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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十章 渋谷をジャックだ、金光星!

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第四百七十二話

 



 帝都テレビのクルーが集まっているのを発見して、私の気持ちはめちゃめちゃ高まった。

 やばい。春灯ちゃんたち……ほんとに渋谷で三度目の仕掛けをするんだ!

 いやあ、冴えてますねえ。さすがは理華ちゃん! あは! 自画自賛うざいね。訂正。

 スクランブル交差点に停車した大型車両とカーテンが敷かれたマイクロバスたち。そして撮影スタッフがたくさん。

 見覚えのあるマネージャーさんがマイクロバスから出てきて、しばらくしてツバキちゃんが出てきた。遅れて見慣れないおじさんが駆け寄り、見上げる――……巨大液晶スクリーンを。

 思わずスマホを向けた。撮影モードだよ、もちろん。


「――……わ」


 収録ブースにて歌う春灯ちゃんだ。

 聴いたことのない旋律だった。歌詞はない。あちこちから聞こえる音が一斉にやんで、春灯ちゃんの歌声が夜の渋谷に響き渡る。

 最初は雑談していた人も、待ち合わせに来ている人も、足早にどこかへ行こうとする人も――……次々と、みんながスクリーンに視線を向けた。

 ストーリーは見えない。先も見えない。それでもなぜだろう。心惹かれる。

 あるいはそれが本物だから? それとも……天才だから?

 ううん。ただただ……ひたむきだから。

 見えない、わからないと思っていた。春灯ちゃんの住む世界ってどんなだろうってずっと考えていた。

 彼氏と過ごして、きっと幸せに満ちて甘い人生を過ごしている。そんな女の子なら、私のクラスにだって多くはないけどいた。でもそんな子たちと何かが違う。めちゃめちゃ爛れてるとか? でもそれだけじゃあ……あんな風には歌えない。

 ただ幸せなだけじゃあ足りない何かを、春灯ちゃんは持っている。

 それってなんだろう? ずっと不思議だった。


『――……強さを手にした奴が最後に何を選ぶのか』


 なんでだろう。こんなときに、鮫塚さんの言葉を思いだすのは。


『そいつはさ、きっと普遍的なテーマだ。いいんだよ、簡単だ。結果的に選択肢は少ないんだよ。幸せになるか、ならないか。その幸せはどんな形か。俺は知りたいだけなんだ』


 ――……私も知りたい。


『身体に歴史を刻むように、引き出しに歴史を刻んでみろ。その分だけ、めげない強さになる。胸を張る理由になる』


 春灯ちゃんの引き出しの中……下着、あるいはもっと内側に宿す御霊が、春灯ちゃんの強さであり……胸を張る理由なのだとしたら。


『俺は見たくて仕方ねえんだ』


 私も見たくて仕方ない。

 そばで立ち止まったお兄さんがぼやく。「さっきからなんだよあれ。うるせえなあ」って。

 睨みつけそうになった。


『憎いんだ。自分の欲に誰かを巻き込む人間が』


 だまれという……自分の求めた声以外はいらないと世界に発信する誰かが憎い。そうして傷つけあう社会が嫌い。私も……吹田さん。あなたの気持ちがわからないわけじゃないよ。


『俺がやっと出会えたヒロインなんだ』


 それは間違い。勘違い。だけど……春灯ちゃんは私がやっと出会えたヒロイン。

 吹田さんのように失敗しないためには、もっとずっと冷静に自分と相手との距離感を掴むことが大事。

 横でぼやいたお兄さんの腕に、彼女さんらしきお姉さんが抱きついて笑う。


「いいじゃん、あれ……なんか好きかも」

「そうかあ?」

「そうだよ」


 幸せそうに言うお姉さんにお兄さんはため息を吐いて……それから心を傾ける。


「――……まあ、そうかもな」


 相変わらずぼやきだったけどね。

 その光景を目にして――……思ってしまった。


『青澄春灯も、警察の侍も、こいつがあるから強くなるんだろ?』


 違う。違うよ。強さがあるから……願いがあるから宿るんだ。

 壊したいと思うから力が手に入るんじゃなくて……いいなと思える力が強さに変わるだけなんだ。それが世界をちょっとだけ、過ごしやすくするだけなんだ。

 斜に構えるんじゃなくて、前向きに受け入れて力に変えちゃう強さがなにより人生を心地よく過ごす魔法なんだ。たぶん。きっと。

 それだけなのかもしれない。春灯ちゃんの強さって。いいねって思って受け入れる、そんな力だけなのかもしれない。でもたったそれだけの力が、世界をちょっとだけ過ごしやすく変えるんだ。なら……鮫塚さんの言うように、ありきたりでもいいのかもしれない。最後に選んだその答えの強さに殉じて生きる……その姿勢が、綺麗ということなのかもしれない。

 そう思って――……気づいた。いつしか渋谷は静まりかえっていた。

 春灯ちゃんの歌声が満ちていく。そして――……終わった。

 その瞬間、大型車両のカバーが開く。シングル三曲目の楽曲の演奏が始まる。事前に配信をダウンロードして聴いたからわかる。


『忙しない――……僕らが生きる街中は、ちょっといらいら』


 春灯ちゃんの歌声が聞こえた。思わず探す。大型車両にはいない。バンドメンバーの人はいる。私みたいに予測して集まったファンの中でも、バンドメンバーのファンたちが歓声をあげる。

 それだけじゃない。


「あ、あれって女性誌で下着姿だした子じゃね?」

「どんな覚え方!」


 さっきのカップルのお兄さんがでれっとした顔で見つめる先に、キラリちゃんがいた。

 踊ってる。きれきれのダンスを披露するふたりの男の子と一緒に。


『肩をぶつけて……だめだね。きみのほっぺたつつきたい』


 いつもよりずっとくだけた歌詞にあわせて、大型車両で踊っている人たちがお互いの頬をつつきあう。


『許せない――……自分より幸せ野郎、ちょっとむかつく?』


 キラリちゃんが爽やかなお兄さんと抱き合って、野性味のあるお兄さんがむすっとした顔で睨みつける。


『怒りぶつけて……それじゃ、僕はずっとひとりぼっち』


 しょぼんと肩を落としたお兄さんに駆け寄るふたり。肘を取るの。


『うつむくたびに黒いスクリーンに浮かぶ顔なら』


 ふたりが左右から顔を擦り付け合って、うざったそうに……でも仕方なさそうに笑っちゃう。


『誰かと一緒に笑わせたい。それって難しいこと?』


 三人が腕を外して身構える。

 車両にいるバンドメンバーが演奏を一瞬止めた、サイレント。

 次の瞬間、弾けてサビへ。


『きみを笑わせたいだけ。いつだって』


 飛んだ。


『いつもみえなくなる。それって最悪? 言うのは簡単』


 まわってステップ刻んで、そのたびに手を合わせて拍手する。


『きみを笑わせたいだけ。いつだって』


 みんなが笑顔で踊って示してくる。私たちを……私たちの顔を。


『いつもわすれちゃう。だれより僕らの、へこたれ顔をね――……だから』


 向けられるのは――……願われるのは。


『スクリーンの僕よ。笑えばちょっと、福来たる』


 ささやかなこと。


『ひとりで無理なら僕がくすぐるよ――……それっ!』


 そう言った次の瞬間、ずらずらずらっと私たちの前に制服姿の人たちが集まってきたの。

 サイリウムを手にしている。青信号なのに思わず立ち止まって壁になっちゃっている私たちに気づかせるようにぶんぶん振っていた。

 とびきり輝くサイリウムを手にしている女の子――……こないだ解散騒動があったアイドルグループをまとめた人だ――……がメガホンを手に言うの。


「移動したい方-! パフォーマンスは一度かぎり、みなさんの移動も信号一度かぎりにしたいです! 見たい人は赤のサイリウムのブロックに集まってくださーい! 絶好のロケーション、撮影オッケー! ばんばん撮ってね! そして場所を取ってね!」


 声がけをして交通整備をするように分けていく。気がついてみると、集団の中に大勢集まっていた。笛と呼びかけで緩やかに動いて、うねりを持って道が作られていく。

 二番目が始まって、だけど曲の合間にお姉さんがきりきり整備していく。嘘みたいに……奇跡みたいに、まるで名うての策士が命じて従う兵隊たちのように、ただ集まっている人たちが分かれていく。そうして、サイリウムの色に従ってそれぞれが青信号で移動する。撮影したがって足を止めたがる人がいても、車が通るから危ないぞと追い立てるんじゃなく、笛の音色を曲に合わせて鳴らして、かけ声をあげて急かす。

 士道誠心は警察に連なる学校というのを思いだした。なら、お姉さんは交通整備係? それだけじゃ留まらない。騒然としそうな場をなんとか取りまとめる大事な歯車。あのお姉さんがいなきゃ破綻する。だからって魔法みたいだった。

 あのお姉さんもまた、春灯ちゃんのように強さを手にしているのかもしれない。胸を張るだけの何かを心に宿しているのかもしれない。だから――……とびきり綺麗に見えた。

 気がついたら曲が終わっていた。キラリちゃんが人差し指を空に向けて掲げていた。お星様が指先に浮かんでいる。それを――……青信号。歩行者が歩いているスクランブル交差点の中心に向けた。

 何かが飛んで、星を掴んだの。


「お騒がせしています! 青澄春灯です!」


 春灯ちゃんだった!

 足の下に金色の光をやまほど放って浮かんでいた。シングルタイトルになっている曲が流れる。春灯ちゃんが駆けてくる。私たちのいるJR駅側の大型車両に。

 歩いている人たちが思わず足を止めてスマホを向ける。そりゃあそうだよね。普段はスマホ越し、テレビ越しじゃないと見れない人が空を駆けているんだから。

 私だって必死にスマホを向けたよ。呼びかけたい気持ちをぐっと堪えて見つめる。春灯ちゃんはキラリちゃんに抱き留められて、すうっと息を吸いこんだ。


「歌うよ、金光星――……!」


 キラリちゃんと並ぶ。


「――……天使が星を運んできたの」


 見つめあって――……切ない顔をした。ふたりで。


「受け止める勇気が僕にはなかった。暗闇に心よせて傷つける――……さよならだけを連れてくる」


 メロディを繰り返す。


「嫌いだった、みんなのこと。そんな自分がなによりみじめで汚くて。明るみに心みせて涙する――……かなしさだけを感じてる」


 切々と訴えるのは――……ツバキちゃんの分析に従い現われる、春灯ちゃんの人生すべて。


「愛してる、たった一言で――……きみと一緒に笑えたのに」


 切々と訴えるような……すべてをこめて歌い上げられる、メッセージ。


「お願い金色、光って星を届けて」


 サビのそれは、きっと春灯ちゃんが宿したすべての願いと祈りの言葉。


「きみが好きだよって叫びたい心、僕らに教えて」


 明るいポップなメロディーは、サビに入って悲しさと切なさへ。


「お願い金色、光って星を捧げて。ひとりぼっちな僕らの手を繋ぐ――……魔法をください」


 手を伸ばされる。思わず伸ばし返した。私のそばに集まっていた、ほかのファンの子たちも。

 それを見て春灯ちゃんが蕩ける笑みを見せたの。すごくどきっとした瞬間だった。


「ひとりにしないよ。きみも、僕も」


 心を繋ぐように握手をするジェスチャーを見せてくれた。


「ひとりにしないよ。離さないから――……」


 メロディが終わる。一番が終わる。春灯ちゃんが金色を放って別の車両へ。向かう間に誘導するお姉さんのそばにいって抱きついたり、赤いサイリウムを振って誘導している女の子と一緒にみんなを誘導したり――……撮影に夢中になってぶつかりそうな人の手を引いたりして、別の車両へ。遠ざかっちゃう。

 そばにいきたい。けど赤信号。いけない。考えろ。車は四箇所にいる。なら春灯ちゃん、もっと移動するはず。

 必死に考えて、それで思い当たった。二度目のゲリラライブは最後に大型スクリーンで告知した。きっと今日もやるはず。これだけ大がかりな仕掛けだもん。

 次の青信号で迷わずそばへ。気づいている人はまだいない。なら出来る限りそばにいきたい。


「子供の頃に夢を見たの。つらくて涙する誰かを助けるヒーロー」


 二番が始まった。青信号。走れ!


「英雄に憧れすぎて諦める。現実だけが否定する――……」


 必死に急ぐ。誘導する人たちに従いながら、求める。


「なれるよ、たった一言が――……僕を何かに変えてくれるのに」


 そばへ。ただただ、そばへ!


「お願い金色、光って星を届けて。僕は変われるって叫びたい心――……誰かに教えて」


 たどりついた。伝えたかった。叫びたかった。


「お願い金色、光って星を届けて。ひとりぼっちな僕らをまとめてね? 救ってください」


 すぐに移動しちゃう。予想通り、大型スクリーンから離れた位置へ。間違いない。ラストは大型スクリーンだ。

 必死に考える。みんなが撮影して、はしゃいで、春灯ちゃんを追いかけている。巻き込まれている。ライブに。ゲリラに。みんなの心が奪われている!

 熱狂の渦の中で、イメージした。最終的に一番前にもぐりこむなら、車両の前にいるスタッフさんと道の間にもぐりこむなら……赤信号間際にラストに飛び込んでいくか。それとも事前に待機するか。


「誰も言ってくれないよ。きみがすき、きみはだいじょうぶ……ひとりにしない、絶対に」


 どうする。どうする!


「なら僕が言い続けるよ。きみがすき、きみはだいじょうぶ。ひとりにしない、絶対に!」


 春灯ちゃんが飛んだ。迷うな、最高の位置へ駆けろ!

 人が追いかけるのに夢中になっている間に絶好の――……最高の位置へ! ついた! よし!


「お願い金色、光って星を届けて。きみのそばにいくって叫びたい心、歌って届けて」


 春灯ちゃんが手を振る。みんなが喝采をあげて手を振り返す。私も!


「お願い金色、光って星を届けて。ひとりぼっちでつながる絆、広がりますよう」


 指を突きつけて、いろんな子に手を振って笑顔を振りまいて――……。


「ひとりにしないよ、きみも、僕も」


 遠くで戸惑っている子に心を届けて。


「ひとりにしないよ、離さないから――……」


 突きつける指を、手を――……広げて浮かべた金色。きらきら光る、星のような輝き。

 曲が終わる。春灯ちゃんが笑って声を上げる。


「ありがとうございました! お騒がせしました! 青澄春灯、アリーナライブチケット発売中です! 先行分は販売終了、一般販売を開始予定です! CD抽選券もあります。金光星、どうぞよろしくお願いしますー!」


 わーって盛り上がる私たちにくすぐったそうにもう一度笑って。


「ありがとうございます……この時間、この場所で捉えたみなさんの奇跡を是非、呟きアプリでお知らせください。集めて奇跡に変えるからね? それじゃあご協力、ありがとうございました! 青澄春灯でした! ――……それじゃあいくよ?」


 春灯ちゃんが手のひらに金色を浮かべてみんなを見渡す。

 思わず手を伸ばした。春灯ちゃんと目が合う。笑って、金色を放ってくれた。

 みんなが伸ばす手を抜けて、私の手の中へ。思わず抱き締める。

 とびきり優しくてあたたかい熱。そっと溶けて、私の中に染み込んで消えていく――……。

 大型車両の蓋が閉まる。瞬く間に撤収していく。あのお姉さんがやってきた警察と協力して艶やかに誘導を続け、混乱を解消させていく。

 けれど私は動けなかった。これまでのすべてが報われるような、とびきり最高の瞬間だったから。

 だから――……私は一生忘れないだろう。

 青澄春灯が手にした強さ、その答えの意味を。


 ◆


 歌いきったよーっ!

 途中でマイクロバスに乗り換えて移動しているけど、もうだめ。

 頭が沸騰するくらい熱くて、思考がまわらない。記憶もおぼろげ。マドカが、キラリが……参加してくれたみんながリードしてくれて、なにより渋谷に集まる人たちのささやかな、だからこそとびきりとうとい協力のおかげでやっと成立したステージ。

 平野さんが手配したスタッフさんが車の中で声を上げた。


「届きました! いま出します……それ!」


 私やトシさんたち、ツバキちゃんはもちろん、キラリやマドカがいる。

 みんなが見つめる中、スタッフさんが掲げた端末に映し出されるの。


『歌うよ、金光星!』


 キラリや羽村くんたちをバックに私が歌い出す。

 切り貼りの映像すべてに、アカウントがちっちゃくのる。私を撮影してくれたみんなの呟き画像や動画を集めて作った今回だけのプロモーションビデオだ。

 私の歌を、みんなが自分の目線で映し出した――……切り取った瞬間の集まり。

 空を歩く私も。ダンサーチームとくっついて笑ったり、トシさんと背中あわせでのりのりだったり、立ち止まっちゃってぶつかりそうな人の手を引っぱったり。

 渋谷で全身全霊をこめて歌った私のすべてがそこに表現されていた。ただ、みんなが撮った画像や動画の集合体でしかない。なのにそれが特別なんだ。

 マドカと肩を寄せて、サイリウムを手にみんなを誘導する茨ちゃんと声を張り上げてみたり。

 自由に遊んでいるようにしか見えない私は幸せいっぱいで。私と一緒に写る誰かも幸せそうで。まるで私が最後に移動する場所がわかっていたかのようについてきた理華ちゃんに、曲の終わりにそっと金色を注いで――……車の荷台があがって終わる。

 金色を受けとって幸せそうに涙を流す理華ちゃん――……その手の輝きがそっと溶けて消えて、終わり。

 平野さんが私たちを見てくる。

 最初に高城さんが口を開いた。


「春灯……感想は?」

「……そうだなあ」


 いつもならすぐに迷わず答えるところだけど、敢えてためてみんなを見渡す。

 どきどきした顔。期待する顔。不安な顔。楽しみな顔。色とりどり。でも答えならきっと、みんな一緒に違いない。


「最高です!」

「よし、配信サイトにアップ! すぐにいけるかな?」

「既に準備はできています――……配信、開始されました!」


 ふっふー。実はこれ、私の発案なんだよね。

 呟きアプリでハッシュタグつけて「このハッシュタグで画像か動画をのっけてくれたら、呟きアカウントをセットで公式PVに使っちゃうよ」っていうの。

 もちろん私やスタッフさんは問題なくても、一緒に一般の人がうつっちゃったら問題ある。だから写真の選定は難しいけれど……だからこそ、私は空を駆けた。目線が上なら、基本的に誰かがうつったりせずに済む。すごく実用的だと思うのです。

 すぐにアップされたよ。


「――……よし、拡散し始めている。いいぞ……いいぞ!」


 急いでスマホを出して確認した。

 動画配信サイトで配信、それを私の呟きアプリのアカウントで告知する。

 瞬く間に数が増えていく。手を離れた。あの瞬間に起きた奇跡のすべてが形になって、みんなのものに変わっていく。

 すぐにやまほどリプライが来た。案の定、予想通り……渋谷で立ち往生したとか迷惑を考えろとか、そういうメッセージもあるけど。それよりずっと、怒濤のようにその場にいたことを喜ぶメッセージが増えていく。チケットを買うとか、配信曲を買うとか、そういう声も。


「ネットニュース出ました!」

「配信のカウント、やばい勢いで増えてます!」


 同乗しているスタッフさんたちが歓声をあげる中、私はスマホを見る手を下ろして、息を吐き出した。

 魂が抜け出ていくような錯覚。張り詰めていたものすべてが抜け落ちそうで……気を失いそうな酩酊感に襲われたとき、高城さんに手を握られたの。


「――……」


 呼ばれているけど、声が頭に入ってこない。聞こえない。ちっとも。

 間近に顔が近づいてきて、


「春灯!」


 怒鳴られてやっと、はっとした。


「あ……す、すみません。安心したら気が抜けて。っていうか、安心しても大丈夫です?」

「ああ――……混乱はゼロじゃなかったけど、けが人などはなし。勢い出てるから、心配いらないだろう。つまり」

「……つまり?」

「大成功だ!」


 そういって引っ張り上げられたの。よろけて、崩れ落ちそうになって――……キラリとマドカに抱き留められた。ふたりともほっぺたが火照っている。

 なにかを言おうとした。けれど言葉がでてこなかった。私は自分が思っているよりずっとずっと緊張していたみたいだ。尻尾の感覚さえない。

 キラリもマドカも同じみたい。なにも言わないで、私を見つめてくる。だから、声を上げるなら別の誰かでしかあり得なかったし、こういう機会になれている人に違いない。

 高城さんが咳払いをしたよ。


「帝都の取材がきてる。さあ、下りて」

「えっ」


 予想してない言葉に促されてロケバスを下りるとね?

 帝都テレビの駐車場なの! 待ち構えていたの。スタッフさんたちが!

 ネット配信のスタッフよりも大勢の人が機材を手にしてやってきた。マイクを握っているのは、まさかの鹿取さんだ。


「青澄春灯さん! そして天使キラリさんと山吹マドカさんですね?」


 続いてでてきたキラリとマドカが迷わず私の背中を押す。

 ず、ずるい! 急にこんな振りされたからって、私に任せるのはひどいのでは!


「は、はい。そうですけど……」

「現在生放送でお届けしています、新番組の振りをお願いします!」

「へ!? え!? えっ、えっ」


 カンペを出された。目を細めて読んで、正気? って問いかけるように鹿取さんを見たら目がマジだった。言うしかないのか。ええい!


「金光星チャンネル! このあと十九時より放送!」


 はい、おっけーです! と言われるんだけど。なにがなにやら!

 きょどる私に高城さんが笑顔で仰いました。


「これから帝都さんで、かねてより用意していた番組の放送だよ」


 膝から崩れ落ちそうになったよね。っていうか崩れ落ちたよ。


「な、な、な、な?」


 おっけーです、と言われたからには宣伝いってるかなにかしてると思いきや、鹿取さんが見覚えのあるプラカードを見せるの。

 ドッキリ大成功! ってやつ。


「え……え!? ど、ど、どういうことです?」


 てんぱる私の横で、キラリもマドカもなぜかどや顔。


「え!? 待って!? え!? じゃあ、番組やらないんです?」

「「 やるよ 」」


 ふたりでハモるのずるいよ!


「四月から放送予定の金光星チャンネル先行特別番組、駆け足スペシャルを19時より放送します! ドッキリは、今日やるっていうサプライズでした!」


 なっ、なっ、なんてこった! たしかに帝都で番組やるって聞いていたけど、忘れてたよ! すっかり! そういえば打ち合わせないなあって思ってたよ! でもまさかこんな形でやるなんて! いかにもテレビ的すぎませんか!?


「さあ急いで移動してください!」


 鹿取さんに促されたけど、あまりのサプライズに腰が抜けて立てないよ!

 キラリとマドカに腕を取られて立たせてもらうんだけど。


「きょ、今日このあとって、深夜の音楽番組の収録があるだけなのでは!?」

「それはこの収録が終わってからね」


 高城さんがしれっと答える。けど待って。待ってくだしい!


「収録したら、おうちに帰ってのんびりモードだったはずでは!?」

「なにいってるの。二時間スペシャルだろ。きばっていくぞ!」

「むしろ私的にはここから本番だね!」


 ふたりはやる気だ! ずるい! 知ってたんだね! おのれ……!


「仕事が増えてるのん……っ! お願いです、お休みをぉおおおおお――……!」


 抗議の声は受け入れてもらえず、私は局にドナドナされていくのでした。

 もう一度言う。

 なんてこった!




 つづく!

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