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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十二章 チャンネルはどうぞ、そのままで

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第四百七十七話

 



 うあああああ、と立沢家のリビングで叫ぶ私はパパになだめられてソファに座らされました。

 だってだって! 明坂29と歌うライブはプレミアもので取れなくて聞けなかったから心底悔しかったのに聞けたし、ラストの春灯ちゃんが歌った金光星の演奏は明るいポップテイストなそれからバラード調にバージョンに変えてたの。

 しかもあれでしょ!? 新曲スケジュールはスタッフ呟きでほのめかされていたけど、番組で作るってことは別でしょ? 別だよね?

 春灯ちゃんが歌いきって、マドカちゃんが春灯ちゃんのライブを告知をする。そしてスペシャルゲストさんたちにお礼を言って番組が終わった。

 ふわああ、とため息を吐いて見守る私の前で、次の番組までのコマーシャルが始まる。やがて短いショート番組が流れたよ。


『岡島ミヤビです。今日はご家庭で作れる簡単な料理をご紹介します』


 薄ら赤いメッシュの入ったイケメンお兄さんシェフがキッチンスタジオでご飯を作る。見守るキッチンスタジオのお姉さまがたの熱い視線たるや、ちょっとやばい。惚れかけてる。

 三分番組くらいかな? だから調理工程は可能な限り省かれる。きっと低予算。なのに、岡島さんが料理を出すときは妙にエフェクトかけて、お姉さま方が腰砕けになるシーンが入る。

 ――……これは料理番組だよね? 何か別のものを見せられているような気持ちになるんだけど。


「あら。あらあら……」


 ママが珍しく前のめりになりながらソファに腰掛けた。

 持ってきたトレイの紅茶とお菓子を出すことさえ忘れて、岡島さんが出すサラダとトースト料理、そのレシピと――……間違いなく岡島さんに夢中。

 あっという間に終わる番組のラストで、


『明日は国民的アニメ映画の再現料理です。大事な人とほおばれるメニューをお届けします』


 さらりとまとめて終わる。


「ねえねえ理華ちゃん、今の子かわいくない?」

「……どっちかっていうと、将来的には渋いイケオジになると見た」

「人気でそうねー、彼! あのキッチンスタジオどこかしら……料理を習いに行ったら会えるかしらね。調べておこ!」


 春灯ちゃんたちの番組の時は静かだったのに、ママったら調子がいい。さすがは私の母! 自分が夢中になれることになると俄然前のめり! 年頃みたいにはしゃいでるよ。

 ちょっとむすっとしているパパの空気を察して呼びかける。


「パパは三人娘だと誰が好き?」

「ん? んー……」

「パパはね。あの天使ちゃんがタイプよ、絶対」

「んん……まあ、そうだね」


 ママの鋭い指摘にパパがうなる。さっそくスマホでみんなの感想を眺めようかなあと思ったときだった。


『うなれハリセン!』


 タイトルコールと共に出てきたの。五人組の人たちが。


「――……あら」「ふむ?」


 パパもママも俄然前のめり。それもしょうがない。いかにも海外出身の二人組の華といったら尋常じゃなく、寄り添う三人の男女も一切引けを取らない。

 それだけじゃない。


「……春灯ちゃんの彼氏さんだ」


 ど、どういうことだろう。全然チェックしてなかった!


 ◆


 控え室に案内されて衣装をやっと脱いだときでした。

 控え室のテレビにしれっとカナタが映されたの。


「ぶええ!?」


 思わず悲鳴をあげてしまった。事務所がつけてくれたメイクのお姉さんとヘアメイクのおネエさんがそろって顔を顰める。


「春灯ちゃん……声おおきいんだから」

「そうよー。突然おおきな声をださないでちょうだい!」

「す、すみません」


 お詫びして制服に手を伸ばす。

 着替えることがたびたび増えてきて、もういい加減下着姿を見られることを気にしなくなってきた。お姉さんはもちろん、おネエさんもプロで見慣れてるから変なリアクションしないし。

 むしろ、


「春灯、お腹たるんでない?」

「うっぷす!」


 ふに、と油断したお腹まわりを摘ままれるくらいの近さです。

 すかさずメイクさんが言い返すよ。


「いやいや、平均的女子が羨む腰ですよ? カツミネエさん」

「そ、そうですよ!」


 急いで乗っかる。じゃないと、不名誉すぎるもの!


「別にあたしもねー。素人さんなら、栄養失調気味のガリになるよりぽっちゃりしているほうがいいと思うけど。春灯の場合、狐でしょ? 狐ってしゅっとしているイメージじゃなあい?」

「うっ……」

「丸顔だけじゃなく身体も丸くなったら……狐より狸のほうがいいって言われちゃうんじゃないかしら」

「そそそそ、そんなことは!」

「きつねうどん、食べ過ぎないでね。あと髪の手入れを忘れないように。じゃ、お先」


 言いたい放題いって、仕事を終えたネエさんは行っちゃった。

 梅沢カツミさん。私よりもしゅっとした腰まわり、だけど肩周りはばっちり鍛えた筋肉が見える人。顔も声もばっちり男なんだけど、なんなら結構かっこいいおじさまなのだけど、中身はオネエ。ちなみに私が髪の毛を雑に扱うとガチで怒る。

 事務所のトップアイドルの専属をやっていたけど、社長が最近になって私につけてくれたの。カツミオネエにはまだ認めてもらっていないので、折りに触れて指摘されてしまうのです。

 ううん……。


「そんなに私、ぽちゃってきてるかなあ」

「冗談はよして。春灯ちゃんがぽちゃってきてるなら、世の人間はだいたいぽちゃってるから!」

「お、おぅ……」

「私はむしろ、大勢の人が見るテレビやネット配信に出る人ほど、いろんな体型の人が出るべきだと思うんだけどなあ」

「……まあ、細いの当たり前ですよね。むしろぽちゃはキャラみたいな扱いというか」

「よくないと思うなあ。食が欧米化して体型も欧米化しているんなら、体型を認める感覚くらい欧米化してもいいと思うの。何回言うんだ、欧米か」


 お姉さんに思わず吹き出しちゃった。

 メイクさん……私にずっとついてくれて、重たい恋愛経験もたくさんあるだろう人。常磐チヨミさん。京都出身なんだって。口調は完璧、標準語だけど。モデルさんになったほうがいいんじゃないかっていうくらいのはんなり美人さん。それにかなり着やせするタイプ。ちなみに橋本さんたちの番組で飲みにいく男性陣の評価は「美人で高嶺の花だけど闇が深そう」というもの。

 女子仲間の評価は真逆だけどね。気さくで明るくて優しいだけじゃなく、面倒見のいいお姉さんだよ。


「それにしても……この肌つやの良さ」

「ふぐ」


 ほっぺたをばしっと両手で挟まれて、むにむにされる。


「あそこの彼に愛されまくっているなー? この幸せものめ!」


 むにむにむにむに!


「ゆ、ゆるしてくだしい!」

「やっぱり恋するのが一番の特効薬だわ。私なんてこの仕事してるのもーがさがさ。潤いがないの」

「えっとう」


 むにむにされながらチヨミさんの顔を見上げた。


「いい人いないんです? 橋本さんとか」

「あー、彼はだめ。鹿取さんに求愛してるの」

「ほんと!?」

「業界ではわりと有名な話よ? 鹿取さんの肌つやも露骨によくなってたから……もしかして、もしかするかもよ?」

「おおお……」


 わ、私の知らない間に私の知ってる人が幸せになってるっぽい!


「メイクさん仲間とか?」

「あーむりむり。仕事と関係ない人がいい」

「……仕事仲間、だめです?」

「だって仕事面で比べちゃうもの。お互いのプライドがあるからね。収入に差があってもだめ。人間の価値に上下はなくても、人生の価値には上下が生まれる。同じくらいの格の人と付き合うほうが、ずっと楽だし続けていきやすい。まあ、どっちかがいきなり大成功したり、あるいは男が不意に夢を追いかけ始めて破綻することもあるんだけどね……」


 闇が! 広まる!


「育てることが大事だから、春灯ちゃんも……彼氏のこと、ようく見つめておいてね」


 むにむにされながらテレビを見た。

 五名ユニット結成、各メンバーの紹介VTR。そしてそれぞれの仕事のプロモーションも。

 カナタとラビ先輩がふたりでポーズを取る。そして――……ふたりのマスクヒーローに。見慣れたフォルム、見慣れた日時。あ、あ、明らかにニチアサ特撮枠の主演! しかもダブル主演……!

 聞いてない! ちっとも! 私が見た台本はお芝居のものだった。なのにこんな!

 生放送じゃないっていうことは、明らかに収録されたもの。収録されたものということは、じゃあ私の知らない内にお仕事をしていたっていうことで。

 お仕事したら全部教えてなんて約束してるわけじゃないけど。自分のことでてんぱって見逃しちゃうなんて、私もまだまだだなあ。

 チヨミさんにむにむにされながら顔をテレビに向けられる。

 ラビ先輩とカナタがダブルセンターでアメリカの歌をガチの本域で歌うの。これ、あれだ。アップタウン・ファンクだ! ふたりの英語の歌にあわせて三人の女子が踊る。まるで五人組のアイドルグループみたい。

 一糸乱れぬダンスは明坂の勢いに迫るもの。自由に踊るときの躍動感はコナちゃん先輩の勢いの凄さそのもの。

 曲の終わりでアップになったコナちゃん先輩がハリセンを振るう。画面が切りかわるの。

 ちょっと前に発売されてヒットしたアメリカの曲、ハッピーをラビ先輩が歌う。日本の街、日本のいろんな人たちがあのミュージックビデオを完全に再現する。

 羽村くんや木崎くん、士道誠心ダンス部のみんなやキラリもちゃっかり混じっているし、ほかにもうちの芸能事務所のタレントさんもばりばりでてるの!

 途中で合流するカナタとふたりで、身体を寄せ合って踊るラビ先輩。ふたりの通じ合っている感じのする笑顔。ずるい。


「……あれであと五歳年を取ってたらな」


 チヨミお姉さん?

 突っ込みたい気持ちをこらえてテレビを見る。

 歌い終える瞬間に刀を手にして斬り合うふたり――……映像がふっと重なって、それはカナタの出る映画のゲームの衣装へ。刀からなにから、完コピだった。ゲームのラスト、ファンの間で語り継がれているベストエンディング、ふたりのヒーローどちらのルートでも再生される映像と寸分違わず同じ剣舞を披露する。一層強い火花が散った瞬間、ピンボケ。からの――……ゲームとまったく同じ衣装姿で立つコナちゃん先輩が歌う。ゲームの主題歌だ。

 再現されるのは、剣舞だけじゃなかった。オープニングもだ。生徒会メンバーだけじゃない。カナタの台本で見せてもらった映画のキャストが、本気ですべてを再現しているの。

 実写映画でファンが求め、けれど興行側はそれよりもっとずっと多い映画を観る人口のために加えがちな手を――……その一切を省いての、一番が終わって二番へ。そうしてやっと、脚色が入る。

 ゲームやアニメ、漫画をそのまま実写にできないのにはいろんな理由があるという。私はその作り手ではないから、厳密にはわからないけど……お父さんはたしかこう言っていた。


「漫画やアニメの構図をまんま実写で同じように撮っても、なかなか同じ絵にはならないんだ。イメージに合わせた役者さんや衣装、色彩からなにからあわせてもね。そっくりそのままやると、そもそもイラストと実写で差があるからコスプレ感がでちゃうんだよね」


 じゃあどうすればいいの? って聞いたらね?


「撮影費用の桁も撮影規模も違うけれど、たとえば衣装を撮影するトーンに合わせて調整したりする。それこそファッションデザイナーさんに依頼したりしてね。漫画的表現をそのまま利用しようとするんじゃなくて、映画的な表現に翻訳するんだ。まあ正直、日本の視聴者は実写の文脈の幅が極端に少ないから、少ない費用と規模で実現しようとするとどうしたって無理が出る」


 無理ゲーすぎるのでは?


「違いを楽しもうというより、違いを断罪しようとしちゃうからね。まあ海の向こうでも同じような議論は活発なようだけど……難しいのは、漫画のデザインと映画のデザインはそのまま同じ形で通用するわけじゃないというところじゃないかな。まあ、まんま全部、仲間の受け売りなんだけどね」


 そう言って笑ってたっけ。

 ピアノ演奏家と指揮者のオーケストラ漫画とか、明治の剣客ロマン漫画とか、あとは高校生棋士の将棋漫画の実写化なんかは、いま思えばどれも映画の文脈に翻訳されていたということなのかなあ?

 となれば――……二番目に映し出される映像すべて、映画のための映像で作られているのかも。

 まずはファンを喜ばせようと振りきる。極力実写で再現可能なように作られているからこそ再現できる映像だったのかもしれない。そしてそのあとで――……自分たちのフィールドへ引き込む。これも、お父さんがよく言っていることなんだけどさ。


「相手を投げなきゃいけないとき、いきなり投げに入っても防がれる。だから――……まずは引きよせるんだ。ぐっとね。体勢を崩させるのさ。そして――……投げる」


 ならきっと、一番目が引きよせるための手。二番目は投げ。映画のためのプロモなのはもはや確定。なら映画を観てもらうための、これは制作陣による全力のラブコールだった。

 思わず見入った。いろんな実写化を見てきたけれど――……そのどれも手を抜いて作られたわけでは決してないだろう。素晴らしいものもたくさんあるよ。原作と違うというだけで否定されちゃうのは惜しいくらいに。一歩引いて冷静に、かつ素直に楽しもうと見れば、素敵な映画はたくさんあるよ。同じじゃないっていうだけでぼこぼこにされちゃうのは……あんまりにも悲しいよ。

 いま私が目にしている映像は、ずっと……作品を育てた人に虚飾なく剥き出しに、真摯に取り組まれたものに違いなかった。


「なんだか途中までは漫画みたいだったね」


 チヨミお姉さんの、あるいは一般の人からしたらその程度の評価でしかないのかもしれない。

 考えてみれば当然かも。

 どれだけ世界的に受け入れられようと、それでも漫画は子供の頃の趣味っていう見方は根強いし。オタクよりもずっとずっとたくさんいる一般の人からしたら、昔の趣味か、あるいは他人の領域でしかないのかもしれないから。

 一般の人たちに見てもらうために作ったほうが売れるかもしれない。そっちの人たち向けにがんばったほうがずっといいのかもしれない。

 それでも――……この映像は、実写化するためっていうよりもっとずっと……自分たちがまず見る人すべてを楽しませるんだっていう気持ちに満ちあふれていたし、映画の文脈のそれは一番のとき同様に100%なら、或いは20%増して本気をこめられていた。だから、


「でも、なんか……かっこいいね」

「ん」


 その気持ちは届くんだ。垣根なんか越えて。

 チヨミお姉さんの言葉に頷いた。

 歌が終わる。いろんなアングルと切りかえを用いてポスターのように配置される出演陣たち。そして最後に見せるタイトル――……。

 余韻を残したところで宣伝へ。開けてすぐに、テレビ用の衣装姿のコナちゃん先輩たちが出てくる。


『というわけで、みなさん改めましてこんばんは。はじめまして! チームハリセンの並木コナです。うなれハリセン! こちらの番組では毎回スペシャルゲストをお招きして、いろんな映像や音楽コンテンツの舞台裏とサプライズをお届けします。なんですが――……ラビ?』


 コナちゃん先輩がラビ先輩に振って、冒頭のMV再現について話しあっていく。すぐにラビ先輩がMV制作に携わるお仕事の人たちを呼んで、カナタたちチームハリセン(いつの間に決まったの!?)の自己紹介を織り交ぜながら、舞台裏をお届けするの。

 それはやがて映画のプロモ映像でもありコナちゃん先輩の歌のプロモ映像でもある後半の話題に切りかわって――……最終的には映画の宣伝につなげていくの。

 映画の話題になって、プロモ撮影に関わった監督さんの振りでカナタがキスシーンの話をする。てれてれしながら。私とのキスについてそんな風に語ってくれたことなんてないのに!


「ぐぬぬ」

「いい? 春灯ちゃん……男っていうのは、自分の知らないところで知らない顔をするの。ようく見ておくのよ……」

「はい……っ」


 ふたりでジト目で画面のカナタを見つめる。ちなみにチヨミお姉さんにはしょっちゅうスマホを見せてカナタの話をしているので、ようくご存じなのです。今回みたいにアドバイスしてくれることも多いよ?

 テレビを眺めていたらノックの音がして「春灯、まだかな?」と高城さんが呼びかけてきた。ぶっちゃけあとはもう帰るだけで、テレビをただ見ていただけだから問題ない。


「おっといけない。じゃあ私もあがるね。飲み会誘われてるけど、今日は直帰するわ。春灯ちゃんは?」

「私も帰るだけです。それじゃあ、お疲れさまです!」

「うん、おつかれ!」


 チヨミお姉さんを見送ってすぐ、持ってきた洋服に着替えた。

 扉を開けて高城さんたちと合流。マドカたちと三人で番組初回の打ち上げへ――……なんて、高校生がいけるわけもない。時間はもうすでに夜十時近く。あと一時間もしたら補導の対象になっちゃうわけで。高城さんたちがついてくれているとはいえ、大人の付きあいの席に出ることを社長はかなり警戒しているみたい。

 集まっているスタッフさんたちに高城さんとマドカ、キラリと三人でたくさんご挨拶をして、それから高城さんの運転する車で帰る。

 春休みになったわけだから、明日には実家に帰ってもいいはず。どうしよっかなあ。カナタと相談――……そうだ。そうだった。


「ねえ、マドカとキラリはコナちゃん先輩たちの番組のこと知ってた?」

「私は知ってたよ。って言っても、先週に見たテレビ欄で見ただけだけど」

「……あたしは大浴場で並木先輩と話して聞いた」


 ……なんてこった。知らなかったのは私だけとか。


「むうう!」

「助手席で尻尾を膨らませるな」


 キラリの指摘にむすっとしながら窓の向こうを見た。


「はーあ。カナタと話しあわなきゃ」

「残念ながら春灯、シングル発売イベントがあって明日は早朝から移動だ。早く寝て早く起きてくれ」

「……うっぷす」


 高城さん、殺生だよ……。

 あーもう。お仕事お仕事、そしてまたお仕事!


「春休み、はやくおわんないかなあ」

「休みイコール仕事だもんな。稼ぎ時だし、人生勉強できるのはいい」

「私も。楽しいけどなー! カツオ師匠の番組収録があるんだ、明日!」


 マドカもキラリも前向きだなあ。

 私も負けないようにしなきゃと思いつつ、でも今晩は戦を覚悟する。

 一日の終わりに不満は抱えない主義。お母さんの掲げる円満の秘訣なんだってさ。

 だからカナタと話しあおう。明日の寝不足を覚悟してでも!

 ひとりで意気込みながらスマホを確認した。番組告知の呟きにたくさんの返信がきてる。

 その中に見つけたの。


『春灯ちゃんってやることやってるんでしょ? なのになんでそんな風に輝いていられるの?』


 ――……うん? なんだろう。

 理華ちゃんやツバキちゃんでもない。日頃見るひどいことたくさん送ってくる人たちでもない。呟きを見に行った。


『その呟きはありません』


 アプリが知らせてくる。呟いた子の呟き一覧を見た。

 前向きな呟きが多い。明るくて真面目そうな呟きが目立つ。

 内容だけ見れば垢抜けない、そんな感じの子だ。

 アイコンはコウモリ。けど……気になる呟きがある。


『士道誠心の入学が決まった! ……やっと、本物の輝きが手に入るかもしれない。私の何かを取り戻せるかもしれない』


 どういうことだろう――……。


「ちょっと春灯、聞いているかい?」

「ふえ!?」

「仕事のオファーのお話だよ。コマーシャル。かなりの高収入になるからね。それだけ大事な話なんだから、ちゃんと聞いて」


 後ろのふたりの強い視線も感じる。あわてて顔を引き締めた。

 気になるけど、できることは少ない。今はまだ。いいのかな。考えている暇はない。

 四月に入学しておよそ一年。本当にすべてが変わった。変わっちゃった――……。


『望むところじゃろ』


 ――……そうかなあ。


『お主はふたつの可能性をひとつの未来に繋げた。それが今なのじゃから』


 じゃあ、もう……ゴール?


『たわけ』


 あ、怒られた。


『こまあしゃる、じゃろ? がっぽり稼いで、我らにできることを探さねばのう! おぬしを導いた、ふたりの女子のように!』


 ……ルルコ先輩とメイ先輩みたいに?

 会社を興したいの?


『ものの例えじゃろ!』


 うーん。じゃあ、なんだろう。お店を開くとか?


『お主がやりたいのならな』


 どうかなあ。二年生の授業が待っているし、お歌の仕事にタレント業も入って、それどころじゃないよ?


『ならばほれ、ごおる、などではないじゃろ?』


 ――……それもそうだね。

 深呼吸をして、話がひとくぎりついたタイミングでもう一度気になった女の子の呟きを見た。


『私も……あんな風に……春灯ちゃんみたいになりたいな』


 イイねを飛ばす。見知らぬあなたが同じ学舎にくるのなら、私にできることであなたのそばにいるからね。

 待っているからね――……待っているといえばさ。

 カナタはホワイトデーのこと、ちゃんと意識してくれているのかなあ?

 私は不安でならないよ! 恥ずかしくて催促できないけど!

 ちょっとどうなっているのかな!

 いろいろ確認しなきゃいけない。そう思って寮に戻ってお部屋にダッシュで行ったの。明日の朝は原付の免許を取りに行くから勉強しておいてねって言われたけど。すぐに顔を見たくて。お話がしたくてたまらなかったから。


「ただいまもしもしカナタさん!? 三月十四日ってなんの日かな――……かな?」


 あれ? 部屋の明かりがついてない。

 なぜか嫌な予感がして、恐る恐るお部屋の明かりをつけたらね?

 テーブルの上に置き手紙があるの。

 どどどどどどど、どうしよう! 実家へ帰ります? ラビ先輩とふたりで過ごします? コナちゃん先輩のお部屋に泊まります……いやいやいやいや! ないよ! ないよね? ない……はずだよね?

 怖い。怖いけど見なきゃ。ああでも「あまあまに疲れたので旅に出ます」とかだったらどうしよう……!

 うんうん唸っていたらスマホがどでかい着信音と一緒に派手に振動したの。

 あわてて取り出すと……カナタからだ!


「もっ、もしもし? カナタ?」

『――……もしもし? ああ、ラビ悪い、待ってくれ――……春灯?』


 妙に声が遠い。それに風の音がひどい。どこにいるんだろう?


「ど、どうしたの? お部屋にいないのなんで?」

『置き手紙みてないか?』

「……お別れの手紙?」

『違うから。あーその。外泊する! しばらくな!』

「き、きいてないよ……あまあまいやになって旅に出ちゃったの?」

『違うから! 手紙!』


 何度も言われて、恐る恐るやむなしで手紙を手に取る。

 そこには書いてあったよね。お仕事で北海道に撮影にいきます、って。


「……撮影? お、お仕事なの?」

『ああ! 今日始まった番組、次の回で必要でな――……ユリア! それは撮影用だ、食べるな!』


 い、忙しそうだ。


『映画の撮影があるからシオリは東京だが、それ以外は北海道だ。しばらくこっちに泊まる!』

「――……、」


 やだ、とか。そばにいたい、とか。そんな気持ちが膨らんでたまらなくなって。


「十四日は……?」


 縋るような声で聞いちゃったの。だけどすごくけたたましい音がして、思わずスマホを耳から遠ざけた。音が静まってやっと、もしもしっていうカナタの声がわかったの。


『すまん、風が強くてな! なんて言った!?』

「……もういい」


 ちっともよくないけど。カナタは仕事の真っ最中で、それどころじゃなさそうだった。

 でも、できるカナタさんならもうちょっと……もうちょっと、なにかあってもいいじゃない!

 そう思わずにはいられなくて、膨れ上がったの。怒りとか、むかつきとか、そういう全部が。

 気づいたら怒鳴ってた。


「お仕事がんばってね! じゃあおやすみなさい!」

『ま、待て! お前も北海道に――……』


 勢い任せにぷち、っと切った私の尻尾からにょきにょきっとぷちたちが顔を出す。


「カナタおしごと」「カナタいない」「さみしい」「ここはひと肌九倍で乗り切らねば!」

「「「 乗り切らねば! 」」」


 ぷちたちが一斉に私を励まそうと声をあげてくるの。がんばれ、とか。まけるな、とか。

 怒る気持ちを吹き飛ばすような……子供たちの真っ直ぐなメッセージ。

 疲れてへこたれて、一日の最後が絶望なんてあんまりだ。

 額に手を当てて、深呼吸を繰り返して気持ちを落ちつかせる。


「「「 もう、だいじょうぶ? 」」」

「……ごめん。もうちょっとだけ、そばにいてくれる?」


 私の問いかけに尻尾にしがみついたぷち九人がそろって笑う。

 その笑顔に励まされて、今度は私から通話を飛ばしてみた。すぐにつながる。


『もしもし!』


 足音がしている。扉の開閉音がして……ずっと静かになったの。


『すまない、風が騒ぎすぎていたから移動した。怒らせてすまない……ちゃんと話せるから、春灯。お前の言葉をもう一度、俺にくれないか?』

「……私もごめん。疲れて、今日は本当に大変だったの……あのね?」


 そっとソファに腰を下ろす。私の膝上に真っ先にやってくるちゃっかり者のぷちの頭を撫でながら、勇気を出して聞いてみる。


「……十四日、なんの日かわかる?」


 カナタの息づかいに乱れがあった。不安と緊張が高まる。どうにかなりそうだった――……けど。


『北海道で会おう。準備しているから』


 その言葉で今日一日のすべてが報われた気がしたの。


『――……春灯がそばにいない夜は、寒くてさみしいよ。早く会いたい』

「……私も」

『急なスケジュールでこういう日は何度かありそうだけど。お前がたまに聞いている歌の歌詞を借りて伝えるよ』


 ――……どうか、気持ちを届けて。


『……ずっとそばにいて、あなたを照らす。愛は熟成させ、育てるもの……守るべきものが増えていくけれど。あなたを照らす――……』


 冬の女王と呼ばれた歌姫が歌っていた歌詞だ。すぐにわかったよ。ベストが出たのはもう十年と、ちょっと前だったっけ。

 お父さんが家族でスキー旅行に行くたびにヘビロテするCDの中でも、とびきり好きな曲。一緒になって夢中に歌った曲。

 そういえば今年はスキー行ってない。いろいろしたいことがやまほどふくらんでいく。

 会いたい。会いたいよ。そばにいたい。そう思ったときだったの。

 薬指の指輪がきらめいた。ふわっと香ったの。カナタの匂い。それだけじゃない。柔らかい光が放たれて私を照らしてくれる。カナタのぬくもりだってすぐにわかった。だってすべて……毎日のように感じてきた、愛の証だもん。


「――……あなたの進む道を照らす光。カナタとの契約――……あなたへの、愛情」

『日々は大変になるばかりだけど、ワインのように熟成させて育てていこう』

「……ん。わかった」


 そう答えたときにはもう、笑ってた。


『春灯の熱を感じた気がした』

「……私も」


 ふたりで笑い合って、離れているから余計に相手を強く感じる。

 一緒に過ごす夜だって、一緒じゃない夜だって……明日を写すもの。

 この瞬間をぎゅっと大事に抱き締めて生きていくんだ。育てて……幸せに花開かせるの。


「日々熱を高めていく強さはきっとずっと……輝きを放ち続ける太陽なんだ」


 呟いて、ささやく。


「……愛してるよ、カナタ」

『俺も――……春灯のことを愛しているよ』


 離ればなれの夜に思いあって――……心同士で抱き締めあうの。

 いつまでもそうしていたかったけど……ちゃんとわかってる。


「お仕事の邪魔してごめんなさい。もう、だいじょうぶ」

『――……ああ。おやすみなさい』

「おやすみなさい」


 いつものように伝えて――……それだけじゃ足りなくて、キスの音を飛ばしてた。カナタも同じことをしたの、奇跡みたいだったし。

 電話が切れてもだいじょうぶ。カナタがくれた熱は私の左手の薬指にちゃんとある。

 それに……心配性のぷちたちもいてくれるみたいだし!

 乗り切るよ! ちゃんとね!




 つづく!

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