第四百八十二話
都内に戻ってすぐのお仕事をあらかたこなして学校に戻ると、意外な人たちと出くわしたの。
「おう、お帰り」「やあ、総出でお出ましだね」
ミニバンに寄り添うユウヤ先輩と響先輩……そして。
「あれま」
「やっほー、ハルちゃん」
「久しぶり」
メイ先輩たち! ミツハ先輩もだまって手を振って挨拶してくれる。
なんで? なんでいるんだろってどぎまぎする私の後ろに向かって、メイ先輩がぶんぶん手を振る。ふり返るとね? 学校のマイクロバスが何台も走ってきたの。ちょうど一学年分くらいの台数が停まって、荷物を持った人たちが出てきた。その顔ぶれたるや……!
「ぜ、全員三年生です!?」
私の声にメイ先輩が笑う。
「まあね。みんな! 荷物を運び込んじゃって!」
「「「 うぃーっす 」」」
メイ先輩の呼びかけに先輩たちは明るく雑に答えて特別体育館に向かっていくの。
な、なんで? どういうこと?
「こ、これはいったい……」
「南隔離世株式会社の事務所はルルコの自宅なんだけど、どうせなら特別体育館を宿泊施設として使わないかって学院長先生に提案されたの。まー士道誠心大学部の生徒が大半をしめるから、ちょうどいっかなって思って」
腰に手を当てて胸を張るルルコ先輩のどや顔、相変わらずかわいい……。
「特別体育館も来月の始業式までの間に改装するっていうし。それならCM契約料とかの費用をつぎ込んで事務所を作って移転しよっかなって思って」
で、でもでも、ルルコ先輩の言葉についていけない私です。
きょとーんとする私にメイ先輩が苦笑いで補足してくれたの。
「あーつまり、なんだ。大手を振って卒業しておいてなんだけど……精神的な意味だけじゃなく、物理的な意味でもそばにいるよってことだ」
「おお……!」
思わず感動してぴょんと飛んで、それだけでも足りなくておろおろしていたらルルコ先輩にぎゅって抱き締められたの。いつか初めて抱きついたときにはおろおろされたのに、今では真逆の立場です。うそ。めちゃめちゃ安心する。
「なんかまた変なことが起きるっていうからさ。警察にならない道を選んだルルコたちならではの道を探す意味でも、ここにいるよ」
「――……はい」
きゅっと背中に腕を回して抱きつく。南ルルコにしか許されないフレグランスに包まれながら、しみじみと感じる。すごく落ちつく気持ちのいい感触……!
「よっし。じゃあみんなと一緒に用意するから、またね!」
私の腰をぽふぽふ叩いて離れると、ルルコ先輩は荷物をひょいっと持ってメイ先輩たちと行っちゃった。まさかのまさか、特別体育館に住み込んじゃうなんて!
でもまあ、考えてもみれば特別体育館はもう体育館っていうより総合娯楽施設としてお披露目できるハイレベルな施設なので、使わないよりは使った方がいいかも。実際、北斗や星蘭が来たときには解放していたわけだし。
にしても……改装? なんだか気になって、小走りで特別体育館に駆け寄ってみると――……。
「わお」
特別体育館のそばにある塀が砕かれて、そばにある田園にびっくりするくらいたくさんの工事車両が集まっていたの。もう夜だから働いている人はいないけど、特別体育館のそばには既に木造家屋などが作られていたよ。
「ほっほっほ。お嬢さんは見学かな?」
ふわ!? すぐそばで聞こえた声にびっくりして顔を向けると、学院長先生が仏さまみたいな顔をして工事現場を眺めていたよ。け、気配をちっとも感じなかったです……!
「え、ええ……その。えっと」
「これは驚かせてしまったか。ほほ」
楽しそうに笑う。豪快な人かと思ったら、意外と茶目っ気もある……不思議な人だ。
どきどきする胸に手を当てて深呼吸をしてから、尋ねる。
「あのう……特別体育館をおっきくするんです?」
「ドームと壁を壊して、近隣の農家さんにお貸ししていたものの死にかけていた田畑を引き取り、もう少し巨大な城下町としようかと思っておるところですよ」
「巨大な、城下町……教育のためです?」
「もちろん。きみたち学生の全力を発揮するための場所として……これではもう敷地面積が足りないと感じるところでね。ほら。特別授業……離島でやるよりもここでやれればよいと感じませんか?」
「そ、それは……そうかも?」
指摘されるまでもないのかな。んー、でも。
「それって、でも……二年生になったらやるのかと思ってました。特別体育館で特別授業」
「慧眼だな」
あ、やった! 当たりっぽい!
「そうとも。しかし……遊ばせておくには惜しい施設だという声は以前、根強く存在する。南くんたちの切り開く未来に活かせるのであれば、と思ってな」
着物の袖口に手を入れて腕を組む学院長先生の渋いお顔が特別体育館に向けられた。
中から卒業生たちの元気な声がする。賑やかで幸せそうな――……私たちの未来がそこにある。
「南くんたちの根城として提供し、生徒が店舗を開くのなら場所を提供しようとも考えておるよ。さて、夜風は身体に堪える……早く寮に戻りなさい」
優しく促されて、お辞儀をして急いで離れた。
今日見聞きしたことはあまりに鮮烈で衝撃的すぎて、やばい!
どきどきしながら寮に戻って扉を開けたらね?
「――……遅かったな」
小声のカナタが私を迎えいれてくれた。
どうしたんだろう、と思ったけど……問いかけるまでもなかったよね。
私とカナタのお部屋に生徒会メンバーが勢揃いしていたの。そしてラビ先輩が正座して、コナちゃん先輩が肩にハリセンを当てる光景を引きつり笑顔で眺めていた。
理由は……だいたい想像がつく。
「あなたのことをラビットと呼ぶ何者か――……だれ? 浮気相手? 敵とつながってるの? 内通者? 過去の恋愛相手?」
先輩、私情が半分入っていますよ!
「こ、コナちゃん。ホワイトデー、最高だったでしょ?」
「そうね。でもこれとそれは話が別」
「……デスヨネ」
いつももぐもぐご飯を食べているユリア先輩も、コナちゃん先輩の迫力に怯んであめ玉をなめるだけだ。ちなみにあめによってはお腹がゆるくなっちゃうので、数をたくさん食べるのはオススメしないよ!
「早く吐きなさい。妹のお腹があめ玉をたくさん舐めることによってゆるくなってもいいの!?」
「そ、それだけは!」
……意外と妹に弱いよね。
カナタが何か言いたそうな顔して私を見つめてくるけど、私は突っ込まないからね!
歯がみしてから項垂れて、ラビ先輩は話し始めたの。
「――……エリザ。施設ではそう呼ばれていた」
「女の子です?」
「一応は。いわゆる両性具有というやつなんだが……極めて女性に近しいよ。けど」
ラビ先輩の話を追いかけるように、あめ玉を噛み潰してスティックキャンディーの包みをほどきながらユリア先輩が口を開く。
「アメリカのソウル、イギリスの魔術師の血脈、世界各地に眠るアサシンの運命――……そして、日本の御霊。原初より人は性を分かたれる前の状態であり、それは最も神に近かったという……」
「要するに――……僕らを集めて鍛えた連中にとって、エリザは僕やユリア以上に特別な子供だった。力に目覚めれば、エリザは特別になるはずだ……そう考えられていた。実際のところはどうかわからないけどね」
「彼女がどこかに送り出されてすぐに行方不明になったから……」
あめをぺろぺろ舐めながらユリア先輩が気のない声で言うの。
「ハルちゃんを狙った、怪しい組織の一員になったなんて知らなかった……連絡先もね?」
「ゆ、ユリア、いちいち掘り返さないでくれ。コナちゃんも! 別に恋愛感情なんてなかった! あいつがここ最近、気まぐれみたいにどうしてかメールアドレスを知って、一方的に送ってくるだけさ!」
「でも色事の訓練時はエリザとコンビを組んでた」
「それはユリアも一緒じゃないか!」
「まあね……」
ぺろぺろあめを舐めるユリア先輩に真面目な空気は似合わない。っていうかユリア先輩本人が拒否してる。それにしても……ペロキャン久々に舐めたくなってきた。
「あげないよ」
「い、いえ、自分で買うので……あのう。ラビ先輩はエリザさんのいる組織に覚えはないのです?」
「僕はおろか、シュウにもないんじゃないかな。世界的に見て、隔離世の防衛が日本以上に発展している国はないと言っていい。イギリスもユニスちゃんを除けば魔女の質は落ちるばかりだと聞いているからね」
……ということは?
「日本は手出ししにくい国の筆頭格、か」
「或いは皮肉なことに、だけどね」
カナタの言葉にラビ先輩は頷いた。コナちゃん先輩がハリセンを消すのをみて、やっと足を崩す。
「シオリ……エリザの痕跡は?」
「残ってるよ。露骨にね……女優業に仕事に大忙しだっていうのに、キミはボクを暇にしてはくれないよね」
「すまない」
「いいよ。ただ……正直追うのはオススメしない。ハルちゃんを襲った手口、カナタたちの前に顔を出した手勢は決して楽観視していい戦力じゃないと思う」
「ふむ……」
ラビ先輩が腕を組むその背に腰掛けて、ユリア先輩が呟く。
「エリザはチベットに派遣された――……それっきり消息を絶った。なら、エリザの属する組織はチベットに痕跡を残しているんじゃない?」
「いつだって僕らを上回ることができたのに遊ばせるエリザの性悪ぶりを思えば、それすらもブラフのように感じるな……いずれにせよ、一度はシュウに相談して指示を仰ぐべきだ」
銀髪の双子にカナタが頷く。
「もちろんだな。兄さんには既に報告済みだ……今夜はこのへんかな?」
「ボクからルルコ先輩に状況報告のレポートを渡してくるよっ」
うきうきした声でシオリ先輩がラップトップを閉じて駆け出していこうとする、その肘をコナちゃん先輩が掴んで止めたの。
「こ、コナ?」
「久々に会いたくて甘えたくて仕方ないのはわかるけど、ちょっと待って。敵の目的は……現世と隔離世を重ねること。その利点ってなに?」
みんなで顔を見あわせる。私もそれについては悩んだし考えた。だから浮かぶ答えはあるよ。
「隔離世の力を現世でも使いたい。それによる利点は……きっと、力を知らない人よりずっと、私たちのほうが知っているはずです……よね?」
私の返しにみんなが黙り込むの。
重たすぎる沈黙にあわてて口を挟む。
「ああ、でもでも。そう単純じゃないのかも! いきなり攻撃してくる人たちの主張がまともなはずないし! そ、それに! シュウさんを襲った人たちと関係があるのなら、ろくなことにはならなそうだし――……だから、その」
尻すぼみになる。いつかトウヤを使って私を脅したあの白人さんに感じたこと。
語る理想がどれほど素晴らしくても、それを叶える手段次第じゃ最悪になり得る。
みんなが苦しみから解放されたらいいのに、という理想を叶える手段が世界中の核をぶっ放せ、じゃあね。ちなみにキラリから聞いた鷲頭くんの戦略ゲーム、男子みんなで試したときは早々に核の発射ボタンが押されまくったそうです。抑止力とは。
と、とにかく話を戻すとさ。
「警戒しなきゃいけないと思うんです。別に隔離世で手にした力を特権扱いにしたいとかじゃなくて……隔離世と現世が重なるっていうことは、力に目覚めることができない人はすべからく邪にのまれちゃうってことでしょ?」
「たしかに……それを見落としていたな。そんなことになったら」
「そうなんです。大混乱じゃ済まないし……人が化け物になって闊歩する世の中なんかになったら、いまある平穏すべてが壊れちゃう。それは断固阻止するべきなのでは!」
私の主張に生徒会のみなさんが考え込むようにだまっちゃった。
最初に口を開いたのはコナちゃん先輩だ。
「もし連中が力を特権だと考えているのなら、持たざる者への扱いは推して知るべし。しかし神は人の上に人を作らず……なるほど。争点はそのあたりになるわけか。ラビ、ユリア、緋迎シュウとコンタクトを取って協議して。シオリはルルコ先輩に報告を」
「「「 了解 」」」
「カナタは私と今後の方針を詰める。それから――……春灯」
わ、わ!? コナちゃん先輩に名前を呼ばれた! すごくどきっとする!
「は、はひ!」
「山吹とスチュワート……それから……そうね。八葉と結城、鷲頭を食堂に連れてきて。ダッシュ!」
「はいい!」
ダッシュで飛び出す。
そしてみんなを呼びに行くの。考えてみる。決断を下すレオくんじゃなく、頭を働かせるチームを列挙した。だとしたら、方針を固めるために知恵をだすターンなのかも!
みんなのお部屋を訪ねて呼びかけて、食堂に誘導してからお部屋に戻ってはっとする。
「こ、これじゃああまあまは今日もお預けなのでは!?」
いちゃいちゃしながら尻尾の櫛入れをしてもらったり、テレビを一緒にみたり、洗濯物を一緒にたたんだりしようと思ったのに! なんてこった……! おのれ許さん! いつかみたら……えっと。えっと! お尻くらい叩いてやるんだ!
ふおおおお! と燃えていたら「ハル、帰ってるなら風呂いかない?」とトモに誘われたので、ひとまずお風呂はいってきます!
◆
トモさまの櫛テクでつやつやになった九尾にほくほくしながら、近況を報告したらね? トモが怒るの。
「あんたさ……もう個人的にボディガードつけたほうがよくない?」
「えー……大げさすぎない?」
「いや、どう考えても敵はハルを狙ってるよ。だけどほら、ちょっとあんたは鈍くさいから」
「むー」
後頭部をわしゃわしゃって手のひらで撫でられてくすぐったくて笑うと、トモは私の背中をぽんと押した。
「まじで考えたほうがいい……誰を選ぶのかね」
「え?」
「じゃ、そういうことで。お先!」
すっと去っていく。トモが最近愛用しているソープの香りが離れていく。
誰を選ぶって……どういうことだろう?
不思議に思いながら荷物をまとめてでて、食堂を覗いてみたらね?
「つまりあの子を漆黒に落とす方法は簡単だということ?」
「春灯を落とす方法なら……恋人の俺でなくても、いくらでも思いつくだろう」
「そうだなー。ハルって理想主義みたいなとこあるから、闇落ちさせるために目をそらせないつらい現実を見続けさせるとか」
「まあ……この手の話は苦手だけど。欲に晒されるのも、正直得意じゃなさそうに見える」
コナちゃん選抜チームが話しあっていたよね。私を真っ黒にする方法を。
守るためなんだろうけど、どうしてかな。う、うれしくない……!
「あ、あのう。微妙に複雑な話題なのですが」
恐る恐る声を掛けると、カナタが渋い顔で「荷物を一度部屋に持っていけ」と言ってきた。そりゃあ着替えとか持ってるけどさ。でも気になる。
「私を真っ黒にするのが問題です?」
「こっちへ」
女子で固まっているお誕生席に座るコナちゃん先輩に手招きされて近寄り、すすめられるままに隣の椅子に腰掛けた。
「あなたが狙われる可能性が高い。敵が明言したのだから……青澄春灯は黒へと戻り、最後に金に溶けて消えるべき存在だとね」
「気になるワードはほかにもあるよ。緋迎が選んだ現代の巫女の資質と、当代の緋迎。契約を継いだ“緋迎”と仮初めの金、とも」
コナちゃん先輩の説明にマドカがすぐに乗っかる。けれど……抽象的な言葉ばかりで、よくわからない。ううん、と悩むみんなをみて、カゲくんが不思議そうに首を傾げる。
「仮初めってことは本物になるかもってことで。黒から金に戻ったら溶けて消えるってことは……青澄か、青澄の力のすべてが消えるかもってことじゃね?」
みんなで思わずカゲくんをみた。カゲくんは構わず続けるの。
「でも、山吹とか先輩たちに聞いたその――……明坂って人の話も踏まえて考えると、御珠を生み出すのが巫女だろ? 緋迎ってのは、侍の血族だって話だ。そして御珠を生み出す巫女はすべて、黒い御珠の一件で死んで魂を捧げるっていうんだろ?」
整理していく。雲を掴むような話をすべて。
「なら、青澄は新しい御珠ないし……連中が望む世界のために魂を捧げて死ぬっていう、遠回しな比喩なんじゃねえ?」
カゲくんの結論にユニスさんが唸る。
「ううん……考えすぎじゃないかしら、と。ミナトが提案したなら突っ込むのだけど」
「おい、ユニス!」
鷲頭くんのツッコミに構わず、ユニスさんが続ける。
「八葉くんの線、悪くないかもしれない。最初の頃は出すだけで霊力が削られていた青澄春灯の光、その色は漆黒だったと聞いているわ。そして、それは金に転じて強くなった。なら」
「――……黒になってさらに強くなって、さらに金に戻ったらやばいことになるって? 単純すぎないか?」
「そうね、ミナトの言うとおりだと私も思うけれど……でも過去の傾向を踏まえた単純な予測だとしても、ばかにできないかもしれない。敵のメッセージと照らし合わせて考えるとね」
みんなが沈んじゃうの。私の話で。ど、ど、どうしたら?
「い、いっそ七つの御珠を集めたら願いが叶うとかだとわかりやすい……な、なんちゃって」
みんなきつい目で睨んでこないでくだしい……!
すぐにカナタが口を開く。
「一つ生み出すのでさえ大変だったんだ。あと一回さえ、ごめんだな」
カナタの呟きに、シロくんが深いため息を吐いた。
「青澄さんのように世界を変えるだけの強い願いを持った子がいたとして、その子がもう一つの御珠をもし仮に作り出せたとしても……その子が無事で済むかどうかわからない」
……たしかに。ミコさんが特別に思っていた昔の女の子は、黒い御珠の災害を鎮めるために命を捧げてしまったという。御珠を生み出すことにもなったけど……命を奪われるきっかけにもなった。
幸いにして私は生きているけど、次も大丈夫だという保証はない。
「それになにより、黒き御珠を鎮めて御珠を生み出す巫女とやらの条件もわからない。霊力がキーなら、真中先輩が御珠を作り出せてもいいはずだ」
たしかに……。
「じゃああれか。青澄にもうひとつ、御珠を作らせようってことか?」
「「「 それは…… 」」」
鷲頭くんのツッコミにみんなが唸る。
「漆黒……つまり黒い御珠を作らせて。それを金に……いや、この場合は金色を使って新たな御珠に変えさせる。次はもう命が続かない、か」
カナタのまとめに考えてみたの。もしまた、黒い御珠が出現したら?
私はそれをどうする? ――……考えるまでもない。できる限りのことをする。
そんなの言うまでもなく伝わってたと思う。
「なるほど。つまり、あくまで予想ではあるけれど……敵にとっての勝利条件は、黒い御珠をだすこと?」
「一応、青澄闇落ちも考えておいたほうがよくね? 新しく作りだされた御珠を黒くするっていう方向性もありそうだし、青澄と御珠との関連性も不明なんだし」
「ミナトの意見に賛成。当座は彼女を守りつつ、なるべく彼女に頼り切らずに黒い御珠が再度出現しても乗り切れる戦力の確保が重要ではないかしら」
マドカも鷲頭くんもユニスさんも、みんなきりきり話を進めていく。
私の話のはずなのに、ちっとも参加できない。それくらい……頼もしい。
まとめるようにコナちゃん先輩が咳払いをするの。
「こほん。それじゃあ……青澄春灯守護隊の結成といきましょうか。選抜については……春灯。あなたの意見を聞かせてくれる?」
「えっ」
「なに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているの。あなたのための話よ?」
「で、でも。え。守護隊って?」
「だから……今回みたいな一件が起きたとき、あなたのそばにいて守れる人が必要でしょう?」
戸惑いながらカナタをみる。
「わかる。俺も俺ひとりで守りたいが……仕事が始まった以上、現世で常にそばにいられるわけでもない。それに多い方がいいのはわかるだろ?」
……まあ、それは、たしかに。
「カナタは別だけど、ほかに私を守ってくれる人なんかいないのでは……?」
「はいこれ」
弱気なことを言う私にぽんとレポートの束をコナちゃん先輩が渡してくれたの。
受けとって眺める。最初にトモの名前があって、ほかにも……たくさん。知っている名前も、知らない名前もある。
「こちらが呼びかけるまでもなく、あなたを守ろうと声を上げてくれたメンバーの名簿」
ぺらぺらとめくる。カナタやマドカ、キラリはもちろん、九組や零組、十組のみんながいて、ほかにもたくさんいるの。
それぞれの紙にプロフィールと御霊と戦歴が書いてある――……。
「特にひとり、緋迎くんと天使、山吹を除いて誰に守ってもらいたいか選んでくれる? 仕事をする子でバッティングしそうじゃない子がいいの。なんなら、仕事が忙しくない子がいいな」
「ん、と……」
ううん……。
「選ばなかったら失礼とか、そういうことは考えなくていいから」
「コナちゃん先輩?」
「聞いて? 昨日の一件を聞いてすぐに学内報を回して、手伝えることがあったらって言った子をピックアップした結果なの。あなたが選ばなかったとして、彼らに力を借りる結果に変わりはない」
すぐにマドカが咳払いをして言ってきたよ。
「基本的にハルと行動を同じくする生徒はみんな任務を担う感じにする予定だよ。なので、仕事がかぶらない人の中でも特別、専属という形にしたい人を選んで」
「僕たち九組ももちろん……クラスメイトのキミを守る。そのうえで気軽に選んで欲しい」
シロくんまで……。
「――……そういう、ことなら」
わりと迷わずに浮かぶ名前ならあるよ。
束から一枚抜き取って、コナちゃん先輩に返すの。
「なるほど――……仲間トモカ。順当なところね。親友だから?」
「それもあるけど……」
頼まれたから選んだわけじゃない。
「私に強い背中を見せてくれた、最初の人だから」
刀を手にしたあの日のことを、いつだって覚えているの。
だから……私を守る背中を、カナタやマドカたちじゃない誰かから選ぶなら、それは迷わずトモだった。
「そう。なら決定ね!」
「よし。それじゃあ今後のことを詰めていこう。新入生の育成と俺たちの強化を踏まえて、今月にできることはないか話を詰めていくぞ」
微笑むコナちゃん先輩にすぐカナタが頷いて話を進める。
これ以上は邪魔になりそうだ。
見守ってくれたみんなにくれぐれもお願いして、お部屋に戻った。
トモはこのことを言っていたんだなあ。もちろん、迷わず選んだよ。
カナタはもちろん、マドカとキラリトは番組を一緒にやっている時点で仕事を一緒にするし、みんなとも絡む機会は多い。だから特別どうこうっていうんじゃなく窮地に陥ったら守るし守ってもらうだろうし。それでも敢えてひとりを選ぶなら、トモだった。
隣の部屋の扉を見て、すこし悩んだ。伝えようかどうしようか悩む。そんなのばかみたいだと思って、ノックした。
扉を開けたトモが私の顔を見て、すぐに笑った。ほっぺたをつついてくる。
「さては、あたしのことが好きだな?」
「んー。ふふー! そうですよ!」
「よしよし!」
頭を撫でられて喜ぶ私は完全に躾けられているペットのようです。あれ!?
◆
お部屋に戻ると、通話が飛んできてた。スマホをあわてて取る。
「も、もしもし?」
『ああ――……春灯?』
「お母さん!? ど、どうしたの? くたびれた声して!」
『ちょっと……迷惑なお客さんが来て。ふうっ』
ため息を吐いたお母さんの後ろで、ばちばちと何かが爆ぜる音がする。
「だ、だいじょうぶなの?」
『ああ、うん。冬音もクウキさんも帰ってきていたし、これくらいでへこたれる我が家じゃないけど。あなた、最近……変なことに巻き込まれてない?』
どきっとした。
「う、うん……昨日、変な人たちに襲われた」
『だからか……うわっ!?』
途中でぼかんって音がしたのは、なにゆえ!?
『ごほっ、ごほっ……ああもう最悪。新婚時代に買ったのに……』
「お、お母さん!? ほんとにだいじょうぶ!?」
『ああ、煙がひどくて。ぼや騒ぎなんてごめんよね』
「なにがあったの……?」
『だから、迷惑な客が来たって話よ。ああ、お父さん。壊れた冷蔵庫は外に出しちゃって』
「冷蔵庫こわれたの!?」
『そりゃああなた。ごつい車で突っ込んできて、窓から手榴弾ぽいぽい投げられたらそんな風になるでしょ』
「予想を超えた大惨事!」
『そこはお父さん、昔は銀河を駆けるカウボーイみたいなビバップの似合う男だったから。さっそうと手榴弾を掴んで投げ返して撃退してくれたんだけど』
「お父さん何者!」
『まあでも数が多くて無理だったわ。トウヤを庇うので限界だった。コバトちゃんが来てなかったのは不幸中の幸いだわね』
「――……ほ、ほんとに大丈夫?」
『なに不安がってんの。あんたの母親を誰だと思ってんの?』
豪快に笑われた。
『あんたの親やれるのは私とパパくらいなんだから……信じなさい。まあ家はぼろぼろだけどね! あっはっは、ここまでやられるとすっきりするわね!』
『保険下りるかな? どう思う?』
『おりなかったらその時はその時で、なんとかなるなる! 明日をどぉーんとぉ! 信じていくだけよ!』
『……母ちゃん。スマホ粉々なんだけど。俺の履歴が……』
『だからデジタルに頼りすぎるなって日頃から言ってんの! あ、クウキさんすみませんね、冬音の面倒みてもらっちゃって』
『いえ。もう二十時を過ぎていますので……自立防御でご迷惑をお掛けしてすみません』
『いーのいーの。むしろ防御力高くて安心したから。それより……ああ、春灯。聞こえる?』
スマホの向こうでひとしきり盛り上がったお母さんが不意に真面目な声で呼びかけてきた。
「……なあに?」
『手段を選ばずに攻撃してくる敵が、狙いの相手の実家を狙ってきた。なら、次の手は?』
「――……私の居場所」
そう呟いた瞬間、窓から眩い光が差し込んできた。
死線が見える。部屋中を粉々に砕いて私をミンチにする軌道。窓が割れる。弾丸が迫る。煌めく雷光が私の前に躍り出て、見えたのは――……背中。ポニーテールを揺らして私を守る女の子の背中。
叫ぶことすら、彼女の集中を殺してしまいそうで歯を噛みしめる。
光は螺旋を描くように、私を狙う死線を切り裂く。ひとつ残らず。けれどいつまでも止まらない攻撃にトモが押される。押されてしまう。無理もない。連続で撃ち込まれる弾丸を切り裂き続けるその行為がすでに奇跡。跳ねて壁を削って、私の住処をぼろぼろにしていく。その穴の向こう側で、
「仲間、わりいがもうちっとだけ粘れ!」
吠えたのはギンだった。トモの部屋の窓を蹴り破って飛ぶ。外にいる凶行の主――……ヘリコプターに。側面に飛びつきながら、切り裂く。ギンの村正に現世も隔離世も関わりなどないのか、それとも村正の力のなせるわざなのか。
運転席と後部を隔てるように切り裂いた。制御を失うヘリに射撃がやんだ。傾く。こちらに向かってきそうだった。私とトモの横を駆け抜けて――……狛火野くんが抜刀する。何かが弾けた。それはヘリの横っ腹を薙いで、押し返す。
ゆっくりと地面に落下していくの。
外で怒号が響く。先生たちの声だ。銃声が鳴る。金属音が――……トモが鳴らしたのと同じ、あるいはそれより甲高い音が続いて――……殴打の音。
「索敵!」
ライオン先生の声にニナ先生が声を上げる。
「――……周囲に異音なし! ただし足音複数! ただちに警察に連絡を! 総員、戦闘準備!」
「けが人はいないか!? いたらこっちに回せ! 寮に引き込め!」
「刀鍛冶隊! 総員、地面を壁へ! 銃器で攻めてくるぞ! 飛び道具の相手ならお手の物だろう!? いつもの気合いはどうした! 私のハリセンに応えろ!」
「「「 お、応っ! 」」」
騒がしい中で、けれど私は放心していた。きぃんと耳鳴りがする。
狛火野くんが駆け寄ってきた。トモがふり返る。弾にやられた痕跡はない。ないのに――……目や鼻から血を流して、ぶすぶすと焦げた手で苦笑いを浮かべて言うんだ。
「ごめん、初手でこれはないわ――……」
倒れるトモを狛火野くんとふたりでなんとか受け止めた。
ぎょっとするほどの熱だった。いやなにおいがする――……。
「三年生が来ているんだったよね!?」
「う、うん!」
「南先輩なら彼女を治せる! 急ぐよ!」
ほとんど怒鳴るように狛火野くんに聞かれて、あわてて頷いた。
「来て! ここにいるのは危ない気が――……くっ!」
ひゅん、と鳴った音に狛火野くんだけが反応して刀を振るった。何かを斬り、狛火野くんが一点を睨む。
「背を低く! 早く廊下へ!」
「う、うん!」
泣きそうになりながらトモを引っぱって廊下に逃げた。その間も、ひゅん、ひゅん、と音がするたびに狛火野くんが刀を振るって私たちを守ってくれたの。
なにが起きているのかはわからない。ただ――……敵が襲ってきた。それだけはたしかだった。泣きそうだったの。急すぎて。なにもかもが急すぎて。
銃撃の音が散発的にしはじめた。ぷしゅ、ぷしゅ、と空気の抜ける音も。けれど悲鳴はない。
代わりにメイ先輩とルルコ先輩の飛ばす檄が聞こえる。
「くそ! コナちゃんがやられた! 卒業したって関係あるか、死ぬ気で後輩を守れ!」
「いや死なないで! 飛び道具が使える子だけ前に! 戦闘が苦手な子はみんなの誘導を!」
なんとか一階に逃げ込んだときだったの。
きぃん、という音に続いて響いたのは――……。
『青澄春灯、聞こえるか? 隔離世で無双を誇る侍たちも、現世では所詮、ただの人に過ぎない……いずれ死傷者が出る。それがいやならば……すぐに出てきなさい』
エリザさんに教授と呼ばれていたおじさんの声だった。
『繰り返すまでもないから……私は告げよう。今こそ悪夢の始まる時だ。さあ、出ておいで。きみが迷うほど、誰かが傷つく可能性が膨らむ。それがいやなら、ただちに出てきなさい。きみが投降すれば誰も傷つかず、もちろんきみ自身も傷つかずに済む』
シュウさんを拉致した、あの過激なことをやる白人の関係者らしい……あまりに無茶苦茶でひどすぎる攻撃だった。でも、それでも。
「……いかなきゃ」
「青澄さん、だめだ!」
「いかなきゃ! トモがこんなになっちゃったの! あんな無茶苦茶する人たち相手だと……誰かが死んじゃうかもしれない!」
お母さんの連絡に続いての、この一撃はあまりに私の心を抉りすぎた。
「~~ッ! ごめん!」
気づいたら駆け出していた。
外に出る。覆面をしてヘルメットと防護服を着た兵隊みたいな人と格闘している先生や先輩たち、ギンやタツくんたち――……カナタが見えた。
みんなの目が私にいくなといっていた。けれど――……ラビ先輩が抱き締めていたの。お腹を撃たれたコナちゃん先輩を。
迷えるわけがなかった。
強烈なライトが当たる。車両がいくつも強引に壁をぶちこわして入ってきた。扉を開けて、メガホンを手にした教授がでてくる。
「さあ、おいで。ああ、心配するな……悪役におきまりの、後は好きにしろとか、殺せとか、そういう命令はしないよ。わかっているさ。我々はキミの身柄こそ重要なんだ、あとはどうでもいい……さあ」
歩いていく。小さな悲鳴や、否定の声が聞こえる。いくなっていう声も、たくさん。
それでも。
「――……いい子だ」
招かれるまま、車に乗り込むしかなかった。
一度だけふり返る。墜落したヘリが燃えていた。銃撃された寮はずたぼろで、戦ってくれたみんなも傷ついていた。
「春灯――……!」
カナタが叫ぶ。何かを答えたかった。無理だ。言えることがない。ひとつも。
扉が閉まる。そばにいる車の荷台に襲撃者が乗り込む。銃を突きつけたまま、牽制しながら。
隔離世ほど、現世で暴れることのできない私たちだから……抗う術はなかった。
楽しくて仕方ないのか、教授は笑い声をあげて膝を組んだ。
「さて、楽しい逃避行といこう」
「……警察から逃げられるとは思えません」
言い返さずにはいられなかったよ。
「通常ならばね。しかし我々もまた君たちのように力を手にしている」
けど……教授は懐から禍々しい肉の表紙の本を取り出して微笑む。
「門よ――……開け」
車の走る先に巨大な歯形が浮かんだ。それががぱっと開く。赤黒い光の先に車は迷わず飛び込む。その先は――……隔離世なの? 道行く途中途中に霊子体や邪がうようよしてる。おかしい。身体と魂を切り離さないで、どうして移動できるの!?
「ど、どうして!?」
「聞いたことはないのかね? かつて人はその身体ごと、不可思議な世界に迷い込んだと……英国の魔法使いたちは、このように決められた地点から日本で言う隔離世に移動していたのだよ」
口が浮かんだり目玉が浮いてきたり。ただただ異質な本を手のひらで撫でながら、教授は愉悦をこめて笑うだけ。
「よ、様子見じゃなかったんですか!? なんで急にこんな……こんなひどいこと!」
「ひどいとは……なにかな」
「え――……」
不意に頭を手で掴まれた。
「きみにとってなにがひどいことなのかな。ぜひ、その定義をすり合わせていこう。無論、我々寄りにね」
ちく、と。掴まれた手から小さな棘が出て、私の頭を刺した。かすかに。けれど、そこから霊子が注がれてくる。カナタの冷たく凜とした清らかな霊子とも、ノンちゃんのぽかぽかであったかな霊子とも違う。ただただ悪意に満ちた狂気が流れ込んで、私の心を握りしめる。
「や、やだ――……」
「さあ、思いだしてもらおう。きみの本質を……本来の黒に戻ろう。歌手業はすこしの間、お休みしてもらうことになるけどね」
金色を反転させようとしてくる。
流れ込んでくる毒のような霊子に、私は心の中で叫ぶしかなかった。
――……カナタ、ひとりで離れちゃって、ごめんなさい。
つづく!




