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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十三章 金か黒か、その心の行方は

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第四百八十三話

 



 ちゃっかり者はまばたきをした。

 自分の本体を守ってくれたお姉さんがぶすぶすに焦げてる。いてもたってもいられなくて、痛そうな腕に触れた。

 お姉さんを抱いて急ぐお兄さんが気づく。構わない。本体ほどがんばれなくても、ありったけの霊子を注ぐ。尻尾なら小さくても九本生えているから問題ない。

 すこしずつ、黒く色づんだ肌が元通りになっていく。駆けつけてきた綺麗で素敵な匂いのお姉さんが治療してくれた。代わりに――……カナタがひょいっと自分を掴んだ。


「春灯は!?」

「……う、と」

「どうした!?」

「カナタ、落ちついて」

「だまれラビ! 彼女が奪われた! コナが撃たれた!」

「だから落ち着けといってるんだ!」


 兎のお兄さんにカナタが怒鳴られる。深呼吸をしたカナタは冷静を取り戻したみたい。


「すまない……激昂した」

「いいさ。マドカちゃんとキラリちゃんたちを隔離世を通じて移動させてる。なにせ――」


 兎のお兄さんは寮の前を睨んだ。そこにはもう――……なにもない。


「ヘリが不意に現われた穴に飲みこまれて消えた。明らかに今回の敵はやばい。シュウを襲った奴よりも、あらゆる意味でいかれてる」

「……山吹たちだけで大丈夫か? 俺も――……!」

「だから落ち着け……キミは出来る限り霊子の温存を。今夜中に奪還する」


 サイレンが近づいてくる。出血するお腹をおさえて苦しんでいるお姉さんがいる。ほかにも、みんなの顔がつらそう。

 本体ならどうするだろう。春灯なら、どうするだろう。

 きっと歌うよね。こういうときほど。

 自分は分身というか、それ未満ではあるけれど。本体が苦しんでいることしかわからないけど。ちゃっかり歌っちゃおう。いつだって春灯はそうしてきたから。

 ようし、いくぞう!


 ◆


 染み込んでくる。つながる心の先から見えてくる。

 幼い子供の手を引いて薄汚れた家へ。お金をもらって子供を渡す。十にも満たない子供に迫る大人の薄汚れた――……。


「あああああああ! あああああ!」


 必死に叫ぶ。手を掴んで遠ざけようとする。全力で。


「だめだ。みなさい。すり合わせの最中だ」


 びくともしない教授から流れ込んでくる。

 わけもわかっていない子供が汚されていく。


「人身売買。世界レベルで忌むべき犯罪とされながら、けれど行なわれている罪だ。売春に流れるならまだ生きていられるマシな道で、こういうのもある」


 切りかえられる。凄惨な――……。


「う、ううっ」


 せりあがってくる吐き気と涙と鼻水。けれど教授はそれでも私の頭を掴んで離さない。


「臓器売買……ほかにもね。子供を“製造”するための工場があったなあ……はは。でもまあ、貧困のために幼い子供に春を売らせる国の光景を見せるだけで、きみは壊せそうだ」


 流れ込んでくる。この人が見たもの。生々しい現実の映像たち。

 金切り声をあげて必死に逃れようとするけど、だめだった。どんなに逃げても、だめ。

 この人は楽しんだ。すべてを。文字通り、すべてを。その実感と興奮と快楽すべて流れ込んでくる。


「――……おや、追っ手か?」


 指に隙間ができて、救いを求めるように見た。

 星と光。キラリとマドカが来てくれた。


「ならば……後続車。きみたちはもう用済みだ」


 歌うように告げて、後ろの車両が弾ける。

 爆発の光と熱の中から兵隊たちが飛び上がる。銃器を捨てて、ヘルメットを脱いで――……必死にばたばたと手足を動かす。けど、


「ぼん!」


 教授が楽しげに大声を出した途端に、弾けた。頭が、すべて。


「――……!」


 内からあふれてくる。黒くてつるつるした頭。


「生身で邪化すると、実に醜いな……さあ、時間稼ぎをしてもらおう。討伐されなさい。鍵のない人は生身でこの世界にいる資格がないのだから」


 衣服が弾けて、黒い泥まみれの出来損ないの人型になる。

 それが両手を伸ばしてキラリやマドカたちを足止めするの。

 遠慮なく私を乗せた車は進んでいく。


「――……ほう、それでも追いかけてくるか。山吹マドカだけ、か。しかし、残念。門よ、開け」


 私たちの車が何かを通り抜けた。後ろに見えたのは、歯形が閉じていく光景。現世と隔離世の境界線でマドカが悔しそうに私に手を伸ばしている、そんな一瞬が……終わる。


「さて続けよう。どこまで見せたかな? ああ、そうだ。あれはインドで見たできごとさ」


 見せられる。薬漬けの男達、老婆と十に満たない女の子たち。みんな。みんな。

 ――……堪えきれずに吐き出した。それでも足りずに、なんどもえづく。嘔吐せずにはいられなくて、それでも止まらない。止めてくれない。

 喘ぐように懇願した。やめて。やめて。もうやめて。みたくない。


「これはひどいと思うかな?」


 必死に頷く。


「じゃあ次にいこう。アダムは次で根を上げたが、キミはどうかな?」


 ふっと浮かんできた。拘束台に手足を絡め取られた少女のそばに立つ男。手に持っているメスは。涙を流して口枷の内から必死に悲鳴をあげる彼女に、全裸の男のそれは――……。


「買い物をしてはいけない遊びをする奴がいたなあ。どれほど楽しいか試してみようとしたが……残念。ほら。きみがいま見た通りさ」


 砕かれていく。


「おいおい、これで終わりか? 尻尾がひとつはじけ飛んだ。霊力が萎むな……予想通りすぎてつまらない。これをひどいと思うかな?」


 もう終わりにして欲しくて、何度だって頷く。目を閉じても無駄だった。流れ込んでくる。棘の先から。私の全力じゃ引きはがせない。


「殺す方向では簡単に片がつきすぎるな……では、こういうのはどうだ? あれは何年前のことだったかな」


 ふっと浮かぶ。古びたお店の奥底にある地下への扉。抜けた先にある――……薄暗い間接照明の広々とした部屋。ボックス席がいくつもならぶ。正面のステージには白くて柔らかな布をまとったいろんな国籍の少女たち。少年もいた。

 教授が選ぶ。幼い子を、ふたり。涙を流して喜ぶふたりが教授に奉仕する。その奥で――……マイクを手にでてきた人が、売れ残った女性たちに。

 おぞましい光景だった。そのすべてが。必死に心を保とうとする。けれど。


「買った子ふたりはいらないから売ったよ。中身をね」


 涙を流して必死に手を伸ばすふたりが――……血に塗れたエプロンをした覆面の男に連れていかれる。うそだ。うそだ! うそだって……いってよ――……。


「――……」


 吐いても、吐いても、もうなにもない。否定したくて、拒絶したくて、でも無理だった。


「――……ふうう。ふううう!」


 怒りと憎しみしか残らなかった。生理的な嫌悪感がわき出て、膨らんでいく。

 殺意が。堪えようもなく。破裂しそうだった。


「そうそう。その目だ。おお! 染まっていくな……金が黒へ。狐火も出てきた。だが、まだ足りない。あとはアジトについてからにしよう。眠りたまえ」


 教授の手から膨大な霊子が伸びて私を貫いた。

 そう感じたときにはもう――……意識を手放していた。


 ◆


 ずたぼろになった我が家を見渡して、いっそ笑う。


「レイコさん、仮の住まいはどうしようか……」

「そうねえ。ホテル?」

「僕の稼ぎでホテル暮らしはちょっと無理だね……稼ぎの悪い旦那でごめん」

「なにを言っているの、最高の旦那よ? それに次の子ができたっていうのに、豪遊はできないねえ」


 しみじみ頷いていたら、膝を抱えて泣きべそを掻いているトウヤが叫ぶ。


「なんで父ちゃんと母ちゃんはそんなに冷静なんだよ! うちが! うちがめちゃくちゃになったんだぞ!?」


 うちの人と思わず顔を見あわせた。


「取り乱しても、ねえ?」

「ああ。一切の得はないからね。生きているだけ、丸儲けってやつさ」


 子供が無事。ならどうとでもなる。それだけだ。

 集まった警察や消防の人にはもう事情を話した。聞いた感じじゃ士道誠心も危険なことになっているようだ。

 娘にはいろんな教えを叩き込んである。文字通り、いろんな教えを。

 けれど乗りこえられるだろうか。日本でここまで大それたことをする悪意を相手に。

 引退して長いから、私よりもむしろ緋迎さんちや冬音とクウキさんのほうが頼れる。

 とはいえ、ねえ。冬音は寝ちゃっているし……。


「ふう」


 ため息を吐いたときだった。お腹に何かを感じた気がして見おろす。

 まだまだたいして育ってもいないだろうに、どうした。

 気のせいだって笑ってもいいけど、そういう気にはなれなかった。

 こういうときの勘ほど、よくあたる。現に、襲撃されたときもこの子のおかげで助かった。

 ……仕方ない。この手は使いたくはなかったけれど、贅沢も言っていられないようだ。


「クウキさん、ちょっといいかしら」

「……何か?」


 冬音を抱きかかえている彼のそばへと歩いていって、寝ている冬音の顔を見た。

 思い返す。突然の轟音と共に、塀をぶちやぶって庭を越えて我が家の壁を破壊した車がした凶行を。

 お腹に感じた何かの予感に、思わずトウヤを引きよせて倒れ込んだ。何かが投げられる。飛び上がって投げられたものをそのまま投げ返すお父さん。

 それだけじゃなく、テーブルのうえのリモコンを構えている襲撃者の手に投げて当てて、さらに投擲されようとしていた手榴弾を落とさせた。

 だからって、最初に投げ込まれたもうひとつの爆弾を防ぎきれるわけもなく、もうだめかと思った瞬間――……ソファで寝ていた冬音の身体から炎が噴き出て、私たち家族とクウキさん以外のすべてをはじき飛ばした。

 おかげで襲撃者は瀕死で気絶。お縄につくこととなり、私たちは無事で家は半壊というわけだ。いま思い返してもお父さんのアクロバットはなかなか格好良かった。

 さすがは私の旦那! 愛してる!

 でも、もし何かが起きているのなら……それは冬音。あなたが起きないとどうにもならないかもしれない。久々だから、どこまでやれるかわからないけれど。

 指先の腹を噛んで皮を貫通させる。滲んだ血が雫になるように、冬音の唇の上に掲げた。


「――……願い奉る。気は血、血は水、水は気。気は血の総帥、血は気の母――……変われ、神水」


 ささやく。垂れた鮮血が一瞬で透明へ。意を察したクウキさんが冬音の唇を開く。落ちる――……落ちて、喉が鳴った瞬間、冬音が目を開けた。


「――……んん? なんだ……へっくち! 寒いなあ……あれ? なんで家が壊れているんだ?」


 ぽぉっとした顔で家を見る冬音の顎をくいっと自分に向けさせて、伝える。


「妹を助けてきなさい! 急急如律令! ほらほら、さっさといった!」

「はっ、はいっ」


 お尻を叩く。

 クウキさんに説明されて、あわてて腕から下りる冬音を見送って一息吐いた。


「なにが起きるかわからないけど……自分と戦いぬきなさいよ、春灯」


 胸騒ぎはする。

 心配しかない。

 娘がどうか、無事に戻ってきますように……。


 ◆


 気がついたとき、私は台の上に寝かされていた。

 幸いにして衣服は無事。だけどお尻に感じる尻尾はいつのまにかもうたった三本。

 悪趣味なことに天井は鏡張りになっていて、金と黒がまばらになった自分の髪が見える。大の字にされて手足に枷を嵌められている状態も――……足と足の間に空間がある不気味な台さえも、はっきりと。

 薬指に指輪はない。ネックレスもない。

 特撮なら改造手術を受ける場所……そうのんきに思える自分にかなりほっとした。

 頭に出血の痕跡はない。なら、貫かれたと思ったあれは錯覚なのか。そうであってほしい。

 そう祈った瞬間、台が傾いた。それだけじゃない。腰から下の台が折れ曲がる。


「よく……映画なんかで見るがね。繋がれている姿勢は、実に滑稽だとは思わないか?」


 教授がいた。カメラが私を捉えていた。スクリーンが設置されていて……台がある。いろんな器具が置いてある。狂戦士の漫画で見た拷問器具とまったく同じ。ああいやだ……。


「ああ、これか? たんなる舞台装置だ。きみには使わない」

「なら――……私を犯すんですか? それとも殺すんですか?」

「第一に殺す気はない。第二に、拘束されている女を犯す趣味はない。きみの魔性を露わにする段階になったら、用意した竿役を大勢だしてきみを惨めに汚す予定ではあるが……それは本当に最後の最後だ」


 吐き気を催す邪悪――……打ち倒すなら、大神狐モードになるしかない。

 必死に霊力を奮い起こす。現世だろうが隔離世だろうが関係あるか。こいつを倒さなきゃ気が済まない!


「ふうううう! ふううううう!」


 必死に唸って力を出そうとするのに――……萎んでいくばかりだった。尻尾がぱんと弾けて一尾消える。けれど力が溢れるどころか、消えていく……。


「無理はしないほうがいい。それはね、キミが神性の側にいなければできない奇跡だ。いまのきみはせいぜい……そうだな。よくて怪談で人をちょっと驚かせることができるくらいの狐でしかない」


 教授が近づいてくる。


「柳生十兵衞に頼まなくていいのか?」


 ――……言われなくても! 十兵衞! ……十兵衞?


「な、なんで? 十兵衞! タマちゃん!? ねえ! ねえってば!」

「聞こえないだろう?」


 必死に頭を振って何度だって呼びかける。けれど、返事はなかった。

 いつまでたっても、返事はなかったんだ……。


「当然だ。当然なんだよ、青澄春灯。私が禁書の魔法で閉じ込めているのだから……現世に現われない限り、きみを助けてはくれないよ」


 尻尾がぱん、と弾けて一尾。


「だから……ああ! 悲しいね、きみはいま……まさに、ひとりぼっちだ。いや、ちがうな? 私とふたりきりだ」


 鳥肌が立つ。冷や汗がぶわっと出て、耳鳴りがした。呼吸が速くなる。おさえられえない。


「怖いか? 怖いだろう。ひどいと思うかな?」


 偏執的に繰り返される、その問いかけ。すり合わせ。聴きたくないのに、耳をふさげない。ならせめて、獣耳だけでも閉じようと思った。なのに、教授が何かをかぶせてきた。そのせいで、うまくいかない。


「ああ、だめだ。だめだめ。きみのそれにはヘッドフォンをつけさせてもらった。力の弱い獣憑きでは、耳と尻尾はただの飾りになることもあるが……キミのそれはようく機能するようだからね。これを聴いてもらうよ」


 再生される、音楽。定期的なリズム、気持ちの悪いうねりを持った音、そのジャンルを知っている。それに重なるように――……。


『『『 ――…… 』』』


 数え切れないほどの音が鳴る。流れ込んでくる。何かが。獣耳に。


「エリザの子飼いの人間が情報通でね。決して表には出ないサイトではあるが……どういうわけか、世界中の大勢の潜在的な犯罪者たちがキミを見ているよ。その欲望を凝縮して聴かせ続けよう」


 私を壊すための、音。欲望――……邪。


「さて、続けていこうか。次はなにがいいかな……どんなものがみたい?」


 映画館に行って尋ねるような気さくさで言われたから、全身に立ちっぱなしの鳥肌で必死に逃げようと身体をよじりながら叫ぶ。


「く、狂ってる! こんなの、こんなの!」


 必死に金切り声をあげる私に「どう、どう、どう」と犬に言うように呼びかけてきて、頬に触れる。その手つきが、まさに移動中に見せられた子供たちにするのと同じもので――……。


「ああああああああああ! あああああああああああああ!」


 必死に叫んで頭を振る。怖くて怖くてたまらなかった。最後に残った一尾が必死に私の股に逃げ込んでくる。その瞬間に、


『『『 ――…… 』』』


 心を砕くような、ありとあらゆる罵詈雑言と欲望の声が再生される。

 瞼を伏せる。ひとりぼっちだ。つらい。つらいよ。


「さあ、ショーの時間だ」

「や、やだ……やだ、やだあああああああ!」


 必死に叫ぶけれど、教授の手は当たり前のように私の目元を包んだ。


「投薬しないだけありがたいと思いたまえ。壊すつもりなら、もっと簡単な手がいくらでもあるのだから……さあ、受け入れろ」


 そうして棘を刺して、注ぎ込んでくる。一切の容赦なく。


「やめて……」

「もっと身近なものがいいかな……アダムがかつて犯した犯行は傑作だった。彼は覚えていないだろうがね? 私が指導してあげたんだ……今、きみにしてあげているようにね」


 流れ込んでくる。私を苦しめた彼が犯したこと。彼が教授にされたこと。私のように苦しめられている姿。すべて。


「も、もう、やめてよ……」

「親殺しというのは、神話にはありがちだというが……現実には手を汚す者はすくないって? 果たしてそうだろうか? 大好きな姉を娼館に売られて、次は妹の番だと知った少年が父親を殺した話を知っているかい?」


 容赦なく。教授が見たもの。それを見て歓喜する心。すべて流し込まれる。

 涙が止まらない。つらくてたまらないし、凄惨な光景に震えるたびに聞こえる百パーセントの悪意に耐えきれなかった。

 泣きじゃくる。それでも、止まらない。


「紛争地帯に行ってごらんよ。欲望の対象は弱い者だ。殺されるか、犯されるか……労働力になれれば、ずいぶんとマシなほうだな」


 見たくない。見たくないのに。


「ひどいかな?」


 愉悦たっぷりに聞かれて、必死にうなずく。


「いいや。これが現実だよ……きみの歌なんかじゃ救えない現実さ」

「もう、わかったから……わかったから……ゆるして……ゆるしてよう……」


 泣きながら呟く。

 最後の一尾が消えていくのが、はっきりとわかった。

 腐って、落ちていく。私の中にあった軸、ふたつ。そうはさせまいと、教授が耳元で囁くの。


「いやいや。きみにもできることがある……剣豪の御霊は荒ぶれば人を多く殺せる」


 呪いのように、映し出される。砂地の街。銃器を手にして駆けて――……見えた男、子供。武器を持っている者すべて、対象。死体が積まれて、仲間とそのそばで笑いながら写真を撮る。勲章みたいにして。愉悦。愉悦。愉悦! 心が満たされる。教授の感覚が、私の心を上書きしてくる。抗うだけで精一杯で、その気力で思考がどんどん奪われていく。

 空っぽになっていく頭と心に、


「魔性の御霊はそれが男であろうと女であろうと、籠絡させ、社会を牛耳れる」


 染みを落とすように、唱えられる。尻尾は消えても残る獣耳から流れ込んでくる、毒電波。

 見えるのは、多くの人が担ぐ神輿の上で優雅に寝そべる裸の女王。


「まさに伝承のように……傾国の美女たる妲己や玉藻の前にも、あるいは精力に満ちあふれた暴れ回る柳生十兵衞にもなれる。きみは最強にして最高の存在に生まれ変われるのさ」


 必死に否定する心さえ、折れて。


「気に入らない相手は殺せ。追いつめて、潰せ! 歌で照らす? ばかをいうな! 歌で導け! お前の願い通りに民衆を変えろ! お前の強さには、その権利がある!」


 耳元で怒鳴られる。暴力。

 縋るものを求める。ふたりきり。この人しかいない……そんなの。


「――……や、だ」

「ほう。粘るか……そうこなくては。しかし」


 手がやっと離れた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの私を見て、ヘッドフォンから歓喜の声があがる。視界の外に出た教授が何かを転がしてきた。それは鏡で――……映っているのは、黒髪で入学前に戻された、私。獣耳だけが唯一、私の力を留めている何か。けどそれは、敵の手に落ちて……いまはもう、いっそなくなってほしいもの。


「きみはもうほぼ人に戻りかけている」


 砕かれるには十分すぎた。


「力が欲しいのだろう? 美しくなりたいのだろう? そのはずだ。青澄春灯は一度は力を手に入れたのだから……でもそれは、ずるではないか? 彼女に世界を無邪気に照らす権利があるか!? いいや、ない! 断じてない! 持たざる者にしか許されぬ特権だ! それは!」


 怒鳴り声とヘッドフォンの声が音楽に乗って私を責める。

 苛む。断じて否。青澄春灯に歌う資格などないのだと。


「共感の化け物のきみは……悪意に晒せば、ほうら。あっという間に元のか弱くてひとりぼっちの女の子に逆戻りだ。怖いかい? ひどいかな?」


 狂ってる……。

 萎んで欠片みたいになった心で思えるのはもう、それだけだった。

 怒鳴り声が優しい声に変わっただけで、縋りたくなる。無意識に。


「さて……それじゃあ次の段階へ行こう。生け贄の諸君、来なさい」


 合図を出してすぐ、ずらずらと足音がする。

 並んだ人たちを見て、胃液を吐き出した。何度も。何度でも。必死にこらえて、涙を流しながら見つめる。

 爆弾を頭に巻き付けられた裸のおじさんたち、九人。

 日本人だけじゃない。いろんな国の人がいた。漂う匂いのきつさはなんなのか。

 変わらないのは、命が消える可能性が露骨に提示されていること。みんな。ひとりとして、助かる見込みがない――……。


「春灯。きみに選択肢をあげよう」


 とびきり優しい声に視線を向ける。


「犯されるか、彼らを拒んで殺すか。二者択一だ」


 どんな顔をしているのかさえ、もうわからなくなった。


「さあ、どうしようか? きみの元々あった尻尾の数に合わせて九人用意したよ。アダムは一人目で壊れたけど、きみは何人かな?」


 おじさんたちは涙と欲望でおかしくなった目で、私を見ていた。

 助けを求める目。死に瀕した極限の顔で――……私を。

 私には薬を使ってないとしても、おじさんたちは別に違いなかった。血走った目で――……おもらししている人もいて、なのに……全員、欲望を露わにしていたんだから。なにより、誰も声をあげないのが異常すぎた。


「ひとりでも受け入れたら……きみの恋人はさぞ悲しむだろう。汚れたきみを、もう以前のようには愛せないだろうね。でもね? 愛なんてその程度のものだ……ひどいかな?」


 葛藤する余裕すら、欠片もない。


「それにね? きみがひとりでも受け入れたら、その動画はあっという間に世界中を駆け巡る。もう二度ときみは歌姫に戻れない。手にした成功はすべて! ……おじゃんだ」


 虚飾も余裕も欠片もない。


「自分の人生が大事かな? それとも、自分と関わりのない赤の他人の人生が大事かな?」


 なにも、なにもない。


「きみはどちらをえらぶ? 十秒あげよう。十、九、八」


 映画でなら見たことある。ヒーローが捕まって、拷問を受けるシーン。これが、そうだ。


「七、六、五」


 わかりきっている。慈悲はない。そしてこれは悪魔の選択。どっちを選んでも私は汚れる。正解なんてない。正解なんて、ないんだ。

 歯がかちかちと鳴る。恐怖に震えて。気づいたときにはおもらししてた。でもちっとも恥ずかしくなかった。それどころじゃなかった。

 おじさんたちの顔色が変わる。赤。青。紫色。誰も声を上げない。まるであげたら即座に爆発させると言われているかのように。

 ヘッドフォンから歓喜の声があがる。それでも。それでも。


「四、三」


 カウントは止まらない。止まらない!


「わ、わかった! えらぶ! えらぶから、殺さないで!」

「二、一」

「まっ」

「ぼん!」


 ぱん、と、ぐしゃ、と。ふたつの音がした。

 目の前の光景に固まる。どさっと倒れる人の、ひと、の、の、あ、あ、あ――……。


「あああああああああああ! あああああああああああ!」


 悲鳴をあげて、必死に身体を揺さぶる。


「十、九、八」

「くそやろおおおおおお! ころしてやる! ころしてやる!」


 必死に怒鳴る。去勢を張らないと壊れる。壊れたほうがマシだ。絶対に。

 狐火はもう出ない。出ない。出せたらいいのに。あいつを――……あいつを殺せるなら!


「でろ! でろ! でろ! でろよおおおお!」


 手足が折れそうなほど痛い? 構うものか。


「七、六、五、四」

「お前なんかいちゃいけないんだ! どっかいけえええ! やめろおおお!」

「三、二、一、ぼん!」


 弾ける。


「あああああ! あああ――……ああああ……ああ、あ……」


 助けてともいわないで、人が簡単に殺されていく。


「陳腐な映画やフィクションにありがちな台詞のように、きみがわるいとは言わないよ。きみの認識は正しいよ? 殺しているのは、あくまで私だ。私が悪い。存分に憎みたまえ……では続けていこう。十、九、八」

「――……もう、やめて」

「七、六、五」

「おねがい……」

「四、三」

「なんでも、する……いい、もういい、から」

「具体的に? 二、一」

「私に、なにしても、いいから……誰も、殺さないで」

「時間切れだ。ぼん!」


 人が倒れる。血がかかる。あたたかかった。とても。


「約束事は大事だ。復唱なさい。青澄春灯は教授の命令に従います、と」

「――……青澄、春灯は……教授の命令に、従い、ます」

「よし。それでは祝砲をあげようか。全員爆破だ」

「やめてえええええええええええ!」


 叫びは意味をなさなかった。一斉に破裂した。


「あ、ああああ……あああああ――……あぅ、ううう……」

「赤はいい。実にいい……生肉の匂いも、まあ食べてみれば気に入るかもしれない。あとで用意するよ。アダムは食べられなかった。きみはどうかな?」


 理解する。そもそもこの人は救う気なんかなかった。

 私を壊すため、それだけに九人もの生け贄を捧げた。文字通り、生け贄を。


「理解できたかな? これがひどいということだ。きみが逆らえば、ひどいことになる。これより上も下もない。わかったね?」

「――……あ、ぁ……あ、ぅ……ううっ……う……」


 頷くしかなかった。頷かなかったら、絶対、また、九人出てくる。同じことが繰り返される。


「要領がいいな。その通り……きみが拒めば、また九人が死ぬ。よろしい! では……きみの心に教育を施すとしようか」


 倒れるすべてのおじさんの血を浴びながら砕け散る心の奥底で、それでもかすかな熱を感じた。それに気づかず、教授が私の心に霊子を注いでくる――……。


 ◆


 硝子越しに眺めながら、秘密結社とかいう冗談みたいな集団のメンバーとしてエリザは見届けていた。悪辣かつ最低外道、盟主からやり過ぎをたびたび注意されても、息を吸うように人を殺せる教授の行動を。

 青澄春灯が放心した顔で俯いている。教授が頭に手を置いて霊子を注いでいた。作りかえるために。アダムとかいう青年も、あれを食らったという。

 教授自身は教育とかぬかしているが、あれは紛れもなく洗脳だ。

 世に犯罪あらば進んで覗きに行って体感し、未知の犯罪を犯せそうな種があれば進んで“教育”する。おかげで教授は世界的な指名手配犯である。

 どんな武器でも扱うマッチョな部分もあるが、それ以上に脅威なのは彼の持つ魔道書。禁書であることに間違いない。

 彼から魔道書を盗もうとした者がすべからく発狂して自殺したことを踏まえれば、その出典は明らかかもしれない。

 構わない。盟主の意向を汲んで目的を達成できるのなら。

 仮初めの金計画。教授の提案した作戦だ。盟主は許しを与えた。悪辣なことを嫌う盟主が、お目付役に自分をつけて……メンバーのお披露目まで命じて。日本も舞台にするという強い決意の表われだろうが、個人的には気が進まない。

 東京にはひどく厄介な吸血鬼がいる。それだけじゃなく八百万の国という側面もある通り、強い御霊を宿した侍が各地に的確に配置されており、正直、暗躍するには骨が折れる場所だ。

 しかし――……それにしても、と思いながら手元を見た。

 青澄春灯から取り上げたものたちがトレイに乗せられている。

 彼女のスマホは、彼女の恋人が霊子をこめてプレゼントした指輪や、いろんな装飾具と共にすべて教授が破壊した。彼女がポケットに隠し持っていた葉っぱもすべて焼いた。

 そんな彼にも手を出せなかった代物がたったひとつだけある。手鏡だ。触れると火傷をするそれに不気味な意味を感じながら、しかし教授の魔法では壊せなかった。

 なら、自分はどうか? どうでもいいから適当な理由をつけて流した。しかし、この手鏡はなにか妙な力を感じるが――……まあいいな。


「あのクソ男を始末できる奴がいるなら、お目に掛かりたいもんだ」


 今回の仕掛けは士道誠心にしてみれば唐突に過ぎただろう。だが、当然だ。準備ができた相手に挑むバカがどこにいる。予想できない瞬間にこそ、攻撃を仕掛けるものだ。

 青澄春灯を黒くして、さらに金へと戻す。ただし彼女が獲得した神性の金ではない。玉藻の前に似合いの、魔性の金だ。

 そして――……衆目を集める中で、彼女に手を汚させる。本物の刀で、渋谷のスクランブル交差点で大虐殺でもおこしてもらおう。青澄春灯がゲリラ殺戮ショーを行なえば、途端に世間の見方は変わるだろう――……というのが、教授の案だった。

 魂が残っていれば、その嘆きは確実に黒い御珠を生むだろう。彼女自身、災害を鎮めるために命を捧げるに違いないという教授の見立ては正しい。彼女はひどく素直で良い子だからだ。そんな彼女が教授の手に落ちたら、最後の確認に教授は九尾の狐の魔性を試すために彼女を大勢で犯そうというのだから――……反吐が出る。

 まあね。実際に彼女に手を汚させることができれば、あまりに衝撃的な事件になるだろうさ。

 洗脳が完了すれば、そのときはもはや御霊など必要ない。彼女自身が魔性に落ちれば十分なのだから。彼女を守り支える御霊など邪魔なだけだ。

 脚光を浴びる青澄春灯が凶行に及べば報道は過熱し、魔性は認知されるだろう。認知される深度が増せば、それだけ現世の理も変わる。

 獣耳や尻尾だけでは「驚くけど、まあありだよね」というふざけた認識を書き換えられない。それほど、のほほんとした世間にとって侍の存在感は薄らいでいた。それゆえに、侍たちは数を減らしてきたのだ。

 隔離世と現世を重ねる。隔離世で起こせる力を、現世でも。そのために、欲望と願いはすべからく、今よりもっと強くならなければならない。混沌と戦乱こそ、進歩への道である。今の怠惰な世界など、破壊されるべきだ。

 魔性は認知され、我々は奇跡を現世で起こす。そうして――……理想を叶える。失った人を取り戻し、隔離世への鍵を手にした者による正しき支配を行なう。

 とはいえ……。

 正気を失ったであろう青澄春灯が平板なトーンで、教授の言葉を復唱し続ける。まるで行動規範を覚え込まされるかのように。

 その光景は、見ていて決して気持ちのいいものではない。

 ラビットと呼ぶ少年や、彼の双子の妹と過ごした暗黒時代を思い返して陰惨たる気持ちになった。

 なあ、青澄春灯。お前の理想はその程度なのか、と。冷めた心でもそう思う自分に気づいて笑った。これは感傷か、それとも願いか。

 どちらでもいい。彼女は負けた。間違いなく、完膚なきまでに――……そのはずだから。

 仕方ないさ。血と命を一秒ごとに秤にかける人生でもなければ、命の価値なんて認識しきれるものじゃない。教授が背負わせたと錯覚させた九人の演出だって、正しく評価できないだろう。

 しかし、冷静であれば気づくはずだ。

 あれは――……人じゃない。正確に言えば、あの部屋に入る前はもはやただの腐肉でしかなかった。その前は、隔離世に漂う霊子でしかなかった。

 なにせ、かつて教授が手に掛けた人間の塊なのだ。じゃなければ、エンドレスで相手に合わせていくらでも出せるほどの人体など用意できない。

 いくら自分たちのいる組織が裏社会で巨大であろうとも、世界に邪悪が満ちた場所がどれほどあろうとも。日本でそれほどの凶行に及ぶのは、正直大変すぎる。

 なぜ、苦労してそんなことをしなきゃいけない? コストは最低限。しかしパフォーマンスは最大限でと言うほうがずっと楽だ。

 結論として、教授が用意した九人の真実は――……仮初めである。あるいは過ぎた結末でしかない。

 真に生理的に嫌悪感を催す教授の一面は、こうだ。自分がかつて殺した人間の霊子を分解して常に纏って移動し、必要に応じて人体のように固めて使う。なんなら、芝居もつけてみせる。さっき、青澄春灯の前で顔色を変えて震えてみせたように。

 効果はどうかって? 日本の女子高生をだますくらい、わけはないさ。

 究極の選択を迫る教授に追いつめられた彼女が過ちを犯す……だからこそ、滑稽だ。

 見てみろ。青澄春灯の台の下を。

 血は消え、肉も消えている。もっとも、台を真横に倒されてしまった青澄春灯は気づいていないがね。

 それでも、あらゆる人種の男が揃って、死ぬかもしれない極限状況で性器を興奮状態にさせて逃げもせず教授に従う絵面に疑問を持たないなら……教授の見せた教授の過去とやらの威力は、理性や知性を粉みじんにするほど、そうとうやばいものなのだろう。

 それに実はスクリーンやヘッドフォンにも仕込みがある。

 中継なんてしてない。嘘だ。痕跡が残るようなことを進んでするか。するはずがない。

 けれど演出してみせたのは、ヘッドフォンの音が世界の悪意だと錯覚させるため。本当は教授のつけた獣耳にフィットする管を通じて、青澄春灯にため込んだ邪を注いでいるだけ。それも男のいやらしいものや、彼女への嫉妬と怒りをたっぷりとね。

 動揺と催眠、洗脳。そして音による暴力と破壊。それに加えて、魔法まで使うんだから、やはり悪辣。存在そのものが悪だといっていい。教授は敵に回したくないし、身内ながら倒してしまいたい人間の最有力候補だ。

 それっぽく見せるのが得意な教授は、お気に入りの肉人形を即座に作れる。そんな魔道を望んだ、かつての人間の業と、それを笑って使いこなせる教授の業を思うと、憂鬱な気持ちにしかならない。

 自分があれと同じ生き物とはね。分け隔てるのはどこまでいっても、個性というわけだ。

 あんなクソ野郎に負けるくらいなら、青澄春灯もたいしたことはないのか?

 ――……いや、ちがう。

 平穏に暮らしていた少女に対して、世界のクソを集めて笑顔で食らう教授をぶつけたのだ。彼女にとっては負け確定の戦いだと言える。そう思って、考えを改める。

 日本の女子高生にしては、青澄春灯は教授を相手にがんばった方だ。そこだけは見物だったと認めよう。見世物としての趣味は決してよくないどころか、最低最悪の部類だが。

 そこまで考えて、ふと気づいた。

 彼女の獣耳はまだ残っている。霊力に陰りもない。


「仮初めの金の反応は?」


 エリザの問いかけに、構成員であり研究員である部下が声を上げる。


「霊力、ともにふたつ。教授により反転化が進行中……予定通り、真なる金への移行は順調です。ヘッドフォン型挿入機から注ぐ邪によって、体内の侵食も計算値を大幅に超える速度で進行中」

「問題はないか?」

「邪と教授に穢され染まった霊力に応じて、そろそろ黒に染まった尻尾の一本でも生えていいころなのですが、不思議と反応がありません」

「……ふむ?」

「ただ進行度を踏まえれば、どれほど彼女が抗おうとも一時間もしないうちに生えるかと」

「それはつまり、彼女が墜ちた証になるわけか?」

「はい……現状の進捗であれば、明日の朝には我々の意に添う九尾の狐が手に入る見込みです」


 予定通りの内容だ。

 明日には、我々の命令に従って彼女が歌った時の影響を実験する。我々の意に添う形で民衆を操れれば、実験はほぼ大成功。彼女は穢されて、彼女の理想の刀ではなく人を殺す刃を持たせ、あとは渋谷に放つだけ。

 いかにも教授の考えそうなゲリラ活動になるだろう。最低最悪の見世物が続くことになる。

 アメリカじゃ大富豪連中を相手に、教授の奴め。失敗続きだったからな……憂さ晴らしもあるのだろうが。

 どちらかといえば、ああ、そうとも。個人的には望ましくない。

 できれば青澄春灯に打倒してもらいたい、ついでに教授をどうにかしてもらいたいところなのだが――……なあ、ラビット。それに士道誠心の諸君、まだ来ないのかい? ぼやぼやしていたら、きみの後輩が汚されちゃうぜ?

 部下の視線を感じて微笑む。


「たしかに順調だな。順調すぎる……ふむ。気のせいか?」


 教授が愛しげに青澄春灯の頬を撫でる。

 黒髪の内側から、一本だけ煌めく髪が見えた。

 なぜ彼女の髪の毛に金色の毛が一本だけ残っているのだ?


 ◆


 ちゃっかり者は歌い続ける。

 本体からの霊子供給が途絶えた。それどころか、いやな霊子ばかり流れ込んでくる。自分を破壊しようとする、あらゆる邪悪な願いが自分を殺しにかかってくる。

 それでも構わず、なんなら本体よりも丸顔をどや顔にして、ちゃっかり者は歌い続ける。

 初めて刀を抜いた日、必死に逃げてみんなに助けられて、ちゃっかり最後においしい場面で刀を抜いた。

 初めて刀鍛冶を選んだ日、だれより素敵な男の子に運命を感じて、いろんな事件を乗り越えてちゃっかり本気でアプローチして付き合った。

 初めて恋敵と出会った日、できる限りのことをして力を得たばかりか、ちゃっかり仲良くなる道を選んだ。

 初めて恋人の家に行った日、家事がぼろぼろだとみるや、ちゃっかり居座って家族ぐるみの付きあいを構築した。

 初めて先輩との別れを痛感した日、なにかできることはないかと思って、ちゃっかり何気なく続けていた趣味を暴露して仕事にまでした。

 初めて本当の意味で衝突した女の子と再会した日、連れてきてくれた友達たちのムードに助けられて、ちゃっかりしっかり縁を取り戻した。

 いつだって、青澄春灯は大事な大事なタイミングを逃さなかった。

 もちろん、すべてのタイミングでは決してなくて、逃したタイミングは大体の場合において彼女を苦しめてきたけれど。きっと、これからも苦しめるだろうけれど……それでも、青澄春灯のちゃっかり成分は、彼女を輝く未来に導いてきた。

 だから、自分が折れたら終わりなんだ。ちゃっかり者はそれをちゃんと心得ていた。

 たくさんの人が操るマシンロボに乗って移動する。

 真中メイは確信とともに言った。


「ハルちゃんは隔離世にいる。感じるの……あの子の霊子。私のあげた鏡から」

「アマテラスの加護か。それでも、苦しそうなぷちちゃんを見るときびしい状況だ。急ぐよ! ユニスちゃん、敵の見当は?」

「副会長に言われるまでもなく、ついています! 予想通りなら私が封じます!」

「よろしい! あと三十分もしないうちにつく! わざわざ遠くに隠れたと見せかけて、西の山奥に隠れるなんて、舐めた真似をしてくれる……待っていろ!」


 宵闇を士道誠心マシンロボが駆ける。卒業した一学年も含め、三学年。

 しかし全員ではない。


「コナちゃん……きみの敵は討つ!」

「ラビ、なんてことを言うんだ! コナは死んでないから! 不吉なことを言うなよ! 弾は綺麗に抜けてた、医者だった養護の先生はだいじょうぶだって言ってた!」

「だからって彼女の身体に傷をつけるなんて……! シオリだって許せないだろう!?」

「ああ、当然だ!」


 二年生が怒りに燃えていた。まさしく、当然だ。今日の悪意はあまりに急で、あまりに悪辣過ぎたから。

 マシンロボの駆ける先、メインカメラの向こう側を見つめながらちゃっかり者は歌う。


「最悪の気分だ……あんな、人を人とも思わないやり方!」

「許せないよね……もっと許せないのは、そんな奴にハルが囚われていること!」


 恐怖と不安と、それよりもっとずっと強く友情を胸に抱いた光と星を背に、歌い続ける。

 お願い金色、光って星を届けて。きみのそばにいくって叫びたい心、歌って届けて。

 あなたを助けに行く。

 黒に染められそうだけど。きっと、すごくすごくつらい目にあっているはずだけど。

 あなたを助けに行く。ぜったいに、ひとりになんかしないから!

 だってまだ! 私が残ってる! 待ってろよ!

 思いをこめて、ちゃっかり者は歌う。自分の願いがきっと届くと信じて。




 つづく!

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