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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十九章 歌え、愛する先輩たちの卒業式!

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第四百六十六話

 



 証書と刀を受けとって壇上をおりた時は、なんだ案外のりきれるじゃん、と思った。

 先輩やアリスが自慢げに、まるで自分が卒業するかのような顔でこっちを見ていたり。ルルコとサユが「先生にはあとでなにか言われるかもしれないけど、絶対なにかパフォーマンスを」と言うからやったらふたりそろってどや顔していたり。いろいろと思いを馳せながら……ラビやコナちゃん、シオリに……一年生の三人娘を見た。クールぶっているキラリちゃんはボロ泣き、マドカちゃんは潤んだ瞳でじっと見つめてきていた。誰より顔がぐしゃぐしゃだったのは、ハルちゃんだ。

 だから、まあ正直に言うとさ。泣いちゃう予感はしていた。

 二年生のサプライズを聞いただけでわりと限界だったのにな。

 あの子が歌う。金色を放ちながら、生徒会長選挙で歌ったあの曲を。

 隔離世に限定される奇跡を、あの子は現世で起こす。

 放たれる金色の可能性を辿って、一年生の刀鍛冶の子たちが全力で霊子を辿る。私たちの涙にふりそそぐ輝きに触れて、つながっていく。

 光が集まっていく。マドカちゃんの捧げた手に。

 彼女と手を繋いで寄り添うキラリちゃんが伸ばした手から放たれていく。星の雨。


「――……」


 ハルちゃんが歌う。

 金色の光が星へと変わって降り注ぐ。

 一年生の子たち――……佳村たち一年生の刀鍛冶が集うその先端に、ふたりの少女が跪く。

 たしか十組の子だ。中瀬古コマチちゃんとユニス・スチュワートさんだったかな。

 二年生が散らした桜の花びらが噴き上がって、大樹を咲かせていく。

 幻想の幹から伸びた葉が散らばっていく。

 ぱっと弾けて紙になる。降ってきた紙を手に取ると、


「――……うそ」


 お助け部のみんなで部室で笑っていた写真だったの。

 周囲でみんなが声を上げる。それぞれに、それぞれの思い出が降り注いでくるの。

 ハルちゃんが手を伸ばす。みんなが霊子を――……心を繋いで、私たちの思い出を変えてくれるの。

 壇上に立ったマドカちゃんとキラリちゃんが――……私たちのふたつ下の子供たちが。

 降り注ぐ。思い出。手に取って、染み込んでくる。

 すぐに思い出せるの。どれもすべて。

 ――……青春の光。過ごしてきた日々のすべてが、輝いている。

 色褪せない。毎日が夢のようだった。

 つらくてたまらないこともやまほどあった。だけど――……ひたむきに過ごしてきた。

 いまでもここでの日々を日常に感じる……その特別さ、煌めきを、感じている。


「――……」


 一年生の子たちがハルちゃんと一緒に歌って――……贈り物をしてくれる。

 集めて、集めきれないくらい浴びて――……それでも手を伸ばす。

 触れた思い出、抱え込んだ思い出すべてが金色に溶けて……心がどこまでも満たされていく。

 光は姿を変えていく。

 アルバムになるんだ。とびきり分厚くて、どの瞬間だってかけがえのない大事な大事な私の時間だった。切り取った一枚にその前後がつながっている。


「――……」


 最後のサビを歌いきるハルちゃんに応えて、ラストの間奏へ。

 一年生の子たちが声を上げる。二年生の子たちのようにメッセージじゃなくて、旋律を。

 切なさがこみ上げてきた。終わっちゃう。終わったら――……巣立ちの時が近づいてくる。

 そうしたらもう……いままでのように、一緒に過ごすことはできなくなる。

 時間は流れるから。変わらなきゃいけないから。

 青春を卒業しなきゃいけなくて……大人になって、離れていく。

 いやだなあって思ったときだった。


「ずっと一緒だよ?」


 涙でぼろぼろなのに、一生忘れられない笑顔であの子が言ったの。

 耐えきれなくなった。必死にこらえる。いつしか近くにきていたルルコとサユと必死に身体を寄せ合って、こらえようとした。

 あの子がお鼻を啜ってから、マイクを手に語りだす。


「――……私たちの、一年生の贈り物は、先輩たちの思い出。青春の光――……あなたたちが歩いた日々、みんな金色なんだってこと」


 震える呼吸で、なんとか息を吸って。


「青春はね。青い春と書きます。私の名字と名前を足したら、青春なんですって。青澄春灯です」


 あの子を見た。


「こないだ、仕事である人に言われました。青春は若い間にすごす煌めきのような時間だって……ちょっと違うかな? まあそこはアレンジで」


 必死にお鼻をすんすんならして、


「だけど……人生を四季に例えるなら、いくらでも廻っていい。青い春は、何度だって訪れていいんです」


 ひたむきに、メッセージをくれるの。


「先輩たちが過ごした日々、きっといいことばかりじゃなかったでしょう。へこたれそうなとき、へこたれちゃったときすらあると思います」


 だけどね?


「だけどいま……みなさんの笑顔を見て、思いました。冬は終わる。そしたら春がくる。季節は変わって……いま、送り出すけれど……私たちは、同じ季節を共有した私たちの絆は、そう簡単には消せません」


 丸顔の、どや顔で。


「二年なんてあっという間に過ぎるから……すぐに追いついて、また一緒に青臭いくらいの春を、一緒に過ごしたいなあって思っています。離さないからね?」


 そう言って――……目元に浮かんだ涙の粒が、あまりにおおきすぎて耐えきれず泣いたの。

 耐えきれなかった。ルルコが必死に声を殺して泣いている。私もだ。サユが私とルルコを抱いてくれる。


「大好きです。先輩たちが一緒で……あなたたちのことを好きになってよかった、と……思ってます」


 目元を必死に両手で拭いながら、気持ちを注いでくれる。


「二年の、先輩に、お願い、して……あるばむ、おくりもの、で」


 もうだめむり、とつぶやくハルちゃんに駆け寄っていく。

 キラリちゃんが最初に抱き締めて、私たちになにかを言おうとして。だけど涙があふれて止まらなくて。だから、目元を真っ赤にしたマドカちゃんが代わりにマイクを手にした。


「ハルの金色がもし奇跡なら……それを現実にする方法を、探していました。形にできたの、つい最近で。侍候補生と刀鍛冶総出で作ったものです」


 目元を手で拭って、


「通過点だと学院長先生は仰いました。私もそう思います。だからこそ……どんな通過点を乗りこえてきたのか……今後の人生で立ち止まるとき、先輩たちの力になれば幸いです」


 毅然とした顔をして、言えるマドカちゃんを――……その強さを誇りに思った。

 誰より苦しんで、足掻いてきた子たちだ。私の大事な大事な後輩が、三人で手を繋いで語りかけてくれるの。


「ご卒業、本当に――……」

「「「 おめでとうございます! 」」」

「いままで本当に!」

「「「 ありがとうございました! 」」」

「これからもずっと!」

「「「 よろしくお願いいたします! 」」」

「以上!」


 マドカちゃんが壇上を示す。一度は下りたコナちゃんがハリセンを掲げて立っていたの。


「在校生の挨拶でした! 己の刀を掲げ、唱和せよ!」

「「「 応! 」」」


 二年生と一年生が刀を抜いて掲げる。刀鍛冶の子たちは無銘を。それは誇りと愛情でゼロから作られた、彼ら自身の結晶。


「士道誠心のモットーは!」

「「「 男女ともに強くあれ! 」」」

「己の殉じる士道に!」

「「「 背くことなかれ! 」」」

「誠の心は!」

「「「 人生を切り開く力とならん! 」」」

「我ら士道誠心の絆は!」

「「「 夢を力に変えて! 互いの心を救うためにあるもの! 」」」

「ならば必然!」

「「「 我らの絆、断ち切れるものにあらず! 」」」

「――……っ」


 コナちゃんが片腕で必死に目元を拭ってから、叫ぶ。


「刀を下ろせ! 先陣を切る先輩がたに、敬礼!」

「「「 応ッ! 」」」


 一糸乱れぬ動きで姿勢を正し、敬礼する後輩たちに必死にこらえようとしたけど、決壊しちゃったからもう無理だ。

 ほんと、ひどいよ……。

 コナちゃんが敬礼を解いて――……下りる。


「卒業生、答辞」


 ルルコやサユが背中を押してくる。

 踏み出した。ミツハやジロちゃん、ユウヤや……三年間を共にした仲間たちが私を押してくれる。だからって、ね?

 壇上に立って、涙でぐしゃぐしゃの顔を晒したくはなかったな……毅然とした強さを、最後までみせていたかった。

 ふつうの学校なら、壇に設置された机の向こう側を見るけれど……うちの学校はいつだってずっと、みんなを見つめるようになっている。学院長先生の計らいだ。

 見渡す。プロのメンバーに囲まれて、マドカちゃんとキラリちゃんに抱きつかれて泣いているハルちゃんも。

 席に戻って泣き崩れて、それでも必死にこちらを見ているコナちゃんも。

 カナタくんに寄り添われて、やっと涙を浮かべられたラビの顔も。よく、見えるよ。

 シオリが頭を振っている。いやだいやだ、と駄々をこねるように。

 ほかにもね……お助け部として助けてきたみんなの顔が見える。

 来賓席に見える先輩は微笑んでいた。

 頷いて――……手前に視線を戻す。

 ルルコたちが私を見ている。

 呼吸を落ちつかせようとしたけど、早々に放棄した。無理だな。無理だ。

 だから……この気持ちのまま、しゃべろう。


「私は……どちらかといえば、劣等生でした」


 三年生は笑う。二年生や一年生は信じられないって空気だ。まあそうだよね。


「ううん。私たちの代は、ずっと甘えていたんです……誰にかな?」

「「「 暁先輩! 」」」

「それに?」

「「「 先輩たち! 」」」


 私の呼びかけに三年生が声を揃えて答えて、笑ってくれた。


「……頼りになる先輩がいるとね。なんでもしてくれるから、それでいいやって……でも、ちっともよくなかった。暁先輩が倒れて、私たちは初めて揺らいだ」


 胸に手を当てる。灯った真打ちの熱は消えない。この熱は――……。


「後輩たちが……コナちゃんたちの代、二年生が必死にがんばってくれた。ラビ、あなたは特別手の掛かる子だったけど」


 今度は三年生だけじゃなく、二年生も笑う。


「あなたたちのおかげで……私たちは、自分の足で立たなきゃいけないって実感することができた。ミツハやジロちゃんたち三年生の刀鍛冶の行動によって、刀鍛冶の教育方針はおおきく変わった」


 誇らしげに胸を張る刀鍛冶のみんな。


「二年生のきかん坊たちを導けるように、侍候補生は死にものぐるいでがんばった。そうして――……私はアマテラスを手にした」


 鞘を手に、


「それぞれに、必死に駆け抜けてきた。この三年間は……真実、金色に煌めく宝物そのものだった」


 伝えたいのは。


「あなたたちがいてくれたから……そばにいてくれたから、今日という日を……誰も欠けることなく、胸を張って迎えることができました――……ありがとう」


 届けたいのは。


「大好きだよ。みんなのこと……ここで過ごした日々も。今日に至る……生まれてからの時間すべて、とうとくて、かけがえのないもの」


 尽きない――……消えない、太陽のような愛情。ただひとつ。


「来月、新入生が入る。けれど、あなたたちならもう……だいじょうぶ。どんな壁も乗りこえられると信じている。それに、いつだって駆けつけるから」


 深呼吸をしてから、指を鳴らす。

 ルルコたちが手配してくれていたから――……ハルちゃんのそばにいるプロの演奏家たちが演奏を始める。


「ねぇ――……」


 歌い出す。三年生、みんなで。

 一年生はたった一年、二年生はたったの二年。

 だけど人生は続く。死ぬまで続くし、ハルちゃんから聞いたとんでも話を思えば死んでも続く。なら――……これくらいの別離、なんてことない。

 いくらでも乗りこえられるからさ。


「――……」


 あなたたちとの思い出に名前をつけるなら宝物だし、それはね? これまでのように、これからも当たり前のように作れるの。

 それぞれが、会いたい人たちに歩みよる。コミュニティの中へ。みんなでくっついていく。

 ルルコが引っぱってきてくれた。ハルちゃんたちを。シオリたちを。

 お助け部のみんなでぎゅっと抱き合いながら歌う。シオリはルルコにしがみついて泣きじゃくっているし、私もハルちゃんに抱きつかれてたいへん。

 見ればコナちゃんはミツハの胸に顔を埋めて号泣してるし……ぼろぼろだ。

 だけどいいや。

 ずっとずっと仲間だから、あなたたちが好きっていうならそれいじょうに大好きって返して……ちゃんと、高校で渡せる最後の贈り物をする。

 ずっと一緒だよ。

 さみしさなんて吹き飛ばす魔法の言葉。ハルちゃんの言葉に重ねて――……抱き締める。

 たまらない顔をしたラビを引きよせて、髪を撫でて……やってきたコナちゃんも抱き締めた。

 忘れ物はもうない? 学校を出たら、校舎で会う機会はぐっと減っちゃうんだから。

 やだってたくさん聞くから……何度だって伝えるの。

 だいじょうぶ。ずっと一緒だよ――……。


 ◆


 メイ先輩に何度も頭を撫でてもらったし、ルルコ先輩に何度もぎゅってしてもらった。

 それでもたまらなくてぐずる私は、同じくらいぐずっているキラリとふたりしてマドカに手を引かれて戻ったの。

 式が終わって、外に出ていく先輩たちを見送るために整列した。


「抜刀!」


 ライオン先生の号令にあわせて、刀を抜き放つ。


「構え!」


 胸の前に掲げて持つ。


「掲げ!」


 みんな一緒に刀を空へ向けて掲げた。

 向かい合う生徒の刀と重ねて道を作る。

 先輩たちがその下を通り抜けていく。誇らしげに、けれど涙に濡れた顔で……未来に向かって歩いていく。

 涙で視界がすぐにぐちゃぐちゃになったの。通りすがる時に目元を拭ってくれたのはルルコ先輩だった。たまらなくいい匂いを纏って笑顔を残していっちゃう。俯きそうになる私の顔に手を当てて、ぺちぺちってしてからメイ先輩もいっちゃう。

 最後のひとりを見送って――……刀を下ろす。

 父兄さんたちの退席を促して、最後に私たち。

 先輩たちは教室に戻っちゃったみたい。私たちも教室へいかなきゃいけない。楽しそうに話しているトシさんたちに手を振って、学院長先生と話し込んでいる社長を遠目にみながら戻る。

 早々に解散の挨拶が告げられてすぐ、一年生の教室をまわっているラビ先輩が顔を出したの。


「最後は笑顔で送り出すから校庭に待機してね。卒業アルバムに寄せ書きをしたり、ボタンが欲しいとか制服が欲しいっていう人は早めに。じゃあ!」


 言うだけ言って行っちゃった。いつだって余裕を崩さないラビ先輩が珍しく目元もお鼻も真っ赤にしてた。案外、照れくさいのかもしれないし……なにより、メイ先輩の卒業を思っているのかもしれない。

 獣耳を揺らした。三年生のいる階下で歌声とか笑い声とかが聞こえたの。


「先生へのサプライズかな」


 ボロ泣きだった私と同じくらい、ぼろぼろの顔をしたシロくんが呟く。


「先生からのメッセージもあるかもね」


 涼しい顔をしているけど、岡島くんだってお鼻の下がちょっと赤い。

 寄り添う茨ちゃんも顔真っ赤。泣きすぎだよ。


「寄せ書きかー。料理部の先輩とかにしたいなー」


 声もちょっと枯れてた。でもしょうがない。

 三年生はこのあと、送り出す儀式をやって、敷地内の寮にいた生徒は退寮式。場所を変えて、三年生と教師陣と保護者だけの二次会をやるんだってさ。

 二次会まで空き時間があるみたいだから、部活やってる先輩たちは部室でぷちお祝い会をするたみたい。もちろん、お助け部もやるよ?

 切りかえていかなきゃ。めいっぱい甘えたいし、ぎゅってしたいし、制服の先輩たちとめっちゃ写真撮りたい。寄せ書きだってしたいし。


「校庭でてよっか」

「そだな」


 みんなで立ち上がって、校庭に向かいながら考えたの。

 来年になったら……カナタたちを送り出すことになって。再来年は、私たちの番。

 高校だけが人生じゃない。むしろ長い人生のなかの、たった三年間の居場所。

 たった三年。けどそれは軽いものじゃない。とびきり大事な三年間。

 当たり前のようにその先も続く。どう生きていくのか、三年間のように求められる姿勢がある。

 コナちゃん先輩たち、マドカたち……そして学院長先生も言っていた。

 通過点。だから卒業で終わらず、続いていくんだ。

 変化するけれど。どう乗りこえるかが大事。中学生のころの経験は、かけがえのないものなんだなあってしみじみ思っちゃった。

 道は違っても、再びつながる絆があるのなら。それは気持ちひとつで乗りこえられるものだ。

 続けようという気持ちがなにより大事。そう思い知った。

 私とキラリを結んでくれたユイちゃんのような、気持ち――……なにより、それを叶える行動が大事なんだ。

 今日を特別な宝物にするだけじゃない。これからの毎日をこれまでの毎日のように、宝物にしていこう。そう歌ってくれたメイ先輩たち三年生の気持ちに応えたい。ううん、応えずにはいられないんだなあ。

 しみじみしていたら、先輩たちが出てきた。

 メイ先輩やルルコ先輩、北野先輩やミツハ先輩たち目立つ人に女子が群がる。


「制服ください!」「ボタン! ボタンが欲しいです!」「むしろ香水なにか教えてください!」


 大人気だ。でもそれぞれに意中の相手がいるみたい。さすがの手際でそれぞれに断って、それぞれに歩いていく。男性陣にめちゃめちゃモテていたのは女性陣じゃなくて綺羅先輩なの、愚連隊つながりとはいえ恐れ入ります。

 ミツハ先輩はノンちゃんの元へ。ルルコ先輩はシオリ先輩にジャケットを渡していたよ。それから小瓶も。ささやきあって幸せそうに語り合うふたりをじーっと見ていたら、チョップを食らいました。


「ハルちゃん」

「……メイ先輩」

「あとで部室で会うし、今度お祝いしてくれるわけだし? いつだって会えるんだから、いくらでも話せるけど……これを渡すなら、今かなあって思った」


 はいこれ、と差し出されたの。

 ちっちゃくて綺麗な手鏡だ。


「ジャケットとかスカートは、アリスが欲しがってて。ちょっとめんどくさいから……私が三年間使った鏡。持っててもらおうかなあって思ったんだけど……いやだったら言ってね?」


 思わずぎゅっと抱いたの。


「返しませんから」

「……ん。じゃあ任せた」


 私の二の腕をぽんぽん叩いて、メイ先輩は十組の中でずっと泣いてるキラリに寄り添っていく。あのキラリがあんなになっちゃうんだから、卒業式はすごい。でも意外と? ううん、誰より熱いから、キラリがあんな風になっちゃうのも納得。

 しみじみしていたら、


「はーるちゃんっ」

「わっ」


 素敵すぎる香りに包まれていた。ルルコ先輩が抱きついてきたの。

 ぎゅって抱き返す。やわらかいし吸いこまれそう。華奢なのに、すごく落ちつくの。


「制服はシオリにあげちゃうから、私からの贈り物」


 そう言って、一度離れた先輩は櫛をくれたんだ。


「いつも使ってるやつ。髪の毛、ちゃんと自分で手入れするんだよ?」


 おでこを指で押して、笑って行っちゃった。

 あちこちでみんなが話していたの。それぞれに、それぞれの大事な人たちと。

 お別れの儀式がどんどん進んでいく――……。

 たまらない気持ちになっていたら、頭が撫でられた。その手つきですぐに誰か気づいた。


「カナタ」

「おおかた……別れの儀式とか考えているんだろうけど。ちがうぞ」

「……じゃあ、なあに?」


 もらったふたつを大事にポケットにしまって先輩たちの姿を見つめる。

 気持ちも背中も丸まる私にカナタは教えてくれるんだ。


「これからの士道誠心をよろしくっていう……委ねる儀式だ」

「……どう、ちがうの?」

「学校から巣立つけれど、縁は続く」


 唇を尖らせる。


「ものはいいようすぎるのでは」

「いいんだよ。へこたれて変に区切って終わりだなんて思うより、縁が続く原動力にしたほうがずっといい」


 それはたしかにって思いながら横目でカナタを見て、おもわず二度見しちゃった。

 ほっぺたが真っ赤に腫れ上がっているんですけど!


「ど、どしたの?」

「ミツハ先輩からの餞別だ。来月から特別授業で顔を出すし、不肖の弟子を手放す気はないから覚悟しろっていう挨拶なんだそうだ」

「い、痛そうですけど?」

「殴られたんじゃない、霊子で膨らまされただけだ……ジロウ先輩に治してもらえ、とのことだ」

「……大変だね?」

「まぎれもなくミツハ先輩は俺たちにとってのカリスマだったから、これは……気合いを入れられたようなものさ。じゃあ、生徒の誘導があるから」


 またな、と言って正門に駆けていくカナタを見送る。

 メガホンを手にしたコナちゃん先輩が「あー、あー」と確認してから言うの。


「卒業生のみなさん、今日は本当におめでとうございます! 宴もたけなわ状態かと思いますが、いつでも再会できますから! 退寮式がある方は寮へ、そうでない先輩がたは順次、部室なり二次会の会場に移動を開始してください! 二次会までには時間があるかと存じますが、遅れないように、とのことです!」


 名残惜しさに見つめあう私たちにコナちゃん先輩は重ねて言う。


「通過点ですよ! 通過点! 士道誠心の大学部に進学する人は多いし、っていうかぶっちゃけほとんどそうですし、そうでない方も仕事でご一緒する可能性がかなり高いんですから! あとは個別にやってくださいね?」


 きびきび話すコナちゃん先輩に卒業生の先輩たちが移動を始めていく。

 九組もある一学年の人数を思えば、強めの誘導は必然。ちんたらやっていたら、いつまでも居座って二次会なんて始まらないのかも。

 泣きべそを掻いてマドカに手を引かれてきたキラリの頭を撫でていたら、ラビ先輩がシオリ先輩とふたりでやってきたよ。


「部室にいこうか。退寮式を終えたふたりと、最後の部活だ」

「……さいご。あたし、いつだって……おそくて。だいじにしたいのに、おわっちゃう……おわっちゃうよ……う、うう……うううっ」


 キラリが泣きだしちゃった。いつもクールだから、ギャップがすごい。マドカが背中を、私は頭をなでながら、ふたりでラビ先輩をにらむ。


「先輩、言い方」「気をつけてくださいよ」

「ご、ごめん……えーと。シオリ?」

「……卒業しても、サークル活動的に……ルルコ先輩の会社で活動できるし。ボクらの縁は永遠。だから問題なし。さ、いくよ」


 クールに言って歩いていくけど、シオリ先輩の声だってすごく掠れていた。

 ルルコ先輩の制服のジャケットを大事そうにぎゅっと抱き締めてるから、声に反してとっても可愛い印象しかないです。


 ◆


 部室で先輩たちを迎えたの。

 シオリ先輩に慰められたキラリがコーヒーを用意して、ラビ先輩がメイ先輩とルルコ先輩の好きなケーキをだしてね。

 ふたりの先輩の卒業アルバムの寄せ書きをしようと思ったら、ページが埋まっていたの。

 こんなこともあろうかとって色紙を出してくれたラビ先輩にお礼を言って、みんなでメッセージを書いた。それじゃ足りないぞっていうことで――……それぞれに書いた手紙を、ふたりの先輩に渡した。

 お返しももらっちゃったよ。さっきはみんながいたから落ち着けなくて渡せなかったもの。


「キラリちゃんにはルルコの香り。あとは――……これね」


 小瓶と封筒を受けとったキラリがいそいそと封筒の封を開ける。


「シオリとの付きあい方。教えきれなかったオススメ品リスト。最近はじめた香りの配合リスト……キラリちゃん仕様! 材料は全部、寮のお部屋に届けてあるから、受けとってね? ミツハに頼んで私の霊子をこめてあるから、きっとあなたを守ってくれるはず」

「――……あ、りがと、ございます……」

「ああもう。誰よりももろいね……おいで」


 俯いて涙をぽたぽたこぼすキラリを抱き締める。ルルコ先輩の前にメイ先輩から特別な戦い用のスニーカーを受けとっていたの。ふたりの足のサイズ、同じなんだってさ。メイ先輩の霊子が染みついているから、もっと強く歩けるよって言われていたよ。

 マドカはふたりの先輩からそれぞれに大きな紙袋を受けとっていたの。マドカに似合いの纏いの衣装を作ってくれていたんだってさ。メイ先輩とルルコ先輩の加護つきなんだって。羨ましくて仕方ないです……!

 私はというと、さっきの贈り物だけじゃなくて、ふたりからちっちゃな紙袋をもらったの。中身はね? ピアスだった。メイ先輩とルルコ先輩の霊子をミツハ先輩にこめてもらった、特別製のピアスとピンキーリング。ピアスは雪の結晶を模したデザインで、指輪は太陽みたいな石が煌めくシンプルなデザインだったよ。加護があるよって言われたの。

 ラビ先輩とシオリ先輩もそれぞれに特別なプレゼントを受けとっていた。

 ラビ先輩はメイ先輩の、シオリ先輩はルルコ先輩の目貫――……金具を受けとっていたの。柄の外にでた目釘の飾りだ。そしてもう一方から、鍔を受けとっていた。なによりふたりの霊子を支え、浴びてきたそれは特別な贈り物なんだって。サイズに合わせて、刀鍛冶に調整してもらう必要があるみたいだけど、それはもう済ませてあるそうです。

 それから……三年生のふたりからそれぞれに手紙を受けとったの。夜にでも読んでって言われちゃった。

 ケーキを食べて、先輩たちのアルバムをみせてもらったの。私たちが在校生の送辞で贈ったアルバムも。そしてたわいない話をたくさんしたし――……企画している、お助け部卒業お祝い会の話もした。話は尽きなくて、いつまでだってみんなでいられる気がしたよ。

 ――……でも、二次会の時間が差し迫ってきて、お別れしなきゃいけなくなっちゃうんだ。

 みんなで集合写真をさんざん撮って、一息ついた時だったの。ルルコ先輩が言うんだ。


「さてと。そろそろ行こっかな……メイ」

「ん。じゃあ……ひとまずは、ここから巣立つから」


 ふうっと息を吐き出してから、メイ先輩はまず最初に私を見た。


「ハルちゃん。優しく、強く、だけど目の前のことに集中しすぎちゃうところがあるから……深呼吸して、まわりをよくみるようにね」

「そうそう。あとは……もうちょっと甘え上手になってもいいかな」


 ふたりの先輩に頷く。言葉は出なかった。泣き声しか出せそうになかったよ。


「マドカちゃん……機転が利くし、行動力がある。だけど空回りしたり、暴走して手を抜いちゃうときがあるから……ハルちゃんと同じで、深呼吸が大事」

「ルルコはあなたの生き方が好き。刀を抜いた日のことを忘れないでね? ……そばにいてくれる人たちの心との付きあい方、ちゃんと見つかるよ」

「――……っ」


 マドカさえ、それは同じだった。となれば……。


「キラリちゃん。ふたりとちがって手が掛からない、みたいに振る舞うけど……実はなによりあなたのお世話がしたかったな。心配……でも仲間に恵まれている。あなたはもうひとりぼっちじゃないから、それを忘れないでね」

「もっと頼って。もっと甘えていいから……連絡してくれなきゃ怒っちゃうよ?」


 キラリはもう泣くばかりだったの。

 頭をふたりで撫でてから――……メイ先輩は息を吐き出した。


「さて……毎年の流れなら、最後は次の部長指名になるんだけど」


 メイ先輩が見たのは――……。


「ラビ」

「はい……」


 万感の思いで返事をするラビ先輩に、メイ先輩は微笑む。


「月を手にしたあなたは……寄り添い輝く道を選んだ。だから……コナちゃんにするように、みんなを、シオリを助けてあげて。私を助けてくれたときのように……本当のあなたはずっとずっと優しい男の子だから。茶目っ気に任せて遊びすぎないで、大事にしてあげてね?」


 ラビ先輩の瞳が潤む。つう、とこぼれる涙を……けれど、拭わない。


「ラビくん」


 ルルコ先輩が呼びかける。


「……一年生の三人と同じ。きみってちょっと、手元が疎かになるよね。そういうところが心配。無理に大人ぶろうとすることないから……もっと、素直にね?」

「――……はい」


 頷いて、垂れる。俯くラビ先輩の横で、キラリと同じくらいぼろぼろ泣いている人がいたよ。


「シオリ」


 最初にメイ先輩が呼びかける。


「あなたが次のお助け部の部長。なんでかわかる?」


 頭を必死に振るシオリ先輩に、優しく語りかけるの。


「ラビと同じで暴走しがち。たまにやりすぎちゃうこともある……けどね? 強い孤独を抱えて、それでもお助け部に入ってがんばってきたあなただからこそ、誰よりこの部に相応しいと思うの。任せるからね?」

「は、い……」


 メイ先輩が目配せをして――……ルルコ先輩がシオリ先輩を抱き締めた。


「……シオリ」

「るるこ、せんぱい……」


 背中に手を回してぎゅっと抱きついて、つぶやく。


「いっちゃ、いやだ……ボク、また……ひとりに」

「ならないよ」

「でも――……」

「仲間がいるよ。世界を見渡してみれば……私だって一緒にいる。自分の足で立って、がんばってきた。キラリちゃんをこの部に引き入れたのは、あなた。だからほら、しゃんとしなきゃ」

「でも!」

「五月、警察に立ち向かったあの勇気はどこへいっちゃったの? ……狭い世界に閉じこもるのは、もうおしまい。あなたの世界はもっとずっと、広くて大きいの。呼びかけて? いつでも抱き締めてあげる……だから、またねをしよう?」

「――……それ、でも……いかないで」

「だあめ」


 ぐすぐす鳴らすお鼻をきゅっと指先でつまんで、それからほっぺたに優しいキスをしたの。


「世界のどこもかしこも氷の世界っていうわけじゃない。お日様の光が差して――……あなたが手を差し伸べた星が、いつかあなたを救ってくれるよ」

「――……」

「だいじょうぶ。ルルコの実家の住所くらい、掴んでいるんでしょ? なら、ほら。笑って……すぐに会いにおいで。次のコミケの話でもしようよ。ね?」

「――……っ」


 やっとの思いで頷いたシオリ先輩が、囁く。


「また、ね、です……」

「うん。じゃあ……またね?」


 頭を撫でて……私たちを見渡して、最後にメイ先輩と見つめあって……ふたりは深呼吸した。

 胸一杯に部室の空気を吸いこんで、晴れ晴れとした笑顔で言うんだ。


「お祝い会、楽しみにしてるよ?」

「盛大なやつ、よろしくね!」


 明るい声を残して――……足音がどんどん遠ざかっていく。

 侍候補生じゃなかったら。刀を抜いていなかったら。先輩とずっと一緒にいたいっていう……その願いは邪になって、そしたら世界は変わっていたかもしれないけれど。

 そうはならない。そうはならないの。

 弾む息と、涙に濡れた声を獣耳がとらえたけれど。


「……っ、ルルコたち、たしかに幸せだったよね」

「当然じゃん――……これまでも、これからもね」


 すごく前向きな言葉で、たしかに私たちの心を救ってくれたんだ。

 私たちのリーダーが巣立つ。

 きっとこれからも当たり前のように絡めるだろうし、救われる瞬間がやまほどあるだろう。

 それでも、もう――……この部室で、先輩たちと一緒に過ごすことはないんだと思うと……さみしくてたまらないんだ。


「――……明日また、会えるよね」


 シオリ先輩が祈るように囁く。


「楽しいことをたくさんしよう。宝物のような日を、たくさん作っていくんだ……これまでのように、これから先、ずっとね」


 ラビ先輩がすぐに答えた。

 お鼻をすんすん鳴らして、私たちは顔を見あわせた。

 言葉はもう……浮かばなかったから、三人でぎゅっと抱き合って。それだけじゃ足りないなって思ったから、ラビ先輩とシオリ先輩を巻き込んだの。

 ずっと一緒にいたいなら、いればいいんだ。

 学校を卒業しちゃうなら、その外で。それだけのことなんだ。

 思うだけじゃ足りない。だから行動するの。これまでのように、これからもずっと!

 大好きだから。愛しているから――……ずっと、一緒にいたいから。




 つづく!

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