第四百八十一話
おかわりして味わうその液体は極上の甘露でした。
飲めば広がるお酒の香り。頭にがつんとくる威力。そして身体中に広がる熱――……。
昔、おじいちゃんのお膝でこっそり飲ませてもらった日本酒みたいな感じ。その時と同じで、不思議といやな感じはしない。それどころか――……。
「おいしいれす……」
視界がにじむ。涙が浮かんでいるのだなあ、と後から気づく。
身体中を引き裂いた何かはクウキさんによって焼き尽くされた。けれど傷口が残っている。そこに神水が染み込んでいく。私の霊子が膨らんで繋がり、以前よりずっと強く結びついていくの。
たった一口で、この変化。最高に気持ちがいいからこそ、カナタの布地をきゅっと摘まんでおねだりする。
「もう一杯」
「だめだ。二杯も飲んだからもういいだろ。目がとろんとしてるし、危ないからだめ」
「けちけちいっちゃだめなのれす!」
ぐいぐいと揺さぶるけど、カナタは決して小瓶を私にくれようとはしない。けち!
頬を膨らませる私のおでこに手を触れて、霊子の糸を伸ばしてくる。私の身体、あますところなく。
「このえっち!」
「バカを言うな、検査だ。既に頭に熱を持っているだろ? ――……だが、たったふたくちで治るとはな。お前の霊力は本当にすごい」
「じゃあごほうびにもう一杯!」
「……こうなる予感がしたから飲ませなかったのに。姫?」
カナタが隣のベッドで足をぷらぷら揺らしているお姉ちゃんを睨む。けどお姉ちゃんはカナタの視線なんてどこ吹く風とばかりに受け流すの。
「治ったからいいだろ? それよりも……クウキ。部屋の手配を」
「かしこまりました。姫はこちらにいらっしゃいますか?」
「そんな野暮はしないさ。いくぞ」
すっと立って出ていっちゃうの。
「おねえちゃん……」
呼んでも笑顔で手を振ってくるだけ。
まあ、お姉ちゃんが同じホテルにいてくれるのなら、問題ないんだろうけど。
ぶすっとしながらカナタの服の裾を前後に揺さぶる。
「……さみしいから、もう一杯」
「だめだ。そんなに気に入ったのか?」
「めちゃめちゃおいしいのれす」
「……褒められているはずなのに、どうしてだろう。不安になるばかりだ」
……ん? 褒められているって、どういうことだろう。
「ねえ、どうして褒められているって言ったの?」
「――……なんでもない。これは、その。言葉の綾というか」
「もしかして作れるの?」
「なっ!? んのことかな」
目をふいっとそらされたから、アゴをくいっとこっちに向けさせる。
「作れるの?」
「そ、それよりデートに行かないか?」
「――……作れるとみた! それだけじゃない! カナタが作れるとみた! ひゃっほう! 帰ったら神水爆のみできるぞう!」
「あげません!」
まさかの御返事に思わず愕然とする私。
「どうして!? なんでそんなひどいことするの……!?」
「……本域でショックを表現されても」
心底呆れた顔して、小瓶をトランクケースに入れようとするの。それを見て、私はちゃっかり者のぷちを出してベッドの下に隠した。
「まあしょうがないよね。それじゃあデートにいくのれす!」
「――……あのなあ」
ふり返ったカナタはむすっとしながらベッドの下に手を伸ばして、つまみ上げたよね。
立ち上がって笑顔で差し出してくるの。ちゃっかり者のぷちを。
「ばればれだからな?」
「「 ……うっぷす! 」」
大失敗しちゃったよね。うーん。どうにかして奪いたいけど、それは後回しかな。
ぷちを受けとって抱き締める。不思議と素直に私の中に帰ってくるの。
もしかしたら寂しくなったら暴れちゃうのかもしれない。逆に言えば、そうじゃなければ私の思うとおりに従ってくれるのかも。そう考えると、しみじみ感じちゃうね。
私は寂しがり屋で、放っておいたらそれは暴れたがるくらいの力を持っちゃったんだって。
◆
カナタにひっついて外へ。日が暮れていたよ。タクシーに乗って湯の川温泉街のホテルから移動するの。ひとまずは赤レンガ倉庫に向かうよ。
結局尻尾はどう足掻いても隠せないから、開き直ることにしたの。まさか大神狐モードでデートに挑むわけにもいかないし。なにと戦うつもりなの? フラグかなにかなの? ってなるもんね。
あ、高城さんと山岡さんにももちろん確認したよ? カナタは反対されるって思っていたみたいだけど……ふたりもちゃんと考えていたの。
うしろに数台のタクシーが続いている。高城さんと山岡さん、メイクさんチーム、ほかにもね……コナちゃん先輩とラビ先輩チームとか。
要するにみんなではしゃげばいいじゃないという話でした。
それってデートじゃないのでは? なんてことは、デート欠乏症の前には無用のツッコミだよ!
「収録終わりにスープカレーを食べたんだ……けっこう美味くてな、オススメなんだけど。春灯はどうしたい?」
「んふふー。くふふ! んー」
「……ご機嫌だな。合同にしても程がある、たんなる観光になったのに」
後部座席で膝を抱えて笑っていたらカナタに指摘されちゃった。
でもねえ。だってねえ。デートですし。デートですし! 運転手さんとかお店の人や一般の人に言わないように厳命されているので言いませんけど。デートですし!
「いーの。楽しいから!」
浮かれていちゃいけないのはわかるけど、脅威がこの場にいないならいいの。いまはデートに集中するのです! それくらい久々の機会なんだもの。
「それならなによりだ。ちなみに赤レンガ倉庫だと――……ホームページの店舗一覧はこうなってる」
そっと渡されたスマホを眺めるの。
上から気になる店舗を順に眺めて、ぴんときたお店はひとつ。
「えっとねー。スープカレーもいいけどねー。港が見えるレストランでまずはのんびりしたいかも」
「――……想定通り」
「カナタさん?」
「なんでもない」
なんだろう。なにか様子がおかしくない?
『――……ハル?』
どしたの、タマちゃん。ちょっと声が遠くない?
『ふん、気のせいじゃ。霊力を撃ち抜かれたせいじゃな』
えっ、も、もしかしておおごと?
今のはちゃんと、いつもどおり聞こえたけど!
『たいしたことじゃない。縁に恵まれたおかげでな』
十兵衞も……ちゃんと聞こえるね。
お姉ちゃんたちとの縁。繋いでくれたのは、カナタ。カナタがいないと危なかった。
なにがこわいって、やられた瞬間の私はそれをまったく自覚できなかったこと。
まるで達人に斬られたみたいな、そんな感じ?
『いや、ちがう。お主はきちんと自覚しておったぞ』
……そうだっけ?
『最近のお主ときたら、どうもちと忘れっぽいのう! それとは別に、今日の凶手の攻撃には不可思議な効果があったのは事実じゃ』
『うむ。まるで何かされたことを気にしないようにする、不可思議な誘導を感じた』
誘導かあ……って、だめだめ! そういうのはデートのあとにするの!
『アマテラスの娘たちがおらぬ函館で、わざわざ気を狙って茶々を入れてきたが……なるほど、閻魔姫が懐刀を連れて待機しておるのなら、無茶もしないか』
『まるで犯行予告のようだった……な』
だ、だから……デートの前で……デートの前なんだけど……犯行予告って?
『これから何かをする、ということじゃろ』
『それが何かはわからないが、彼らの言葉を信じるのなら……その目的は』
隔離世と現世を重ねること、かあ。
それってどういうことかなあ。
『現世と隔離世を重ねる。文字通り、隔離世限定の奇跡が現世でも起こせるようになる、ということじゃろうなあ』
『お前はたしかに鍵なのだろう』
――……私の金色。
一度、私は黒に戻って、さらに金になるとか言っていたっけ。
『去年のお主を苦しめた件の青年のような世迷い言かもしれん』
『怪しいところじゃなー。妾が見るに、教授とか呼ばれていた男はその青年に関係があったようじゃし』
考えてみるけど、思いつかないなあ。だって、たとえばシュウさんが捕まっちゃったところを助けに行ったときだって、本当にばたばたしていて敵がどんなだったかよく覚えてないもの。
『十代の記憶力とはおもえんぞ!』
そ、そういわないでよ。本当にいろいろ起きすぎて整理できてないだけなの!
『まったく……まあいい。まあいいが……すこしばかり動いたほうがよさそうじゃな』
タマちゃんが? なにするの?
『妾ではない! お主がじゃ! アマテラスの娘たちの卒業ぱあていをするのじゃろ? ならばそこで助力を願え。彼女たちがおらぬでは、この後くるしい目にあうのは明白じゃ!』
――……たしかに、そのとおりかも。
学生だからとか、そういう問題じゃない。今回の敵はシュウさんを襲った勢力どころの騒ぎじゃないかもしれない。アメリカ行きで会ったいろんな人たちと敵対していると言っていた。
もっと枠を越えて、みんなで立ち向かう必要があるのかも!
だったら卒業したからどうとか、関係ない! お願いしてみる! ――……ということで、いいかな? いいよね? もうデートに切りかえても。
『連絡したらな』
むう! タマちゃん慎重派!
まあでも私にいきなり襲いかかってきたんだし、用心したほうがいいのはたしかかも!
「電話してもいーい?」
「あ、ああ……誰にかけるんだ?」
あれ、カナタが気にしてる。
「メイ先輩たち。今日のこと、ちゃんと伝えておいたほうがいいかなーって」
「……たしかにな。俺も兄さんには連絡しておいたけど、父さんにも伝えておいたほうがいいかな」
「そのほうがいいよ。明らかにやばい相手だったもん」
「……そのわりには俺たち暢気じゃないか?」
「みんながいるからだいじょうぶなの! お姉ちゃんは……お部屋とれて温泉に浸かってご満悦みたいだけど」
「意外と温泉好きだってわかったな……まあ、じゃあ俺も連絡するよ」
それぞれにスマホを弄って耳に当てる。
連絡はすぐにつながった。事情を話したらね?
『危機管理!』
初手で叱られてしまいました……でもでも、学校にいるころと全然変わらないからほっとしちゃうの。
『無事だったならいいけど……じゃあ学院長先生のお誘いに乗るのも手かもしれないな』
「学院長先生のお誘いです?」
『そ! なにもなければ乗る必要もないかなーって思っていたんだけど。世界でやばい戦いが人間同士で起きているんなら、そしてそれが隔離世に関わる者に影響を与えるっていうんなら……士道誠心は在校生と卒業生の垣根を越えて、団結するべきかもしれない』
「おお……お話がおっきくなってきましたね!」
『って言っても、ほとんどは警察にいってるし、残りは残りでそれぞれの仕事についているから。私たちの代くらいしか、戦力としては用意できないけど』
「そ、それで十分すぎるので!」
『だといいんだけどね……まあ話はわかったよ。警戒を呼びかけつつ、ルルコと共有して、明日にはうちの代と暁先輩とで集まって方針を固める。ハルちゃんも気をつけてね?』
「はいです!」
『佳村じゃないんだから。まあ、それじゃあそういうことで』
ぷち、と切れた。相変わらず頼もしすぎる私たちの先輩、その筆頭格!
これならなにが来ても大丈夫なはず!
『――……さてな』
じゅ、十兵衞、不安を誘うようなこと言わないでよ!
『敵はこの程度、予測しているんじゃないか? むしろ、我らの動きを誘う行動だとしたらどうだ』
……えっと。えっと?
『……いいか? すくなくとも、これだけでは対処しきれないのではないかということだ』
あ、ちょっと呆れてる! でもいいの。しょうがない。私にはぴんとこない何かが十兵衞には見えているんだろう。かみ砕いて説明してくれた言葉にいまは思考を巡らせよう。
これだけじゃ足りないなら、どうする? 真っ先に思いついたのはね?
「――……もしもし?」
『あら。今日の歌の感想が聞きたかったの? 嬉しい電話ね――……ほら、ミカ。そんな顔をしないの。それで? 春灯は私にどんな用事があるのかしら』
「ミコさんに折り入ってお願いがあるのですが」
ミコさんであったり。電話を切って、すぐ次に掛ける、
「もしもし、ユウジンくん?」
『久しぶりやな。えらい活躍しはってるみたいやけど……おかげさんでうるさい声が増えてかなわんなあ?』
「うっ。そ、それについてはまたいずれ。今日は別の用事がありまして」
西の守りの要たるユウジンくんであり、
「もしもし、ユイちゃん? 久しぶり! 実はねー、北海道に来ているのですよ」
『え、え、なんで? テレビ見たらでてたし、なんで? 来てくれればいいのに!』
「あはは……ごめん。ちょっとスケジュールきつくてさ。それよりユイちゃんにお話があります!」
『なあに? 改まって……あ、レンちゃん。耳をくっつけてこないで、暑いってば』『青澄! 青澄春灯! ああああ、あんたね! 芸能関係者を紹介しろ! いますぐ!』
「お、おう……待って。それはいつでもできるので」
『いつでもできるなら今すぐしなさいよ! 士道誠心ばかりずるいじゃない! こっちはねえ! こっちはねえ! やっと札幌テレビの人に顔を覚えてもらって、でもそこどまりなんだから!』『レンちゃん、春灯ちゃんは私に電話を』『ユイはだまってなさい!』
に、にぎやかな北の大地のふたりだった。
山都にも知りあいがいればなー。タツくんが交流を深めた男の子がいたけど、彼にもなんとかして伝えられたらいいのに。山都と一緒にやる授業がないから、接点がなくてきつい。
仕事で九州に行く予定ができればいいな。そしたら会いに行ける。それは高城さんにお願いするとして……ひとまず私が繋げる縁には声を掛けた。
――……いや、足りないか。足りないね。張さんたちにも連絡しておこう。時差があるだろうから、ショートメッセージにしておく。英語で打つのは大変です。
ぽちぽちタップして送ったときにはもうタクシーはとっくに目的地についていました。
ようし、遊ぶぞう! デートだデート! 切りかえていくの!
◆
レストランでご飯を食べていたの。イタリアンだったよ? 前菜にカルパッチョとキッシュ、アサリの白ワイン蒸しを。スープはクリームチャウダーを。そして生パスタとピッツァ! ジビエ肉のグリルとか、ひたすら豪華でした!
みんなでテーブルを囲んだの。そしたらカナタとラビ先輩が、高城さんや同行している男性メンバーと席を離れたの。思わずみんなでざわついたよね。なにせ今日はホワイトデーのための日! どきどきしていたら、カートを押してみんなが来たの。
カートの上には氷で作られた鶴がいたよ。首にネックレスをつけていたの。
「お店の方のご厚意でこの場を借りて、ホワイトデーのお祝いを」
「カナタがスープカレーのお店で軽くネタバレして焦ったけどね……僕たちから、あなたたちへ」
「日頃の感謝とチームの愛情を。なかには、恋人としての愛情もあるようですが、ともあれ!」
「「「 ハッピーホワイトデー! 」」」
男性陣が鶴の前にある小箱を手に取って、それぞれの相手の元へ。ひとりになる女子はひとりもいなかった。当然――……私の前には、カナタが来てくれたよ。
「私にもネックレス? チョーカーがあるのに?」
「そろそろ革がくたびれて……もとい、成長してきたからな。新しいものを渡したい」
「……そ、そっか」
そっと受けとって小箱を開ける。
「――……わ」
全身の毛穴がぶわって膨らんだ。
「最初の……給料で。ほとんど使っちゃったけど……どうかな」
鍵の形をした――……ダイヤのネックレスだったの。きらきらぴかぴかのそれは……とびきり高そうな、だけどすごく素敵なものだった。
「い、いいの?」
思わずすごく不安になる。
「ああ。函館で買ったんだ。似合うと思って……」
そっと手に取る。顔が歪む。ああ、やばい。やばいよ。だって……バレンタインデー、私はそこまでできなかったのに。こんな……人生で初めてのホワイトデーを最高すぎる形でプレゼントされたら。
「わ、私……こんな素敵なもの、もらう資格ないよ……」
「あるよ。俺に生きる意味を教えてくれた。毎日、救われているんだ。面倒ごとさえすべて、幸せな時間なんだ。だから……デート、あまりせずにきてしまって申し訳ない。どうか、これからの契約をよりよくするためにも、俺の感謝とささやかな愛情の証として、受けとってもらえないか?」
「――……ん」
涙があふれそうだった。あふれちゃえばいいやって思って、堪えるのをやめた。
「つけて、くれる?」
尋ねると、カナタは笑って頷いてくれたの。
みんなが男性陣からのプレゼントに感激していた。そして上機嫌で鶴を写真でおさめて、スイーツを食べたの。お腹はいっぱい、幸せもいっぱい!
それで終わりでもぜんぜんよかった。みんなでホテルに戻って、ふたりでお部屋でお話して……それでも十分よかったのにね?
タクシーにまたしても乗って移動したの――……函館山に。
ロープウェイに乗って山頂へ。
百万ドルの夜景なんて言われるけど、それを見る前に風がびゅうびゅう吹いていて頬がすぐに冷えて落ちつかなくて心が萎んじゃいそうだった。カナタとラビ先輩が導く先へ行って……目を奪われるまでは。
「うわあ――……!」
思わず歓声をあげちゃった。光があまりにも綺麗すぎたから。
宵闇に煌めく街の明かりと海に浮かぶ船の光。感激しながら見ていたら、カナタがそっとマフラーをかけてくれたの。ふたりで並ぶ。
大勢の人がいるから、いちゃつけないけれど……そのかわりにそばに寄って、ふたりで夜景を眺めたよ。じっと見つめていたら――……。
「ハートって文字が見つけられると、幸せになれるらしい」
風に消えちゃいそうな囁き声。でも私には聞こえる。思わずカナタを見たら、指差されたの。同じ方向を見た。光に文字を見つける。
「――……愛してる」
風に溶けて消えるメッセージは、私だけのもの。
視線をかわす。微笑みあう。たくさんの人がいて、でもつながる気持ちは私たちふたりだけのもの。
尻尾が膨らむ。みんな夜景に夢中になればいいのに、私に気づいた人が握手とか写真を求めてきたりする。私だけじゃない。カナタもだ。「テレビみました!」って言われてるよ。
わりと早めに、みんなで約束したロープウェイ下山の乗り口に移動したの。そしたら、ラビ先輩とコナちゃん先輩も微妙な顔して立ってた。同じように撮影とか握手とか求められたのかも。
「そんな顔しないで。あなたほどじゃないから」
真っ先にコナちゃん先輩に言われちゃいましたよね! おっと、見抜かれたぞ! なんて慌てたりもしないけど。
スタッフさんたちが戻ってきて、みんなで下山して――……それからタクシー移動でホテルに戻る。ホテルのスタッフさんからやんわりと「お風呂はぜひ室内風呂をご堪能ください」と高城さんを通じて言われちゃいました。遠回しに大浴場はご遠慮くださいと言われてしまいました。
まあ、しょうがないよ。カナタみたいに尻尾を消せるわけじゃない私のお風呂後といったら……! 抜け毛の大戦争だよ! もちろん私も百均グッズの抜け毛キャッチシールを持ってきているので、醜態を晒すつもりはないけどね!
みんなでずらずらお部屋に移動する。社長のはからいでフロア丸まる借りているの。そんなに儲かる時代でもないのに、スキャンダル対策なのだろう。大変だなあ。
カナタを誘うのはさすがにいろいろあけすけなので自重するべきかなあと悩んでいたら、カナタが私を呼んだの。コナちゃん先輩もラビ先輩に呼ばれていた。ふたりの男子は同じ部屋なんだってさ。
顔を覗かせたら、男子ふたりで小箱を渡してくれたの。
「ホワイトデーだからな」「やっぱりお菓子もあげたいよね……というわけで」
「「 開けてみて 」」
仲良しハモりアピールにコナちゃん先輩と顔を見あわせちゃった。
恐る恐る小箱を開けると、中には――……透明な飴細工で作られた九尾の狐と一尾の狐が入ってた。
「わあああ!」
思わず歓喜の声をあげて、隣にいるコナちゃん先輩の小箱を見たら兎さんが二頭の飴細工!
どっちの飴細工も繊細で綺麗な出来映えだったの! いつの間に!
「ささやかながら……飴細工レクチャー教室に行って作ってきた」
「一日じゃうまくいかなかったから、こっそり練習したんだけど……気に入っていただけたかな?」
うんって頷く私の横で、コナちゃん先輩はジト目でラビ先輩を睨んだよ。な、なんで?
「あ、あれ? だめ?」
「舐めればいいの? 噛めばいいの?」
「予想外のドS発言! ま、まあお好きにどうぞ」
「ふうん……あなたはどうする?」
まさかの私への振り!
カナタがはらはらした顔をして私を見てるよ! えっと! えっと!
「え、えっと……か、飾っておこうかな? あ、呟きに使うよ! ……ちなみに私は噛むより舐めるかな、と」
わからない! この場合の正解が!
カナタも納得していいのかどうなのか微妙な顔をする。そんな私たちを見て、コナちゃん先輩が吹き出す。
「ごちそうさま。ラビ、ありがとうね」
頬に触れてぺちぺち叩いて、その指先を胸に落として――……ハートを描いて、部屋に行っちゃった。ぽぉっとした顔で見送るラビ先輩、骨抜きなのでは!
キスしないでその気にさせちゃうコナちゃん先輩の技、すごすぎる! 二番煎じにしかならない気がするので、私はカナタに言うの。
「お部屋が一緒ならよかったのにね?」
流し目をくれて、そそくさと退散。ぽぉっと赤い顔をしたカナタを思うと、本当はぎゅっと抱きついてあまあまに浸りたい。でもこれはお仕事旅行で、この階にはスタッフさんがいて、もしかしたら写真を撮りたい誰かが私を狙っているかもしれないから無理。
早く学校に帰りたい。素敵な一日だったから、やまほどのエネルギーをもらったからこそ――……日常に帰りたくなるの。
最高だった。それはこれからも続けていく。そのために――……できることがあるなら、なんでもやるよ。守り抜くんだ。私の過ごしたい毎日を!
つづく!




