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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十四章 はるやすみ。

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第四百八十九話

 



 彼女はまさに野良猫みたいな女の子だった。立沢理華の対人経験をもってしても、ミライほど不思議な存在感を放つ子は、春灯ちゃんを除けばいないと言っていい。

 やばいくらい髪はぼさぼさ。毎日綺麗に洗っていると本人は言っているし、なるほどたしかに腕を組んで歩いた時にソープ類の匂いはした。でももっと強い……なんていえばいいんだろうな。本職のお姉さま、それもトップクラスの人たちの纏う香りとも違う、本能をくすぐる匂いがする。


『ふん……色魔の類いか』


 えーそういう方向? 大学ノートの教授でもうお腹いっぱいなんですけど。

 ほかにないわけ? 叡智の結集なんだろ? ほら。はよう。表現力を駆使してみろよ。


『くっ……そ、そうだな――……』


 だめそうだな。


『あのな……端的に表現すれば理華が気に入らない。何を言っても期待されていない現状では、敗北を喫するのは必然だ』


 だっさ!


『あの――……もうすこし、当たりは弱めでお願いします』


 しょうがないなー。

 天性の、人を魅了する匂いってやつかな?

 鮫塚さんに紹介してもらったお姉さまにひとり、現代のファム・ファタールみたいな人がいた。超絶お高い、会員制のソープで一年に天井知らずっていうくらい稼ぐ人。友達に砂漠の王がいるとかいってた。あのお姉さまに似た何かを、ミライは持っているっぽい。

 彼女が歩くたびにみんな、彼女をぽぉっとした顔で見つめる。

 どうやらミライ自身は、なぜみんなが見てくるのか理解できていないみたいだけどね。服が匂うのか、それともださすぎるのかとか、頭がぼさぼさだからなのかとか、てんで的外れなことを気にしている。まあどれもちょっと、恵比寿にはそぐわないけど。そんなものにまぎれない輝きを、この子は持っている。

 本人は気づいていないところがもったいなすぎる。

 ミライの自己評価は異様に低いんだ。

 ひとめ見たら無視できないレベルの原石の塊なんだけどね。だからぶつかってまでして、きっかけを作った。

 金光星のゲリラライブの動画を繰り返してみていたら――……春灯ちゃんがファンに触れ合う瞬間、この子が映っていた。何気なく流れちゃうし春灯ちゃんこそ主役で、春灯ちゃんの歌という上がる要素満載の動画だからついついスルーしちゃっていたけど。

 一度気づいたら、妙に気になっちゃう、そんな子だ。見たら放っておけなかった。

 なんか不思議な力でも備わっている?


『理華に勝るとも劣らない強い素質を感じるが……芽吹く前だな。それが理由ではないだろうよ』


 えーじゃあなんだろー。

 儚さ? 生と死の狭間というか……追いつめられて、限界ぎりぎりのところに立っているような危うい感じを匂いとして知覚してる?

 ないない。それはない……ないよね?


『ああ。たしかに……我でさえ、無視できない極上の香りを放っているよ』


 ますます不思議。っていうか、まんま不思議ちゃんだ。

 ふわふわしていて、地に足がついていない。なのに不思議と頑固。感情は剥き出しで、自分を守ることを知らない。処世術的な意味ではなく……世界との付きあい方が下手そうに見える。

 だってさ。見ず知らずの相手に裸を晒して触れ合って、愛を求めるなんて――……ひどく不器用で、無防備すぎる。

 世間の人たちは理解できないんじゃないかなー。なにせ、どうやら女性の初体験の年齢は年々後退しているみたいなんだってさ。

 いろんなひとがいろんな理屈をつけてるけど、要するに恋愛する余裕がなくなってるだけじゃね? と理華は思います。

 それはさておき!


「――……お肉、おいしい」


 いきいきと食べている。手づかみでね。

 指についた米粒を舐めて取るとかじゃなくて、そもそもつかない。がつがつ食べないし、よく噛んで食べている。

 食事は露わにする。人の内面がとても正直に出る。食べる順番、速度、ひとつひとつにかける時間、味わい方――……。

 まあ気楽に食べたければそれでいいじゃん? と思うけどね。

 分析の材料になることも忘れてはいけないと思いますよ。

 ひとりきりで食事をするんじゃなければね。

 じゃないと、ほら。理華にじっと見られちゃいますよー! なんてね。


「おかわりいります?」

「……ん、でも。けっこう、高い」

「気にせず食べてください」

「……施しはきらい。なにでお返しすればいい? 身体しかない」


 これ、やばくね? やばいよ。こんなこと言えちゃう同い年の女の子なんかいないって。

 それだけで私にとってお金を出す理由に十分なる。


「施しじゃないですよ。ミライがミライらしく過ごしてくれたら、私はそれが嬉しいので。これはその対価です」

「――……理華って、変な子だね」


 お前が言うな! なんて突っ込みたい気持ちをぐっと堪える。


「お腹に余裕はあります?」

「……朝から食べてなかったから、余裕」

「焼き肉? しゃぶ? あっさり系でいきます?」

「あの……おそば、たべたい」


 なんとまあ。


「居酒屋がいいです? それとも純粋なそばや?」

「……その」


 目が泳ぐ。


「ふ、ふじの、そば」


 恥じらいながら言うの、やばいかわいい……。

 そしていろいろ察してしまった。

 二十四時間営業、寝ていてもそっとしておいてくれるお店……なんて噂も聞く、例のチェーン店。いろいろお世話になっているのかもしれない。

 見れば見るほど彼女の髪と服はぼろぼろだった。髪はまだシャンプーの香りがしていたけど、服は洗濯されている気配がなかった。彼女の匂いでだいぶごまかされているけど、服はちょっと香ってる。

 なんとかできるなら、いくらでも力を貸すけど……ガチの家出娘って感じがするし、そこまでいくとねー。ご家庭の問題に踏みこみかねないので、難しい。

 根掘り葉掘り聞きたいし話してもらいたいところだけど、ここって結構賑やかで、しかも大人が大勢いるからなー。

 十代半ばの女子から、ほぼ直角に切りつけるような性の話が飛び出たら、さすがにまずい。今はミライの不思議な魅力と、そもそも賑やかな場のおかげで流してもらっているけど。

 さーて。どうすっかなー。

 いちおう、移動中に攻め手の見当はつけてあるんだよねー。

 コートのポケットの中でスマホが振動した。取って画面をみる。

 春灯ちゃんからだ。


『困りごとで学校に来たいんだよね? 相談事かな? それなら、宿泊許可もらっておくよ? あ、でもおうちの人にちゃんとオッケーもらってね?』


 いえす!

 通知と一緒に表示されたメッセージに小さくガッツポーズを取る。

 それからミライを見ているばかりで注文したのに食べていなかった丼を一気に食べて、ミライに人差し指をくいくいと自分に向けて曲げてみせた。

 素直に顔を近づけてくる。

 警戒心が強いようで、パーソナルスペースは皆無に等しい。

 おかげでひそひそ話が楽にできる。


「春灯ちゃんのこと、好きでしょ」

「う、あ、そ、その――……なんで?」


 好感触。やっぱりね。


「そりゃあ移動中に鼻歌うたったら、うずうずしてるんだもん。わかるって」


 ほんとは、あなたが動画で理華と同じ顔をしていたからですよ。言わないけど!

 それよりも。


「会ってみたくない?」


 ミライの目が揺れた。


「わ、私――……べ、べつに、そういうんじゃない。私みたいなだめな人間なんかが、会える人じゃない」


 顔を出すミライの自己否定。塗りかえたいけど、すぐには無理だ。だからストレートに攻めたりしない。


「でも、迷ってるでしょ」

「別に……そんなことないし」


 やば。だんだん機嫌が悪くなってきた。それなら、それなら?


「手打ちのそば、食べたくね?」


 ごく、と唾を飲みこむ。わかりやすすぎだろ。あーもうかわいいなー。


「行こうよ、今から」


 それですぐに落ちるかと思ったけど、違った。

 目元が険しく歪む。


「――……交通費ないから、いい」


 えーそこー? そこ引っかかる?


「施しはいらない」


 ……なるほど。どこまでも、お金を直接もらうのはいやなわけか。身体を差し出してももらわないというのなら、ミライにとっては譲れない一線なのかもしれない。

 だとしたら、タクシー代をだすなんて言っても嫌がるだけだろうし、私の知りあいに車を出してもらうとか言っても、へそを曲げちゃいそうだ。

 しょうがねえ。あなたの話が聞きたいので、いつもの通り……やれるだけのことをやろう。


「理華もミライも出費ゼロ。しかも安全かつ確実にいける手があります」

「歩くの?」


 いやいやいやいや!

 渋谷から八王子方面までいったいどれだけ距離があると思ってんの! 日が暮れるどころの騒ぎじゃ済まないわ!

 そうじゃなくて。


「頼りになる男の子を呼ぶ」


 ルイのことだ。


「なら……その子と寝ればいいの?」

「やめてあげて。わりと理想もってる系男子だから。それやったら、あいつの人生が歪むと思う」

「……でも、それしかお返しできない」


 ほっほーう。

 こりゃあ、いろいろお話しなきゃいけなくなりそうだ。

 でもまあ、それは今じゃない。


「じゃなくて、そいつと三人で金なし旅行をすんの。ちょっとの時間ね。賭けてもいい。すぐに行けるよ」

「……?」


 やば、本気でわかってないぞ。私もまだまだだな。


「ヒッチハイクすんの」

「……無理じゃない?」

「それが――……そうでもないんだなあ」


 我に秘策ありとまでは言わないけれど。結構、自信あるよ?

 それなら、と頷くミライを連れて会計を済ませて外に出る。

 ひとりならねー。こっちを気にする人を見つけて混ざって出してもらったり、いろいろするんだけど!

 今日は別。おもしろおかしく可愛い女の子のためなら、安いものだ。

 さあてそれじゃあ、きっとひとりで暇を持てあましているだろうルイに連絡すっべ。

 さすがに女子ふたりでヒッチハイクは、いろいろ危ない。なにより、求められたら迷わず応えそうなミライが危ない。それにミライが応えちゃうと私も応えなきゃならない空気になるだろ? 断固、拒否。初体験くらいは夢みたいので。

 性愛としての愛を否定する気はちっともないけど、ミライのセンサーはちょっと極端すぎるから心配でしょうがない。それって……私だけ?


 ◆


 ぶつくさ言いながらも自宅からすぐに来てくれたルイはいい男!


「……今夜、一緒に寝る?」

「ばばばばばばば、ばかじゃないっすか!」


 訂正。露骨にきょどりやがって……やれやれ。

 ミライの不思議な色気に一瞬でノックダウンとか。

 先行きが怪しいよ?

 それはそれとしてー。

 割と行きつけの、坂の途中にあるラーメン屋のそばに並ぶ車を眺めた。パーキングチケットの時間を確認しながら進んで――……見当をつけていく。

 ほんとなら駅前の道の方が活気があるんだけど、あっちはちょっと賑やかすぎるから今日はやめる。

 スマホを見て時間を確認。よし。


「あっちの車いくべ」

「ちょ、なに考えてんすか?」

「……どうするの?」


 ふたりともぴんときていないみたいだ。まあいいや。説明するよりやってみせたほうが早い。

 しばらくしてラーメン屋を出て車に向かって歩いてくるひとがふたり見えた。

 カップルか……けどセダンタイプ、それも一般的なもの。年齢は三十代と見た。服も何もかもしゃんとしてる。なら、まあいいか。

 スマホを耳に当てて「もしもし? そんな無茶いわないでくださいよ、お金ないんですってば!」と声高に言いながら、道からカップルに問いかける。


「あのっ、すみません! ここから車で中央自動車道の八王子インターまで、どれくらいかかりますか?」


 出来る限り申し訳なさそうな態度が伝わるよう、下手に出ることを忘れない。媚びを売ったら彼女がきれる。だからあくまで通行人として、巻き込む形で。

 ふたりは顔を見あわせる。


「……えっと。道路の混み具合によりますけど……一時間はしないと思いますよ」

「ちょっと」

「いや、困っているみたいだし」


 ラッキー! 男性は結構気さくなタイプ。けど、アンラッキー! 女性は警戒心が強い。

 まあこれくらいは想定の範囲内。それもだいぶマシなね。

 こりゃあマジでイージーモードかも。

 よし、攻めるぞ。


「ありがとうございます! ……もしもし、一時間くらいって言われましたけど……え!? もっと早くこい? なんとかしろ!? 無茶いわないでください、お金もツテもないんです! ヒッチハイクしろ!? ……勘弁してくださいよ! なんで写真アプリにのせるって許可とったのに訴えるなんて言うんですか!? 直接謝りにこないと許さないとか、意味不明すぎます!」


 女性の苛立ちを感じながら、でも視界に映った一瞬の情報を分析する――……。


「すみません、どうぞ行ってください。お気になさらず」


 さーって、長台詞いくぞー? めんどかったら結論って言うまで流していいからね。

 おろおろしているルイとミライ、それに私を見て彼氏さんが迷いを見せた。それを見て、女性がうんざりした顔をする。辟易としているのに、怒ったり露骨なため息を吐いたりしない。あるいは慣れっこなのかもしれない。たしかに、彼氏さんは話しかけやすそうなオーラが出てる。柔和な顔立ち、突然こえをかけられたにも関わらず如才なく受け答えする対応力、なにより不審を顔に一切ださないところをみると、日頃からあらゆる状況に応じる必要がある仕事についていそうだ。堅実な車、互いの左手に指輪。シンプルで華美じゃないところを見ると結婚済みかな? しかし子供がいる落ち着きはない。せっかくのデートを邪魔されたといううんざり感もない。少なくとも彼氏さんのほうには。逆に彼女さんは「ああまたか」って言わんばかりに両手を広げてる。ジェスチャーがわりと大きいところを見ると――……まあいいな、退屈してきた頃でしょ? そういう話をするターンでもねえし。

 結論。攻め時だ。

 そろそろ切り出すか。


「――……じゃあもういいです! 訴えるなりなんなりすればいいでしょ!」


 ぶちっと切った。


「くそっ! ……はああ。ああもう、最悪」


 怒鳴ってから盛大にため息を吐く私に彼氏さんが「どうしたのかな」と声を掛けてきた。

 ヒット! あとはストーリーをつけるだけ。

 タイムは……まあ予定よりオーバー気味だけど、まあいい。最初の人たちで、ここまで引っかかったんなら結果は上々だ。


「実は――……」


 お涙頂戴のお話を語って聞かせて同情を誘い、乗り込むだけ。

 移動中が一番の難問だけど、こういう瞬間はこれで何度目になるか覚えてないレベル。なので、よゆー。それは完璧にこなせるという意味ではなく、あらゆる失敗ケースも対処するという覚悟があるだけ。

 黙り込むふたりを左右に座らせて、うんざりした体でのストーリーは簡潔に。それよりも気晴らしにおふたりの話を、と持ちかけて、彼らが話し始めたらしめたもの。

 恋愛について知りたい、とミライとルイを巻き込んで尋ねたら、彼らは自分たちの物語を語り始めた。これもまた勉強だ。

 彼らに時間を消費してもらいながら、仲を深める。よい聞き手であることを心がけ、身元をきちんと伝えれば、いまどき貴重な性格のいい大人なら、目的地まで送り届けてくれる。成功者ほど器が大きい。それは年収いくらとか、社会的ステータスとか、そういう意味じゃない。自分の人生を成功させている人という意味だ。満足している人ほど余裕で、おおらか。もちろん、全員がとは言わないけどねー。

 まあいっか。

 それじゃあ――……とっとと飛ばしていこう。

 次の瞬間にはもう、士道誠心についているはずだよ。

 お楽しみいただけました? それなら光栄です。つまらなかったらどうぞ、ご意見を。次回の改善点に繋げますからね。というわけで――……。

 どうも、立沢理華でした。


 ◆


 仕事帰りにへとへとになって寮に戻る。

 理華ちゃんから呟きアプリを通じて飛んできたメッセージに答えてすぐ、カナタに連絡した。まだ次の仕事が本格的に進む前なのか、先に帰っていたみたい。だから理華ちゃんのオーダーで「おそば食べれますか?」という、カナタにとっては願ったり叶ったリの内容を素直に伝えたよ。


『たくさん作りすぎたからな。渾身の力作を出すよ』


 張り切った返事がきたから、喜ぶべきか悲しむべきか。きっとおそばを欲してもらえるタイミングをずっと求めていたに違いない。

 反省。もっとカナタにおそばを食べさせてもらおう。そして、うどん打ちも覚えてもらおう。私がお揚げを茹でれば手作りきつねうどんが食べ放題だもの!

 最後に高城さんと明日の予定を確認してからお別れして、スマホを確認したら理華ちゃんからメッセージが届いていた。もうすでに校門前についているみたいだ。

 出迎えにいかなくちゃね。ぱたぱたと駆けていくと――……意外や意外、ふたりの子を連れてきていたの。男の子と女の子だ。

 ぶんぶん手を振って輝かんばかりの笑顔を見せてくれる理華ちゃんの横で、男の子は私を強く睨み、女の子は顔を真っ赤にして震え始める。


「えーっと……どういう状況なの?」

「呟いていたじゃないですか。春灯ちゃんの彼氏さんがそばを打ったって」

「あー、まあ、ねえ」


 朝起きて我に返ったの。

 テーブルの上に切られて並ぶ、いったい何人分なんだって量の生そば。

 私がその気になれなかったことを心配して、そして不安にもなったカナタがこしらえた、食べきれないくらいの生そば。

 考えてもみてよ。朝おきたら、でーんと山になった生そばがあるんだよ?

 世の中に恋人との現在に不安を感じる人はやまほどいても、食べきれない量の生そばを打って待っている人なんてそうそういないよね。

 だから大好きなんだけど。可愛いじゃん!

 あまりに面白すぎて思わず呟いたし写真をあげちゃった。さすがに理華ちゃんはチェックしてくれてるか。ありがたいやら恥ずかしいやら!


「それでカナタのおそばを食べに来てくれたんだ?」

「ミライがおそば食べたいっていうんで。ご迷惑じゃなかったですか?」

「いいよ、大歓迎! 来月には後輩になるんだし――……ふたりも、かな?」


 恐る恐る問いかけると、男の子がきつめに鼻息をだした。ふんっ! だって。嫌われているみたい?

 女の子はぶるぶる震えながら、必死に何度も頷いている。だいじょうぶかな。そんなに振動したらぷるぷるになっちゃわないかな?


『たわけ』


 もう、タマちゃん。そんなにおこんないでよー。

 それよりも。


「もう夜も遅いし、いこっか。ふたりもいい? お泊まりでいいんだよね?」


 男の子はむすっとしたまま、女の子はぶるぶるしたまま。

 だから代わりに理華ちゃんが答えてくれた。


「もち、そのつもりで来たんで! ふたりとも問題なしです」


 朗らかに言ってくれるけど……私はちょっと、不安ですよ?


 ◆


 歩きながら自己紹介したの。

 男の子は日高ルイくん、女の子は野良猫のミライちゃん。

 ふたりとも士道誠心に入学予定となれば、私の後輩になる子たちだ。

 ぶっきらぼうで不機嫌な日高くんを理華ちゃんが何度もたしなめるけれど、ご機嫌斜めのまま。


『嫌われたものじゃなあ』

『そういうこともあるさ』


 ふたりとも軽く言ってくれちゃって。

 まあでも……日高くんも気になるけど、ミライちゃんはもっと気になる。

 理華ちゃんにくっついて離れないけれど、ずっと私を見ている。

 嫌悪感ではなさそう。

 どちらかといえば、これは――……ツバキちゃんが私に向けてくれたものに、どこか近い。 

 ただ、それよりもっと……何かが気になるの。

 見覚えがある気がして。


『見覚え? ツバキのことかの?』


 うーん。っていうより、なんだろうな。キラリを見つめる私というか……わかる?


『ちっともわからん!』


 だよねえ。

 さあて、どうしたもんかなー、と思いながら食堂に連れていく。

 既に私の彼氏さんは厨房に立っていた。

 そして料理のタイミングともなれば外さない男の子も一緒にいる。


「岡島、提案してくれたツユの用意は?」

「ちょうど熟成させたものがあります。かけですか? もりですか? それともつけにします?」

「三月だから、かけでいきたいところだな」

「つけもいいですよ? 先輩の麺をおいしく食べる意味でも、わりとオススメです」

「そ、そうか……なら、それでいこうか。トッピングはどうする?」

「ベースを指定してもらって、あとはこちらの裁量で。お任せいただけるなら、アレンジをお見せします」

「後学のために頼む」

「了解です」


 でれてる……岡島くん、やるなあ!

 それにふたりとも生き生きしてる。思わず笑っちゃった。


「ふたりとも、ただいま。来年度、後輩になる三名をお連れしましたよー! 拍手!」


 ぱちぱちぱち、と拍手する私にふたりがふり返って、自己紹介するよりも真っ先に尋ねる。


「たぬき?」

「きつね?」

「「 トッピング、お好みがあれば 」」


 ……息ぴったり。

 だだだだ、と椅子から駆けてきた茨ちゃんが「たぬきつね特盛り!」とコールした。すかさず理華ちゃんが「同じので!」と続き、ミライちゃんもちっちゃな声で流れに乗っかる。

 ずっと黙っていた日高くんは理華ちゃんに脇腹をつつかれて、渋々「たぬき大盛り、卵。あ、あと山菜となめこがあれば」と呟く。


「了解……春灯は?」

「うどんなら迷わず狐派の私ですが、おそばなら天玉一択です! 大盛りで!」

「わかった。ゆで時間を少々いただく……全員、席に座って待っていてくれ」

「だってさ。ほらほら、好きな椅子に座って?」


 みんなを誘導する、その間にぞろぞろとおいしいご飯の予感をかぎつけたみんなが来るの。次々と注文が入るけれど、カナタはいつもよりずっと生き生きしながらおそばを茹でていたよ。なんだかなあって感じだけど……でも、いいかも。

 いつまでも見ていたいけど、今日の私はホストだからもてなさないとね。


「それで……日高くんはなんで不機嫌なの? ミライちゃんはどうしてもじもじしているのかな……理華ちゃんは満足げだけど、誰のお部屋で休みたいのかなー?」


 直球勝負で尋ねると、理華ちゃんが真っ先に口を開こうとして止まる。それからミライちゃんを見て、次に日高くんを見た。


「……ルイ?」

「俺は付き添いなんで……侍が嫌いなだけなんで。気にしないでくださいっす」


 ……わお。

 ぶすっとしながら唇を尖らせている。

 トウヤもいつかこんな風に、むすっとするようになるのかなあ。コバトちゃんに恋をしているうちは、それどころじゃなさそうだけどね。

 まあいいや。


「私もきらい?」


 尋ねると、ますます難しい顔になった日高くんは呟く。


「別にそういうわけじゃ! 活躍する青澄さんは俺にとって英雄っていうか! きらいになるわけな――……な、ないっすから。歌も買ってますし」


 思わず言い返してくるの。途中でむすっとしていた自分を思いだして、赤面しながらちっちゃくなっちゃった。


「そ、そっか。ありがとね!」

「……い、いえ、別にいいっす」

「ん!」


 敢えて突っ込んだりしない。

 むしろ、ただただ可愛い! でれでれしたいところだけど、我慢がまん。


「それで……理華ちゃんは?」

「えーっと」


 気遣うようにミライちゃんを見てから、けれどすぐに答えてきた。


「春灯ちゃんの部屋にミライとふたりで泊まれれば。あ、もし無理ならミライだけでも」


 そう言った瞬間、ミライちゃんは首がもげちゃうんじゃないかっていうくらい、必死に左右に頭を振った。むりむりむりむりって感じだね。


「ちょっと狭いけど、それでもよければふたりともおいで。それとも、日高くんと三人で私たちのお部屋を使う? それでもいいよ?」

「それは、その」


 あ、理華ちゃんが難色を示した。けど言われなくてもわかる。

 会いに来た理由はきっと、ミライちゃんにある。

 これまで理華ちゃんが私本人に直接アプローチをかけてから会いにくることなんてなかったのに、今回はメッセージを飛ばしてアポを取って来てくれた。

 自分は付き添いだという日高くんの言葉が本当なら、きっとミライちゃんのために来たんだ。私と一緒にいてもらいたい、できれば自分も一緒に。そんなところかな。


『じゃろうなあ……ミライ、か。妙な娘じゃの』


 タマちゃんったら。

 でもたしかに、ミライちゃんから不思議な香りがする。

 ……霊子的なもの?


『いや、本人のものじゃな……妾とお主ふたりに近しい何かを、そこの娘から感じるのう』


 ううん。何かを抱えているのか、それとも……。

 わからないけど、連れてきた理華ちゃんが敢えて説明しないっていうことは、ここじゃ話せないことなのかもしれない。

 昔の自分を見るような感覚に、私とタマちゃんに近しい何かとなると――……。


「じゃあ理華ちゃんとミライちゃんは私の部屋で私と一緒。日高くんはカナタとふたりでラビ先輩のお部屋にしよっか。日高くんは初対面のふたりと同室になるけど、いいかな?」

「……うっす。まあ、女子と一緒はさすがにまずいんで、問題ねえっす」

「よし。ふたりは? ……問題なしだね。よし!」


 私の問いかけにふたりとも頷いてくれたの。

 ミライちゃんは見ていて気の毒になるくらいに。


『仕事あがりに大変じゃなあ?』


 からかわないの。

 いいよ、私に会いに来てくれたんだもん。

 邪険になんかしない。ただただ愛しいだけ。


「待ってて。カナタに言ってくるから」


 そっと立って、キッチンに向かう。

 考えてみた。士道誠心高等部に入学が決まっているのなら、既に刀を抜いた理華ちゃんはもちろん、日高くんもミライちゃんも資質があるということなのだろう。

 それはどんなものだろう。見てみたいと思うし、できることがあるのなら……なんでもしてあげたいなって思ったの。

 メイ先輩が言ってなかったっけ? 二年生は子供、一年生は孫みたいなものだって。本当にそうなのかはわからないけれど、でもそう思わずにはいられなかった。

 あの子たちは何を抱えているんだろうね?


『また重たくてしんどい話かのう?』


 んー。そこはほら。臨機応変に。でも私たちらしく、明るく前向きにいくよ!

 どうせなら――……サプライズ、何か用意してみたいかも。

 結局いろいろ起きたせいで、メイ先輩たちのお祝い会も先延ばしになってるし。


『休息も大事だ。祭りがあればいいな』


 だよね!

 休息の中には羽根を伸ばすことも含まれるもんね?


『ふっ……そのとおりだ』


 せっかく卒業生のみなさんが特別体育館に住んでくれるんだ。

 近所に山があって――……冬も終わるのなら。

 その前にやりたいことが私にはあるよ?

 特別授業で雪山を移動したときにちょっと思ったんだよね。

 夏休みに学校のみんなで泳ぎにいくくらいのイベントをやりたかった私としては! ウィンタースポーツをやるために絶対に逃せない機会だよ!

 さあて、忙しくなってきた! マドカに提案して、キラリたちを巻き込んで、コナちゃん先輩とトモの復帰祝いもちゃんとする! どうせなら、盛大に春休みを楽しむの! 仕事があろうが関係ない! 空き時間こそ活用して楽しまないともったいない!


『幸せそうに言いおって』


 そりゃあね! だってほら、遊びの時間がやってきたんだから!




 つづく!

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