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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十四章 はるやすみ。

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第四百八十六話

 



 それでは青澄春灯さん、質問してもよろしいでしょうか?


「はい、えっと……俗に言う総集編っていうやつですかね?」


 ……すみません、総集編というのはいったいなんのことでしょうか?


「ああ、いえ。なんでもないです……で、これってなんの時間でしたっけ?」


 あなたのドラマの脚本作りのための、俗に言うインタビューというやつです。


「おー。私も偉くなったものだ! ……すみません。高城さんがめっちゃ怖い顔してにらんでくる。えっと! きつい質問じゃなければなんでもこいです」


 何かいやな思い出が?


「ハスハス事件……は、さておいて。こん! ……それで? 何からいきますか?」


 そうですね。ハスハス事件についてはとても気になるところですが、ひとまずは始めから。

 あなたの高校生活、士道誠心に通う発端についてお聞かせいただけますか?


「そうですねえ……きっかけはきっと、クラスで目立つ綺麗な女の子のように、仲間がいる学校生活に憧れたところかもしれません」


 憧れ、ですか。


「ええ、憧れです。めちゃめちゃいけてる配信者さんとか、芸能人とか、声優とか歌手とか、そういう人たちに抱くものよりもっと身近な……たとえば、ほら。彼氏がいる子が大人っぽくてかっこいいなーとか、勉強できる子って頭よくていいなーとか、そういうの」


 なるほど?


「綺麗で強くて凜々しくて。そんな女の子に憧れて、いいなあいいなあ、私もそんなふうになってきらきらの学校生活を送って、青春を過ごしたい! って思ったんです」


 青春――……そういえば、青澄春灯さん。あなたの名字と名前の一文字目を足すと、青春になりますね。


「そのせいで、憧れている子には青春女ってあだ名をつけられましたけど! 小学校、中学校はぼっちで、青春とは程遠い人生だったので……高校こそ、青春のラストチャンスだと思ったんです」


 なるほど……では、なぜ士道誠心に入学を決めたんですか?


「世の中のことには疎くて、高校を選ぶ基準もよくわかんなくて……そしたら、母が私にお勧めしてくれたんです。先生も。みんな、私には士道誠心が似合ってるっていうの。入学案内とか、学校体験とか。実はこれで、通っていたりするんですよ?」


 なるほど?


「不思議な学校だなーってふんわり思いながら――……私は期待と不安を胸に、入学を決めました」


 ふむ……青澄春灯さんの四月と五月は今回のドラマのメインとなる予定です。

 とても重要な出だし――……あなたの入学初日はどうでしたか?


「そうですね……二十三区の、けっこういいところに住んでるんですけど、お母さんが電車移動はたいへんだろうって寮に入れてくれたんです。実家を巣立って、なにもかもが変わる! それって楽しそうに聞こえます? それとも、怖いこと?」


 個人的には前者ですね。あなたは後者だった?


「ええ。だってずっとひとりぼっちだったのに……まともに友達もできたことなかったのに、家を離れて学生寮でひとりで生活ですよ? 友達ができなかったら、死ぬほどつらい三年間がまたしても始まるのです。そりゃあ怖いですよ」


 なら、電車移動はつらかった?


「必死に自分を鼓舞してました。でも――……そういうときに限って、酷い目にあうんですよね」


 何かあったんですか?


「痴漢にあったんです。もう絶望! ――……そんな私に声を掛けてくれた人がいました。士道誠心の、私と同じ新入生の狛火野くん! 腰に刀をさして、聞いてきたんです。だいじょうぶ? 斬る? って」


 それは――……なかなか衝撃的ですね。


「はい! 痴漢はあわてて逃げていって、私は救われました。それから……たくさんの人と出会いながら、男の子しかいない教室に行きました」


 きつそうですね、男だらけの中に女性ひとり。


「絶望その2! 間違いなくね。でも、みんないい人だったし、寮に行ったらはじめての友達ができたし……なにより、あの子にも会えたから、問題ないかなって感じです」


 ひとつひとつ掘り下げていきたいところですね。ですが、あなたのマネージャーさんが険しい顔で時計を見ていらっしゃる。ひとりに絞りましょう。あの子とは?


「綺羅ツバキちゃんです。私の呟きアカウントの大ファンで、私が中学時代に自意識をこじらせながら呟いていた言葉や物語のすべてをまとめて持っていて……それを支えにしてくれて、好きでいつづけてくれた子」


 特別な人?


「間違いなく。最初のインパクトは強すぎましたけどね! 私の愛するブランドの服に身を包んだ男の娘! あ、おとこのこの、この文字はこどもじゃなくて、むすめのほうで! とにかく女の子の服が破滅的に似合っている、めちゃめちゃかわいい子でした! しかも私にかけた言葉が、中学生の私みたいで! ……クラスメイトに一瞬で過去バレしましたよ」


 いやでした?


「いーえ。焦ったけど、お母さんによく言われてました。ネットの記録は意外とついてまわるもの。それを踏まえて活動しなさいって。だからまあ、こういうこともあるのかって思うだけでした。今だからこそ、こう言えるのかもしれないけど」


 清々しい顔で仰る。


「だって、考えてもみてくださいよ。どんな内容であろうと、真摯に自分を思ってくれる人が、勇気を振り絞って、てんぱって、それでも一生懸命、私に会いにきてくれたんですよ?」


 状況次第では、きびしい見方をせざるを得ないかと思いますが。


「たとえばナイフを突きつけられて交際を迫られたりしたらね、話は別かもしれない。けど……ツバキちゃんは、ただただ私に会いたい一心で来てくれたんです。私に相談したいことがあって……助けてもらいたくて。なら、私はできることをします」


 結果的に、綺羅ツバキさんと仲良くなった?


「すぐにね。実を言えば……私もつらいとき、必ず反応をくれたツバキちゃんに何度も元気をもらっていたので。大事にしたいと思うばかりだったから……ええ、すぐでした」


 強い精神的支柱のひとつになった、ということですか?


「はい。あの子と出会わなかったら、もっとずっと――……いろんなことに迷っていたと思います。だって私、四月は御霊をふたつ宿したり、ギンと複雑な関係になりかけたり、大変だったから」


 ふたつの大きなエピソードがあるように思われます。まずは前者からいきたいところですが、それは複雑になりすぎそうだ。後者のエピソード……沢城ギンさんとの関係について、伺えますか?


「ギンは……そうですね。むき身の刀みたいな男の子です。斬るために存在する、強くて激しい男の子。でも自分のおさまる居場所をずっと求めていました。彼、私の部屋にベランダから来て、私のベッドで寝たんですよ?」


 それは――……かなり、衝撃的ですね。


「かっこよくて、強くて、自由。きっとどこかで憧れたし、惹かれてもいました」


 ――……恋をしたんですか?


「ギンだけじゃないのかもしれませんが。中学までの私と言えば、青澄だけはないって笑いながら言われるような女の子でしかなかったのに、高校で会った男の子たちはみんな素敵で……私をちゃんと、ひとりの人として見てくれたから」


 浮ついていた?


「ふわふわしていました。そんな気持ちのままでいたし、人との距離の取り方だってよくわかっていなかったから……たくさん、失敗をしました。そのままエピソードに起こされたら、多くの女性にきらわれそうです」


 その中でも、彼は特別だった?


「はい。だって、バレンタインにチョコを渡そうとしたら、おまえは義理でいいからって言われちゃうレベルで冴えない女の子が――……いちおう念のため、たとえですよ?」


 ええ、もちろん。それで?


「とにかく、同じベッドで抱き締められながら寝たら……それもいいなって思える男の子に、そんなことされたら。きっとこれって運命なのかも、なんて勘違いしちゃうと思いません?」


 あなたは望んでいた?


「わりと……ううん、かなり。恋愛に対する憧れは強かったです。でも……思い知りました。きっとどこかで舞い上がって、夢を見ていましたけど……私もギンも、お互いが思うよりずっと自分のことを見ていたんだなって」


 自分のことを見ていた……それは恋愛的な意味で? それとも付きあい方の意味で?


「両方かな。自分がしてみたい恋とか、付きあい方に没頭していて……うちの学校、刀を手にした侍候補生同士のトーナメントをしたんですけど。そこでギンと対決してはじめて、ギンのことがちゃんと見えた気がしたんです」


 初めて彼を、客観的に見た?


「自分の気持ちのフィルターが、きっとたくさんあって。それを取っ払って見たとき……彼はやっぱり強くてかっこよくて、激しくて自由だったけど。私のそばで寝ていた彼にはないものが、対決時の彼にはありました」


 それは、なんですか?


「彼を一途に思う女の子――……それはきっかけに過ぎないかな。私には彼を幸せにできないっていう事実というほうが、より正確だと思います」


 なぜ、あなたには無理だと? いま仰った女の子とあなたの違いは?


「人って、誰かと付き合うとき……自分に軸足を持つか、相手の中にも軸足を持てるか、そこで差が出ると思うんです。自分にしか軸足のない人は、相手の行動も考えも人生も、ぜんぶ外のできごとだから、自分のためなら好きにしちゃうんです」


 無神経だと?


「んー、ちょっと違うかな。近いですけど……配慮、気配り? あるいは慎重、優しさ……いろいろあるけど、もっと端的に言うと世界に働きかけるだけの私として生きるか、世界と働きかけあう私として生きるか、かなあ。相手に合わせて自分を気楽に変えられるって、意外と大事だよねっていう……あ、高城さんがバッテン作ってる」


 あはは。ニュートラルに相手と向きあい、決して自分を固持しないというところでしょうか。


「そう! そんな感じです。頑なじゃなくて、もっと……柔よく剛を制す? そんな感じ」


 なるほど。

 すこしばかり哲学的な話になってきてしまいましたね。これはいずれ、別の機会にお話するとして……話を戻します。

 沢城ギンに失恋した、ということで間違いないですか?


「ええ」


 それは……ふり返れば、いい思い出?


「今では。ううん……失恋をした瞬間、友達に慰めてもらったり、受け止めてくれた人がいたおかげで、その日に素敵な思い出になったと思います。そう言えるまでには、もちろん時間がかかりましたけどね」


 なるほど……受け止めてくれた人についてお聞かせ願えますか?


「五月の話にうつりますが」


 ぜひ、お願いします。


「それでは……えっと、士道誠心において、刀を手にした侍候補生――……ここ、詳細な説明いります?」


 いえ。あくまであなたの人生について、伺えれば。


「それじゃあ……えっと。誰かとペアを組むための、顔合わせ会があったんです。そこで私は二年生の先輩と出会いました。緋迎カナタと――……」


 現在のあなたの恋人?


「はい。あ、またバッテン」


 そうですね、個人的事情に過ぎますから。それでは、すこしだけ角度を変えます。

 彼は、あなたを支えてくれた人?


「ええ。沢城ギンに一途な女の子がいたように、私にもまた彼がいました」


 失恋を機に、身近にある恋心に気づいた?


「いえ、告白されてはいたと思います。いたかな? ……たぶん、ええ、そう」


 つまり、あなたは選択した?


「その余地はなかったです。ただ……現実を思い知っただけ。私を助け、癒やし、力をくれるものと……ギンを救うものは、それぞれお互い同士じゃなかった。私はカナタ、ギンはノンちゃんだった。それをお互いの対決で思い知ったんです。きっと……私も彼も、ふたり揃ってね」


 思い知ったからこそ……吹っ切れるのも早かった?


「或いはそうなのかも。なんていえばいいのかなあ。えっと……あーあ、やっちゃったねって。でも……私たちふたりも、結構よかったよねって。そう、お互いに笑って言い合えるような、そんな別れ方でした」


 それは理想的な結末だったかもしれませんね。


「そうかも。引きずって仕方ないとか、やっぱりギンがよかったのかなあとか……そういうんじゃなくて。すっきりしちゃったんですよね。納得しちゃった」


 だから、お互いに再スタートをすぐに切れた?


「不安はありました。だって結論をだして、あるべき形とはいえその日に次にいくんだから」


 どうですか? それは……現時点において、成功だった? 失敗だった?


「成功かな。きっとこのさきずっと……成功にし続けると思います」


 なぜか、伺っても?


「そうですね……これは本当に個人的な事情になるので明確には言えませんけど」


 構いません。


「ギンは私がこじらせて積みかさねたすべてを受け止めることはないだろうし、私も……ギンの抱えていた問題すべてを解決することはできなかった。結果的にいまの私とギンなら、或いは一時的にうまくいく可能性はあるかもしれない」


 ……でも、ちがう?


「彼を戦士にできても、彼氏や夫や父親にはできないなって思うんです。それは逆もしかりで……彼相手だと、私はどこまでいっても女でしかいられないかなーって思う。でも、私は家庭が欲しいし、ギンもそれは同じ」


 不一致だと?


「付き合うならいいのかも。遊び相手としても。でも……そういうの、お互いに求めてないから、このお話はここでお終いなんです」


 なるほど……では、緋迎カナタについてお聞かせ願えますか?


「そうですね……カナタはお兄さんと揉めていました。ずっとずっと、長い間。その因縁については長くなるのですが」


 事前にいただいた資料に目を通して理解しています。

 職務のプレッシャーから責任に押しつぶされそうになり、きびしい時期を迎えていた緋迎シュウさん。実の兄との確執が、緋迎カナタさんにはあったのだと。


「私にも弟がいるのでわかるんですが、兄弟とか姉妹って身近すぎるからこそ仲違いの積み重ねが関係を壊すし、人生を歪めちゃいかねないって思うんです」


 緋迎カナタにとっては、緋迎シュウこそがそうだった?


「結局、本人次第ですけどね。仲の良い兄弟姉妹も大勢いるでしょうから。でも、カナタにとってはそうじゃなかった。ふたりの対立は、侍と刀鍛冶、隔離世と邪、刀と御霊というものを軸に大災害のように広がった」


 壮大な兄弟ゲンカだった?


「あはは、それ……今度ふたりに言っておきます。いいですね……うん、たしかにそう。兄弟ゲンカだった」


 その最中にあっても、彼はあなたを支え、癒やしてくれた?


「すごいでしょ?」


 そうですね。なによりも、幸せそうに仰るあなたを見ると、私も幸せな気持ちになります。


「彼はずっと兄弟ゲンカをしながら思っていたんです。誰かを助けられるような自分になりたいって。強い自分になりたい、兄に負けない自分になりたい――……それよりもっとずっと、誰かを助けられる自分になりたいって、彼は願っていました」


 そして、あなたは助けてもらった?


「文字通りね! 酷い目にあって、化け物に囲まれて、私自身化け物になりかけていたんですけど……カナタは私を助けてくれました。それからもずっとね……傷つけ合うことしかできなかったお兄さんを、助けようともした」


 ずっとケンカをしていたお兄さんを?


「だから自慢の彼氏なんです! ……あの日の彼の行動が、いまの私を作っていると胸を張って言えます」


 なるほど……ちなみにスペシャルサンクスとして件のふたりにもインタビューをしていますが、おふたりともあなたの言葉を大事にしていらっしゃいました。

 おふたりを助けたときの言葉を覚えていらっしゃいますか?


「え? えっと……あはは。あれから本当にいろんなことがたくさん起こりすぎて。ぱっと浮かばないです」


 では……私から。

 青澄春灯さん、あなたはこう仰ったんです。


『その刀を下ろして、お願い……つらいなら離していいんです。それでも離したくないなら、愛せばいいんです、と言われました』

『彼女のその言葉はいまも胸に残っています……春灯のその言葉のままに、俺はいまも彼女とともに生きています』


 いかがです? 緋迎シュウさんと緋迎カナタさんの音声をご用意したんですが。


「――……あはは。その……あ、改めて言われると……す、すみません」


 だいじょうぶですか? 中断しますか?


「いえ。ちょっと……ちょうどつらいことがあったばかりだったので。なんだか染みちゃって。おかしいですね! 自分の言葉なのに……」


 過去と未来の自分は他人だという言葉もあります。

 励みになるのなら、なんでもよいのではないですか? 暴論過ぎますかね?


「いえ! ……いえ。そうですね。力になるなら、いっか」


 よかった。素敵な笑顔が戻ってきましたね。

 不可思議な破壊行為が士道誠心に起き、騒動になっているようですが……伺えますか。


「なんでも……だと問題がありそうなので、できる範囲でよければ」


 構いません。


「よかった……それじゃあ、どうぞ」


 青澄春灯さん……士道誠心に入ってよかったですか?


「ええ! 胸を張って言えます!」


 四月と五月を表現すると、なんですか?


「自分がどう生きたいのか……どんな夢を見て、どのように愛情を持って生きたいのか。それを試された二ヶ月でした」


 なるほど! ありがとうございます! ドラマの脚本の構想イメージが組み上がってきました!


「ちなみに、あのう……かなり脚色されます?」


 テイストは残して、できる限り忠実に……けれど放送できる範囲で。


「それならいいです! 楽しみにしてますね」


 どうも、ありがとうございました。


「ありがとうございました! ……どや、高城さん。ちゃんとできたよ! え、できてない? そ、そんなことないですよね? あ、あれ? なんで笑顔でスルーです!?」


 ◆


 おっかしいなー。私なりにやれていると思ったのに。

 ぶつくさいいながらテレビの仕事を終えた流れのまま、事務所のスタジオへ。

 ついた時にはみんなが待ってた。もちろん、ツバキちゃんも。もともと可愛すぎてやばい子だったけど、ここ最近のツバキちゃんはますます輝きを増している気がします!


『肌つやに出たとしても十代じゃろう? なにもしなくても十分って時期じゃろ』


 タマちゃんは私にあれこれするけど?


『今後の人生のためにできることはなんでもしているだけじゃ。処女の血の風呂はきらいじゃろ?』


 そ、それってあれ? 世界拷問残酷物語てきなやつ? 教授の一連の流れでもうお腹いっぱいだから、そういうのはとうぶん聞きたくないです……。


『じゃろうと思っておるし、意味のないことはせんわ。ほれ、食の改善から何から、お主にできることしかやらせておらんじゃろ?』


 まあね! このままいったら私の肌つやは永遠にぷるぷるもちもち?


『妾が宿っておる限りはな』


 おー!


『しかしその場合、お主の寿命は霊力次第になるのう』


 ……私、めっちゃ長生きするの?


『討伐されん限りはな』


 ――……うーん。それは、ちょっと、どうなんだろう。十兵衞だったらどうする?


『人の一生は風の向くままに。お前の生きたいようにすればいい』


 もー適当いって! カナタと別れるのはやだよ?


『そこはほれ。カナタは――……その、ほら、なんじゃな。姫の御霊を手にしたわけじゃし』


 タマちゃん、なにその歯切れ悪い感じ。


『い、いやあ……いずれ地獄行きじゃろ。でもお主も妖狐になって久しいわけじゃし。どうせいくなら地獄じゃろうし。ちょうどいいのではないかの?』


 ますます適当に言って! 一緒にいられるならそれでいいけどさ。時は二○○X年! みたいなノリはちょっとごめんです。どうするの? 進化した頭に手足人間に囲まれたら。


『拝まれればいいんじゃないかの?』


 さらに適当……!


「春灯……はぁるひぃ!」

「は、はひ!」


 トシさんに怒鳴られて、あわてて返事をする。

 ナチュさんが両手を合わせて微笑んだ。


「ようし、トシさん必殺の声が決まったところで、話を戻そう。春灯、きみの仕事は基本的には歌手だ。その認識はあるかい?」

「は、はい、もちろん!」

「よろしい。それじゃあ――……次の仮歌を流そう。アリーナでもサプライズで流すからね、気合いを入れて決めてもらうよ?」

「え――……も、もうできたの!?」

「仮だから。候補は三つ。聞いて決めるよ」

「じゃなくて! 話は決まってて、企画も進行中なの?」

「だから仮歌三つから本命をひとつ決めるんじゃないか」

「……おお」


 思わず頷いたら、ツバキちゃん以外の全員が「こいつやっぱりバカだった」って顔をした。っていうか、


「お前は本当にバカだな」


 トシさんにしみじみ言われましたけど!


「そ、そういう言い方よくないと思います!」

「へいへい。じゃあナチュ、たのむわ。ツバキ」


 トシさんが収録中の私に向けるレベルのきつい視線をツバキちゃんに送る。

 ツバキちゃんもツバキちゃんで覚悟を決めた表情だ。そりゃあそうだよね。ツバキちゃんの仕事の材料になるんだもん。

 はらはらしながらナチュさんを見つめる。それじゃあ、と鳴らしてもらうの。

 というわけで――……青澄春灯は仕事に復帰した。カナタとのあまあまはあったかって? 教授の事件のフォローはあったかって?

 それは――……そうだなあ。私からは言うことないかな。

 だって、どうしていいかわからないから。カナタに抱き締めてもらったよ? 安心もした。泣いたよ、たっぷりと。それでも――……その気になれなかった。

 初めてのことだった。カナタはそもそも、えっちじゃなくて私のそばに寄り添うことをひたむきにしようとしてくれただけだけど。

 それでも……私の中の何かが砕けて折れかけていたの。

 治ると思う。いずれは。そうして乗りこえられると思う。つらいなら離していい。それができないなら、愛せばいい、か。

 それは時に残酷な選択を迫られる道。すべてを選ぶことはできない。

 でもそういうもろもろよりずっと、もっと、カナタに抱き締めてもらってもその気になれない自分に危機感を覚えていたの。

 私がその気になれなくて、それじゃあ意味がないってナチュさんがまとめた。みんなで解散する。私を送ると言う高城さんについていこうとしたら、肘をぐいっと引っぱられた。

 トシさんだ。


「借りていいっすか?」

「トシさん……かなり繊細な時期なので、その」

「こっそりでますんで、頼みます……ちょっと気晴らしさせてやりたいんすよ。彼氏にもマネージャーにも言えない愚痴があるだろうし」

「ふむ――……春灯はどうしたい?」


 高城さんに聞かれて、視線がさ迷う……けど、トシさんに持たれた肘にいやな気持ちはひとつもなかった。


「気晴らし、できるなら」

「じゃあ、手配します」


 即断即決。高城さんは迷わなかった。

 すぐに用意されるの。カメラに追われないように、デコイがやまほど。

 最初は前に乗せてもらったバイクかなって思ったけど、事務所の駐車場に用意されているのは天井を締めたオープンカー。とびきり高そうな車。乗ってすぐに走りだす。


「彼氏に今日は遅くなるっつっとけ。連絡はちゃんとしろよ?」

「……はあ」


 スマホをタップして言われたとおりにメッセージを送りつつ、横目でトシさんを見る。


「どこ連れてくの? 気晴らしってなにするの?」

「まあ待てって」

「ドライブ中に歌うなら、トシさんのバイクのほうがよかった!」

「贅沢いうな。お前の学校、いまニュースになってんだから」


 そうなのです。教授に教われて警察と救急車が来たから、大騒ぎになったのです。

 コナちゃん先輩もトモも、霊力がおおきく傷つけられている状態だけど、身体はほとんど完治。衰弱状態だから大事を取って入院しているけれど、点滴を打ってお休みしていればすぐに退院できると聞いている。

 学校も――……教授が使っていたのは、隔離世で作りだしたまやかしの兵器。だから現世の現象を書き換えられるほどのものじゃない。あるべき形に戻っていくって……ライオン先生は教えてくれた。コナちゃん先輩の傷もそのひとつだって。

 心の世界。願いが形になる世界。そこから持ってこれるものはきっと、そんなに多くない。刀、夢、御霊のくれた姿。それくらいなのかな。

 なら……教授の悪意は、あの人の……。


『闇を覗くとき、闇もまた己を覗いている……じゃったか? よせよせ、辛気くさい!』


 タマちゃん……。


『気づいておるか? お主の顔、いまものすっっっっっっっごく! ブスになっておるぞ』

「えっ!」


 あわててサイドミラーに映る自分を見たら――……ほんとだ。


『明るく脳天気にしておれ。それができぬから、気を遣われるんじゃ』


 ……それは、そうかも。


「……トシさん、愚痴を聞いてくれるために連れ出してくれたの?」

「さっき高城さんに言ったとおりだ。カックンみてえに誰かと絡んで楽しませる術は正直ねえけどな。あいつは元とはいえアイドルだし。でも俺にだって仲間の話を聞くくらいできる」

「トシさん……」

「そんな仲間思いの俺にどうか救いを、というわけでタバコ吸っていいか?」

「それはやだ。私、お鼻かなりきくんだから」

「へいへい」


 面倒そうに笑って、ハンドルを握って走らせ続ける。高速道路に入って、どこまでも。

 膝を抱える。素敵なシートで好きにしても怒らないトシさんを横目に見てから呟く。


「歌で世界は変わらない?」

「そこじゃねえだろ。お前が悩んでるのは、どう見たって男絡みだ」

「……なんで、トシさんは私のことがわかるの?」

「わかるんだよ」


 はっと笑って、それだけ。なんだかちょっと、ギンに似てる。でもちょっとちがう。大人で、頼もしくて、私をどこまでも連れて行ける人。

 でもね。車が辿るルートは、高城さんが私を送ってくれるものに重なるの。

 仲間として大事にしてくれる――……。


「ホテルに行きたいって言ったら、トシさんはどうする?」

「はっ、自棄になった女の相手はもうこりごりだな」

「昔なにかあったの?」

「人の過去なんてもんは、基本的には詮索するもんじゃねえぞ?」

「私にはいろいろ書かせてるくせに」

「お前の仕事のためだ」

「……ずるいなあ」


 膝に頭を預けて、呟く。


「……私、壊れちゃったのかなあ」

「それの試しで抱かれたいってんなら、動物を愛でにいくか? 気が紛れる」

「いいや、このまま進んで」

「おうよ」

「……ねえ、トシさん。こういうときに、何かに手を出しちゃうのかなあ」

「そうならないように、俺たちがいる。お前によからぬ薬を渡したり、遊びを教えようって連中からお前を守る。芸能界なら俺ら、プライベートと学校は彼氏がいんだろ? お前は果報者だ」

「でも……カナタに抱き締めてもらっても、その気にならなかったの」

「そんなもんだろ。付き合っている最高の女にキスされても仕事でてんぱって生きるか死ぬかの瀬戸際だったら、今じゃねえってキレるところだ。実際それで十人近くと別れた。みんないー女だったんだぜ?」

「……じゃあ、やっぱり私は危機なのでは?」

「へこたれそうなときほど、休みと遊びが必要なんだよ」

「休みと遊びかあ……たしかに足りてないかも。マンネリなのかなあ」

「ながらでするセックスに意味がないとは思わないけどな。気持ちいいし」

「……もう、トシさんはすぐそっちに話を振るんだから」

「遊び盛りの油の乗った男なんでね」


 笑って言う顔があんまりかっこよすぎて、半目になる。


「落ちついたほうがいいんじゃない?」

「ばあか。俺は一生遊んで暮らすの」

「でも私には手を出さない」

「お前は彼氏と幸せでよろしくやってくれたほうが、いい歌うたいそうだからな」

「むっ」

「思い詰めて、難しい顔して……世の中の最悪なことを抱え込もうとして。そんなことしてなにになる。らしくねえぞ、ばあか」

「ばかばかいわないでよ!」

「はいはい」


 軽く流されて、むすっとしてから――……長いため息を吐いて呟く。


「ありがと、トシさん」

「あん? どうした」

「……ほかの誰かだったら、何か間違いが起きても防御できないくらい……私、へこたれてた」


 インタビューを乗りこえて、仕事もばっちりしたつもりだったけど。

 でも、トシさんに見抜かれて気を遣われるくらいぼろぼろだったの。本当は、ずっと。


「おう……曲でもかけるか」


 沈黙を破るようにカーステレオに手を伸ばすから、その手を取って言っちゃう。


「歌って欲しいな。トシさんの歌を聞いてみたい」

「あほか。俺は歌はやらねーの」

「……けち」

「けちはお前だ。歌えよ、春灯。いましか歌えない何かがきっとあるはずだ」

「わかった――……結局、それが目的なんでしょ?」

「ばれたか」

「歌ばかり。トシさんから見たら、私なんか歌う価値しかないんだ」

「なにいってんだ。本物の歌手にはそれさえありゃあいい。あ、カックンはいいけどナチュには言うなよ? あいつはガチで説教してくるから」

「もうっ」


 笑うトシさんの手をぺちっとはたいて、脇腹をつついてから前を見た。

 歌う。歌うよ。

 ぷちたちが出てくるわけじゃない。さみしいわけじゃない。

 ただ……怖くなっちゃった。欲は欲。誰しもみんな持っている。私も、カナタも。愛する仲間たちも、みんな。教授と同じように。

 カナタの欲ならそれは愛情の証だと無邪気に思っていたのに……同じ男という枠の中にいるから。そんな風にもし、私が心のどこかで思っていて、カナタをその瞬間に拒絶しちゃったら?

 壊れちゃうかもしれない。大事に築き上げてきたもの、みんな。

 ――……怖いなあ。

 高速道路から下りた車は、一直線に学院を目指すかと思いきや――……百円寿司の駐車場に入ったの。


「えっと?」

「飯を食うぞ。前に来たときに寄ろうと思ったのに、ナチュの野郎が寿司は回ってないのしか無理とか言いやがって、これなかったんだ」

「……はあ」


 車から降りる。歩きだすトシさんの後を、とぼとぼと追いかけようとしたら背中にぶつかった。見上げる。

 後頭部をがしがしと掻いてから、ふり返ったトシさんの顔を見て気づいた。何かする気だ。顔が近づいてくる。膨らむ不安、なのに動けない。だって、この流れはキスで――……いやじゃない? 本当に? 私はどうしたいの?


『俺にとって、ハルは中心だ。世界の……すべての』


 尻尾がぶわって膨らんだ。たくさんの記憶が蘇ってくる。理屈とか、どうだっていい。

 むりだ。むりだよ!

 カナタの顔が浮かぶの! 絶対、ほかの誰ともしたくない! 無理だ! カナタ! カナタなの!


「や――……あうち!」


 思わず突き飛ばそうとするより先に獣耳を摘ままれて引っぱられる。


「いたたたたた! ちぎれる! ちぎれちゃう!」

「ほらな。てめえの心ん中には、ちゃあんと大事なもんがあるんだ」

「みみ! みみを引っぱりながらいいこと言わないで! そのとおりだけど、ひとまず耳を助けてくだしい!」

「助けてやっただろ? ……ほらよ」


 獣耳を離して、でこぴんをするトシさんを思わず上目遣いに睨むとね?


「悩みは吹き飛んだか?」


 さらっと言うの。ずるい。ずるい!


「それじゃあいくぞ。エンガワを死ぬほど食いたいんだ」

「ううう、あらゆる意味でひどい対処療法!」

「はんっ! キスされるとか思ってんじゃねーぞ。二十歳すぎてから出直してこい、ケツの青いガキが」

「でもでも、ぜったいしそうな流れだった!」

「大人の人生経験なめてんじゃねーぞ。これくらいの芝居、余裕に決まってんだろ。いいから、いくぞ」


 獣耳から手を離して、さっきと同じ調子で歩いていくの。

 その背中をぐぬぬと睨んでから叫ぶ。


「ぜったいおごってもらうんだから!」


 そしたら、トシさんはふり返って笑ったよ。


「そのつもりだよ。おら、とっとと歩け」


 悔しいくらいかっこよすぎて痺れちゃう。悔しい! そんな台詞が似合う大人の男ずるい! でもお寿司たべちゃう!

 それからふたりで胃袋の限界に挑戦したの。たくさん笑って、たくさんしょうもないことを話した。きっとこういう時間が、私はなによりも欲しかったのだ。

 ぽんぽこになったお腹をさすりながら、これじゃあ狸になっちゃうって言ったらトシさんに大爆笑された。そして……学院の駐車場まで送ってもらった別れ際に言われたの。


「さっきの話、今夜のこと。ちゃんと彼氏と乗り切れよ。お腹をさすってのんきにいやあいい。ごちゃごちゃ考えるよりも、明るく素直にばかやってるほうが、お前にはずっと似合ってる」


 きっとそれって笑顔の魔法だ。


「……うん。ありがと!」

「じゃあな」


 駐車場から車が遠のいていく。

 今日、仕事に出かけたときの憂鬱はもうすべて吹き飛んでいた。

 へこまされた気持ちを吹き飛ばすのは、絆。

 なんかそれっていいね。ようし、カナタとなんとかしよう! まずはお話からだ!

 そう思ってお部屋に帰ったらね? なんか妙に粉っぽいの。それもそのはず、カナタがテーブルを綺麗にして、そのうえでおそばを打っていた。

 私が帰ると慌て始めるの。


「あ、おかえり。こ、これは……その、すまない。もうすこし遅くなるかもと思って、ストレス解消で、というか趣味で……それは知ってるな。知ってるだろうけど、なんていうか。そばでも食べて落ちついて話ができないかと……いやそれは変なんだよな。知ってる。ラビにもユリアにも言われた。わかっているんだ。その――……」


 しどろもどろになって粉まみれで説明をするカナタを見たら、いてもたってもいられなくなって抱きついた。

 よかった。インタビューが今日でよかった。なにもかも、今日でよかった。


「は、春灯?」

「――……だいすき。愛してる」

「あ、ああ――……俺も、大好きだよ。愛してる」


 すごくほっとした声で言ってから、カナタは本当に申し訳なさそうな声で言うの。


「ああでも、いまの俺の手は汚れているから。ハグが難しい」

「いいよ。いいの……ハグして? ぎゅって」

「……それなら」


 ぎゅうって抱き締めてくれた。すごくほっとするし……不安だった気持ちなんか、どこかへ飛んでいって消えてた。

 幸せに満ちた気持ちでささやく。


「洗濯はしないとね?」

「たしかに!」


 ふたりで笑いあってキスをする。

 きつい目に遭っても乗りこえるよ。あなたはいつだって、私を助けてくれる。

 でもね? そんなのさえきっと関係ない。

 あなたが好き。それだけで、私はきっとずっと……救われ続けるの。

 はぐー! たくさんするよ。ぎゅって。幸せを感じるから!




 つづく!

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