第四百七十話
夜空を浮かんで流れ星に願いをした夢を見たの。なにもかもがうまくいきますようにってお願いしたよ。
誰かが呼んでいる気がして朝、目を覚ました。着信を告げるスマホを手に取る。
通話状態にして耳に当てた。
「――……もひもひ」
『春灯。撮影隊からメイクさんたちまで、既についているんだけど。やっと起きてくれてよかったよ』
「うっぷす!」
お怒りモードの高城さんの声に一瞬で覚醒したよね。
あと、なんでだろう。通話越しっていうだけじゃなく、わりとすぐそばから声が聞こえるのは。
『寮母さんに許可をいただいて扉の前にいるんだけど。扉を開けられる?』
見おろした。素っ裸なう。カナタも素っ裸。爆睡中で起きる気配がない。
ベッドはあまあまの名残がするし、匂いもやばめ。脱ぎ散らかした服、てんこもりな洗濯籠。一つとしてオッケーだせる要素がない。
血の気が引いたけど、言わないと。
「ごごごご、五分、いや! 十分はくだしい!」
『じゃあ待ってるよ』
ぷち、と通話が切れるけど、扉の向こう側からため息を吐いてそばにいる人たちに説明する高城さんの声が聞こえる! だだだだだ、大ピンチだよ!
「カナタ! カナタ起きて!」
ゆさゆさ揺さぶるんだけど。
「――……ぐう」
だめっぽい。ええい、仕方ない。
獣耳の中にそっと指を入れて、敏感なところを爪でかりっと擦る。
「ふは!?」
ぶるっと震えてカナタが目を開けた。それから信じられないものを見るような顔をして私を見て、まばたき多めにしたの。
「な、なんだ……いったい」
「扉の向こうに高城さん。中に入れてって。残り時間九分三十秒ちょい」
「――……一大事だな」
すぐに我に返って乗ってくれるカナタ大好き!
ふたりでどったんばったん大騒ぎしながらお部屋を片付けて服を着て換気をして空気洗浄したよね。朝から汗だく状態で扉を開けたら、渋い顔をした高城さんが私に一言。
「お風呂はいってきなさい」
「……はい」
大浴場に行こうと思ったら二の腕を取られたよね。そしてユニットバスに入れられちゃいました。解せない……。
ヘアメイクさんまでもが入ってきたのはもっと解せない。
「髪は私がやるから、身体を流しちゃってね」
「は、はい」
女子同士で気を遣っている暇もないか。
ぱっと脱いでシャワーを浴びる。身体を特別な日用のソープで洗って流して、ヘアメイクさんに髪をお願いしたの。いつも使っているのよりもさらに極上なシャンプーと天使の指先テクで蕩かされちゃいました。なんて贅沢な朝なんだろう。
渡されたバスタオルで身体を拭いたら、フレグランスを使われたの。扉越しに衣装さんから下着を渡されて装着。下着姿でお部屋に出たよ。カメラさんたちもばっちりいるんだけど、忙しすぎてそれどころじゃなかった。それに簡易の間仕切りを作ってくれたから、激写されたわけでもない。
メイクさんとヘアメイクさんが、ふたりがかりで私の髪と尻尾を綺麗に整えてくれた。衣装に着替える。その間中ずっと、カメラと高城さんはカナタと話していたの。まるでインタビューするかのようなノリ。っていうかむしろ、まんまインタビューなのかも。
考えている暇はなかったけどね。メイクさんが私のメイクをしてくれて、完全武装するのに忙しくて。
「準備できました」
「春灯ちゃん、入ります」
メイクさんとヘアメイクさんがどや顔で私を間仕切りの向こう側、お部屋に入れるの。
カメラとマイクさんがこちらに機材を向ける。ライトも。
「青澄春灯さん。こちらはアリーナのライブ用動画、またその販促映像に利用します。それではインタビューいきます。こちらのカンペにお答えください」
ディレクターさんの言葉に頷いて、既に仕上がっている気持ちを引き出す。
最初のカンペが出された。
『今日は渋谷で三度目のゲリラライブを行ないますね。いまのお気持ちは?』
「そうですね。見ての通り……ばっちり整えていただきましたから。あとはもう、全力でやります。だってほら、多くの人が私のために力を注いでくれていますから。その気持ちの分まで輝くだけです」
『打ち合わせではゲリラライブへの不安をこぼしていたと伺いましたが?』
「場所が場所ですからね。混乱させてしまうと、即座に集まっていらっしゃるすべての方にご迷惑をお掛けしてしまいます。その不安は常にあります」
『渋谷のゲリラライブはこれで最後、ということですか?』
思わず高城さんを見た。笑って頷いてくる。任せるっていうことかな。だったら――……。
「いつだってこれが最初で最後のつもりで臨んでいます。先のことを決めるのは私じゃない。どうしたいかでいったら……今回のライブの成功するかどうか。それ次第です」
『本日発売の楽曲に対しての思いは』
「お部屋で話すのもなんだか不思議ですけど。そうですね……私のこの一年の集大成と言っても過言ではないので、特別なものです」
『最後に、アリーナに向けて抱負をどうぞ』
「まだ想像さえできません。大舞台で、お客さんがどこまで入ってくれるのか……どんな景色が見えるのか。楽しみだし、それよりもっとずっと不安ですし……だけどやっぱり楽しみなんです――……成功したいですね」
『ありがとうございました』
「ありがとうございました!」
撮影が終わる。スタッフさんたちがVTRを確認している間に高城さんが近づいてきて言うの。
「本当なら士道誠心の修了式があるけど、朝から各地をまわるよ」
「なにをやるんでしたっけ?」
「渋谷CDショップ、新宿アルタ前の広場、池袋サンシャインシティ、川崎ラゾーナ、横浜CDショップを廻ってミニライブと握手会。そして夜には渋谷のゲリラライブだ」
「……目が回るほど忙しそうなのでは?」
「渋谷のゲリラライブは音楽番組に生中継。そのあとはスタジオに移動して深夜のCD特集番組の映像を撮る」
「うへえ……」
「明日は大阪、明後日は北海道でイベントをやるよ。そして戻ってきたら、金曜日の夜に音楽の生放送番組に出演する」
「ええと――……私の冬休みは?」
「ないね。仕事山盛りだ。それにライブの準備を本格的に始める」
「……ううう」
「尻尾は窄めるんじゃなくて膨らませて。チケット販売だよ? このCDで抽選に挑戦できるし、今日の予約販売開始も……この通りだ」
みせてもらったの。ご報告メールには書いてあったよ。瞬殺だったって。
「一般販売もこの調子なら大丈夫だろう。CD分もいけそうだ。転売対策もするし……空席は作らないよ。なんとしても今日をやりきって勢いをつけよう」
「……うん」
頷いた。撮影スタッフがOKを出したから、みんなで移動を始める。
見送ってくれるカナタにハグ、願わくばキスしたかったけど……みんながそばにいるので難しい。だからせめて、手をぎゅっと握って言ったよ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
すぐに答えてメイクが崩れないように、手の甲に口づけてくれたの。
「帰ってきたら、この続きを」
「うん!」
抱きつきたい気持ちを手を握る気持ちに変えて届けて、またねって言って部屋を出た。
荷物を確認した。お泊まりセットとかちっとも用意できてない。けどまあ、なんとかなるよね。
さあ、やるぞう!
◆
トシさんたちがマイクロバスで寝てた。アイマスクをして。ナチュさんとカックンさんはイヤホンつけて何か聴いていたけど、トシさんはお酒とタバコの匂いを漂わせながらいびきを掻いていたの。あんまり豪快だったから、思わず写真撮っちゃったよね。
高城さんにアップしていいか聞いたけど、トシさんの許可がなきゃだめだってさ。まあ、そりゃそうだね。どうせだからナチュさんとカックンさんの写真を撮ろうとしたの。そしたら――……カックンさんだけ、私が近づくとアイマスクを外してアイドルスマイルを輝かせたよ。
「おはよ……今日はさらに輝いてるね」
ふわ……!
きらきらオーラがまぶしすぎる! アイドルの本気を見た気がします……!
「おいおい、だまって撮影っていうのはよくないなー。ほらほら。撮るなら一緒に!」
朝から本域で誘ってくれるのすごい。生粋のアイドル力……!
隣に座って笑顔を振りまいて自撮りしたよ。高城さんにもオッケーもらって呟いたの。
『朝だぞ-! ねむたいぞー! でも全力でいくぞー! 追伸。カックンさんは寝起きでこの笑顔! 常にアイドルだよ? すごい!』
呟きアプリだけじゃなく、写真アプリにも。
すぐにやまほど反応が返ってくる。今日行くよって反応もね。
でもこの勢いがそれぞれの会場の熱気につながるかはわからない。
不透明なことばかり。
一枚目のアルバムの売れ行きは好調だったよ? 配信も強い。けど昭和ほど爆発的にヒットするのは難しい世の中。どこまでいっても限界がのしかかる。
難しい時代にデビューしちゃったなあって思うの。出せば売れる、みんなが盛り上がっている、そんな時期だったらよかった。
けどね。そんなことを嘆いても始まらない。いまの世の中にだす意味を考えて、それを踏まえて仕掛けるだけ。いつだって、どんなときだって、いまと向きあうことから始まっていく。
へこたれないよ。元気出していくよ。なんなら……だって楽勝だよ? っていう顔を見せていくの。どんな苦境でもね。
だってほら。私が曲をお届けするのは昔の誰かじゃない。いま、私を知ってくれた誰かなんだから。
「いい顔してるね!」
にっと笑って言ってくれるカックンさんにどや顔で返したよ。せやろーって。
そうして――……考えたの。
夜のゲリラライブ。今日の締めくくりをどうやって仕掛けるか。もっとできることはないかな。
私が誰かに金色を放つのは……それは誰かを照らすだけだとしても、わけもわからず受けとるみんなにとっては不安を誘う行為かもしれない。ツバキちゃんや理華ちゃんみたいに好意的に受けとってくれるとは限らない。いつだって、自分のした行為を判定するのは、その行為に接する誰かなんだ。
マドカが提案した金色のうえを歩くのは、誰かを照らす行為とはまた違う。だからありだと思った。だから……今回の、不思議な力をなるべく使わないという条件に、誰かに向けてという条件付けをするだけで成立する。
けど、それだけでみんなを困らせずにやりきれるだろうか。
ナチュさんとツバキちゃんが誘導するかけ声を作ってくれた。私の移動のタイミングで、誘導役のみんながかけ声をあげながら移動してくれるという。
でも、それだけで足りるのかな。
もっともっと、みんなで繋がれる行為にできないかな。その気になってくれた人は楽しくて、そうじゃない人もいやじゃないこと。なんなら……むしろ参加したくなっちゃうようなこと。
――……考えて、考えて、でも思いつかなくてスライドしていた時だった。
リプライを見つけたの。
『一緒に写真とれるかな』『いや、握手会で写真とかやられても』『ほかのアーティストさんならオッケーだったよ?』
写真――……いまの時代、渋谷を歩く人ならだいたい持っている物。
スマホ……写真。きっと今日、ゲリラライブでやまほど撮られるだろう画像。
ふっと思い浮かんだ。
「高城さん、お願いがあるんです! 今夜のゲリラライブで――……」
考えを伝えたら、高城さんは腕を組んで考え込む。
そんなとき、後ろで寝ていたナチュさんがアイマスクを外してやってきて言うの。
「いいじゃん、それ。やろう。ついでに――……」
アイディアをくれた。みんなでやりとりをして……平野さんに伝達して、決まっていく。
事前にいろいろと作り込んでいくだけじゃない。限界までやっていく。
それって或いはたいへんすぎる、間違いだらけのことかもしれない。
でもやるの。今日のライブを成功させるために、どこまでだって。
――……まあ、突発的なのはできればせずに済んだ方がいいけどね! 現場のみんなが大変だからさ。それでもやれるかぎりをやるよ!
◆
ミニライブでは最前列センター、握手会には最初に並ぶの理華ちゃんなんだよね。
恐れ入るなあ。
ちなみにこれまでなら誰よりずっと最初にいたであろうツバキちゃんは、スタッフ側から私を見守ってくれてるよ。中等部の卒業式は先に終わっていたみたいで、一日空いているからって見守ってもらうのはくすぐったい。でもね。ナチュさんの厳命なんだってさ。
私の一日を見守ることで刺激を受けるだろうっていうの。たとえばこれがプロの作詞家さんならやらないんだろうけど、ツバキちゃんは成長中の駆け出しだから大事なんだって。
それはそれとして。
やってきてすぐにスタッフさんが預かったスマホでツーショットを撮って返す。すぐに、
「春灯ちゃん! 名前と場所、あとサインお願いします!」
幸せに満ちた顔ではきはきとお願いしてくる理華ちゃんは可愛い。
さらさらと書いて、いつもありがとうって書いたよ。そして握手したの。もう片手を添えて極上の顔をする理華ちゃんがね?
「ねえねえ。今日も渋谷でやるんですか?」
って聞いてきた。さすが、追いかけてくれる子だ。鋭い!
「それは……秘密」
「わかりました! 全力で追いますから!」
そっと手を離して「またあとで」って言っちゃうあの子は何か気になるものを持っている。
でも気にしている余裕はない。
トシさんたちに握手してもらって幸せそうにしている理華ちゃんから、次の人に視線を向ける。できるかぎり、みんなの顔を見つめる。サインをしながら二言三言話して握手して、次の人へ。
基本的にはみんな幸せそうな顔をして会いに来てくれるの。たまにね。たまに「ん?」って思うようなことを言ってくる人もいるけど、隣に立っているトシさんがすぐににらみを利かせるから、そんなに変な目にあうこともなく、順調に予定した時間を終えて、次の場所へ。
そうして全箇所を廻るよ。
贈り物もやまほどもらう。
高城さんたちが中身をチェックして渡してくれる。基本的にはありがたいものが多いけど、全部使えるわけでもないのが悩ましい。あと、きつねうどん好きを公言しているせいか、おうどんセットとかが多い。一年困らなそうです。
こんなに幸せでいいんだろうか。そう思いながらめまいのするような時間を過ごしていくの。
お昼は都内の街頭の弁当屋さんで買ったお弁当。あたっちゃ困るから生もの厳禁だってさ。なので茶色い弁当です。揚げ物ばかり。むしろ油にやられてしまうのでは? なんて思いはしたけど、それは後回し。がつんとくるカロリーを糧に挑むよ!
どこにいっても、かつてのツバキちゃんばりに追いかけてくれる理華ちゃんのスタミナハンパない。ひたすら感心しちゃうよ。
最後の横浜のお店をバスが離れた時だった。
「あのチビ、大ファンすぎるだろ」
トシさんが呆れたように言うの。
カックンさんは慣れているのか、肩を竦める。
「俺はそうは思いませんけど。トシさんのグループに、ああいう追っかけの子っていませんでした? むしろトシさんこそ慣れてそうですけど」
「いたけどな……握手のたびに春灯だけじゃなく俺らに違う質問してくるだろ? 春灯のファンってだけじゃない。なんか末恐ろしいチビだよ」
「そうですかねえ。調べれば行き当たる疑問ばかりでしたよ? なんで春灯ちゃんと一緒にやっているのかーとか。どういう風に活動していきたいですかーとか。可愛いものじゃないですか」
元アイドルが疑問を抱いている!
対して、ナチュさんはそうでもないみたい。
「インタビューじみてましたよね。好きな食べものなんですかとか、そういう質問じゃなかった」
「それだよ」
「えー。おんなじじゃないですか?」
「カックンはファンの熱度がすごいのに慣れてるから」
三人がそれぞれに思いを馳せていらっしゃる。
私? 私はスマホでみんなの呟きを探していたよ。
一緒に撮ったツーショットをアップして喜びを伝えてくれる子もいれば、たいしたことないって斜に構えている子もいるし、みんなそれぞれ自由に感想を呟いている。
曲の感想はねー……どれも概ね大好評! でもたまにめっちゃ長文であれこれ言っている人もいる。同じ反応ばかりじゃない。そんなの、感性は人それぞれなんだから当たり前。だから気になるのは前向きな反応の割合。
もしかしなくても、ファンじゃない人さえ取り込んで規模を広げちゃうのはもはや奇跡の所業なのかもしれない。数は力だよ、なんてお父さんが大好きなアニメで聞いたことはあるけど、人気のバロメーターとしてみるならたしかにそう。でも地球人類すべてとか、日本人すべてを染めることはできない。味方を作るとき、同時に敵を作る。その数がどこまで膨らむかでしかないのかも。
むつかしいなあ。むつかしい世界に飛び込んじゃったなあ。
「……売れなかったらどうしよう」
ぽつりと呟いたら、後ろで物思いに耽っていた三人が揃って笑ったよ。
「初出アルバム爆売れしたお前でも、そう思うのな」
「ていうか、毎回だすたびに思いますって。誰でもね」
「まあ、そうっすね。自分のやりたいことでいかに売れるかっていう商売ですからね」
それぞれの意見に苦笑いしていたら、最初に言葉を返してくれたトシさんが私に言うんだ。
「あのな。顔色窺うのはよせよ? お前がやりたいって全力で表現して、旗を振るんだ。それに呼応する奴を増やすためにがんばるのが、マーケティングとか、マネージメントの力だ。けどな、お前自身の輝きが弱かったら意味ねえの」
……私自身の、輝き。
「いかに売るかはナチュが考える。俺らもな。それに今日のイベントもなにもかも、すべてが販促につながってる」
「――……まあ、それでも不安っていうなら。高城さん、もう教えてもいいですか?」
「ああ、はい! 終わってからの予定でしたけど、春灯の気持ち作りの一助になるんであれば」
ナチュさんが割って入って高城さんが頷くの、なんだろう?
「次のシングル、木曜ゴールデンタイムのアニメの主題歌に決まってるよ」
「――……え、と?」
「子供向け番組に楽曲提供するんだ。認知度が一気に広まる」
いまいちぴんとこなかった。あまりに現実味がなさすぎて。
「え。アニメ? しかも木曜ゴールデンのアニメって……」
「ぷちモンっていうご長寿番組だね。主演の声優さんが歌うことが多いんだけど、光栄なことにお話をいただいた。だから次のテイストは三人でそれぞれ仮歌を作るけど、ツバキの歌詞でポップにやる予定さ。日曜朝の時間帯にやっているご長寿シリーズからも話を受けて、すでにやることが決まっているよ」
めまいが。めまいがしてきたよ!
「どどどど、どうしたら?」
「胸を張って。きみはいま勢いの中にいるんだ。この波を乗り切るんだ。なんならどでかいジャンプを決めてくれると嬉しいな」
頭がぐらぐら揺れる。
「……やっぱり早すぎたかな」
「あのなあ、ナチュ。そこのチビはプレッシャーに弱いからな。揺さぶりすぎだ」
「うーん……メンタルはもっと鍛えた方がいいか。橋本さんの番組でもっと無茶ぶりしてもらおうかな」
ま、待って。待ってくだしい!
「い、いきなりそんなに言われても!」
思わず席から立って後ろの三人を睨もうとしたんだけどね。
カックンさんがきらきらのアイドルスマイルで私をちょろきゅんさせてくるの。
「仕事があるって人生の幸福そのものだよね。ほらほら、笑って! そして考えてみて?」
「え……と?」
「子供たちがテレビの前で春灯ちゃんの歌を口ずさむんだ。それって、どんな気持ち?」
「どうって――……それは、だって……」
イメージする。私のおうちはテレビよく流すほうだった。
もちろん、私はお歌が好きだったから、アニメの時もドラマの時も、お歌の時間は一緒になって歌っていたよ。
それを……私の曲で、やってもらえる? それって、とても、その――……。
「にやけた」
「にやけたな」
「やっぱりにやけましたね」
ううっ。
「だ、だって、嬉しいじゃないですか! そんなの……」
「視聴率落ちてようがなんだろうが、日本中の誰もがもうテレビを見てないってわけじゃねえんだ。見てる家は見てる。次のシングルはネット配信もやってるからな……ファミリー層へのアピールになるし、海外勢も反応するだろうよ」
トシさんの返しに想像した。
私の歌がもっともっと広まる。それは嬉しい。だからこそ――……なるほど。
「私自身の輝きがないと、がっかりさせちゃう」
「そういうこった。ほら、わかったら気持ちを切りかえろ。そして想像しろ。お前は今日、握手をしにきてくれた連中をどうしたい?」
「――……笑顔になる元気をすこしでも渡せたらいいなって、そう思ったよ」
「なら、その気持ちを高めておけ」
俺は寝る、と言ってアイマスクをつけちゃうトシさんに続いて、カックンさんもアイマスクを装着。目まぐるしく移動してお疲れ気味でずっと寝ていたツバキちゃんにアイマスクをしてあげて、ナチュさんも眠りの体勢に。
次は……残すところは、もう。渋谷のゲリラライブだけ。
楽しんでもらえるように……最高のパフォーマンスを。それだけじゃきっと足りないから、みんなの衝動を引き起こせるような、素敵な何かを示したい。
意気込みのまま、マドカとキラリにメールを送った。
本番が待っている。バスはもう、目的地に近づいている――……。
運命の三度目は、もうすぐそばまでやってきているんだ――……。
つづく!




