第四百七十三話
髪の毛をばっさり切った。
ルルコ先輩たちが卒業したし、映画の撮影も始まるし。
早い話、尾張シオリは観念したといえる。
でもまあ、ちょうどよかったかな。
現行政府の前々法務大臣の推奨によって半ば強行される形で新設された刑務所に、ボクは髪色を霊子の力で白く染めて赤縁丸眼鏡をかけて、ロリだけどバリバリのOL面してウィザードと一緒に面会することができたから。
とはいえ、
「――……」
面会相手がずっと黙り込んでいるんじゃ、しょうがないけどね。
ウィザードでありクソ野郎であり史上最高クラスのバカでありドクターでハッカーの桐野はいかにも企業人という面で提案する。
吹田コウキ。ボクらの作ったゲームのプレイヤーであり、殺人未遂で実刑判決をくだされた男。初犯であることから減刑され、三年くらったという。
心神喪失、社会不適合者、ほかにもまあ憂鬱な話は事前に調べておさえてあるけれど。
「ですから、吹田さん。あなたが我らが箱庭で積みかさねた業績を讃えて、インターネット環境が限定的に許可されたこの刑務所にてご活躍いただきたいと考えています」
「――……」
「あなたの犯罪予備軍を見抜く嗅覚、全サーバーを見渡しても最高レベルの効率化したタスクとその実施能力を買って、我々はあなたにプロゲーマーとしてこの刑務所で働いていただきたい。ゲームは更正に役立つ、その生き証人になるのです!!!!!!」
大仰な身振り手振りと感極まった劇場型のしゃべりは正直ヘドがでるなあ。
仲間うちでも切れ者と評判のボクらのリーダーは、正直に言う。残念クソ野郎だ。
「なによりあなたの正義感! 我らはあなたこそ管理者に相応しいと考えています!!! どうですか!? 管理者権限ですよ!?」
「――……」
だめだ。うつろな瞳はなにも捉えない。だめっぽいよ? これ。
「ならばこれはどうです? オーバー18に課金で許されるセックスチートもつけます! ビデオチャットでするそれは従来型のアダルトPCゲームじゃ到底及ばない最高の興奮をあなたに与えることができますよ!? まあ、お役人に見られないようにごまかす必要はありますがね」
――……頭痛がしてきた。
「“専務”、よろしいですか?」
「……ええ。どうぞ」
無反応の彼に焦れたから口を挟んで、顔を寄せる。
するとどうだ。彼の瞳がボクを捉えたじゃないか。なら……仕掛けてみるか。
「あなたのPCはアートを手にしているわけでも、スキルを手にしているわけでもない。世界中に大ヒットした作品の黒の剣士でもない。あなたは白を選んだし、十代の美貌の少年でもないのだから」
刺激する否定の言葉に――……瞳が一瞬揺らいだ。ここが勘所なんだな。ならば。
「けれどユニークやレアに一切、見向きもしないでハイクラスに上り詰めたあなた自身が既にアートだ。弊社の望む理想のプレーヤー像に一番近い。ですから、どうですか。あなたの理想を叶えてみませんか?」
「――……その」
初めて言葉を発した。
「……俺は」
身を乗り出そうとする桐野を片手で押さえる。
「俺は……間違えた」
露骨に顔を歪ませて訝しむ桐野を手で押して意思を伝えて、見つめる。
「最初にやっていた、ゲーム……なんでも話せた結婚相手のキャラの中身は、男で」
……まあ、よくあることだよね。
実社会の性別とゲーム内での性別を一致させろなんて法律はないし、ゲーム側も求めないのが普通だ。となれば性別の選択は自由。よって、悲劇は起きる。エイメン!
「別に……恨むつもりは、ない、けど……ログが、晒されてた。トラウマだ」
だろうね。一生物のトラウマになるよね、それは。
マナー違反だしさ。明らかにそれは、人としてやっちゃいけない部類の行為だ。
「次のゲームで知りあった人は……女性で。会って……初めて、デートしたんだ。いい感じだった。けど……既婚者で、ちょっと……地雷が、おおすぎて」
だいたい想像がつくよ。ヤれるかもしれないけど酷い目に遭うパターンだ。
正直に言う。ヤれると思ってもネトゲやってる主婦に手を出すのはオススメしない。
「その次のゲームで会ったのは……女子高生で。良い子だった……良い子だったんだ……二度目のデートで、一回目も二回目もなにもしてないのに……俺の子ができたって包丁を取り出すまでは」
思わず桐野と顔を見あわせちゃった。
よほどの地雷原を通り抜けてきたのだろう。吹田は地雷相手を引き寄せる宇宙の意思めいた何かを持っているのかもしれない。同情を禁じ得ないな。桐野が言った嗅覚を持っているというのも、あながち間違いではないのかもしれない……。
アニメになったり漫画になったりしているし、ネトゲきっかけで結婚している人もいるけれど。万人が幸福な出会いを迎えられるわけじゃないのは……リアルを生きればわかるよね。
「俺の居場所は……ネットじゃないのかもしれない」
だよね! っていうか、基本的に人間は実社会が元々居場所で、ネットはその延長線でしかないよね。ネット中毒のボクが言うのもなんだけど!
でも認めちゃうと交渉が望まない方向に進んでしまうのは目に見えているので、表情を取り繕う。
「だとしてもネットで稼げるのは事実です。あなたが望めば、弊社と契約し、活躍に応じて収入を得ることができます。あなたよりも残念なプレイヤーで、だいたい月に――……こちらの書類の数字ほど稼いでいます」
持ってきていた書類を提示する。
「有名プレイヤーの賃金はこちらです」
吹田の目が揺れた。
そりゃあそうだ。課金の配当率は高めに設定してある。あくまで余所のゲームに比べたら、でしかなくて。桶屋が儲かる仕組みには変わりないけどね。それでも、吹田がしているコンビニのバイトを必死にやるよりは、もうちょっと稼げる。有名プレイヤーともなれば、もっともっと稼げるよ。なにせ市場は世界規模。まー、能力を売り物にするっていうところが叩かれ始めてもいるけど、プレイスキルを営業に変えて金にできると目を付けた上級者たちがこぞって神プレイ動画を撮って稼ぎ始めているから、当分の間はいける見込みだ。
彼は初めてボクらをまじまじと見つめてきた。
けれどなにも言ってこない。まだ誘いが足りない? なら、そうだな。
「もちろん配信ができれば言うことはありませんが……あなたにはジェイルプレイヤーという称号がつく。脚光を浴びる。となれば……やり方次第で、一気にのしあがることもできます」
我ながら、物は言い様だな……。
「そうですよー! こちらから敢えててこ入れはしませんが、あなたほどのプレイヤーなら、監獄の中にいるキャラクターに似合いのスキルやアイテムに思いつく物があるんじゃないですか?」
迷い、気持ちが引いていくのが見えた。ゲームの魅力じゃだめか。なら、そうだな。
「注目を浴びたら……傷害の罪で入所したあなたが出所した後の生き場所が手に入るんじゃないでしょうか」
吹田の心が揺れるのが見えた。表情に露骨に出たからだ。
攻め手が見えた。ルルコ先輩ならもっと早く見抜くんだろうけど、ボクはまだまだだな。
とはいえ――……交渉事が好きな人なら、お楽しみの時間だ。
「逆に――……たとえば、監獄の罪科を負ったあなたのPCが虐げられるプレイヤーを助けるロールプレイをしたら? 人気が出るのではないでしょうか」
攻める。
「それは引いてはあなた自身の罪と向きあうことになるし……罪を犯したあなただからこそ、誰より優しく誰かを助けるヒーローになれるのでは? この場合は、ダークヒーローですが……ヒーローには変わりありません」
攻めて。
「今度こそ……今のあなただからこそ、真実の絆を手にする機会にできるのではないでしょうか。どうです? やってみませんか? ゲームで更正。こちらで必要なぶんだけ、あなたのサポートもします」
攻めまくる。
「――……そちらの、意図は」
まさかの切り返し。調べられるかぎりの情報をたどってみたかぎり、彼はそこまで頭が回るタイプじゃない。となれば、誰か知恵の回る子でも知りあいにいるのか? まあいい。
「我々の肝いりのプロジェクトから前科者が出た、というのは少々居心地が悪いんです。それに我々もプレイヤー同士の諍いとはいえ管理が行き届かない責任を感じています。ですから、あなたと一緒にやり直したいというのが、率直な気持ちです」
視線がさ迷う。考えているし、悩んでいる。その答えは彼ひとりじゃ出せないのかもしれない。構わない。
「今回限りのオファーです。ここで承諾するかしないかです。断ればあなたはこれから三年間を肉体労働で過ごすことになります。インターネットの許可も出ません。ああ、テレビは見れると伺っていますがね。そこまでです」
たたみかける。最初から逃す気なんてないからね。ボクがやりたくなくても……これはもうありとあらゆる関係各所としての決定事項だった。
「どうしますか? やりますか? やめますか?」
酷薄さすら武器にして、攻め込む。はっきり言うと、この勝負は彼が乗っかった時点でボクらの勝ちが決まる。彼が承諾したという事実があれば、あとは好きなようにできるから。
でもまあ、純粋に試してみたいという気持ちも強い。日本の刑務所事情はかなりきついものだ。基本的にはインターネットは禁止。遊べるゲームは極めて前時代的。三食飯付き、寝場所あり。更正するための施設でもあるはずだけど、社会と隔絶する向きが強すぎて再犯率は正直お察しだと個人的には見ている。
海外で、犯罪者を甘やかしている国もあれば……インターネットを許可している国もあり。罪を犯した者との付きあい方、彼らの将来設計への真剣さについては国ごとによって差が生じている。
正直に言えば、彼らの将来設計まで踏まえて刑務所生活を設計したほうが再犯率は下がるし、引いては社会のためになると思うんだけどね。まあ、だいぶ単純化して言えば、だけどさ。
世の中ってむつかしいよね。
多額の資金と有力者を通じた接触で、なんとかこじつけたこの機会は望外のもの。できれば掴んでもらいたい。けど、身投げするくらいの覚悟を持ってもらわないと、そもそもうまくいかないんだ。なにせ、ほら。ボクらの世の中、前科者には笑顔で石を投げろってところがあるじゃん?
去年の後半でちょこっと話題になったよね。アメリカのドラマの日本語字幕の台詞。
君の言葉は君を罪人にはしない。だがクソ野郎にはするっていう、あれ。そんな呟きが広まっちゃうくらい、世の中はクソ野郎であふれてる。まあボクもそのクソの海を泳ぐクソ女のひとりだけどさ。
きっとこのプログラムに吹田が参加したら、そりゃあもう。やまほどクソまみれにされると思う。ボクらにわかるんだ。吹田自身だって想像しているはずさ。
なんならチート野郎のほうがマシだっていうくらい、罵倒されまくるだろう。でも前科がつくって、そういうことだ。
内と外に分けて、外に対して異様な攻撃性を発揮するのが村社会であり、島国社会であり、狭い社会の基本形。
いいとは思わないけどね。世界から少しでもクソ野郎が減ればいいのに、とも思う。
寛容の精神って大事だけど、なかなかもてないのが幼い社会のあらわれだよねー。世界は余裕を失って久しい。だからこそボクらはそれを商売のネタにできるんだけどね。今この時のように。ああ……ほんと、クソったれ。
「ここを三年間、なんとか凌いだとして……現実社会に戻ったとき、あなたはきっとつらい目に遭う。人生に苦しむだろうし……まともな収入を確保できるかもわからない」
追いつめることにはなるけれど、現実をはっきりさせておく。
「けれどもし、この誘いに乗って……社会と繋がりをもち、三年間あなたがきっちり更正をする姿を見せ続けたら? プロゲーマーとしての地位と、あなたががんばって繋げた絆と、たしかな収入を手にすることができます」
こういう交渉事は……まあ、お金を稼ぐためによくやっているので楽勝だ。桐野がだまってボクに任せているのがその証拠。
「もう一度、聞きます。この誘いに乗りますか? それとも断りますか?」
「――……俺は」
口を開く。覚悟を持って。だからボクも桐野も笑顔で頷いた。
彼の決断を祝福しようじゃないか。ボクらの提案を受け入れたのだから。
◆
吹田と別れて、あらゆる関係者が集まる席に向かう。
桐野が運転する車中で眼鏡を後部座席にほうり投げて、髪色を戻す。
ジャケットを脱いで放り捨てた。あーもう!
「いらいらしているね、キティ」
「日本の支社の連中に任せりゃいいじゃないか。なんでボクが……地獄の罪人に蜘蛛の糸を垂らす仏役をやらなきゃいけない」
「きみはさながら煉獄の悪魔のようだったよ?」
「わかってるよ!」
怒鳴ってダッシュボードを蹴る。
「おいおい! うちの愛車を苛めないでくれ」
「古くさいなあ。自動車税が高くなるっていうのに、なんでこんな古びたぽんこつにのってるのさ。なんだっけ? すか……すか……」
「スカイラインだ」
「そうそれ! ……胸くそ悪い仕事させやがって」
横目で睨む。眼鏡をかけた、目尻のあがったきつい顔の男。基本的にはスタンドプレイの集合体であるボクらの、迷ったときの最終的な意思決定役。
「あいつの選択肢は一つだけだった。どう考えたってね。なのにボクはクソを投げつけて、それがマシだと思わせなきゃいけなかった。こんな手を使わなきゃ、ゲームの印象が悪くなるって? そこまでしなきゃいけないものか?」
「キティ」
「金ならあるんだ。ペーパーカンパニーだって。売るほど余る技術力だって。機材だって、ツテだって。すべてがある! ……なのに、こんなクソまみれの仕事をさせられるのは、はっきり言う。これっきりだからな」
「……それが世界の選択ならば、仕方ない」
「ウィザード、やめてよ。いまさら何の真似? ゲルにまみれたクソを製造する電子レンジでも作る気?」
「さあて! いいじゃないか。キティにとって吐くほど嫌いなガチャシステムも、我々の数多ある会社のひとつは取り入れている。おかげで浴びるほどの金をせしめてる」
事実だ。日本の会社じゃないけどね。
「そういう金で、キミの願い通りのゲームを作れる。クソは転生していくらでも最高のヒーローに生まれ変わるのさ。同じように、クソまみれの金だって、ユーザーの目に見えないルートで生まれ変わって熱狂するゲームの製造費になる」
心底楽しそうに言いやがって……。
「キミの作る同人ゲーだって、キミの生活費だって、学費だって、なにもかもがクソから引っぱってきた金じゃないか」
――……心底、はらわたが煮えくりかえりそうだった。
「永遠の楽園なんてないのさ。プレイヤーの将来設計がなされているとは思えないから……いつしか上質なゲームっていうのは骨董品みたいになって、カジュアルなクソまみれのゲームに埋もれていつかのショックが再び起きる。バブルが弾けて、お終い。そんな日がくる。キミはそう予言した」
言い返す気も起きない。
タイトなスカートがまくれようと気にせず、ダッシュボードの上に足をのせて椅子を倒す。
車の天井を睨みつけた。
「予言が当たるかどうかはわからないけどね。だって、こうも考えられる。ゲームはスマホを通じて一般に広く普及し、プレイ人口は加速度的に増している。だからキティの学校で試験的に実施してみた、バトルロワイヤル方式のそれのように……何かが爆発的に当たる可能性だってある。それが我々の金のなる木を駆逐する可能性も、ゼロじゃない」
すぐに言い返す。
「高くもないよ。収集癖のあるプレイヤー、市場に提供すれば現に無視できない金額が動くなら……単純にいきなりなくなるものでもない」
「だからこそ、我々は遊び方がそもそも売り物になるか、価値があるのか試そうというんだ。プロゲーマーの活躍するフィールドはもっと広がっていいし、ゲームを通じてプレイヤーの人生に価値が見いだせるようになったら……デジタルにもっと生々しい価値が付加できたら? より面白い未来が見えてきそうじゃないか」
心底楽しそうな横顔に視線を流す。
「ぶんなぐりたい、その顔」
「おいおい。キミにドラゴンタトゥーはなかったよな? それにしちゃ肉体派すぎないか?」
「うるさいな……だからって、刑務所に入った男を逃れようのない選択肢を突きつけてまでして担ぎ出して。このやり方、悪辣にも程がある」
「でも結果を出す。そこが大事なのさ」
断言されて、深呼吸してから瞼を伏せた。
「キミが嫌いだ」
「でも私は自分が大好きだ。ハレルヤ! かくして世界は進歩する!」
……遊びがあって、楽しもうという気概があるぶん、ラビのほうがマシだな。
あいつに会いたくなるなんて、よっぽどだ。
◆
スマホで見る限り、今日のハルちゃんのCD発売イベントは順調のようだ。
対してボクはちっとも順調じゃない。桐野とふたりでお偉いさんにご挨拶して、吹田の承諾を得た旨を伝えて手続きを進める確認をした。
その足でゲーム配信をしている会社の日本支社に向かって、出資者として責任者に指示を出す。その間にも、仲間内からさんざんからかうメッセージが飛んできていた。
ボクらのグループは実際に顔を合わせることなんてない。基本的にはね。それがボクらのルールでありマナーだった。その境界線を越えるのは桐野だけで、桐野に会った世界中の連中――……女もゲイもみんな桐野に喜んで身体を差し出したという。
でも断言するね。こいつはやり手だがクソだ。ボクにあんな最悪な思いをさせる男に誰がその気になるかっていうんだ。
ぶすっとしながら桐野が的確に指示を出して会社を動かす行脚に参加する。ボクもお金を出した会社がいくつもあるから、渋々だ。
出資金を出したり、株を買いあさったり。影響力を高めた企業に物言いをして、こちらとしては理想通りに従えようとし、現場からしてみれば面倒な目に遭うという時間を過ごす。
引き出すのは、本音と建前。そして彼らが望むこと。そのすべて。
探りながら、浮き彫りにしていく。僕らが手を伸ばした社会のありようを。
けど正直、専門家じゃないからちんぷんかんぷんだ。桐野は掌握しているみたいだけどね。
すべてをまわって、時刻は十八時過ぎ。あとはもう帰るだけ。
その帰り道に、大事な後輩がゲリラライブをやるであろう渋谷の近くに意図的に車を向ける桐野はマジで性格が悪い。
「なんのつもり」
「キティが見たいだろうと思ってね。今日のキミはよく働いたから……とはいえ、渋滞にはまって、これじゃ車はまともに動かないだろうね」
「……サプライズも台無しだな」
ぶすっとしながら呟いて、それから深呼吸をした。
「……桐野はなんで、こんなことしてんの?」
年齢不詳。資産はボクよりずっと持っている。けれど彼の身元は不明。自称、桐野。それだけ。ボクらの中でも飛び抜けて腕があって知識があって、だけど底が見えない不気味な奴。
「キミってどんな男なわけ? それとも貧乳女子だったりする?」
「ハハハ! ……これまでいろいろと質問されたが、貧乳女子っていうのは初めてだ」
じっと睨みつけると、観念したように笑った。
「不思議だよな。こうして目に見える社会すべてが、本当にあることを証明できない。そもそも自分が存在するかどうか、生きているかどうか。息をしないと苦しくなる、それが生の実感か?」
「狂った問いかけなら間に合ってる。はぐらかさないで」
「……楽しく生きたいだろ? キティ。我々の世界は遊び場だ。金ほしさ、権力ほしさに群がるハイエナはやまほどいる。それを憎み罰する我らは気高き狼だ」
「……同じハイエナかもよ? 屍肉を漁る……クソまみれのハイエナ」
「いいや、違う」
唇の端を醜くつり上げて、
「我らは気高き狼だ。そう思ったほうが楽しい」
単純明快でくだらないことを言うんだ。
「神の槌を振るう男が別世界からやってきたり、異能力を授かる果実が眠っていたり、最悪な人生を過ごしたらある日なにかが起きて報われる。そう思ったほうが、人生は何倍も楽しい」
「……キミって狂ってるの? そんな世界、あるわけないじゃん」
「そうかな。なあ、キティ。仮想現実が現実に変わりつつあるんだ。さらには隔離世なんていうオカルトも、住良木が可視化した」
どきっとした。まさか桐野が隔離世について言い出すとは思わなかったから。
「ならきっと、なんでも起こりえる。そう考えたほうがずっと、楽しい」
だって何かが眠っているんだ、と笑う。歪んだ笑みを浮かべて。
底が知れない。邪悪に見えるし、無垢な子供のようにも見える。
それはこじらせていた緋迎シュウや、ハルちゃんを狙っていたあのアメリカ人のようでいて、けれど何かが違う。なんだろう。ハルちゃんたちに近く見える? まさか。
じゃあ、なんだ。なんなんだ。
「――……そんな世界だとしたら? 我々の理想たる遊びだって、いくらでも実現しうるはずだ。私はね。空に浮かぶ階層深き城にだって、本の中に存在する異世界にだって、大いなる海原の世界にだって行ってみたい」
桐野が指差した。
「ほら。あそこに奇跡はある……」
示された方向を見たら――……星を飛んで掴んだハルちゃんが、金色の光の霊子の上に立っていた。
「だったら……罪人が許され、世界中にヒットした小説の主人公のように活躍する未来があってもいい」
顔が強ばる。それはあまりにも理想論すぎる。罪を犯した誰もが許しを求め、罪を犯したことのない誰もが罰を求める現実で、それはあまりにも……。
「我々が夢を作る。運び、叶えるのさ」
「――……神にでもなったつもり?」
「強いて言えばサンタだな。みんなが望んで作りだすサンタだ」
「……あっそ」
もういい、と呟いて赤信号で停車している車の中からハルちゃんたちを見つめた。
歌っているし、輝いている。
あの子にしか起こせない奇跡よりもずっと、あの子が手にした歌声を使っているんだ。
奇跡を振りかざすんじゃない。生身の力で挑んでいる。
むしろそっちのほうがずっと、真理に近いと思った。
「桐野。きみのそれは傲慢だよ」
「なら、我々は……吹田はどう救われる?」
試すように笑って問いかけてくるから、鼻息をふんとこぼして言い返してやった。
「決まってるだろ? 自分自身でだよ」
荷物をまとめる。もう仕事はない。
残るスケジュールはもう、帰ることだけ。なら桐野に付き合う義理も無い。
「自分のことは、自分自身にしかお助けできないんだ。吹田はその一歩を踏んだ。ボクは彼の決断を祝福し、出来る限りのサポートをする」
「乗っていかないのか?」
「キミを根城に案内する気はないんだ。じゃあね!」
扉を閉めて、車の間を抜けて道に入る。
すごい人だかりだった。みんながスマホを手に、ハルちゃんを見つめていた。
その顔を見て思ったんだ。
たしかに世の中はクソまみれで、クソ野郎やクソ女は大勢いるかもしれないけど。
それでもたしかに、輝く何かはあるんだって。
決断をした吹田の顔が浮かぶ。あいつは最後に言ったんだ。
『――……なら、俺はやります。もう二度と間違えないために……今度こそ、自分を助けて……誰かを助けられる、そんな自分になるために』
『ひどいバッシングを浴びますよ? いやがらせも受けるでしょう。それでも……覚悟はありますか?』
その念押しは、本来ならいらなかったかもしれない。
でもどうしても聞かずにはいられなかったし……ボクの心配は無用のものだった。
だって彼は初めて笑ったんだ。
『それが……俺の罰なら。受け入れます……そこから始めなきゃいけないと思うから、だいじょうぶです』
孤独なところから立ち向かおうとする男の意思を思ったときだった。
「子供の頃に夢を見たの。つらくて涙する誰かを助けるヒーロー」
はっとした。ハルちゃんの歌う歌詞に。
「英雄に憧れすぎて諦める。現実だけが否定する――……」
彼は一度否定されてしまった。強く、きびしく……断罪されていま、塀の中にいる。
「なれるよ、たった一言が――……僕を何かに変えてくれるのに」
なら、それは願いだ。
挫折したらもう生きられない世の中なんて苦しすぎる。
ちょっと失敗したら、やり直せない人生なんて……無理ゲーすぎる。
友達とケンカして、仲間はずれにされたらもう一生ひとりぼっちじゃなきゃいけない?
親に問題があって離婚された子供は一生親の愛を知らずに生きなきゃいけない?
部活の大会で一度負けたらもう一生負け続けなきゃいけない?
受験に失敗したらもうそれでお終いの人生でなきゃだめ?
会社に入ってヘマしたら? 上司と揉めて職を追われたら?
それでもうだめなんて、つらすぎる。
だって、やり直しができるから人生は続けてやっていけるんだ。
なら――……失敗した誰かに言いたい言葉はなにか。
決まってる。
吹田に伝えるメッセージは、もう一つじゃないか。
「誰も言ってくれないよ。きみがすき、きみはだいじょうぶ……ひとりにしない、絶対に」
ハルちゃんの歌声がやけにしみる……。
「なら僕が言い続けるよ。きみがすき、きみはだいじょうぶ。ひとりにしない、絶対に!」
――……それだけのことなんだな。
だからさ、桐野。やっぱりボクは思うんだ。
人が人を救うんじゃない。
好きだよ、だいじょうぶだよって声を掛けて元気を注ぐことしかできないんだ。
ボクらの箱庭でヘマをしてしまった吹田だからこそ……ボクらが言わなきゃ。
だいじょうぶだ。心配ない。なに、つらいことはやまほどあるだろうが……ボクらが、ボクらの作ったゲームが、絶対にキミをひとりぼっちになんかしないぞって。
「ひとりにしないよ、離さないから――……」
手をかざすハルちゃんに、無我夢中で手を伸ばす。
何かが掴めた。そんな気がしたんだ――……。
◆
急いで戻った自宅マンションで速攻で用意しておいたナビゲーションプログラムを試す。
妖精型アバター。はっきり言うけど管理者サイドにしか作れない秘蔵のプログラム。
元より吹田を監視、誘導するプレイヤーを企業側で用意する手はずだった。刑務所側で管理できるようにモニターできる仕組みを作ってあるけど、それだけじゃ足りない。
ぶっちゃけ日本でインターネット利用ができる新設刑務所っていうのが奇跡みたいな一歩なんだから。慎重派のみなさんが納得できるようにあらゆる手を講じなければならない。
これもそのひとつだ。
業務連絡を飛ばす。あれこれチューニングして、そのうえで納得のいく仕上がりに作り込んで、さらに必要な準備を必死にやり終えたときには日にちが変わっていた。本当ならハルちゃんが出るテレビを見る予定だったのに。
でもこれはボクの仕事だ。やるべき任務だ。尾張シオリにとって絶対にやらなければならないミッションだった。
『――被験者のログインを確認。管理者隔離ルーム001に転送』
「よしきた」
連絡がくる。予定通り。アバターを転移させる。
イヤホンをつけて、VRカメラを装着。正直まだブレがひどくて酔うんだけど、我慢。
「やあ、白の騎士」
マイクを通して変換して、愛らしい声になって吹田の端末に再生されているだろう。
ちなみに吹田が大好きな声優さんを調べて、わざわざ必死に調整して作ったスペシャルだ。喜んでもらわなきゃ困るし、勇気の種にしてもらわなきゃ困る。
『き、きみは? え、と……ここは』
てんぱる白の騎士の中身。イケメン過ぎるアバターを睨みながら腕を組ませる。
「ボクはキミのサポート役であり、お目付役さ。名前は……キミが決めていいよ。手っ取り早く頼む」
『え……じゃ、じゃあ……そうだな』
「おっと。いいかい? キミのログはお役人もチェックするからね。それを踏まえてよろしく」
『ハードルが高い』
刑務所で話すよりずっと気さくだな。ネットのほうが素の状態でいられるんだろう。気持ちは痛いほどよくわかる。
「気楽にどうぞ」
『……ユキ、かな』
「冬に降る雪?」
『変かな』
風早の名前がコユキだったけど……まあいっか。思ったより綺麗だし。氷の女王たるルルコ先輩の弟子のボクが雪なら、それは運命を感じる。いいじゃないか。
「……いや、気に入った。それじゃあ鏡を出そう」
徹夜で作り込んだモーションのひとつ、指を鳴らす。
姿見を出した。
「ボクはキミのリアルを知ってる。正直、いまのアバターだと……わかるよね? 叩かれるよ、いずれ。顔写真は報道で出ちゃってるからさ」
『……そう、だな』
「髪を切ってさっぱりさせたら、案外悪くない顔してるから。任せてくれたら調整するけど、どうする? このままでいく? それとも自分で変える?」
『任せる』
意外と思い切りがいい。
「なら、これでどうだ」
ふたつめのモーション、指先をつきつけてくるくる回してどーん!
煙がぼふっと弾けて、アバターの顔が変わる。リアル吹田を明るくした感じ。これも、徹夜で用意したうちのひとつだ。
『……俺ってこんなだっけ? 美化されてない?』
「き、気のせいだよ! こんなもんだって! それよりほら、装備はどうする?」
急いでまくしたてる。なんで恥ずかしくなってんだ、ボクは……!
「塀の中なのに白の騎士ってわけにもいかないだろ? だからって、MMOで黒の騎士はいかにもすぎる。ほかにない? 回転チェーンソー大剣を持ったPKK風がいい? デザインにお好みは?」
『――……アルカイド大監獄、雑魚ドロップの囚人服と手かせ、足かせ』
「ええ? あんなのでいいの?」
予想外の指定だった。
ゲーム内のフィールド、服をしれっと指定してくるなんて。それにしたって、囚人だと喧伝するようなデザインの服を選ばなくたっていいのに。
「はっきり言っちゃえば身分を隠して、リアルをごまかして出てもいいんだよ?」
勧誘するときには言わなかった逃げ道を思わず言っちゃった。
ごまかしちゃうと、表の顔としてのやり直しにはならないけどさ。それでも……ずっと気持ちよく再起できるはずだった。
吹田本人が考えなかったとは思わないよ。なのに、こいつは強い意志をこめた声で言うんだ。
『構わない。だって、ユキがいてくれるんだろう?』
ほ、ほんのちょっとだけ……揺れた。
「……ま、まあね」
『なら、すくなくともひとりじゃない。いいよ、囚人から始めよう』
おかしい……警察関係者に事前に聞いた鬱屈した感じが一切ない。
むしろ、なんだ。その……結構、良い奴じゃん?
「それじゃあ――……」
ぱちんと指を鳴らして服を着替えさせた。
「武器は?」
『その前に確認。刑務所の先生から言われたんだ。毎日、ミッションをこなせって……達成できなければゲームは終わり』
「……そうだね」
その通り。試験的な取り組みだ。ただ遊べというわけにはいかない。
きみのプレイがお金になると示す必要があるし……なにより、社会復帰、更正になると示す必要がある。
『今日はフレンドをひとり作れと言われているが、今後のミッションについては適宜決めると言われた。キミに聞けば確認できるのかな?』
「ああ。その認識で間違いない」
意外と理性的。事前の評価をだいぶ上方修正する必要がある。非常に好ましい展開だ。
「わかってる? アバターネームは本名に修正。事前にニュースで広がっているからキミだってことはすぐにばれる。なのにフレンドをひとり作れなんて、無理ゲーだよ?」
『そのときは運命だと思って受け入れるさ。それじゃあ武器の選択をする』
思いきりよすぎだ。だからこそ、踏み越えちゃったんだろうけど……今度は、留まるように寄り添うからな。キミをぼっちにしないぞって心の中で囁いて、彼に呼びかけた。
「それじゃあお好みのものを。出来る限り応えるよ。なにがいい? ドラゴンスレイヤー? それとも神話の剣がお好みかな?」
『なしでいい』
耳を疑ったよね。
「――……はい?」
『囚人が武器を振り回すっていうのも、おかしな話だ。だからなしでいい』
「……マジで言ってんの? わかってる? キミのレベルは高いけど、このゲームは徒手空拳を前提にバランスを組んでない。ましてや囚人のキミはリンチされる可能性すらある。なのに、武器なし?」
『それでいい』
おいおい。瞬殺されるよ? リポップ地点に戻るだけだけど、それがもしPK可能エリアだった場合、キミって目を付けられたらひたすら殺され続けてもおかしくないよ? それくらいわかっているはずだろ? なのに、武器なしだって?
そんなんじゃ、せっかく寝ずに用意した“奥の手”を使うまでもなく終わるじゃないか。
「あのな……ゲームを使ってボコられたいなら、ボクは下りるぞ」
『ユキ、俺は――』
「言わせてもらうけど! 更正のためとはいえ、キミの味方になるって決めた以上はキミを見守る責任がある! それにキミはキミを守る責任を持つべきだ!」
『――大丈夫だから』
「はあ? 大丈夫なわけないだろ?」
『いいや。絶対に、大丈夫だから』
めまいがしてきた。たしかに変態的なハイレベルプレイをするみたいだけど。だからって紙装甲の武器なしで大丈夫なわけがない。でも何度問答しても決意は固いみたいだった。
「じゃあもう好きにしたら? ……それじゃあ転移するよ。どうとでもなれ」
指を鳴らして転移した。
広々とした平原にそびえる古の都。PK可能エリアだ。
徘徊するのはハイレベルのモブモンスター。移動速度は素早く、PC感知能力も高めに設定してある。対してこちらは手かせ足かせを嵌めた無防備なPCときた。はい終了。これでお終い、ジ・エンド。
ふてくされるボクを見て吹田が笑う。そのすぐあとだった。空から矢が降り注いだ。見渡すかぎりのモンスターが瞬殺される。
「モンスターなんかにてめえをやらせるわけにはいかねえよなあ?」
妙にひねた男の声がした。
吹田が見上げる先にいたよ。朽ちた石の塔の上に、声の主が立っていた。
「以前は世話になったなあ。え? 白の騎士! いいや、犯罪者さんよ!」
弓手。傾いた塔には大勢のPCが立っていた。女のPCが多い。弓手のハーレムか。うわあ……。
きっと芋スナなんだろうなあ……。
「いやあ……いい世の中になったもんだよなあ。犯罪者をリアルでぶちのめせるんだから! あ、これゲームか。まあいいや……“ありもしない罪”をでっちあげて、ぼこってくれたてめえをゆるさねえ! 絶対にだ!」
叫ぶ弓手に呼応して、PCたちが物も言わずに武器を掲げて突進してきた。
全力で作り込んだとはいえ、それでもまだまだ粗いところが目立つなあ。だいたい吹田が手を汚したのって、全部有罪相手だったはずだ。調べたし。ありもしない罪だなんて言って、ひどい奴だ……なんて思いながら問う。
「なあ、どうするんだよ」
「逃げ切る」
「はあ!?」
ボクのアバターをひゅっと手のひらで包んで、吹田が駆け出した。
背中から放たれる魔法や矢のど派手なことといったら。スキルが何発も放たれる。悪意が降り注ぐ。ボクの妖精アバターは鉄壁に設定してあるけど、でも吹田はそうはいかない。
瞼をぎゅっと閉じた。ダメージに呼応するよう設定したコントローラーの振動が――……こない。いつまでたっても。
恐る恐る瞼を開ける。
避けていた。身軽な動きで。敵はぱっと見、三百人はいる。けれど血の気の荒い連中の攻撃を紙一重でよけ続ける。ちょっと異常なくらいの反射神経。
「き、キミって何者?」
「反射と経験、分析。我ながら情けないくらいぼっちでやったから」
情けなく笑いながら、けど……避ける。避ける。避け抜く!
まるでハルちゃんのようだった。正直に言う。侮ってた!
足かせの嵌まった足でぴょんぴょん飛んで移動する速度が異様に早いのもちょっときもいけど、でもすごい。ボクら逃げてる!
「さて、それじゃあそろそろポータル出せる位置だ。いくよ!」
にがすか、と後ろから声がする。まんま悪役のそれだ。だから笑っちゃったし。
「じゃあな!」
涼しげに言って、スキルを発動させて逃れた吹田に正直しびれた。
こいつすごい!
転移先のレティクル大森林の霧深い草むらに落ちて、吹田はそっとボクのアバターを離す。
だから興奮しながら吹田の顔のまわりを飛んだ。
「なんだよ、異様な操作技術すぎるよ! マウス操作でやってんの!?」
「いや、コントローラ-。プロ操作モードってあるだろ? あれ」
「うっそ――……マジで変態だ」
吹田が言ったプロ操作モードっていうのは、ボクらのチームが開発連中にばれないようにこっそり仕込んで驚かせた、悪ふざけの操作モード。
ありとあらゆるコマンドを入れる格ゲーチックな十字キー操作と、移動を司るスティック操作を混在させていて、スキルをファンクションに設定しなくてもコマンド操作で発動できる。けどありとあらゆる技のコマンドを覚えるのはかなりしんどいし、なによりゲーミングPCやキーボード使えばいーじゃんっていう話になるので無用の長物そのもののオプション。
でも細かいPCの操作ができる。ぶっちゃけマシンにでもならないと動かせないデバッグ用の調整プログラムまがいの、どんな人でもめんどくささに投げ出す意味不明の固まりなのに。
作ったボクらですら途中で自棄になって放り出したくらいだ。ちなみに仕上げたのはウィザードの桐野だったりするんだけど。まさか、使っている奴がいるなんて……!
「モーションが増えないかなーって思ってるんだ。キミに触れることもまともにできない」
「……ばっかじゃないの」
ちょっと揺れたよ。
「ぼ、ボクに言いよる暇があったら、誰か助けるとかして、フレンドを増やしたら?」
「そうだった……じゃあ、のんびり行こうか」
「はあ!? キミの刑務作業時間しかプレイできないんだよ? きりきり歩け!」
「はいはい……」
いちいちボクのボイスに合わせて表情を変える操作、巧みすぎてやばい。
「誰かと遊ぶのって、いいもんだな」
しみじみ呟かれてかなり揺れたよ。
「い、いいから行け! 探すぞ! 誰かひとりくらい、友達になってくれる奴がいるかもしれない!」
「わかったわかった」
急かすボクに苦笑いして、とことこ歩き始める。
時間が掛かりそうだし、いろいろ起きそうだけど……なんでかな。
こいつとなら、頑張れるかもって思った。だから……さ。
「いくぞ、コウキ!」
「――……いま、名前」
「うるさいだまれ! いくったらいくぞ!」
「わ、わかった。蹴りモーションで背中を攻撃しないでくれ!」
焦るコウキをけしかけて、移動する。
――……ちょっと、いや、だいぶ楽しい。
そりゃあさ。こいつは人を傷つけた。それは許されないことだ。
罪を償うべきだと思う。だから塀の中にいるんだ。
こいつに傷つけられた人は怖くてたまらないだろうし、憎くてたまらないだろうと思う。
被害者を二度傷つけてはいけないとも思う。軽んじられてはならないとも思う。
けど……それでもボクは償うことの意味を、もっとちゃんと考えたい。
今回の更正プログラム、被害者に伝わってる。事前にね。テレビでも取り上げられたよ。けれど被害者からの声明はない。知りたいとも思わないだけか、或いは関わりたくないだけか。
吹田コウキは叩かれてる。炎上してもいる。でもボクらが決断したのは――……被害者側の罪も明らかになって、係争の準備が始まっているからだ。
彼の犯した罪は明らかだし、その方法は誤りだった。罰は与えられた。けれど、被害者側も潔白ではなく、物議を醸している。
だからこそ――……ボクらは動いた。仕掛けたんだ。ボクらのゲームを救うために。そして……ボクらのゲームで遊ぶプレイヤーみんなを救うために。
罪と罰……永遠のテーマかもしれない。答えのない迷宮の入り口なのかもしれない。
でもね? 渦中のただ中にいるこいつと付き合うことで、何かが見えてくるかもしれない。
見えたらきっと……誰かを救う力になるかもしれない。
お助け部としては、見逃せないだろ?
つづく!




