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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四十章 渋谷をジャックだ、金光星!

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第四百六十九話

 



 お笑い芸人の西原さんと鹿取さんが座っている。

 収録はとても和やかに進行していたの。それもこれも、


「ところで青澄さん。去年の夏頃はある商店街で生き神さまのように扱われた、ということで……映像を用意してあります」

「待って。なんや、生き神? どういうこっちゃ」

「いかにも御利益がありそうだ、ということで……まずはご覧ください」


 西原さんのツッコミを華麗にスルーしてVTR振りをしちゃう鹿取さんのおかげだった。

 いつかのインタビューで私にきつく攻め込んできた姿はない。

 柔和な顔でびっくりするほど私のことをよく調べ上げて、私の意図しないところから私という人間を浮き彫りにしていくの。

 仕事の隙間とかにカメラが撮影にきたりしてたの。

 今流れているものも、今まで流れたものも……すべて、私が世間からみてどんな存在か。そして世間に私がどう向きあおうとしているか、というテーマで選ばれていた。

 打ち合わせで聞いていたの。ディレクターさんたちから、今回の資料は鹿取さんがかなりピックアップして用意してくれていたって。事前にみせてもらったけど、いつかのきつい攻撃的なところはすっかり抜けていた。それにどれも私らしさがわかりやすいものだったの。


『お狐ちゃんと握手してねー。いいよっていわれたから呟いてみたらどうだい? お客さんがすこし増えたじゃないか。いやあ、助かるねえ。うちの地域の守り神さまだね、ありゃあ』

『これこれ、見てよ。うちにお狐ちゃんが来てる動画』

『そう言ってみせてもらった動画には――……』


 商店街のおばちゃんおじちゃんが嬉しそうに私の話をして、スマホで撮った動画を見せる。

 ナレーターさんの声に続いて、映し出された動画にはね?

 私が買い物籠を手に暢気に注文して、動画を撮ったおじさんに話しかけて笑っているところが見える。その途中で駆けてきた子供たちに尻尾に抱きつかれて慌てたりして、でも好きにさせたり頭を撫でたりしているの。

 きゃっきゃとはしゃぐ私たちに人が集まってくる。そしたら自然とお店に足が向いて、おじちゃんが営業に。映像は終わる。すぐに次の映像が流れていく。おなじように街中で私がのんきに過ごして、いろんな人と話す場面。いつだって私は自然に振る舞っている。そりゃあそうだ。緋迎家にお世話になっている頃の私は毎日のご飯を楽しんで作っていた。それに関わる日常すべて、そう。

 映像が変わる。スタジオで歌っている私だ。バンドのメンバーと一緒に演奏して汗だく。なのに幸せ一杯の笑顔。リハがわりの練習の撮影だ。出てきた私は質問を元に答えていく。


『尻尾があるから……耳が生えたから、そりゃあ見た目は普通じゃないですけど。やってることは物心ついたころから変わらなくて。歌が好きでした。それに、ちょっと暴走しがちで』


 ツバキちゃん、と呼びかけた。黒の聖書とにらめっこをしているツバキちゃんの隣に腰掛けて紹介するの。私の大事な曲に歌詞をつけてくれる素敵な人ですって。

 嬉しそうに笑うツバキちゃんとふたりで話しあうの。

 どうしてこんな姿になったのか。どうして……この姿で歌うのか。なぜ……私が金色をだすのか。VTRが終わる。

 鹿取さんがまとめてくれて、CDの販促をして、西原さんが振って……私が締めて終わり。

 収録が終わって「お疲れさまでした」と言ってスタジオを出るんだけど――……そのまえに、私は「鹿取さん」と呼びかけて駆け寄った。


「お疲れさまです。あのう……今日はありがとうございました」

「あら。いいえ、こちらこそ。再起のきっかけになってもらったから、むしろ私がお礼を言う番」


 ……ほんとに、前の鹿取さんと同じ人?

 見た目が同じだけど中身が別っていう話はない?

 印象がずいぶん柔らかくなった。ぴっちりスーツときりっとメイクから、ゆったりカジュアルとやわらかメイクに切りかわっている。おかげで印象的なお乳が目に付くけど、けど気にしている様子はない。前の鹿取さんならむしろ隠したがるものという印象さえあるけどね。

 不思議だ。なにがこの人を変えたんだろう――……そう思って顔をじっと見ていて気づいた。肌つやがめっちゃいいの。


『恋じゃな。間違いない』


 た、タマちゃんってば! ……まあ、私もそう思うけど。


「どうかしたの?」

「ああ! い、いえ。今日はいろいろとお世話になりました。ありがとうございます」


 深々とお辞儀をして、顔を上げたらなぜかな。鹿取さんは痛みを堪えるような顔をして笑っていたよ。


「もう一度、人を知るところから始めようと思ったの。自分が抗いたい世界へとげとげしく向かっていくんじゃなくて……弱さと向きあうことからね」

「……え、と?」

「がんばってね。明日の発売、楽しみにしてる……配信版もCDも買うから」


 それじゃあね、と言って行っちゃった。残り香の香水はとても品のいいもの。かすかに香る香料は鼻の利く私にはかなり強く感じるけど、華やかな仕事の世界で麻痺しがちだからむしろ上品に感じるし……それに気のせいじゃなければ、ずっと僅かな香りだった。

 ぼうっと見送っていたら、高城さんが来たの。スタッフさんたちにご挨拶をして、西原さんの楽屋にご挨拶に行ったよ。そしてその足で駐車場へ。

 車に乗って別の局に向かう。音楽番組の収録があるからだ。既に到着していたトシさんたちと合流して、衣装に着替えて歌う。次はカックンさんの後輩アイドルグループがやっている音楽番組にツバキちゃんとふたりで出演して楽曲作りについて話す――……というより一緒に出演した音楽家さんたちのお話を聞いて勉強する。即興で歌ってくれって言われて、メロディーを作って……それでツバキちゃんが作った歌詞、音楽家さんたちの演奏をベースに一夜限りの歌を歌う。

 なんとか乗り切った! と思ったら、今度はリハのためにおさえた会場へ。といってもうちの学校のグラウンドだったりするんだけどね。

 たどりついた頃にはすっかり夜になっていた。ライトを浴びたグラウンドに停まった大型車両には、スピーカーで流される私の歌に合わせて踊るダンスチームがいたの。

 キラリは仕事を終えて私より先に到着していたよ。羽村くんと木崎くんと三人で踊っていた。ふたりの男の子は涼しげな表情だけど、キラリは汗だくだった。だけど……輝いていた。

 高城さんに「動ける格好に着替えてすぐに合流を」と背中を押されたから、駆け出す。

 寮に戻って着替えて、グラウンドへ。

 きびきび働くライブスタッフさんたちにグラウンドの中心に案内されて、マイクを手にご挨拶をしたよ。


「みなさん、明日のためにご協力いただき、誠にありがとうございます! 精一杯努めてまいりますので、みんなで最高の一日にしましょう! よろしくお願いしますー!」


 拍手が鳴り響く。照れくさいけど、とにかく平野さんにマイクを委ねる。

 リハを重ねている間にも、一年生や二年生のみならず、学校のご近所さんたちが何事かなとばかりに見学に来ていたよ。おかげで「撮影はご遠慮願います-!」ってスタッフさんが呼びかけている場面もちらほら。

 青信号になってみんなが歩く交差点をイメージするためにご協力をお願いして、実際にやってみたんだけど……まあ想像以上に無理だよね! 人の通り抜ける間を私が行くのは当初の予定通り、明らかに不可能でした。

 平野さんはスタッフを当日配置して、私の移動をカバーしようと考えていたみたい。もちろん実際にやってみたけど、渋谷のスクランブル交差点のイメージで歩いてと言われたみなさんの邪魔にしかならなかった。そりゃあそうだよね。

 信号のタイミングとかもあるし、まず無理だって話題になっていたところで収録を終えたマドカが駆けつけたの。問題を把握したマドカは開口一番、


「ハルなら空を歩けば済むんじゃない?」


 ってさ。盲点だったよね!!!! 現世で試したことってあったっけ? そんなにないよね。

 そこで試してみたよ、金色を出して空を歩くの。

 見ている人が歓声を上げる中、中心点へ。マドカに背中を叩かれて我に返った平野さんが開始を告げる。三十秒経過として、私は車両へ。スタッフさんの合図で大勢が歩きだす。その上を、私は金色を出して駆けていくの。

 見上げる人たちは大勢足を止めて私を見ちゃう。スカートだから丸見えだし、それ以前に人が集まる道で大勢が立ち止まるのは危険。だからこそ、


『青澄春灯は駆けています! 青信号だからね。みなさんも立ち止まらないでください!』


 マドカがメガホンを手に呼びかける。それだけじゃない。ライブスタッフさんたちが歩行者の中に入って進めと煽る。我に返った人たちから徐々に進み始める。

 なんとか通しでやり終えたけれど、やっぱり私が頭上を進むたびに足を止めちゃう。それはどう考えたって時間にかぎりのある歩行者信号を思えば危険そのものだ。

 平野さんが腕を組む。

 いっそ私は中央、ずっと金色をだして空をステージに歌うべきかなって提案しようと思ったら、私より先にナチュさんが声を掛けたの。


「いいかな! ツバキ、こっちへ」


 そばでみていて何か思いついたことがあるのだろう。ナチュさんはツバキちゃんを手招きした。そして背中を叩く。


「移動中の煽り、歌詞は作れる?」

「え、えと……きゅ、急に?」

「メロディーは用意する。スタッフが歌いながら率先して移動するんだ。マーチングの要領でね」


 ナチュさんの言葉に平野さんが指を鳴らした。


「なるほどつまり、交差点に集まった人たちを巻き込むんですか」

「その通り。一緒にやったら楽しい、なんなら自撮りしたり配信したらあがるイベントに変えちゃうんだ。ただ見ているだけじゃない、参加するゲリラライブだよ」

「ジャックするっていうなら、そこまでやる、か……だとして、できますか?」

「マドカちゃん、スタッフ、あとは……そうだなあ。エキストラがもっと欲しいな。明日時間がある学生さんとかいない?」


 周囲に集まる見学を続けている人たちも含めて、みんなをナチュさんが見渡しはじめてすぐにマドカがメガホンを使う。


「はーい。明日は暇していて、渋谷で協力してくれる人ーっ!」


 ノリのいい人たちが率先して手を挙げる。茨ちゃんなんかは特にしゅばっと手を挙げていましたよ!


「こちらに集合してください! おいでー!」


 マドカがぶんぶん手を振るところに人が集まってくる。士道誠心の生徒だけじゃない。街の人もけっこういたよ。

 ナチュさんと平野さんが打ち合わせをしながら、マドカと三人で集まってくれた人にお願いをするの。途中で抜けたナチュさんはツバキちゃんとふたりで即興で煽りを用意した。

 私の移動回数を制限する。四回だ。

 頭から一番に入るとき。一番のBメロからサビに入るとき。二番も同じタイミング。そしてラスト歌ってから。

 信号のタイミングもろもろ調べてあるんだけど、渋谷の当日の人たちがどんなか読み切れない。だからあくまで予定は目標として、歩行者信号が青になった時に移動することになった。臨機応変さが大事。そのために平野さんはマドカにいろいろと見ている人に気づかれない合い言葉を伝えている。

 当日は街頭スクリーンにシングル発売とアリーナのチケット販売っていう告知を出して撤収するんだってさ。そのためにもあれこれ手配しているみたいだけど、それにしたって突貫気味。だけど作り込まれていっちゃうのは、さすがプロって感じです。

 最後に通しでリハーサルをやったの。即興だけど曲を作ったナチュさんとツバキちゃんが作った煽りを受けて、歩く役目だった人たちもつられて動いちゃう。

 見ていたナチュさんとカックンさんが平野さんと話し込んでいるけれど、ともあれ。


「今日はこれにて終了です! 明日はよろしくお願いします! 明日ご協力いただける方はスタッフまでお名前とご連絡先を伝えてお帰りください!」

「SNSなどで今日のことを広めないように、どうかお気をつけください!」


 平野さんがスタッフさんたちと一緒に集まってくれたみんなをまとめていく。

 高城さんにリードされてみなさんにご挨拶を済ませた私は、お別れして寮に戻ったよ。

 汗だくだー……。

 ほかほかですが匂いそうなので、お部屋に顔を出した。カナタはまだ帰っていなかったので、さっさと着替えを出してタオルを手に大浴場へ。

 さっぱりしてからお部屋に戻ると、カナタが帰っていたの。ソファに座っていたよ。


「おかえりー?」

「ああ……うん」


 ……あれ?

 今朝はご機嫌だったのに、どうしたんだろう。

 ゆううつそうな顔して台本をにらんでいたよ。

 その表紙は映画とは違うものだった。見覚えがないの。なんだろう、と思って背中にひっついて覗き込む。


「……ヴァンプ・サマー・クラッシュ?」

「劇団ブラーボ超特急っていうのを、俺がいまやっている映画の監督さんは率いていて。いまのりにのってる役者をゲストに大きな公演を企画しているみたいなんだ」

「……ふうん?」

「俺もコナもラビも、三人そろって誘われた」


 ――……コナ?

 あれ? カナタ、コナちゃん先輩のこと名前で呼んでたっけ?

 私の疑問に気づかず、カナタは渋い顔で台本をぺらぺらとめくっている。


「主演は監督のテレビでよく起用されている役者さんだ。三十路の油の乗った人たちの相手役を俺たちでやる。ちょい役ならまだしも、結構出番が多い敵役なんだよな……」


 さっそくプレッシャーに押しつぶされそうになってるよ!

 でもでも、なにか説明し忘れていませんか? 私に言うべきこと、ないですか?

 隣に腰掛けて見つめていたら、台本を閉じて深いため息をついたカナタは言うの。


「明日、ゲリラライブなのにお前はいつも通りなんだな。プレッシャーの乗りこえ方はお前のほうが上手そうだ」

「あー……」


 笑顔を取り繕って頷いて、カナタの腕をぎゅって抱いた。それだけじゃ足りないから、お膝のうえに足をのせて横から顔を見る。

 気づいてないんだろうなあ。


「そうだなあ。カナタの集中力って高いでしょ? 高い分、がんばりすぎちゃうよね。だから身構えちゃうし、失敗したらどうしようとか、大変だよーもうやだよーってなっちゃうんじゃないかなあ」


 台本を持つ手に私の手を添えて、笑ったの。


「新しい仕事、どんなかな。乗りこえたらどんな風になるかな? 成長したらどんな自分になれるかなって……前向きに考えたほうが、楽しいし。自分の抱えるものを重たくするのか、軽くするのか……それとも自分が背負える重さにするのかどうかは、カナタ次第じゃない?」


 肩に顔を寄せて、じっと見つめる。


「期待を大事にして、求められている以上のことをしようとする。がんばりが認められたと思って、しっかりやってくればいいよ」

「――……こんなつもりじゃなかったんだけどな」

「そんなに不安?」

「遠回しに大根役者って言われたし、俺自身も否定できない。橋本さんは、誰しもここから始めるんだよって言ってくれたが……潮監督は台本を俺に渡して言ったんだ。俺が鍛えるから覚悟しろって」


 深い深いため息。


「重いよ……いろいろ」

「ミツハ先輩の次は、監督さんかあ。ミツヨちゃんもお姉ちゃんも……私も?」

「みんなの願いを叶えられるほど、俺はまだ強くない……」


 だいぶ重傷なのかもしれない。あまあまはその場しのぎでしかないのかも。

 そうだなあ……。

 私もだけど……ううん、私だからこそ、カナタの自信のなさがよくわかっちゃう。

 どちらかといえば私だって自信はないほうだ。なんなら常にないほうだよ。

 でもね。みんながいるから大丈夫だって思えたり……マドカやキラリのおかげで頑張れるようになった。だから次に励ますのは、私の番だ。

 いろいろ浮かぶ。けど、もっとストレートに伝えたいから「貸して?」とお願いして、台本を借りたの。ぱらぱらとめくって読んでみる。

 刑事ものの切れ者とか、イケメンだらけのパラダイスで王子さまみたいなお金持ちの役をやった三十路の長身俳優さん演じる吸血鬼討伐者と明坂ミコさん演じる吸血鬼というデコボココンビが、何かにつけてサイコパスな役を演じることの多い油の乗った役者さん演じる真夏の腐ったゾンビ吸血鬼たちと戦う舞台だ。カナタはラビ先輩、コナちゃん先輩と一緒にゾンビ吸血鬼になって、たびたび主人公とヒロインの前にあらわれては切った張ったをやって、たまにボケツッコミをやるという役柄。

 ラビ先輩とコナちゃん先輩がいるから大丈夫だよっていう手はきっと、同じ状況下だった映画でも立派にプレッシャーに押しつぶされそうになっていたので通用しないだろう。

 カナタは繊細だなあ。私よりずっと。だから刀鍛冶としても能力があるのかも。

 んー。カナタには士道誠心の突きぬけたばかっぽさみたいなのがないよなーって思うことはよくあるけど、それがあれば笑って乗り切れちゃうかもしれない。

 でも今はない。となると、お笑いシーンはとくにハードルが高いかもしれない。

 監督さん、やるなあ。カナタのことを本気で鍛える気かも。そしてそれがわかっているから、カナタはへこたれモードなのかも!

 よっしゃあやるぞ! っていうタイプじゃないもんね。

 んー……。


「お芝居、嫌い?」

「……どちらかといえば、好きだ。俺の撮影分は撮り終わって……いまはスタッフと関係者のみの試写会が待ち遠しい」

「――……だめじゃないか不安だから?」

「正直な」


 ああもう! また暗くなっちゃった! どっちかっていえばネガティブだもんね。


「もしかしたら最高の出来かもしれないじゃない?」

「……原作物は叩かれやすいっていうだろ? 俺の人生は燃えて灰になるかもしれない」


 いま!? いまそれいうの!?

 ナイーブ! カナタほんとナイーブ!

 でも気になっちゃってしょうがない人に「そんなこと言ってもしょうがないよ」って正論を言っても意味なんてない。だって気になっちゃってるんだもん。


「なにが起きても私がそばにいるし、世界中のみんながカナタを叩いても私は味方だよ?」

「――……だから、だいじょうぶ、か」

「……ん。それに、自分自身をお助けしてあげなきゃ。どんどんつらくなっちゃうよ」


 なんて言っても、へこたれモード状態は変わらないからなあ。

 項垂れる角度が増しちゃうから、ふっと浮かんじゃった。


「ほら、顔を下ろすんならこっち」


 そっとカナタの頭をお乳に引きよせる。

 呟きアプリで前に見たことがあるよ。ケンカしていても、どんなに落ち込んでも、男の人にこれは効果覿面だって!

 案の定、カナタは深呼吸をしてから、私の背中に手を回してぎゅっと抱いてきたの。


「昨日といい今日といい、俺はお前に甘えすぎだろ……俺はもっと」

「もっとかっこよく先輩としてリードするんだ? なにいってるの、人生の長い目で見たら一歳差なんて可愛いものなんだよ? それに」


 後頭部をぽふぽふしながら言うの。


「いいところとも、悪いところとも付き合うの。あなたがつらいとき、私は励ますし。あなたがうれしいときは、一緒になって喜ぶの。だからね?」


 深呼吸をする。カナタが一日がんばってきた匂いがする――……。


「甘えたいときは甘えてくれればいいの。私だって同じようにするし……いつだってあなたは私を受け止めてくれた。私だって……カナタをちゃんと受け止めるから」

「――……うん」


 きゅ、と背中の布地が引っぱられる。

 癒やしのタイミングに私のお乳が役に立つのなら、いくらでも役に立つといい。

 と――……思ったら、そっと押し倒されたよ? あ、あれ?


「じゃあ、いいかな?」

「撮影終わりのお祝い? ……何か用意してくればよかった。教えてくれないんだもん」

「俺にはお前がいれば十分だ」

「……嘘ばっかり」

「昨夜のやり直し」

「……それは……ちょっとうまいかも」


 顔を上げたカナタはすっかりいつもの顔だった。


「……あまあまで復帰?」

「それよりもっと、お前の言葉かな」

「……それで……おしまい?」

「あとは言葉より行動で――……」


 鎖骨の隙間に置いた人差し指がすすす、と下りていく。谷間へ。

 そこから霊子が伸びて、心臓へ。気持ちが伝わってくるの。

 尻尾が無意識に膨らんだ。

 昨日よりも今朝よりもずっと熱い熱。お姉ちゃんの漆黒の炎を御するだけの強い衝動。蘇ってきたカナタの気持ちの強さ。私きっかけって嬉しいし、照れくさいし、なんだかなあって感じだけど。

 でも嬉しいからいいや。明日に向けて充電したいのは、私も一緒なんだから。

 思うまま、やりたいことをやる。

 言葉にすると簡単だけど、人にとってはそれがとても難しい瞬間ってある。

 毎日のように苦しんでいるという人もいるかもしれない。

 だから……寄り添えるかぎり、この手が届くかぎり、すくいあげることができたらいいなって思う。それはきっと、誰かを救って、自分も救えるに違いないと思ったの。

 明日は大事な瞬間が待っている。

 私にくれた熱をみんなに届ける日が待っている。そのためにもまず、自分自身があつあつじゃないとね。どこまでも、ほかほかぽかぽかでないとね!




 つづく!

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