとやまほどある。
――……なら、案外必要なことなんて一つかもしれない。
そう思ったときだった。
スマホが鳴って、手に取る。画面に表示された発信者とメッセージを見て、笑ってしまった。
「まったく……心配かけるんだから」
青澄春灯から、並木コナへ。
メッセージは簡潔。
明日はお祭り! これますか? だって。
答えは一つ。返信なら迷わなかった。
◆
大浴場に連れていって戻ってくるだけで一騒動だったよー。いつものノリでマドカが私にぴったりくっついたのを見たミライちゃんが、何をどう思ったのか理華ちゃんに同じように接しはじめたの。初めて見たよね。人が本気で悲鳴を上げた瞬間を。
機敏で頭が良さそうで、しかも行動力に溢れてる理華ちゃんが、意外や意外。髪を洗っているときに背中から抱きつかれて叫んでたの。ふわあああ!? って。めちゃめちゃ油断していたのか、それともこういう交流に慣れていないのか。
どっちかわからないけど、理華ちゃんがだめならと次の標的を探すミライちゃんに、理華ちゃんは顔を真っ赤にして止めに入る。けどあのひとが、とマドカを指差すから大変。マドカもマドカで悪のりしてからかおうとするから、ミライちゃんの暴走が止まらず。
こういう瞬間を黙らせたのがまさかのキラリ。マドカにゲンコツ、ミライちゃんにびしっと「大浴場はお触り禁止だ!」と言ってたけど、台詞から見ていろいろ毒されている気がします。言ったら落ち込んじゃいそうだから、そっと胸の中にしまっておいたけどね!
お部屋に戻って迷わず私のベッドにダイブして黙っちゃう理華ちゃん、そうとう叫んだのを気にしているみたい。もしかしたら、予想外の事態に弱いのかも?
そこいくとミライちゃんは図太くのんきに、私が買ってあげた牛乳をちびちび飲んでる。
くたびれたお洋服は見ていられなかったので、ジャージを貸したの。居場所に困って、ひとまずソファに腰掛けたミライちゃんを見て、さてどうしようかなあと思ったときだった。
スマホが震えたから確認すると、コナちゃん先輩から返事がきてた。もちろん行く、だってさ。よしよし。
お風呂でマドカやキラリに伝えたし、ご飯のときにカナタに提案したから生徒会メンバーはもちろん二年生にも伝わるはず。
春休みになって実家に帰っちゃった人もいるだろうから、連絡しても全員集合とはいかないかもしれないけど、そこはそれ。しょうがない。
メッセージを確認すると、卒業した三年生も問題なさそうだ。メイ先輩がちゃんと伝えてくれたおかげだ。よしよし。いい感じ!
ベッドに腰掛けると、寝返りを打って理華ちゃんが私の尻尾に顔を寄せてくる。私の視線に気づいててんぱった顔をするの。
「あ、あの……顔、うずめてみてもいいですか?」
「いいよー」
おっけーだしたら、すぐに九尾に抱きついてくるの。ぎゅって力加減無視して~みたいなのじゃなくて、そっと包み込むように。ふわあ、と感激した声をあげる理華ちゃんを見て、ミライちゃんもうずうずしていたから「いいよ」って伝えたよ。結果、私の九尾は大人気に。
それはそれで嬉しいんだけど、でもこればかりじゃあね。
どう切り出したものかと悩みながら、尻尾をふたりに委ねていたの。スマホがぶるぶる震え続ける。明日のお祭り用グループができていて、招待されたから入ると、まあすごい勢いでログが流れていくよ。
おもに発言しまくるマドカに振られて明日のアイディアを伝える。それをもとに、お祭り騒ぎが大好きな士道誠心のみんながどんどん具体的に詰めていくの。
こういうとき、実感する。
私はひとりじゃないし、みんなもひとりじゃない。気持ちさえあれば、いくらでも乗りこえられるし……逆に言えば、気持ちがなかったり、見失っちゃうと、人は簡単にひとりぼっちになっちゃうのかもしれない。
誰かと一緒にいたい。お話したい。一緒に笑いたい。そんな気持ちが私たちをひとりにしない可能性に近づける。でも相手のことも考えないと、うまくはいかない。
難しいなあ。そこを乗りこえる強さがあれば……それがあれば、もっとずっと前向きに笑っていられただろうなあ。
知ったことか。私は歌うぞ、なんだって乗りこえて救っちゃうぞ。そう振る舞えたら、どれだけいいだろう。でも……私の見てきたいろんな作品は、基本的に殴って戦わないと、傷つけあわないと先に進まないものばかりだった。
人生もそうかな? そんなことないよね。
生きることは戦いかもしれないけれど。捨てることばかりかもしれないけど。拾えるほうがいい。戦わずに馬鹿騒ぎで乗り切れるなら、そっちのほうがずっといい。
そのために、お祭りをするの。
アダムのときのようにやれたらいいなって思う。いろんな理屈や考え方があるかもしれない。それでもいい。関係ない。
あれは試しの場だったし、渇きを問答無用で吹き飛ばしてしまえる……満たしてしまう、そんな歌が欲しい。そんな力が欲しい。
強くなきゃだめだ。優しくなるために、もっともっと強くならなきゃだめ。やまほどへこまされても、芯がぶれない強さがなにより必要だ。
それはきっと、ひとりぼっちの力じゃない。みんなで生きるための力。
教授と向かい合った瞬間、私と彼はそれぞれにひとりぼっちだった。みんながいたのに。カナタとお姉ちゃんが守ってくれたのに。私は教授も私もひとりぼっちのまま、決断するしかなかった。
カナタとお姉ちゃんだけじゃない。怪我を押してコナちゃん先輩もトモも来てくれて、みんながいて……だから当然、メイ先輩たちも、マドカもキラリもいたのに。
あの瞬間、耐えきれなくなったの。私を傷つけようとする悪意と辛辣さに。そんなのいらないってなっちゃう自分がつらい。
『聖人でもなければ、聖母でもない。お主自身の言葉じゃろ?』
……うん。
『見知らぬ他人、それも自分を率先して傷つけてくる他者の母にはなれんよ。いや、誰の母にもなれんさ。自分の子と向きあいながら、悲鳴をあげるように必死に魂を削られて……やっと変わっていく。それくらい、人に優しく寄り添うのは難しいことじゃよ』
――……それでも。優しく愛するように、寄り添いたいと願うの。
『ならば、いい教訓になるじゃろ。なるほど、此度の戦いはまことお主の孤独の結論なのかもしれんな』
……ひとりぼっちでは、生きられない。
『最後の奴がまさに、その証拠じゃろ。欲にまみれて好き放題に人を傷つけても……それは人を孤独にするだけなのじゃろ』
そんなの――……。
『当然だと簡単に結論を出すでないよ。利害関係で繋がりが生まれることもある。ただ……奴にはそれが残らなかった、というだけのことじゃ』
難しいよ……。
『己の欲望すべて、心も身体もすべて、お主を傷つけることに注ぎ込んだ。なるほど、たしかにお主はいま、傷ついておるのう?』
……悔しいけど。
『じゃが、後ろを見てみい』
「え? ……あ」
私の尻尾にきゅっと縋り付いて、ふたりの女の子が寝ていたの。
疲れていたのかもしれない。なんだかんだで気を張っていたのかもしれないし。
でも、すっかり落ちついた顔をして寝てる。
お話するんじゃなかったの? って思ったけどね。起こしたりしないよ。ただただ愛しくてたまらなかった。
『ひとりぼっちじゃない。ゆめゆめ忘れるな……つらいなら、放っておいてよい。そうでなければ、愛すればよいのじゃ。お主の言葉じゃぞ?』
「……ん」
タマちゃんの言うとおりだった。
それはたしかに私の言ったことだ。シュウさんに伝えた言葉だった。
もしかしたら、放っておきたいかどうか、その選択が人を作っていくのかな。
だとしたら?
『途方もなく許す愛もあれば、ときに厳しく導く愛もある』
……十兵衞。
『どうしたいのか。あらゆる道に、どう向き合いたいのか。己の答えを探し続けることだ』
私の答えかあ。
迷わず行動できたらいいのにね。うまくいかないなあ。
『……お前が憧れる存在を思い返してみることだ』
それって――……トモに、コナちゃん先輩?
『すこししゃべりすぎた。先に寝る』
あっ、十兵衞! ずるいよ、導いてくれたなら答えを教えてくれてもいいのでは?
――……だめだ。うんともすんともいわない。タマちゃんはどう思う?
『お主が思うまま、その先を見つめてみればよいじゃろ。ではな』
タマちゃんまで! ……寝ちゃった。
うーん。ふたりのように、かあ。
トモは私を守るために行動してくれた。コナちゃん先輩だって、そうだ。駆けつけて、ハリセンを手に、できることをやれる限りやり抜いた。いつものように貫いてくれた。
もしかしたらうまくいかないかもしれない? 大失敗して、自分が傷つくだけじゃなくみんなまとめてひどいことになるかもしれない?
知ったことか! 私は私の望むとおりにやりきるぞ! って……きっと、ふたりの行動が叫んでた。
思いだしちゃうなあ。
生徒会長選挙のときとか、シュウさんを助けるために飛び込んだカナタとか、ギンに立ち向かうマドカとか、コマチちゃんを助けるために挑んだキラリとか。
みんなの姿を思いだしちゃう。
思い出こそきっと、私がひとりぼっちじゃなくなった証拠なのかもしれない。
忘れないようにしたい。
めげそうになったとき、つらくてたまらないときこそ、思いだせるようにしたい。
ちゃっかり者のぷちにメイ先輩の鏡で見せられた、あんな顔でいたいわけじゃない。
みんなと一緒に過ごしてできた思い出たくさん、幸せな気持ちの分だけ笑える自分でいたい。
だってさ。
私の尻尾をぎゅっとして、幸せそうに寝てくれる子がいるんだよ? ふたりも。
あなたたちがぎゅってしたいと思ってくれる私でいようと思う。
「お願い金色、光って星を届けて――……」
つらくなった時、刀を振り上げずにはいられない私に――……どうか届けて。
口ずさんで嬉しそうに微笑むふたりの顔を。
忘れずに、届けて。
◆
息苦しさを感じて意識が覚醒する。目を開けたらぽよぽよお乳にぎゅってされていた。
「――……ぷぁっ。ふあ……」
なんとか腕の中から顔を抜いたけど、腰をぎゅうって抱き締められてる。
顔をあげると、私の正面からぎゅってしてるのはミライちゃんだったの。髪の毛も眉毛もなにもかも、綺麗な桜色に染まっていたの。横文字にするとピンクゴールド? うーん。
冬とはいえかなりの密集度。お布団でなんとかふたりを寝かせたんだけど、ぎゅって抱きついてくるから抗えず、ぽかぽかに飲まれてごらんのありさまだよ!
お腹がきゅう、と鳴る。腹ぺこだ。カナタのおそばは美味しかったけど、お腹にずどんとくるものが食べたかったので、どこかでこっそり寮の購買に行ってお菓子かなにか買おうと思ってたけど、すっかり寝ちゃったよー。
おかげで朝ご飯がおいしく食べられそう!
スマホを手にして画面を確認する。
朝六時過ぎだ。高城さんからメッセージきてる。今日のスケジュール、本当なら結構タイトになるはずなんだけど、社長が気を配ってくれて空けてくれたんだって。トシさんに励ましてもらったけど、私の歌はまだまだ本調子に戻ってない。だから、いっそ一日がっつり休めということになったみたいです。おかげで今日はゆっくりできそうだ。
でもなあ。メッセージの通知の数はやばいことになってる。
覗いてみたらマドカが深夜三時過ぎにまとめを書いて終わってた。概要を読んで、スマホを置く。
お祭りをする、しかも一日がっつり空いているとなれば! ここは張り切りどころ! ううん、遊びどころだ!
意気込んで布団を捲ろうとしたら、とんでもない寒さを感じて無理でした。
めちゃめちゃ寒い! なにゆえ!?
「ぷち……えっと。しっかり者、いけ!」
枕元の葉っぱに念じたつもりが、私の尻尾からもぞもぞとぷちがひとり、しぶしぶ出てきた。寒そうに身体をさすりながらベランダのカーテンを引くと――……。
「ふわ……!」
めっちゃ雪ふっとるがな!
「――……んんん」
カーテンが守っていたお部屋に冷気が伝ってきて、誰より敏感に理華ちゃんが唸る。ぎゅううって背中から抱きついてきて、あったかいんだけどね。ちょっと苦しい。
「戻っておいで……って、いうまでもないか」
しっかり者のぷちはカーテンを閉じてお布団に飛び込んで、尻尾の中に戻るの。
スマホが震えて、あわてて取る。もぞもぞするミライちゃんが、むずがるような顔をして布団にもぐって、私のお乳に顔を埋めてきた。前後に挟まれて私、空前絶後の大人気なのでは。
なんて言ってないで確認するね。えーっと。
『おはよー! ルルコとシオリでがんばるまでもなく、降ったねえ!』
ルルコ先輩からお助け部グループへのメッセージだった。
『雪祭りは楽しみだけど……特別体育館、めっちゃ寒いな。壁と天井があってもしんどい』
メイ先輩の悲鳴に苦笑い。いくらばっちり昔の城下町を再現しているとしても、防寒設備までは別なのか。だとしたら凍えちゃうのでは。ドームまるっとあたためる暖房設備なんてないだろうし、たとえあったとしてもね。めちゃめちゃお金かかりそうです。
『いやあ、ユウヤの提案でちっちゃなストーブたくさん用意してよかったね!』
『……いや、せんべえ布団と毛布とちっちゃいストーブじゃ限界あるだろ』
冬を生き延びるのって大変なのでは。
『つうかルルコ、同じ布団にいるんだから声を出せ。声を』
『やー。布団の中にくるまってないとルルコ死んじゃう』
『……おかげで私は手と顔をださなきゃならないんですが、それは』
ま、まあ、仲いいことはよきことかな。
『おはよーございます。寮のお部屋まだ空いてると思うし、寒さがやばいならお部屋に移動したほうがいいのでは』
『ハルちゃん、おはよー! ルルコは今のままでいいかな!』
『あんたはな。私は寮部屋が恋しい。大阪城のノリでいいから、中は現代施設にするべき』
『学院長先生が新設する敷地の街はそうする予定だってさ! できたら順次うつるよ?』
『エアコンがこんなに恋しくなるなんて』
メイ先輩のメッセージが切実すぎる!
既読が私とルルコ先輩以外にふたつ増えた。
マドカとキラリが続いて挨拶してくる。なぜふたり同時? もしやふたりはお泊まり会をしているのでは!? むむ! 気になる! 具体的に言うと、混ぜてよ!
いそいそとマドカとキラリの三人グループにメッセージを飛ばしたの。
『もしやふたりとも一緒にいるのでは!』
すぐに返事がきたよ。
『ばれたか!』
マドカぁ……。
『ああうそうそ、冗談。どんな顔してるか想像つくけど、ちがうから』
『ハルはいま、ふたりの子を連れてるでしょ?』
『その間に、キラリとふたりで今日のお祭りについて詰めようって話してたの』
『気さくな子なら誘ってたけど』
『どう見たってふたりとも結構いっぱいいっぱいだから、気を遣わせたくなかったんだ』
『どうせふたりとも、昨夜はすぐ寝ちゃったんじゃない?』
勘のいいマドカ! 相変わらずだなあ。どこかから見ているんじゃないだろうか。なんてね!
『うぐう。悔しいけどそのとおりです』
『次は呼んでよ! さみしいもん!』
はいはいってスタンプがふたりから飛んできた。むー。まあいっか!
『話し合いは順調?』
『ばっちし! まあ待っててよ』『朝飯、食えるか? 今から食堂いくけど』
マドカの返事にかぶせてきたキラリにふむ、と悩む。
きっと祭りについて直接お話してくれるつもりなんだろう。
行きたいと思いつつ、私にぎゅってくっついているふたりは、放っておいたらいつまでも寝ていそう。寒いしお布団はあったかいから、しょうがないといえばしょうがないけど……。
『行きたいんだけどさ。ゲストふたりが可愛い寝顔ですやすやおねむり中ですよ』
セルフィーで川の字撮影。すぐにのっけると、ふたりがめちゃめちゃはしゃいだ返事をくれた。かわいーの! 理華ちゃんはもちろん、ミライちゃんもね!
『とても心苦しいのですが、士道誠心の朝って早いって教えるべき?』
ふたりそろって「やれ!」と飛ばしてくるから苦笑い。なんだかんだできびしめだよね、ふたりとも。体育会系だからかな? 私は逆にあまあま優しめでいきたいのですが。
うーん。そうだなあ。
せっかくだから、お祭りの朝に相応しい形にしたいかな!
三月の中旬終わり。雪の降る日の朝――……私を訪ねてきてくれたふたりの女の子にあげられるものかあ。用意しておけばよかった! ……なんてことに、きっと去年の私ならなっていたはず。
でもねー! ふふー! 実はメイ先輩たちのお祝い用にプレゼントを買いに行ったの、昨日ね! ちょうど、理華ちゃんから連絡を受けたときに!
なので、ちゃあんと用意しているんだなー。
ぷちたちをだす。九体すべて。
「でておいで……え? 寒いからやだ? 素直に言うことをきくの! ちょ、いたいいたい! 尻尾の毛を引っぱらないの! わかった、わかったから……チョコみんなに買うから。これでいい? よし。じゃあ……そうだね。そこにおいて、あとは……木とデコだね。箱をおいたら――……よし」
準備ができたから、口ずさんでみよっかな。
三ヶ月遅れにきた、クリスマスプレゼントを……ふたりの女の子にあげるために。
季節外れのサンタがお部屋にやってくるよ。
つづく!




