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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第六章 侍と刀鍛冶

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第四十九話

 



 グラウンドに集まった生徒達の中で、ギンは相棒となった佳村ノンちゃんに私をひょいっとほうり投げました。


「これ預かってろ」

「「えっ」」


 揃って声を上げる私とノンちゃんにギンは笑うだけです。

 其の視線は油断なく周囲に向いていました。

 一年生の刀持ち(つまり私のクラスと代表四人とトモ)と、その相棒である刀鍛冶が集まってるの。

 みんなばらけて賑やかに話していた。

 ギンから私を受け取ったノンちゃんは私を見てぎょっとしてる。


「あ、青澄春灯(あおすみはるひ)です!?」

「ども、青澄春灯ぷちです」

「ち、ちっちゃかわいい……」


 ノンちゃんに言われると複雑。

 ボケたのに普通に反応されて恥ずかしくもあり。困るのです。


「じゃなかった! な、なんで? なんでですか、沢城さん!」

「小さい同士気が合うだろ」

「「ちっちゃくないから!」」

「ほら、気があってんじゃねえか」

「「う……」」


 唸る私とノンちゃんです。

 腕に抱かれてグラウンドを見たの。

 カナタはすぐに見つけることが出来た。

 眼帯にポニーテールにした黒髪の私と一緒に何かを話し合ってる。

 真剣な表情だ。こちらに気づく様子はない。

 他にもトモはもちろんカゲくんやシロくんが私に気づいたけど、みんな相棒と話すので手一杯みたい。それもそのはず。


「さ、沢城さん、わかってますか? これは刀鍛冶にとって大事な日なんです」

「なんだっけ?」

「だから! プロに覚えてもらうための大事な場なんです! ちゃんと村正でアピールしてくださいね!」


 ノンちゃんが必死に言うくらい、大事な日らしい。

 見れば刀鍛冶のみんな真剣な顔だ。中でもカナタは悲愴な顔に見える。


「わかってるって。ちゃんと研いだんだろ?」

「そ、そりゃあ……緋迎さんに勝てるよう頑張りましたけど」

「なら心配せず俺に任せてりゃあいいんだ」


 握り拳でおでこをこつんってやった。

 恐る恐るノンちゃんの顔を見たら……ああ。

 落ちてる。落ちてるよ……間違いないよ。蕩けた目になってるもん。

 ギンってそういうとこあるよね。


『なにをムカムカしとるんじゃ?』


 そんなことないし……って、タマちゃん大丈夫なの?


『一尾に逆戻り、正直余裕はないがの。まあこうして話すくらいには取り戻したわ、そなたの霊気が心地良いせいじゃの』


 な、なんか恥ずかしい。


「皆さん、整列を」


 グラウンドに設置された明かりが照らす場所を歩いてきたよ。

 時間は深夜零時間際。

 ニナ先生が着物姿でゆったりと進んでくる。

 間違いなくうちの学校の先生のきれいどころ。

 その後ろに続いてくるのがスーツ姿の大人のお兄さんお姉さんがたです。

 ざわついていたみんなが一斉に黙ったの。

 それもそのはず。

 カナタにそっくりで……だけどもっと禍々しい顔をした大人のお兄さんが着物姿で歩いてきてて。

 その腰に差した刀を見ただけで全身に鳥肌が立ったの。

 龍の紋。金と血の赤の柄と鞘。趣味的なようで――……けどおぞましい。


『……わかるか、ハル』


 うん。あれは……。


『この世にあってはならんものじゃ』


 私を抱くノンちゃんの腕にぎゅっと力がこもった。


「すごい……」

「ノンちゃん、あの人のこと知ってるの?」

「む、むしろ知らないんですか!?」


 声を上げたノンちゃんに注目が集まる。

 けど……カナタは彼にそっくりな侍を睨んでいた。

 憎悪の目だった。


「今の日本で最強の侍であり、刀鍛冶です。第一戦で活躍するほどの才能を二つも持つのはあの人だけです」

「なんていう……人なの?」


 なんとなく。


「緋迎シュウ。確か緋迎さんのお兄さんです」


 わかっていた。

 カナタの関係者だって。顔がそっくりだもん。


「皆さま、よろしいでしょうか」


 声を張り上げないのによく通るのがニナ先生の声だった。

 壇上にあがって手を合わせる。

 緊張していたみんなの糸が程よく緩む、澄んだ拍手の音が響いた。


「今日は我が校に日本でも特別有名な侍と、第一戦で働く刀鍛冶の方々に特別に来ていただきました」


 笑顔で私たちを見守るスーツのみなさんだけど、目はちっとも笑ってなかった。

 本気の目だ。


「決して高校生を適当に見よう、などという気持ちではいらっしゃってません。なぜならあなた方はいずれ、彼らと命を預け合う仲になるのですから」


 柔らかい声で語られる張り詰めた現実。


「今持てる力の全てを発揮して、どうぞ自らを主張なさってください。その評価がそのまま明日、みなさんに支給される金額になります。ゆめゆめお忘れなきよう」


 そこまで語ると懐から御珠を取り出した。

 ニナ先生が何かを囁いた途端にあの光の波が私たちを霊子の存在へと変えていく。


「わ、わわ」


 よろけるノンちゃんにふり返ると「だっ、大丈夫です。そんな不安な顔しないでください」とツンツンされた。可愛い。


「あ、挨拶とかないんですね。プロのみなさんからなにかあるかと思ってました」

「今の俺らにゃあまだいらねえってことだろ」


 気に入らない、と顔に書いてるギンだけど、しょうがないかも。

 侍として立つのは一年生だもの。


 ◆


 ニナ先生の説明曰く、呼ばれた侍と刀鍛冶が前に出る。演舞を見せる。プロの方との質疑応答。それで終わりだ。

 それだけで何がわかるのかな、なんて思ったのは一瞬だった。

 あのシュウさんというカナタのお兄さんが長い刀を振るうと、呼ばれた生徒の前にあの触手が出るの!

 やっぱり、あの刀はおかしい。

 気になるけど……今はわからないから我慢するとして。

 演舞っていうのは早い話が触手の退治だった。


『刀鍛冶を信用出来ておれば一年の新米侍でも戦える。逆に言えば……新米侍のケアも出来んような刀鍛冶はいらん、ということじゃな』


 さすがタマちゃん。なるほどなあ。

 クラスのみんな、手こずりながらも逃げるような人は一人もいなかった。

 刀鍛冶のお姉さまがたの声援という名の駄目だしの方がえげつなかったよ。


「ちが、そうじゃない! その攻撃は受けていいの! 男でしょ!」「は、はいい!」

「いけ、犬A! かみつきだ!」「俺自身は犬じゃないっす!」


 ……ち、ちょっと和んじゃうよね。

 逆に言えば、みんなはまだまだ舐められてるのかもしれない。

 あのシュウって侍に。

 だって。


「一年一組、仲間トモ。雷切丸……よろしくお願いします」


 そう宣言したトモにあの人が出したのは、二首の大きな大きな犬の魔物だったから。

 教室くらいはあるその異様にトモがぼう然とする。


「え――……」「避けて!」


 ぽやっとした子の声にはっとしたトモがあわてて跳んだ。

 跳ばなかったら、犬の爪に切り裂かれてた。


「くっそ」「落ち着いて! 仲間さんならいけます! 雷切丸があるんだから!」


 空の上で回転したトモが刀を構えた。

 その瞬間だったの。


「宿れ雷神! 舞い散れ千鳥!」


 トモの身体中がぴかって瞬いた。

 次の瞬間にはもう、犬の背後にトモの姿があって。

 遅れて轟音が鳴り響いたの。

 トモが納刀した途端に犬がモヤとなって消えていった。

 紛れもなく……凄い演舞だった。今日一の演舞に間違いなかった。

 だから心が躍ったの。すごい。やっぱりトモすごいって。

 けどそんなすごいことをしたトモはシュウさんを睨んでいた。


「何か質問はございますか?」


 おきまりの言葉をニナ先生が口にして、スーツのお兄さんが手を挙げる。


「いつからこれほどの芸当が出来るように?」

「刀鍛冶がついてからです」


 凜とした声で答えるトモ。人を大事にするところが好きだ。


「正確には、彼女が初めて刀を手にした時からです。ここの特別体育館の天井を破りました。その雷で……さらには雷を彼女は斬ったんです」


 そんなトモの相棒だからこそ、ぽやっとした子がトモのためになる説明をした。

 小さな声で「獅子王先生からの伝聞ですけど」と補足する。

 スーツの人が手にしたボードに熱心に書き込む。


「よろしいですか? では次」


 流したニナ先生に驚くし、誰も何も突っ込まないところに引っかかる。

 トモだけあんな敵を出すのひどい、と思ったのは……ほんの序盤にすぎなかった。


「八葉カゲロウ、草薙です」「こら、しゃきっとしろ」「うっせえ」


 落ち着かない顔で女の子と言い合うカゲくんに、シュウさんが出したのはトモの時と同じくらい巨大なヘビでした。


「またヘビかよ!」「またっていうからにはお手の物でしょ! いけ!」


 お尻を蹴られるカゲくん、ぶつくさ言いながらも草薙を構える。

 けどヘビの頭が鋭い突きのようにカゲくんの足下を狙ってきた。

 頭が幾つも分身して見えるくらい激しい攻撃だったの。


「男の子でしょ! 立ち向かえ!」「わかってるって! パターンを読んでんだ!」

「ならやれ!」「おう!」


 檄を飛ばされてカゲくんが「せいや!」と草薙剣を地面へ突き刺した。

 そこにはヘビの頭があったの。モヤになってお終いになってほっとしていたら、カゲくんが女の子とハイタッチしてた。ぱん! と景気のいい音がしたよ。

 続いたシロくんや狛火野くん、レオくんもタツくんも。

 あらゆる化け物をぶつけられたけど、みんなそれぞれに切り抜けた。

 シロくんはちょっと危なかったけどね。それはいつか話す機会があったら話すとして。


「沢城ギン……村正。相棒は佳村ノンだ。悪いんだが、敵は指名していいか?」


 私の前に呼ばれたギンが……黒髪の私とカナタを刀で示した。

 シュウさんの目がカナタを見て、すぐに黒髪の『私』に向いた。

 カナタに興味ないの? まるで虫けらを見るような……無感動な目だった。


「果たし合いですか。いかがでしょう?」


 ニナ先生の問い掛けにプロの皆さんは異論なし。

 対する『私』はカナタを一瞥した。


「いいだろう」


 カナタが頷いて『私』と一緒に前に出てくる。

 そしてやっと……やっと、ノンちゃんの腕の中にいる私を見た。

 けどほんの一瞬だけ苦しむ顔をするだけで、冷たい仮面に隠すように無表情になってしまった。


「青澄春灯……柳生十兵衞」


 そう名乗った『私』を見てやっと理解した。

 今の私を操っているのは十兵衞だ。その事実にぞっとした。

 ギンが敵う相手じゃない。何せ相手は百戦錬磨の剣豪だ。

 それだけでも怖いのに、カナタは前に出て口を開いて言うの。


「こちらの侍、宿した御魂の声を聞く才を持っております。それ故にこのような芸当も可能」


 右目に手をかざして、振り払いながら宣言した。


「変われ、十兵衞!」


 私の足下から光の渦が産まれて、それは『私』の霊子をどんどん変えていった。


「おい、ノン。よく見とけ」

「へ!? あ、はい!」


 ギンが呟き、ノンちゃんがあわてて頷く。

 渦が消えた時、そこにいたのは紛れもなくあの柳生十兵衞だった。

 どよめくみんな。プロの人たちも目を見開いている。

 けど……シュウさんだけは冷めた顔だった。


「かの剣豪が愛した刀を皆さん、ご存じか? そう……三池典太の作なり」


 振り払った右手を恭しく回してお辞儀をしたカナタの演出に心がざわつく。


「思ったことはありませんか? 剣豪を引いた侍がもし、剣豪の持ちし刀を手にできたなら、と」


 なんだか。


「もし侍の刀を……名刀に変えることができたなら、と」


 すごく……嫌な予感が、する。


「仮に、天下五剣の一つ。大典太光世をかの剣豪が手にしたならどうなるか、と」


 あわててノンちゃんの腕の中から降りようともがく。けど「お、落ち着いてください」より強くぎゅっと抱かれてしまった。


「叶えてごらんにいれましょう――……十兵衞」


 カナタの隣に立った十兵衞の手がカナタの胸から何かを掴んで引き出した。

 その手には柄が握られている。

 けど、待って。お願い、待って。

 十兵衞が引き抜けば引き抜くほど、カナタの身体が消えていく。

 一振りの息を呑むほど綺麗な刀が現われた時にはもう、彼の形はどこにも残っていなかった。

 どよめくプロの人たち。ニナ先生も口元に手を当てて青ざめている。

 ただ二人だけ、笑っていた。


「ほう……」


 シュウさん。そして。


「いいねえ……ろくに生き血を知らねえ綺麗な刀が見えるぜ、村正」


 ギンだった。


「まって。まって、まって――」


 必死に、喘ぐように願う私の前で。


「いくぜ!」


 ギンが跳んだ。

 禍々しく煌めく刀の筋が、嵐のように繰り出される。

 それを十兵衞は受ける。受ける。受け止める。

 いつかの立ち会いならば限界があったはずのその切り合いは、互角。

 ……違う、わざとだ。十兵衞はわざと受けている。

 事実、刀は妖刀の猛攻を防ぎ続けている。

 そのたびに聞こえる。カナタの苦しむような声が、あの刀から確かに聞こえるの。


「まっ――」

「見守りましょう、いい見せ物だ」


 私のように制止を口にしたニナ先生を止めたのはシュウさんだ。

 笑顔。優しい優しい笑顔で、妖刀をその身を賭して防ぐ弟を見守っている。

 歪。歪。歪。


「おかしい……」

「え」


 ノンちゃんの呟きに泣きそうな思いでふり返ったの。


「な、なにがおかしいの? っていうか待って、お願い、止めて! ひどいことになるよ!」

「大丈夫です。あたしの侍は過去の魂になんて負けません」


 断言出来るノンちゃんに嘘だ、と思うのに。


「だって……あれは村正の集合体。塊なんです。それを手にする侍が負ける道理がないんです」


 同時に敵わない、と思ったの。

 真っ直ぐギンを信じてる。ギンの勝利を確信している。

 私? 私は……だめだ。十兵衞の強さを知っている。凄さをわかっている。体感したもの。

 だから思ってしまう。勝負はむしろカナタ次第だって。


「沢城さん! なんで剣豪相手に手加減するんですか! 相手も合わせてくれてるから、大した演舞になりません!」

「言ってくれるな」「だから俺の刀鍛冶なんだ」


 ハラハラするのは私だけなの?

 お互いに強烈な一撃を放って距離を取る十兵衞とギン。

 立ち会ってみて……その刀に如実な差が出ていた。

 黒い炎を燃やす村正は余力十分。

 対するは白い粒子を散らす大典太光世……ううん、カナタ。いかにも儚げなの。


「誰か止めて! どちらも戻れなくなってしまう!」

「命を賭けた演舞だ。止めるな」


 ニナ先生の叫びにシュウさんの恫喝が届いて、誰も動けなかった。


「本気を出したいが、十兵衞。あんたじゃ逆に役不足だ。相棒が信じてくれてる手前、恥ずかしいが……まだ今の俺にはあんたの相手は荷が重い」

「ほう? 己が未熟を認めるか」

「まあな。それに、その刀も悪くない。悪くないが、こっちはそれに見合う命を賭けてない。あんたが手を抜いてるから余計、この勝負に本気になれねえよ」

「ならばどうする?」

「あんたの刀と俺の刀鍛冶が未来を試そうってんだ。それを担うのはアンタじゃない」


 振り払った刀を構えるギン。見なくてもわかる。笑っている。


「ハルだ。返してもらうぜ、その身体」

「出来るものなら。お主は前座ゆえ」


 構える十兵衞は笑っている。

 つかみ所がない……けど嫌味のない懐の深い笑み。

 その片目はギンじゃなく私を見ていた……私を?


「ノン、さっきあいつがやった技をハルにやれ」

「えっ、えっ」

「一年唯一の刀鍛冶なんだろ? 特別が欲しいんだろ? 俺がくれてやるよ! さあやれ!」

「うえええ!? え、う、うう!」

「どうした! てめえの渇望はその程度か!? 俺の刀鍛冶ってのはそんなにちんけな存在か!?」

「ち、違う! あたしは、あたしは……どうなっても知らないからッ!」


 歯を噛みしめたノンちゃんが私を抱き締めた。

 身体中を巡る霊子のありようが作り替えられていく。

 ノンちゃんの願う形に。それはどんな刀なんだろう?

 私には見えなかった。

 見えなくなったよ。けど聞こえたの。


「ただの、三池典太の一振りだと?」「いや、無銘では?」「なんだ、あの刀は……」


 誰かの声がした。知らない声だ

 けど私に触れる熱は……知っているからわかった。

 ギンだ。

 身体中に衝撃が走る。

 何かとぶつかり、削れ、欠けていく。

 なのに何度も何度も振るわれる。

 痛い。ただ痛いだけじゃない。

 伝わってくるの。


『――……!』


 誰かの名を叫ぶカナタの声が。

 もっと聞きたい。もっと知りたい。

 あなたのこと何も知らない。

 わからないことだらけなの。

 だから……なんでこんな、自分を削る方法を選んだのか教えて。


『――……のれ、おのれ! 俺の妹を! 助け出せもせず! シュウ!』


 怒りだ。あんなに綺麗な刀から伝わってくるのは悲しい怒りだった。


「頃合いか」


 十兵衞の声が聞こえた次の瞬間、私が何かを貫いた。

 肉の感触。包み込まれる懐かしい熱。

 弾けるように痛みが走って、はっとした時にはもう私は私に戻っていた。

 目の前に村正を手に立つギンがいる。

 距離を取った彼が構えた。


「その金髪、一尾だが確かにある尻尾。何よりその匂い、紛れもなくハルだ。さあ、斬り合うぞ」


 待って、待ってよ! わけがわからないの!

 十兵衞の言葉はまるでわざと斬られたようだし、なにより!


「カナタを元に――」

「断る。そいつは納得しねえ限り戻らねえよ。俺にはわかる」


 いくぞ、と呟いた次の瞬間にはギンが跳んでいた。

 これまでよりも鋭く高い跳躍だった。回転する勢いも今までにないもので。

 だから咄嗟に刀を構えずにはいられなかった。


「十兵衞!」

『頼るな。お前ならやれる』


 私の弱気を叱る剣豪に背中を押されて、振り下ろされた回転する刃をなんとか受け流す。

 けれど手の内から痛みが伝わってきた。カナタが苦しんでいる。

 いやだ。こんなの。泣きそうだ。


『自分を裏切った男じゃぞ?』


 関係ないよ! 私の刀鍛冶なんだ!

 ギンにノンちゃんがいるなら、私にはカナタなの!

 どこからどう騙されてて、どう裏切られたとしても!

 それでもこの刀は私の大事な相棒なの!


「――どいてッ!」


 膨れ上がる激情に任せて切り払った。

 抗わずに跳んで着地するギンを睨む。


「いいぜ、やる気になったな」

『……わかるか、ハル。俺の目的が』


 わかるよ、十兵衞。


『おのれ……おのれ……』


 手から伝わってくる。狂おしいほどの憎悪が。シュウさんへ向いている。

 わけもわからない。話してくれる日はこないかもしれない。

 このままでいたら消えちゃうかもしれない。

 だからあなたの侍である私がシュウさんに挑む。

 さっさとケリをつけて戻ってもらう。

 ラビ先輩の言うとおりだ。

 私はカナタとやらなきゃいけないことが山ほどあるの。


「いくよ」


 踏み込んだのは私が先。

 本気の十兵衞の念を辿る踏み込み、次いで描く線。

 ただ真っ直ぐ、真っ直ぐギンののど元を狙う。

 避ければいい。その先にシュウさんがいる。

 けど、ギンは避けなかった。ただ、顔を激情に染めた。


「よそ見しやがったな!」


 ただ、一閃。

 振り落とされた一撃に刀は折れた。

 まだだ、と伝わってきた。

 刀から耐えぬ怒りが、ひしひしと。

 それは小さな手のように、離れた刀身を繋いだ。

 だから、私の更なる一歩を繋いだのは十兵衞だった。


「任せろ」


 十兵衞が告げる相手は私じゃない。

 カナタに対する声だった。

 ギンの横を一瞬のうちに通り抜けて、ニナ先生の隣にいる優しい笑顔に突っ込む。

 剣豪が操る私の全身全霊の一撃。

 振るわれた刀は戸惑いと憎悪で出来ている。

 その形は霊剣。穢れなき刃。

 矛盾だらけだった。

 だから――……届く道理はなかった。

 親指と人差し指で止められてしまった。


「弟が兄に敵う道理なし。わかっていただろう? カナタ」


 それだけで……刀は折れた。


「せめてもの情けだ」


 粒子のように散っていくそれらを集めて……シュウさんはその足下にカナタを戻した。

 跪き、屈する体勢で。それを見下ろす顔に浮かぶ笑みは、どこまでも非情。


「いいデモンストレーションだった。大典太光世を名乗るには足りぬものしかなかった故、村正の有用性ばかり目立ったが」


 いかがか、と促されてプロの人たちがやっと我に返る。けど誰かが口を開くことはなかった。だって、


「妹を、妹を……」


 膝を屈したカナタがシュウさんの足を掴み、絞り出した声の生々しさに、誰も何も言えなかったから。

 言い返せたのは唯一、シュウさんだけだった。


「妹はもう救ったよ」


 その宣告は揺さぶり。


「え……」

「それにただ護るよりもいい案が思いついてね。この小刀が何か、わかるか?」


 より深く突き落とすためだけの、揺さぶり。

 シュウさんが懐から一振りの小刀を出してみせた。

 小さな雪の結晶が刃に浮かぶ小さな小さな短刀……とても綺麗で可憐な小刀だった。

 私にはそれだけでも、カナタにとっては違ったようだ。


「……まさか、貴様」

「人を刀にする。よもや私の道をお前が辿るとは思わなかったよ。どうした? 再会を喜べ、お前の最愛の妹がここにいるぞ」

「貴様ァアアアアアアア!」

「はは、諦めろ。お前のものではないんだ」


 歪な何かが二人の間にあるのはもうわかった。

 だから見ていたくない。もういやだ。

 ……十兵衞。返して。


『む……』


 身体の自由を取り戻してカナタに寄り添う。


「カナタ、いこう」

「……俺の、妹を……返せ。その刀を、よこせ」


 縋る声が痛くて仕方なかった。


「カナタ」


 茫然自失の彼を抱いて、シュウさんに伸ばした手を離す。

 それからふり返って……睨んだ。


「君のもう一振りは噂だと玉藻の前らしいね。今日見ることが出来なくて残念だ」

「いつかあなたを掴んでみせる」

「ほう? 君とは初対面のはずだが。何か気に障ったかな?」

「……いつか決着つけますから」


 楽しみにしていよう、と。

 きっと次の瞬間にはもう私のことなんて忘れているに違いない笑顔で言われた。

 だからカナタを抱いて離れる。

 今は……届かない。けど、いつか、きっと。


 ◆


 微妙な空気の中で特別課外活動は終わった。

 さすがのギンも私の刀が折れた以上は諦めたみたい。

 シュウさんの小刀は物議を醸す存在のようで、何人かのプロの人が厳しい視線を送っていたけど……彼は笑顔で「なに、子供の冗談に付き合っただけですよ」というだけだった。

 それでもう誰も何も言えないみたい。それくらいあの人は強いのだろう。ただの力、という意味だけでなく、立場とか……すべてが。

 みんなと早々に別れて、駆け込むように寮の部屋に戻ってカナタを寝かせた。

 生きる気力も目的も何もかも、シュウさんと妹さんに向かっていそうだ。

 それくらいはわかる。

 けどその因縁はシュウさんがより歪に変えて……そのせいで、カナタは今折れてしまっている。

 ずっと黙り込んだままだ。なのに油断したら壁を殴ろうとしたり頭を打ち付けようとする。

 泣きそうだし……泣いた方が楽になるのに泣けないの。

 つらくて仕方ないんだ。


『……すまん。力不足だ』

『いいや十兵衞、そなたのせいではない。この小僧のじゃよ。それも……こうなると痛々しいだけじゃの』


 いっそ労る念に俯く。

 私は弱い。

 ノンちゃんは真っ直ぐギンを信じていた。

 私は……カナタを信じられずにいる。

 裏切られたからっていうだけじゃない。

 今は寧ろ納得している。

 シュウさん……あの人の刀は邪悪だった。だからあの人もずっと歪だった。

 カナタを歪める元凶以外の何物でもない。

 それに必死に抗おうと……カナタは自分を刀に変えるなんていうすごいことをした。

 けどそれで傷ついたのはカナタ自身だった。

 せめて一太刀。

 届いていたならよかった。

 けど指先で止められて、折られてしまった。

 これ以上の敗北はない。

 信じられないよ。

 私もカナタも、何もかも。

 壁に寄り添って声もなく崩れ落ちるカナタに寄り添って、縋るように周囲を見た。

 そして……目に留まったのは、闇の聖書全四十八章。

 私がめげないようがんばり、時にはめげてばかをやった……それを言い換えた日記。

 そうだ。苦境だ。理解しろ、青澄春灯。こんなの屁でもないはずだぞ?

 ずっとずっと、大変なことばっかりだったじゃないか。

 何を今更挫ける必要があるの。

 大丈夫。がんばるから大丈夫。

 いつかゴールに届くまで飛び続けるから大丈夫。


「ねえカナタ」


 つめたくなったほっぺたを包んで、私に向ける。

 壊れかけの心が縋るように私を見つめる。


「契約しよう?」

「――……けい、やく?」

「そう。魂の契約」

「いまさら、なにを」


 笑い事じゃないんだよ? と言う。

 意識しなくてもね。優しい声になるの。


「あなたの味方だよ」

「え――……」

「私はあなたの味方だよ」

「……なにを、いってるんだ」

「あなたがどれだけ失敗しても。あなたがどれだけ傷つけられても。私だけは言ってあげる」


 傷つけようとするその手を握る。


「私はあなたの味方だよ。だから大丈夫」


 その目に少しだけ光が戻ってくる。


「契約したら……死ぬまでずっと、私はあなたの味方になるの」

「お前……お人好しにも、程があるだろう。俺はあれだけのことを、君にしたのに」


 自分を傷つけるような言葉を口にする唇に人差し指を。


「深い結びつきの契約の前には、そういうことも必要でしょ?」


 痛みを求めるその手にぬくもりを。


「その代わり、カナタも一つ……約束して欲しいの」

「やくそく……?」

「契約したらね? そしたら……私の味方でいて。何があっても、どんなことがあっても……私の味方でいて」

「俺の敵は、あの男だ。君の方がリスクが大きい。万が一が君に起きてはと思って、なのに……なんで、そこまで」

「一緒に傷つきたいからだよ」

「どうして、どうしてなんだ」


 求める関係性に形を与えることは……難しい。

 だから心の赴くままに言葉を紡ぐ。


「私はあなたの侍。あなたは私の刀鍛冶。相棒ってあなたが言ったんじゃない」


 あきれたように笑おうとして失敗して。

 でも……がんばって、カナタは私に笑ってくれた。


「仕方の無い……やつだな」

「きみもそうとうだよ?」

「……自覚しよう」

「うん、そうして」


 だからちゃんと両手で彼の手を握る。


「緋迎カナタ先輩。私と契約してくれますか?」


 どきどきしながら問い掛けた。

 すると……彼は子供みたいに笑って言ってくれた。


「いいだろう、青澄春灯……結ぶぞ、その契約」


 その返事がもうね。

 中学生の頃に夢見た台詞そのまんまだったからつい……笑っちゃった。


「ふふっ」

「なんだ……なにがおかしい」

「私も相当こじらせてるけど。カナタも結構こじらせてるんだなって思って」

「お前の相棒だからな……」

「そうだね……そうだ。私の相棒だからしょうがないね」

「ああ……しょうがない」


 やっと、二人で笑い合うことが出来たの。




 つづく。

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